■■■■■ 成長






夏が間もなく、終わろうとしている深夜過ぎ。
いつもの、大学からの帰り道。
涼介は、家に帰るのが怖かった。
週も半ば、帰宅ラッシュを終えても、国道は配送の大型車が絶え間なく行き交う。
飛ばす大型車ばかりの中に混じって、家路へと愛機FCで向かう。
無性に、ハンドルを切って電信柱に激突してしまいたい気分だ。
5年半通い慣れた道は、意識が虚ろでも事故ることなく、まっすぐに家に着いてしまう―――。


「ただいま」
帰宅して、2階へと上がっていく足取りはいつにも増して重い。
部屋のドアを開けると―――ドクン、と鼓動が脈打つ。
今日も、机の上に置かれたノート。
ガレージにFDがあるから、隣の部屋に啓介がいるのは分かっている。
激しい鼓動を抑えながら、使い込まれた感のするノートにそっと触れる。
初夏に始められたこのやりとりから、一体何冊目になっただろう。
震える手で、一番新しいページを捲る。

あぁ、今日もだ―――。


昔、自分が夢中になってやっていたトレーニング。
啓介用にいくらか改良して、スペシャルメニューとしてやらせるようになって4ヶ月―――アイツは、一日たりとも欠かさずに、赤城道路に通っている。
最初の頃は、子供の絵日記みたいだったレポートが、段々理論化されていって―――自分の考えた公道のトレーニングによって、啓介が少しずつ成長していく姿が、楽しかった。
大学とプロジェクトDの厳しい平行生活の中で、ノートを見てコメントを返すのが毎日の楽しみだった。
だが、いつからだろう―――それが“怖い”と感じるようになったのは。
指定したタイムに誤差が出ない―――数日だけなら、そういう時もあるだろう。
だが、それは日が幾日も過ぎていっても、崩れることが無く、どんどん精度が増していった。

これはもう、運やマグレなんかじゃない―――。



椅子に腰を下ろして、深呼吸して、シャーペンを取る。
心を落ち着かせようと試みて、コメントを書く。
果たして自分は、的確なコメントを返せているのか?
前日までのモノを読み返してみても、目が文字の上っ面しか読めない。
天井を仰ぎ、ノートを閉じて、立ち上がる。
部屋を出て、隣の啓介の部屋のドアの前に立つ。
きっと啓介は、もう寝ている。
一時期早朝に走り込みに行っていた啓介だが、トレーニングの効果を出す為に、車通りの多い時間帯を選んで赤城に行くようになったので、深夜過ぎには帰宅するようになった。
行く時間帯はまちまち。
まだ一般車の通る時間であったり、走り屋達が集ってくる時間であったり。
時折、豪雨だったり霧が出る時に、遅い時間に行くことはあっても、基本は車の多い時間に走っていた。
以前なら、寝ている啓介を起こして、分析結果について事細かく説明していた。
だが最近は、ドアの前にそっとノートを置いて、自室に戻る。
言うべきことがないのだ。
少し前までなら、ノックしてドアを開けて、起きずとも、足の踏み場のない散らかった部屋に入り、子供のような寝顔を眺めて、枕元にノートを置いていた。
だが今は、啓介の顔さえマトモに見ることが出来ない。
啓介の顔を見てしまったら、必死に堰き止めている感情が、爆発しそうで―――それが怖くて。
身体を重ね合わせることが無くなって、幾月が経つ?
啓介を欲してやまない自分を必死に押し殺して、ドアに縋る。
このドアを開ければ、最愛の弟がいるのに―――ただドアを開ける、それだけのことが出来ない現状に、焦れて。
「啓介・・・っ」
声にならない声を、絞り出す。



自室に戻って、ベランダに出る。
昼間はまだ残暑が厳しいが、深夜を過ぎると、空気もひんやりとしてきた。
涼やかな風にあたって、気持ちを落ち着けようと試みる。
下弦の月を眺めながら、取り出した煙草。
サムタイムライトのメンソールに、火をつける。
随分前に断った筈の煙草だが、このところ、一日に一本だけ吸っている。
銘柄など拘らないので、適当にメンソールの煙草を買う。
味など何でも良かったのだ、気持ちが落ち着くのであれば。
だが、軽い煙草じゃ、ちっとも落ち着けやしない。


