【西瓜3―現実―】 「姫様! お待ち下さい!」 「よく言うでしょ? 待てって言われてホントに待つヤツはいないって。すぐ戻るからぁ〜〜〜」 きらびやかな装束を脱ぎ捨て一般人の服に着替えたは、執事の縋る声を無視して、街に繰り出していた。 「ふ〜っ。毎日毎日、窮屈で嫌になっちゃう。お買い物くらい1人でさせてよね」 街をぶらつきながら、ブツブツ呟く。 ファッション雑誌を買ったり、ゲンマが好きだという時代物小説のシリーズを買ってみたり、邸での生活では手に入らない物をあれこれと買って回っていた。 「ま、こんなモンでいっか。気分は晴れたしね。よっし、ウチに戻ったら、厨房借りてかぼちゃの煮物作ろうっと。ウチの料理人のも美味しかったから、コツ教わらなくっちゃ」 ふんふん、と鼻歌交じりに街を歩く。 そして街並みを見て思い出す。 「クリスマス・・・夢の中でゲンマさんと歩いた通りだぁ・・・」 映画館、展望レストラン、観覧車。 アレは夢だった。 ゲンマが見せてくれた夢。 でも、街並みも店も、全て現実にある物。 通りを歩く人も。 あの時確かに、はゲンマとこの通りを歩いていたのだ。 夢の中だったけれど、そこにいた。 「流石ゲンマさん、優秀なだけあるなぁ・・・」 本当に幸せだった。 かぼちゃのキャンドルもメッセージカードも、大事に部屋に飾ってある。 「お返し・・・したいなぁ・・・会いたいよ・・・」 邸に戻ってきて、部屋のソファでくつろぎながら、買ってきた雑誌を開く。 「ゲンマさんって、忍び装束以外って、どんなの着るんだろ? 夢の中の正装姿しか見たこと無いけど、何でもオシャレに着こなしそうな気がするなぁ。右に倣えな真似とかしないで、人と違うスタイルとか好きそうだよね。額当てがそう言ってるよ」 そして特集に目をやる。 「あ、もうすぐバレンタインか! 通りで街がピンクやハートだらけだった訳だ。わ〜、ゲンマさんにチョコあげた〜いv 手作りハート型よね、やっぱ! それともかぼちゃ型? なんてね〜」 バレンタイン特集を読んでいて、無性にゲンマに会いたくなった。 来月の14日。 乙女の一大イベント。 「ゲンマさんに手作りチョコ渡して、も一回ちゃんと告白したいよ〜。会いに行きた〜い! でも・・・ダメなんだろうなぁ・・・あ〜ぁ・・・」 ふと窓の外を見る。 クリスマス、そこに大きな鷹がいた。 多分、ゲンマが送った鳥。 「また来てくれないかなぁ・・・」 でも、どうせなら手渡ししたい。 会えないと分かって尚、は恋い焦がれた。 2月に入ると、何やら邸の周りは、やたらと警備が強くなった。 はいつものように抜け出そうとしたが、屈強な警護隊の者に、止められてしまった。 「何で出ちゃダメなの? ちょっと買い物してくるだけだよ」 は警護隊に、膨れて抗議する。 「大名様が悪しき輩に、お命を狙われておいでです。姫様も狙われます。どうか暫く、外出はお控え下さい。御用の向きは、我々が承ります」 「また? 懲りないヤツらが居るんだねぇ。だから大名の娘なんて嫌なのよ。こんなのばっかでさ。窮屈で自由はないし、命は狙われるし。普通の女のコに生まれたかったな」 でも。 そうしたら、もしかしなくても、ゲンマには出会えなかった。 「これが運命かぁ・・・」 ゲンマに会えたこと。 生まれついた身分で、これだけが唯一の救い。 でも、この身分が、ゲンマと自分を遠ざける。 「一般人だったなら・・・ゲンマさんは私の思いに応えてくれてたかな・・・」 たら・ればを言ってもしょうがないのは分かっている。 ゲンマが木の葉にいた自分に優しかったのは、姫という身分だったからなのか、“”だからなのか。 時々考える。 