あのヒトに初めて会ったのは、まだ中学生の時だった。
今はもう、高校生。
あたしは今でも、あのヒトが忘れられない。
でも、まさかこんなことになるなんて―――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
春麗らかな日、此処は群馬県中央、高崎市。
繁華街の一角、“レッドサンズ・カフェ”の店内。
大学に籍を残したまま、この喫茶店の経営をしているのは、21歳の高橋啓介。
喫茶店オーナー・啓介は今、重大な岐路に立っていた。
もし判断を誤ると、目も当てられない状況に―――。
「じゃあオレはココに置いて・・・フッ、殆どひっくり返ったな」
啓介の向かいに座るのは、2つ年上の兄、高橋涼介。
現役の群大医学部の学生である。
「おわっ! また負けかよーっ!」
啓介は頭を抱え、仰け反った。
「はい、オレの勝ち―――7勝目。ホラ、出すモノ出せ」
コーヒーを含みながら、ニヤニヤと手を差し出す涼介。
「だーっ、くそったれが! てかコレ、八百長だろが?!」
「何を言ってる、啓介。オセロに八百長もクソもあるか」
そう、2人はオセロゲームをしていたのだった―――。
「史浩新米刑事、いいのかよ?! アニキ賭博やってるけど、現行犯じゃねぇのかよ?!」
傍で笑いながら見ていたのは、群馬県警に所属されたばかりの、新米刑事、史浩。
涼介とは同い年で、啓介とも幼い頃から、家族ぐるみの付き合いをしてきた男である。
「相変わらず子供だな、啓介は。男なら負けたら素直に出すモノ出したらどうだ?」
全く、金持ちの癖に百円や二百円の賭けで何揉めてるんだか、と呆れながら、啓介から出されたカフェオレに口を付ける。
「くっそ〜〜〜、オセロのどっかに仕掛けがあんのか? それともこのボードの方に・・・」
「そんなモノ、ある訳無いだろう? ただのオセロだ」
ガチャガチャと掻き回してボードをひっくり返して見る啓介に、涼介はやれやれと止めさせる。
「ったくよ〜・・・トランプ以外なら勝てると思ったんだけどな〜」
啓介は面白く無さそうに、煙草に火をつけた。
「ハハッ、サイコメトラーの涼介とトランプやる馬鹿はいないからって、手当たり次第色んな対戦ゲームやってるけど、啓介が勝てたこと、一度もないからな」
ハタチを超えた男同士の兄弟がすることじゃないよな、と思いつつ、史浩はそれは黙っていた。
「フッ、能力を使わなくても、オレにはココがあるからな」
そう言って、涼介は自分の頭部を指す。
「中学・高校と首席で、今も大学でトップクラスのエリートの医者の卵なんだから、当たり前だよな。単位が足りなくて留年して休学中の啓介とじゃ、格が違うって言うのか・・・」
「テメッ、史浩!」
「全く・・・父さん母さんに金を出させて喫茶店なんか始めて・・・大学を辞めるか店の経営に専念するか、ハッキリさせろといつも言っているのに」
「まーなー・・・大学なんてオヤの世間体だか体裁だかで行かされたけど、この店も軌道に乗ってきてるし、辞めっかなー」
煙草の煙を吐き出しながら、ソファの背もたれにより語って言い放つ。
その時、背後から聞こえた黄色い嬌声。
「えーっ、啓介サマ、お店辞めちゃうんですかぁ〜?!」
「そんなぁ〜! あたし達の毎日の楽しみなのにぃ〜」
壁際の席にいた女子高生達数人が、きゃあきゃあと騒ぎ出す。
「あぁ、違ぇって。辞めんのは、休学中の大学のコト。ココは辞めたりしねぇから、安心しろよ」
突如マスターの顔になり、騒ぐ女子高生達を静めさせる。
「つぅかオマエら、まだ昼だぜ? ガッコ行けよ、ガッコ」
ヒトのこた言えねぇけど、啓介はカウンターに戻る。
「んーじゃま、マジメに仕事すっか・・・アニキ、史浩、次何飲む?」
エプロン姿も板について、カウンター越しに尋ねる。
