【キッカケ】 カカシはいつものように、早朝、慰霊碑を訪れた。 『あれ・・・先客がいる・・・珍しいな。こんな時間に・・・』 濃い朝靄の中、慰霊碑の前に、立ち尽くす人物。 細身の小柄な体躯に、長い黒髪。 華奢さから、女のようだ。 格好を見ると、暗部服をまとっている。 カカシはその人物に、何故か懐かしさを覚えた。 気になってカカシが声を掛けようとすると、女は気配を殺して近付いたカカシに気が付き、慌ててその場を後にして跳び去っていった。 「えっ、ちょっと、おい・・・!」 女暗部は面を着けていた為、素顔は分からなかった。 だが、チャクラには覚えがある。 何処でだっただろう。 『一緒に任務したことがあれば、すぐ分かるよなぁ・・・』 その後、カカシが毎朝慰霊碑に訪れても、その女に会うことは無かった。 『もう一度会えないかな・・・』 カカシは、無性にその女が気になった。 変な感情を抱いている訳ではない。 何か重要なことが、胸の奥で引っ掛かっている気がするのだ。 『暗部は記録がないからなぁ・・・調べようが無い』 任務をこなしながら、アカデミーの卒業試験が控えていた。 『今年はどんなヤツが出てくるかな・・・』 任務に明け暮れているうちに、1ヶ月が過ぎようとしていた。 今日もカカシは慰霊碑を訪れる。 朝靄の中、人影を見つけて鼓動が逸る。 気配を殺してカカシは歩み寄る。 1か月前のあの女だ。 今日こそは正体を突き止めよう。 「・・・ねぇ」 面を外して慰霊碑に手を合わせていた女は、ビクリとして面を着け直し、その場を離れようとした。 が、里一と呼ばれるカカシのスピードに、暗部と言えど敵う筈もなく、アッサリと腕を掴まれる。 女は、血の匂いがした。 洗い流した痕はあるが、まだ染み付いている。 恐らく、任務帰りなのだろう。 「離・・・っ、・・・カカシ先輩?!」 面の奥からくぐもって聞こえる、あどけない、甘く柔らかな声。 まだ若い。 10代半ば過ぎというところか。 少女は腕を掴んだ人物に驚いて、顔を上げる。 「面・・・取って?」 少女は顔を背ける。 「暗部が正体バラす訳に行かないのは分かってるけどさ、オレも一応元暗部だし、今は下忍担当してるけど、要請かかればいつでも暗部に戻るしさ、いいでしょ?」 少女は渋々と面を外し、カカシを見上げた。 大きな漆黒色の瞳が強い意志を持ってカカシを捉える。 目鼻立ちのハッキリした、大層な美少女だった。 「あの・・・腕、離してもらえますか。逃げませんから・・・」 瑞々しいふっくらとした唇がゆっくりと動く。 「キミ・・・もしかして、か?」 ゴメン、とカカシは掴んでいたの腕を離す。 「・・・ハイ。ご無沙汰してます、カカシ先輩」 「懐かしいね・・・5年振りか? 中忍選抜試験以来だから・・・もう17歳か。すっかり綺麗になって。見違えたよ」 ニッコリとカカシはに向かって微笑む。 「カカシ先輩こそ、変わりましたね。前はそんな風に優しく笑う人じゃなかったのに」 細身で小柄のは、カカシより頭一つ以上小さかった。 「そ? オレは変わったつもりは無いけど・・・変わったのかなぁ?」 「少なくとも、そんな風に他人に無防備な顔は向けませんでした」 の大きな瞳はきつくカカシを捉えている。 何者も侵入を許さない、といった警戒体制のままだった。 「え・・・オレ、無防備かな?」 とは対照的に、あっけらかんと、カカシはを見つめる。 「それはそうと・・・、暗部なんだ? 5年前に初めて見た時から才能豊かだとは思っていたけど・・・」 「えぇ、2年前から。カカシ先輩、暗部辞めて下忍担当してるって本当ですか」 「辞めたのは5年近く前だけどね。それでも時々、要請があって暗部にも戻ってる。