【西瓜3―現実―】







「姫様! お待ち下さい!」

「よく言うでしょ? 待てって言われてホントに待つヤツはいないって。すぐ戻るからぁ〜〜〜」

 きらびやかな装束を脱ぎ捨て一般人の服に着替えたは、執事の縋る声を無視して、街に繰り出していた。

「ふ〜っ。毎日毎日、窮屈で嫌になっちゃう。お買い物くらい1人でさせてよね」

 街をぶらつきながら、ブツブツ呟く。

 ファッション雑誌を買ったり、ゲンマが好きだという時代物小説のシリーズを買ってみたり、邸での生活では手に入らない物をあれこれと買って回っていた。

「ま、こんなモンでいっか。気分は晴れたしね。よっし、ウチに戻ったら、厨房借りてかぼちゃの煮物作ろうっと。ウチの料理人のも美味しかったから、コツ教わらなくっちゃ」

 ふんふん、と鼻歌交じりに街を歩く。

 そして街並みを見て思い出す。

「クリスマス・・・夢の中でゲンマさんと歩いた通りだぁ・・・」

 映画館、展望レストラン、観覧車。

 アレは夢だった。

 ゲンマが見せてくれた夢。

 でも、街並みも店も、全て現実にある物。

 通りを歩く人も。

 あの時確かに、はゲンマとこの通りを歩いていたのだ。

 夢の中だったけれど、そこにいた。

「流石ゲンマさん、優秀なだけあるなぁ・・・」

 本当に幸せだった。

 かぼちゃのキャンドルもメッセージカードも、大事に部屋に飾ってある。

「お返し・・・したいなぁ・・・会いたいよ・・・」

 邸に戻ってきて、部屋のソファでくつろぎながら、買ってきた雑誌を開く。

「ゲンマさんって、忍び装束以外って、どんなの着るんだろ? 夢の中の正装姿しか見たこと無いけど、何でもオシャレに着こなしそうな気がするなぁ。右に倣えな真似とかしないで、人と違うスタイルとか好きそうだよね。額当てがそう言ってるよ」

 そして特集に目をやる。

「あ、もうすぐバレンタインか! 通りで街がピンクやハートだらけだった訳だ。わ〜、ゲンマさんにチョコあげた〜いv 手作りハート型よね、やっぱ! それともかぼちゃ型? なんてね〜」

