念願が叶い、憧れのヒト、啓介の経営するレッドサンズ・カフェでバイトを始めたケンタ。
背が高くて、骨格も男っぽくて、短髪のウィッグを被って、大きめの男物の服を着てるから、まだ女だってバレてない。
それどころか、イケメンだとモテていた。
女性客達が、ケンタを見てきゃいきゃい騒ぐ。
「新しいバイト君、イケてるよね」
「ケンタくんでしょ?」
「いいよねー。爽やかサーファー系って感じで、キュン死しそう」
「ケンタ、ブレンドアップ」
啓介が煎れたコーヒーを、客に出すように声を掛ける啓介に、ピクンと反応して、ぱぁっと笑顔になる。
「ハイ!」
コーヒーカップを載せたソーサーを、啓介から受け取る―――その時に手と手がちょこんと触れてしまって、ドキンとして、思わずケンタはカウンターにガチャンと取り零してしまって。
「あっ・・・!!」
「オマエ、何やってんだよ」
「す・・・すみません;」
ケンタは慌てて、急いでカウンターを布巾で拭いた。
「・・・しょうがねぇなぁ。早く慣れろよ」
ミスをしたのに、怒らないでくれて。
それどころか、優しい顔で。
ケンタは胸のドキドキを噛み締めつつ・・・。
「ハイッ!!」
あぁ、幸せ―――。
ケンタがコーヒーを出したのは、啓介の兄である医大生の涼介と、事件の聞き込みでやってきていた史浩。
「お・・・お待たせしました」
恐る恐る、ソーサーをテーブルに置く。
思う所あるように、涼介はフッと笑みを浮かべた。
「頑張れよ、新米くん」
そう言って、ポン、とケンタの尻に手で触れる。
「きゃ・・・!!」
思わず女のように声を出してしまったケンタは、慌てて口を塞ぐ。
涼介は何事もなかったかのように、しれっとしている。
いけないいけない、とケンタはそそくさと戻っていく。
『フ・・・ン、警戒も必要かな・・・』
ケンタを見送りながら、含んだ笑いを浮かべる涼介。
「何ヘンな笑い方してるんだよ、涼介・・・」
「ん? いや別に。それより、またなのか? 史浩。北条警部補も人使いが荒いんだから・・・」
「まぁそう言わず、頼むよ、涼介。この事件は、オマエだけが頼りなんだから」
そんな風に始まった、ケンタのドキドキバイトライフ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最近、涼介がレッドサンズ・カフェに来店する回数が増えていた。
「アニキ〜、売り上げに貢献してくれんのは有り難ぇけど、医学部の5年ってハンパねぇ忙しさなんだろ? ココ来てる暇なんかよくあるな」
フリーランスなカフェは、マスター啓介も自由に店内を彷徨き、兄の座る席の向かいに腰を下ろす。
「実習はちゃんとやって、時間内に終わるように努めている。此処へ来るのは気分転換だよ。オマエの煎れるコーヒーは美味しいからな」
モバイルパソコンに向かいながら、コーヒーを含み、涼介はそう言い放つ。
「コーヒーくれぇ、家でだって煎れてやってるだろ? そらま、店程イイ豆とか揃ってねぇけどさ・・・道具もお古だし」
その会話を聞いていたケンタは、そうか、あの2人は兄弟なんだっけ、と思った。
『最初は似てないなって思ってたけど・・・こうして見ると、やっぱり兄弟なんだなぁ・・・雰囲気とか、背格好とかそっくりだし・・・』
実は、ケンタはちょっと涼介が苦手だった。
まっすぐに射抜いてくる瞳に、いつか女だとバレてしまうんじゃないかって。
ううん、それだけじゃない。
いつも“今日のブレンド”をテーブルに持っていく度に、見せてくれる微笑み。
荒っぽい言葉遣いと態度の啓介とは対照的な、紳士的な振る舞い。
対照的なようで、でも似ている、啓介の兄という存在が、何だか怖い。
だって、何故か牽制されている気もするんだけど、気のせい?
