【西瓜】 「あ〜もう、秋になったってゆ〜のに、毎日暑いなぁ」 照りつける真上の太陽。 は息を吐きながら、高い空を見上げた。 仕事が午後からの為、いつもお昼に家を出る。 商店街を歩きながら、途中にあった八百屋と隣の魚屋を交互に覗く。 「コンニチワ〜」 「おぅ、。これから仕事かい。精が出るね」 「暑い中ご苦労さん」 八百屋のおじさんと魚屋のおばさんが、気さくに声を掛けてくる。 「おじさんもおばさんもね〜。昨日届けてくれた秋刀魚と茄子、今朝食べたよ。塩焼きと味噌汁にして。やっぱり秋は食べ物が美味しいね」 「秋の味覚は色々あるからね。また見繕って届けるよ。塩焼きと味噌汁なんて、カカシさんの好物じゃないか。知ってるのかい?」 実は好きな人だったりするのかな、とおじさんは笑う。 「あぁ、うん。たまに来るから、ちょくちょく話すんだ。カッコイイとは思うけど、私には別に好きな人がいるの。はたけさんはただのお客さんだよ〜」 じゃ、いつもありがと〜、とは店を後にした。 仕事の時間帯がずれているので、気の良い商店街の人達は、いつもの家まで、食材を届けてくれた。 買い物する時間のないには、有り難かった。 代金はいつも、仕事が休みの時にまとめて払っている。 仕事の時間帯が夜がメインなので、給料も良かった。 夕食は職場で食べる為、食費が浮くので、はお金の使い道が殆ど無い。 「今日は来るかな・・・」 の仕事場は、居酒屋だった。 酒酒屋の次に人気の店で、忍びも御用達だ。 一般家庭的な温かい雰囲気が好きで、ここで働くことを決めた。 何よりも、好きな人が時々来てるから。 この里の忍び。 独身で独り暮らしだから、よく仲間の人達と呑みに来る。 辛口のお酒が好きで、里一の酒豪だと聞く。 確かに、酔っぱらった所を見たことがない。 いつも、介抱役に回っていた。 そして、いつも決まって、かぼちゃの煮物を頼む。 大好物だと聞いた。 密かに練習中だったりする。 でも、なかなか上手く作れない。 料理は仕事で覚えたが、かぼちゃの煮物を、好みの味に作れないのだ。 店の料理職人にコツを何度も訊いてるのに。 上手くできたら、告白しようと思っている。 「は〜・・・いつになるんだろ」 彼は近所に住んでいる。 夏の、梅雨が明けた暑い日に知った。 夏のある日のこと。 は仕事が休みで、商店街に代金を払いに行って、そのまま買い物を楽しんでいた。 夕方、休みの日だけの普通の買い物をすると、八百屋のおじさんが、おまけ、と言ってスイカを丸ごとくれた。 「重いよ〜おじさん」 「あ、ゴメンよ。配達の時にすれば良かったね。置いてくかい?」 「ん〜、頑張って持って帰るよ。今日食べたいし。美味しそう。ありがと〜、またね」 んしょ、と重いスイカを提げて、帰路についた。 仕事柄重い物は持ち慣れてはいるが、やはり重い物は重い。 休み休み歩いてたら、人影が前を塞いだ。 「?」 「何やってんだ、」 「ゲンマさん・・・!」 高楊枝で悠然と立ち、呆れたようにを見下ろす。 の顔が、ぱぁっと明るくなった。 「どうしたんだ、そのスイカ。買ったのか?」 「え、ううん。おじさんがくれたの。美味しそうでしょ? 夏本番、って感じで」 「重いだろ。持ってってやるよ」 貸せ、とゲンマはからスイカを手に取った。 「わ〜、流石男の人は力持ち〜」 「こんなモン重いうちに入らねぇよ。今日は仕事休みか?」 「うん。八百屋のおじさんが、今年はかぼちゃが良い出来だって言ってたから、またいつでもウチの煮物食べに来てね」 ドキドキしながら、は嬉しさが込み上げてきた。 「おぅ。オマエんトコの店の煮物は、木の葉の店のトップスリーに入るな」 スイカを抱え、楽々とゲンマは歩いていく。 はその隣を軽快に歩いていた。 「え〜、ベストワンじゃないの?」 「行きつけの定食屋のも美味いんだ。ベストワンは、オレの手作りかな」 「何それ〜。店じゃないじゃない!」 けたけた、とは笑う。 ゲンマもシニカルに笑っていた。 「ゲンマさんの手作りか〜、食べてみた〜い」 美味しいんでしょ、とゲンマを見上げる。 「じゃ〜今度店の厨房使わせろ。作ってやるよ」 呑みに行ったら、とゲンマはくわえ楊枝で言葉を紡ぐ。 「ほんと〜?! わ〜いv」 ゲンマは、が教えなくても、スイスイとの住むアパートに向かって歩いていった。 「私もね〜、コツ聞いて何度もチャレンジしてるんだけど、好みの味にならないんだよね。何がいけないんだろ?」 「オレは伊達に年輪重ねて試行錯誤してねぇんだよ。プロだって、何年もかけて自分の味を見つけてるんだ。