毎年アカデミーを卒業してくる候補生達の下忍認定試験で合格者が出なかったから、普通に任務をこなしつつ、時々暗部に戻ったりしてね。でも今年はようやく合格者を出したから、下忍を育てるお仕事に専念してオリマス」 恭しく、しかしおどけた感じで、カカシはニコッと微笑んだ。 「カカシ先輩程優秀な忍びが、何で下忍教育なんて・・・そのまま暗部続けていれば、一緒に任務出来ると思っていたのに・・・」 ゴニョゴニョと、は頬を染める。 カカシは、ふっと微笑んだ。 「オレが暗部辞めようと思ったのも、火影様の意向を受けて下忍教育に就いたのも、がキッカケだったんだよ」 「私が・・・? 何で・・・?」 は訳が分からず、キョトンとしてカカシを見つめる。 カカシは薄い水色の空を仰いだ。 5年前のオレは、若かった頃の馬鹿だった自分をいつまでも苛んで、無茶苦茶な戦いばかりしていた。 若かった頃の過ちは、いくら時が経っても消えなかった。 むしろ大きくなっていた。 それ故に、何年経とうが、オレは自分を許せず、自傷的に無茶ばかりやってきた。 血の匂いが取れることは無かった。 血と殺戮にまみれ、任務以上に敵を殺してきた。 敵味方問わず怖れられようと、厭わなかった。 誰かに罰して欲しかった。 そんな無茶ばかりしてるオレに、火影様は、休暇を与えようとした。 だがオレはそれを聞き入れず、勝手に任務に飛び交った。 火影様から下された罰は、中忍選抜試験の護衛というものだった。 初心に帰れ、と。 その時だった。 今年の中忍試験には、アカデミー出たてホヤホヤの新人下忍が出る、と聞いたのは。 稀に見ないルーキーがいるらしい。 それも女だという。 くの一でbPというのが俄に信じられず、オレは興味本位で、任務も忘れ試合を観ていた。 データを見る限り、アカデミーを首席で卒業し、こなした任務は殆どCランク、その実はBランク以上の任務もあったとか。 第1の試験、第2の試験と優秀な成績で突破し、本戦前の予選でも頭脳的な戦いを見せ、ルーキーとは思えない程、他を圧倒したと。 本戦を観ていて、それも頷けた。 このくの一・・・は強い。 かつて隆盛を極めた、家の最高傑作だろう、と。 下忍とは思えない高等忍術や作戦を駆使し、頭脳的に戦い、蝶が舞うように鮮やかに敵を倒していく。 誰もがこのの一挙手一投足に見惚れた。 カカシは、そのの姿に、かつての幼い自分を重ね見た。 写真はセピア色に色褪せても、思い出は鮮やかな色のまま、鮮明に脳裏に浮かぶ。 その後、が中忍に昇進したと聞いて、納得した。 火影が、カカシに一旦暗部を退かせ、下忍教育に就いてみないか、と言ってきたのは。 本戦を見て心の澱が僅かに落ちたカカシは、素直に要請を受けたのだった。 「初心に帰ったんだよ。過去の自分ばかり苛み続けていて、“今”を見ていなかった。今を生きる活力をくれたのが、の戦いぶりだったんだ」 「・・・でも、今年初めて受け持ったってさっき・・・?」 「あぁ、オレの試験は、ちょっと難しかったのかも知れないね。子供には分かりにくかったかもな。でも、今年はようやく手応えのある連中が合格したし、毎日が新鮮だよ」 「・・・何か、S級の手配帳に載っている重要人物が、下忍教育をしているなんて、信じ難いですね」 幾分警戒を解いたは、僅かに表情を和らげ、カカシを見上げる。 「優秀な忍びを育てるのも重要な任務さ。のこともオレが育ててみたいと思ったけど、オレなんか必要ないくらい、は忍びというものを理解してた。すぐに任務が与えられて、お互い忙しく、これまで話す機会もなかった。いつか会えたら、オレを解放してくれたお礼を言いたかったんだ」 カカシは柔らかく微笑んで、を見つめた。 「そんな・・・私なんて・・・まだまだです」 は頬を染めて、視線を逸らす。 