ペナルティコイン




群馬に春がやってきた。
プロジェクトDの始動を間近に控え、親睦を深める為に花見をしよう、と集まった面々。
赤城山南面の千本桜が見える秘密スポットで、宴は催された。
男だらけの親睦会は度を超えて盛り上がり過ぎ、ちょっとしたゲームをしたのが、事の発端だった。

幹事をしていた史浩が、ゲームの結果を読み上げる。
「1番だったのは、ケンタだ。ビリは、啓介だな」
「くっそぉ〜〜〜、何でこんなゲームでオレがビリなんだよ〜!」
叫びながら、啓介は長い脚を投げ出す。
「最初に言っておいたように、ビリには罰ゲームをしてもらう。罰ゲームの内容は、1番のケンタが決めていいぞ」
「ハイッ!」
「てっめぇケンタ、ロクでもねぇコトさせんじゃねぇぞ?!」
ギロ、と啓介はケンタを睨み付ける。

「AKG48でヘビロ歌うとか・・・ダメッすか?」
「ざけんなぁ! オレが48人もいるかぁ!」
「啓介さんのサイズの制服なんてあるんですかね」
冷静に拓海がぽつり呟く。
「ふ〜じ〜わ〜らぁ〜! テメその目は何だぁ!」
「だって啓介さんは赤城のアイドルだって、皆が言ってるって・・・」
「誰だそりゃ〜!」
じ、と拓海はケンタを見遣った。
「ケ〜ン〜タ〜! やぁっぱテメェかっ!」
「いいい言ってないすよっ; 実際のAKGがあんま可愛くなくて、啓介さんの方がずっ・・・あっ」
ケンタは慌てて口を覆った。

「ったく・・・他のコトにしろ、他の! 女装とかそ〜ゆ〜んじゃなきゃ何でもやっから!」
啓介は腕を組んで、どっかと座り直した。
「そうっすねぇ・・・じゃあ・・・ん〜、あ! “アニキ”と言ったら一万円、とかどうっすか? 期間決めて・・・」
「はぁっ? んだそりゃ」
「だって啓介さん、口を開けばいつもアニキアニキって言ってるから、言わせないようにしたらどうなるのかなぁ、って思って・・・」
ケンタの瞳は無駄にキラキラしていた。
「確かにそうだな。啓介の口から“アニキ”という単語を聞かない日はないしな」
史浩もケンタに同調した。
うんうん、と他の面々も頷いている。
そう言われれば・・・と拓海も思い起こしていた。
「でしょでしょ? 一週間“アニキ”と言っちゃダメ、言ったら一万円、で、貯まった金で高級レストランに皆で行ってフルコース食べる、とかどうっすか?」
「てっめぇケンタ、何で金が貯まる限定で言ってんだ!」
啓介が叫んでみた所で、説得力はないな、と皆は思う。
「いやケンタ、一万円は厳しいだろう。いくら啓介の家が金持ちだっていっても、破産するぞ。せめて500円くらいにした方がいい」
「破産って、史浩まで・・・ッ」

その時、ずっと黙って見守っていた涼介が、口を開いた。
「―――まぁ、その額が妥当だろう。此処に貯金箱がある。コレに入れてもらうとしよう」
すちゃ、と涼介が目の前に置いたのは、“500円玉をいっぱいまで貯めると10万円貯まります”というアルミの貯金箱。
「何でアニキはそんなモン持ってんだよ!」
「1回」
「えっ」
「今“アニキ”と言ったから、500円、入れてもらおうか」
「ちょ、待てって、アニキ、まだ罰ゲームは・・・」
「2回」
「ちょ、アニキ〜〜〜ッ!」
「3回。安心しろ。オマエの財布は全部500円玉に両替しておいた」
涼介はしれっと、ずっしりと膨れた重い財布から500円玉を3枚取り出して、ちゃりんと入れて、財布を啓介に返した。

『何でこんな用意がいいんだ、このヒトは・・・』
拓海はやや引き気味に、冷静に眺めていた。
レッドサンズからの面々は、慣れているので気にしていない。
「今日から一週間、“アニキ”と言ったら500円、入れてもらうぞ、啓介。いっぱいになったら、皆で食事に行こう、フレンチでもイタリアンでも」