まだ若ぇオマエがそう簡単にできるか」 「ちぇ〜。すぐ子供扱いする〜。もう21だよ! そりゃ・・・独り暮らし始めて料理やり始めたばかりだけどさ・・・」 ブツブツ呟くに、ゲンマは思う所あるようにを見遣ったが、何も言わず黙っていた。 そうこうしてるうちに、のアパートの前までやってきた。 ゲンマは階段を上がっていく。 「アレ? 私ゲンマさんにウチここだって言ったっけ?」 「それより、オマエスイカ丸ごと貰ってきて、独り暮らしだろ? どうするんだ? 食べ切れねぇだろ? 友達でも呼ぶのか?」 「ん〜、私、友達っていないんだ。店の同僚と、お客さんと、商店街の人達しか知り合いいないし」 「1人で食う気か? 腹壊すぞ」 玄関の前まで来て、は鍵を取り出した。 「スイカ好きだから平気v」 「つったってな・・・」 限度があるだろ、とゲンマは息を吐く。 「ゲンマさんはスイカ好き?」 「ん? あぁ、まぁ、“瓜”と付く物は何でも好きだ」 「キュウリやニガウリも?」 「あぁ」 「あ〜、よく注文してるっけ・・・」 酢の物とか炒め物とか、とは思い出す。 「じゃ、オレはここで。報告書を提出しなきゃならんからな」 そう言ってゲンマはスイカを差し出す。 「それって急ぎ?」 「今日中には提出しなきゃならねぇよ」 「じゃ〜さ〜、ウチで一緒にスイカ食べてってv」 「それはいいが・・・半分も食えねぇぞ」 「大丈夫だよ〜。入って入って。散らかってるけど」 通された部屋は、が言う程散らかってはおらず、女性らしい、可愛らしい部屋だった。 「あのな〜、男をほいほい簡単に入れんなよ」 「え〜? ゲンマさんってそういう危ない人なの?」 「いや・・・」 「でしょ? いくら私が世間知らずでも、毎日色んな人接客してれば、人となりは分かるつもりだよ」 さ〜スイカ割ろ〜、とはまな板の上にスイカを置き、包丁を手に取った。 「女には力がいるだろ。貸せ。オレがやるよ」 「へ〜っ、優し〜い。ありがと〜」 はニコ、と微笑んでゲンマの包丁さばきを覗き込んだ。 「取り敢えず半分割って切るか?」 「全部切っていいよ。残ったらお皿に載せてラップして冷蔵庫に入れるから」 切れてる方が場所取らないし、とはスイカを載せる皿を用意した。 「え〜と、後は種を入れるボウルね・・・」 スイカ丸ごとの切り身は、並ぶと壮観だった。 「美味しそ〜っ。夏っていいよねっ。大好きv」 「とても2人だけで食う量じゃねぇな・・・」 「大丈夫っ。ゲンマさん、結構大食いでしょ? 私も食べる方だし、食べきれるって」 「マジでオレ達だけで平らげる気かよ・・・」 はぁ、と息を吐いてゲンマはテーブルの前に腰を下ろした。 「いっただっきま〜すv」 手を合わせて、は元気よく食べ始めた。 ゲンマも、それに倣って食べ出す。 「ん〜、あっま〜いv 美味し〜v 幸せv」 「あぁ、アタリだな。うめぇよ」 シャクシャク、プップッ、と次々と2人は平らげていく。 「オマエ、ホント美味そうに食うよな。見てる方も気持ちいいぜ」 言ってゲンマはハッとしたが、は気にも留めていないようだったので、安堵した。 「だってホントに美味しいんだも〜んv 人間、美味しい物食べてる時が一番幸せじゃない」 「ま、確かにな。一理ある」 「ゲンマさんのガツガツバクバク食べてるのも、見てて気持ちよくなるよ。美味しそうに食べてくれてるな〜、農作物に感謝しながら食べてるな〜、って」 濡れた口や手をタオルで拭いて、続きを食べる。 「そりゃま、な。食いモン粗末にしたら、罰が当たらぁ」 結局、2人だけで全部平らげてしまった。 「は〜、食った食った。当分スイカはいらね〜」 トイレ行ったら血尿まがいのモンが出るんじゃねぇか、とゲンマはの出してくれた濡れタオルで手を拭いた。 「あはは。美味しかったねv ゴチソウサマでしたv」 「さて、と。ご馳走になったことだし、オレは報告書提出しに戻るぜ」 片付け手伝おうか? とゲンマは千本をくわえながら動き回るを見遣る。 「い〜よい〜よ。仕事で慣れてるから。それより今日はありがとv」 はゲンマを見送りに、玄関に向かう。 「礼を言われる程大層なことはしてねぇよ。また店でな」 「あっ、ね〜ね〜ゲンマさん」 「あ?」 帰ろうとしたゲンマを、は呼び止めた。 「何だ?」 「何でウチ分かったの? 教えてないよね?」 きょろんとした大きな瞳で、はゲンマを見上げた。 「あ〜・・・。別にストーカーじゃねぇからな」 ゲンマは、息を吐いて頭を掻いた。 「ゲンマさんならいいよv」 ニッ、とは歯を見せて笑う。 