身分に関係なく、ゲンマに思われたい。 叶わぬと分かっていて、は願った。 命を狙われていようと、大名というものはやるべきことが山のようにある。 会合に、調印式に、式典に、パーティー。 家族揃って、という用向きも多い。 そんな中、家は、家族も共に、一週間程邸を離れることになった。 「週末から〜? ヤだ、バレンタイン被ってるじゃない。ゲンマさんにチョコ渡しに行きたいのに・・・」 木の葉に行ける状況じゃないのは分かっている。 会いたくても、会えない。 「ゲンマさ〜ん、会いたいよ〜〜〜」 チョコの材料とラッピングは、メイドに買ってきてもらった。 色々試作品を作って、いつでも渡せる。 でも、渡すことが出来ない、ハート型のチョコ。 何か良い方法がないか、は考えた。 ある日の夕食時。 広間で家族3人で食べながら、話題は間近に迫った週末の旅行に移っていた。 家が治める領域の視察、式典、会議、パーティー。 いくつかは、も出席せねばならなかった。 「・・・で、式典を妨害する輩がいるのでは、と報告がある。我々がその場へ行っては困る連中に、道中狙われる危険があるようだ」 の父は、静かに言葉を紡ぐ。 「危険な旅になるの? じゃあ、また木の葉に依頼する?」 はピンと来て、瞳を輝かせた。 「そうなるな。まぁ、戦争時ではないから、さほど難しい任務でも無かろう。だが、随行してもらうことになるが・・・」 「父上! 私、お願いがあるの・・・!」 危険が待っているというのに、はもはや自分の世界に浸っていた。 『やった・・・上手く行けば、ゲンマさんに会えるよ・・・!』 任務を終えて報告書を提出したカカシは、定刻まで、待機所で時間を潰していた。 イチャパラを読みながら、お茶を啜る。 本屋で貰ってきたチラシを脇に置き、ふと目をやる。 「イチャイチャシリーズ最新作、6月発売予定、か〜。後4ヶ月かぁ、楽しみ・・・」 くふふ、と胸がときめく。 そこへ、任務斡旋係がやってきた。 「いるのはカカシさんだけですか・・・」 「ん? ナニ?」 「緊急依頼なんですが、カカシさん、明日以降、何か任務入っていますか?」 「ん? イヤ、特には。明日来て、あるものから行こうと思ってたけど」 「じゃ、お願いしてもいいですかね・・・。危険度は、BランクからAランクの間くらいで、カカシさん程の忍びには何ら問題はないと思うのですが・・・。大名一行の移動行程に、従者に扮して警備に当たって欲しいという依頼です」 「大名を狙う輩がいるってことか。敵がゲリラか、忍びか、分からないってことね。いいよ。でも、1人ってのはちょっとなぁ。別に大丈夫だけど、せめてツーマンセルの方が良くない?」 「そうなんですが、生憎他の忍びが出払っていまして、今夜から来て欲しいとのことですので、なるべく信頼の置ける上忍を、との依頼なんですが、今はカカシさんしかいらっしゃらないようですので・・・」 「う〜ん。一行ってことは、行くのは大名だけじゃないの?」 「はい。ご家族もです」 「じゃ、尚更1人じゃなぁ。一小隊くらい必要じゃない? 何処の大名?」 「様です」 「へぇ」 ちゃんのトコか、とカカシは考え込む。 「・・・ねぇ。ゲンマ君は今任務?」 「は? ゲンマさんですか? えぇと・・・恐らく」 カカシは、に会わせてあげたいなぁ、と思った。 「里を離れてるかな?」 任務の依頼書を眺めながら、カカシは尋ねる。 「そこまでは・・・。でも、ゲンマさんと言えば、名指しで来てるんですよ。ゲンマさんが空いてたら、是非って。何かあるんですか? 様とゲンマさんって」 「イヤ何、昔家の警護に就いた縁でね。そっか。向こうもその気・・・っていうか、彼女がお願いしたのかな・・・。