【焦燥】 サスケは焦っていた。 自分は復讐者だ。 一族を滅ぼした兄・イタチを殺す為に存在しているのだ。 その為には、誰よりも強くならなければならない。 兄・イタチを超えなければ。 だが、安穏としたお気楽な任務の毎日で、果たして自分は強くなっているのか、それを思うと焦燥が走る。 こんな下らない任務ばかりやっている場合ではないのだ。 もっと強くならなければ。 サスケは、日々過酷な修業を自分に課していた。 「あれぇ? サスケ君だけ?」 疲労困憊で肩で息をしていると、向こうから甘ったるい呑気な声が聞こえてきた。 「アンタか・・・何しに来た」 気だるげにサスケは吐き捨てる。 「今日はこの辺で任務してるって言うから覗きに来たのに。いっくら探しても見つからないと思ったら、もしかしてもう終わったの?」 カカシの所の居候、だった。 鬱陶しい程長い黒髪と、すらりと伸びた白い手足、そして吸い込まれそうな大きな闇色の瞳が印象的な女だった。 「とっくに終わって解散した。邪魔だから帰れ」 素っ気なくサスケは吐き捨てる。 「なぁ〜んだ。サスケ君は残って1人で修業してるの?」 の問いかけにサスケは答えず、木の幹に寄り掛かって水筒の水を口に含んだ。 「そうだ。オレは強くならなければならない。ちんたらしてる余裕はねぇんだ」 「そっかぁ。男の子は大変だね。でも今日はもうやめた方がいいよ。怪我だらけだし、チャクラも大分消費してるでしょ。酷使しすぎると却ってよくないんだよ」 は聖母のような笑みで、ニッコリとサスケの傍らに屈んで顔を覗き込んだ。 長い絹糸のような黒髪がさらりと揺れ落ち、甘い香りがサスケの鼻をくすぐった。 優しい甘さに、サスケは一瞬ドキリとする。 「手当てするから、そこに座って?」 「いいよ。大したことねぇ」 警戒心の強いサスケは、馴れ合うのを好まない為、を拒絶した。 「ダ〜メ。ホラ、座って」 は強引に、サスケの肩を掴んで押し込むように木の根元に座らせた。 「リラックスしててね。今治すから」 甘く柔らかな声でサスケに微笑むと、はサスケの身体に両手をかざした。 じわりと、温かく柔らかい空気がサスケを包み込む。 『そうか・・・コイツ、治癒能力があるんだっけ・・・』 の醸し出すチャクラの心地好さに、サスケは警戒を解いて身を委ねた。 見る見る間に怪我は全て消え、同時に消費したチャクラも取り戻し、漲るように沸き立つのを感じた。 「・・・スゲェな、アンタ。いつの間にこんなに能力使いこなせるようになったんだ?」 すっくと立ち上がったサスケは、拳を握り締めて身体を見た。 つい最近まで、使い方をよく分かっていなかったのに。 「あ、あのね、病院に行って、患者さん診てるの。怪我とか病気の人を治したりしてて、最近コツが掴めてきたかな。調子はどぉ?」 「あぁ、すっかりいい」 礼を言わねば、とサスケは思ったが、どうにも気恥ずかしく、ごまかして視線をから逸らした。 はサスケの性格は理解していたので、僅かに頬を染めたのを見て、微笑んで礼を受け取ったことにした。 「じゃ、オレ続きやるから。邪魔・・・危険だから帰ってくれ」 「え〜、ダメだよぉ。一見もう何ともないように思えるかも知れないけど、治癒の力って言うのは、じわじわと効いていくんだよ。傷口に薄皮を被せたようなものなんだから。無理したらすぐ破れて、痛々しい傷が露になるよ。チャクラも同じ! 回復させたと言っても、その後ゆっくり休ませなければ、疲労は倍になるんだから。今日はもう打ち止め! 帰ろ?」 はサスケの腕を掴んで、諭すように言い聞かせた。 白魚のような細長い指の柔らかな感触が、急くサスケを抑制させた。 