「バ〜カ」 シニカルな笑みで、コン、と軽くの頭に触れた。 「ねぇ、何で?」 「オレん家、そこなんだよ」 そう言ってゲンマは、の住むアパートの真向かいのアパートを指した。 「え? 向かいなの? どの部屋?」 「そこのオレンジのカーテンが掛かってるトコが、オレの部屋。風呂上がりに部屋で小説読んでると、オマエが帰ってくるのが見えるんだよ」 「な〜に〜? 真っ正面じゃない! 何でもっと早く言ってくれなかったの〜?」 こんなに近所だなんて〜、とは驚いて目を見開いた。 「知ってどうする気だよ」 「安心して、夜這いはしないよv」 「夜這・・・って、あのな」 「冗談v 作った料理の味見してもらえるかなって」 特訓中だから、独り暮らしの先輩に、とは微笑む。 「味見・・・? 毒味か?」 「あ〜、ヒッド〜イ」 ぷぅ、とが膨れるので、ゲンマはシニカルに笑いながら、悪ィ、と言ってポン、と頭を撫でた。 「っと、そろそろ行かねぇとな。じゃ〜な」 「またね〜!」 笑顔でゲンマを見送って家の中に戻ると、はニンマリとした。 「そっか・・・こんなに近くだったんだ・・・あそこの商店街が常連さんだって言うからここに住んでみてラッキーv 欲を言えば、同じアパートに住みたかったけど、まぁ、いいよね」 そう、はゲンマが好きだった。 明朗快活で人懐っこい為、臆せずに接する。 の人柄に惹かれて集まってくる為か、それなりに知り合いは大勢いた。 友達と呼べる人物はいなかったが、それでもは、毎日が楽しかった。 あれ以来、ゲンマが屋内執務で定時で帰ってきている時は、が仕事から帰ってくると、部屋から手を挙げて、お帰りの合図をしてくれるようになった。 任務でいない時、部屋に灯りがついていない時、はちょっと寂しかったけど、何となく特別な関係みたいで、嬉しかった。 「木の葉に来て良かった・・・!」 春に今の店で働き始めた。 その明るい性格で、すぐに客とも打ち解けた。 ゲンマはその頃からずっと優しかったが、スイカの一件以来、一層、優しくなった気がした。 「もっと料理上手くならないとな〜。うん、ガンバロ!」 夜になって、店も混み出してきた。 予約の一般客が、祝い事とかで、刺し盛りやら、豪華な料理のコースを注文していた。 職場の集まり、という感じだった。 「いいなぁ、こういう賑やかな雰囲気。皆楽しそうだし」 ニコニコとしながらも、は切り盛りに追われた。 「一日遅れだけど、誕生日オメデト〜!」 盛大に乾杯が行われる。 「そっかぁ、誕生日かぁ。多分、当日は家で祝ってもらって、それで今日職場の人が祝ってくれてるんだ。忍びの人もそういうことするかな?」 噂をすれば何とやら、忍びの人達が来店した。 「いらっしゃいませ!! 2名様ですか?」 特別上忍の、ライドウとアオバだった。 「よ、。後からまだ来るんだ。予約してないけど、座敷空いてる?」 「え〜っと、えぇ、8人部屋なら空いてますけど」 「いいよ、そこで。急だったから大勢は集まれないし」 「やっほ。空いてるって?」 背後から、女性の声がした。 特別上忍のアンコと中忍の紅。 紅は、もうすぐ上忍になると言う話だった。 「あ、いらっしゃいませ! いつも有り難う御座います」 「空いてるってよ。アスマとガイはまだか?」 座敷に通された面々は、思い思いに座っていった。 は取り敢えず4人分の箸とおしぼりとお通しを並べていった。 「アスマは報告書に手間取ってるみたい。すぐ来るでしょ」 「ガイはね〜、何か今年受け持った部下にかなり熱入れしてるらしくってさ、個人指導で忙しいから来れないって」 ありがと〜、とおしぼりで手を拭く。 「へっ、アイツは熱血好きだからな。青春だ〜っ!って叫んでそうだぜ」 遅くなった、とアスマが鴨居をくぐる。 「何だ、主賓がまだかよ。相変わらず遅刻好きだなオイ」 「アレ? ハヤテも来るって言ってなかった?」 「あぁ、ゲンマの仕事手伝ってるよ。火影様から仰せつかった、機密書類の整理。そのうち2人も来るだろ」 このメンツでゲンマさんは来ないのかな〜と思いながらアスマにお通し類を出していたは、ライドウの言葉を聞いて、ほわんと胸が温かくなった。 『わ〜い、来るんだ〜v』 「で、肝心の主役はいつ来るやらね」 はぁ、と息を吐いて気だるげにお通しに口を付けるアンコ。 「ま、長期任務からやっと帰ってきたんだ。寄りたいトコもあるだろ」 アスマの言葉に、皆が頷いた。 「先に始めてようぜ。居酒屋で顔つきあわせて、ただ喋ってるのも馬鹿くせぇしな」 「〜、注文いいか〜?」 