Blackie Angel
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今日は啓介の8歳の誕生日。
この頃はまだ両親も、子供の誕生日には共に祝っていた。
もっとも、忙しいのは昔からで、涼介と啓介は誕生日が近い事から、合同の誕生日パーティーという名の名目で、一日で済ませていた事を涼介は知っている。
理解のある兄・涼介は、いつも、祝うなら弟の啓介の誕生日に、と幼少の頃から、誕生日パーティーは啓介の誕生日に行われていた。


誕生日プレゼントに買って貰ったラジコンで遊ぶ啓介を見ながら、涼介は同じく誕生日プレゼントに与えられた魚の図鑑を適当に眺めている。
ラジコン遊びに飽きると、啓介はソファに座る兄の元にやってきて、ひょこっと図鑑を覗き込む。
「にいちゃん、おれさかながみたい」
「じゃあ、この図鑑を貸してやるよ。オレには子供向けすぎるけど、啓介には楽しいと思うぞ」
「ちがうよー。ほんもののさかながみたいんだよー」
「本物? じゃあ川に行くか?」
「ダメよ涼介、小さい子供だけで川へ行くなんて。危ないでしょう。お母さんは連れて行ってあげられないわよ」
夕食を作りに帰ってきていた母が、キッチンの奥からそう告げる。
「ちがうよおかあさん! おれはおっきーさかながみたいの!」
「啓介、この図鑑にだって大きい魚は沢山載っているぞ」
「ちがうよー! ほんもののおっきーさかながみたいんだよー!」
「本物の大きい魚って・・・水族館のことか?」
「そう! おれすいぞくかんにいきたい! にいちゃんつれてって!」
「連れてってと言われても、群馬には前橋のレインボーくらいしかないけど・・・」
「あそこはちがうよー! おれもっとおおきいとこがいいの!」
ぷぅ、と啓介は頬を膨らませる。
「そんなこと言っても啓介、県外に出ないと大きい水族館はないぞ」
「そうよ啓介。小学校の開校記念日のお休みの時に、ディズニーランドに行くでしょう。それで我慢しなさい」
「えー。おれさかながみたいのにー」
「ディズニーランドだって楽しいぞ。ずっと行きたがっていたじゃないか。忙しいお父さんとお母さんがやっと時間作ってくれたんだから」
「さかなー! おっきーさかながみたいー!」
啓介は小さな手足をバタバタさせた。
「啓介、お兄ちゃんは啓介とディズニーランドに行くの、凄く楽しみなんだ。色んな乗り物に乗ろう。な?」
利口な兄宜しく、涼介は啓介に言い聞かせる。
「美味しいお菓子もいっぱいあるし、ミッキーと写真だって撮れるんだぞ」
「んー、わかったー。すいぞくかんはこんどにするー」
「そうね、お休みの都合を付けて、その次は水族館に行きましょうね。さ、夕食が出来たわよ。涼介と啓介、いらっしゃい。ちゃんと手を洗うのよ」
「はーい」



そんなこんなで、小学校の開校記念日で休みの日、前夜。
急遽、両親に用事が入り、出掛けられなくなった。
「えーっ! でぃずにーらんどにいくってゆってたじゃーん! またようじなのかよー! こんどはだいじょうぶってゆってたのに、おとうさんとおかあさんのうそつきー!」
「啓介、そんなことを言うんじゃない。大切なお仕事なんだ」
「おれすっごくたのしみにしてたのに・・・」
うりゅ、と啓介は目に涙を溜める。
毎日指折り数えて楽しみにしていた啓介を見ていたので、どうしたものか、と涼介は考え込む。
「お母さん、オレと啓介でディズニーランドに行ってくるよ」
「えぇっ?! 何を言うの、涼介! 10歳と8歳の子供だけであんな遠くまで行ける訳無いでしょう」
「大丈夫だよ。高崎駅から東京行きの新幹線に乗って終点の東京で降りて、京葉線か武蔵野線で舞浜駅に降りて、南口だろ? 啓介が保育園の時に行ってるから、覚えてるよ」
「でも・・・」
「明日は平日だから、そんな混んでないと思うし、ずっと啓介の手は握って離さないから。ホラお母さん、早く行かないと」
「ホテルのキャンセルの電話もしなきゃ」
「それもオレがやっておくよ。お仕事に専念して。啓介はオレがついていれば大丈夫だから」
「そうね、涼介はお利口だから、大丈夫ね。でも、何かあったら、ちゃんと連絡を入れるのよ」
「大丈夫だって。時間無いだろ、後はオレに任せて」
「頼んだわよ、涼介」
こうして、涼介と啓介は、2人きりでディズニーランドに行く事になった。



