太陽を盗んで | |
いつもそうだ。 大きな病院の長男で、小さい頃から成績優秀で知られてきて。 周りの皆が言う。 “御父様の跡を継いでさぞかし立派なお医者様になるんでしょう” “高橋総合病院の未来は安泰ね” 生まれた時から、決められたレール―――。 誰もオレに、どんな将来を歩むのか、別の道を考えられた事はなかった。 “将来はどんな大人になるのかしら” そんな風に言われた事は一度もない。 誰もが皆、父の跡を継いで、医者になるモノと思っている。 オレも小さい頃から、そう思って、生きてきた。 周りの望む人物像を演じてきて、それが真実なのか、偽りなのかも分からずに。 決められた人生、定められた人物像。 そうじゃないと、否定する事すら、思いもせずに生きてきた。 高校2年の終わりから通い始めた教習所。 群馬で生まれ、群馬で育ち、このまま群馬に骨を埋める人生―――此処群馬で生きていくなら、車は必要だ。 車なんて、ただの移動手段だから、何でもいい―――そう思ってきたけど。 でも、そう思っているフリをしていた。 どうせ乗るなら、拘りたい―――そう思って、随分前から、何とはなしに車のカタログを見てきた。 ベンツやBMWには興味がない―――もっと、オレだけの、オレらしさを表してくれるモノはないのか。 オレの心の琴線に触れる車でなければ―――そんな矢先、出逢った車。 一際異彩を放つラインナップ、独特のコンセプト。 我知らず、ゾクゾクした。 マイナーでありながら、孤高のスピリッツに、プライドを感じた。 コレだ―――。 その車の存在感に、自分の人生を重ね合わせ、詳しく調べた。 知れば知る程、ハマッていく―――幼馴染みで同級生の史浩は、オレが余りにもマツダのロータリー車に拘って知りたがっているのを、最初は驚いていたが、実はオレも自分のクルマ、決めてるんだ、と教えてくれたのは、ユーノスロードスター。 史浩の家は自動車工場だから、昔から車の話はよく聞いていたけれど、それまでは、こんな深い付き合いをする事になるとは、思いもしなかった。 ゴールデンウィークの始まりが誕生日であるオレに、間もなく免許が取得できると知った父が、では車を買ってやろう、と欲しい車を訊いてきた。 案の定、当たり障りのない外車を勧められたが、オレの答えは決まっていた。 マツダ・RX−7 FC3S∞V型―――。 ゴールデンウィークの終わりに納車された、クリスタルホワイトの新車。 9月が誕生日である史浩は、しきりに羨ましがっていた。 免許が交付されると、FC3Sのキーホルダーを握りしめて、運転席に乗り込む。 エンジンを駆け、独特のロータリーエンジンの微振動を楽しむ。 早速アクセルを踏んで、国道を駆け抜けた。 夏休み中に早々に群大の推薦入試で合格を決めていたオレは、休みの度にサーキットやジムカーナに足繁く通った。 2つ年下の弟・啓介は単車を転がし、暴走族の連中ともつるんでいるようで、殆ど家に寄りつかない。 両親も諦めているのか、啓介の動向など気にも留めていなかった。 だがオレにとってはたった1人の可愛い弟で―――悪ぶって見せても、試験前になるとオレに教えを請いに来る―――それが可愛くて仕方がない。 車には全く興味を示していない啓介だったが、それでも単車には愛着を感じているのか、大事に扱っていた。 ある日、啓介がオレに言った。 「オレ、単車で一晩中走っててさ、いつも思うんだ。朝なんか来なきゃイイ、夜明けなんか来なきゃイイのに、って―――だって、朝が来たら、またかったるい一日の始まりじゃん?」 「―――そうだな」 あの時のオレは、その一言しか言わなかったけれど。 今日もオレは、愛機FCを駆る―――。 サーキットには、思った程魅力を感じなかった。 運転技術の向上の為には、良好な場所だとは思うけれど。 ただ延々と同じ場所を廻っているだけのそれが、まるで自分の人生みたいで―――そう思ったら、興味が失せた。 なら、何を楽しみにこの車を運転すればいいのか? 行くアテがなくて、ブレーキを踏む。 まるで、オレの人生みたいだ―――。 定められたレールの上は、行く先がもう決まっていて、その先が見えない。 心の奥の自分が囁きかける。 オレは、もっと先を、見てみたい。 レールの外の世界が見てみたい。 自らが望めば、何でも出来る。 オレは自分で自分が分かっている。 望んだ事を実現するだけの能力を持っている事を。 大抵の事なら、凡庸な人間には不可能な事でさえ、可能に出来る事を。 でも、オレはこのまま群大で医者の勉強をし、医者になって、父の跡を継ぐ。 それに不満はない。 不満はないけれど。 レールの外の世界を見てみたいけれど、外の何を見たいのかが分からない。 何があるのか、何もないのか。 