「あ、ハ〜イ」 思い思いに酒を注文し、単品料理もいくつか注文した。 「、予約してないけどさ、フルコース頼めるか? この店自慢のヤツ」 「え〜っと、調理場に確認してきますね」 「主役が遅刻魔だから、少しくらい遅くなっても構わないぜ」 「分かりました〜」 ひとまず先の注文を告げ、料理人に尋ねる。 「大丈夫です〜。ちょっとお時間頂きますけど」 「い〜よい〜よ。酒とつまみで適当にやってるからさ」 「無理言ってすまないな」 「い〜ですよぉ。お得意さんだもん。お酒、すぐにお持ちしますね〜」 酒が大分進んだ頃、忍びが2人やってきた。 「悪ィ、遅くなった」 「どうもすみません・・・ゴホ」 「お〜ぅ、お疲れさん。主役もまだだからよ。好きにやってるぜ」 「ゲンマもハヤテも座って〜。〜! 注文お願い〜」 「ハ〜イ! あ、ゲンマさん!」 お品書きを眺めているゲンマが目に入り、はぱぁっと笑顔全開になる。 ゲンマとハヤテは、揃って酒を注文した。 「つまみも何か注文しろよ。フルコース頼んでるけど、主賓と同じく遅くなるからな」 「何だよ、あの人また遅刻かよ。営業時間内に来るんだろうな?」 「流石にそれは大丈夫だろ?」 「じゃ〜オレ、かぼちゃの煮付けな。それでいい。ハヤテは?」 「私はかぼちゃはちょっと・・・お通しだけで今はいいです」 「好き嫌いしてっから体調悪くなんだよ。細っこい身体して、何でも食えってんだ」 「それは無理ですね・・・」 「じゃ〜適当にテーブルの上の勝手に食べて良いわよ」 「どうも・・・ゴホ」 お酒と合わせて、かぼちゃも一緒に出された。 「オイ、えらく早いな」 「それにてんこ盛り! ハロウィンにはまだ早いわよ〜」 「えへ。ゲンマさん来るって聞いてたから、先に用意始めてたの」 大盛りはサービスね、とは微笑む。 「そりゃ気遣いサンキューな、」 ゲンマは酒を飲むより先に、ひょいっとかぼちゃを口に放り込んだ。 「お、うめぇ。今日のはいつにもまして良い出来だな。オラ、ハヤテも食って栄養付けろ」 「え〜、それは嫌です〜」 酒もかなり進み、皆大分出来上がってきていた。 ゲンマだけが、けろりとしたいつもと変わらない表情で、ガンガン空けている。 「あの〜っ、フルコースの方、出来てきましたんで、空いてる食器片付けますね〜」 テキパキと、は働いた。 「や〜、若いっていいよなぁ。元気ハツラツで。疲れなんて知らないんだろうな〜」 虚ろな目で、ライドウはを眺める。 「ちょっと、オヤジ入ってるわよ、ライドウ!」 「だってよ〜、オレもう30だぜ? オッサンだっての。23のアンコや22のハヤテとは違うんだよ」 「は21だっけ? 若くていいやな。毎日楽しいだろう」 「勿論! 美味しい物食べて元気モリモリですよ!」 「がここで働き始めてもうすぐ半年か。すっかり看板娘だよな」 「可愛くて器量よしで、男がほっとかないだろ? 彼氏が一杯いるんじゃないか?」 「えへへ。言い寄ってくる人は一杯いるけど、彼氏はいないです」 「何で〜? いいの見繕って付き合えばいいじゃん。彼氏いないで、何が楽しいのさ」 若い女のコが、とほぼ酔っぱらいのアンコは不思議そうに尋ねる。 「女には、色々あるんですよ。そういうアンコさんこそ、いないんですか?」 「ダ〜メダメ。弱っちいヤツばっかでさ〜。ロクなのいないいない」 へべれけで、ぶんぶん、と手を振る。 「へいへい、悪ぅござんしたね、ロクなのじゃなくて」 「けっ、こっちだって願い下げだ」 あはは、と笑いながら食器を片付け、メイン料理を運び始めたら、がらりと入り口のドアが開いた。 「ど〜も〜。遅くなりました〜」 きょろきょろと辺りを見渡しながら、カカシが入ってくる。 「あれ、はたけさんじゃないですか。主賓ってはたけさん?」 料理皿を手に、カカシを見上げる。 「や、ちゃんコンバンワ。久し振りだね。皆は奥?」 「そこの座敷ですよ。皆さんもう出来上がってますよ」 「ありがと、ちゃん。お待たせ〜」 そう言ってカカシは座敷に上がった。 「おっそ〜い!」 「主賓は最後っつったって、遅すぎだ!」 「ハハ、ゴメンゴメン。何か凄い料理運ばれてくるけど、もしかしてフルコース頼んだの?」 はどんどん料理を並べていき、慌ててお通しとおしぼりと箸をカカシの前に置いた。 は料理を運ぶのを中断し、カカシの酒の注文を聞く。 「あったりまえでしょ〜? アンタの為に皆集まってるんだから」 「悪いね」 急いでカカシの酒が運ばれてくる。 「じゃ、取り敢えずのメンツが揃ったってことで、乾杯な」 一斉に皆グラスを持ち上げる。 