だろうなぁ・・・ゲンマ君、捜してみるかな。忍犬で」 そう言ったその時。 ガラリとドアが開く。 「任務完了だ。コレ報告書」 つかつかと入ってきたのは、噂していた、ゲンマ当人だった。 「ゲンマさん、良い所に」 「ゲンマ君! 噂をすれば何とやらだね」 「? 何です? オレが何か?」 報告書を提出すると、ゲンマは向き直った。 「ゲンマ君、この後暇?」 「はぁ・・・」 「じゃ、オレと一緒に一週間程旅行に行かない?」 「は? 何でカカシ上忍と旅行?」 ゲンマは怪訝そうに、カカシを見据える。 「というのは冗談で。大名の警備任務。これからすぐってことだから、旅支度して、30分後の門のトコに集合ね。内容は、行きがてら話すから」 「カカシ上忍とツーマンセルですか?」 「そ。じゃ、また後でね」 ゲンマは分からないながらも素直に受け、自宅に一旦戻った。 「え? 家一行の警備ですか?」 夕闇を歩きながら、ゲンマはカカシに聞き返した。 「そ。コレ依頼書ね。見て。確かに今、不穏だからね。何処其処の大名家が狙われてる、ってチラホラ聞くし。家は中でも力のある家でしょ。式典の妨害が目的みたいだから」 「確かに・・・そういう話は最近よく耳にしてますけど。敵はゲリラか忍びかも分からないんでしょう? いくらオレとカカシ上忍でも、2人で大丈夫ですかね? 一小隊はいた方が良いんじゃ・・・」 カカシから依頼書を受け取り、目を通す。 「そうだけどさ、幸か不幸か、皆出払ってたんだもん。ゲンマ君が戻ってきてくれて良かったよ。オレ1人になるトコだったから」 「の大名も、間の悪いというか・・・」 「でも、ゲンマ君名指しされてたんだよ。戻ってきたのは、運命のお導きだねっ」 月を明かりに、イチャパラを開いてカカシは笑う。 「名指し? ってまさか・・・」 「ま、十中八九どころか、100%ちゃんでしょ」 「ったく・・・」 「まっ! ちゃんの乙女心も分かってあげてよ。でも、現実を目の当たりにして、ショック受けないといいけど・・・」 「は分かっていないんですよ。オレに会いたい一心で、それは嬉しいですけど、現実は甘くないってことを、まだ理解できていないんですよ」 「何かフォロー考えておかないとね」 「ったく・・・分かっていれば、何か考えたのに・・・支度する前に教えて下さいよ」 何であそこで教えてくれなかったんですか、と抗議する。 「ゴメンゴメン。先に言ったら断るかなって思ってさ」 「断る訳無いでしょう。任務を。大罪ですよ」 「そだよね。それにしても、ゲンマ君と一緒の任務って、久し振りだよね。10年前の暗部の頃以来じゃない?」 「そうですね。今はお互い小隊長ですから、一緒の小隊になることはないですからね」 「あの時のちっちゃなお姫様が、あんなに綺麗になって・・・。この任務もちょっと思い出すね、それ。あの時と同じ大名家を、同じメンツで警護する、か・・・」 カカシが月を見上げたので、ゲンマもつられて月を見上げた。 「じゃ、気を付けていこうか」 2人は大名の邸に向かった。 夜も更けてきた頃。 はそわそわと、部屋を歩き回っていた。 今日、依頼の忍びがやってくる。 ゲンマに来て欲しい。 巧い具合に、ゲンマが来てくれるように、それを願った。 ゲンマに会いたい一心で、父親に請うた。 きっとゲンマが来る。 には、何故かそう思えた。 「姫様。木の葉の忍びの方がお見えです。お支度はお済みですか」 「ホント?! うん。今行く!」 ドキドキしながら、は謁見の間へ向かった。 ドアを開けると、丁度2人の忍びが、大名に挨拶をしている所だった。 そのうちの1人を見て、はぱぁっと笑顔になる。 「ゲンマさ・・・!」 