cursed brothers




昼下がりの午後。
テレビのお天気情報が、前橋で全国最高気温を記録したと告げる中、ココは隣の高崎市、高橋邸。
エアコンの効いた涼しい部屋で、今日も今日とて、自室で机に向かう涼介。
それをベッドの上に腰掛けて、背中を見つめてぶすくれている啓介。

「なぁ、アニキ〜、折角の夏休みなのにさ〜、毎日ずっとパソコンと睨めっこしてて、飽きねぇの?」
「別に。好きでやってることだからな」
振り返りもせず、キーボードを鳴らし続ける涼介に、啓介は膨れる。
「つーまーんーねーぇー! 折角アニキがウチにいんのに遊んでもらえねぇんじゃなんもするコトねぇよぉ〜!」
ハタチを超えて成人を迎えた大の男が、兄が構ってくれないと駄々をこねる姿は―――涼介には可愛くて仕方がない。
フッと笑いながら、画面を操作する。


「なぁ〜、どっか行こうぜ〜、アニキ〜」
「週末にはサーキットの走行会を控えているだろう。それまで待て」
「ヤだ! そだアニキ、息抜きしに行こうぜ。昼間の赤城は観光客多くてウザッてぇけど、大沼眺めるとかさ〜・・・ホラ、アニキが教えてくれた秘密のスポットとかでさ・・・」
「今日中にこのレポートをまとめたいんだ。行きたきゃ1人で行け」
カチカチと手を動かし画面を見ながら、言い放つ。
「1人で行ってナニが楽しいんだよ〜! オレはアニキと出掛けてぇの!」
「今日は無理だ」
「今日は、今日は、って、昨日も一昨日もそう言ったぞ! なぁアニキ〜、ちっとくれ〜、出掛けてこようぜ。赤城までが遠いんなら、もっと近場でもいいからさ〜、なぁアニキ〜」
甘えたような声で、啓介は請い続ける。

いくつになっても小学生の駄々っ子のような弟に、涼介は結局甘かった。
「しょうがないな。じゃあ、ちょっと出掛けてこようか」
使用していたアプリケーションを終了させ、涼介はくるり振り返る。
ぴょこんと元気になった啓介は、ご機嫌で涼介の後をついて、家を出た。



それぞれ、FCとFDに乗り込んで、啓介は涼介が運転する後をついていった。
『アニキ、ドコ行く気だ? 観音山の方向だけど・・・』
観音山を上っていって、FCがウィンカーを点けて逸れ、駐車スペースに停めたので、FDも隣に停めた。
その駐車場には、“白衣観音まで3分”と書かれた看板がある。
「アニキ? 何でこんなトコ・・・」
「久し振りだろう? 行こう」

白衣観音は山のてっぺんからいつも見えていたが、こんな近くで見るのは久し振りだ。
慈眼院を右手に見ながら、向かいにそびえる白衣観音を見上げた。
「白衣観音トコ来たのなんて、小学校ん時の遠足写生大会の時以来だな〜。やっぱデケェ〜」
「はは、オレは何度か来たけどな」
そう言って、階段を上って、観音様の足下に向かう。

「まずは賽銭を入れて、拝んでな」
ほけっと突っ立っている啓介を見ながら、ポケットから財布を取り出すと、涼介はくすっと笑った。
「んだよ、アニキ」
「いや・・・オマエが小さい頃のことを思い出してな・・・賽銭箱に賽銭を入れる、って意味が分からなくて、5円玉握りしめたまま離さないで、オレが抱き上げて、この中に5円玉を入れるんだよ、って教えてやったな、って。流石に今はもう、抱き上げてやる必要はないだろうな」
「あっ当たり前だろっ。ちゃんと入れられるっつの!」
かぁっと赤くなって、啓介はからかわれたことに気付き、口を尖らせて、財布から十円玉4枚と5円玉1枚を取り出した。
「始終ご縁がありますように、ってな」
「それは欲張りすぎて逆に良くない。重々ご縁がありますように、で25円にしておけ」
「へ〜い・・・」
賽銭を入れて、手を合わせて拝む。


『ずっとアニキと一緒にいられますよーに・・・』

『願わくは、一日でも長く、啓介と共にいられますように・・・』




「って、これでもう帰るんか? どっか寄ってかねぇ? 折角外に出たんだしさ・・・」
「いや? 折角此処まで来たんだから、胎内拝観してこよう」
「げっ、上んの?!」
「最上階から高崎市街を一望したら、いい気分転換になるだろう? おいで、啓介」
手招きする涼介に、渋々と啓介はついていって、胎内拝観料300円を払って、白衣観音の胎内に入った。