「じゃ〜カカシ、大分遅れたけど、ハッピーバースデー!」 おめでと〜、と全員がグラスをつき合わせる。 「ありがと〜皆。わざわざ集まってくれて」 料理の続きをは並べた。 『へ〜、はたけさん誕生日だったのか〜。秋刀魚や茄子が好きだもんね、らしいって感じ』 メインディッシュも並べられ、一斉に皆食べ始めた。 は下がり、他の客の対応に追われる。 『そう言えば、ゲンマさんって誕生日いつだろ? かぼちゃが好きだから、これからって気がするなぁ。10月末とか? 後一ヶ月だよね。誕生日プレゼントあげたいなぁ。何がいいかなぁ・・・手料理も用意して、ついでに私も食べて、とか・・・なんちゃって〜〜〜っ!!』 きゃ〜っ、とは叫びながら、同僚や客に怪訝に思われながら、駆け回っていた。 『忍びの人でも、誕生日祝いってやるんだなぁ。そう言えば何ヶ月か前、紅さんの祝い、とかいうのあったっけ・・・それだったんだ・・・』 は座敷に、空いた食器やグラスを下げに行った。 「・・・が次だったんだよな。先月終わりがオレで、今月初めがアオバだったろ。後はこれからか」 「そ〜ね」 「アレ? 並足さん達の時にも、お祝いしたんですか?」 違う店? とは尋ねた。 「あ〜、休みでいなかったんだっけ。オレとアオバ誕生日近いから、今月の始めにまとめてやったんだよ。当日とかは出来なくってな。にも祝って欲しかったな〜」 「じゃ、改めて。お誕生日おめでとう御座いますv」 ニコ、とは極上の笑顔を見せた。 「サンキュ〜。も祝杯上げようぜ」 カカシの祝いだから無礼講だ、とライドウはかなり出来上がっている。 「えっ、私は仕事中ですから・・・」 「やめろ、ライドウ。絡んでんじゃねぇ」 淡々とゲンマは吐き捨てる。 「代わりにちゃん、お酌してv お誕生日オメデト〜v って」 地酒をちびちび飲んでいたカカシも、結構強かった。 ニッコリ微笑んで、手招きされる。 「えと・・・;」 「カカシ上忍。そういう店じゃないんですよ。、片付けたら引っ込め。絡まれるだけだぞ」 「あっ、ハイ!」 酒の席では、ホントに誰もゲンマに勝てなかった。 『さっきの話の感じだと、ゲンマさんもまだなんだよね? 誕生日。お祝いしたいなぁ・・・』 ライドウ達の会話を全て聞いていなかったは、ゲンマの誕生日はまだだと思い込んでしまった。 カカシの誕生日祝いの宴は、閉店時間まで盛り上がっていた。 時折寄るにも絡み、その度にゲンマに窘められていた。 会計の伝票を置きに行き、戻る途中、トイレから戻ってきたゲンマと出くわした。 「悪ィな、騒がしくて」 「ううん。日頃の憂さを晴らしたくて皆呑みに来るんだもん。気にならないよ」 慣れてるから、とは微笑む。 「アイツら大分悪酔いしやがって、に絡んでばっかりいたしな。気ィ悪くしてねぇか?」 「そんなことないよ〜。皆のこと好きだもん。構ってもらえて、楽しいし嬉しいよ」 ゲンマさん優しいね、ありがと、とは微笑む。 「だけどな・・・」 「気にしないでってば」 「後で何か詫びさせるから」 「いいってば。あ」 は、ピンと来たようにパッと明るい笑顔を見せた。 「何だ?」 「えへへ。皆忙しいだろうから、皆の代わりに、ゲンマさんがまとめてやってくれる?」 「あ? 何をだ?」 「別に気にしてないから良いんだけど、ゲンマさんが気にしてるみたいだから、皆に詫びさせるって言うのを、ゲンマさんが代わりにv」 「何でオレが・・・」 「だって、皆何も悪いコトした訳じゃないし? いいでしょ?」 「別に構わねぇが・・・何すりゃいいんだ?」 「今度のお休み、デートしてv」 食い倒れツアー! きゃあv とは拳を突き出す。 「オレは非番なんてそうねぇよ。他のことにしてくれ」 「夕方からでいいって。私も仕事夜遅いから、昼間は部屋の片付けとかもしたいし。だから、私がお休みの日で、ゲンマさんが夕方上がれる日。ダメ?」 「ま、それならいいよ。じゃ、仕事大変だろうが、頑張れ」 「うん。やったぁ!」 無邪気だね、とゲンマは呆れたように笑った。 「聞いちゃったv」 ゲンマが会計に向かった後、背後からアンコの声がした。 「アンコさん!」 「ナニナニ〜? ゲンマとデートすんの? そんで良いムードに持って行って告白? 頑張れ〜、v」 「えぇっ、アンコさん、気付いてたんですか?!」 は赤くなって、目を泳がせた。 「アンタがゲンマを好きだって事? あったりまえじゃない。態度違うモン。ゲンマだって、まんざらじゃない筈よ。あたしらなんてけちょんけちょんのくせに、には優しいもんね〜。