「でも、まだ陽は高い・・・」 「もう夕暮れだよ。修業も大事だけど、ゆっくり休養することも、強くなる為には、自分の糧にするには大切なんだよ。修業して鍛えた分を、休むことで吸収させるの。カカシせんせぇの教えだよ?」 ね? と背の高いは屈んでサスケを見つめる。 「サスケ君、一杯動いたから、お腹空いたでしょ。何処かに食べに行こうよ」 もうすぐ夕飯時だよ、とはサスケの腕を引っ張った。 「何でアンタと食わなきゃならねぇんだ。いいよ」 フィッ、とサスケはを振り解く。 「ん〜、でもサスケ君さえ良ければ、私がご飯作るよ? サスケ君のお家に行きたいなぁ」 カカシせんせぇが帰ってくるまでにはまだ時間あるから、とはサスケの言うことは聞いていない。 「ね? そうしよ?」 の大きな闇色の瞳は清らかにサスケを捕らえ、有無を言わせない強さがあった。 「・・・・・・」 無言であることは肯定なのだ、と解釈したは、嬉しそうに再びサスケの腕を掴んだ。 「じゃ、お買い物に行こ? サスケ君何が好き?」 グイグイと引っ張って演習場から遠ざかっていくは、鼻歌まじりにサスケに尋ねた。 「・・・おかかオニギリ」 「ん〜、作りがいないなぁ。他には?」 「トマト」 むぅ、とは考え込んだ。 「嫌いな物は?」 「納豆と甘いモン」 「それ以外はオッケー?」 「あぁ」 「じゃ、私の好きに作っていい? ちゃんと栄養バランス取れたの作るから」 「・・・勝手にしろ・・・」 腕を引っ張られて、幼稚園児の子供にでもなったような気分のサスケは、ぶすくれた表情で吐き捨てた。 街まで戻ってくると、はサスケの手を握って歩き出したので、サスケはギョッとした。 「おい・・・っ、離せよ・・・っ」 「いいじゃな〜い♪ 離したら逃げるでしょ? サスケ君」 何作ろうかな〜、と軽やかに歩くは、きゅっ、と強くサスケの手を握り直して微笑んだ。 「ちっ・・・」 照れくさいサスケは顔をあさっての方に逸らせ、眉間に皺を寄せて口を尖らせる。 が、の醸し出す空気が心地好く、いつしか表情も柔和になっていった。 「サスケ君がいつも行く商店街は何処?」 連れてってね、とは微笑む。 「分かったよ。ったく・・・」 本当はこんな自分の姿を近所の連中には見られたくなかった。 恥ずかしくて、この先どんな顔して来ればいいんだ、と思う。 が、意外にも商店街の人々は、温かくを迎え、喜んでくれていた。 「そうかい、サスケの先生のトコにご厄介になってるお嬢さんかい。これからもサスケのことを宜しく頼むよ」 「勿論です。栄養ある物一杯食べてもらって、元気に育ってもらえるように頑張りますね」 すっかり買い物慣れしているは、初めての場所でも、軽快に会話のやり取りをした。 一見しっかりして見える為、人々は安心してサスケを任せられると思った。 「近所の人達、皆良い人達ばかりだね。サスケ君は独りじゃないよ。沢山の人がサスケ君のこと心配して、見守ってくれてるじゃない」 はカカシに聞いてサスケの事情を知っていた。 それ故、自分もその1人になりたい、と思って、半ば強引に食事に誘ったのだ。 「・・・オレに必要なのは、馴れ合うことじゃない。優しさなんて必要ない。強さだけが必要なんだ。誰にも負けない、強さが・・・」 買物袋を提げて家路に向かいながら、サスケは淡々と吐き捨てる。 は寂しそうに微笑んだ。 「本当に強いってどういうことか分かる? 憎しみが強くしてくれるんじゃないんだよ。守りたいものの存在、守ってくれるものの存在が、自分を慈しんでくれる存在が強くしてくれるんだよ」 「そんなの、詭弁だ」 「カカシせんせぇがいい例だと思うな。