【現実主義】 木の葉病院に勤務する看護師のは、日勤を終え、更衣室で私服に着替えていた。 「え〜っ、また出たのぉ? 下着泥棒」 「私なんか、2回目だよ? やんなっちゃう」 そんな会話が、聞こえてくる。 「でもさ〜、下着泥棒って、盗んだ下着、どうしてるんだろ?」 「考えただけでも気持ち悪いよね〜。外に干せなくなっちゃうよ」 「もそう思うでしょ?」 話題の振られたは、ふと化粧直しをしていた顔を上げた。 「え? あぁ・・・そうねぇ」 気のない返事をして、口紅を塗り直す。 「ってば美人だし、下着も結構派手でしょ? 盗まれたこと無い?」 「今んトコは無いわ。隠して干してるから、見つけにくいんじゃない?」 「でも気を付けなよ〜? 警邏隊に見回り強化してもらうように言わなくっちゃね」 じゃ〜ね〜、ときらびやかな私服に身を包んだ看護師達は、白衣の天使から一般人に戻り、帰って行った。 まだ明るい時間、はウィンドウショッピングを楽しみながらぶらついていた。 「新しい下着買おうかな〜。でもなぁ・・・あるかなぁ?」 ランジェリーショップを目に留め、呟く。 の悩み。 23歳になるは、一般の大人の女性の平均より遙かに背が低く、だがそれに相反して、大層な巨乳の持ち主だったのだ。 童顔で愛らしいを、里の若者達は顔を赤らめて舐めるように見つめた。 『私・・・何か変な格好してる?』 少々天然の入ってるは、視線の集まる意味が分からない。 店のウィンドウに映し、確認していると、可愛い下着が店内に見えたので、つられるように入っていった。 「あ〜っ、コレ可愛い! コレも! いいなぁ・・・欲しい〜。でもなぁ・・・サイズがないよ」 普通サイズのコーナーで物色していたは息を吐き、身に着けられもしないモノを見ていても仕方がない、と、大きいサイズコーナーに移動した。 「サイズが合うヤツでデザイン可愛いのって、なかなか無いんだよねぇ・・・」 色々と物色していくと、展示品が目に付いた。 「あ、コレ可愛いじゃない! 私のサイズだよ! これいいなぁ・・・う・・・」 目を輝かせたのも束の間、値札を見て尻込みする。 「た、高すぎるよ・・・。どうして、大きいサイズの可愛いヤツって、こう高い訳?! ショーツとセットで買ったら、いくらよ!」 高給取りと思われている看護師、だが実際は、一般人より少し色を付けた程度なのである。 どうしよう・・・とは逡巡する。 「え〜い、清水の舞台から飛び降りちゃえ!」 店員を呼んで外してもらい、試着室に行く。 「う・・・また大きくなってる? 小さいよりいいけど、大きすぎだよぉ〜! ダイエットしなきゃかなぁ・・・」 が、は胸以外は、スレンダーだった。 カーテンから顔を覗かせ、1サイズ上を出してもらう。 「げ・・・また高くなっちゃう。あ、でもこれならちょうどいいや。〜〜〜っ、しょうがない、買っちゃおう!」 思い切って下着の上下セットを買ったは、下着を買いに来る度に散財する、自分の巨乳を呪った。 「また外食控えなきゃ・・・八百屋でかぼちゃ買って帰ろう」 独り暮らしのアパート。 2階の端。 独身の女性が独りで住むには広すぎる、家族向きのアパートだったが、狭いのが嫌いなは、給料の大半を家賃につぎ込み、住んでいた。 「ありゃ。煮物、作り過ぎちゃった。どうしよ〜。調子に乗って丸ごと買うんじゃなかった〜。夏じゃないから腐らないと思うけど、ダイエットしなきゃかなって思ってるのに、1人で食べるのはシンドイよね・・・う〜む」 食事の支度が調った頃、玄関のドアがノックされた。 「は〜い」 白いレースのエプロンを翻し、玄関を開ける。 「回覧板だ」 そう言って差し出してきたのは、隣に住むゲンマ。 「あ、ゲンマさん。ど〜も、ご苦労様です」 ちょぴっと照れながら、は回覧板を受け取った。 