藤原拓海の類い希な才能に比べ、半年程前の啓介は、まだどこか見劣りする面が多々あった。
だからプロジェクトDのドライバーに選ぶことに、若干の躊躇いもあった。
だが、自分の直感を信じた―――啓介は、きっと自分より速くなると。
目標もなく荒れていた啓介を走り屋の世界に引きずり込んで、初心者の時から手塩に掛けて育ててきた自分の感性に間違いはない―――それは喜ばしいことの筈だった。

“アニキのお陰で、オレ目標が出来たんだ”

“アニキがいなきゃ、今のオレはねーよ”


何度となく、啓介が繰り返してきた言葉。
啓介が生まれたその日から、ずっと一緒に育ってきて―――傍にいるのが、当たり前で。


いつも後ろを追い掛けてきた弟が、飛び立とうとしている―――。



最初は苦労していた、スペシャルメニュー。
だが次第にそのトレーニングの重要さ、楽しさに気付き、のめり込み。
一日に5往復でいいと言ったのに、週に百本は走っているだろう。
どんどん成長していく啓介。
タイムを狂わせる要因について、啓介の分析に対し、丁寧に説明を返し。
ふんふんと真面目に聞く啓介。

“やっぱアニキってスゲーよ!”

ニカッと笑うその顔は、まだどこか幼さを感じて。
だがいつしか、啓介の分析にも理論が裏付けされていって―――。

「啓介・・・オマエが思うより、きっとオマエは、オレを必要としていない―――」

自嘲気味に呟く。
成長―――それは素晴らしいことの筈なのに、今は恨めしく感じる。

「成長なんて・・・オレの大事なモノを奪っていく―――」

そんな自分が、許せないと分かっているのに、もう少し共に夢を見ていたいと思うのは、子供じみているだろうか?



親や大人に見放されても、涼介の前では太陽のように笑う、可愛い弟。
荒れて信じることを忘れても、涼介のことだけは信じてきた。
そう、涼介が見放さず信じてきたことで、啓介は最後の一線を踏み越えずにいた。
道を踏み外すことなく、これまで過ごしてきた自分というモノを信じてもいいと思えたのだろう。
そして今―――涼介が思うより、きっと啓介は、ずっと先を見ている―――。


この先もずっと共にあれる姿を想像して、深く瞳を閉じる。
そこに映るのが、全てだと信じたい―――。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




土曜日。
一日中机に向かって、レポート作成をしていた涼介は、ふと顔を上げた。
その時、もう夜になっていることに気付く。
閑静な住宅街には近所迷惑な、ロータリーサウンドが響いて、しんと静まった。
“ただいま〜”という声が階下から聞こえて、足音は階段を軽快に上がってきて、まっすぐにこの部屋のドアを開ける。
「アニキ〜、今日の分終わり〜。見て見て」
そう言って、ノートを差し出す。
「あぁ」
椅子を軋ませてくるり振り返った涼介は、ノートを受け取る。
今日も、指定したタイムから、全て1秒以内の誤差に収まっている―――。
「ご苦労さん。明日もこの調子でな」
「ちぇ。それだけ? 最近イイ感じに走れてんのに、素っ気ねーな」
敢えて褒め言葉を言わない涼介に、啓介はぷくっと膨れて口を尖らせる。
「余計なことを言う必要がないからだよ」
そう、文句の付け所がない程に、神がかった結果。
涼介は簡潔にコメントを記して、啓介にノートを返す。
「ま、いーけどさ。このトレーニングのコツが掴めてきたからさ、走るのがスゲェ楽しいんだ」
そう言い放つ啓介の顔を見て、涼介はドクンと鼓動が跳ねた。

いつの間に、こんなに男らしい、雄々しい表情をするようになった―――?