サスケ君達っていう仲間を守りたいから強い、皆が頼りにしてくれるから守る為に強さを発揮してるでしょ。ナルト君もそう。孤独だったのが、自分を認めてくれる存在が出来て、独りじゃないっていう思いが力強く、自分を高めてる。2人共、間近で見てきてるから分かるでしょ?」 「・・・・・・」 の言いたいことは分かる。 正論だと。 でも、サスケはまだそれを素直に受け入れられなかった。 サスケの家に着いたは、道中の寂れた家並みといい、孤独が包み込んでるのを強く感じた。 こんな所で過ごしていたら、嫌でも心が荒みそうだ。 ここで5年もサスケは独りで生きてきたのか、と思うとは心が傷んだ。 は胸元で手を組んで、瞳を閉じた。 そして、もてる限りのチャクラを解放する。 温かく柔らかな空気が包み込みますように。 は暫し祈りを捧げた。 サスケは、先程治療を受けた時とは比べ物にならない程の、の強大なチャクラが覆い、まるで浄化してくれているようで、心が癒された。 この女は、もしかしたらこういうことが本業なのかも知れない。 その所作が余りにも自然なので、神に仕える巫女か何かではないのか、と思った。 無念に散った同胞達も成仏できるだろう。 「じゃ、ご飯作るから、ちょっと待っててね」 ふぅ、と息を吐いてニコッと微笑むと、すぐ出来るからね、とは調理に取りかかった。 鼻歌まじりに調理を進めるの後ろ姿を見つめながら、サスケは、カカシが豹変した理由が分かったような気がした。 自分に似た空気を感じたカカシが、驚くほど柔らかな空気を醸し出すようになった。 強さは相変わらずで、カミソリのような鋭さを持ってはいるが、その強さに深みが増したような気がして、既に完成された強さだと思っていたカカシが更に強くなっているのが、サスケを焦らせた。 『本当に・・・守りたいもの、守ってくれるものが出来れば強くなれるのか・・・?』 自分にとって、守りたいもの、守ってくれるものとは何だろう。 カカシ、ナルト、サクラ。 彼らがそうだということに、サスケは気付けない。 いや、本当は根底で分かっているのだ。 強さのみを望み多くの焦燥に隠されて、受け入れられないでいるだけ。 「さ、出来た。沢山食べてねv」 思慮に耽っていると、豪勢な、しかし栄養バランスも計算され尽くした料理が、食卓に並んだ。 黙したまま、サスケは箸を手に取り、料理に手を伸ばす。 「コラ! いただきますは?」 「・・・いただきます」 「よ〜っし、ご〜かっく♪ どんどん食べてv」 カカシの口真似すんな、と思いながら、サスケは食べ始めた。 「・・・美味い」 普段斜に構えるサスケが、素直に口から言葉が出た。 「そ? 良かったv」 ガツガツと勢いよく食べ始めたサスケを見ながら、は微笑んだ。 「アンタ料理上手いんだな」 「だって毎日カカシせんせぇにご飯作ってるモン。すっかり慣れてるよ」 ありがと、とはサスケの向かいの席で頬杖をついてサスケの食べっぷりを楽しそうに眺めていた。 食べ終わって片付けをしているの後ろで、サスケは何か言いたそうにウロウロしていた。 「どうしたの? ゆっくり休んだら」 洗い物をしながら、は振り返った。 「・・・何か・・・礼・・・」 「え?」 「だから、メシ作ってくれた礼。ただご馳走になったんじゃ悪ィし・・・」 頬を染めて視線を泳がせながら、サスケはブツブツと呟いた。 「いいよぉ。私がしたくてしたんだから。サスケ君さえ良ければ、いつでもご飯作りに来るよ」 「え・・・いいのか?」 「うん。サスケ君、食べっぷりが良くて作りがいあるし。いつでも呼んで?」 呼ばれなくても来ちゃうよ、とは微笑んだ。 