「そうだな・・・今日のブレンドはなんだ?」
オセロを綺麗に片付けて、今度はモバイルパソコンをテーブルに置きながら、涼介は訊き返した。
「今日のブレンドはブラジルとモカをシティローストに煎ったヤツだ。大人の味だから、アニキは好みか知んねぇけど、神経性胃炎でで群大病院に担ぎ込まれたばっかの史浩にゃ無理だろ。無難にホットミルクでも飲め」
痛い所をつかれ、グッと言葉に詰まる史浩だった。
女子高生達はまだきゃあきゃあと騒がしかった。
「あ〜ん、涼介サマも捨てがたい〜!」
「誰? あのカッコイイヒト」
「アンタ会ったの初めてだっけ? 店長の啓介サマのお兄さんの涼介サマよv ホラ、店長ブログによく出てくるでしょ、群大医学部のアニキ、って」
「2人ともチョーイケてるよねぇv このレッドサンズ・カフェの常連客は殆どが啓介サマ目当てだけど、時々来るお兄さんの涼介サマが来る時間を狙って来てる超マニアもいるのよ」
そんな外野の会話はさておき。
大学の合間に時折弟の喫茶店にやってくる兄・涼介は、指定席となっている窓際の席で、いつも何やら小難しい論文やらレポートやらをパソコンに打ち込んだり、時々読書をしていたり、と主な目的は、弟をからかいに来る、といった所だった。
史浩は事件の聞き込みの途中で、休憩で来ていた。
「じゃあ啓介、オレは今日のブレンドをもらおうかな」
「じゃ・・・オレはその、ホットミルクでいいよ・・・;」
「まいどありィー」
涼介は、不思議な能力を持っていた。
“サイトメトリー”と人は呼ぶが、手で触れることによって、モノや空間に残された残留思念を読み取る能力である。
だが、この能力を知るのはごく一部の人間で、弟の啓介、幼馴染みの史浩は当然知っているが、他にも1人、群馬県警の北条凛警部補も涼介がサイコメトラーであることを知っており、涼介は凛から依頼を受け、これまでいくつもの難事件解決に手を貸してきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
明くる日。
大学が終わってそのままカフェに直行した涼介は、啓介が店の一角で、パソコンに向かっているのを見つけた。
ブログの更新か、とひょこっと覗くと。
“アルバイト募集。時給:800円。年齢:18歳〜25歳までの男性限定”等々と書き込んでいる。
「何だ? バイトなんか募集するのか? チームの連中で働き手いくらでもいるだろう」
涼介は啓介の向かいに腰掛けながら、弟に尋ねる。
「んーまぁ、そりゃそうなんだけど、ちっと問題もあってなー」
カチャカチャとキーボードを鳴らす背後に現れた、数人の男達。
「啓介さん! バイトなんかオレが時給100円でもやりますって」
「何言ってんだよ、オレなら50円で・・・」
「ぁあ? だからオレなんかタダでも働かせてくれっつってんのに!!」
揉めだした男達の風体は、とてもじゃないが、明らかにガラが悪く―――客が逃げ出しかねない風体だった。
啓介を心の底から慕う男達はそれぞれ勝手に揉めており、どんどん度が過ぎて取っ組み合いになっていく中、啓介はやれやれ、といった風に頭を押さえる。
「・・・まぁ、分からないでもないな」
オーソドックススタイルのカフェが野獣カフェになってしまうな、と涼介は納得した。
「な? 血まみれの抗争に発展しかねねぇんだ」
だからコイツらは使いたくねぇ、と言いながら、アルバイト募集のビラを作っていたらしい啓介に、涼介は画面を覗く。
「何だ、男限定なのか? 何で女のコ入れないんだ? いくらオマエがコギャル嫌いだって、普通の女のコだっているだろう?」
「馬鹿だなアニキ、この高橋啓介目当てで来てる客がシラケちまうだろ?」
そう、今も店内は目をハートにした女性客で溢れている。
