【成長】







 11歳の時、ゲンマは大戦で両親とも失った。

 中忍になりたてだったゲンマは、住民の避難に当たっていて、運良く生き残れた。

 ゲンマに残されたのは、5歳になったばかりの妹のエルナ。

 親戚筋に当たる家が面倒を見てくれるといったが、ゲンマはもう木の葉の中忍。

 妹と2人で大丈夫だから、と不知火宅をそのまま使っていた。

 が、任務で忙しい為、5歳の妹を一人っきりには出来ず、結局の家に厄介になった。

 翌年生まれたの末っ子、は、家始まって以来の才能に恵まれるであろう、と予言された。

 戦乱の世の中の、希望だった。





 幼い子供達の未来を守る。





 ゲンマは、自分こそまだ子供であるというのにそう思わざるを得ない程、世の中は血と殺戮と破壊で乱れていた。









 それから5年、大戦は収束に向かっていったが、木の葉の里には、九尾の妖狐が現れ、里を壊滅状態にまで追いやった。

 の両親も兄弟も、九尾と戦って散っていった。

 下忍になりたてだった妹のエルナには、幼いを守らせた。

 エルナと同期のハヤテが、戦場に向かいたがり気の逸るエルナを思いとどまらせてくれた。

 その頃暗部に所属していたゲンマは、分隊長のカカシと共に九尾に立ち向かった。

 化け物に敵う筈もなく、瀕死の重傷を負った。

 九尾は、4代目火影が命を賭して生まれたばかりの赤子に封印し、帰らぬ人となった。

 一先ず窮地を脱した木の葉は、3代目が再び火影の座に返り咲き、里の復興に急を要した。

 不知火宅も宅も九尾によって破壊された為、殆どの人と同様住む場所を失ったゲンマは、天涯孤独となった幼子、を引き取り、妹エルナと共に3人で暮らしていくこととなった。

 が、里が急速に復興していく中、戦乱の世は続き、血気盛んなエルナは真っ向から敵の陣地に飛び込んでいき、12の若さで生涯を閉じた。

 ゲンマは悲しむ暇もなく、残されたを守りながら、暗部として暗躍していた。

 一つの戦争が終結してもすぐまた次の火種が勃発する。

 そんな時代だった。











 大きな戦争が収束していく中、木の葉の里も大分復興し、通常に機能していくようになった。

 アカデミーも臨時運行から通常通り再開され、も入学した。

 は入学当初から、同期の中でも光る存在だった。

 その頃には暗部を辞めて今まで通りの特別上忍の職務に戻ったゲンマは、火影から命じられた機密文書の管理をしながら、任務の合間を見ては、の修業に付き合った。

 この子は強くなる。

 ゲンマはそう思った。

 案の定、12歳でアカデミーを卒業して下忍になったは、担当上忍の意向で、新人ながら中忍選抜試験に出場した。

 他を圧倒する頭脳的な作戦と華麗な強さで、本戦にまで上ってきた。

 その頃から本戦の試験官を任命されていたゲンマは、身内が本戦出場するから、と試験官を下りようと火影に進言した。

 が、火影は、“儂の目に狂い無し”と、公平を重んじるゲンマを信用し、強く推した。

 勿論ゲンマは、身内であろうと手心を加えるつもりなど毛頭なかったが、事情を知る者にとやかく言われるのが嫌だった。

 しかし、そんなゲンマの杞憂など払拭する程、は圧倒的に強かった。

 bPルーキーの名は伊達ではなかった。

 くの一でありながら他を寄せつけない圧倒的な強さと頭脳で、は一足飛びで中忍に昇格した。









 木の葉が復興してから、中心地に程近い場所に広めのアパートを借りてゲンマはと住んでいた。

 お互い任務に忙しく、すれ違いが殆どだったが、なるべく一緒に食事を摂れるようにし、話し合い、時間を見つけてはに修業をつけた。

 は自分より強くなっていくだろう。

 ゲンマはそう感じていた。





 数ヶ月経った、そんなある日だった。

「ゲンマ兄さん。話があるの」

「何だ」

 夜更け、ゲンマはくわえ楊枝で好きな時代小説を読んでいると、がやってきた。

「私、家を出ようかと思ってるんだけど」

「・・・どういう意味だ?」

 怪訝そうに、眉をつり上げてゲンマはを見つめる。

「私、もう中忍だし、立派な一人前でしょ。自立しようかと思って」

「13のガキが、何をほざいてやがる。オレはオマエの兄代わりであると同時に、父親代わりでもあるんだ。オレには、亡くなったオマエの両親に代わって、成人するまで見届ける義務がある。妙な事言ってねぇで、サッサと寝ろ」

