シャララ・ルー | ■■■■■ |
群大病院での研修医生活も、あと僅か。 このまま、もう後一年、研究の為に群大に残留しようか、ウチの病院に配属されようかに悩んでいる、時期だった。 多忙を極める毎日。 自分の時間なんて、ありゃしない。 過去を振り返っている暇さえなくて。 ようやく訪れた、僅かな休息時間。 夜中にも拘わらず、涼介は最近めっきり乗る事の少なくなった、愛機FCを駆って、久し振りの赤城を上る。 初冬の赤城は冬景色に染まっていて、自分のクルマまでも、そこに溶け込んだみたいで。 心地好いロータリーエンジンの音を聞きながら、FCから降りて、ボンネットに腰掛ける。 コートのポケットに入っている、バージニアスリムのメンソールを取り出して、煙草に火をつける。 大学在学中に止めた煙草。 今では、時々吸っている。 絶対に生き抜いてみせると言っていた末期の患者が亡くなった時、送り火のつもりで吸うようになった。 研修医2年目でしかない自分には、何の力もない―――願っても、望んでも、死は誰の元にも平等に、訪れる。 次の煙草を取り出しながら、澄んだ冬の夜空を見上げる。 夜空の中にひとつだけ、涼介にしか見えない、微かに光り瞬いて、それは煙草に火を灯す。 あの頃はまだ、オレの傍らで、マルボロを燻らせて笑っていた―――。 啓介と会わなくなって、2年近くが経つ。 初めて思いが通じ合って、禁忌の関係を結んだのは、大学1年の終わり。 荒れて涼介から離れていた時期もあったけれど、啓介が欲しくて、自分の元に引きずり寄せ、自暴自棄だったオレだけの天使が戻ってきて。 自分さえ想いを秘めてさえいれば、まっとうな陽の当たる道を歩ませられたのに。 優秀で理路整然と生きてきながら、間違っていると分かっていながら、事もあろうに涼介は、“弟”の死を選んだ―――。 勿論、生物学的な“死”ではない。 禁忌の関係を望んだことで、死に斉しいその日々は、あの時はそれが全てだったんだ。 そう、共に過ごせたのは、あの5年程―――かけがえのない至福の日々。 涼介の壮大なゲーム、プロジェクトDが終わると、オレだけの天使はレースの世界に飛び立った。 華々しい成績をあげているのは、耳にしている。 上の世界へ、と期待されていることを知っていながら、事もあろうに涼介は、“弟”の死を望む―――。 そんなことは出来ないと、分かっていても。 世界へと羽ばたく天使は、もう後ろを振り返ってはいけない。 こんな片田舎で一生を終えるオレの事なんか、忘れてくれていい。 だが啓介、オレはオマエのことを忘れないよ。 打ち溶け合ったあの日々のことも、忘れないよ。 それだけが、オレを支える、全てだから―――。 昔、啓介とお揃いで買ったネックレス。 仕事柄アクセサリー類は身に付けられないけれど、必ず傍に持ち歩いていた。 メンソールの煙草の煙を吸い込みながら、コートのポケットに突っ込んでいたそれを、手に掴んで月にかざす。 シャララ、と音を立てて揺れる銀の鎖は、月の明かりに反射して、まるで刹那的だったオレ達の関係のようだった。 煙草を口に銜え、久し振りに首に着けてみる。 留め金を留める時、オレ達の絆も繋がっているんだと実感する。 そんな些細なことが、オレの幸せ。 久し振りに帰宅した、自分の家。 オレの部屋はあの頃からずっと変わらないのに、スッキリとしてしまった、隣の啓介の部屋。 ガランとした部屋は、もう懐かしいニオイさえしない。 床に座り込んで、壁に寄り掛かって、何もない部屋の、月明かりの照らす窓を眺める。 目を閉じれば今でも鮮明に思い出される、幸福だったあの時。 足下から立ち上っていく、啓介の纏う柑橘系のフレッシュなニオイは、愛飲していたマルボロの煙と共に、混ざり合って、部屋の空気の中に消えていく。 そう、今でも鮮明に思い出せるのに、吸い込んだ空気は、無人の部屋のニオイ。 もしかしたらまだ残り香があるかも知れないのに、自分のニオイが、邪魔で―――あぁ、もうニオイなんて、残っている筈がないのに。 啓介がレースの世界に飛び立つのなら、オレはそれに恥じないように、優秀な医者になることを誓った。 いつか、啓介の専属ドクターになれたら―――そんな叶わぬ夢を抱きながら、毎日をただ必死に駆け抜けてきた。 かけがえの無かったあの至福の日々を振り返る余裕すらないままに、記憶の中にだけ、放置されてあった、線と線が重なり合って・・・我に返った時、事もあろうに涼介は、“ソレ”の死を選んでしまう―――。 忘れてしまえば、いっそ楽になれるかも知れないのに。 “アニキ” 啓介の自分を呼ぶ声が、離れないよ。 木霊して、今もずっと、離れないよ。 涼介は頭を抱え、蹲る。 最初から、幸せなんか望めない、禁忌の関係だったんだ。 お互いにそれがよく分かっていたからこそ、確認し合うように、刻み込むように、身体を、心を、交わらせてきた。 共に走ることが出来た日々が、どんなにか至福だったか―――。 かけがえのない瞬間だったか、オレ達にしか、分かり得ない。 共にいられる最後の夜、約束しあった。 互いの夢が叶うまで、決して会わない、と―――。 夢を叶えるには、2人でいることは出来ない。 互いが互いを欲しても、見ている先が、目指す先が、別々だから―――。 辛く、平坦ではない道程だけど、いつまでも一緒にいることは出来なかったから。 断腸の思いで、決心する。 もしかしたら、一生会うことは出来ないかも知れないけれど―――。 オレはただ、オマエが事故らないことを、願っている。 天上の気まぐれの神に連れて行かれないように、願っている。 啓介、オマエのことは、忘れないよ。 オマエの声が、ホラ離れないよ。 オマエのことは、オレは決して忘れないよ。 打ち溶け合ったあの日々を糧に、ずっと忘れないよ。 オマエとオレとの思い出は、とても幸福で、でもツライ結末だったけど。 かけがえのない、この思い出は、とても至福で、でもツライ結末だったけれど。 窓辺に立ち、明けてきた夜空を見上げる。 夜空の中に一つだけ、オレにしか見ることの出来ない、微かに光り輝いて―――。 静寂が支配した部屋で、シャララ、と微かな音を立てて、するり首元から滑り落ちていく、銀の色のネックレス。 年月が経ちすぎて、留め金が弛んでいたんだろう。 床に落ちたそれを拾い上げながら、ふと何か予感が過ぎって、我知らず、遙か遠い夜空を見つめた。 報せを聞いたのは、夜が明けてから―――。 もう二度と会えなくても、オレはオマエを忘れないよ。 だからオマエは、オレを忘れて、大空高く羽ばたいてゆけ。 決して振り返ってはいけない―――。 オレはこの思い出だけを胸に、生きていけるから。 FIN. 2011.12.08.UP |
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Title & Lyrics by RYOJI OKAMOTO ちょっと痛くて、切ないシリアスになりました。 こういう系統は、好きではないんですが・・・ひとつの未来として、書いてみました。 このおはなしは、涼啓とも、啓涼とも、読まれた方によって、受け取れると思います。 私の中では、涼啓ですが、サイト傾向の通り、涼啓涼が正しいのかも知れません。 |