翌日、迷うことなくディズニーランドまで到着し、入場の列に並ぶ。
「へへっ。にいちゃんがいてよかった。にいちゃんがいなかったらこれなかったもんな。にいちゃんだいすき!」
無邪気な笑顔を見せる啓介に、涼介は柔らかく微笑む。
「勝手にオレの傍から離れるなよ。もし迷子になっても、この名札に全部書いてあるからな」
「うん! おれぜったいにいちゃんのてはなさない!」


「最初はやっぱりシンデレラ城のミステリーツアーだろ?」
「えー? かりぶのかいぞくだよー」
「じゃあ先にカリブの海賊な」


「にいちゃん、おとうさんとおかあさんにおみやげかっていこうよ」
「プーさんのフィナンシェが美味しいよ。お母さん、フィナンシェが好きだから」
「つぐみにもかってかなきゃかなぁ」
「そうだな、コレ、プーさんの顔の形してるから、緒美も喜ぶよ。食べ終わった後も入れ物を使えるし」
「じゃあふたつかおー」


タップリ遊んで、そして夕方。
「そろそろ帰ろう、啓介」
「えー! ぱれーどみたいよー。きらきらきれいなんだよー」
「パレードまで見ていたら帰りの新幹線に間に合わない。オレも見たいけど、子供だけで夜遅くまでいると補導されるんだぞ」
「あしたもがっこうやすみじゃんかー。おれかえりたくないー!」
「だけどな・・・」
「にいちゃんがいるからだいじょぶだろー? にいちゃんはなんでもできるゆうしゅうなんだからー」
「まぁ、万が一と思って、ホテルはキャンセルしてないんだけど・・・しょうがないな、じゃあパレード見て、ホテルに泊まって、明日は水族館に行こう」
「やったー! あしたもあそべるの?! すいぞくかんにいけるのか?!」
「葛西臨海水族館っていう大きな水族館がこの近くにあるんだ。啓介の見たがっていた大きな魚も沢山いるよ」
「ほんとー? やったー! おれすっげぇうれしい! にいちゃんだいすきー!」



案の定、ホテルから病院伝いに両親に事の次第を告げると、折り返し電話が掛かってきて怒られたのだが、優等生な涼介は上手く丸め込み、納得させた。

子供の小さな身体では、ダブルベッドは広すぎて、1つのベッドで身を寄せ合って、仲良く寝た。
「へへ・・・にいちゃんがおれのにいちゃんでよかった。おれにいちゃんだいすき。ずっとにいちゃんといっしょにいる」
無邪気な啓介は、遊び疲れて、すぐに寝入った。
「オレも啓介のことが好きだよ。啓介のことは、オレが守ってやるからな・・・」
この可愛い笑顔を守る為になら、悪魔にだって魂を売ってやる―――。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




あれから十年余りが過ぎ。

子供だった身体も声も、スッカリ大人のものとなって。
だが啓介は、子供の頃と変わらないまま、純粋で清らかで。
兄と同じように出来ない事から反発し、そのもどかしさで荒れ、暴走族とつるむようになっても、心も身体も穢れないままで。



いつしか抱くようになっていた、啓介への特別な感情。
肉親への情を越えた、歪んだ欲望。

啓介が欲しい―――。


その想いを自覚したその日から、涼介の孤独は始まった。



幾度と無く、数多の女から、告白された。
だがその度に、比べている。
啓介の方が可愛い。
啓介の方が綺麗だ。
心も、身体も。
そんな自分がおかしいのは、充分分かっている。
それでも、啓介以上に愛おしいと、思えないのだ。


暴走族の連中とつるんでいた啓介が、不機嫌な顔でいた。
この世の全てが面白くないとでも言いたそうに。
でも、兄の姿を見掛けると、ぱぁっと輝くような、笑顔を見せる。


啓介が自分の脚の間に跪く―――そんな妄想をしながら、自分を慰める。
そんな自分が狂っているのは、充分分かっている。



外に出れば、優等生を振るまい、分け隔て無い笑顔を振りまく。
その裏で、冷酷な瞳で、女を振る。
この世のモノとも思えぬ、魔性の笑みを浮かべて。



日に日に重くなっていく欲望―――どうにもならないジレンマに、溜め込んだフラストレーションを吐き出したくて、ただ無謀にFCを走らせる。
こんな歪んだ欲望の世界に、啓介を引きずり込んではいけない―――。
この想いは秘めなければならない。
誰もいない深夜過ぎの赤城峠にて、致命的とも言えるオーバースピードで、コーナーに進入し―――いっそこのまま赤城の谷に散ってしまえば、啓介には陽の当たる道を歩かせてやれる―――。