脈アリと思って良いわよ、」 ウリウリ、とアンコはの肩を組んで豊満な胸をつつく。 「ホ、ホントですか?! よ〜し、頑張っちゃう!」 ワイワイと話してたら、仕事中だと言うことをすっかり忘れ、慌てて仕事に戻った。 『ホントかな・・・だったら嬉しい・・・!』 数日後。 夕方、アカデミーの前で待ち合わせ、とゲンマは夜の繁華街に出掛けた。 「ね〜ゲンマさん。デートだから、腕組んでいいよね?」 にぱ、とはおねだりする。 「好きにしろ」 「やったv デートデート♪」 くるん、とゲンマの腕に絡み付いて、羽が生えているかのように軽快に歩く。 まずはゲンマ行きつけという定食屋でかぼちゃの煮物を食べた。 「う〜ん、確かに美味しいわ・・・コレよりゲンマさん手作りの方が美味しいの? 益々食べてみた〜い」 「じゃ、今日帰りにウチ寄れよ。作り置きがある」 「わ〜いv」 が映画が観たいというので、丁度上映していたアクション映画を観た。 次は遊技場に行って、ゲームを楽しんだ。 は始終楽しそうにしているので、ゲンマも気分は悪くなかった。 「食事はやっぱりウチの店でしょ〜!」 「レストランとか行かなくて良いのか?」 「お客になってみたかったの!」 「ま、オマエがそれでいいんならいいけどな」 店に入ると、同僚達にからかわれた。 えへへ、とは嬉しそうだった。 カウンターに並んで座り、はメニューを開いた。 「どれにしよっかな〜。呑んでみたいの沢山あるんだよね〜v」 悩んでいると、ゲンマが注文した。 「オレはいつものな。にはウーロン茶。料理は、お任せコースで、後かぼちゃの煮物」 「え〜っ、何で私ウーロン茶なの?! お酒呑む〜!」 ぶぅ、と膨れながら、甘口のカクテルの名を叫んだ。 「大人のオレが一緒で、未成年に酒呑ませられるか」 店員達に聞こえないようにゲンマの呟いた言葉に、はぎくりとした。 「な、何言ってるの、ゲンマさん。私、21だよ。もう成人してるよ。だからお酒・・・」 「・・・オマエ、いつまでオレに嘘ついている気だ?」 は、口を噤んで下を向いた。 ゲンマの鋭い視線が、突き刺すようにを射抜いていた。 「ごめんなさい・・・ホントは・・・19・・・」 ったく、とゲンマは息を吐く。 「何で年齢ごまかしてるんだ? ガキが背伸びしたい気持ちは分からなくもねぇが・・・」 「だって・・・未成年だと、居酒屋で働けないでしょ? この店に初めて来た時、家庭的であったかくって、こういうトコで働きたいな〜って思ったの。私ってあんまり年齢通りに見られないから、大丈夫だって思って・・・」 「これまで酒を呑んだことは?」 「無いよ。だから、早く大人になりたくって・・・ゲンマさんとお酒呑みたいって思って・・・」 しゅんとして、は言葉を紡ぐ。 「ガキのうちは身体や心の成長の妨げになるから、酒の摂取を禁じられてる意味は分かるだろ。後一年じゃねぇか。それまで我慢しろ」 「・・・うん・・・」 そうこうしていると、飲み物も料理も運ばれてきた。 「さ、食おう。今日はお客様だ。同僚達を顎で使ってやれ」 「あ〜酷いな〜ゲンマさん。〜、難しい注文はすんなよ?」 運んでいる店員が、けらけら笑う。 「よし、食べる! じゃんじゃん持ってきて!」 パシッと両頬を叩いて、は気分一新、料理に口を付けた。 「ゲンマさ〜ん、って結構大食いだから、気を付けた方がいいですよ」 「知ってるよ。夏にスイカ2人で丸ごと食ったしな」 「スイカ丸ごと?! 2人だけで?! げぇ〜っ」 「ゲンマさんも大食いだもん。大食いカップルなの!」 頬を膨らませたの言葉に、ったく、とゲンマは呆れながらもシニカルに笑い、つられてガツガツ食べ始めた。 「7つも離れてりゃ、どっちかっつ〜と年の差カップルだろ? ゲンマさん、こんなオコチャマでいいんですか?」 「オコチャマって言うな〜!」 「オレは兄貴みてぇなモンだよ。ふらふら落ち着きのない妹を見守る気分さ」 「落ち着き無くて悪かったね〜!」 も〜、ヒッド〜イ、とプンプンとは怒りながら食べ尽くしていく。 「今日はデートなんだから、恋人扱いしてよ〜」 「はいはい」 ゲンマが、散策範囲の広くないに木の葉の名店をいくつか話すと、は、仕事中に見た呑みの席の珍騒動を話して、楽しく盛り上がった。 はウーロン茶を不満がってはいたが、雰囲気で酔ったように、ご機嫌だった。 「ね〜、ゲンマさんって誕生日いつ? お祝いしたいな〜」 「あ? この間終わったぜ」 「えぇっ?! もう終わってるの?! うっそ〜〜〜!!」 