「小学校ん時以来だけど、ココの階段ってこんな狭かったっけ? 真ん中に柵があるから1人通るのがやっとだな」
キョロキョロと中を眺めながら、180cmを越す大きな体躯の人間には些か狭い階段を上りながら、啓介は呟く。
「子供の頃は身体も小さく背も低かったから、今はこうして図体もでかくなったから余計にそう感じるんだろう」
スタスタと上っていく涼介は、後ろをついてくる啓介にそう言った。
「それもそっか。まぁ観音サマの中が広かったらデブだしな・・・」
「ったく、またオマエはそういう不謹慎なことを」



「だぁ〜・・・なぁアニキ〜、てっぺんまだぁ〜? オレ疲れたぁ〜」
数階上ってきて、啓介の足取りは段々重くなっていく。
「まだ4階だぞ。最上階は9階だ」
「げぇ〜、まだ半分も行ってねぇの?!」
「足腰の鍛錬にいいだろう? ドラテクを磨くには、足腰の鍛錬も重要だ。頑張れ、啓介」
平然と上っていく涼介の背中を見つめながら、啓介は深く息を吐いて、パシッと両手で頬を叩いて、気合いを入れて階段を上っていった。



『なぁんかなぁ・・・オレ、いっつもアニキの背中ばっか見てるよなぁ・・・峠で走ってる時もそうだけど、ウチにいたっていつも背中ばっか・・・』
口を尖らせながら、見慣れた広い背中を見上げて、階段を上っていく。
元来、啓介は体力もあるし運動能力も高いので、9階までの階段を上るくらい大したことではないのだが、涼介の背中を見つめているだけなのが、少々淋しかった。

小さい頃から、兄の背中ばかり見て、兄の背中を追い掛け続けてきた。
それが嫌だという訳ではない。
もっと涼介を、正面から見たいのだ。
涼介にも、面と向かって自分を見て欲しい。

『パソコンの画面ばかりじゃなくて、オレのコトも見てくれよ・・・アニキ・・・』
啓介は胎内に飾られた額や仏像などの展示には目も暮れず、ひたすら涼介の背を追い続けた。



ようやく辿り着いた、最上階、9階。
観音様の肩の部分だ。
「てっぺん来た? あっちぃ〜。汗だくだぜ」
涼介は名前の通り、涼やかな表情で、大きく息を吐く啓介を振り返った。
汗一滴すらかいてないようにも見える。

「これくらいで根を上げたか? 啓介」
「ヘーキだっつの。つぅかてっぺんって、こんなだっけ? 覗き窓小っさ!」
四方にある覗き窓を見て、啓介は声を上げる。
「所詮観音様の胎内だからな。広々とした見晴台があったらおかしいだろう」
「そらま、そうだけど・・・イッショーケンメーこんなトコまで上ってきて、観光客とかガッカリしねぇ? せめてもちっとデケェ窓ねぇのかよ。大人の頭も出ねぇだろ」
「これ以上大きいと、乗り出して転落する危険があるだろう」
「そっか、高ぇモンなぁ・・・やっぱ覗くんなら、赤城方向だよな」
背を屈めて、ひょこ、と啓介は覗き窓から外を眺めた。

「お〜、見える見える。こうして見ると、赤城って遠いんだな〜。あそこまでっつったら、1時間くれ〜だけど・・・」
「それはオレ達の走りで、だろう? 一般的には、1時間半近くはかかる筈だ」
涼介も背を屈めて、啓介の顔に顔を近づけて、頬を寄せ合うように、覗き込む。
「そっか。やっぱ遠いなぁ」

「それより、あっちを見てみろ、啓介。ウチの病院が見える」
「ドコドコ?」
「ホラ、高崎市役所があるだろう? その手前」
壁に腕をついて背を屈めて、まっすぐ先を指さす。
「あ、ホントだ。オヤジもオフクロも忙しく仕事中〜ってか」
「向こうには、ウチも見える」
指先を逸らし、緑に囲まれた大きな屋敷を指し示す。
「お。こうして見比べっと、ウチと病院って近ぇな〜。すぐソコって感じ」
「まぁな・・・高崎市役所や県庁の展望ロビーから見るのもいいけど、此処からなら肉眼だから、また別の爽快感があるな」