「私にとって、カカシ先輩は理想でした。くの一が何を生意気なって思うかも知れませんが、カカシ先輩のようになりたかった。一緒に任務出来たらって、いつも思ってました」 「オレは、のようになりたかったけどね」 ニコ、とカカシは腰を屈めての顔を覗き込み、微笑んだ。 「え・・・」 見つめ合い、お互い吹き出すように笑い合う。 「やっと笑ったね。笑ってる方が可愛いよ、」 「なっ、何を言ってるんですかっ!」 は真っ赤になって、声を上げる。 「だって、ずっと警戒してたでしょ。忍びの悲しい習性だと分かっているけど、オレは寂しかったよ」 「そんな・・・っ」 「でも、笑顔が見れて良かった。暗部やってると、どうしても笑うことを忘れちゃうからね。暗部は感情のない殺戮マシーンにならなきゃってのはオレもそうだったから分かるけど、でも、人間であることを忘れたら、ただの殺人者だからね。感情も時には大切」 「でも・・・! 忍びは人間である前に忍びだと・・・!」 「そうだよ。でも、3代目は、そうは言わなかった。感情を失った殺戮兵器だったオレに、人間である自分を取り戻せと言った。忍びの“人間の部分”である“火の意志”が、木の葉を支えていくんだってね」 「火の意志・・・」 「難しいんだよ。忍びとして生きていくってのは。オレも20年以上忍びやってるけど、未だに試行錯誤を続けてるからね。奥が深いよ」 そう言ってカカシは慰霊碑の前に立ち、神妙な顔つきで慰霊碑を見つめた。 「カカシ先輩は・・・毎日此処に来てるんですか?」 「あぁ。自分を戒める為にね。此処に名を刻む大勢の仲間達や親友、大切な人達に語りかけて、気持ちを新たにするのが毎朝の日課さ」 「過ちを繰り返さない為に・・・?」 「そ。は、家族へ・・・?」 「・・・ハイ。いつか必ず、家を復興させる、と誓っています」 「12年前の九尾の事件だっけ・・・」 「えぇ。家族も兄弟も、全て失いました。一番幼かった私だけが助かって・・・だから、必ずの家を復興させる為に、私は死ねないんです」 「・・・余り気負わないでね。昔のオレを見てるようだよ。でも、いつ死んでもいいとか思ってるよりいいか」 振り返って、カカシは微笑んだ。 「カカシ先輩も、ゲンマ兄さんと同じ事言うんですね。そんなに気負ってるのかな、私・・・」 口を尖らせるの姿が、年相応に見えて、可愛らしかった。 「あぁ、そう言えばゲンマ君とは親戚筋に当たるんだったっけ? 12年前の九尾の事件で天涯孤独になって、ゲンマ君が引き取ったって、中忍試験の時の試験官やってたゲンマ君に聞いた。今もゲンマ君と暮らしてるの?」 「いえ。中忍に昇進して暫くした時に、これ以上迷惑かけられないと思って、独り暮らしを始めました」 「そうなの? まだ若いのに、大変でしょ? 孤独が辛いことだって分かってるのに、どうして自ら独りになったの?」 「ゲンマ兄さんも、戦乱時代に両親を失って、エルナ姉さんと2人きりで乱世を生きてきてました。そのエルナ姉さんも、すぐ・・・10年以上前に戦争で命を落とし、ゲンマ兄さんと2人になりました。ゲンマ兄さんには独り暮らしは止められたけど、これ以上迷惑かけたくなかったんですよ。いい年をした若いゲンマ兄さんが、血の繋がりの薄い妹と暮らしてたんじゃ、・・・その・・・女の人だって出来ないでしょうし・・・」 は頬を染め、ゴニョゴニョと呟く。 「ハハハ。子供が変な気遣うなよ。結局ゲンマ君は今でも独り身だし、まぁオレも他人のことどうこう言えないけど、ゲンマ君は責任感ある男だし、が一人前になるまでは、おちおち結婚も出来ないんじゃないかな」 見守っていたいんだよ、とカカシは微笑む。 「もう一人前ですよ。ゲンマ兄さんも私のことばっかり気遣ってないで、早くいい人見つけないと、もうすぐ三十路ですよ。