そう思ったものの、天性の才能と身体に染みついた技術は、涼介の僅かな望みを叶えてはくれなかった。

もう、限界だ。

せめて、傍にいたい。
想いを秘めたままでいいから、啓介を傍におきたい。
そう思って、ある日、啓介をFCの助手席に乗せた。



クルマに魅せられた啓介は、それまでつるんできた連中と別れ、単車を捨て、走り屋の世界にのめり込んだ。
「オレずっと四輪なんて、って馬鹿にしてきたけど、クルマってスゲェ楽しいんだな、アニキ」
涼介の傍らで、子供のように無邪気に笑う。
穢れた自分には、とても眩しい、清廉な笑顔―――。

それを己の欲で穢してしまいたいと思う涼介は、啓介がすぐ近くにいるのに、傍らにいてくれるのに、孤独感が一層強くなった。



どうしようもない孤独感に苛まれて。
頭を、身体を蠢く邪な欲望が、もう抑えきれなくて。
涼介は頭を抱えて、その場に蹲る。
「アニキ? どした? どっか具合悪いのか?」
心配するこの清廉な存在を、ぬかるんだ泥沼に引きずり込んではいけない―――分かっていても、もう限界だった。

「オマエが“欲しい”と言ったら、どうする? 啓介―――」

兄ではない、“雄”の顔で、弟を見つめる。
頭が悪い訳ではない啓介は、すぐにその意味を理解した。



つるんできたタチの悪い友人や、群がってきた馬鹿な女達さえ、信用してこなかった啓介にとって、絶対的な存在は、涼介だけだった。
女を抱いても、満たされなかった、心と身体―――。


純真無垢だった天使が、今涼介の上で、淫らに踊っている。
涼介の雄を銜え込み、その顔を白濁で汚す。
涼介は啓介の雄を手で扱き、はち切れんばかりにいきり立ったそれを銜え込んで、生乳の如き温かな啓介を飲み干す。
啓介の奥まで、猛り狂った雄を挿し込み、まだ慣れていない内癖がきつく涼介を締め上げる。
熱くて、余りにも心地好くて、気がフレてしまいそうだ。
「啓介・・・大丈夫か?」
「だいじょぶだよ・・・アニキの好きなように動いて・・・」
苦しさを快楽に変え、天使は地に堕ちていく―――。



「アニキ・・・だいすきだよ・・・オレ、アニキとずっと一緒にいたい」
十数年前と同じ台詞。
あの頃から、啓介は少しも変わっていなかったのに。
変わってしまったのは、悪魔に魂を売った、涼介の方だ。
純真無垢な、オレだけの天使を、己の欲望で地に堕としてしまった―――。


「オレ、出来損ないだから、アニキと同じように出来なくて、グレてたけど・・・ずっとアニキだけ見てた。アニキは遙か先の方を歩いてて、オレはずっとひとりぼっちだった・・・オレ、アニキに追いつきたかった。ガキの頃みたいに、手を繋いで隣を歩いて・・・でも、ずっとガキのままじゃいられない。アニキだけは、ずっとオレのコト見放さないでいてくれた。だから、今度はオレが、アニキを見放さない。オレずっとアニキといたいから―――」


こんな関係は間違っていると、分かる筈なのに―――お互いに必要とするのがお互いだけで、誤った禁忌の関係に堕ちていく。
この清廉な天使には、悪魔と同じ血が流れている。
悪い血が流れてるなんて、知らないままに、哀れみの眼差しを向ける銀色の月明かりの下を、この先も共に駆けてゆく。
いつか裁きを受ける時が来たら、自分だけが甘んじて受けよう、と、涼介は覚えてしまった快楽を、手放せなかった。




FIN.






2011.12.08.UP

Title &Lyrics by RYOJI OKAMOTO

小学生な涼啓、楽しかったです(笑)
何だろう、むず痒いリリカルでエンジェル啓介週間ですか(汗)
因みに元ネタの曲、大好きです。