穏やかな瞳で高崎市街を眺めている涼介の横顔を間近でチラリ目をやる啓介は、首を傾けて、ちゅ、と涼介の頬に口付けた。
「こらっ、こんな所で何をする!」
「だってアニキの顔がすぐソコにあんだモン。ムラムラするっつ〜の」
ニカッと笑って、振り向いた涼介の唇と自らのそれを重ねる。
「こら・・・っ、全くオマエは・・・っ」
「アニキはオレとキスしたくねぇの?」
「そういう問題じゃない。他の方向からも外を見よう」
スッと立った涼介が身体の向きを変えようとした所を、啓介は背後から抱き締めた。
「ちょ・・・おい、啓介・・・ッ」
シッカリと涼介を掴まえて抱き締めて、首筋に顔を埋める。
「こら、離せ、啓介。誰か来たら・・・」
「さっきから誰も来ねぇじゃん」
さわさわと涼介の身体をまさぐりながら、首筋にちゅうと吸い付いて、舌を這わせた。
抗おうとした涼介は、啓介の舌の熱さに、電流が走ったように、ぞくりと身を震わせる。


「アニキ・・・い〜におい・・・」
「ちょ、待て、何をする! やめろ、啓介ッ」
啓介はかちゃかちゃと、涼介のズボンのベルトを外していき、雄に手を添えた。
「んだよ、こぉんななってんじゃん・・・」
少しウェットな高い声で、甘く囁きながら、脈打つソレをツ、と指でなぞる。
「此処を何処だと思っている、啓介! 誰か来たら・・・っ」
「だから誰も来ねぇって・・・アニキってば最近ずっと忙しい忙しいっつって、ヤらせてくんねぇんだモン・・・ちっとくれ〜、イイだろ・・・?」
涼介の雄を顕わにさせた啓介は、巧みに手で扱く。
「ゃめ・・・っ」
「パソコンばっか向かってちゃ不健康だって・・・出すモン出したらスッキリするぜ・・・?」
「ゃめろ、啓介・・・ッ、・・・クッ」
啓介からもたらされる快楽には抗えず、身体の強張りが抜けていく涼介は、必死で理性の糸を繋ぎ止めようとした。


「ン、ハァ・・・ッ」

「アニキ・・・だいすきだよ・・・」
啓介にそう言われるのに、涼介は弱かった。
自分の淫らな想いで弟を禁忌の関係に引きずり込んでしまった涼介は、想いを受け入れてくれて、応えてくれた啓介の言葉に弱かった。

自分さえ想いを秘め続けていれば、啓介にはまっすぐにまっとうな道を進んでいられたのに。
引きずり込むのは、クルマだけで良かったのに、欲が出た。
目標がなくて荒れていた弟に、クルマの楽しみを覚えさせたら、予想以上にみるみるのめり込んでいく、その姿を見ていたら、欲が出た。

ずっと“欲しい”と想い続けてきた、啓介そのもの。

此処が何処であろうと、どうして抗えようか。



陰部を柔らかくならしていく啓介に、涼介は壁に手を突いて、息を荒げる。
「アニキ・・・もう、ダイジョブ・・・?」
「・・・あぁ」
冷たい壁も、体熱で汗ばんでいく。
兄弟揃って同じコロンを使う、その爽やかな香りが、汗に馴染んで、絡み合う。
啓介も自身のズボンのベルトを外してファスナーを下げ、はち切れんばかりにいきり勃った雄を背後から、涼介の陰部に突き立てた。

その時。

「You will pay dearly for it!」
突如、涼介が叫んだ。
「アニキ? 一体ナニ・・・」
「Heaven will punish you for it!」
繰り返すように、涼介は流暢な英語で叫ぶ。
一体急に何だ、と行為を止めると、階下から複数の人の声がするのに気付いた。
観光客が上がってきたのに気付き、啓介は慌てて離れ、ファスナーを上げた。
涼介は既にキッチリと身なりを整え、喘いでいたのが嘘のように、しれっと涼やかな顔をしている。



「啓介、気分転換は済んだ。降りよう」
上がってきた観光客と入れ違いに、涼介は階段を下りていった。
「ちょ、おい、待てよアニキ・・・ッ!」
啓介は慌てて追い掛ける。