は、密かにゲンマに恋いこがれていたからだ。 「すげ〜甘い匂いだな。外まで臭ってるぜ」 そう言いつつも、ゲンマは嫌そうな顔をしていない。 「あ、不快だったらゴメンナサイ」 「いや、馴染みの匂いだから気にならねぇよ」 「へ? あ、あの〜、ゲンマさんってお食事済みました?」 「いや、これからだ」 「あのっ、イキナリで図々しいですけど、かぼちゃの煮物、一杯作り過ぎちゃったんで、貰って頂けませんか?」 そう言ってとてとてと、は煮物の鍋をゲンマに見せた。 「すげぇ量だな、おい」 「あの・・・かぼちゃ、お嫌いですか?」 「いや、大好物だ。美味そうだな、有り難く貰う」 「ホントですかっ?! 有り難う御座います〜v 良かったぁ〜。入れ物に移すんで、待ってて下さいね」 食器棚から、深めの大きな鉢を取り出すと、はヨイショ、ヨイショ、と菜箸で煮物を移していった。 「はい、ど〜ぞv 味の保証は出来ませんけど、煮物は得意な方なんで、大丈夫ですv 入れ物はいつでも良いんで」 「おぅ、サンキュ。回覧板見終わったら、下の大家に返しとけよ」 「は〜い」 一杯話せてウキウキしているは、しまった、一緒に食べませんかって言うんだった、と後悔した。 それから数日。 相変わらず、職場での話題は下着泥棒だった。 被害に遭っていないは、帰宅して、呑気にゲンマのことを考えていた。 「明日は夜勤だから、昼間時間あるよね。お料理特訓して、もっとゲンマさんにお近づきしようっと」 ゲンマは任務で家を空けているらしく、あれから会っていない。 鼻歌交じりで入浴を済ませ、洗濯機を回した。 ソファで料理の本を捲りながら、あれこれ考える。 「ゲンマさん、他には何が好きかなぁ? 肉じゃが、とか、お袋の味っぽいのかなぁ・・・」 それなら得意、お母さん仕込んでおいてくれて有り難う、と、窓の外を見て、郊外に住む母親に礼を言う。 洗濯が終わったので、干していった。 「下着泥棒って、ホントに出るのかなぁ・・・。この辺じゃ聞かないよねぇ? でも、此処は塀からも隣からも離れてるし、近付きにくいから大丈夫だよね」 でも一応、隠すようにして吊す。 天気が良いので、今日も外に干した。 「ゲンマさんの夢見られたらいいなぁ・・・なんてね」 うふふ、とは妄想に耽りながら、眠りに就いた。 朝。 夜勤のは、今日一日身体が空いている為、目覚まし時計をセットせずに、少し寝坊した。 「あ〜、よく寝た。夢の中のゲンマさん、優しかったな〜v よし、今度あったら食事に招待しようっと」 ヨイショ、と起きて、窓の外の突き抜ける青空を見る。 「良い天気だなぁ。気持ちいいねっ。あ、洗濯物乾いてる。取り込もうっと」 プチプチと外していって、ふと、あるべきモノがないことに気が付いた。 「アレ・・・昨日、確かに干したよね? 下着・・・お気にの一番新しいヤツ・・・アレ?」 洗濯物全てを確かめても、無い。 もしや下に落ちてるのか、と窓の外に顔を出すが、落ちていない。 そして、ようやく思い至った。 「もしかして・・・下着泥棒〜〜〜?!」 うっそ〜! との声が響き渡る。 一瞬呆然としたが、ハッと我に返ると、沸々と怒りが込み上げてきた。 「冗談じゃないわよ〜〜! アレ、高かったんだからね!! いくらすると思ってるのよ! 人が清水の舞台から飛び降りる気持ちで、やっと買った下着のセットを・・・!」 ストッキングを握りしめ、は絶叫した。 泣き寝入りなどさらさらする気のないは、朝食もそこそこに、任務斡旋所に向かった。 「アレ、? どうした? 依頼か?」 コテツとイズモがを見つけ、嬉しそうに声を掛けてくる。 同年代なので、気も合い、看護師と中忍で、合コンしたこともあった。 殆どが目当てだったが、酒と料理の為だけに参加したは、ゲンマに片恋中だった為、誰とも付き合わず、全て断ったのだった。 「あ、うん。