 バレンタイン特集を読んでいて、無性にゲンマに会いたくなった。

 来月の14日。

 乙女の一大イベント。

「ゲンマさんに手作りチョコ渡して、も一回ちゃんと告白したいよ〜。会いに行きた〜い! でも・・・ダメなんだろうなぁ・・・あ〜ぁ・・・」

 ふと窓の外を見る。

 クリスマス、そこに大きな鷹がいた。

 多分、ゲンマが送った鳥。

「また来てくれないかなぁ・・・」

 でも、どうせなら手渡ししたい。

 会えないと分かって尚、は恋い焦がれた。















 2月に入ると、何やら邸の周りは、やたらと警備が強くなった。

 はいつものように抜け出そうとしたが、屈強な警護隊の者に、止められてしまった。

「何で出ちゃダメなの? ちょっと買い物してくるだけだよ」

 は警護隊に、膨れて抗議する。

「大名様が悪しき輩に、お命を狙われておいでです。姫様も狙われます。どうか暫く、外出はお控え下さい。御用の向きは、我々が承ります」

「また? 懲りないヤツらが居るんだねぇ。だから大名の娘なんて嫌なのよ。こんなのばっかでさ。窮屈で自由はないし、命は狙われるし。普通の女のコに生まれたかったな」

 でも。

 そうしたら、もしかしなくても、ゲンマには出会えなかった。

「これが運命かぁ・・・」

 ゲンマに会えたこと。

 生まれついた身分で、これだけが唯一の救い。

 でも、この身分が、ゲンマと自分を遠ざける。

「一般人だったなら・・・ゲンマさんは私の思いに応えてくれてたかな・・・」

 たら・ればを言ってもしょうがないのは分かっている。

 ゲンマが木の葉にいた自分に優しかったのは、姫という身分だったからなのか、“”だからなのか。

 時々考える。

 身分に関係なく、ゲンマに思われたい。

 叶わぬと分かっていて、は願った。









 命を狙われていようと、大名というものはやるべきことが山のようにある。

 会合に、調印式に、式典に、パーティー。

 家族揃って、という用向きも多い。

 そんな中、家は、家族も共に、一週間程邸を離れることになった。

「週末から〜? ヤだ、バレンタイン被ってるじゃない。ゲンマさんにチョコ渡しに行きたいのに・・・」

 木の葉に行ける状況じゃないのは分かっている。

 会いたくても、会えない。

「ゲンマさ〜ん、会いたいよ〜〜〜」

 チョコの材料とラッピングは、メイドに買ってきてもらった。

 色々試作品を作って、いつでも渡せる。

 でも、渡すことが出来ない、ハート型のチョコ。

 何か良い方法がないか、は考えた。









 ある日の夕食時。

 広間で家族3人で食べながら、話題は間近に迫った週末の旅行に移っていた。

 家が治める領域の視察、式典、会議、パーティー。

 いくつかは、も出席せねばならなかった。

「・・・で、式典を妨害する輩がいるのでは、と報告がある。我々がその場へ行っては困る連中に、道中狙われる危険があるようだ」

 の父は、静かに言葉を紡ぐ。

「危険な旅になるの? じゃあ、また木の葉に依頼する?」

 はピンと来て、瞳を輝かせた。

「そうなるな。まぁ、戦争時ではないから、さほど難しい任務でも無かろう。だが、随行してもらうことになるが・・・」

「父上! 私、お願いがあるの・・・!」

 危険が待っているというのに、はもはや自分の世界に浸っていた。

『やった・・・上手く行けば、ゲンマさんに会えるよ・・・!』















 任務を終えて報告書を提出したカカシは、定刻まで、待機所で時間を潰していた。

 イチャパラを読みながら、お茶を啜る。

 本屋で貰ってきたチラシを脇に置き、ふと目をやる。

「イチャイチャシリーズ最新作、6月発売予定、か〜。後4ヶ月かぁ、楽しみ・・・」

 くふふ、と胸がときめく。

 そこへ、任務斡旋係がやってきた。

「いるのはカカシさんだけですか・・・」

「ん? ナニ?」

「緊急依頼なんですが、カカシさん、明日以降、何か任務入っていますか?」

「ん? イヤ、特には。明日来て、あるものから行こうと思ってたけど」

「じゃ、お願いしてもいいですかね・・・。危険度は、BランクからAランクの間くらいで、カカシさん程の忍びには何ら問題はないと思うのですが・・・。大名一行の移動行程に、従者に扮して警備に当たって欲しいという依頼です」

「大名を狙う輩がいるってことか。敵がゲリラか、忍びか、分からないってことね。いいよ。でも、1人ってのはちょっとなぁ。別に大丈夫だけど、せめてツーマンセルの方が良くない?」

「そうなんですが、生憎他の忍びが出払っていまして、今夜から来て欲しいとのことですので、なるべく信頼の置ける上忍を、との依頼なんですが、今はカカシさんしかいらっしゃらないようですので・・・」