スッカリ大人の男の顔に成長した姿に、涼介は思わず見惚れ―――眩しくて、目を細める。
ずっと兄の後を追い掛けてきた、可愛い弟が、子供だった弟が、今こんなにも、大人の顔をして―――喜ばしい筈なのに、寂しさを感じてしまうのは、何故だろう。

行かないでくれ―――オレの元から、離れないでくれ―――。

自分の中のイエローシグナルが、赤へと変わっていく。


「んじゃ、風呂入ってくる。アニキもあんま無理しねーでたまにはちゃんと休めよ?」
ノートを受け取って、啓介はくるり踵を返し、部屋を出て行こうとする。
啓介の広い背中を見つめ、涼介は無意識にふらふらと立ち上がり―――背後から、抱きついた。
「ちょ・・・アニキ?」
涼介に抱きつかれて、啓介は立ち止まる。
ぎゅう、と強く抱きつくと、涼介は啓介を振り向かせ、唇を重ねた。
虚を突かれて、啓介は目を見開く。
涼介は貪るように、啓介の唇を求めた。
バサリ、と啓介の握っていたノートが床に落ちる。
そのままなだれ込むように、涼介は啓介をベッドに押し倒す。
「ちょ、オイ、アニキッ、一体どうし・・・」
馬乗りになって、涼介は濃厚に唇を求め続ける。
啓介の唇を割って、舌を侵入させ絡め取り、唾液が溢れてきても構わず、熱い口付けを交わした。

涼介はそのまま啓介の身体をまさぐり、カチャカチャとズボンのベルトを外す。
「んんっ?!」
涼介の方から求められることは滅多にないので、啓介は熱い口づけによって、雄は完全に固く隆起していた。
涼介はゆっくりと、息が出来ない程の口付けから顔を上げる。
スッカリ息も上がって、唾液が糸を引く。
涼介の手によって顕わにされた啓介の雄は猛って、ビクンビクンと脈打っている。
膝立ちで後退していく涼介は、口を大きく開け、ぱくりと雄を銜え込んだ。
「ちょ、アニキ・・・ッ、オレ、プロジェクトDが終わるまでアニキ断ちするって決めてんだから・・・ッ、ゃめ・・・っ」
母犬の乳を欲しがる仔犬のように、涼介は巧みな舌使いで、口を扱く。
「ちょ・・・アニキ、らしくないぜ?! こんな・・・ッ、ンァッ」
困惑する啓介は、涼介から奉仕される快楽に、ビクンビクンと反応する。
涼介はもはや、理性など飛んでいた。
ただただ、啓介が欲しくて、一心不乱に、啓介の雄にしゃぶり付く。
啓介自身を銜え込むことで、自分の元に、繋ぎ止めておきたかった。
「ゃめ・・・っ、も、出る・・・ッ!」
久しく禁欲生活をしていたので、啓介は程なく達し、涼介の口腔内に熱い精を放出した。
涼介はゴクリと飲み干し、顔を上げる。


「も・・・っ、アニキのバカ・・・ッ! プロジェクトD終わるまでアニキとはえっちしないって決めてたのに、んなコトされちまったら、オレもう・・・ッ!」
ガバッと上体を起こした啓介は、涼介と体勢を入れ替えて、涼介をベッドに押さえつける。
「オマエが欲しいんだ・・・どうしても、たまらなく」
啓介の眼下で、涼介は言い放つ。
つ、と啓介の首に両手を回し、口付ける。
精液を飲み干したばかりの涼介との口付けは、苦かった。
だがそれに構わず、啓介も口付けに応え、啄むように口付けを交わしながら涼介のシャツのボタンを外していく。
ゆっくりと顔を上げ、首筋に顔を埋めて耳裏に舌を這わせ、強く吸い付いた。