何度も折り返す長い階段を下りながら、啓介は口を尖らせてぶすくれていた。
「なぁ、アニキ、さっき何つったん? エーゴ? だよな」
「家に帰ったら辞書を引け」
「え〜? 何つったかも分かんねぇのに、辞書ったって・・・」
ポケットに手を突っ込んで、ブツブツとごねる。
「さっきまでの行為のことだよ」
「へ? えっちのコト?」
「ハッキリ言うな。ったく・・・You ungrateful swine!」
「だからナニ〜? 教えろよ〜」
「辞書を引け、辞書を」


「あ〜ぁ、折角イイトコだったのにさ・・・まぁたアニキの背中追い掛けて・・・さっきまでくっついてられたのにさ・・・」
ブツブツと愚痴りながら、啓介は姿勢のいい涼介の広い背を見つめる。
「あ〜もう! この階段サイアク! 狭いからアニキの背中見て追い掛けるしか出来ねぇしよ・・・いっつもそうだよ・・・アニキの背中しか見れねぇ・・・」

それが昔からの、啓介の本音なのだろう。
ずっと、兄の背ばかり見て、追い掛け続けて。
身体を交わらせる関係になっても、その気持ちは変わらないのだろう。


「フ・・・ッ、オレがこの背中を預けられるのは、オマエだけなんだがな、啓介」
階段の折り返しの場で、くるり振り返った涼介は、不敵に笑い、啓介を見上げる。
「アニキ・・・」

涼介は階段の真ん中の柵を挟んで、啓介の隣に立った。
そして、きゅ、と啓介の節くれ立った手を握る。
「こうすれば、並んで降りていけるぞ」
柔らかな表情で、啓介に笑みを向ける。


こんな涼介の顔は、啓介にしか見せない。

“トクベツ”な笑顔。

「へへっ」
啓介はニカッと笑って、きゅっと手を握り返し、ご機嫌で軽快な足取りで下まで降りていった。



「啓介? 何処に行くんだ?」
胎内から出ると、啓介はスタスタと、ある方向へ向かった。
「オレさ、小学校ん時の写生大会で、観音サマ描くのメンドクセェ〜って、後ろ姿描いたんだ。それなら簡単だったからさ」
「あぁ・・・そう言えばそんなこともあったな。最初は何の絵か分からなかったが」

涼介は啓介と共に、白衣観音を背後から見上げた。
「こうやって見るとさ〜、なぁんか間抜けな姿だよな〜。穴だらけでさ」
「各階の覗き窓があるからな。ご利益と高い所から見たいという人の欲求を足して2で割った結果と言うのか・・・」
「有り難みが薄れていくよな〜、虫食いセーターみたいで」
「虫食いって・・・つくづく罰当たりなヤツだな、オマエは・・・」


大分陽も傾いてきて、風が木々を鳴らす。
「は〜、風がちっとは涼しいな。アニキ、帰ってさっきの続きしようぜっ!」
にぱ、と太陽のような極上の笑顔で啓介は涼介を見遣った。
「忙しいって言っただろ。此処には息抜きに来たんだ。帰ったらレポートの続きをする」
くるり踵を返し、スタスタと駐車場に向かう涼介に、啓介は声を上げた。
「えぇ〜っ!! 元気になっちまったモンが治まらねぇよ〜。アニキだってイッてねぇじゃん。な? な?」
慌てて追い掛けながら、肩を掴んで縋る。
「ったく・・・さっきの言葉を和訳出来たら、な」
ふぅ、と息を吐いて、そう告げる涼介に、啓介は食い下がった。
「え〜っ、ヒントヒント! ヒントくれよ、ヒント!」
「さっき言ったぞ。さ、帰ろう。帰ったら英和辞典を貸してやるから」



帰宅後、涼介は啓介に英和辞典を渡すとすぐにパソコンに向かったが、ご丁寧にマーカーが引いてあったのを見つけて、弟にはどこまでも甘い兄は、美味しくいただかれたのでした。




FIN.






2011.11.18.UP

サイトの初っぱなから何やってるんでしょうねぇ、この罰当たりな兄弟は(それは私だ)
涼介が言っていた英語は、「そんなことをするとバチが当たるぞ」とか「この罰当たりめ」とかです。
背景画像は観音様の後ろ姿(撮影私)。
それをご覧になった水上シオンさんのお言葉が涼介の台詞に織り込まれています(拝借しましてすみません)。
しかし涼啓と言いながら最初に書いたのが啓涼って・・・私は啓涼が正しいのか?
エロは難しいですね(汗)つかお見せするの恥ずかしい(汗)