「う〜ん。一行ってことは、行くのは大名だけじゃないの?」

「はい。ご家族もです」

「じゃ、尚更1人じゃなぁ。一小隊くらい必要じゃない? 何処の大名?」

様です」

「へぇ」

 ちゃんのトコか、とカカシは考え込む。

「・・・ねぇ。ゲンマ君は今任務?」

「は? ゲンマさんですか? えぇと・・・恐らく」

 カカシは、に会わせてあげたいなぁ、と思った。

「里を離れてるかな?」

 任務の依頼書を眺めながら、カカシは尋ねる。

「そこまでは・・・。でも、ゲンマさんと言えば、名指しで来てるんですよ。ゲンマさんが空いてたら、是非って。何かあるんですか? 様とゲンマさんって」

「イヤ何、昔家の警護に就いた縁でね。そっか。向こうもその気・・・っていうか、彼女がお願いしたのかな・・・。だろうなぁ・・・ゲンマ君、捜してみるかな。忍犬で」

 そう言ったその時。

 ガラリとドアが開く。

「任務完了だ。コレ報告書」

 つかつかと入ってきたのは、噂していた、ゲンマ当人だった。

「ゲンマさん、良い所に」

「ゲンマ君! 噂をすれば何とやらだね」

「? 何です? オレが何か?」

 報告書を提出すると、ゲンマは向き直った。

「ゲンマ君、この後暇?」

「はぁ・・・」

「じゃ、オレと一緒に一週間程旅行に行かない?」

「は? 何でカカシ上忍と旅行?」

 ゲンマは怪訝そうに、カカシを見据える。

「というのは冗談で。大名の警備任務。これからすぐってことだから、旅支度して、30分後の門のトコに集合ね。内容は、行きがてら話すから」

「カカシ上忍とツーマンセルですか?」

「そ。じゃ、また後でね」

 ゲンマは分からないながらも素直に受け、自宅に一旦戻った。













「え? 家一行の警備ですか?」

 夕闇を歩きながら、ゲンマはカカシに聞き返した。

「そ。コレ依頼書ね。見て。確かに今、不穏だからね。何処其処の大名家が狙われてる、ってチラホラ聞くし。家は中でも力のある家でしょ。式典の妨害が目的みたいだから」

「確かに・・・そういう話は最近よく耳にしてますけど。敵はゲリラか忍びかも分からないんでしょう? いくらオレとカカシ上忍でも、2人で大丈夫ですかね? 一小隊はいた方が良いんじゃ・・・」