女だということを隠しているケンタは、もしかしたら気持ちを気付かれてるのかなって気もして。
それはバレたらどうしよう、という心配でなのか、別の意味があるのか、分からなくて。
涼介が啓介を見つめる瞳は、とても優しい。
啓介が涼介を見る瞳も、凄く柔らかくて。
『仲が良い兄弟だよね・・・ハタチ越えてるのに、男同士の兄弟ってそういうもの? 何か、あたしの知ってる男兄弟に比べたら仲が良すぎる気もするんだけど・・・』
チラ、と涼介を見遣ると、目が合って。
涼介は、じっとケンタを見据えてくる。
ケンタは慌てて目を逸らす。
『何だろ・・・やっぱり何か牽制されてる気がする・・・』
含むような表情で、涼介はコーヒーを飲み干した。
「おかわりいる?」
「いや・・・ん・・・そうだな・・・」
その時、入ってきた女子高生2人。
「ケンタ〜!」
「来たよ〜♪」
「真子! 沙雪!」
男として振る舞っているのは、大層緊張を強いるモノで、見慣れたクラスメイトの顔を見ると、張りつめていた気が少しだけ弛んで、ホッとした。
「何だ? 知り合いか? ケンタ」
いらっしゃい、と啓介はマスターの顔で、2人を出迎える。
「あっハイ! 同級生で・・・」
「同級生? でもそのコ達の制服、M女子校のじゃん」
「あぁぁぁ〜〜〜っ; えと、そう! 中学の同級生なんです! 2人とも家が近所で、よく一緒に遊んだりしてて・・・幼馴染みって言うか」
ケンタは慌てて、言い訳を考える。
だが、それも嘘ではない。
「へぇ〜。オマエ、ウブそうな顔してて、女友達いるのかよ? ま、でも幼馴染みってんなら、そーゆーモンかね」
「ハ、ハイ、そうなんですよ! 小さい頃から、兄弟同然に育って・・・」
それは嘘だったが、咄嗟の言い訳だった。
涼介が含み顔で拓海を見つめていることに、ケンタは気付かなかった。
バイトにも大分慣れてきた頃。
「ケンタって、帰宅部っつってたけど、部活とかって全然したコトねぇの?」
ケンタは啓介と、そんな日常会話的なことも、出来るようになっていた。
回転の早い店じゃないから、そんな慌ただしいことはないし、店内の時間もゆっくり流れている感じで、お客さんも店員も、会話を楽しんでる感じで。
「いえ、中学では水泳部にいたんです。でも、高校にはプールなくて・・・他に入りたい部活もなかったから、だからバイトしたくて」
「そっか、だから色が黒いんだな。まぁ高校3年っつったら、夏が終われば進路がどうの、って問題も出てくるんだよな・・・ケンタは進路どうすんだ? 進学か?」
「ウチはビンボーなんで、進学とか考えてなくて・・・親のツテでどこかに就職すると思うんで、このまま卒業まで、ココでバイトさせて下さい!」
「そりゃ助かる。受験だ就活だとかって辞められたらどうしようかって思ってたからよ」
辞められたら困るってコト・・・?