もっとも、約半数は涼介もその目当てに入っていることを、啓介は知っているのだが、敢えて黙っておく。
涼介自身は、そういったことに興味がないので、気にも留めていない。
安らぎのひとときを邪魔されるようなら、そんな客は追い出してやる、と思っているくらいだった。
啓介はパソコンをプリンタに繋いで、ビラを大量に印刷した。
「コレでヨシ、と。店の前に貼って、後は店長ブログにアップしとけば、そのうちひょっこり誰か来るだろ」
印刷の終わったビラをプリンタから取り出して、綺麗に揃え、まだそこにいたガラの悪い連中の方を見遣る。
「おい、オマエらも適当にバラまいといてくれや」
そう言って、ビラを差し出す。
「任せといて下さいよ!」
「命がけでやりますから!」
「マジ命かけっから!!」
「いや・・・命かけなくていいんで」
大丈夫かな、と不安もありつつ、啓介は同じ内容を店長ブログにアップした。
「でさ、アニキ、面接の時、頼みがあんだけど・・・」
涼介お気に入りのブレンドコーヒーを煎れて、啓介は経営者の顔・弟の顔、2つを併せて、兄を伺う。
「頼み? まさか啓介・・・」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝から賑やかな、ココは県立M女子高校、女の園である。
3年生の校舎の廊下で、真子と沙雪の話題になっていたのは。
「ねぇねぇ、見た? 啓介サマの店長ブログにバイト募集の広告が載ってたよ?」
「知ってるよ。それでもう、ケンタがさっきからさぁ・・・」
ワイワイ話していた所へやってきた、背の高い少女。
「あっ、沙雪ー! 見てみて、こんな感じでどうかな? アニキの服とジーンズで決めてみましたv」
そう言って、携帯の写メを真子と沙雪に見せる。
「うそ〜。やっぱアンタ骨格男子入ってるよね」
「中学ん時、水泳部のエースだったモンね」
「それにしてもケンタって、発育はイイのに胸無いよねー」
「ほっとけ」
写メを見て、真子と沙雪はまたきゃいきゃい騒ぐ。
「声も元々低いし、イケるんじゃない?」
「でもさぁ、男装の麗人じゃ結局ラブになんなくない?」
真子と沙雪は交互に言う。
「いいの、そんなの。啓介サマの傍にいられるだけで幸せなんだもの」
ピュアな瞳に映るのは、ただ1人。
「そっか、あの時以来の憧れなんだモンね」
「中2だっけ? アンタ、おっきくて、余裕で高校生に見えてね―――・・・」
そう、アレは5年前―――。
中学2年の時、ケンタは幼馴染みの真子と沙雪と、女3人で、高崎の繁華街に遊びに行った。
高崎のとあるショップにしかないプリクラを撮りに来て、ちょっと雑貨屋巡りをしたり・・・そんな時だった。
ちょっと雰囲気のやばそうな所にうっかり迷い込んじゃって。
ケンタはガラの悪い3人組に絡まれた。
「ねぇねぇねぇドコの高校?」
「えっ、あたし・・・」
「ボックス行かね? イイトコあんだよ。店員の見回り全然無くてドア閉めると中見えなくて。なぁ?」
「見えてもイイけどな別に。露出プレイ?」
「ギャハハハ」
いかにもガラの悪い男達に、ケンタは青ざめて固まってしまって。
一緒にいた筈の真子と沙雪は、怖くて遠巻きに見ていた。
「ねぇ、ヤバイよ、ケンタ」
「怖そうなのにナンパされて・・・」
でもまだ中学2年の少女には、助けに行く勇気もなくて。
男達は、どんどん調子に乗っていく。
「よし、4Pキマリ!」
「ハァ? オマエストレートすぎ」
「だから4人でカラオケしようって意味だよギャハハハ」
人相の悪い男に大声で絡まれて、肩に手を置かれて、連れて行かれそうになって。
『ダ・・・ダメ・・・怖くて声出ない・・・!!』
スッカリ身も竦んでしまって動けなくなっていると。
