【オムスビ】







 サスケは、7歳の時から独り暮らしをしている。

 必要に迫られて、料理も覚えた。

 だが、大抵面倒臭くなって、オムスビを作って、色々な具を入れて食べて、後は栄養補助に野菜、主にトマトを食べている。

 オムスビは簡単に作れるし、手軽に食べられるし、サスケはオムスビが好きだった。

 特におかか入り。

 オムスビはスタミナがついて持久力もアップするし、修業の時にうってつけだ。

 トマトもまた、体内の臓器を正常に機能させ、疲労回復の効果がある。

 今日も、サスケはおかかオムスビとトマトを持って、修業に行った。









「米がもう残り少ねぇな・・・買いに行ってくるか・・・」

 いつも寄っている米屋に行くと、見慣れない女が店番していた。

「あの〜、米くれ。5キロ・・・」

「ハイ、毎度・・・って、あれ、もしかして、うちは・・・サスケ君?」

 長い黒髪の美しい、可憐な少女だった。

 サスケより少し上くらいだろうか。

「何でオレの名前を知っている? いつものオッサンはどうした?」

 サスケは怪訝に思い、警戒する。

「そりゃ、近所に住んでれば知ってるわよ。私は最近此処で雇ってもらったの。家族もいないし、独り暮らしでさ。生活していくには、働かないとでしょ」

 少女はニッコリ微笑んで、5キロの米を用意する。

「家族いねぇのか? 生活保護があるだろ」

「ん〜そうだけど、ただお役所のお世話になってるだけより、働いた方がいいと思って。この里は子供が働くのも珍しくないでしょ」

 戦乱に追い打ちをかけるように、九尾の事件で、孤児が沢山溢れた。

 それはサスケも知っている。

 自分の家族は九尾の事件では残ったが、4年前、一族滅ぼされた。

 兄・・・イタチに。

「私、、14歳。これからも宜しくね、サスケ君」

 それが、との最初の出会いだった。









 あれから1年近くが経とうとしていた。

 この1年近くの間、は時折サスケの修業場に顔を出した。

 早朝と、夕暮れ。

 決まって、差し入れを持ってきてくれた。

 米屋の店員らしく、いつもオムスビだった。

 育ち盛りのサスケは、ガツガツと貪るように食べた。

 今まで自分で作っていたオムスビ。

 人の握ったものがこんなに美味いなんて、久しく忘れていた。

 いつもお弁当にオムスビを握ってくれていた母親。

 もういない。

 のオムスビは母親を思い出させた。

 最初は気が散ると言って煙たがっていたサスケだったが、いつしかがやってくるのを楽しみにして、優しく修業を見守ってもらっているのが、支えにもなっていた。





「米が切れたな・・・買いに行くか」

 柄にもなく心を躍らせながら、サスケは店に向かう。

 に会うのは久し振りだ。

 報告したいことがあった。

「米くれ・・・5キロ」

「ハイ、毎度・・・あ、サスケ君! 久し振り!」

 いつもと変わらない、の笑顔。

 この笑顔を見ると、癒される。

「ゴメンね〜、最近行かなくって。ちょっと落ち込んでてさ。サスケ君に会いに行きたかったけど、頑張ってるサスケ君に暗い私を見られたくなかったんだ」

 そう言って、は寂しそうに微笑む。

「何だよ・・・何かあったのか?」

「ううん。ちょっとトラウマでね。この時期は、ダメみたい・・・って、サスケ君! 額当てしてるじゃない! そっか、卒業したんだね、おめでとう!」

「あぁ・・・」

 照れ臭そうに、サスケは視線を泳がせる。

に・・・下忍になれたって報告しようと思ってて・・・」