その後も、は夕暮れになるとサスケの修業を眺め、怪我を負って疲労すると治癒を行い、家に行って食事を作った。 朝食の分も作っていったので、朝晩とサスケはの手料理を食べた。 の治癒と食事のお陰で、サスケは随分と源となる力がついた気がした。 だが、果たして強くなっているのか? それが疑問だった。 演習任務では、相変わらずカカシに一発さえ入れられない。 カカシは強くなってるよ、とは言うが、信じられなかった。 カカシに一泡吹かせられないで、イタチに勝てるものか。 サスケは、“力”を望んだ。 強い力を。 「・・・なぁ」 「ん?」 「アンタ、怪我治したりチャクラ回復させたり出来るけど、潜在能力を掘り起こすことは出来ないのか?」 「・・・どういうこと?」 はサスケの言わんとしていることが分かったが、敢えて訊き返した。 「例えば、オレの中で眠ったままで使われていない力を呼び起こしたりとか、もっともっと強くさせたりとか・・・出来ないか?」 は黙ったままサスケを見つめた。 「・・・言ったでしょ、私は記憶喪失で自分がどういう能力を持ってるか完全には分からないって。治癒や回復とかの癒しは出来るけど、それ以上のことはまだ分からないよ」 「やってみなきゃ分からないだろ? やってみてくれよ」 「どういう風にしていいか分からないよ。それに、それがいいことだとは思えない」 「別にスポーツ選手が試合でドーピングする訳じゃないんだぜ。死と隣り合わせで現実を生きる忍びがより強い力を望むことが、何故いけないんだ」 「力って言うのは、修業を重ねて、日々の鍛錬の積み重ねでこそ、身に付くんだよ。楽して強くなりたいなんて、サスケ君らしくないな。ガッカリした」 普段にこやかな笑みしか見せないほがらかなが、強い瞳でサスケを見据えた。 「・・・っ」 楽して強くなる。 サスケは、そういう考えを一番嫌っていた筈だった。 誰よりも修行を積み、苦労して力をつけてきた。 そうして得た強さを誇りに思っていた。 それなのに。 一向に強くなっているのか分からないジレンマが、サスケを焦らせた。 視野が狭くなっていた。 サスケは己を恥じた。 「サスケ君には、カカシせんせぇや、ナルト君やサクラちゃんがついているでしょ? 守りたいものであり守ってくれるものが皆でしょ? サスケ君が強くなるのは、そういう存在と、慈しむ心だよ」 ニコ、とは聖母のような微笑みを向ける。 「オレは・・・もっともっと強くなりたいんだ。足踏みなんかしていられないんだ。アンタの言うことは分かる。でも、アイツらが強くなる存在だって言うんなら、どういう風にしたらいいのかが分からないんだ。オレは孤独しか知らないから・・・」 サスケは拳を握り締め、歯をきつく食いしばった。 「もう知ってるでしょ?」 「え?」 「ココ。ココに、皆が居る。皆のココにも、サスケ君が居る。サスケ君は、もう無意識に分かってる筈だよ」 は微笑みながら、サスケの胸に手を当てた。 「サスケ君は孤独なんかじゃないよ。仲間がいるでしょ?」 「仲間・・・」 「強くなる秘訣は、ココだよ。心。心を強く持てば、どんな困難だって乗り切れる。強くなれるよ」 なんて、みんなカカシせんせぇの受け売り、とはペロ、と舌を出してはにかんだ。 生まれ変わった気分のサスケは、今までよりも清い気持ちで、修業に臨んだ。 微笑みながら、はサスケを見つめる。 「大分強くなったよね、チャクラが。もっと実戦積めればいいのにね」 「Dランクの下らねぇ任務ばっかじゃ、実戦なんて積めねぇよ。演習任務でもカカシにゃ一発さえ入れられねぇし・・・」 「でもカカシせんせぇの動き盗んで、コピーしてるんでしょ? 写輪眼で」 「コピーしても身体がついていかねぇんだよ。