チラ、とカカシとゲンマが顔を上げ、を見遣った。 が、無機質な、真摯な表情。 「・・・姫におかれましても、ご機嫌麗しく、・・・と存じます」 薄い唇から紡ぎ出される言葉は、聞き飽きた、形式的なもの。 『・・・え・・・?』 うまく聞き取れない。 ゲンマは、挨拶を終えると、再び大名に向かった。 「、其処に座りなさい」 はようやく思い知った。 木の葉に依頼をするということが、どういうことかを。 Aランクの依頼者と、受けた忍び。 大名の娘である自分。 軽々しく口を利ける筈もない。 打ちのめされた気分だった。 カカシはの気持ちが痛い程伝わってきて、痛々しくを見て、ゲンマに目をやったが、ゲンマは静かな無表情だった。 大名の話は続く。 出発は明日早朝で、今夜は敵の来襲に備えて、見張りを頼むということだった。 「では、我々は休む。宜しく頼んだぞ」 「「はっ」」 大名の命を受け、カカシとゲンマはその場から姿を消した。 「、明日は早いのですよ。もう休みなさい。部屋に戻って」 母親が、優しく諭す。 はふらふらと、部屋に戻った。 先程までの浮かれた気持ちなど、吹っ飛んでしまった。 余りにも厳しい現実。 ぼふ、とベッドに倒れ込む。 心にぽっかり、空洞が出来たようだった。 「ちゃん、泣いてないといいけど」 邸の周りを見回っているカカシは、ゲンマに向かって呟いた。 「カカシ上忍、礼節は守って下さい。木の葉の忍びの規律が疑われます」 「分かってるよ。姫、でしょ。でも、いくら木の葉に戻れる日までのこととはいえ、辛いだろうな」 「仕方ありませんよ。これが現実です」 ぐるり、あらかた回り、警護の場所にも目星を付けた。 「じゃ、交代で見張りね。1時間交替で」 「オレは其処の木の上で仮眠取ってます。何かあったら呼んで下さい」 そう言ってカカシとゲンマは別れた。 カカシは場所を少しずつ動きながら、見張りについた。 ふと廷内に目をやると、が彷徨い歩いているのが目に付いた。 何かを捜している。 紛れもなく、ゲンマだろう。 カカシは音を立てずに、に近付いた。 「眠れませんか? 姫」 「はたけさん!」 「南国とはいえ、冬の夜中は冷えます。そのような薄なりで、お風邪を召されますよ。寝所にてお休み下さい」 カカシは片膝をついて、控えた。 「・・・っ! 今は誰も見てないよ! 私とはたけさんしかいないじゃない! 普通に喋ってよ!」 「なりません。木の葉の礼節が疑われます故。私どもは、任務で参っているのです。ご理解頂きたく存じます」 「・・・! もう知らないっ!」 怒り肩で、は駆けていった。 それを見てカカシは、ふぅ、と息を吐き、薄く微笑んだ。 『ゴメンネ、ちゃん・・・』 交替してゲンマが見回っていると、庭園を彷徨いているを見つけた。 ゲンマは小さく息を吐き、忍び寄る。 「姫、どうされましたか?」 後ろに控え、小さく囁く。 「ゲンマさん!」 何とかしてゲンマに会おうと彷徨いていたは、思いが通じた、と笑顔になる。 「今は非常事態です。廷内とはいえ、このような時間にお一人で出歩かれるのは、危のう御座います。ご寝所にお戻り頂き、お休み下さいませ」 返ってくる言葉は、やはり変わらなかった。 は打ちのめされたように、小刻みに震えた。 「もうっ! はたけさんと言い、ゲンマさんと言い、今は誰もいないじゃない! 私とゲンマさんしかいないでしょ?! 礼節とか何とか言ってないで、何で普通に喋ってくれないの?!」 「・・・先程はたけも申したかと存じますが、我々は任務で此処におります。姫もお命を狙われておいでです。ご理解頂きたく存じます」 ゲンマは目を伏せ、真摯な表情で低く言い放つ。 「何でよ・・・! 