「下忍認定試験も合格したんだ? いいなぁ。サスケ君、ずっと首席だったって聞いてるもんね。当たり前か」

 の笑顔に寂しさを感じるサスケは、怪訝に思った。

「じゃあ、お祝いにご馳走作ってあげる! サスケ君のお家に行ってもいい?」

 寂寥感を払拭して笑うは、いつものように米を用意して、サスケの顔を覗き込んだ。

「別にいいけど・・・」

「じゃ、お店終わったら行くね! もうすぐ上がりだから、待ってて」





 ベッドに寝転がって考え事をしていたサスケは、チャイムを聞いて、飛び起きて玄関に向かった。

「お邪魔しま〜す」

 買物袋を沢山提げたを、台所に案内する。

「好きに使ってくれ」

「うん。ありがと。腕によりをかけるから、ちょっと待っててね」

 も独り暮らしが長いというだけあって、手際よく調理を進めていった。

 15の子供とは思えない程、上手だった。

 空腹をくすぐる匂いに、サスケはウキウキと出来上がりを待った。

「お待たせ〜♪」

 何年振りだろう。

 こんなに豪華な食事がこの食卓を飾るのは。

「すげぇ・・・」

「一杯作ったから、沢山食べてね? 栄養バランスもちゃんと考えてるんだよ〜」

 さ、食べよ? とはエプロンを外して席に着く。

「いただきま〜す」

 サスケと揃って、食べ始める。

「・・・美味い」

「そう? 良かった」

 空腹でたまらなかったサスケは、ガツガツしながらも、存分に味わいながら食べていった。

「ふぅ。美味かった。料理上手いな、

 サスケにしては珍しく、素直に言った。

「独り暮らし歴長いもんね。サスケ君に喜んでもらえて良かったよ」

 片付けながら、はニッコリ笑う。

 さらりと流れる長い髪に、思わず見惚れる。

「何で家族いないんだ? 忍びだったのか?」

 サスケの問いに、は俯く。

「・・・何か、悪いこと訊いたか? オレ」

「ううん。・・・昔ね、抜け忍の追い忍やって、両親とも返り討ちに遭っちゃった」

 切なそうな顔では言葉を紡ぐ。

 無理に笑顔を作ろうとしていたが、作り笑顔も出来ない程、まだ心の爪痕は大きいようだった。

「そうか・・・」

 いつもから感じていた、自分に似た孤独の匂いは、これだったのか、とサスケは思う。

 は自分を分かってくれる。

 そう思って、ずっと閉ざしてきた心を、にだけは開いてきた。

 お互いの傷を舐め合おうという訳ではなかったが、なら自分の思いを分かってくれる、そう思っていた。

 兄、イタチに復讐をするということ。

 でも、はサスケがその話をすると、決まって寂しそうな顔をした。

 その理由は、まだサスケには分からなかった。

「でも、両親とも忍びだったんなら、何では忍びにならなかったんだ? 敵を討とうとか思わないのか?」

「・・・復讐からは何も生まれないよ。そりゃ、勿論考えたよ。でも、私にはその力が無かったの。アカデミーには通ってたけど、忍びにはなれなかったから」

 は寂しく微笑む。

「卒業できなかったのか? でもはチャクラ持ってるだろ? こうしていても感じるし。何でだ?」

「卒業は出来たよ。忍術も使えるし。でも、下忍認定試験で合格できなかったの」

 それを聞いて、だからは、サスケの話を聞いた時に、いいなぁ、と言ったのだ、とサスケは気付いた。

「だったら何度でも挑戦すりゃよかったじゃねぇか。はいいチャクラ持ってるし、挑戦し続ければ絶対・・・」

「ありがと。勿論、すぐに諦めたりはしなかったよ。担当上忍の先生に向いてない、忍びを辞めろ、って言われても、挑戦し続けた。でも、3年続けてダメだったの。流石に、ホントに向いてないんだなぁ、って思って、挫折しちゃった」