こうして、リーダー涼介のお達しで、啓介の地獄は始まった。



「なぁ、聞いてくれよ、今朝アニキがさ―――あ」
ちゃりーん。

「―――って訳よ、コレは。アニキが言うには―――あ」
ちゃりーん。

「コレどうすりゃいいんだっけ? アニキに訊かねぇと分から―――あ」
ちゃりーん。


「ねぇ、啓介さん・・・既に結構貯まってますけど・・・」
罰ゲームはまだ始まったばかり。
だが既に貯金箱は重い。
「うっせぇ、気が散るから話し掛けんな、ケンタ!」
啓介は苛々しながら、いつにも増して、煙草が増えた。
予想以上に財布に中身の減りが早くて、愛飲する赤マルからセブンスターに変えられたことで、一層苛々が募る。
『チクショ〜・・・“アニキ”って言わねぇのがこんなにシンドイなんて・・・オレってそんなにアニキアニキ言ってたっけか・・・?』



「千本桜、まだ咲いてる〜? 桜並木を彼氏と歩きたいな〜」

『サクラアニキ? アニキのサクラ? サクラのアニキ? アニキがそんなコトする訳ねぇ〜〜〜』


「卒業旅行で四国に行ってきたんだけど〜、本場の讃岐うどん美味しかった〜」

『アニキうどん? 美味しかった? 誰だアニキを食ったヤツはぁっ?!』


「あ〜もう、髪伸びて鬱陶しいな〜。前髪が凄い邪魔で〜」
「髪切っちゃえば〜? 新しくできた美容院の割引チケットあるわよ」

『アニキっちゃえば? アニキっちゃえって何だ? いっそアニキになっちまえってか?』



啓介は“アニキ”禁断症状が出ていて、幻聴が聞こえていた。
『くっそ〜・・・皆がアニキアニキ言ってる気がする・・・気がおかしくなりそうだぜ〜〜〜!』



苛々しながら、啓介は自宅に戻った。
まっすぐに涼介の部屋に向かう。
「なぁアニキ〜」
くるり振り返った涼介の手には、ずっしりと重い貯金箱が。

ちゃりーん。

「フッ、馬鹿だな、啓介。“アニキ”と言えないなら、他の言い方をすればいいじゃないか」
ニヤニヤと、意地悪そうに涼介は笑う。
「う・・・; 他のって、何て言えば・・・;」
「いくらでも言いようがあるだろう?」
「他って、アニキ以外に何て言・・・あ」

ちゃりーん。

「ア、アニ・・・じゃなくて、あ・・・う・・・」
ベッドに腰掛けて、ゴニョゴニョと口ごもる啓介。
それを見て、フッと笑って、涼介はくるり再びパソコンに向かい直した。



「・・・ぃちゃん」

「ん? 何か言ったか、啓介」
「―――おにい、ちゃん」
真っ赤になって、上目遣いに、小さく呟く啓介に、振り返った涼介は目を見開く。
「可愛いことを言うヤツだな・・・」
何かのスイッチが入ったように、涼介は椅子から立ち上がり、つかつかとベッドまで歩み寄る。
「―――だから、お兄ちゃん、って・・・」
頬を染めてゴニョゴニョと言う啓介を見て、涼介の理性の糸は弛んだ。

グィ、と啓介をベッドに押し倒す。
「ちょ、おい、アニキ・・・ッ;」
「1回」
「ちょ、ゃめ、アニキッ;」
「2回」
「ァ・・・ッ、アニキッ、ァアッ、アニキ・・・ッ!」
「4回」
啓介はみるみる脱がされていく。
「アニキッ、アニキッ、ァア、アニキィッ、アニキ〜〜ッ!」



こうして、啓介は涼介に美味しく戴かれた。
「アニキ・・・」
熱く潤んだ瞳、火照った顔で、ベッドに果てている啓介。
涼介は身なりを整え、スッと立ち上がる。
「48回、だったな」
「え?」
「オマエが今此処で“アニキ”といった回数だよ、啓介」
フッと魔性の笑みで、涼介は貯金箱を枕元に置く。
「な・・・っ」
引き出しから取り出したのは、500円玉50枚がくるまった、棒金。
涼介はそれをバラすと、2枚残してジャラジャラと貯金箱に入れ、啓介の財布から、2万4千円を抜き取った。
「オレとえっちしながら数えてたのかよ、アニキィ〜〜〜!」
「っと、もう1枚追加だな」
「ちょ、アニキ・・・ッ」
「もう1枚。っと、もう入らんな。一週間保たずにいっぱいになっちまったな」
残り2枚を入れて、また財布から千円を抜き取る。
「ちょっ、アニ・・・じゃなくて、うぅ; 〜〜〜お兄ちゃん、その金取られちまったら、オレ今月生きてけねぇよ〜〜〜; 頼む、返してくれ!」
哀願する可愛い弟に、涼介はもう一度戴いてしまおうか、という気になってくる。
だが啓介の財布は既に小銭しか入っていない。
「フッ、そうだな・・・楽しませてもらったから、返してやってもいい」
「ホントか?!」
ぱぁ、と啓介の瞳が輝く。
「今日から一週間―――また“アニキ”と言わずに過ごせたら、この金は返してやる」
「なっ、なななな・・・っ、そんなぁ〜〜〜っ! オレやっぱ無理だって、アニ・・・じゃねぇ、お兄ちゃん;」
一転して、捨て犬のような瞳で、啓介は再び哀願した。
「一週間言わずに過ごせたら、褒美に倍にして返してやるぞ」
「ぐ・・・;」