どうしよ、凄く嬉しい。
あたしでも啓介さんの役に立ってるんだ。
「あの、もし・・・もしですね。就職先決まらなかったら、このままずっと雇ってもらえますか?」
勇気を出して、訊いてみる。
「ぁ? そら、ウチは構わねぇけど・・・給料安いのに、いいのかよ。オレは馬鹿臭ぇって思うコトだけど、まずはシッカリした安定した職に就いて、って方がよくね?」
「ウチ、工務店やってるんで。アニキが継ぐから、あた・・・オレは継ぐ必要はないって言われてるけど、事務とか雑用手伝ったりもしてるんで。凄く安いですけど、家を手伝った分は、口座に積み立ててくれてるらしいんで、出来ればこのまま、自由な時間が取れる仕事したいなぁって思ってて・・・そうすれば、いつでも合間に家を手伝えるし」
「そっか。親父さん思いだな、ケンタは」
優しく笑いかけてくれる啓介に、ケンタはドキドキする。
「ま、ウチの場合は継ぐ必要はねぇって訳にゃいかねぇからなぁ」
「え?」
「オレん家、オヤが病院やってんだよ。オレは出来損ないだから、医者になれるような頭もねぇから、大学だってマトモに行ってねぇで、こんなカフェ始めた訳だけどよ、アニキはオヤジの跡取りだからな」
「そっか・・・涼介さんって、医学部でしたっけ。大変ですね。医者ってなるの凄く難しそうだし」
相も変わらずカフェの窓際で、涼介はパソコンに向かっていた。
ケンタの視線に気付いて、チラリ涼介は顔を上げる。
やっぱり何故かその柔らかい中にもトゲがあるような気がして、ビクリとして視線を逸らす。
『何なの・・・? やっぱり女だって気付かれてる・・・?』
「っと、もう夜だな。今日はもうすぐチームの連中が来るから、拓海は上がっていいぜ」
ポン、と啓介に肩を叩かれる。
「え? でも・・・」
「ガラ悪いのがどっと来るんだよ。オメーにゃ酷だ」
確かに。
ちょくちょく来る、クリムゾンスコルピオンとかいうチームの人達は、正直、ちょっと怖い。
啓介さんがリーダーをしてて、今でも慕われてる、って聞いたけど。
「あ・・・じゃあ、お先に失礼します」
駅に向かいながら、ケンタは色々なことが頭の中を駆け巡った。
『やっぱり・・・涼介さんってあたしが女だって気付いてるんじゃないかな・・・あたしが啓介さんのコト好きで性別偽ってまで近付いたこと、軽蔑してるんじゃない・・・? でも、だからって何であんなに牽制してくるの? 啓介さんのカノジョとかだって言うなら分かるけど、お兄さんじゃない・・・なんか気持ち悪・・・』
いつものように、駅のトイレで制服に着替えて、鞄に服を詰めていたら。
携帯が見当たらないことに気付く。
「アレ・・・あたしケータイどうしちゃったんだろ・・・ケータイなきゃ明日学校にも行けないよ・・・」
携帯依存の女子高生らしく、ケンタは鞄を漁った。
「バイトに入る前はあったよね・・・お店に忘れて来ちゃったのかな」
取りに帰らなきゃ、とケンタはトイレを出る。
「あっ、やば・・・着替えちゃったんだ。でもお客さん沢山来るみたいだし、ちょっと事務所に寄るくらい大丈夫だよね・・・」
ケンタは女子校の制服姿のまま、店に向かった。
レッドサンズ・カフェの前まで戻ってくると、店の外灯はもう暗くなっていた。
「アレ・・・もう閉店してるの? あの怖いお客さんで賑やかだと思ってたのに・・・」
ケンタは裏口に回って、そっと事務所に向かった。
薄暗い中、店の方から灯りが漏れている。
「やば・・・啓介さんいるのかな・・・どうしよ、見つからないよね・・・」
幸い、事務所には誰もおらず、ケンタは自分のロッカーに落ちていた携帯を無事見つけた。
『よし、見つからないうちに帰ろう・・・』
そう思ったのだが。
何か、店の方の様子が変だ。
女の姿を見られる訳に行かないのに、好奇心に負けて、ケンタはそっと店の方に向かった。
「ァ・・・アニキ・・・ッ」
啓介の声が漏れ聞こえてくる。
『え・・・涼介さんもいるってコト・・・? こんな暗い中、店を閉めて何やってんだろ・・・』