顕わになった上半身を手でまさぐりながら、愛撫を降下させていく。
身体を這う啓介の舌の熱さに、涼介は息を漏らす。
啓介に触れられているだけで、イッてしまいそうだ。
小さな突起に舌を這わせると、ツンと固くなり、啓介は歯を立てて甘噛みする。
「ンァ・・・ッ、啓介・・・ッ」
涼介がビクンと身を捩ると、啓介は涼介のズボンのベルトをカチャカチャと外して、ズボンと下着をはぎ取った。
「啓介・・・ッ、はゃく、オマエを・・・ッ」
大きく脚を開いた真ん中で、涼介自身が激しく猛っていた。

「アニキ・・・オレとえっちしてなくて欲求不満かよ? イキナリは挿れられねぇだろ・・・ちっと待っててな・・・」
啓介はヘッドボードに置かれていたローションに手を伸ばす。
「そんなモノは要らないから・・・オマエを直接感じたい・・・」
「ローション使わねぇと痛ぇだろ?」
「いいから・・・」
熱く潤んだ瞳で、涼介は啓介を請うた。
それを見て啓介は手を引っ込め、そのまま指を涼介の陰部に当て、くにゅりと動かす。
「っつっても柔らかくしてからな・・・」
指を陰部に挿し込むと、待ち侘びていたかのように、ずぶずぶと飲み込んでいく。
柔らかく馴染ませるように指を動かし、啓介は涼介の白い腹部に舌を這わせる。
舌の熱さに、それだけで感じてしまい、身を捩る。

「アニキって陽に焼けねぇよな・・・Dの遠征で炎天下にいたりしてんのに、腕も顔も白い・・・オレ結構焼けたのにさ・・・」
「ンァア・・・ッ」
少し高いウェットな啓介の声が、やや低くなってきたのは第三次性徴ではあるまいし、などと思いながら、涼介はビクンと喘いだ。
「もぅ、いぃから、はゃく、オマエを・・・ッ」
きゅうきゅうと、涼介のナカは啓介の指を締め付ける。
「でもまだ無理だろ、痛ぇんじゃねぇの?」
指を動かしながら、顔を上げて涼介を伺う。
「いいんだ・・・その痛みを、感じたい・・・」
「アニキってマゾ? いつもSクサイのに、マゾなのはオレかと思ってた・・・ってえっちの時は違ぇか・・・」
啓介は涼介の言葉に、指を抜き取ると、衣服を全て脱ぎ捨て、全裸になった。

涼介の脚を掴んで腰を浮かせ、猛った雄を涼介の陰部に押し宛てる。
まだ受け入れるには無理がある状態の其処に、腰を沈めてグンと挿入していく。
「ク・・・ッ」
痺れるような痛みに、涼介はその端正な顔を歪めた。
だが、その痛みさえ心地好いと感じてしまうのは、やはりマゾなのだろうか。
「アニキ・・・だいじょぶか?」
心配そうに、啓介が伺ってくる。
「大丈夫だから・・・もっと奥まで挿れろ・・・」
そうは言っても、苦痛に歪んだままの顔に、啓介は少しずつ、ゆっくりと深くまで繋がった。
「アニキ・・・動いてだいじょぶか?」
「あぁ・・・」
啓介は、ゆっくりと腰を前後に動かし始める。
「ァ・・・ァア・・ッ」
涼介のナカは啓介をきつく締め上げ、啓介がゆっくりと腰を動かす度に段々と馴染んでいき、痛みに歪んでいた顔も、快楽に導かれてゆく。
「ンァア・・・ッ! けぇすけぇ・・・ッ、もっと・・・ッ!」
普段他の誰に見せることのない、啓介にしか見せない顔で、涼介は淫らに喘いだ。
啓介が次第に激しく腰を打ち据えると、内壁はぎゅうぎゅうと啓介を締め付け、捕らえて離さない。


