イルカとマーメイド |
高校2年の夏休み。 涼介は必要のない予備校に毎日通っていた。 中学1年の時からずっと首席を通す涼介は、全国模試でも常に上位に名を連ねている。 志望する国立の群大医学部も、合格率特Aランクで、合格間違いなしとされているが、ただ真面目に予備校に通って良い成績を叩き出していれば両親も教師も安心する―――それだけの理由で、サッカー部の部活がない日は、予備校と図書館の往復の繰り返し。 このまま、周りの望むままに、医大に進んで、医者になって、親の跡を継ぐ。 誰もがそう信じて疑わない。 涼介自身もそれでいいと思っている。 それでも、時折ふと思う。 自由気ままに遊び回る啓介が、眩しくて。 小さい頃から、自由で、天真爛漫で。 欲しいモノは欲しいと言い、やりたいことはやりたいと素直に言う。 兄のように出来ないことへのジレンマも、放棄してしまって、“今”というかけがえのない時間を、謳歌している。 涼介とて、自分で望めば、何でも自由に出来た。 だがその立場が、冷たく暗い海に、置き去りにされて、漂い続けて。 啓介に訊いてみたい。 オマエのいるその温かい海へ行くには、どうしたらいいんだ? 其処はそれ程までに心地が好いのか? 大きな病院の長男である涼介は、幼い頃から、医者になるべく、優等生として振る舞い、生きてきた。 学業、部活動、委員会、生徒会、全て安定した優秀な成績をキープし続け、模範生として、教師からの覚えもめでたい。 周りは涼介を羨み、涼介自身も、人生とはそういうものだと、幼少の頃から悟って、周りの望む優等生を演じてきた。 それに不満はなかった。 医者という職業は尊いものだし、誰にでもなれるものではないから、自分が目指すのに相応しい職業だろう。 優秀な医者になるべく、常日頃から、努力を惜しまない。 だが時折、ふと思う。 もし、自分に他の未来が用意されるとしたら、どんな未来があるのだろう? 啓介に訊いてみたい。 オマエには、無限の可能性が詰まっているんだ。 将来は何を目指す? それはオレが羨む程に魅力的な世界かい? 中学3年の終わり。 兄と違って出来が悪い、と教師にも匙を投げられたオレは、高校なんてドコでも同じ、また同じコトの繰り返しだ、と自暴自棄になっていた。 医者になれるような頭もないから、だったらあの家にいる意味だって無い。 無免で単車を転がして、喧嘩に明け暮れて、親にも教師にも、周りの大人全てに、見放された。 でも、アニキだけは、何故かオレの事を見放さなかった。 両親ですら、叱る事さえ放棄して無関心なのに、アニキだけが、オレを構った。 何でも出来るアニキに、出来損ないのオレの気持ちなんて分かる訳無いのに。 小さい頃から成績優秀で、県下でも有名な程で、あのデッケェ病院の跡継ぎとして周りから期待されて、アニキは周りに期待以上の結果を残してきた。 だから勇気を出して、アニキに訊いてみた。 「なぁアニキ、アニキと同じ高校に入れたら、オレの人生って変わんのかな」 「それは―――来てみれば分かるよ」 その一言で、オレはアニキに受験勉強を見て貰って、必死こいて勉強して、ギリギリでアニキと同じ高校に合格できた。 流石に県下で1・2を争う進学校は、授業についてくのも不可能に近かったけど、試験勉強をアニキが見てくれたお陰で、ダブりもせずに進級している。 だけど―――大学に進学したアニキは、何やらクルマに夢中のようで。 オレは相変わらず、暴走族の連中と連んで、単車を転がして、親にも迷惑ばかりかけてきた。 四輪のドコが楽しいのか、全然分からない。 街中走ってたって、ただの鈍くさい障害物でしかないのに。 オレ―――気付いたんだ。 中学の時は気付けなかったけど、たった1年間重なってた高校生活で、アニキが心の底から笑ってないコト。 オレだったら、用意されたレールの上を行くだけの未来なんて、窮屈でしょうがない。 アニキだって、ホントはそう思ってんじゃねぇの? 他人から見たら、誰もが羨む、恵まれた環境、恵まれた人生なのかも知れないけど。 本当に、そうなのか? ある日見てしまった、アニキの本当の顔。 オレに見られたコトに気付いて、なんでもないフリをしたけど、オレ、気付いちまったよ。 アニキは一生懸命、優等生の“フリ”をしているだけだって。 あの時、塗り固めた筈のアニキの嘘の壁―――それがヒビ割れて、零れ落ちてくのが分かった。 