音を立てないように、そっとドアを開けて、数cmの隙間から、店内を覗く。
「ァ・・・ッ、ァア・・・ッ!」
グルリ店内を見渡すと、啓介の金茶の頭が見えた。
「アニキィ・・・ッ」
少し高いウェットな啓介の声が、何だか妙に艶っぽくて。
ケンタは目を凝らして、ぎょっとした。
「え?!」
思わず声に出して、口を手で覆う。
啓介は、下半身が裸で、息を荒げていて。
激しく腰を動かす涼介に抱きついて、絡み合っている。
『嘘・・・もしかして、エッチしてるの?!』
ぬちゃぬちゃと、艶めかしい音と、ギシギシと軋む音が響いてくる。
「ァ・・・アニキィ・・・ッ!」
「啓介・・・もっと声を聞かせろ・・・」
「ァア・・・ッ、イイ、アニキ・・・ッ、も、イキそ・・・ッ」
あの男らしい、雄々しい啓介が、女みたいに喘いでて。
『嘘でしょ?! 男同士なのに・・・兄弟なのに・・・』
「ァ、も・・・イク・・・ッ!」
ビクンビクンと身体を震わせ、啓介は涼介と口付けを交わす。
「アニキ・・・好きだよ・・・」
「オレも好きだよ、啓介」
きつく抱き合って、濃厚に口付けを交わし合う2人に、ケンタは身体を震わせる。
一歩、二歩と後退り、店の外に向かって、駆けていく。
ガチャッとドアの閉まる音がして、涼介と啓介は我に返る。
「誰かいるのか?」
涼介は声を上げたが、反応はない。
啓介のナカから雄を抜き取り、身なりを整える。
ツカツカとドアの傍まで行き、手で触れると。
「―――!」
サイコメトリーした、ケンタの様子。
「アニキ、どした?」
啓介もズボンを穿きながら、涼介を伺う。
「ケンタに見られた」
「え、ケンタに?! アイツとっくに帰ったんじゃ・・・」
「携帯を忘れて取りに戻ってきたようだ」
「ヤベ、ヤッてるトコ見られちまったのか?」
「そのようだな」
「ってアニキ、冷静に言うなよっ! どうすんだよ。オレがアニキとデキてるなんて知られちまったら、店に客が来なくなっちまう」
「追い掛けて口止めしよう」
啓介は店の戸締まりをして、先に外に出ていた涼介を追い掛ける。
「アニキ! ケンタいたか?!」
「帰るなら、駅に向かっている筈だ・・・」
駅に向かって駆け出すと、足の爪先が何かを蹴った。
道路に落ちていたのは、オレンジ色の携帯。
「ケンタの携帯じゃん。何で落ちてんだ?」
ひょい、と啓介は携帯を拾い上げる。
「オレ達の行為を見てしまって動揺して、落としたのも気付かなかったのか・・・」
「イマドキの女子高生って、一日でも携帯ねぇと生きてけねぇみてぇなトコあっけど、届けた方がよくね?」
プラプラと携帯を揺らしながら、啓介は呟く。
「啓介・・・オマエケンタが女だって気付いてたのか?」
「最初は気付かなかったけどさ。アイツが通ってるっつってたM高って、プール今でもあるしさ。プール無いのはM女子校の方だし、アレ、もしかしてコイツ女なんじゃ、って・・・」
「まぁいい。啓介、店の片付け途中だろう? オレがFCで家まで届けてくる」
そう言って、ケンタの携帯に触れると。
「―――!!」
何者かに、グィッと引っ張られる様子が感知された。
ビクリとしたケンタの姿、微かに感じられた恐怖。
もっと何か読み取れないか、と涼介は神経を研ぎ澄ませる。
何者かに捕まって、何処かに連れ去られていく姿。
落としたバッグ。
涼介は周囲を見渡した。
「アニキ?!」
涼介が向かったのは、寂れた路地裏。
道の途中に、落ちていたケンタのバッグ。
涼介はそれに触れ、サイコメトリーする。
感知したのは。
「コイツら・・・愚連隊(ナイトキッズ)の下っ端だ・・・」
「愚連隊(ナイトキッズ)?! アイツら、性懲りもなく、まだ悪さしてるのか―――?!」
ヤツらのたまり場は、繁華街の外れのカラオケBOXだ。
「パーキングのFCまで戻るより、走っていった方が早いな・・・」
涼介と啓介はマラソンランナーの如き俊足で、目的の場所に向かって駆けていく。
「ケンタ・・・無事でいろよ―――!」
タチの悪い連中がたまり場にしているカラオケBOX。