互いに久し振りに求め合い、カラカラに渇いた喉を潤すように、激しく絡み合う2人は、煌々と照らされた電気の下で、高みに上り詰めた。



上がる息を整えながら、啓介は雄を抜き取ると、涼介に覆い被さって、口付ける。
「だいすきだよ、アニキ・・・だいすき」
「オレも好きだよ・・・啓介」
汗ばむ肌と肌を重ねて、きゅっと抱き合う。
互いの体温が、少し早い拍動が、心地好くて。
「ったくよー、プロジェクトDが終わるまでアニキ断ちしようと思ってたオレの決意をどうしてくれんだよ・・・アニキとヤリたいの我慢してたのに、アニキがオレのコト誘うから・・・」
ぷぅ、と膨れる顔も、前よりは大人っぽくなっているが、涼介にはそれが愛おしくて―――きゅっと抱きつく。
既に自分を追い越して、先を歩いている弟が自分を見てくれることが、嬉しくて。
例え今この時だけだとしても、啓介の意識を独占できる喜びで、不安や恐怖など、吹き飛んだ。

「啓介・・・もう一度・・・」
人の欲とは、際限がない―――まさか自分の身に、それが起こるなんて。
啓介とまぐわって充分幸せなのに、もっと欲しくなっている。
「んだよ、オレがもいっかいとか言うと無理とか言ってた癖に・・・今日のアニキ変だぜ?」
「もっとオマエが欲しいんだ・・・」
もう少し、啓介をこの場に、自分の元に、繋ぎ止めておきたい―――大人げないと、分かっているけれど。

「まぁオレも足りてねぇし・・・んじゃアニキ、向こう向いて四つん這いになって。アニキ後ろからのが感じやすいだろ?」
「あぁ・・・そうだな」
啓介に促されるまま、涼介は上体を起こして、体勢を変えて、四つん這いになる。
膝立ちした啓介は、涼介の腰を掴んで、再び腰を深く沈める。
「ンァア・・・ッ」
先程とは違う角度からの刺激に、ぎゅうと涼介のナカは啓介を締め上げた。
「啓介・・・奥まで突いてくれ・・・」
「アニキ、今日はやけに食欲旺盛だな? メシ食ってねぇから腹減ってんのかよ? つーか下でお袋メシ作ってんのに、オレ達コンナコトしてて、親不孝な子供だよな」
「今更何言ってる・・・いいから動け・・・」

啓介がゆっくりと腰を打ち据え始めると、涼介は仰け反って喘いだ。
「ァア・・・ッ、ハァン・・・、ンァア・・・ッ!」
強く奥まで突かれて、衝撃と快楽が入り交じり、突っ張っていた腕も頽れ、シーツに突っ伏して、尻を高く突き上げる。
「ンァア・・・、けぇすけ、もっと・・・ッ」
啓介の前後運動に合わせて、涼介も淫らに腰を揺らす。
パンパンと腰を打ち付けると、ギシギシとベッドのスプリングが軋み、ぬちゃぬちゃといやらしい音が益々卑猥にさせた。
「ンハァ・・・ッ、ァアッ、ァ、ンァア・・・ッ」
高橋家は不規則な生活なので、この家の2階は両親と兄弟で使うフロアが分けられているから、互いに迷惑を掛けない為という名目は、禁断の関係を結ぶ2人には、都合が良かった。
だからこうして、涼介は憚ることなく、淫らに喘ぐ。
「ァアア・・・ッ、もっと、ンァアアア・・・ッ」
他人には決してみせられない、ベッドに突っ伏して尻を高く突き上げて腰を揺らして強く喘いでいた、その時。