外には、色んな世界と、色んな可能性がある事を、知っているけど、知らないフリをして、生きてきた―――。 自分の道はたった一つだと、思い込む為に。 今日も単車で、夜の街を駆け抜ける啓介。 啓介が荒れる理由もよく分かる。 オレと同じように出来なくて、親や教師、周りの大人からも見放され―――何の為に生きているのか、何の為に此処にいるのか、目標が見つからなくて。 今のオレには、啓介を見放さないでいる事しかできない―――自分自身が、啓介と同じだから。 今のオレは、何でも出来そうで、何も出来やしない―――。 ある日、群大の先輩から教えられた、新しい世界。 それは、自分の人生観を180度変化させるモノだった。 存在は知っていた。 でも、自らが足を踏み入れる事になるとは思わなかった。 こんな楽しい世界を、ずっと触れずにきたなんて。 行くアテが見えなくてしゃがみ込んでいたオレは、夢の第一歩を踏み出した―――。 生まれた時から、人生の行く先を決められていて、それに従うのが当たり前と思って生きてきた。 でも、レールはたった一本しかない訳じゃない。 幾重にも、分かれている。 1人の人生にレールは一本だけだと、誰が決めた―――? 昼間は医者になる為に学びながら、夜は峠で走り続ける、2つのレールを平行して歩む日々。 こんな楽しい人生は、生まれて初めてだ。 いつしか、オレは峠でこう呼ばれ出した。 “赤城の白い彗星” 人間の欲は際限を知らない―――オレはずっとそれを醜いモノだと思ってきたけれど、どうやらそれはオレの中にも存在していたようだ。 公私ともに充実していながら、それ以上のモノを望む自分がいた。 体裁や世間体―――その為だけに、啓介は大学受験を強いられ、将来何の役に立つのか分からないような適当な大学に入学した啓介。 大学に通う事に意味を見いだせない啓介は、自宅からすぐ近くにもかかわらず、ロクに講義に顔も出さず、遊びほうけていた。 このまま大学に行かずとも、適当な理由で卒業し、用意された道を歩んでいく―――それが分かっていて、嫌悪するのも分からなくはない。 オレはいい。 自分で医者になると決めて、自分で医学部を志願したのだから。 だが、啓介はやりたい事もなく、目標も何もないつまらない毎日に、自暴自棄で―――。 数年前なら、オレは何でも出来るようで、何にも出来ない自分に、もどかしさを感じていた。 だが、今のオレなら、啓介の行く先に明かりを灯してやる事が出来る―――。 そう思って、高校3年の時に買って以来、一度も乗せた事のないFCの助手席に啓介を乗せ、全開で赤城の峠を下った。 「ァ・・・ッ、アニキ・・・ッ!」 面白いようにクルマの世界にハマッていく啓介に、オレは更に欲が出た。 ずっと欲しいと願ってきた、“啓介”そのもの。 この胸に秘めていかなければと、分かっていたのに、禁忌の関係を望んだ。 窮屈な世界、窮屈な家で、信じられるのはただ1人、自分の兄だけだった啓介は、兄の爛れた醜い欲望を、こともなく受け入れた。 夜は共に峠を走り、両親が家に寄りつかないのをいいことに、オレの部屋で肉体を交わらせる。 欠けた月が窓越しに絡み合う2人を照らす中、どこまでも純粋で穢れのない弟を眼下に、オレは熱くて醜い欲望を、啓介のナカに放出する―――。 月が満ち、そしてまた欠けてゆく。 月光に照らされた夜、いつものように、白と黄色のピュアスポーツは連なって駆けてゆく。 いつだったか、啓介が言っていた。 “朝なんか来なきゃイイのに” “夜明けなんか来なきゃイイのに” 夜が明けて朝が来れば、またいつもの日常がやってくる。 夜がずっと続けばいいのに。 2人身体を交わし、2人連なって峠を走る、そんな非日常の夜がずっと続けばいい―――。 「オレ、今でもやっぱ思うんだ。夜明けなんか来なきゃイイのにって。そうすりゃ、ずっとアニキと走っていられる。ずっとアニキと一緒にいられるのに、って」 「そうだな。じゃあ―――オレが太陽を盗んでやるよ」 「うわ、マジでアニキ出来そう!」 オレは太陽を盗んで、いつまでも続く夜の闇の中、月に照らされながら、啓介と共に走り続ける。 願わくは、それが永遠に続きますように、と―――。 いつかは選ばなければならない、一本のレール。 でもお願いだから、暫し夢を見させてくれ―――。 FIN. |
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Title by HIROYUKI OONISHI まぁ、私が常々思ってる事なんですが。 朝なんか来なきゃイイのに、って。 ちょいリリカルに走ってみた感じでした。 |
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