全くもう・・・」 プク、とは膨れる。 「耳が痛いね。でも、多分ゲンマ君は、父親の気分なんだよ。が成人して安定するまでは、自分のことは二の次なんじゃないかな」 「ゲンマ兄さんの方が先に身を固めてもらわないと、私の方こそ見守る気分ですよ」 「どうせなら、がお嫁さんになっちゃえば」 「なっ、ななな、何を言ってるんですかっ! 私とゲンマ兄さんは、一回りも違うんですよ! 私にとってゲンマ兄さんはあくまでも兄さんだし、ゲンマ兄さんだって私のことは妹としか思ってないですよ!」 カカシの突拍子も無い発言に、は赤くなって反論する。 「そ〜お? じゃ、オレ立候補しちゃおっかな」 「何をですか?」 「何って、決まってるでしょ? のカ・レ・シv」 どぉ? とカカシはニッコリ微笑んでの顔を覗き込む。 「なななっ・・・」 は顔を真っ赤に染めて、わなわなと震えていた。 「、今日任務ある?」 「やっ、休みですけどっ」 長期任務から帰ったばかりなんで、とはしどろもどろになりながら答える。 「オレ、今日の任務は昼までには終わるんだよね。折角こうして会えたことだし、デートしようよ」 「はぁ?!」 じゃ、お洒落してきてね〜、とカカシは微笑みを残し、消えていった。 はカカシとの約束など無視しようかとも思ったが、憧れの人から誘われて舞い上がらない筈もなく、家に帰って風呂に入って血の匂いを全て落とし、身体を磨いた。 お洒落をしてきて、と言われたが、生憎は女らしい服などそれ程持っていない。 諜報活動用の服があるのみだ。 そんな服を着るのもどうか、とは考え抜いた挙げ句、どうにも天の邪鬼な為、“忍服の正装”姿で出掛けた。 額当てをし、ベストを纏って。 普段着ることがないので、これも一つのお洒落だ、と自分に言い聞かせ。 「ハハハ。らしいね。でも忍びのデートだし、いっか」 を見るなり、カカシは笑って、そう言った。 「その額当ての巻き方見ると、やっぱりゲンマ君の血筋だなぁって感じだね」 は、ゲンマと同じ額当ての巻き方をしていた。 「鋭い眼光とかも似てるしね。でも楊枝はくわえちゃダメだよ」 「くわえませんよ。っていうか、アレは千本です。使いやすいように細工してますけど」 「分かってるよ。さ、何処に行こうか」 「・・・詰め所に待機してなくていいんですか?」 照れ隠しに、は尋ねる。 「アレ? 此処に来てるって事は、OKって事でしょ? 大丈夫だよ。招集があれば鳥が伝えに来るから」 余り遠くには行けないから里を出るのは無理だな、とカカシは考え込む。 「まだ18歳未満だもんなぁ・・・じゃ、映画は無理か・・・」 今映画館でやっているのは、R指定のもの。 大人気だという小説の映画化らしいということは、世俗に疎いでも知っている。 「カカシ先輩って、そういうの好きなんですか?!」 「デートって言ったら、やっぱりまずは映画が定番じゃない」 「じゃなくって、そういうのが好きなのかって・・・」 「いい映画だよ、アレは。偏見持っちゃダメだよ?」 ニコ、とカカシは微笑む。 「はぁ・・・」 「はお団子とかお汁粉とか好き?」 「甘いものはあんまり・・・」 「変わってるね」 「女は誰でも甘い物が好きって偏見持たないで下さい」 「ハハハ、ゴメンゴメン。じゃ、天気もいいし、丘の上で木の葉の景色を眺めながら、日向ぼっこしようか」 行こう、とカカシは手を差し出す。 「え・・・」 戸惑っていると、カカシはニッコリ微笑んで、の手を取って握り、歩き出した。 「ちょっ・・・」 頬を染めながら、は抗議する。 「デートだよ? 手を繋ぐのは常識デショ?」 渋々黙ってカカシと並んで歩き出したを他所に、カカシはご機嫌で鼻歌まじりに丘に向かった。 