煙草を銜える理由
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いつの間にか、出来ていた溝。
オレの目の前にいたアニキは、いつの間にか遙か遠くまで行っちまった。
何でオレは、アニキと同じように出来ない?
何でオレは、こんなに出来損ないなんだろう―――アニキの弟なのに、同じ血を分けている筈なのに。


もしかしたら、オレは貰われっ子なのかも。
だってアニキはAB型で、オレだけO型じゃん。
子供の頃、アニキにそう言ったら、呆れたように微笑って言った。
「お父さんがA型でお母さんがB型で、その場合、A型、B型、O型、AB型、全ての血液型の子供が生まれるんだよ」
そんな風に説明してくれたけど、だからってそれが、オレが貰われっ子じゃないって証明にはならない、って聞き流してた。



“何で兄のように出来ないんだ”
親も教師も、同じ事を言う。
そんなの、オレが一番思ってる。
オレが一番知りたいのに。
何でアニキと同じように出来ないんだろう。



理由の見つからない苛立ちで、喧嘩と単車の暴走に明け暮れる日々。
高校1年の秋、アニキが群大医学部に推薦入試で合格したと、人づてに聞いた。


両親・周囲の期待通りに、オヤジの跡を継ぐべく、医者への道を目指すアニキ。
それに比べ、何もない自分、誰も何も期待などしていない。

このまま、アニキも遠くに行ってしまうのだろうか。
自分を分かってくれる人間は、いなくなるのだろうか。


感情を持て余し、煙草を銜える。
美味くもない煙草の煙を吐き出し、紫煙の消える先をぼ〜っと見ていた。

「まるでオレみてぇ・・・」

目標も何もない、つまらない、空っぽな毎日。
単車で走り回っても、靄靄は晴れない。


オレは、何の為に、生きている―――?




今日も変わらず、自暴自棄に過ごすオレは、美味くもない煙草を銜える理由を考えた。
そんなことを考えてしまう、理由を考えた。

コンビニ前でしゃがみ込んで、煙草を燻らせていると、野良猫が寄ってきた。
「来〜い来い・・・」
ちょっと撫でてやろうと思ったけど、つるんでる馬鹿な連中のせいで、野良猫は逃げていく。
舌打ちをして、煙草をアスファルトに押しつけた。


そう、オレの周りにいるのは、ロクでもない野良犬。
ソイツらが憂鬱という名の下らない手土産を持って、今夜もやってくる。



夢も目標もないままに、今夜も夜の国道を、駆けていく―――。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




アニキはどうやら、18の誕生日にオヤジに買って貰ったクルマに夢中らしい。
夜な夜な単車を転がしてるオレは、よく妙な時間帯にアニキのクルマを見掛けた。
休みの日もクルマで出掛けているっぽい。
ドコに行ってるのか、何をしてるのか、全然分からないけれど。

オンナのニオイはさせないアニキは、じゃあ何の為にクルマに乗っているんだろう。
あんな鈍くさい障害物、街中走ってると邪魔でしょうがねぇのに。


久し振りに家に帰った時に、アニキに訊いてみた。
「なぁアニキ、何でそんなにクルマ乗ってんの?」
「何でって・・・楽しいからに決まっているだろう?」

高崎と言ったらパスタだよね、とでも言うように、当たり前のようにさらりと答えた。
「何がそんなに楽しいんだよ?」
「それは―――オマエも乗ってみたら分かるよ」


クルマの何が楽しいのか、全然興味なかったけど。
含み顔で答えたアニキの言葉が、気に掛かって。



中・高と首席を通してたアニキは、どうやら大学でも、トップクラスの成績らしい。
相変わらずスゲェよな。
そしてクルマに夢中のアニキが、凄く楽しそうで。
あぁいうの、何て言うんだっけな。

あぁそう、“公私ともに充実している”―――ドコかで聞いた台詞だけど、多分ソレだ。


アニキのハマッてる世界―――それは何なんだ?
ソイツはオレの胸の痛みをかき消してくれるのか?



刺激に飢えてる馬鹿な女達が、いつも束の間の快楽を持って、オレの心の平穏を奪いに来る。
そんなんじゃ、オレの心は満たされないのに。
勃つモンは勃っても、満たされないんじゃ、意味がねぇよ。

こんな馬鹿げたこと、早くやめて、マジメにならなきゃ。
荒れた日々とオサラバして、安定した日々を送らなきゃ。
誰かに流されず、自分の意志で、自分らしく生きよう。

でも、ふと考える。

自分らしいって、一体何だろう?
オレの意志は、ドコにあるんだ―――?