何処行けばいいの?」 「案内してやるよ。付いてこいや」 斡旋所に着くと、何人もの待機忍者が依頼を受け取っており、依頼に来たを見掛けるや、何事か、とそわそわし出した。 「あ、5代目がいらっしゃる」 「さん、おはよう御座います。任務のご依頼でしょうか? この用紙に、お名前と、ご依頼内容をお書き下さい」 綱手の隣に座っていたイルカが、顔を赤らめながらも、申込用紙とペンを差し出した。 「あ、どうも。えっと・・・、23歳、職業・看護師、木の葉病院勤務・・・と。内容はぁ・・・」 イルカの目の前でつらつら書いていくを見ながら、イルカは真っ赤になった。 「し、下着泥棒を捕まえて、盗まれた下着を取り返して欲しい〜〜〜?!」 イルカの絶叫を聞きつけた周りの忍び達は、こぞっての元に集まった。 「オレが捕まえてやるよ」 「いや、オレがやるって」 「いやいや、このオレが・・・」 「ぞろぞろ集まって、鬱陶しいねぇ。そんなに大勢必要ないだろ、そんな仕事」 「でも! 5代目なら同じ女性ですし、分かって下さいますよね?! 私や5代目みたいに胸が大きいと、下着も高くてなかなか見つからなくて、大変だって」 「そりゃまぁ、ねぇ・・・。分からなくはないよ。まぁ、確かに最近、下着泥棒が横行してるようだしねぇ。警邏隊もだらしないねぇ。ひとつ、ビシッと言っておくか」 「あの、じゃ、任務は受け付けましたので。オレも、注意して里を見回りますよ」 イルカがおたおたしながら、喧々囂々、言い合っている忍び達を宥めようとした。 「お願いしますね!」 我も我も、とアピールしてくる忍び達に、上目遣いに請い、骨抜きにして家に帰ったのだった。 「あ〜ぁ、何か、料理の特訓どころじゃなくなっちゃったよ。も〜っ、気に入ってたのに、高かったのに、サイテー!」 ぼふん、とソファに身を投げ出す。 クッションを抱き締め、考え込む。 「泣き寝入りなんかしないわよ。絶対捕まえて、取り返すんだから!」 は、依頼をしておきながら、自分で見つける気満々だった。 「は〜、疲れた・・・。私が夜勤の時って、何でナースコール多いんだろ・・・」 夜勤明けでくたびれているは、家の前まで帰ってきて、鞄の中をごそごそと鍵を探した。 「おぅ、夜勤明けか、お疲れさん」 隣から、ゲンマが顔を出す。 「アレ、ゲンマさん。帰ってたんですか? って、もう仕事の始まってる時間じゃ・・・」 ちょっと待って、夜勤明けでくたびれた顔してないよね? 服もお化粧もおかしくないよね? とは慌てる。 「オレもさっき帰ってきたばかりでな。報告書を提出しに行く所だ」 「そうなんですか〜、こちらこそ、お疲れ様でした」 「あぁ、」 「ハイ?」 ゲンマに名前を呼ばれて、はどきっとした。 「この間のかぼちゃの煮物の器、返すな」 待っててくれ、とゲンマは室内に戻っていく。 「ほい、サンキュー。美味かったぜ。ごちそうさん」 遅くなって悪かった、と綺麗に洗われた器をに返す。 「そうですか? 良かった〜。こちらこそ、沢山作り過ぎちゃってたんで、助かりました」 「オマエ、料理上手だな。いい奥さんになれるぜ」 「えっ、そんな・・・」 貰って下さい、なんて言ったら退かれるよね、絶対、と思いつつ、顔を赤らめた。 「そういや、何かこの辺、忍びが大勢彷徨いてたんだが、何かあったのか?」 「あ、皆助けてくれてるんだ・・・」 「あ?」 「いえ、こっちのことです。ゲンマさん、私、今お料理の特訓してるんで、良かったらまた食べてくれますか?」 ゲンマには、恥ずかしくて知られたくなかった。 下着の話なんて、隣人とじゃ、生々しすぎるし、と。 「構わねぇが・・・毒味役かよ」 ニヤ、とゲンマはシニカルに笑う。 「えっ、ちちち、違います!」 慌てては訂正した。 「冗談だよ。煮物も美味かったし、期待してるぜ」 じゃな、ゆっくり休め、とゲンマは消えていった。 