だから修業積んで鍛錬してるんだ」 まだモノに出来ねぇ、とサスケは息を吐く。 「ねぇ、相手いらない?」 「あ?」 「私もね、忍者になる為に修業してるんだよね。でもまだ体術が弱くてさ。サスケ君見てて大分覚えたから、少しは動けると思うんだよね。サスケ君、前に私にお礼したいって言ってたでしょ? 私の修業にも付き合ってくれないかなぁ」 「・・・どれくらい出来るんだよ。サクラレベルとかじゃ、話にならないぜ」 「それは見てからv 実戦形式で一緒にやろ?」 「・・・アンタもコピーできるんだっけ? そう言えば」 「写輪眼とはちょっと違うけどね。まだ非力だけど、カカシせんせぇの術一杯教えてもらってるから、披露できるよ?」 はニコ、と微笑んだ。 サスケは暫し考え込む。 「・・・まぁ、相手がいた方が実戦のイメージが掴みやすい。だが、言っとくが、オレは手加減を知らねぇ。大怪我したって知らねぇぞ」 「えへへ。私、怪我とかしないから大丈夫だよ?」 「はぁ?」 「身体全体にバリア張ってるみたいな感じで、チャクラが覆ってるから攻撃を吸収して逃がせるの」 「マジかよ・・・」 「便利でしょ? だから気にしないで目一杯やっても平気だよ」 一杯動けば疲れはするけどね、すぐ回復できるから、とは準備運動するように身体を捻った。 「じゃあお手並み拝見・・・」 と対峙するサスケは、の構えに全く隙が無い為、攻めあぐねた。 『こりゃ楽しめそうだな・・・』 と修業をするようになって、どれくらい経っただろう。 思っていた以上に、は強かった。 非力故に攻撃力は弱かったが、確実に急所を攻めてくる。 力が弱くても攻め方次第で致命傷に出来る。 それが勉強になった。 はサスケの体裁きを見てコピーしているので、サスケにはの攻撃パターンや体裁きが手に取るように分かったが、逆ににもサスケの攻撃が分かるので、上手く噛み合った。 やりやすいのはの動きがサスケに似ているからだ、とはサスケは気付いていなかった。 はカカシと修業してるから、カカシに似ているから自分が見慣れているからだろう、と思っていた。 が、は、サスケはカカシに似ている、と思った。 そう言えばカカシも、サスケはオレに似ている、と言っていたな、と思い出す。 「ふぅ。やっぱり指導者がいないと、上達してるのか今イチよく判断できないね」 お互い強くなってるとは思えるけど、自信無いや、とは水筒の水を含んだ。 「サスケ君が焦るのも分かるや。やっぱり見てくれる人が必要だよね。カカシせんせぇにお願いしよっか」 「やめてくれ」 サスケも水を飲みながら、呟いた。 「え? 何で?」 「カカシは昼間一緒してるから充分だ。それにこれは誰にも知られたくねぇ」 「秘密の特訓?」 サスケは僅かに頬を染めて視線を泳がせる。 「分かった。2人だけの秘密にしようねv」 2人だけの秘密。 その響きが甘くて、サスケはくすぐったかった。 悪くない。 サスケは、といると癒されることに、最近になって改めて気が付いた。 といる心地好さがそれなのだ、と。 「じゃ、今日はもう帰ろっか。次のお弁当何食べたい?」 最近は、は弁当を作ってきて、演習場傍の林の木陰で食べるようになっていた。 「何でもいいよ。アンタの作る料理の腕は信用してるし」 サスケは、それが密かに楽しみになっているのを、照れて素直にに言えない。 美味いよ、いつも有り難う。 その一言がなかなか言えなかった。 言わなくてもは分かってくれてる、そんな気がしていた。 『姉貴とかいたらこんな感じなのかな・・・』 の笑顔が眩しかった。 この沸き立つような気持ちは何だろう。 サスケは考える。 