そんなぁ、とは頭を抱えた。 「かぼちゃが好きだから、これからだって思ってたのに・・・」 「ハロウィンとオレのかぼちゃ好きは関係ねぇよ」 「ちぇ〜っ、折角ぱ〜っとお祝いしたかったのに・・・いつだったの? 最近?」 「7月だよ。2ヶ月ちょっと前だな。・・・あぁ、オマエとスイカ食った日だ」 ライドウ達がここで祝ってくれた、と続ける。 「え〜っ?! じゃあ、何でその時言ってくれなかったのぉ?! お祝いがスイカなんてぇ! ガ〜ン、ショック〜〜〜;」 「別にオレはアレで充分だったぜ。スイカ美味かったし」 「でも〜〜〜」 色々考えてたのに、とは沈み込む。 「気持ちは受け取るよ。サンキュ〜な、」 くしゃ、とゲンマはの頭を撫でた。 は暫くショックが尾を引いていた。 と交代でトイレに行って戻ってくると、ゲンマは突っ伏しているを目にした。 「オイ、? 疲れたのか? もう帰るか?」 肩に優しく触れ、低い声で呟く。 「も〜、ゲンマさんの声ってセクシィ〜v 腰に来ちゃう〜v」 の目が、虚ろだった。 ほんのり頬が朱に染まっている。 「オマ・・・ッ、何呑んだ?!」 殆ど残っていないのグラスを奪い取ってクィッと口に含む。 「甘・・・っ、酒呑んだな! あれ程ダメだって・・・」 「あれ〜〜〜??? 何か天井が回る〜〜〜」 酒に免疫のないは、カクテル一杯で酔っぱらってしまった。 「ゲンマさ〜ん、抱っこv」 ご機嫌で、えへらえへらとはゲンマに抱きつく。 「ったく、しょうがねぇな。おあいそ頼む!」 ゲンマにおんぶされて、は帰路についた。 はしっかりとゲンマにしがみついている。 「、気持ち悪くねぇか?」 背中のにゲンマは尋ねた。 「ゲンマさ〜ん、ダ〜イスキv ・・・大好きだよぉ・・・」 むにゃむにゃ、とは半分眠りの淵に落ちていた。 ゲンマは、何も答えず、ただ歩いていた。 秋の夜空は、月が高い。 「大分遅くなっちまったな・・・、鍵出せよ。もうアパートまで来たぞ」 「ん〜〜〜、ゲンマさんの煮物〜〜〜」 「余計なこと覚えてやがるな。そんな状態で味が分かるか」 「ゲンマさんのお家に行きた〜い!」 の熱い吐息が、ゲンマの首筋にかかる。 「ったく、悪酔いしやがって。ほら、着いたぞ。鍵」 出せよ、とゲンマはを下ろす。 「ゲンマさんのお家〜」 「今度な。煮物も今度にしろ。ちょっといいか・・・」 ゲンマはのバッグを漁って鍵を取り出した。 のアパートの部屋の鍵を開け、ゲンマはを抱き抱えて中に入った。 暗がりの中、月明かりを頼りにをベッドに寝かせる。 「水飲ませた方がいいな・・・」 ゲンマは台所に行き、グラスを探した。 見つけて手に取ったその時。 が背後から抱きついてきた。 「おい、・・・」 「ゲンマさん・・・大好き」 「分かったよ。酔っぱらってるな。水飲んで目ぇ覚ませ」 「口うつしで飲ませてv」 「何言ってんだ。ほら、飲め」 蛇口を捻って水道水を注ぎ、に持たせようと振り向く。 「ゲンマさん、大好きだよ。ずっとずっと好きだったの。もしゲンマさんが私のこと嫌いじゃなかったら・・・キスして」 はゲンマの忍服を掴み、目を閉じて口を突き出した。 ゲンマは暫し考え込む。 はドキドキしながら、ゲンマを待った。 確かに酔った勢いだった。 でも、これが本音。 本当の、気持ち。 ゲンマが覆い被さったのが、月明かりが影になって分かった。 その時、おでこが何かで弾かれる。 はうっすらと目を開けた。 目の前にあるのはゲンマの手。 「・・・デコピン?」 不満そうに、はゲンマに抱きついた。 「ゲンマさん、私、本気だよ! 自分に嘘はない! ゲンマさんになら全てを許せるの! お願い! ・・・抱いて」 甘い声で、は懇願する。 「ガキが生意気言ってんじゃねぇよ」 ポンポン、とゲンマは優しくの頭を撫でる。 「19は子供じゃないモン! れっきとした女だよ!」 「28のオレからしたら19なんてガキだよ。さ、水飲んで寝ろ」 「ヤだっ」 ふぅ、とゲンマは息を吐く。 「木の葉に来て半年近く、世間ってモンを色々学んだのは分かるが、然るべき身分のオマエがそんな風に自分を乱暴に扱うなよ」 腕の中のを優しく抱き締め、諭すように言葉を紡いだ。 「え・・・っ」 はドキリとする。 「ゲンマさ・・・何で知っ・・・」 「火の国の名のある大名の姫君が、自分を粗末に扱うんじゃねぇよ。の大名と言えば、高位の身分だ。そんなオマエを、一忍びでしかないオレがどうこう出来る訳ねぇだろ?」 ゲンマの低い声が、の頭上に柔らかく響く。 「・・・いつから知ってたの? 