『こんなコトなら普通の服着てくるんだった・・・忍服じゃ、忍び同士が手を繋いで歩いてるなんて、恥ずかしすぎる・・・』 「男と女、どんな格好だっていいじゃない。忍服だろうと私服だろうと、本人達がデートだって思えば、何を着てたってさ」 カカシに心を読まれた。 つくづく敵わないなぁ、とは感嘆する。 小高い丘の上は、風が吹き抜け、とても気持ち良かった。 「やぁ、風も気持ちいいし、眺めもいいし、天気はいいし、美女は隣にいるし、サイコーだね」 うん、とカカシは伸びをした。 「そうですね。風は気持ち良く吹いているし、見晴らしはいいし、天気もいいけど、変な男が隣にいて、変な気分ですね」 「〜〜〜」 カカシはがっくりと項垂れ、木の幹に凭れかかる。 「冗談ですよ」 クスクス、と笑ってもカカシの隣で凭れかかった。 「こうして見ると、木の葉の里は平和ですね」 戦乱の世が嘘みたい、とは吹き抜ける風に身を任せる。 「そうだね。先人達の奮闘のお陰さ」 「先人達とか言って、カカシ先輩達現役だって貢献してるでしょ?」 「ん〜ま、でも、オレもまだまだだよ」 「カカシ先輩がまだまだなんて言ったら、私はどうなるんですか。欠片も及ばないですよ」 「ハハ、そんなことないよ」 「私なんかが、本当に里の役に立っているのか・・・」 「コラコラ、。さっきから言おうと思ってたけど、自分のことを“私なんて”とか“私なんか”なんて言っちゃダ〜メ。自分を卑下することはないよ。その若さで、ましてやくの一の身で、暗部やってるんだからさ。それだけが優秀って事でしょ?」 「そ、そうかな・・・」 カカシが座ろ、と言うので、木の根元に腰を下ろした。 「カカシ先輩」 「ん? ナ〜ニ?」 「どうして私な・・・私をデートになんて誘ったんですか?」 「ん〜、そりゃ、キミが魅力的だからv」 「真面目に答えて下さいよ!」 「オレはいつだって真面目よ? こんなに若くて可愛いコを、放っとく男がいる訳ないじゃない」 「からかわないで下さい!」 飄々として答えるカカシに、は真っ赤になって照れている。 「ん〜そうね、慰霊碑に佇むキミの背中を見て、重い物一杯背負って見えたから、気分転換だよ。オレも経験してることだからさ。オレの時にはそういう存在は居なかったし乱世だったからいつまでも引き摺ったけど、今キミの前にはオレがいるだろ? かつての自分を見ている気がしたからさ。だから火影様の真似をしてね」 「自分の為にも、ですか」 「そうとも言う」 ゴメンね? とカカシはを見つめて、優しく微笑んだ。 寂しさを含むその笑顔を見て、はカカシの奥深さを知った。 「・・・でも、そうやって笑うことができるようになったって事は、カカシ先輩には心の余裕が出来てるんですよね」 「ん〜まぁ、少しはね。には・・・まだ無いかな?」 「カカシ先輩見てたら、少し出来ました」 「そ? なら良かった。オレでも役に立ってるんだね」 ニッコリ微笑む瞳は、右目のみ。 左目は額当てで隠されて、顔下半分は、口布で覆われている。 顔の殆どが隠れていて表情など殆ど分からない筈なのに、それでも笑っていることが分かるということは、それだけ表現が豊かなのだ。 私のような作り物の笑顔と違って、もう悟りの境地なのだろう。 まだまだ若輩者の私などより、遥かに多くの修羅場をくぐって、色んな人生経験をしてきている。 は、ゲンマとは一味違った器の大きさを、カカシに感じた。 「あの・・・カカシ先輩。訊いてもいいですか?」 「ん?」 「カカシ先輩の・・・その写輪眼はどうして・・・」 「オレのことが・・・知りたくなった?」 「・・・はい」 「知りたいということは、多少はオレに気があると思って自惚れていいのかな」 「た、多少は、ですよ」 「でも嬉しいな。