それは一体、どんなモノなんだ?


考えても、分からない。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




いつものように、定期試験の前は、アニキが勉強を見てくれる。
アニキなら知っているだろうか。

「なぁ、オレらしいって、何だろな」
「突然何だ、啓介」
「オレ、自分で自分が分かんねぇ。毎日つまんねぇし、アニキみてぇな目標もねぇし。なんもしたいことがねぇ・・・アニキは自分で、自分らしいってどういうことか、分かってる?」

アニキはいつも、オレの突拍子もない問い掛けに、ちゃんと考えて、答えをくれる。
それは意味が分からなかったり分かったり、色々だけど、でもアニキはオレのコト、オレが苛々してるコト、分かってくれてて。
親にも周りの大人にも見放されたオレだけど、アニキだけはオレの気持ち、結構分かってくれてた。
だから、今度はどんな答えをくれるんだろう。


「随分哲学的だな・・・まぁ、そうだな・・・19なんて、子供以上、大人未満で―――中途半端だけど、人生を語ったり言葉を押しつける、そんなことをする程、オレはまだ大人じゃない。でも、誰かに否定されて、言葉を閉じこめるような、そんなことをする程、オレはもう子供じゃない。だから、心の中のバランスがとれるように、自分の心に正直になれる場所と、鎧を付けなきゃいけない場所とを使い分ける、それがオレかな」



分かったような、分からないような。
でも一つ分かったのは、アニキは優等生の“フリ”をしてるってコト。
オレは確かに出来が悪いけど、馬鹿じゃない。
アニキが言葉に込めた意味くらい、伝わってくるよ。


「オレ―――アニキがハマッてる世界を見てみたい」
突然の言葉に、アニキは目を見開いていたけど。
すぐに、フッと微笑った。
「そうだな・・・オマエが免許を取れたら、見せてやるよ」

免許取れんの、来年なんだけど。
それまで待てってか?


「そんなに待ってらんねぇよ。今すぐだってイイじゃんか」
「ダメだ。無茶をされたら、困るからな」

それで、この件は有耶無耶にされてしまった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




アニキがクルマを大切にしてるのを真似てる訳じゃないけど、オレも単車は大事に思ってるんだ。
エンジンを駆けて走り出せば、風が教えてくれる。
理由の見つからない苛立ちや、モヤモヤした行き場のない感情を、吹き飛ばしてくれるコト。
風と走れば、束の間かも知れないけど、確かな手応えが、この手にあるんだ。



相変わらず暴走族の連中とつるんで、喧嘩に明け暮れて。
早くこんな馬鹿げたこと、やめなきゃって分かってる。
でも、マジメで安定した日々にも、疑問を持って。

オレは、心の平穏を願いながら、刺激に飢えているのか―――?


鎧の付け方なんて知らない。
嘘や曲がったコトなんて、大嫌いだ。
自分に素直になればいいんだ。
自分の意志を持って、自分らしく生きるんだ。
でも、自分らしいって、一体何だろう?

今のオレが、一番自分らしい―――そう思えて。



アニキは単車を転がした事なんて無いんだろう?
クルマがどんだけ楽しいか分かんねぇけど、単車だってイイんだぜ。
風を切って走る―――逆風に向かって、その風を直接肌で感じながら走るのも、たまには悪くないと思うぜ。


いつかアニキにも、オレのハマッてる世界を見せてやるよ。
だから鉄の鎧なんか脱ぎ捨てちまえ。
そうすりゃきっと、アニキに勇気を持たせてやれると思うんだ―――。




今日もオレは、煙草を銜える。
理由なんてもう考えない。
煙と一緒に、憂鬱を吐き出す。
それに想いを乗せて、走っていく。

アニキと一緒に、走っていく。
いつか見せてくれると約束した、アニキのハマッてる世界を知る時を楽しみに―――。





FIN.






2011.12.08.UP

Title & Lyrics by KOJI SUZUKI

クルマを知る前の、高校生啓介です。
お初がまだ先なので、エロ無しでスミマセン。
またしても、啓涼なんだか涼啓なんだかあやふやですが、
きっとこの先アニキに無理心中かまされて、クルマに乗る前にアニキに乗っかるんですよ(爆)
このおはなしは、私の身に染みた体験を元に織り込んでいると言いますか、
それを啓介に置き換えて、書いてみました。