 カカシから依頼書を受け取り、目を通す。

「そうだけどさ、幸か不幸か、皆出払ってたんだもん。ゲンマ君が戻ってきてくれて良かったよ。オレ1人になるトコだったから」

の大名も、間の悪いというか・・・」

「でも、ゲンマ君名指しされてたんだよ。戻ってきたのは、運命のお導きだねっ」

 月を明かりに、イチャパラを開いてカカシは笑う。

「名指し? ってまさか・・・」

「ま、十中八九どころか、100%ちゃんでしょ」

「ったく・・・」

「まっ! ちゃんの乙女心も分かってあげてよ。でも、現実を目の当たりにして、ショック受けないといいけど・・・」

は分かっていないんですよ。オレに会いたい一心で、それは嬉しいですけど、現実は甘くないってことを、まだ理解できていないんですよ」

「何かフォロー考えておかないとね」

「ったく・・・分かっていれば、何か考えたのに・・・支度する前に教えて下さいよ」

 何であそこで教えてくれなかったんですか、と抗議する。

「ゴメンゴメン。先に言ったら断るかなって思ってさ」

「断る訳無いでしょう。任務を。大罪ですよ」

「そだよね。それにしても、ゲンマ君と一緒の任務って、久し振りだよね。10年前の暗部の頃以来じゃない?」

「そうですね。今はお互い小隊長ですから、一緒の小隊になることはないですからね」

「あの時のちっちゃなお姫様が、あんなに綺麗になって・・・。この任務もちょっと思い出すね、それ。あの時と同じ大名家を、同じメンツで警護する、か・・・」

 カカシが月を見上げたので、ゲンマもつられて月を見上げた。

「じゃ、気を付けていこうか」

 2人は大名の邸に向かった。















 夜も更けてきた頃。

 はそわそわと、部屋を歩き回っていた。

 今日、依頼の忍びがやってくる。

 ゲンマに来て欲しい。

 巧い具合に、ゲンマが来てくれるように、それを願った。

 ゲンマに会いたい一心で、父親に請うた。

 きっとゲンマが来る。

 には、何故かそう思えた。

「姫様。木の葉の忍びの方がお見えです。お支度はお済みですか」

「ホント?! うん。今行く!」

 ドキドキしながら、は謁見の間へ向かった。

 ドアを開けると、丁度2人の忍びが、大名に挨拶をしている所だった。

 そのうちの1人を見て、はぱぁっと笑顔になる。

「ゲンマさ・・・!」

 チラ、とカカシとゲンマが顔を上げ、を見遣った。

 が、無機質な、真摯な表情。

「・・・姫におかれましても、ご機嫌麗しく、・・・と存じます」

 薄い唇から紡ぎ出される言葉は、聞き飽きた、形式的なもの。

『・・・え・・・?』

 うまく聞き取れない。

 ゲンマは、挨拶を終えると、再び大名に向かった。

、其処に座りなさい」

 はようやく思い知った。

 木の葉に依頼をするということが、どういうことかを。

 Aランクの依頼者と、受けた忍び。

 大名の娘である自分。

 軽々しく口を利ける筈もない。

 打ちのめされた気分だった。

 カカシはの気持ちが痛い程伝わってきて、痛々しくを見て、ゲンマに目をやったが、ゲンマは静かな無表情だった。

 大名の話は続く。

 出発は明日早朝で、今夜は敵の来襲に備えて、見張りを頼むということだった。

「では、我々は休む。宜しく頼んだぞ」

「「はっ」」

 大名の命を受け、カカシとゲンマはその場から姿を消した。

、明日は早いのですよ。もう休みなさい。部屋に戻って」

 母親が、優しく諭す。

 はふらふらと、部屋に戻った。

 先程までの浮かれた気持ちなど、吹っ飛んでしまった。

 余りにも厳しい現実。

 ぼふ、とベッドに倒れ込む。

 心にぽっかり、空洞が出来たようだった。









ちゃん、泣いてないといいけど」

 邸の周りを見回っているカカシは、ゲンマに向かって呟いた。

「カカシ上忍、礼節は守って下さい。木の葉の忍びの規律が疑われます」

「分かってるよ。姫、でしょ。でも、いくら木の葉に戻れる日までのこととはいえ、辛いだろうな」

「仕方ありませんよ。これが現実です」

 ぐるり、あらかた回り、警護の場所にも目星を付けた。

「じゃ、交代で見張りね。1時間交替で」

「オレは其処の木の上で仮眠取ってます。何かあったら呼んで下さい」

 そう言ってカカシとゲンマは別れた。









 カカシは場所を少しずつ動きながら、見張りについた。

 ふと廷内に目をやると、が彷徨い歩いているのが目に付いた。

 何かを捜している。

 紛れもなく、ゲンマだろう。

 カカシは音を立てずに、に近付いた。

「眠れませんか? 姫」

「はたけさん!」

「南国とはいえ、冬の夜中は冷えます。そのような薄なりで、お風邪を召されますよ。寝所にてお休み下さい」

 カカシは片膝をついて、控えた。

「・・・っ! 今は誰も見てないよ! 私とはたけさんしかいないじゃない! 普通に喋ってよ!」

「なりません。木の葉の礼節が疑われます故。私どもは、任務で参っているのです。ご理解頂きたく存じます」

「・・・! もう知らないっ!」

 怒り肩で、は駆けていった。

 それを見てカカシは、ふぅ、と息を吐き、薄く微笑んだ。

『ゴメンネ、ちゃん・・・』









 交替してゲンマが見回っていると、庭園を彷徨いているを見つけた。

 ゲンマは小さく息を吐き、忍び寄る。

姫、どうされましたか?」

 後ろに控え、小さく囁く。

「ゲンマさん!」

 何とかしてゲンマに会おうと彷徨いていたは、思いが通じた、と笑顔になる。

「今は非常事態です。廷内とはいえ、このような時間にお一人で出歩かれるのは、危のう御座います。ご寝所にお戻り頂き、お休み下さいませ」

 返ってくる言葉は、やはり変わらなかった。

 は打ちのめされたように、小刻みに震えた。

「もうっ! はたけさんと言い、ゲンマさんと言い、今は誰もいないじゃない! 私とゲンマさんしかいないでしょ?! 礼節とか何とか言ってないで、何で普通に喋ってくれないの?!」