家族愛のような親愛の情をに感じているのかも知れなかった。 夜、ベッドに寝転がってサスケはを思う。 出会った時は、危なっかしくて、とても10も上には見えなかった。 世間の常識を何も知らない、天然過ぎる脳天気な女。 それが、段々と変化して大人びてきている。 の成長が、却ってサスケを焦らせた。 自分よりも成長速度が速い、と。 が、は元がゼロだったのだから、砂が水を吸収するようなものなのだ、と納得させる。 それでも、日々強くなっていくのチャクラが、サスケには羨ましかった。 自分にはない特異な能力も持っている。 カカシは、記憶と共に本来の能力が封印されているだろうと言う。 封印されていて、あのチャクラの強大さだ。 解放されたら、どんなに強いのだろう。 自分が欲しいものをは持っている。 サスケは、思考が段々ディープになっていったので、の戒めの言葉を思い出し、今は焦らずに一歩一歩進んでいこう、と思考を切り替えた。 はカカシに修業をつけてもらっている。 相対していると、カカシが自分達を見ている時とは違うやり方でを見ていることが分かった。 攻撃の仕方や防御の仕方、高等忍術、どれも参考になった。 がサスケの為に分かりやすいように見せてくれているのを、サスケは分かっていた。 『メシの礼のつもりが、逆にオレが助かってるんじゃねぇか・・・』 の優しさを実感する。 醸し出す温かく柔らかな空気が心地好かった。 といると癒される。 柔らかな笑顔を思い出すと胸の奥が熱くなる。 その感情が何なのか、まだ幼いサスケには理解できなかった。 任務の帰り、商店街を歩いていたサスケは、いつも世話になっているに何か礼をしよう、と柄にもなく思い、彷徨いた。 何がいいだろう。 年頃の女だから、装飾品がいいか? 散々迷った挙げ句、サスケは細工の凝った髪留めを買った。 次に会ったら渡そう。 喜んでくれるだろうか。 心を躍らせながら、家路を歩く。 「ね〜、お茶して行こうよ。お汁粉食べたいな」 近くで聞き慣れた甘い声がする。 すぐに分かった。 だ。 カカシとデートでもしてるのか? そう思ったら、サスケは何故か心にチクッと痛みが走った。 はカカシのものだ。 お互い、好き合っている。 ・・・筈だ。 恋愛事情に疎くても、それくらい、それぞれを見ていれば分かる。 が、今の痛みは何だ? 『オレは・・・アイツを・・・?』 その思いが何なのか、サスケには分からない。 「ったく、夕飯前だろうが。太るぞ」 に言葉を返したのは、聞いたことも無い声。 訝しんだサスケは、声のする方を見遣った。 「大丈夫だよぉ。折角来たんだから、もっとゲンマさんとお話ししたいv」 が、見たことも無い男と腕を組んで親しそうに歩いている。 いつも自分に向けられている笑顔と変わらない、柔らかな微笑み。 忍びということは格好で分かる。 男の持つチャクラからして、上忍くらいか? 『誰だよ・・・あれ・・・』 に自分の知らない知り合いがいてもおかしくはない。 だが、あの親密振りは何だ? はカカシを好きなんじゃないのか? 澱んだ思考が駆け巡り、サスケは髪留めの包みを握り締めた。 「サスケく〜ん、お待たせ〜v 見て見て、忍び装束作ったんだよ。可愛いでしょ?」 明くる日、いつもとは違う格好でやってきたは、嬉しそうな笑みで衣装をサスケに見せた。 ぶすくれた表情のサスケは、を正面から見ようとしない。 「どうしたの? どこか具合悪い?」 怪訝に思ったは、サスケの顔を覗き込む。 「・・・別にどこも悪くねぇよ」 吐き捨てると、サスケはに背を向ける。 「・・・何かあった?」 「・・・・・・」 暫しの沈黙が2人の間を流れる。 