10年前は、優しく笑ってくれたのに! 一緒に遊んでくれたのに! 何でそうなの?!」 「昔と今では、状況が違います。・・・風が出てきました。姫のお身体に障ります。どうかお戻り頂いて、お休み下さいませ」 はポロポロと、涙を零した。 「何でなの・・・? こんな風になりたくて会いたかった訳じゃないのに・・・何でぇ・・・?」 嗚咽を漏らしながら、は立ち尽くす。 「姫、失礼をばいたします」 そう言ってゲンマは、を抱き上げた。 「ゲンマさ・・・?」 腕の中の温もりに、は驚く。 ゲンマはを抱き抱えて、の部屋に向かった。 その間も、ゲンマの表情は崩れない。 いつも見せてくれていた、悠然とした笑みは、そこにはない。 扉の前で、ゆっくりと下ろす。 「明日はお早い出発に御座います。少しでもお休み下さいませ」 一礼し、ゲンマは消えた。 「待って・・・っ!」 の声は届かない。 頽れて、は泣き尽くした。 は、結局一睡も出来なかった。 泣き腫らした目で広間に現れる。 大名も母親も理由は分かっていたので、敢えて何も言わなかった。 カカシとゲンマは、従者姿に扮装し、姿形も変えていた。 特にカカシは知れ渡っているので、容姿でバレる為だった。 大名家族の馬車をカカシが、後に続く従者達の馬車をゲンマが率いることになっていた。 日の出に向かって、北東に出発した。 陽は大分高くなった。 今のところ、敵の襲来はない。 カカシとゲンマで、念の為、と見つかりにくいように幻術をかけていた。 チラホラと敵意は感じるものの、攻めあぐねているようだった。 分かったことは、相手も忍びで、上忍クラスだと言うこと。 カカシ一行の集団に、目星を付け始めている。 鳥が鳴いたのを合図に、敵襲があった。 カカシとゲンマは影分身を使い、応戦する。 が、あくまでも姿は隠し、攪乱する。 数人の影分身が、大名一行を守った。 は気付いた。 自分を守っているのが、姿を変えたゲンマだと。 好きな男を、間違う筈がない。 きゅ、とはその男にしがみついた。 影分身でも、変化していても、ゲンマはゲンマだった。 「・・・ぃすき」 小さく呟く。 外の紛争に掻き消されたが、ゲンマの鼓動を、その身に受け止めるように感じた。 敵は一旦諦め、退いた。 「またいつ来るか分かりません。気を付けていきましょう」 そう言って、何事もなかったかのように影分身を消し、元に戻っていく。 領地の視察は、滞りなく進んだ。 のすぐ後ろに、従者姿のゲンマがいる。 カカシは姿を隠しているようで、見つからない。 それから数日、代表者達との会合も済んだ。 最初のパーティーにも、敵は襲ってこなかった。 日中の行事ではゲンマ達は従者、夜は見張り、と、は接触する機会がない。 「明日は式典かぁ・・・バレンタインなのにな・・・」 夜も更け、吐く息も白く、は夜空を見上げる。 高い空の月が、白く美しかった。 ゲンマに渡そうと、持ってきたチョコの包み。 果たして渡せるのだろうか。 式典がつつがなく済むことよりも、には重要だった。 式典にはも出席していた。 窮屈なドレス。 心此処にあらずで、式典内容は素通りだった。 ゲンマの姿を捜したが、見える所にはいない。 姿を変えているのか、隠れているのかも分からない。 はぁ、とため息をついた時、ひゅんっ、と何かが飛んでくる音がした。 火矢が投げ込まれ、会場は火の海に包まれた。 途端にパニックになる。 「ゲンマさん・・・何処?!」 火を避けながら駆け回っていると、何者かに捕まれた。 「きゃあっ、何・・・?!」 後ろ手に捻られ、顔にクナイを突き付けられる。 「!」 の大名が叫ぶ。 「この娘の命が惜しかったら、式典を取りやめろ」 「く・・・」 嫌だ、死にたくない。 