「・・・先程はたけも申したかと存じますが、我々は任務で此処におります。姫もお命を狙われておいでです。ご理解頂きたく存じます」

 ゲンマは目を伏せ、真摯な表情で低く言い放つ。

「何でよ・・・! 10年前は、優しく笑ってくれたのに! 一緒に遊んでくれたのに! 何でそうなの?!」

「昔と今では、状況が違います。・・・風が出てきました。姫のお身体に障ります。どうかお戻り頂いて、お休み下さいませ」

 はポロポロと、涙を零した。

「何でなの・・・? こんな風になりたくて会いたかった訳じゃないのに・・・何でぇ・・・?」

 嗚咽を漏らしながら、は立ち尽くす。

「姫、失礼をばいたします」

 そう言ってゲンマは、を抱き上げた。

「ゲンマさ・・・?」

 腕の中の温もりに、は驚く。

 ゲンマはを抱き抱えて、の部屋に向かった。

 その間も、ゲンマの表情は崩れない。

 いつも見せてくれていた、悠然とした笑みは、そこにはない。

 扉の前で、ゆっくりと下ろす。

「明日はお早い出発に御座います。少しでもお休み下さいませ」

 一礼し、ゲンマは消えた。

「待って・・・っ!」

 の声は届かない。

 頽れて、は泣き尽くした。















 は、結局一睡も出来なかった。

 泣き腫らした目で広間に現れる。

 大名も母親も理由は分かっていたので、敢えて何も言わなかった。

 カカシとゲンマは、従者姿に扮装し、姿形も変えていた。

 特にカカシは知れ渡っているので、容姿でバレる為だった。

 大名家族の馬車をカカシが、後に続く従者達の馬車をゲンマが率いることになっていた。

 日の出に向かって、北東に出発した。







 陽は大分高くなった。

 今のところ、敵の襲来はない。

 カカシとゲンマで、念の為、と見つかりにくいように幻術をかけていた。

 チラホラと敵意は感じるものの、攻めあぐねているようだった。

 分かったことは、相手も忍びで、上忍クラスだと言うこと。

 カカシ一行の集団に、目星を付け始めている。

 鳥が鳴いたのを合図に、敵襲があった。

 カカシとゲンマは影分身を使い、応戦する。

 が、あくまでも姿は隠し、攪乱する。

 数人の影分身が、大名一行を守った。

 は気付いた。

 自分を守っているのが、姿を変えたゲンマだと。

 好きな男を、間違う筈がない。

 きゅ、とはその男にしがみついた。

 影分身でも、変化していても、ゲンマはゲンマだった。

「・・・ぃすき」

 小さく呟く。

 外の紛争に掻き消されたが、ゲンマの鼓動を、その身に受け止めるように感じた。





 敵は一旦諦め、退いた。

「またいつ来るか分かりません。気を付けていきましょう」

 そう言って、何事もなかったかのように影分身を消し、元に戻っていく。









 領地の視察は、滞りなく進んだ。

 のすぐ後ろに、従者姿のゲンマがいる。

 カカシは姿を隠しているようで、見つからない。





 それから数日、代表者達との会合も済んだ。

 最初のパーティーにも、敵は襲ってこなかった。

 日中の行事ではゲンマ達は従者、夜は見張り、と、は接触する機会がない。

「明日は式典かぁ・・・バレンタインなのにな・・・」

 夜も更け、吐く息も白く、は夜空を見上げる。

 高い空の月が、白く美しかった。

 ゲンマに渡そうと、持ってきたチョコの包み。