 鋭い眼光で、ゲンマは吐き捨てる。

「ゲンマ兄さんには感謝してるよ。任務で忙しいのに、ちっちゃかった私の面倒見てくれて。面倒を見やすいように、力がありながら比較的里に残ることが多い特別上忍のままでいる事も知ってる。恩を仇で返すようかも知れないけど、これ以上ゲンマ兄さんに迷惑かけたくないんだ。私の面倒を見なきゃいけなかったせいで、自由がなかったでしょ。これからは、ゲンマ兄さんの自由にして欲しいの。だから家を出る。お願い」

「ダメだ。ガキが妙な気ィ遣うんじゃねぇよ。オレは別にオマエの為に特別上忍のままでいる訳じゃねぇ。今の仕事に誇りを持ってるんだ。やりがいもある。それにオマエがいて迷惑だと思ったことは一度もねぇ。孤独の辛さを知っている癖に、何で自ら独りになりたがるんだ?」

「独りになりたい訳じゃないよ。自立したいだけ。それにゲンマ兄さんだってもう25でしょ? 私と暮らしてるせいで、女の人も作らないし・・・。いつでも結婚できる歳じゃない。私の為に結婚もしないで見守る気? ゲンマ兄さんが私の成長を見届けたいって気持ちは有り難いけど、私も、ゲンマ兄さんの幸せを見届けないとおちおち任務にも行ってられないよ」

「だからガキがおかしな気ィ遣うなっつってんだろ。別にオマエの為に女作らねぇ訳じゃねぇし、結婚なんてのは縁だ。縁がありゃ、オマエがいたってする時はする。オマエは家族だ。お互い、誰も身寄りがいねぇ。折角の家族が、何でわざわざ離れる必要があるんだよ。オレは認めねぇ。分かったらサッサと寝ろ。ガキは寝る時間だ」

 言い捨てると、ゲンマは小説に目を戻す。

「もうっ! ゲンマ兄さんの分からず屋!」

 バタンと勢いよくドアを閉めると、は自室に戻っていった。

「ったく・・・ガキがいきがりやがって・・・独り立ちにゃ、まだ早ぇだろうが・・・」

 念の為幾つものトラップを家中に仕掛けたゲンマは、これで夜中に家出することはないだろう、と眠りに就いた。





 翌朝、は不機嫌な顔で、ゲンマとは一言も口を利かなかった。

 いつもの通り任務に出掛けていくを見送ると、ゲンマも朝食の片付けを済ませ、アカデミーに向かった。





『どうも嫌な予感がする・・・』

 機密文書の奪取という重要任務を課せられたゲンマは、里外に出て任務遂行しながら、のことが気掛かりだった。

 小隊長のゲンマは届け出と報告に行く、と仲間より先に足早に里に戻り、任務完了させると、家路を急いだ。

 辺りはすっかり暗闇だった。

 家に着き、ドアを開けると、妙な感覚がゲンマを取り巻いた。

 あるべきものが無いような。

 ゲンマは胸騒ぎがして、の部屋を開ける。

 中はもぬけの殻だった。

 残されているのは、走り書きのメモ。





 “ゲンマ兄さん、ごめんなさい。今まで有り難う”