「ゲンマさ〜ん・・・っ!!!」 「目を瞑れ」 低い声が聞こえた。 言われた通りにぎゅっと目を瞑る。 身を硬直させる。 何かが引き裂かれる音がした。 同時には解放される。 目を開けて振り返ると、を拘束していた覆面の忍びが切り裂かれて血まみれだった。 「ひ・・・っ」 「見るな」 声の主はの背後からの目を手で覆い、を抱えると、安全な場所にを解放した。 確かめる余裕もなく、直ぐさま戦場に消える。 敵は十数、此方は2名。 が、2人と言っても、木の葉一のコピー忍者・カカシと、手練れのゲンマ。 敵はあっという間に殲滅された。 「様。お怪我は御座いませんか」 カカシとゲンマは避難場所に戻ってきて、片膝をつく。 「うむ。済まぬな。、そなたも大丈夫であったか」 「あ、はい。まだドキドキしてますけど」 「不知火の」 「は」 「済まぬが、娘を何処かで休ませてもらえぬか」 「かしこまりました」 ゲンマは立ち上がり、の元へ歩み寄る。 「姫。お手を」 そう言ってゲンマはの手を取り、休憩所へと促した。 「ゲンマさん・・・」 大名の気遣いに舞い上がるは、ドキドキしながら、ゲンマを見上げた。 が、ゲンマは相変わらず、無表情のままだった。 「姫、お怪我は御座いませんか。ご気分が優れないとかはありませんか? 危険な目に遭わせてしまって、申し訳ありませんでした」 椅子に座らせると、ゲンマは頭を下げる。 「だ、大丈夫だよ。ゲンマさん守ってくれたし。怖かったけど、もう大丈夫。有り難う」 「恐れ入ります」 やはり変わらないのだ、とは熱いものが込み上げてきた。 「・・・お願いがあるの」 「何でしょう」 「怖くて・・・まだドキドキしてる。ぎゅって抱き締めて」 越権行為だと分かっていた。 それでも、は一縷の望みを託して、縋った。 「・・・仰せのままに」 ゲンマはそっと優しく、を抱き締めた。 安心するように、撫でる。 は放心して、ゲンマの腕の中に酔いしれた。 「ゲンマさん・・・大好・・・」 言い掛けた途中で、は眠りに落ちる。 此処ずっと、ロクに眠れずにいた。 安心できる腕の中で、はゲンマに身を預け、再開された式典が終わるまで、眠り続けた。 残党が報復に来る危険もあったが、その後も全て、行程は終了し、帰路に就いた。 だが、敵襲もなく、無事に邸まで戻ってくる。 残されたのは、祝賀会という名のパーティー。 はきらびやかなドレスに身を包みながらも、浮かぬ表情をしていた。 「ゲンマさんにチョコ渡してないよ・・・もう3日も過ぎちゃった・・・」 ゲンマ達の任務は終わった筈だ。 「もう・・・帰っちゃったのかな・・・」 じわり、と視界が曇る。 ムーディーなダンスミュージックが流れても、は壁の花で、放心していた。 「・・・つまんないな・・・」 その時、誰かがの元にやってきた。 「姫。一曲踊って頂けますか」 「悪いけど、そういう気分じゃ・・・って、え?! ゲンマさん?!」 恭しく手を差し伸べていたのは、燕尾服姿のゲンマだった。 目線の先では、カカシがの母親と踊っている。 は訳も分からず、ゲンマの手を取った。 す、とゲンマはの腰に手を回し、中央フロアへと踊りながら進んだ。 「帰ったんじゃ・・・なかったの?」 「このパーティーが終わるまでが、任務です。報復に来ないとも限りませんので・・・」 言葉遣いは相変わらずだったが、現実のゲンマとのダンスが実現でき、は浸った。 一曲終わって放心してると、カカシがやってくる。 「姫。私とも踊って頂けますか」 「え、えぇ。喜んで」 カカシもダンスは上手かった。 燕尾服も似合っている。 「・・・はたけさんなんでしょ。