こうして再び、啓介の地獄は始まった。



路面凍結シーズンが終わって、赤城山頂上に集いだした、走り屋達。
ざわざわと、いつもと違うようなざわめきがあった。
「なぁ、ア・・・お、お兄ちゃん、ココ攻める時のセッティングなんだけどさ・・・」
「ん? そうだな、この場合は・・・」

「今度は何のプレイが始まったんすか?」
ミーティングでやってきていた拓海は、異様な光景にやや引き気味に史浩を伺う。
「あぁ、啓介のヤツ、今月の小遣いスッカラカンになったからって、涼介が、また一週間“アニキ”と言わなかったら返してやる、って言ったらしいんだ」
「一週間経たないうちに貯金箱いっぱいになっちまったっすからねぇ〜。アレ10万円貯まるのに、えーと・・・200回? 一週間足らずで200回もアニキって言ったんすか、啓介さん?! オレそこまで言うとは思ってなかったけどなぁ〜」
元凶のケンタは、仰天したように声を上げる。
何となく察しが付く史浩は、考えると胃痛がするので、気付かなかったことにしておいた。

「ていうか啓介さんって、涼介さんのコト、“アニキ”って言う前は“お兄ちゃん”って言ってたんですか? 何つ〜か、やっぱ育ちがいいんすね」
「いやぁ、それは・・・オレの記憶が正しければ、“兄ちゃん”って言ってた時期もあったと思うんだけど・・・すっぽり抜けてるのかな、アイツの頭から」
ちょっと考えれば“兄さん”とかならあの年代の男には違和感ないだろうに、そういうコトに頭回らないのかな、と拓海は思いつつ。


「そういや啓介さん、皆で高級レストランでフルコース、ってハナシどうなったんすか? 貯金箱いっぱいになりましたよね」
明くる日、ケンタはそう啓介に尋ねた。
「知らねーよっ! あの金持ってんのアニキなんだから、アニキに訊・・・あっ」
啓介は慌ててバッと口を覆った。
そしてギロリケンタを睨み付ける。
「啓介さん、今アニキって言っ・・・モガモガモガガ!」
「聞かなかったことにしてくれ、ケンタ! 小遣い全部巻き上げられて、アレ返してもらえなきゃマジで今月生きていけねぇんだよ〜。黙っててくれたらオマエの走り見るの朝までだって付き合ってやっから、な! 頼む!」
啓介に口を塞がれたケンタは、間近で懇願する啓介に、頬を染めてコクンコクンと頷いた。

ていうか一週間足らずで貯金箱がいっぱいになる程の啓介の懐具合は一体一ヶ月の小遣いいくらなんだよアンタ、と心の中でぎゅうと握り拳を作る拓海は、プロジェクトDに参加を決めたことを、ほんの少しだけ後悔した。



高橋邸。
「なぁアニ・・・お兄ちゃん、まだ寝ねぇの?」
スウェット姿で、ひょこっと涼介の部屋に顔を覗かせる啓介。
「このレポートを朝までに仕上げたいんだ。オマエは先に休め、啓介」
「あんま無理すんなよ? じゃ、おやすみ、お兄ちゃん////」
「あぁ、おやすみ」

思っていた以上に面白い。
レポートの手を止めて、啓介を追い掛けて掴まえて、押し倒したいくらいだ。
「フッ・・・緒美のように、“涼兄”という言い方だってあるし、他にいくらでもオレの呼び方があるだろうに、思いつかない辺りが、全く可愛いよ、啓介・・・」



約束の一週間後。
啓介には無事金は返され、プロジェクトDの面々は、涼介のポケットマネーで、イタリアンのフルコースを堪能したのだった。
啓介の受難の日々が最初から涼介の企みであったこと、返金が涼介の恩情によるものだということは、公然の秘密である。




FIN.






2011.11.18.UP

最初の涼啓がこんなアホアホギャグって・・・いいのか、私。
元ネタは、ついったが発祥の場所です。
背景画像の煙草は勿論困窮の結果(笑)
次からは気合い入れてもっとマトモなおはなし書けるように頑張ります(汗)