ん〜でもね、写輪眼以外のことなら答えるよ」 最初から、答えが貰えるとは思っていなかった。 カカシは、他人と馴れ合うのを好まない、自分と似た人種だと。 多分、何を訊いてもはぐらかすだろう、と。 カカシの人となりは、もう分かっている。 それ以外、何を訊いても意味が無い。 ありきたりの質問をする気は無かったが、一つだけ、一番ありきたりな質問をしてみることにした。 「カカシ先輩のその口布の下ってどうなってるんですか?」 「は?」 「他のくの一達が、よくきゃあきゃあと騒いでるんで」 「普通に鼻と口があるだけだよ」 「分かってますよ。どんななのかなって」 「オレの口布を取った姿を見ると、幻術にかけられるようになってるんだよ」 パタッと倒れて、昏睡状態に・・・とカカシは脅かす。 「あの・・・中忍試験のサバイバルの巻き物じゃないんですから・・・」 「ハハ。冗談だけどね」 「誰にも見せないんですか?」 「そんなことないよ。仲間達と飯食いに行ったり飲みに行ったりすれば取るからさ。・・・見たい?」 頭の後ろで手を組んで幹に寄り掛かっていたカカシは、隣のを覗き込む。 「・・・まぁ」 「じゃ、見せてあげよっかな・・・」 幹から身体を起こすカカシは、おもむろにに覆い被さるように顔を近付ける。 「え・・・ちょ・・・っ」 はカカシの顔が至近距離に来て、鼓動を高鳴らせた。 カカシはの間近までやってくると、僅かに口布を下げ、のふっくらとした瑞々しい唇をかすめ取っていった。 「な・・・っ」 カカシは既に口布を戻し、ニッコリと微笑んでいる。 「ゴチソウサマv」 「何するんですかっ」 は真っ赤になって、声を張り上げる。 「や〜、やっぱりの唇は柔らかくって甘かったな」 カカシは満足したように頷いている。 「ももう17だろ? 諜報活動で、女を武器にすることも必要だろ。もっと慣れなきゃダメだよ。でもオレがこれ以上やったら淫行罪で捕まっちゃうから、残念だけどここまでね」 ホントはディープキスとかしたかったけど、とカカシは笑う。 「ちゃっ、ちゃんと出来ますよ! 訓練も受けてます!」 「そ? その割には、手を繋いだりキスしたリに狼狽えまくってるじゃない」 「そ・・・それは・・・カカシ先輩・・・だから・・・」 は真っ赤になって、ゴニョゴニョと言葉尻をごまかした。 「え? 何か言った?」 「何でもないです!」 照れ隠しに、プイ、とは顔を背けた。 まだ心臓がバクバク言っている。 カカシに悟られないよう、ほんの少し、カカシから離れた。 離れられたことが分かって寂しいカカシは、おもむろにの脚の上に頭を載せて寝転がった。 「ちょっ・・・;」 「デートって言ったら、彼女の膝枕でしょ。の髪、キレーだなぁ。手入れ大変そう」 カカシはを見つめながら、顔に垂れてくる絹糸のような長い髪を手で梳いた。 「別に、手入れなんて普通のことしかしてませんよ。それより意外でした。カカシ先輩の髪の毛って、固いのかと思ったら、柔らかいんですね」 「オレ、つむじが変なトコにあるからね〜。ナルトにも変な髪型って言われちゃったし」 そんなに変かなぁ、とカカシは自分の髪を撫でる。 「ナルト?! って・・・九尾の?!」 「オレの部下なんだ」 「やっぱり九尾のことがあるから、カカシ先輩が見てるんですか?」 「うん? さぁ、火影様から命令されたけど、そうなのかもね。でも、ナルトは九尾の化け物じゃない。木の葉の里の、うずまきナルトだよ」 ニコ、とカカシは微笑む。 「そう・・・ですよね・・・もう12年か・・・つい最近のことのような気がしてたけど、もうそんなに経ってるんですね。彼が忍びになる程・・・」 「そ。5歳のちっちゃいコが、暗部で活躍するくらい、時は経ってるんだよ」 「暗部かぁ・・・カカシ先輩って、いくつで暗部になったんですか?」 