私のこと・・・」 「初めて店で会った時から分かってたよ。10年くれぇ前、暗部にいたオレは、戦争から大名家を避難させる時、の家の担当だった。明朗快活な笑顔と利発そうな眼差しは、あの頃から変わってねぇよ、10年経ってもな」 「気付いてたの? 私があの時助けられた姫だって・・・じゃあ、何で言わなかったの?」 「オマエが年齢もごまかしてたから、何か理由があるんだと思ったんだ。の姫君は、大層美しく気品に溢れているが、何かにつけ家出しては、庶民の店の手伝いをしたりして、庶民に慕われてはいたが執事達に怒られている、って有名だったからな」 「嘘・・・っ」 かぁっ、とは赤くなる。 下を向いたまま、は口を開いた。 「・・・10年前の戦争のあの時、怯えてた私も安心させようと、ゲンマさん面を取って私のこと宥めてくれたでしょ? その時の優しい顔と、腕の中の温かさが忘れられなくって、ずっと私の中にいたの。名前はあの時仲間の人に呼ばれてたから分かったけど、暗部は全て極秘だから、子供の私にはどうしようもなくって。上層界の教育を受けながら、年々ゲンマさんの存在は私の中で大きくなっていったの。色々お転婆したりして気を紛らわせていたけど、もう我慢できなくなって、家出して木の葉に来たの」 淡々と言葉を紡ぎながら、最後にはしっかりとゲンマを見上げて瞳を見つめて言い切った。 「私・・・あの時にゲンマさんに一目惚れしたんだよ。子供のくせにって思うかも知れないけど、今でも気持ちは変わらないモン。・・・ゲンマさんが、好き」 大好き、と繰り返す。 「・・・」 きゅ、とはゲンマにしがみつく。 「・・・大名が、オマエのご両親が心配している。オマエはまだ未成年だ。学ぶことは沢山ある筈だ。家に帰れ」 をやんわりと引き剥がし、諭すように言い聞かせる。 「ヤだっ。ゲンマさんの傍にいたいの!」 「ダメだ。するべきことをちゃんとして、オマエにはオマエの世界がある。理解しろ」 「ヤだ・・・ヤだよ・・・ゲンマさん・・・」 ぽろぽろと、は涙を零した。 明るく気丈なが、初めて見せた涙。 「ゲンマさんのいない世界なんて・・・私には考えられないよ・・・お願い、傍にいさせて!」 ゲンマは天井を見上げ、ふぅ、と深く息を吐いた。 「・・・・・・」 思慮を繰り返す。 「とにかく、ひとまず家に帰ってこい。心配なさっているご両親に元気な姿をお見せするんだ。そして、本当に木の葉に、オレの傍にいたいと思うなら、両親を説得して、承諾を頂いてから来い」 「・・・無理だよ・・・」 「オマエの本気をぶつければ、最初は理解されなくても、いつかきっと分かって下さる筈だ。オマエのご両親なんだからな」 「そう・・・かな・・・」 「ただ、承諾を得られても、成人するまでは、ご両親の元にいろ」 けじめだ、と言いながら、ゲンマはの頬を伝う涙を指で拭った。 「ま、何年かかるか分からんがな」 ぽんぽん、との頭を優しく撫でた。 「そんなに待てない・・・」 「生き急いだってロクな事ねぇぞ。親孝行くらいちゃんとしろ」 「ん・・・分かった・・・」 ゲンマはくわえていた千本で指先を切って血を流すと、口寄せの術で小鳥を呼び出した。 目で合図すると、小鳥は頷き、外へ飛んでいく。 「え・・・?」 「オマエの家に知らせにやった。まぁ、半年前にはもうオマエが木の葉にいて無事に暮らしてることを知らせておいたから、今まで呼び戻しに来なかったって事は、多分理解してもらえるだろうとオレは思う」 「嘘・・・家に知らせてたの・・・?」 「あぁ。ちょくちょく、様子を知らせていた。木の葉の特別上忍としては、オマエを預かってる責任があったからな」 火影様もご存じのことだ、と続ける。 「明日にも、迎えが来るだろう。店にはオレが上手いこと言っておく」 「そ、そんな急に・・・!」 「事は早い方がいい。大名も心配なさっている」 ゲンマは矢継ぎ早に印を結んで、に触れた。 気が遠くなっていく。 「ヤだ・・・ヤだよゲンマさ・・・」 意識を失ったをベッドに寝かせ、頬をスッと撫でると、ゲンマは部屋を出て行った。 翌朝、目が覚めると、もうゲンマは任務に出ていて、いなかった。 呆然としていると迎えの使者が来て、簡単に荷造りすると、輿に乗れという使者の言葉を断り、歩いて木の葉を後にした。 テーブルに残っていたメモ。 “立派なレディになって戻って来いよ” はもう泣かないと決めた。 大好きなあの人に、もう一度会う為に。 そして、もう離れない為に。 の冒険譚は、第二楽章へと進んだ。 END. 24642番、千妃炉様のキリリクでした。 |