昔からずっと、そうだったんだ。 沈着冷静、クールなアニキが、実は誰よりも熱くて、その熱い雫が、何よりも大切な情熱が、胸の―――心の傷から赤い血が、零れ出してる。 アニキは一生懸命、なんでもないフリを貫き通そうとしていたけれど。 オレのいる場所は、冷たくて暗い海だった。 アニキのいる場所は、とても温かくて、心地好い海のように見えていた。 なぁアニキ、どうしたらオレはそこに行ける? どうやったら、アニキと同じ場所で、オレは泳げるんだろう? ある日オレは、勇気を出して、言ってみた。 「オレ、アニキと同じ場所に行きたい」 アニキはその意味を、すぐに理解してくれた。 初めて乗った、アニキのクルマ。 これが、アニキのハマッている世界。 雷に打たれたように、オレは暫く動けなかった。 そして、気付いたんだ。 「アニキ―――オレ、アニキが好きだ」 オレ達は男同士で、しかも兄弟で、イケナイ関係だって分かってる。 でも、アニキはオレの気持ちを、受け入れてくれた。 頭の良いアニキなら、こんな関係は赦されないって分かってる筈なのに。 それでもアニキはとても優しくて、オレの下で、まるで女神のような、柔らかな笑顔を見せる。 昂ぶったオレ自身を、無理矢理アニキのナカに挿れて―――苦痛に歪むアニキの顔が、何よりも綺麗で。 「アニキ・・・だいじょぶ?」 「大丈夫だよ、啓介―――」 辛くない筈無いのに、女神のような、柔らかい笑顔を見せて。 アニキの心の傷に、でっかいバンソコ貼って、これ以上、血が流れないようにしたかったんだけど。 オレと関係を続けていくことが、アニキの癒しになるなんて思えないけど、アニキは微笑って受け入れてくれた。 イケナイ関係なのに、黙ってオレを受け入れてくれた。 オレのどうしようもない感情を、受け止めてくれた。 これじゃどっちが助けようとしてたかなんて、分かんねぇ。 騙され続けるなんてできない。 でも、アニキの心の傷から流れ出る血が止まるように、祈るだけ―――。 今なら分かる。 オレもアニキも、お互いが良く見えていたんだ。 “隣の芝生は青い”とかよく分かんねぇ例えをアニキは言ってたけど、アニキはオレを羨んで、オレはアニキを羨んできて。 どっちがいいかなんて、人それぞれで―――でも欲張りなオレは、アニキを手に入れた。 男同士で、兄弟で、禁断の関係を、今でも続けている。 アニキの将来を思うなら、ぬかるみにハマッて抜け出せなくなる前に、やめなきゃいけないって分かってる。 それでもオレは、アニキが欲しくて。 アニキだって分かっているのに、アニキからやめようとは決して言わない。 アニキを救おうとして、救われてるの、オレじゃねぇのか? 引き返すことだって、まだできる筈。 でも、互いが互いを良く見えていたように、今はお互いが必要なんだ―――。 そう、これはいつか終止符を打たなくてはならない関係。 それでも今は、この温かい海で、共に泳いでいたいんだ―――。 啓介、オマエが負ってきた心の傷が、オレと交わる事で、少しは癒せたのか? 言ってしまったら引き返せなくなるから、言えずにいる言葉。 オレも、オマエがずっと欲しかったんだ、と―――。 願わくは、ずっと共に歩んでいきたい。 赦されるなら、この禁断の関係を、ずっと続けていきたい。 互いの心の傷から流れ出る血を、大きな絆創膏で、止めようとして。 啓介、もう痛くはないか? 痛みはないのか? オマエの傷が癒せるなら、オレはどんな事だってやってやる。 障害のある人生だって、歩んでも構わない。 でも、出来る事なら、弟のオマエには、陽の当たる道をずっと歩いていて欲しかったんだ―――。 そう、どちらかが言い出せばいいだけ。 引き返す事は出来る。 ただ、傷を負ったまま倒れないように、助かる術を無くさぬように、祈るだけ―――。 FIN. 2011.12.08.UP |
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Title & Lyrics by RYOJI OKAMOTO エンジェル啓介に女神アニキですよ・・・どうしましょう(何が) リリカルでイッちゃってます・・・タイトルの歌詞と兄弟を重ね合わせたら、こうなりました。 因みに最初は涼啓で書こうと思っていたんですが、途中で啓涼になりました(アレ?) |