「おい、そんぐれぇにしといてやれや」
「ぁあ?」
どこからか聞こえてきた、ちょっと高い、ウェットな男のヒトの声。
言葉は荒かったけど、絡んできた男達とは全然違う気がして、ぎゅっと瞑ってしまっていた目を開ける。
そこに立っていたのは、身長180cm以上ありそうな、金茶に染めた髪を逆立てた、鋭い目付きの男のヒト。
何ていうか、凄く雰囲気あるヒト・・・。
雑多な繁華街なのに、存在感が半端なくて、光り輝いてるみたいで。
男達は何故か、すごすごと去っていった。
何なの一体、と思いながら、ケンタは止めに入ってくれたらしい男のヒトを見つめる。
『だ・・・誰? このヒト』
眼力だけで追い返したような、そんな感じ。
助けてくれたのかな、と思っていると、そのヒトはケンタの元へ歩み寄っていった。
ケンタはビクッとして、また目を瞑る。
けど。
頬に指が触れて、その温かさ、優しさに、目を開けると。
先程までのキツイ瞳とは打って変わって、凄く柔らかな表情でケンタを見つめていた。
「可愛い女のコが、1人でこんなトコ、歩かねぇ方がイイと思うぜ。ガラ悪いのが多いからさ・・・」
その穏やかな瞳に、ケンタは完全に見惚れてしまって。
「啓介さーん、コッチすよ、コッチー」
「おぅ」
一緒にいたらしい男の人達に声を掛けられて、そのヒトは去っていった。
何だろう。
凄く心臓がドキドキ言ってる。
絡まれて怖かったから?
ううん、もうそんなの忘れちゃった。
助けてくれたあのヒトが、とても格好良くて―――。
やっと、真子と沙雪がケンタの元に駆けてきた。
「ちょ・・・ちょっとケンタぁ、今何言われたの?」
「あのヒト、高崎じゃ知らない人はいない有名人だよ?」
「そうなの・・・?」
ぽ〜っとしたまま、ケンタは訊き返す。
「そうなのってアンタ・・・高橋さんだよ」
「ここらの悪かった愚連隊(ナイトキッズ)1人でまとめちゃった、“紅蠍隊(クリムゾンスコルピオン)”のリーダー、高橋啓介さん!! あのヒトのお陰なんだって。ウチらみたいな中坊がここら歩けるようになったの・・・」
真子と沙雪の説明を聞きながら、ケンタは顔を真っ赤に染めて、いつまでも啓介の背中を見送っていた―――。
ホームルームを待って、教室に入った3人。
「あれ以来、啓介サマ一直線だもんねー」
「そうそう、カレシも作らずにさ」
「なのに半径10メートル以内に近付いたコトないんだよねー」
「だ・・・だってあたし、こんな背とか伸びちゃって。眉毛太いし・・・可愛いとかってキャラじゃ、もう無いから」
「いやアンタ、充分そういうトコ可愛いと思うよ。見た目ガングロコギャルなのに、乙女入ってるし・・・汚れちゃったアタシらと比べりゃ・・・ね〜、真子」
「はぁ? ビッチのアンタと一緒にしないでよ」
「でもさぁ、啓介サマってコギャル嫌いだって聞いてるから、やっぱ男装でお近づきは正解じゃない?」
「う・・・うん。このままのビジュアルじゃ、目に掛けてもらうことも出来ないだろうけど、男だったらアリかなって」
ケンタは頬を染めて、毛先を弄る。
「アハハ。ともかく頑張んな」
「そうそう。あたしら客として行くからさ!」
「うん! ありがとね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして、面接当日。
ケンタは、男性限定でアルバイトを募集している啓介のカフェでバイトする為に、男装して、カフェに向かった。
少しでも、あのヒトの傍にいたくて。
街を歩きながら、ケンタはやたらと視線を感じるのに気付く。
『バレてんのかな、やっぱ・・・』
長い髪をまとめて短髪のウィッグを被って、兄の服(サイズゆったり目)を借りて着て、体型はごまかしてるつもりなんだけど・・・。
ケンタは自分で自分に気付いていない。