 果たして渡せるのだろうか。

 式典がつつがなく済むことよりも、には重要だった。















 式典にはも出席していた。

 窮屈なドレス。

 心此処にあらずで、式典内容は素通りだった。

 ゲンマの姿を捜したが、見える所にはいない。

 姿を変えているのか、隠れているのかも分からない。

 はぁ、とため息をついた時、ひゅんっ、と何かが飛んでくる音がした。

 火矢が投げ込まれ、会場は火の海に包まれた。

 途端にパニックになる。

「ゲンマさん・・・何処?!」

 火を避けながら駆け回っていると、何者かに捕まれた。

「きゃあっ、何・・・?!」

 後ろ手に捻られ、顔にクナイを突き付けられる。

!」

 の大名が叫ぶ。

「この娘の命が惜しかったら、式典を取りやめろ」

「く・・・」

 嫌だ、死にたくない。

「ゲンマさ〜ん・・・っ!!!」

「目を瞑れ」

 低い声が聞こえた。

 言われた通りにぎゅっと目を瞑る。

 身を硬直させる。

 何かが引き裂かれる音がした。

 同時には解放される。

 目を開けて振り返ると、を拘束していた覆面の忍びが切り裂かれて血まみれだった。

「ひ・・・っ」

「見るな」

 声の主はの背後からの目を手で覆い、を抱えると、安全な場所にを解放した。

 確かめる余裕もなく、直ぐさま戦場に消える。

 敵は十数、此方は2名。

 が、2人と言っても、木の葉一のコピー忍者・カカシと、手練れのゲンマ。

 敵はあっという間に殲滅された。

様。お怪我は御座いませんか」

 カカシとゲンマは避難場所に戻ってきて、片膝をつく。

「うむ。済まぬな。、そなたも大丈夫であったか」

「あ、はい。まだドキドキしてますけど」

「不知火の」

「は」

「済まぬが、娘を何処かで休ませてもらえぬか」

「かしこまりました」

 ゲンマは立ち上がり、の元へ歩み寄る。

「姫。お手を」

 そう言ってゲンマはの手を取り、休憩所へと促した。

「ゲンマさん・・・」

 大名の気遣いに舞い上がるは、ドキドキしながら、ゲンマを見上げた。

 が、ゲンマは相変わらず、無表情のままだった。

「姫、お怪我は御座いませんか。ご気分が優れないとかはありませんか? 危険な目に遭わせてしまって、申し訳ありませんでした」

 椅子に座らせると、ゲンマは頭を下げる。

「だ、大丈夫だよ。ゲンマさん守ってくれたし。怖かったけど、もう大丈夫。有り難う」

「恐れ入ります」

 やはり変わらないのだ、とは熱いものが込み上げてきた。

「・・・お願いがあるの」

「何でしょう」

「怖くて・・・まだドキドキしてる。ぎゅって抱き締めて」

 越権行為だと分かっていた。

 それでも、は一縷の望みを託して、縋った。

「・・・仰せのままに」

 ゲンマはそっと優しく、を抱き締めた。

 安心するように、撫でる。

 は放心して、ゲンマの腕の中に酔いしれた。

「ゲンマさん・・・大好・・・」

 言い掛けた途中で、は眠りに落ちる。

 此処ずっと、ロクに眠れずにいた。

 安心できる腕の中で、はゲンマに身を預け、再開された式典が終わるまで、眠り続けた。















 残党が報復に来る危険もあったが、その後も全て、行程は終了し、帰路に就いた。

 だが、敵襲もなく、無事に邸まで戻ってくる。