夕方目を覚ましたは、顔を洗って化粧をして着替えると、買い物に出掛けた。 肉じゃがの材料を買って帰り、鼻歌交じりに調理にかかる。 「美味しさのスパイスは愛情〜♪ なんてね」 「ゲンマさん、帰ってきてるかな?」 勇気を出して呼んでこよう、とサンダルに足を入れた時。 玄関のドアがノックされる。 「は〜い・・・」 そのまま出るつもりで、勢いよくドアを開けた。 「っと・・・」 煽られたゲンマが、仰け反っていた。 「あ、ゲンマさん! すみません!」 「いや。それより、朝のことだけどよ」 「え?」 「報告書を提出に言ったら、オマエの噂で持ちきりだったぜ。下着泥棒に遭ったんだって?」 「え、あ、はい・・・っ」 真っ赤になって、はもじもじする。 「確かに最近、下着泥棒がよく出るって、くの一も言ってたしな。でも、この辺じゃ聞かねぇし、大丈夫だと思ってたんだが・・・」 「私もそう思ってたんですけど・・・」 「盗られねぇように、部屋ん中に干しとけよな。そうすりゃ盗られねぇのに」 「だって〜、外の風に当てた方がすぐ乾くんですもん」 「ま、分かるけどよ」 ゲンマは眉を寄せ、くわえていた千本を上下させた。 「あ、立ち話も何ですから、どうぞ。朝の件のもういっこ、夕食食べてって下さい」 はドキドキしながら、中へと促した。 「いいのか?」 悪ィな、とゲンマは上がり込む。 「肉じゃがか。美味そうだな」 ゲンマのご飯を大盛りでよそい、自分の分もよそい、味噌汁をよそって並べる。 エプロンを外して、は席に着いた。 先に座ってもらったゲンマと、揃って食べ始める。 「お。味噌汁、良い味出してるじゃねぇか。結構本格的だな」 「えへ、そうですか? 小さい頃からお母さんの手伝いしてたから、自然と覚えちゃったんです」 「ホントに、いい奥さんになれるぜ。肉じゃがも美味ぇよ」 「嬉しいv 良かった〜」 嬉しくてすっかり舞い上がってしまったは、一瞬下着泥棒のことを忘れていた。 「で、下着泥棒の件だけどよ、忍びが彷徨いてたのは、見回ってたんだろ?」 「あ、はい。そうみたいです」 ゲンマに言われ、我に返る。 「オマエ、結構人気あるからな、中忍連中とかに。下着泥棒1人に、何人出回ってるんだか」 「泥棒も相当狡猾なんでしょうね〜。忍びの里で見つからないでいるなんて」 「ま、人間誰でも、くだらないことに飛び抜けてるヤツはいるってこった。まぁ、今まで本気で見回ってなかったってのもあるんだろうが」 皆泣き寝入りしすぎだ、とゲンマは吐き捨てる。 「が依頼に来てくれて良かったぜ。これで捕まえられれば、いっこ犯罪が減る訳だからな」 味噌汁を飲み干したゲンマは、ふう、とお椀を置き、箸を添えて、ごちそうさん、と唇を舐めた。 「えへへ・・・相手募集中で〜す」 も食べ終わり、片付け始めながら言った。 「相手なんていくらでもいるだろ? 結構言い寄られてるじゃねぇか」 けろ、としてゲンマは訊く。 「あ、今お茶入れますね」 は答えず、話題を変えようとした。 「あ、ごまかしやがったな。気に入らねぇのか?」 「あはは・・・勘弁して下さいよ〜。・・・実は、片思い中なんです。今のトコ脈無しなんで、その話題は忘れて下さい」 ドキドキ鼓動を逸らせながら、お茶を煎れると、洗い物の続きに戻った。 「へぇ。じゃ、話題を変えよう。下着泥棒の件だけどよ、オレも手伝ってやるよ。隣人のよしみだしな」 はお茶の入れ方も上手いな、とゲンマは思った。 「え、いいんですか? 私、泣き寝入りする気なんて全然無いんで、自分で捕まえようかと思ってるんです。さっきまで寝てたから眠くないし、寝てるふりして、見張っていようかと思って。話聞いてると、2度3度やられてる人も多いみたいですから」 「自分で捕まえるって・・・勇ましいな、おい。