「チィ・・・あの馬鹿・・・」

 探そうにも、探しようがない。

 不動産屋も役場ももう閉まっている。

 まだ忍者登録室にも届け出てはいないだろう。

 見つけて呼び戻そうとしても、頑固なのことだ。

 絶対言うことは聞かない。

 一旦こうと決めたら、決して信念を曲げない。

 それが私の忍道だ、というの考え方は、悪いものではない。

「許してやるしかねぇか・・・」

 だが、できるだけ早く居場所を見つけ、影から見守っていこう。

 困っていたら、いつでも手を差し伸べられるように。

・・・オマエは、オレの大切な家族なんだぞ・・・それを忘れんなよ・・・』









 の居場所は、八方に手を尽くした為、すぐに見つかった。

 そう遠くない所に住んでいる。

 治安も利便もいい場所だった。

 ゲンマは任務の忙しさに追われながらも、のことを忘れる日など一日とて無く、影から見守り続けた。

 自立したい、と言って出て行ったは、時折寂しそうな表情を見せたが、だが生き生きとしっかりした生活を送っていた。

 2年後、火影からが暗部に所属することになったと聞かされ、その成長に驚くと同時に、身を案じた。

 暗部は、普通の忍び以上に、危険との隣り合わせ。

 自分も経験したから分かる。

 さっきまで笑っていたヤツが、次の瞬間には屍に変わっている。

 そんな世界だ。

 僅か15の少女が腕を見込まれて暗部に要請を受けたことは分かっていても、心配せざるを得なかった。

 里外を飛び回る為、里にいる時間が少なくなるのだ。

 ゲンマは、口寄せで契約している鳥を見張りにつけさせることで、の無事を確かめた。

 兄馬鹿と言われても構わない。

 それで心の平穏が保たれるのなら、いくら笑われようが気にならなかった。

 勿論それはゲンマの考えで、全て秘密裏に行なっていた為、その事を知っている者は火影と、今は亡き妹エルナと同じチームだった、ハヤテのみだった。

 ハヤテも優秀だった。

 若くして、ゲンマと同じく、特別上忍の職に就いている。

 エルナとのこともあってか、よく一緒に飯を食った。

 任務も共にした。

 同じく暗部経験のあるハヤテは、が暗部になったと知って、止めるかと思いきや、個人主義を貫くハヤテは、いいじゃないですか、とゲンマは宥められたものだった。

 の独立を認める気になったのも、ハヤテの助言によってだった。

 考え方は人それぞれ。

 家族であっても、違うことはある。

 それをハヤテに教えられた。

 の強さと冷静な状況判断力は火影の折り紙付きだったので、影から見守りながらも、が16になる頃にはお互いの気持ちも安定し、家族交流を再開させたのだった。















 ももう17だった。

 成人するまで、あと3年。

 大分成長したが、まだ精神的に不安定さが残っているとゲンマは思っていた。

 は、物心つくかつかない頃から、親の愛情を知らない。

 ゲンマの兄代わり、父親代わりの家族愛も、ゲンマ自身早くに家族を失っているので、充分に与えられたか分からない。

 不器用な為、愛情の与え方を知らないのだ。

 自分のせいでが情緒不安定なのかも知れない。

 ゲンマはそう思った。









「ゲンマ兄さん、暇ある? 稽古つけて」

 任務の合間を見ては、はゲンマの元へ顔を出すようになった。

 最初はゲンマの方から誘っていた。

 そしてお互いの家を行き来し、修業をつけ、どちらかの家で夕食を摂る。

 そんな生活も、充実していた。





 はすっかり強くなった。

 まだ暗部で小隊長を務めるまでには至っていなかったが、それもそう遠くないだろう。

 オレも追い越していく。

 そう予言されて生まれた子だ。

 だが、その為には精神的に安定しなければそれも望めない。

 どうしたものか、とゲンマは思案した。





「やっぱりまだゲンマ兄さんには敵わないなぁ。何で特別上忍のままでいるの」

 ゲンマの家で夕食を摂りながら、ゲンマ兄さんなら上忍になっておかしくないよ、とは言う。

「オレは別に他に劣るから特別上忍やってんじゃねぇよ。火影様に特殊任務を命じられているから、その仕事に誇りを持ってやっている。前にも言っただろ、同じ事言わせんな」

 かぼちゃの煮物を頬張りながら、ゲンマは吐き捨てる。

「上忍を目指そうとは思わないの?」

「オレに代わる管理人が現れたらな。そうでない限りは、他のヤツには任せられない仕事だ。そうすりゃオレも上忍にするって火影様が仰ってたよ」

「上忍の方が給料いいんでしょ?」

「さぁな。特殊任務に就いてる分、手当てが多いから、そう変わらねぇって話だ。それより暗部のオマエの方こそ、給料いいだろうが」

「そうみたいね」

 ムグムグ、と食べながらはゲンマを見遣った。

「ねぇ、ゲンマ兄さん。今年もう29でしょ? まだ結婚しないの? ホントに私が成人するまで結婚しない気?」

「あ? 前に言っただろうが、結婚なんてのは縁だって。今は任務の方が大切だからな。結婚にゃ、興味ねぇよ。不安定で危なっかしいオマエ見てたら、する気にもなれねぇよ」

 だから余計な気ィ遣うなっつってんだろ、とゲンマはを見据える。

「でもぉ、もうすぐ三十路だよ? 嫁き遅れちゃったらどうすんの」

「女じゃねぇんだ、嫁き遅れもクソもあるか。男は30からだ」

「でもさ〜、忍びやってるからには、いつ死ぬか分からないでしょ? ゲンマ兄さんも、勿論私も。だからやりたいことをやらないのは勿体ないし、お嫁さんだって早く貰った方が・・・」