 だから今のお店に雇ってもらったの、と付け加える。

「その上忍、目が曇ってんじゃねぇか? は絶対忍びに向いてるって」

「ありがと。・・・でも、運が悪かったんだよ。いつも難しい試験だったから」

「オレの時も難しかったけど、オレも担当上忍に忍者辞めろとまで言われたけど、何とか合格したぜ。これからだって遅くない、また挑戦しろよ」

「うん・・・でも、仲間が必要でしょ。スリーマンセルじゃなきゃ。私もう15だし、今のアカデミー卒業年齢って12でしょ。合わないかなぁ、なんて・・・」

「仲間か・・・1人じゃ合格できねぇもんな。面倒臭ぇよな、仲間なんて。オレは1人で充分だってのに」

「あら、それは違うわよ。仲間がいてこそ、個人も生きてくるのよ。サスケ君合格できたのに、変だよ、それ」

 スリーマンセルの意味理解したんでしょ? とはサスケの顔を覗き込む。

「まぁ、な。でもやっぱり邪魔くせぇよ」

「サスケ君・・・孤独が辛いって分かってるのに、どうして仲間を大切に思わないの? 仲間の存在が、己を強くしてくれるんだよ」

「・・・分かってるけど・・・」

「頭では理解しても・・・心が素直になれない?」

 ふっとはサスケに向かって微笑みを向ける。

 サスケが答えずに黙っても、には分かっていた。

「任務をこなしていけば、追々分かっていくよ。頑張ってね、サスケ君」

 じゃ、また修業の時に差し入れに行くね、とは帰っていった。











 サスケはDランクの下らない任務ばかりで、一体何が分かるんだ、とイライラしていた。

 ナルトは鈍くさいし、サクラは足手まといだし、カカシはやる気を感じさせないで飄々としてるしで、靄靄が大きくなっていた。

 そのくせカカシは、サスケのチームワークのなさを戒める。

 自分が手本を見せろ、と言いたい。

 いつも本読んでばかりいやがって。

 強さは分かったが、もっと真面目にやれってんだ。

そりゃ、確かに下忍認定試験の時のカカシは強かった。

 凄みを見せた時も、恐ろしくもあった。

 カカシの言いたいことも分かった。

 でも、こんなお気楽任務で、どう実践していけって言うんだ。

 サスケはイライラしていた。

「どした〜? サスケ。今日もまたエラくイライラしてるな。ストレス溜めると、お腹の子に良くないわよ?」

 おどけてカカシは、ニッコリ微笑む。

「オレを妊婦扱いすんなっ!」

 任務が終わって帰るサスケの後を付いてくるカカシに、サスケは吐き捨てる。

「ハハ。冗談だけどな。ま、文句が言いたいのも分かるが、こういう任務も、大切なんだよ。それが分からないようじゃ、オマエに上は望めないよ」

 イチャパラを読みながら、カカシはサスケの後を付いてくる。

「何で付いてくるんだよ」

「サスケの生活振りを見せてもらおうかと思ってね。管理者としての責任上、部下のことは把握しておかないとね」

「勝手にしろ」

「今日の予定は?」

「修業だ。見ても面白いモンはねぇ、帰ってくれ」

「ダメダメ。どういう食事をしてるのかとかも知りたいしね。サスケ、独り暮らしでしょ? 栄養バランス考えてるかな、とか心配だから」

「心配ねぇよ。ちゃんと摂ってる。だから帰ってく・・・」

「サスケくぅ〜ん!」

 通りの先から、の声がした。

 サスケは頭を押さえる。

「呼ばれてるね。知り合い? もしかして彼女?」

「そんなんじゃねぇよっ」

 だからサッサと帰って欲しかったってのに。

 のことは知られたくなかったのに。

「サスケ君、任務終わり? 私も仕事終わったから。今日、夕御飯作りに行っていいかな」

「・・・いいけど・・・」

「スミに置けないな〜。こんな彼女がいたん・・・」

「だからそんなんじゃねぇって・・・!」

「あれ?! カカシ先生?! どうして此処に?!」

 は驚いたように、カカシを見上げた。

「ん? アレ? 何処かで見覚えが・・・あ! もしかしてキミ、?」

「ハイ。お久し振りです、カカシ先生。もしかしてサスケ君の担当上忍って、カカシ先生なんですか?」

「そ。、1年振りくらいか? すっかり綺麗になって、この年頃の女のコは成長が早いね。最初気付かなかったよ」

「そんな・・・」

「何でとカカシが知り合いなんだ?」

 長閑かなムードが漂うのが面白くないサスケは、切り裂くように割って入った。

「あのね、下忍認定試験の時の担当上忍が、カカシ先生だったの」

「って・・・去年の?」

「・・・ううん。去年だけじゃなくってね、3年間、ずっとカカシ先生だったんだ。またキミか、とか言われちゃう始末」

 照れ臭そうに、は舌を出す。

「はぁ?!」

「や〜、運命的だったよねぇ。今年もまたキミかな〜って思ってたんだけど、名簿に載ってなかったけど・・・」

「去年を最後に、諦めました」

「そうか。残念だな」

「・・・っ、残念とか言うんなら、何でを合格させなかったんだよ! は立派な忍びになれる素質持ってるだろ?! 何で・・・」

「サスケ、オレの試験を合格したんだから、分かってるだろ。一番大切なのは、チームワークだって」

「それならは・・・!」

「そう。だけが、オレの出した試験の意味を理解してくれていた。でも、試験はスリーマンセルだからね。毎年が仲間にいくら言い聞かせても、実践しようとしてたのはだけだったんだ。他の連中には理解されなかった。・・・だから、合格させることは出来なかったんだよ」

 仲間に恵まれなかったんだよね、とカカシは寂しそうに笑う。

「皆を説得しきれなかった、私の力不足ですよ」

「そんなことないよ。他の連中は、聞く耳も持たないで、自分のことしか考えていなかった。・・・だけでも合格させられるもんならしてあげたかったけど、任務は小隊組んでやるものだからね。残念で仕方がないよ」