でも、女の身でそりゃ危険だぜ。何されるか分からねぇし、オレも付き合ってやる」 「えっ」 の鼓動はドクンと跳ね上がった。 「一通り周囲を見回って、トラップ仕掛けておいて、部屋に隠れていよう」 「えっ、ででででも・・・っ」 「特別上忍のオレを信用しろよ。一応、中忍連中よりは優秀だぜ?」 「そ、それは勿論分かってますけど・・・っ」 「じゃ、まず周囲をざっと回ってくる。その間に風呂とか済ませとけ」 そう言って起ち上がったゲンマは、千本をくわえ直し、額当ても巻き直し、ベストの前を締めて、出て行った。 「ゲゲゲ、ゲンマさ〜んっ;」 一体何事?! どうなるの?! とはテンパッていた。 夜が更けてきた。 入浴を済ませてパジャマに身を包んだは、ベッドに座ってそわそわしていた。 『ゲンマさん、もしかしてウチで見張るつもりなのかな・・・』 何だか恋人同士みたい、と風呂で火照った顔が余計に火照ってきた。 コンコン、と部屋のドアがノックされる。 ドキーン! と跳び上がったは、真っ赤になってドアを開けた。 「おぅ。勝手に入ったぜ。玄関の鍵も掛けてきたからな」 トラップは仕掛け終わった、とゲンマが飄々とやってくる。 パジャマ姿の湯上がりのを見ても、顔色一つ変えない。 「ゲ、ゲンマさんはどうするんですか・・・?」 「この窓の下に隠れてる。オマエは布団に入って寝たふりしてろ」 部屋の灯りを消し、ゲンマは言い放つ。 ホントに2人っきりで一晩過ごすの?! とは動揺しまくった。 ドキドキしながら布団に潜り込むと、ふとゲンマの気配が消えた。 窓の下をそっと見ると、ゲンマはいないような気がした。 でも、確かにいる筈だ。 流石に忍びだ、とは感心する。 これなら緊張しないかも、と少し楽になった。 「あの・・・ゲンマさん、どうしてそんなにまでして下さるんですか?」 嬉しいけど、と思いながら、ゲンマに尋ねる。 「隣人が困ってるのに、知らんぷりできるかよ」 耳元に囁き声が聞こえてきて、びくんとした。 ゲンマの声はセクシーすぎて腰に来る、とは思った。 「でも・・・お忙しいのに・・・」 「そうだな、オレの妹が、生きてたらオマエと同じ年なんだ。妹が困ってるみてぇで、放っておけねぇんだよ」 「亡くなったんですか? 妹さん」 「あぁ、11年くれぇ前にな、戦争で。下忍になりたてで、男勝りだった。元気なトコが、オマエに似てる」 「何て・・・名前ですか?」 「エルナだ。不知火エルナ」 それから暫く、ゲンマとは、お互いの家族の話をし合って時間を潰していた。 「さて・・・と。そろそろ泥棒が徘徊し出す時間だな」 「え・・・」 もっと一杯話していたい、もっとゲンマのことを知りたい、と思っていたは、急に目の前が暗くなっていくのを感じた。 ゲンマが幻術を使い、を眠らせたのだ。 「悪ィな、2人っきりだと、変な気分になっちまう」 そう呟いたゲンマの心を、は分からない。 「・・・おい、起きろ」 翌朝、はゲンマに起こされた。 「きゃあ!」 低い声が響き、は心臓が飛び出る程驚いた。 「悪ィ。驚かせちまったか」 「い、いえ、スミマセン! おはよう御座います!」 「あぁ、おはよう」 いつの間に寝ちゃったんだろう、勿体ないことをした、とは落ち込む。 が、ゲンマに起こされる朝というのも悪くはない。 昨日と今日が、こんなにも違う。 思わず浮かれそうになった。 「昨夜は、泥棒は来なかったぜ。流石に昨日の今日じゃ、警戒してるのかもな。調子に乗って続けてくるかとも思ったんだが」 「そうですか・・・。ゲンマさん、ずっと寝ないで見張ってて下さったんですか?」 すっかり目が覚めたは、ベッドの上で布団を抱き締めてゲンマを見上げた。 「ん? あぁ」 「スミマセン、私寝ちゃって」 「構わねぇよ。こういうのは慣れてる。一晩くらい寝なくたって、死にゃしねぇよ。