「いつ死ぬか分からないってこたぁ、その分独り身の方が気楽だよ。嫁さん家に待たせて心配させるなんて、今は考えられねぇな」

「ずっと鉄砲玉の私の心配ばっかしてきてるんだもんね〜。お嫁さんの心理は、嫌って程分かってるんだ」

「ま、そうとも言うな。今のオレは、心配するのはオマエだけで充分だし、心配してもらうのもオマエだけでいいよ」

「それじゃ今までと何一つ変わらないじゃない。ゲンマ兄さんは、不知火家復興とか考えてないの?」

「あんまり興味ねぇな。まぁ、無念に散っていった家族の為を思うと耳が痛ぇが、オレより、オマエの方が家復興を強く願ってるだろ。オマエが婿貰うまでは、そういう気にゃ、なれないってこった」

 食べ終わったゲンマは熱い茶を淹れると、クィッと飲み干した。

「婿って、まだ早いよ!」

 は頬を染めて、湯飲みを握り締めた。

 アチチ、と離して手を振る。

「もう17だろうが。女はいつでも嫁にいける歳だぜ? 好きなヤツとかいねぇのかよ」

「い・・・いないよ・・・」

 は顔を赤らめて、ゴニョゴニョと言葉を濁す。

「はは〜ん。その顔じゃ、いるな。ったく、任務馬鹿かと思ったが、押さえるトコは押さえてんだな。何処の誰だよ。婿に来てくれそうか?」

 ニヤニヤと、ゲンマは2杯目の茶を含みながらを見据えた。

「そっ、そんな人じゃないってば! 私が一方的に憧れてるだけなんだから!」

「あぁ? 片思いかよ。オマエにそんな器用な芸当が出来るとはな。憧れてるって事は、特別上忍か上忍か。年上だな? オレの知ってるヤツか?」

「教えない!」

 真っ赤になったは、プイ、と顔を背けた。

「もうっ、ゲンマ兄さんの結婚の話だったのに、何で私の話になるのよ・・・言葉が達者なんだから・・・」

 はブツブツと愚痴た。

「生憎、それを生業としてるんでね」

「腐っても年の功かぁ・・・」

「年寄り扱いすんじゃねぇ」

「フン、29はもうオジサンよ! ってそうだった、言うの忘れるトコだったよ。あのね、ゲンマ兄さん。私、明日から長期任務なんだ。暫く家には帰れない」

「そうか。どれくらいかかりそうだ?」

「長くて1ヶ月かなぁ・・・」

「気を付けろよ」

「大丈夫。ヘマはしないよ」















 が任務に発って、間もなく1か月が経とうとしている。

 今でも監視の鳥をつけていたので、逐一報告を受けていた為、無事は確認していた。

 それ故安心はしていたが、そうなると他のことに頭が行くようになった。

「そういや・・・久しくの笑った顔見てねぇな・・・」

 執務室でペンを走らせていた手を止め、高楊枝で椅子を軋ませる。

「暗部やってて笑えって方が無理だが・・・昔はよく笑うヤツだったんだがな・・・その辺にも、今のが不安定な原因があるよな・・・」

 年頃の若い少女には、暗部は過酷な任務だ。

 笑うことを忘れても仕方がない。

 若い女の身空で危険な任務、笑いを忘れる、それらが当たり前の世界に生きている。

 それでも、ゲンマはには笑って欲しかった。

「恋人でも出来りゃ、女は変わるよな・・・の片思いの相手って誰だ? 案外知ってるヤツかも知れねぇな・・・」

 ハヤテかな、などと思いつつ、ゲンマは席を立って茶を淹れた。









 ゲンマの思案も、の帰郷で、払拭された。

「ゲンマ兄さん、ただいま! 今日帰ってきたよ!」

 が極上の笑顔で、執務室を尋ねてきた。

「おぅ、おかえり。ご苦労さん。何だ、偉くご機嫌だな。オマエの笑顔なんて見たの、何年振りだろうな。とても長期任務帰りにゃ、見えねぇな。何かあったか?」

 くわえ楊枝で、ゲンマは仕事の手を止める。

 望んでいたの笑顔が見れて、自然と表情も柔らかくなる。