ゲンマさんをこの任務に呼んでくれたの」 「偶然ですよ。私がこの任務を受けた時に、丁度不知火が任務から戻ってきたんです」 神のお導きですね、とカカシは微笑む。 「有り難う。任務ご苦労様」 「・・・姫には、お辛い旅でしたね」 「現実を思い知らされちゃった。早く大人になりたい」 木の葉にいた頃に戻りたいよ、と寂しそうに呟く。 曲が終わり、カカシは恭しく礼をする。 そして囁く。 「チョコ渡すなら、今夜しかないよ」 「えぇ?! 何で知ってるの?!」 は驚きながらも、小声でカカシを見遣った。 「頑張れ、ちゃん」 ニコッと微笑んで囁き、カカシはボーイからカクテルを受け取って人混みに消えた。 は、ゲンマは何処だろう、と辺りを見渡した。 「不知火の、この度はご苦労であった。礼を言うぞ」 ゲンマは大名と歓談中だった。 「恐れ入ります。つつがなく済み、何よりで御座います」 「それはそれとして、我が娘のことだが」 「は」 「二十歳になったら、木の葉に行くことは許してある。それまでの我慢ができずに、今回こうなった訳だが、親馬鹿と分かっている。娘に、今宵一時の夢を見せてやってはくれぬか」 「ですが・・・」 ゲンマは渋った。 「お主のことは信頼しておる。此度のことで尚強く感じた。信頼に足る人物だ。それを見込んでの、私からの願いだ。娘を、のことを、宜しく頼む」 そう言って大名はゲンマに向かって頭を下げた。 「大名・・・! 頭をお上げ下さい! そのようなこと・・・」 ゲンマは慌て、恐縮した。 「大名がそう仰られるのでしたら・・・」 「頼まれてくれるか! 礼を言うぞ」 大名はゲンマの手を取り、感謝した。 「それと、先のことだが」 「は」 「いずれ、嫁に貰ってくれはしまいか?」 「はぁ?! ご冗談を・・・! お戯れが過ぎます。姫は、将来、この家を継がれるお方です。私は、木の葉の一忍びです。姫が木の葉にいらっしゃったら、きちんとお守り致しますが、それとこれは話が別です」 「本音は、確かに、にを継いでもらいたい。が、私もただの人の親だ。娘の幸せが一番なのだ。後継云々は考えずに、とのことを、考えてもらいたい」 「ですが・・・」 尚もゲンマは渋った。 「では不服か?」 「いえ。身に余る光栄で御座います」 「憎からず思うてくれてはおるのか?」 「・・・はい」 「そうか。ならば、今はそれでよい。少しずつ、考えて欲しい」 「は・・・」 「ゲンマさん!」 はやっとゲンマを見つけ、駆けてきた。 「、はしたないぞ。一人前のレディにならなければ、家からは出してやらぬぞ」 「申し訳ありません、父上。以後気を付けます」 ペコ、と頭を下げると、ゲンマに向き直った。 「ゲンマさんに渡したいものがあるの。来て?」 くぃ、と腕を引っ張る。 「ひ、姫・・・」 はゲンマを引っ張って、控え室に駆け込んだ。 「姫、このような密室に、男と2人きりは感心しません。戻りましょう」 「任務はもう終わりでしょ? 元に戻ってよ!」 「ですが・・・」 は涙目で、控え室に置いた鞄を漁った。 そして一つの包みを取り出す。 くる、と振り返って潤む瞳でゲンマを見つめた。 「日、過ぎちゃったけど・・・受け取って。チョコ」 綺麗にラッピングされた包みをゲンマに差し出す。 目に溜まった涙は、今にも溢れそうだった。 「チョコ・・・?」 「バレンタインだよ。ゲンマさんに渡せたら、もう一回言おうと思ったの。受け取って」 そう言ってゲンマの胸に押し付ける。 「あ、あぁ・・・」 ゲンマはチョコの包みを手に取った。 はそれを見て、小さく深呼吸した。 そしてゲンマを真っ直ぐ見つめる。 「私、ゲンマさんが好き。大好き。何と言われようと、何があろうと、大好きだよ。