気にすんな」 「で、でも・・・」 その時、はあることに気が付いた。 「きゃああああっ! スッピン〜〜〜ッ!!!」 慌てては顔を覆った。 「みっ、見ないで下さい〜〜〜っ!」 「あ? 今更何言ってんだ。昨夜からスッピンだろうが」 「恥ずかしいから見ないで下さい!」 は真っ赤になって、布団を被った。 「何をそんなに気にする必要があるんだ? 別に化粧してなくたって、オマエそんなに変わらねぇだろうが」 ゲンマは屈んで、布団を被るに手を掛けた。 「だ、だって・・・っ」 「ま、化粧は女の身だしなみ、って言いてぇんだろうが、オマエは化粧してなくても、充分綺麗だよ。自信持て」 な、とゲンマはゆっくり布団を引き剥がす。 「そ、そうですか・・・?」 「台所勝手に使っていいか? 朝飯作ってやるから、その間に顔洗って着替えて支度しろ」 「は、はいっ!」 覗かねぇから安心しろ、とゲンマは部屋を出て行く。 支度を終えて台所に行くと、すっかり朝食の支度が出来上がっていた。 「ある物勝手に使わせてもらったぜ。さ、食おう」 額当てとベストを身につけていないゲンマが、まるで一般人の自分の恋人のように思えて、はドキドキした。 「お、美味しい・・・。ゲンマさんってお料理上手なんですね。私の作った物が恥ずかしくなっちゃう」 「ま、伊達に長く独り暮らししてねぇよ。味なんて人それぞれだ。オマエだって充分上手いぜ。人の芝生が青く見えるだけだ」 味付けのコツなどをお互い話しながら、食事を進めた。 「じゃ、今夜からは、オレは自分の部屋に戻って見張るわ。オマエも、他人が部屋にいたんじゃ、落ち着かねぇだろ?」 気が利かなくて悪ィ、とゲンマは謝る。 「えと・・・; ゲンマさん、まさかずっと夜寝ない気ですか?」 「いや、オレは元々眠りは浅いからな。誰か近付けば、すぐに起きる。だから気にすんな」 「あ、有り難う御座います・・・;」 「ま、必ず捕まえてやるから安心しろ」 残念なような安心したような、は複雑だった。 それから数日は、泥棒は出なかった。 里中を忍びが見回っていて、警戒しているのだろう。 「これじゃ捕まえるにも捕まえられねぇか・・・」 ゲンマは思案した。 その日の夜から、里は静かになった。 数日後。 準夜勤から帰ってきたは、真夜中だというのに何やら辺りがざわついているのが気になった。 「何だろ・・・? また忍びの人が見回り強化してくれてるのかな・・・?」 疲れていたは思考が働かず、入浴を済ませて床に就いた。 お昼過ぎ、は電話の音で目を覚ました。 「ハイ・・・もしもし、です」 『あ、さんですか? イルカです。先日ご依頼頂いた任務が完了しましたので、ご報告です。今日中に代金の方を納めに来て下さい。では、用件のみですが失礼します』 「え・・・任務完了って・・・? まさか、下着泥棒捕まったの?」 昨夜の騒ぎはそれだったんだ、と気が付く。 慌てて支度をし、は斡旋所に向かった。 「あ、さん。良かったですね、下着泥棒捕まりましたよ。これから里の皆さんも安心できますね」 代金を受け取ったイルカが、ニッコリと微笑む。 「あの・・・一体どうやって捕まったんですか? ここずっと出なかったのに・・・」 「あぁ、ゲンマさんが提案されまして」 「え? ゲンマさんが?」 「えぇ。里中をずっと忍びが見回ってるから、警戒して出てこないんじゃ捕まえられないだろう、って。だから、一旦見回りをやめて、ゲンマさんだけが屋内から見張ってたんですよ。確か、さんのお隣でしょう? まぁ、下着泥棒がさんの所に現れるかは一か八かだったんですが、ビンゴでしたね。流石ゲンマさんです」 「な、成程・・・」 その時、ゲンマが斡旋所にやってきた。 「おぅ、。下着泥棒捕まって良かったな。今、取り調べ受けてるぜ」 余罪も結構あるみたいだ、とくわえている千本を上下させる。 