ケンタは脇目もふらずに走っていると、急にガラの悪い連中数人に絡まれて、強引に連れ去られてきた。
店員の見回りもなく、死角になって、一度入ったら誰にも見つからない部屋。
大声を出しても、カラオケBOXだから、周りに聞こえない―――誰も怪しまない。
あの時と同じだ。
でも、あの時は啓介さんが助けてくれて―――けど今はもう、誰も助けてくれる人なんて来ない。
恐怖に震えるケンタは、もう終わりだ、と思ったその時―――。
「―――ケンタ!」
ずかずかと入り込んできた涼介が、奥の部屋に駆け込むようにドアを開けると―――。
手込めにされかけていた、ケンタの姿。
群がるガラの悪い男達。
恐怖に怯えたケンタの姿―――涼介は突如、目付きが変わって―――。
「あっ、アニキ! 待てッ、オレが―――!!」
啓介が止める前に、男達は瞬く間で屍と化していき―――。
「あっ、あぁぁぁ〜〜〜っ、コイツ、紅蠍隊(クリムゾン・スコルピオン)の裏リーダー、魔性の笑みで触れるモノを切り裂く、ガラスの紅天女―――!!」
「あ〜ぁ、オレが片付けるつもりだったのに、アニキ本性出しやがって・・・医者になるから医学部入ったらもう拳は喧嘩に使わないっつってたのに・・・」
呆れたように息を吐きながら、屍と化した連中に蹴りをくれる啓介。
「悪い悪い。連中見たら、つい、昔の血が疼いてな」
「ったく・・・オレが愚連隊(ナイトキッズ)の幹部達に連絡取ってる隙に先乗りなんて、アニキまだまだ現役かよ? オレよか先に引退した癖に」
「まぁ中里と庄司が来たら、口止めを頼んでおこう。それよりケンタ、怪我はないか?」
「いえ・・・でも、何で涼介さん、啓介さん、あたしがココにいるって分かったんですか?」
「あぁ、いや・・・駅に行ったら、ケンタがガラの悪い男達に絡まれてたのを見たってヤツがいて・・・コイツらは愚連隊(ナイトキッズ)の下っ端だ。昔、啓介がこの辺を荒らしていたヤツらを締め上げ―――いや、まとめ上げて、リーダー格の幹部達はとっくに真人間に戻ってるんだが、下っ端連中はまだ悪さをしてるようでな・・・このカラオケBOXは連中のたまり場だから」
涼介は真実をケンタに告げずにおいた。
自分の持つ、この能力のことを。
不必要に話すことはない、と判断した。
その時、ケンタは自分が女の姿であることに気付いた。
「あっ、あた・・・っ、じゃなくてその、えっと・・・っ;」
あたふたしても、制服姿をごまかすことは、出来なかった。
「ケンタ、オマエが女だってコトは気付いてたよ。何で男のフリしてウチにバイトなんか来たんだ?」
柔らかい声と表情で、啓介はケンタを伺う。
「啓介さんの傍にいたかったんです・・・5年前、ガラの悪い人達に絡まれてる時、啓介さんに助けてもらって以来・・・啓介さんが―――」
「そっか、どっかで見た顔だって思ってたら、あの時のコか」
「え・・・あたしのこと、覚えてくれてたんですか?」
啓介は、そっとケンタの頬に触れた。
「とにかく・・・無事で良かった。もしケンタに何かあったら―――」
「け・・・啓介さん?」
啓介の柔らかな表情に、ケンタは頬を染める。
でも、店でのあの出来事を思い出して―――。
バッとケンタは後退る。
「・・・ケンタ?」
「―――オレ達のこと・・・見たんだろう?」
啓介の傍らで、涼介は静かに言い放つ。
「あ、あの・・・っ」
身を震わせて、ふぃっと目を逸らす。
啓介の顔を、マトモに見れなくて―――。
「・・・やっぱ、オレ達のコト、気持ち悪ィって・・・思うか?」
切なそうな表情で、啓介はケンタを見つめる。
「っ、その、あたし・・・っ!」
ケンタはバッと駆け出して、出て行った。
「あっ、おい、ケンタ―――!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あたし、中村ケンタ、18歳。
最近、秘密がひとつ、増えました。
今でも、レッドサンズ・カフェで、男装してバイトを続けています。
もうひとつの秘密は何かって?