 残されたのは、祝賀会という名のパーティー。

 はきらびやかなドレスに身を包みながらも、浮かぬ表情をしていた。

「ゲンマさんにチョコ渡してないよ・・・もう3日も過ぎちゃった・・・」

 ゲンマ達の任務は終わった筈だ。

「もう・・・帰っちゃったのかな・・・」

 じわり、と視界が曇る。

 ムーディーなダンスミュージックが流れても、は壁の花で、放心していた。

「・・・つまんないな・・・」

 その時、誰かがの元にやってきた。

姫。一曲踊って頂けますか」

「悪いけど、そういう気分じゃ・・・って、え?! ゲンマさん?!」

 恭しく手を差し伸べていたのは、燕尾服姿のゲンマだった。

 目線の先では、カカシがの母親と踊っている。

 は訳も分からず、ゲンマの手を取った。

 す、とゲンマはの腰に手を回し、中央フロアへと踊りながら進んだ。

「帰ったんじゃ・・・なかったの?」

「このパーティーが終わるまでが、任務です。報復に来ないとも限りませんので・・・」

 言葉遣いは相変わらずだったが、現実のゲンマとのダンスが実現でき、は浸った。

 一曲終わって放心してると、カカシがやってくる。

姫。私とも踊って頂けますか」

「え、えぇ。喜んで」

 カカシもダンスは上手かった。

 燕尾服も似合っている。

「・・・はたけさんなんでしょ。ゲンマさんをこの任務に呼んでくれたの」

「偶然ですよ。私がこの任務を受けた時に、丁度不知火が任務から戻ってきたんです」

 神のお導きですね、とカカシは微笑む。

「有り難う。任務ご苦労様」

「・・・姫には、お辛い旅でしたね」

「現実を思い知らされちゃった。早く大人になりたい」

 木の葉にいた頃に戻りたいよ、と寂しそうに呟く。

 曲が終わり、カカシは恭しく礼をする。

 そして囁く。

「チョコ渡すなら、今夜しかないよ」

「えぇ?! 何で知ってるの?!」

 は驚きながらも、小声でカカシを見遣った。

「頑張れ、ちゃん」

 ニコッと微笑んで囁き、カカシはボーイからカクテルを受け取って人混みに消えた。

 は、ゲンマは何処だろう、と辺りを見渡した。





「不知火の、この度はご苦労であった。礼を言うぞ」

 ゲンマは大名と歓談中だった。

「恐れ入ります。つつがなく済み、何よりで御座います」

「それはそれとして、我が娘のことだが」

「は」

「二十歳になったら、木の葉に行くことは許してある。それまでの我慢ができずに、今回こうなった訳だが、親馬鹿と分かっている。娘に、今宵一時の夢を見せてやってはくれぬか」

「ですが・・・」

 ゲンマは渋った。

「お主のことは信頼しておる。此度のことで尚強く感じた。信頼に足る人物だ。それを見込んでの、私からの願いだ。娘を、のことを、宜しく頼む」

 そう言って大名はゲンマに向かって頭を下げた。

「大名・・・! 頭をお上げ下さい! そのようなこと・・・」

 ゲンマは慌て、恐縮した。

「大名がそう仰られるのでしたら・・・」

「頼まれてくれるか! 礼を言うぞ」

 大名はゲンマの手を取り、感謝した。

「それと、先のことだが」

「は」

「いずれ、嫁に貰ってくれはしまいか?」

「はぁ?! ご冗談を・・・! お戯れが過ぎます。姫は、将来、この家を継がれるお方です。私は、木の葉の一忍びです。姫が木の葉にいらっしゃったら、きちんとお守り致しますが、それとこれは話が別です」