「ゲンマさん、丁度良い所に。さんから頂いた代金のゲンマさんの分、ゲンマさんの口座に振り込んでおきますので」 「ゲンマさん、有り難う御座いました」 イルカとが口々に言う。 「いらねぇよ、金なんて」 「え? でも・・・」 「別に任務のつもりで捕まえた訳じゃねぇんだ。隣のよしみだよ。その金は、寄付にでも回してくれ」 「でもっ、微々たる物ですけど、ホントに助かったんです! どうか納めて下さい!」 「いいって」 じゃ、オレは仕事に戻る、とゲンマは出て行った。 「待って下さい!」 は飛び出してゲンマを追い掛ける。 「いいっつってるだろ」 「そうじゃなくて!」 「あ?」 ゲンマは立ち止まって振り返った。 「私の下着は?!」 「はぁ?」 「私が依頼した任務は、泥棒を捕まえて下着を取り返して欲しい、です。下着は何処ですか?!」 「何処って・・・泥棒の家じゃねぇか?」 「捕まった泥棒の家、分かってるんですよね? 連れてって下さい!」 「行ってどうする気だよ」 「決まってるじゃないですか、私の下着を取り戻すんです!」 「取り戻すって・・・マジか?」 ゲンマは眉を寄せる。 が上目遣いに必死で訴えているので、仕方なく連れて行った。 「うわ、何コレ?! 下着ばっかり!!」 泥棒の家は、そうそうたる物だった。 床一面下着が散らばり、壁にも下着が貼り付けられ、紐を通して吊されてもある。 「よくもまぁ、これだけ集めたモンだな」 ゲンマは呆れて吐き捨てる。 「私の下着は・・・あった!」 一番丁重に飾られていたそれを、は掴み取り、握りしめる。 「良かったぁ〜、見つかって」 「オマエどうする気だ、それ」 「どうって、決まってるじゃないですか。持って帰るんですよ。私のなんですから、当然でしょ?」 「盗られたモンを、また使う気か? やめとけよ、何に使われたか分からねぇモンを・・・」 「だって〜、高かったんですよ! ゲンマさんは分からないでしょうけど、私のサイズの下着って、高いんですよ?! それこそ、毎回清水の舞台から飛び降りる気持ちで散財してるんです! 1セットだって無駄には出来ません!」 「しかしな・・・」 「洗濯すれば大丈夫ですよ! じゃ、私、帰りますね。夜勤なんでひと休みします。有り難う御座いました!」 「おい・・・!」 下着を鞄に突っ込んだは、晴れやかに帰って行ったのだった。 「ったく・・・妙に現実主義だな、アイツ・・・普通気持ち悪くて使えねぇだろ・・・」 やれやれ、とゲンマもその場を後にし、何やら考え込んだ。 「あ〜、良かった。戻ってきて。お気にだもんね。よし、お礼にゲンマさんを夕食に呼ぼうっと」 取り返した下着を丁寧に手洗いして干し、一休みしたは、夕食の支度に取りかかった。 「そろそろ帰ってきてるかな・・・」 ご飯の炊け具合を見ていると、玄関をノックする音がした。 「あ、きっとゲンマさんだv わ〜い、嬉しいな♪」 ドアを開けると、予想通り、ゲンマが立っている。 が、何だか不機嫌そうだった。 「どしたんですか? 何かあったんですか?」 「・・・昼間の下着は?」 「え? 洗って部屋の外に干してますけど・・・」 それを聞くなり、ゲンマはずかずかと上がり込んだ。 部屋に直行し、窓を開ける。 「え? え? 何? どうしたの?!」 ぶちぶちっと下着を取り外すと、クナイを取り出したゲンマは、おもむろに下着をずたずたに切り裂き、ゴミ箱に投げ捨てた。 「ちょっ、何するんですか?!」 お気に入りの下着をダメにされたは、好きな相手と言うことも構わず、怒り狂った。 「変態ヤローに何されたか分からねぇモンなんて使うんじゃねぇ」 眉を寄せ、吐き捨てる。 「だって、言ったじゃないですか! 高いんですよ! 勿体ないじゃないですか! まだ充分使えるのに! 新しいのに!」 