実は―――。
あの騒動の翌日。
休日だったので、涼介も既にレッドサンズ・カフェに来て、いつもの席で、パソコンに向かってコーヒーを飲んでいた。
予定なら、ケンタは今日もシフトが入っているのだが。
シフトインの時間を過ぎても、ケンタは現れない。
「ケンタ、やっぱりもう来ないんじゃないか? 好きな男が、男と―――実の兄とデキているなんて、普通に考えたら、気持ち悪いだろう。言いふらさないでくれると有り難いんだが、どうかな・・・」
コーヒーを含みながら、涼介は静かに呟く。
今日も店に溢れる女性客達は、いつも通り、兄弟にきゃあきゃあと見惚れているので、バレてはいないようだが。
「やっぱそうだよなぁ・・・あれから電話してみたけど、出ねぇし・・・バラさねぇでくれるとイイんだけど、新しいバイト探さなきゃか〜・・・ケンタ、真面目でイイバイトだったんだけどな・・・」
涼介の向かいに腰を下ろして、マスター・啓介は息を吐く。
その時。
バァンと勢いよく、店の扉が開けられた。
入ってきたのは、男装姿のケンタ。
「ケンタ?!」
「遅くなっちゃってスミマセン! すぐ入りますんで・・・」
「オマエ・・・オレ達のコト、軽蔑して辞めたかと思ったのに・・・」
啓介は立ち上がって、ケンタの前に佇む。
「辞める?! そんな勿体ないコト、しませんよ!」
「はぁ?」
「だって凄く美味しいじゃないですか! イケメン兄弟の禁断の関係! 最高に萌えますよ!」
「ちょ、デケェ声で言うなって・・・」
「最初はホモなんて気持ち悪いって思ってたけど、最近流行ってるんですね、BLってのが! お盆にはコミケに行くんです!」
そう、一夜にして、純真ガール・ケンタは腐女子と化していた―――。
「コミケって何だよ・・・つかホモとか言うな、オレ達は・・・」
「だってお客さん達だって、お2人がそういう関係だって知ってますよ?!」
「えぇ?!」
啓介は知らなかった。
レッドサンズ・カフェが、いつの間にか腐女子のたまり場となっていたのを―――。
これには涼介も呆気にとられ、固まっていた。
「お2人を題材にして、アンソロ同人誌出そうって計画立ててるんです! その為に、色々教えて下さいね、色々と・・・v」
こうして、涼介の休息の場はハンターの狩猟場と化し、幸か不幸か、レッドサンズ・カフェは、悲鳴を上げる程に繁盛したのだった。
「ケンタ、勘弁してくれぇぇ〜〜〜!!!」
「名前は変えて、分からないようにしますからv 大丈夫、ヒミツにしますよ☆」
みんなが知ってる秘密は秘密じゃない―――。
高橋兄弟の未来や、いかに。
FIN.
2012.1.9.UP
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