先に静寂を破ったのはサスケだった。 「あの男、誰だよ」 「え?」 「この間、親しそうに腕組んで街を歩いてたじゃねぇか。誰なんだよ」 「ん〜・・・? あ、もしかしてゲンマさんかな? 特別上忍の人だよv」 一緒にお買い物してたから、とは清らかな笑みを向ける。 「・・・アンタはっ、カカシが好きなんじゃねぇのかよ! カカシがいないと生きていけないって言ってたじゃねぇか!」 溜まってた鬱憤を吐き出すかのように、サスケは声を荒げる。 「え? うん。そうだよ?」 キョトンとして、はサスケの背中を見つめる。 「じゃあその男は何なんだよ! 嬉しそうに腕組んで歩いたりして、カカシと二股掛けてるのかよ! オレは・・・っ、アンタはカカシしか見てねぇから・・・っ」 思わず口をついて出た言葉に、ハッとしてサスケは口を覆う。 「ゲンマさんは、私のお兄ちゃんだよ」 「はぁ?」 意味が分からず、サスケは僅かに身体をに向けた。 「とっても親切でね、色々教えてくれるんだよ。身寄りのない私の、お兄ちゃん代わりの人なの」 「兄貴・・・? それだけか・・・?」 「そうだよ。他に何かあるの?」 二股って何? と逆に訊き返される。 暫し黙っていたサスケは、の清らかな笑みで何とか納得し、握り締めた拳をに突き出した。 「? 何?」 「手、出せ」 言われるままに、は手を出す。 の手には、しわくちゃになった包みが載せられた。 「・・・?」 キョトンとしては繁々と見つめる。 「・・・いつも世話になってるから・・・」 照れくさそうに、ゴニョゴニョと呟く。 「私にくれるの? 何?」 開けていい? とは両手に取った。 「あっ、髪留め! わぁ、キレ〜イ! 有り難う、サスケ君!」 嬉々として、は早速付けてみた。 「どぉ? 似合う?」 「・・・あぁ」 「嬉しいな。大切にするね!」 ニコ〜ッ、とは極上の笑みをサスケに向けた。 サスケはかぁっと赤くなって視線を逸らす。 の笑顔が眩しくて直視していられなかった。 「でね、サスケ君、今日はもう遅いから、特訓付き合えないんだ。この服だけ見てもらおうと思って。もっと早く来れればよかったんだけど、病院の研究施設で試験体になってて時間かかっちゃって。お弁当は作ってきたから食べて」 ゴメンね、とはすまなそうにしゅんとする。 「いいよ。今日はもう1人で大分やったから。アンタだって自分の生活あるんだし、記憶を戻す方が優先だろ? 気にすんな」 「えへ、ありがと。今度はもっとレベルアップしてみようねv もう少しでカカシせんせぇを捉えられそうなんだ」 サスケ君も段々強くなってて、カカシせんせぇも楽しそうだよ、とは微笑む。 「アンタとオレ、どっちが先にカカシに一発入れられるか、競争だな」 が髪留めを喜んでくれたのですっかり気を取り直したサスケは、不敵な笑みでを見据えた。 「ん〜・・・あのさ、サスケ君」 「何だよ」 「いっこお願い」 「お願い? ズルはしっこなしだぜ」 「そうじゃなくてぇ。サスケ君って、会った時から、一度も私の名前呼んでくれてないでしょ? って呼んでよ。いつも、アンタってしか言わないんだもん」 寂しい、とは口を尖らせる。 「本当の名前じゃないかも知れないんだろ? カカシが付けた名前じゃねぇか。そんなのどうでもいいだろ」 「でもぉ、私は木の葉の里のなの。名前で呼んで?」 「・・・呼べたらな」 「あ〜、ずる〜い!」 気恥ずかしくて呼べない、なんて死んでも言えない。 ましてやカカシが付けた名前なんて。 それは嫉妬だ、とサスケは気が付いていた。 もう少し自分が大人になれたら言おう。 、と。 、オレが暴走したら止めてくれよな。 END. |