「オマエはそれで平気なのかよ。一度変態がどうにかしたモノをよ」 「現実問題の方が優先です! 洗えば平気でしょ!」 「オレは嫌だね」 「ゲンマさんには関係ないじゃないですか。私の問題です」 「変態が何したか分からねぇモンをオマエに使わせたくねぇよ」 「でも・・・!」 ゲンマは、おもむろに包みをに差し出した。 きょとんとして、は受け取る。 「え・・・何・・・?」 「代わりのモンをやれば良いんだろう? 新しいヤツ買ってきたから、それ使え」 「えぇぇ?!」 は驚愕する。 「ゲ、ゲンマさん、買って下さったんですか?」 そっと中身を見ると、可愛らしいデザインの下着のセットが入っている。 「た、高そう・・・いいんですか?」 「構わねぇよ。いらねぇっつった金で買ったモンだからな。元々オマエの金だ。気にすんな」 「そんな・・・」 ゲンマの気遣いを、は嬉しく思う。 が。 「あの・・・何でサイズとか分かったんですか・・・?」 「あぁ、それか。んなモン、見てりゃわかる」 「えぇ?! ゲンマさんって、目視でスリーサイズ当てられる人なの?!」 は恥ずかしくなって、身体を手で覆う。 「ハハ、冗談だって。オマエ、この先の下着の店の常連だろ? オマエのサイズを買うヤツは珍しいから、名前言ったら、店員が出してくれたぜ」 「な、何だ・・・」 は安心したような、まだ恥ずかしいような。 ゲンマは、忍びの特性で分かる、と言うことは敢えて言わないでおいた。 「ってことで、サイズ本当に合ってるか着けてみてくれ」 「あ、はい・・・」 いそいそと、は脱衣所に向かう。 身に付けて服を着終わった頃、ドアに背を向けていると、の背後を影が覆った。 「? ゲンマさ・・・?」 振り返ると、間近にゲンマがいる。 何事か、と鼓動が跳ね上がった。 「知ってるか? 」 「え・・・?」 壁に手を突き、退路のないは身動きが取れない。 「昔からよく言うだろ? 男が口紅を女に贈るのは、キスで返してもらう為だって。で、同じように、服を贈るのは、脱がす為」 「え・・・」 「分かるよな? 下着を贈るのは、勿論・・・」 ゲンマはの顔に近付き、腰に手を回して衣服の中に手を入れようとした。 唇と唇が触れ合うかという寸前で、は動揺して目をぎゅっと瞑り、硬直した。 が、唇には何も触れてこなかったし、そっと目を開けると、ゲンマの手も宙を泳いでいる。 「バ〜カ。冗談だって。んなことしねぇよ。オマエ警戒心なさ過ぎ。男を家に上げる時は、もうちっと気を付けろ」 優しく笑っているゲンマが、子供のようだった。 「ゲンマさん・・・意地悪・・・!」 は耳まで真っ赤になって、涙目でゲンマを見据えた。 「ハハ。悪ィ。オマエの性格、直してやりたくってな。いくら隣人っつったって、オレだって独身の男なんだから、もう少し警戒しろっての」 飯食ってっていいのか? とゲンマは脱衣所を出て台所の食卓を見遣る。 その時、ゲンマは背後から抱きつかれた。 「・・・? どうした?」 「・・・好きな人にも、警戒してなきゃダメなの?」 「あ?」 ゲンマは咄嗟に事態が飲み込めなかったが、頭の回転の早いゲンマは瞬時に理解し、ふっと柔らかく微笑んだ。 「そんなこと・・・ねぇわな」 腰に回されたの手を、そっと握りしめる。 厚いベスト越しでも、の激しい心臓の音が伝わってきた。 それはの気持ち。 やんわりとを引き剥がすと、ゲンマはくるりとに向き合い、腰を屈めて、背の低いの額にキスをした。 「・・・好きな女の為でなきゃ、ここまで懸命にやりゃしねぇよ」 「え・・・っ」 真っ赤になって惚けているを腕の中に取り込み、優しく抱き締める。 「ずっと好きだった・・・」 部屋を隔てている壁が無くなるのは、そう遠くないかも知れない。 END. これは、以前13000番を踏まれたユナ様から頂いていたキリリクで、 |