大好き」 感極まって、は泣き出した。 「・・・」 不安に震える細い肩。 何度こんな思いをさせたことだろう。 任務とはいえ、を不安にさせ、泣かせた。 ゲンマは申し訳なくて胸が痛んだ。 きゅ、とを胸の内に取り込み、優しく抱き留めた。 「・・・すまなかった・・・辛い思いさせて・・・ホントに悪いと思ってる・・・ゴメンな、・・・」 「・・・ゲンマさん・・・っ!」 わぁ〜、とは泣き崩れた。 ゲンマにしっかりと抱きついて。 「・・・」 ゲンマもしっかりとを抱き締める。 えぐえぐと泣きじゃくりながら、はゲンマを見上げた。 ゲンマもを見つめた。 は、す、と目を閉じた。 暫し時が過ぎる。 ゲンマはの頭を抱き留め、胸元に取り込んだ。 「・・・ゲンマさんは優秀な忍びだから、任務中に礼節は破らないよね・・・」 ゲンマは何も答えなかった。 ただ、を抱き締めていた。 その温かさに、は身を預ける。 「ゲンマさん・・・二十歳になって木の葉に戻ったら・・・私の気持ちは届くの?」 「・・・今は立派なレディになることだけ考えろ。待っているから・・・」 捉えようによっては、肯定に聞こえる、その言葉。 それだけで、はもう充分だった。 「あ〜っ、ずるいなぁ、ゲンマ君ばっかり〜。ちゃん、オレにはないの? チョコ〜」 ゲンマの腕の中に浸っていると、ドアの所でカカシが微笑んでいた。 「え? はたけさんの? ゴ、ゴメン・・・無い・・・;」 は慌て、涙を拭った。 「何言ってるんですか。毎年里の女性から山のように貰って困っている癖に」 ゲンマはポケットからハンカチを取り出し、に差し出す。 「え〜っ、はたけさんってそんなにもてるの?」 「嘘っ」 ハンカチを受け取りながら、はビクッとゲンマを見上げる。 「あ〜・・・義理だよ、義理。気にすんな」 こりこり、と頬を掻きながら、目を泳がせるゲンマ。 「嘘だよ・・・え〜、気になる〜!」 お返しはどうしてるの? と気を揉む。 「お返しか〜、それ目当ての義理で寄越すくの一には催促されるからしてるけど、それ以外はしてないよ。キリ無いし、気を持たせる訳にも行かないし。ゲンマ君だってそうでしょ?」 「そうですね」 「可哀相・・・」 「しょうがねぇだろ、応えられねぇんだからよ。オマエはともかく」 「えっ。私には応えてくれるの?」 ぱぁっと笑顔になる。 「ないがしろにはしねぇってこった。さて、もうすぐパーティーも終わるだろ。帰り支度しましょう、カカシ上忍」 「え、帰っちゃうの? もう。もちょっといてよ」 「悪ィな、。帰って報告書を提出しなきゃならんからな。戻ってこれる日まで我慢してくれ」 ぽんぽん、と優しく頭を撫でる。 その悠然とした微笑みが、10年前を思い出させた。 「・・・うん」 寂しさを隠して、は頷く。 「どうせならホワイトデーのおねだりしちゃえば?」 「えっ・・・」 「会いに来て〜とか」 「カカシ上忍! 出来もしないことを軽々しく言わないで下さい!」 ゲンマは眉を寄せ、吐き捨てた。 「お返しはいいよ。私の気持ちを伝えたかっただけだから。でも、良い夢見たいな〜また」 「そうだな。考えておく」 パーティー会場に戻ろうとしたゲンマは、ふとポケットから何か取り出して、に渡した。 「・・・あ!」 それは、かぼちゃ味のキャンディ。 10年前にも貰ったもの。 「懐かしい・・・今でもあるんだ」 「9歳の姫は、それが大層お気に入りでしたので」 の手を取って、会場に戻る。 きらびやかな、現実の世界。 また暫くこの世界の中。 窮屈だけど、は今、幸せだった。 ゲンマさん、少しだけど、一緒の時間を作ってくれて有り難う。 また頑張るよ。 待っててね。 FIN. |