「涼介?」

ドアの向こう、廊下から、母親の声がして、涼介と啓介は心臓が止まりそうな程に驚いて、固まった。
「涼介? いるんでしょう?」
「ぁ・・・っ、あぁ、いるよ。何、母さん。オレ着替えてる所だから、開けないでくれよ」
早鐘を打つ鼓動を必死に抑え、掠れた声で、やっと振り絞る。
涼介の部屋のドアは、ガラス張りで室内が見える。
だが廊下からはベッドは死角になっているので、兄弟で全裸でまぐわっている姿は見えないけれど、ドアを開けられたら、一巻の終わりだ。
「遅くなったけど、お夕飯用意できたから、冷めないうちに食べなさい」
「あぁ・・・それだけ?」
「また病院に戻るから。何か変な声が聞こえたけれど・・・何をしているの?」
ドクン、と鼓動が激しく脈打つ。
ベッドの上にて、全裸で弟とセックスしている、そんなことがバレたらどうなるか。
繋がった状態の、人には見せられない体勢のまま、涼介と啓介は固まっている。
「あぁいや、その、淹れたばかりの熱いコーヒーをズボンに零して・・・」
「あら、アナタでもそんなそそっかしいことあるのね」
「っ、母さん、急いでるんじゃないのか?」
「啓介が部屋にいないみたいだけれど・・・さっき帰ってきた筈なのに」
ドキン、と啓介は身を強張らせる。
「トイレじゃないか? 出てきたら伝えるから、母さんは急げよ」
早くその場から去ってくれ、といつにも増して素っ気ない口調の息子に、母親は不審を抱いているかも知れない。
「・・・そう。じゃあ出掛けるけれど・・・後のことはお願いね」
「っ、あぁ、いってらっしゃい」

階段を下りていく足音を聞いて、涼介と啓介は緊張を解き、同時に深く息を吐いた。
「ハァ〜ッ、ビビッた・・・お袋普段コッチになんか上がってこねぇのに・・・」
「珍しくオレもオマエも家にいたからかな・・・」
「つーか萎えちまった・・・」
啓介は雄を抜き取って、ごろりベッドに寝転がる。
「おい、まだ途中・・・」
もう少しで達しそうだったのに、中途半端で涼介は振り返って啓介を請う。
「けいすけ・・・っ」
「いーじゃん、Dが終わったら思う存分しよ? 眠ィからちっと寝さして・・・」
啓介は涼介を抱き寄せて、腕の中に取り込んで、くぅ、と寝入った。
「啓介・・・」
ふぅ、と息を吐いて、涼介は啓介の寝顔を見つめる。
「ん〜・・・アニキ・・・オレアニキだいすきだよ・・・」
むにゃ、と寝言を呟いて、きゅう、と涼介を抱き締める。



こうして抱き合える、それだけでも嬉しい。
これは禁断の関係。
父や母に沢山の裏切りをしているかも知れない。
“恋人”という括りではない、“兄弟”だけれど、“家族”という絆は切れることなく、永遠に固く結ばれている。
他人ではないのだから、例え遠く離れても、その絆は切れはしない。
それ以上、望む必要が何処にある?
啓介が成長したのなら、自分も新しい成長をしよう。
今はこんなにも、近くにいるのだから。
物理的な距離が遠くなっても、精神的な距離はきっと、遠くはならない。
そう、新しく成長しよう。
世界中でたった一つだけの、“絆”という宝物を胸に。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




パソコンに受信した、送信者不明のメール。

“9月×日 2×時 箱根ターンパイクにて待つ”


プロジェクトDも、最終戦を残すのみ。
涼介にだけ、その前に一つ、自分だけのバトルがある。
啓介にさえ明かせない、果たさなければならない宿命。
それが達成出来たその時、啓介の元に戻れる資格が自分にあるだろうか。
いや、啓介は受け入れてくれるだろうか?
自分より遙か先を見ている、弟に。


戻ってきたら、約束を交わそう。
一つだけでいい。
それだけは必ず守る。
出来るなら、ずっとオマエを愛していたい。
オレはずっと此処にいるから、先へと進んでいくオマエが、いつでも戻ってきていいように、隣を空けて待っている。
2人で成長していこう。
ずっと此処にいるオレだけど、オレも必ず、成長するから。
大きく成長していくオマエに恥じないだけの、成長をするから。


「啓介・・・もうすぐだからな・・・」





FIN.





2012.1.14.UP

Title & Lylics by KOJI SUZUKI
スミマセン・・・絶賛体調不良で、集中力皆無です(汗)
数日前に書いてあったんですが、推敲する余力がないのでちょい不完全・・・。
プロジェクトDを通して、成長していく弟の姿に、喜ばしさと共に寂しさを感じる涼介を書いてみました。
そして親に見つかりそうになるスリル(爆)
このネタは、万全な状態でシッカリ書きたかったのですが、また別の形で書きたいと思います。