「えへへ」

 照れ臭そうに、はゲンマの元までやってくると、脇の椅子に腰掛けた。

「・・・? 何で忍服なんか着てるんだ? 今のオマエにゃ、用無しだろ」

「たまにはね。忍び流のお洒落ってコトで」

「何だそりゃ。お洒落すんなら、いくらでも他に服があるだろ。って、オマエそんなに持ってねぇんだったな。忍服着ると、気持ちが改まるって事か」

「それもあるかな」

 出発前まで、あれ程不安定で心配だったが、すっかり落ち着いて柔らかい微笑みを醸し出していることが、ゲンマには不思議でもあり、嬉しくもあった。

 忍鳥からは、任務で何かあったなんて聞いていない。

 かなり壮絶な任務だったらしいことは知っている。

 今日帰ってくるということだけ、昨夜聞いた。

 帰ってきて、何かあったのか?

 ゲンマは再び、そのまま訊いてみた。

「何かいいことでもあったのか?」

「あのね・・・ゲンマ兄さん。私、好きな人が出来たかも知れない」

 頬を染め、は柔らかく微笑む。

「はぁ? この前言ってた憧れの人とやらはどうなったんだよ。片思いが実らないから、次に移ったのか?」

「違うよぉ。今までのはただの憧れで、好きとか、特別な感情じゃなかったの。でも、自分の気持ちがハッキリ分かったんだ。好きだって」

「そりゃ良かったな。で? 何処の誰だ? いい加減教えろよ」

「え〜内緒!」

「何でだよ。オレ達ゃ家族だろ? 隠し事は無しにしようぜ」

 ゲンマはに茶を淹れ、差し出した。

「年頃の女のコには秘密があるもんなのよ。それも分かんないようじゃ、ゲンマ兄さん、お嫁さんの来手がないわよ」

 は湯のみを受け取ると、フ〜フ〜と冷ます。

「余計なお世話だ。何だよ、急にいっぱしの女振りやがって。今までオレがどれだけ心配してきたと思ってんだ」

 それでもゲンマは、が笑顔を見せてくれることが、嬉しかった。

「えへへ、ゴメンね? でも、もう大丈夫だよ。私、忍びの何たるか、人間の何たるかを知ったから」

「その男が教えてくれたのか?」

「うん」

「ハヤテ・・・じゃねぇよな?」

「え? 違うよ。ハヤテさんも私のお兄さん」

 エルナ姉さんの仲間だもんね、と湯飲みに口を付ける。

「上忍か? 教えろよ」

「こればっかりは言えないな。恥ずかしいモン。ゲンマ兄さん、反対しそうだし・・・」

 こくこくと茶を飲み干すと、は照れて微笑んだ。

「木の葉の上忍でオレが反対するような人はいねぇよ。皆優秀で尊敬できる人ばかりだからな」

 もう1杯飲むか? とゲンマが尋ねると、は、いい、と言うので、ゲンマはの湯飲みを受け取った。

「でも、教えられない。じゃ、ゲンマ兄さんの家で夕飯作って待ってるね」

 年頃の少女に相応しい、明るく爽やかな笑顔で、は執務室を後にした。

「ったく・・・誰だ? 会って話をしてきたんだろうが、今のは詰め所にゃ行く用はねぇし、かといって上忍なら任務か詰め所だよな・・・誰に会ったんだ? 一体・・・」





 その後、夕食の時もその後の稽古でも、は口を割ろうとはしなかった。

 は優秀すぎて、簡単には口を滑らさない。

 変なトコばっかりオレに似ていやがる、とゲンマは思った。

 だが、それが誰であれ、に笑顔をもたらしてくれて、感謝したかった。











「あれ、ゲンマ君。珍しいね、キミが詰め所にいるなんて」

 明くる日の夕方、ゲンマは詰め所で待機していた。

 そこへ、任務帰りのカカシがやってくる。

「あぁ、カカシ上忍。お疲れ様です。さっき任務が終わって帰ってきて、中途半端な時間だったから、アカデミーに戻って仕事する程でもなかったんで、たまには息抜きと思いましてね」