「オレ? 確か上忍になったのが8歳の時だから、9歳の時だったかな」 オレは特別上忍すっ飛ばされたから、とカカシはの髪を指に巻き付けて遊んでいる。 「ゲンマ兄さんも暗部にいたんですよね。一緒に任務したことあります?」 確か私が拾われた頃、ともカカシの髪を指で梳く。 「何度かね。九尾の事件の頃から2年くらいの間、たまに一緒だったよ。・・・あ」 「? 何ですか?」 「そうだ、、ゲンマ君にからも言ってよ。敬語やめてって」 「・・・ゲンマ兄さんって、カカシ先輩に敬語使うんですか?」 年上なのに、とは少々驚く。 「そうなんだよ。オレがいくら言っても、ケジメです、とか言ってさ。呼び捨てでタメ口きいて、ってからも言ってやってちょ〜だい」 「やっぱりカカシ先輩の方が上司だからなのかな。はたけ上忍って言われるんですか?」 それが嫌なんだ、とは尋ねる。 「ううん。カカシ上忍。捻くれてるんだよ、ゲンマ君は」 「アハハ。砕けてるからいいじゃないですか。って、それで敬語なんですか? おっかし〜」 ケラケラ、とは笑った。 「暗部の時は何て言われてたんですか?」 「カカシ隊長」 アハハハハ・・・・とは高らかに笑う。 「ゲ、ゲンマ兄さんらしいって言うか・・・」 目尻に涙を浮かべて笑うを見て、カカシは優しく微笑んだ。 「やっぱり、笑顔が似合うね。日の射すところでの笑顔。は可愛いんだから、その笑顔忘れちゃダメだよ」 「もうっ、カカシ先輩ってばからかってばっかり!」 真っ赤になって、は顔を背ける。 「からかってなんかいないよ。オレはいつだって本気だって言ったでしょ? は可愛いよ」 真摯な瞳が、を捉える。 気恥ずかしくて、はカカシを見ることができない。 上体を起こすカカシは、再び口布を下げて、に迫ってくる。 「ちょ・・・」 先程よりは深く長い口付け。 の中では、時が永遠に止まったような気がしていた。 ゆっくりと離れると、はとろけそうな瞳でカカシを見つめた。 「ヤバイな。そんな顔されたら、それ以上したくなっちまう。狼さんにならないうちに、帰ろっか」 立ち上がるとカカシは、に手を差し伸べた。 頬を染めたまま、はカカシの手を取って立ち上がる。 丘を歩きながら、カカシはやはり鼻歌まじりに手を繋いでいる。 「・・・さ」 「ハイ?」 「家再興もいいけど、気が向いてはたけ家を再興する気になったら、いつでもオレのトコに来てよね」 「なっ、何を言ってるんですかっ! カカシ先輩と私は9つも離れてるんですよ!」 「そんなの、3年もしたら気にならなくなるよ」 お互い20代でしょ、とカカシは微笑む。 「もうっ・・・」 「ねぇ、今度はいつ会えるかな?」 「・・・分かりませんよ。明日からまた任務で忙しいし、カカシ先輩だってそうでしょう?」 「そっか。暇が出来たら、オレに会いに来てね」 「暗部に暇はありません」 棒読みでは返す。 半ば照れ隠しで。 「オレはまたに会いたい。こうしてデートもしたい。ダメ?」 「べ・・・別にダメじゃ・・・」 「そ? 良かった。じゃあこの足で、ゲンマ君に挨拶に行こうかな」 「な、何を・・・」 「さんを下さいって」 「な・・・っ」 「ダメ?」 「ダメです!」 「ちぇ。じゃあ、さんとお付き合いさせて下さい、かぁ」 「それもダメです!」 「え〜、何でよ〜。さっきいいって言ったじゃな〜い」 「言ってません!」 「言ったよ〜」 「言ってませんってば!」 「い〜や、言った」 「言ってません!」 永遠に繰り返しながら、カカシとは手を繋いで丘を下りていく。 夕日が眩しい。 カカシ先輩、やっぱり幻術かけたでしょ。 恋の幻術。 END. ありきたりドリームの定番をば。 |