「本音は、確かに、を継いでもらいたい。が、私もただの人の親だ。娘の幸せが一番なのだ。後継云々は考えずに、とのことを、考えてもらいたい」

「ですが・・・」

 尚もゲンマは渋った。

では不服か?」

「いえ。身に余る光栄で御座います」

「憎からず思うてくれてはおるのか?」

「・・・はい」

「そうか。ならば、今はそれでよい。少しずつ、考えて欲しい」

「は・・・」

「ゲンマさん!」

 はやっとゲンマを見つけ、駆けてきた。

、はしたないぞ。一人前のレディにならなければ、家からは出してやらぬぞ」

「申し訳ありません、父上。以後気を付けます」

 ペコ、と頭を下げると、ゲンマに向き直った。

「ゲンマさんに渡したいものがあるの。来て?」

 くぃ、と腕を引っ張る。

「ひ、姫・・・」

 はゲンマを引っ張って、控え室に駆け込んだ。

「姫、このような密室に、男と2人きりは感心しません。戻りましょう」

「任務はもう終わりでしょ? 元に戻ってよ!」

「ですが・・・」

 は涙目で、控え室に置いた鞄を漁った。

 そして一つの包みを取り出す。

 くる、と振り返って潤む瞳でゲンマを見つめた。

「日、過ぎちゃったけど・・・受け取って。チョコ」

 綺麗にラッピングされた包みをゲンマに差し出す。

 目に溜まった涙は、今にも溢れそうだった。

「チョコ・・・?」

「バレンタインだよ。ゲンマさんに渡せたら、もう一回言おうと思ったの。受け取って」

 そう言ってゲンマの胸に押し付ける。

「あ、あぁ・・・」

 ゲンマはチョコの包みを手に取った。

 はそれを見て、小さく深呼吸した。

 そしてゲンマを真っ直ぐ見つめる。

「私、ゲンマさんが好き。大好き。何と言われようと、何があろうと、大好きだよ。大好き」

 感極まって、は泣き出した。

・・・」

 不安に震える細い肩。

 何度こんな思いをさせたことだろう。

 任務とはいえ、を不安にさせ、泣かせた。

 ゲンマは申し訳なくて胸が痛んだ。

 きゅ、とを胸の内に取り込み、優しく抱き留めた。

「・・・すまなかった・・・辛い思いさせて・・・ホントに悪いと思ってる・・・ゴメンな、・・・」

「・・・ゲンマさん・・・っ!」

 わぁ〜、とは泣き崩れた。

 ゲンマにしっかりと抱きついて。

・・・」

 ゲンマもしっかりとを抱き締める。

 えぐえぐと泣きじゃくりながら、はゲンマを見上げた。

 ゲンマもを見つめた。

 は、す、と目を閉じた。

 暫し時が過ぎる。

 ゲンマはの頭を抱き留め、胸元に取り込んだ。

「・・・ゲンマさんは優秀な忍びだから、任務中に礼節は破らないよね・・・」

 ゲンマは何も答えなかった。

 ただ、を抱き締めていた。

 その温かさに、は身を預ける。

「ゲンマさん・・・二十歳になって木の葉に戻ったら・・・私の気持ちは届くの?」

「・・・今は立派なレディになることだけ考えろ。待っているから・・・」

 捉えようによっては、肯定に聞こえる、その言葉。

 それだけで、はもう充分だった。

「あ〜っ、ずるいなぁ、ゲンマ君ばっかり〜。ちゃん、オレにはないの? チョコ〜」

 ゲンマの腕の中に浸っていると、ドアの所でカカシが微笑んでいた。

「え? はたけさんの? ゴ、ゴメン・・・無い・・・;」

 は慌て、涙を拭った。

「何言ってるんですか。毎年里の女性から山のように貰って困っている癖に」

 ゲンマはポケットからハンカチを取り出し、に差し出す。

「え〜っ、はたけさんってそんなにもてるの?」

「何言ってんのはこっちだよ。ゲンマ君だってごっそり貰ってるじゃない」

「嘘っ」

 ハンカチを受け取りながら、はビクッとゲンマを見上げる。

「あ〜・・・義理だよ、義理。気にすんな」

 こりこり、と頬を掻きながら、目を泳がせるゲンマ。

「嘘だよ・・・え〜、気になる〜!」

 お返しはどうしてるの? と気を揉む

「お返しか〜、それ目当ての義理で寄越すくの一には催促されるからしてるけど、それ以外はしてないよ。キリ無いし、気を持たせる訳にも行かないし。ゲンマ君だってそうでしょ?」

「そうですね」

「可哀相・・・」

「しょうがねぇだろ、応えられねぇんだからよ。オマエはともかく」

「えっ。私には応えてくれるの?」

 ぱぁっと笑顔になる

「ないがしろにはしねぇってこった。さて、もうすぐパーティーも終わるだろ。帰り支度しましょう、カカシ上忍」

「え、帰っちゃうの? もう。もちょっといてよ」

「悪ィな、。帰って報告書を提出しなきゃならんからな。戻ってこれる日まで我慢してくれ」

 ぽんぽん、と優しく頭を撫でる。

 その悠然とした微笑みが、10年前を思い出させた。

「・・・うん」

 寂しさを隠して、は頷く。

「どうせならホワイトデーのおねだりしちゃえば?」

「えっ・・・」

「会いに来て〜とか」

「カカシ上忍! 出来もしないことを軽々しく言わないで下さい!」

 ゲンマは眉を寄せ、吐き捨てた。

「お返しはいいよ。私の気持ちを伝えたかっただけだから。でも、良い夢見たいな〜また」

「そうだな。考えておく」

 パーティー会場に戻ろうとしたゲンマは、ふとポケットから何か取り出して、に渡した。

「・・・あ!」

 それは、かぼちゃ味のキャンディ。

 10年前にも貰ったもの。

「懐かしい・・・今でもあるんだ」

「9歳の姫は、それが大層お気に入りでしたので」

 の手を取って、会場に戻る。

 きらびやかな、現実の世界。

 また暫くこの世界の中。

 窮屈だけど、は今、幸せだった。





 ゲンマさん、少しだけど、一緒の時間を作ってくれて有り難う。

 また頑張るよ。

 待っててね。











 FIN.