「そうだね〜、ゲンマ君、仕事しすぎ。過労死しないでよ?」

「生憎、頑丈にできてましてね」

「それならいいけど」

 ゲンマが時代小説を読む隣で、カカシもイチャパラを開く。

「あ、そうそう、この間に会ったよ」

「イチャパラ読みながら思い出さんで下さい。よく覚えてましたね、のこと」

「5年振りだったけど、一応恩人だからね。お礼が言えて良かったよ」

「・・・あぁ」

 ゲンマは、カカシの事情を知っていた。

「何処で会ったんです? 最近長期任務から帰ったばっかりですよ」

「早朝にね、ちょっと」

 カカシは語らなかったが、ゲンマはカカシが毎朝戒めの為に慰霊碑を訪れていることを知っていた。

 それが毎度の遅刻の理由だということも。

 ゲンマもまた、時折訪れていたので、現場を見たことがあったのだ。

 カカシもそのことは知っている。

 だが、お互い何も言おうとしなかった。

「・・・そうですか」

 暫し、沈黙が詰め所を流れる。

、すっかり綺麗になって、もう立派な女性だね。見違えたよ」

「そうですか」

「ゲンマ君が深い愛情で見守ってきたからかな。程愛されて育ったコはそういないだろうね。もゲンマ君の優しさと家族愛には、感謝してるんじゃないかな」

「そうですかね。オレとしちゃ、自信無いんですが」

「そんなことないよ。でも、男が放っとかないだろうな、あれじゃ。もてるんじゃないの?」

「さぁ、どうですかね。オレに似て不器用ですからね。好きなヤツは出来たらしいですけど、教えてくれないんですよ。上忍らしいんですけど」

 年頃の女の秘密主義とか言いやがって、とゲンマはくわえている千本をプラプラさせた。

「へぇ。父親代わりとしては、親離れされて寂しいんだ」

「まぁ、笑うようになったから、いいんですけどね」

 言っていてゲンマは、ハタと気が付いた。

「・・・カカシ上忍」

「ん? ナ〜ニ?」

「まさか、カカシ上忍じゃないでしょうね?」

「何が?」

 カカシは、分かっていてしらばっくれる。

のことですよ」

「え? 何? オレにくれんの?」

「・・・カカシ上忍にはあげられませんよ。違うんならいいんです。何でもないですよ、忘れて下さい」

「何よ、お嫁さんにくれるんじゃないの? オレ、有り難く貰うよ? 可愛いモン」

「ダメですってば」

「ゲンマ君のケチ〜」

「何とでも言って下さい」

が結婚すれば、ゲンマ君だって安心して家庭持つ気になるでしょ? も心配してたよ?」

「な・・・」

 ゲンマは嫌な予感がする。

「さて、時間だね、帰ろっと。ゲンマ君、にヨロシクね♪」

 ゲンマの追求を避け、カカシは詰め所を出て行った。

「まさか・・・な・・・」









 それから暫く、とはすれ違いで会うことは無かった。

 ゲンマは気になって忍鳥をつけたが、カカシとが会っているという報告は無かった。

「オレの気のせいか・・・」





 ようやくと夕食を共にすることが出来たゲンマは、靄靄を払拭させる為に、今日こそは訊き出そうと思った。

「なぁ、

「何?」

 食事の支度をしながら、は振り返る。

「オマエの好きな人ってのは、まさか・・・カカシ上忍なのか?」

「えっ」

 動揺するは、思わず持っていた料理の皿をテーブルに音を立てて落とした。

 高さが無かった為、料理は零れていない。

「そうなのか?」

 鋭い眼光で、ゲンマはを射抜く。

「ち、違うよ」

 は目を泳がせ、言葉も上擦っている。

「他の誰でもいいが、あの人だけはやめてくれ」

「な、何でよ。ゲンマ兄さん、木の葉の上忍なら、誰でも反対しないって言ったでしょ。どうしてカカシ先輩はダメなのよ」

 言っては、しまった、と口を覆う。

 やっぱりそうなのか、とゲンマは息を吐く。

「確かにカカシ上忍は尊敬できる優秀な忍びだが、オレがあの人と親戚になりたくねぇんだよ」

「べっ、べべべ別に結婚したいなんて言ってないでしょ! それに! それは個人の自由でしょ。私が誰を好きになろうと、ゲンマ兄さんがとやかく言うことじゃないじゃない!」

「うるせぇ。ダメなもんはダメだ」

「何よ〜。心狭〜い! カカシ先輩の方が大人よ!」

「心外だ。オレはぜって〜許さねぇからな」

「もう決めた! 私、カカシ先輩とお付き合いする!」

「ダ〜メ〜だっつってんだろ」

「私の恋路を邪魔しないでよね!」

「してやる」

「も〜〜〜、何でなのよ〜〜〜。何でこうなるのぉ?」





 の恋は、この先どうなるやら。

 神のみぞ知る。









 END.