「もう吹っ切りました。仲間に恵まれていなかったというよりも、私にそれだけの力がなかったんですよ。今はサスケ君の成長見てるのが楽しいです」

 ニコ、とは微笑む。

「サスケには耳が痛いかな?」

「うるせぇよ」

「それはそうと、ってサスケにご飯作ってるの?」

「たまにですけどね。朝晩の修業にオムスビの差し入れしたり、時々ご飯作りに行ったりして」

「そっかぁ、サスケにそんな存在がいたとはねぇ」

「うるせぇな、とっとと帰れよ」

 照れ隠しにサスケは言葉がぶっきらぼうになる。

も独り暮らし始めて・・・もう5年か? 料理もいっぱしのモンだろうね。じゃあ、心配はないかな・・・サスケ、のことは大事にしろよ?」

 じゃ、お疲れ〜、とカカシは消える。





「ったく・・・余計なお世話だ」

 顔を赤らめて、サスケは修業場に向かう。

「そっかぁ、サスケ君の先生がカカシ先生とはね。奇妙なトコで繋がりあったんだね? 私達」

 クスクス、とは笑ってる。

「やっぱり納得行かねぇ。ちゃんと条件満たした優秀なが、仲間がダメなせいで忍びになれねぇなんて」

「だから、私はもう吹っ切ったの。今年の試験の頃はちょっと思い出して辛かったけど、もう大丈夫だから」

 澄んだ瞳ではサスケを見つめる。

 だからあの頃は会いに来なかったんだ、とサスケは気付く。

「仇討ち、諦めるのかよ。復讐からは何も生まれないっては言ったけど、それでも両親の無念を晴らそうとは思わないのか?」

「・・・私にそれだけの力は無いわ。相手は、とても強い人だから」

「知ってるヤツなのか? その抜け忍」

「そりゃ、近くに住んでれば知っ・・・」

 言いかけて、はハッとして口を覆った。

「近くに? じゃあオレも知ってるヤツか? が独り暮らし始めたのは5年前からだってさっきカカシが言っ・・・」

 サスケは気付いた。

 その“抜け忍”が、の両親を殺したのが誰か、を。

「イタチ・・・なのか?」

 サスケは、強い瞳でを見つめた。

 はサスケと視線を合わそうとはせず、俯いている。

 それは肯定なのだ、と理解した。

「何ですぐ言ってくれなかったんだ! 言ってくれてたら・・・!」

 サスケは勢いよく、大木の幹を叩いた。

「言ってたら・・・どうだって言うの? 何処にいるか分からないお兄さんを探しに、里を抜ける? だから言えなかったんだよ。サスケ君が、復讐を強く望んでいるのを知っていたから」

 真摯な瞳で、はサスケを見つめる。

「でも、キミにはまだそれだけの力がない。言ったでしょ、復讐からは何も生まれないって。忍びをやっていれば、いつだって死と隣り合わせだもの。それを両親だって分かっていたし、私も理解してた。大切な人の命を奪った相手を恨んでも、復讐しても、大切な人は帰ってこないもの。虚しさが残るだけよ」

「それでも・・・!」

「本音を言えば、サスケ君には復讐はやめて欲しい。敵わないからとかそういうことじゃなくて、その事しか考えなくて、仲間を捨てるようなことになって欲しくないから。孤独を生きてきたのに、やっと出来た仲間でしょ? 大切にして欲しい」

 ね? とは微笑む。

「でも、には・・・」

「私には、サスケ君がいるもの。私の大切な人。ね?」

 サスケはかぁっと赤くなる。

「サスケ君が強くなっていって、この里で活躍していくのを見守るのが、私の楽しみだよ」

「自分が忍びになれなくても・・・?」

「うん。私じゃサスケ君の支えに・・・ならないかな?」

「そんなことは・・・」

「良かった。じゃあ、もっとお料理一杯勉強して、美味しい食事食べてもらえるようにならないとね。サスケ君、復讐は忘れて、仲間の為に、木の葉の為に、強くなってね」

 サスケからの返答はない。

 無理もなかった。

 この5年間ずっと、復讐だけを考えて、独りで孤独を生きてきたのだろうから。

 カカシ先生は帰り際、に耳打ちしていった。

 “サスケの支えになってやってくれ”と。

 サスケ君、サスケ君には、心配してくれる仲間がいるじゃない。

 私だけじゃなくて、カカシ先生や、一緒に合格した仲間が。

 それを忘れないでね。









 今日もサスケは修業に向かう。

「サスケくぅ〜ん! 差し入れ持ってきたよぉ!」

 のオムスビは、ささくれたサスケの心を癒してくれた。

 そしての温かく柔らかな笑顔が、サスケの冷えきった心を温めてくれた。

 思えば、アカデミーにいた時に何処かで見た髪の長いくの一候補の姿が印象的で、ずっと心の奥にいた。

 それはだったんだ、と今は思う。

 どうしてすぐに気付かなかったんだろう。

 それ程までに、オレは視野が狭くなっているのか?

、オマエは復讐はやめろと言うけれど、やっぱりオレは一族の敵と、の両親の敵を討ちたい。

その為に強くなる。

 には言わない。

 止められると分かってるから。





 、オレはオマエの為に強くなるよ。









 END.