顔が元々可愛いケンタは、背が高くて、男装していたら、かなりイケてる部類に入るのだということを。
カフェの前までやってくると、そこには既に、長蛇の列が。
「嘘!!」
そんなに時給が高い訳でもないのに、何でこんなに来てるんだろう、と思いながら、最後尾につく。
前の方に並んでいる男達の会話が耳に入ってきた。
「アレ? ケンジ。何オマエ、こんなトコ来ちゃってんの?」
「そういうオメーこそ女狙いだろ。ココはいつも女の客が溢れてっから」
『そっか、成程・・・やな感じ』
チャライ感じの男達は、殆どそんな感じみたいで。
でもそういう中にも、マトモそうな人もチラホラいて。
ケンタの前にいる人とかもそう。
『この人なんか、そんなにギラギラしてる雰囲気でもなくて、すっごいカッコイイのに・・・』
見た目が遊んでいそうなガングロコギャルでありながら、全く男慣れしていない純真なケンタは、見た目だけで男を判断できなかった。
ケンタの言うその男は、携帯の待ち受け画面を見つめて、ぽっと頬を染めていた。
何だろう、と思って、ひょこ、と覗き見えるそれは。
カフェで接客中の啓介の写メだった。
『そ・・・そっちか!!』
ぞわわわわ、とケンタは鳥肌が立った。
一方、レッドサンズ・カフェ店内。
1人1人、順に面接をしている最中。
オーナー・啓介が面接をしている横に、何故か涼介がいる。
涼介はウンザリしたように、ソファの背もたれに寄り掛かっていた。
「じゃ、後で合否メールするから」
「ハイ! 頑張りますんでヨロシクっす!!」
一見爽やかそうな、好青年だが。
「おい、アニキ」
「ん? あぁ・・・」
やれやれ、と思いながら、涼介は腰を浮かせて手を差しだし、志望者に握手を求めた。
「・・・じゃあ、宜しく、な」
「あ? はぁ、どうも・・・」
何の気無しに、男は握手に応じる。
そして涼介に伝わってくる、男の深層心理。
『へへ、決まったなw コレで1日3人として、1ヶ月で100人近いギャルズのメアドゲッと確定w ごっちゃんすw』
涼介は心底ゲンナリした。
フンフンと鼻歌交じりにご機嫌で男が出て行くと、啓介は兄を見遣った。
「どーよ、今の。割とイイヤツっぽかったけど」
「あ? オマエの目は節穴か? オマエに分かりやすく伝えるなら・・・脳内メーカーで言うなら、ヤツの頭の中は、女のコトが5割、欲望が5割、他には一切無し、だ」
「カーッ、またかよ! 女目当てかモーホか、どっちかじゃねぇか」
啓介はゲッとして、顔を引きつらせる。
「ともかくそれだけは弾いてくれ。その為にアニキ呼んだんだから!!」
「ったく・・・オマエ、チームやめてから人を見る目が鈍ったんじゃねぇのか・・・?」
「うっせぇよ。オレァもうカタギになったんだっつの」
「まぁ、それ以外のヤツなら、いいんだな?」
「あーもう、他は多少のことなら目をつぶる」
そんなやりとりが交わされた後、次の方〜、と呼ばれて、入ってきたケンタ。
「よ・・・よろしくお願いします!!」
緊張しながらも、ハキハキと挨拶する。
「お・・・おう、何か元気だな」
啓介はケンタに気付いていない。
初々しい元気さに気圧されていた。
「ハ、ハイ! それだけが取り柄で・・・」
ドクン、ドクン、とケンタの心臓は早鐘を打つ。
こんなに近くに寄るの、あの日以来・・・そう、助けてもらった、あの日―――。
「高校生か。だったら学校あんだろ? 何時くらいから来れんの?」
「そうですね、えっと大体―――」
「部活は?」
「あ・・・今は帰宅部です。だから直行で来れます!」
どうしよう。
どうしよう。
心臓の音、聞こえちゃったりしないかな。
ケンタは憧れの啓介がすぐ目の前にいて、舞い上がって、何を話しているのかも分からなかった。
「―――うし、じゃ後はメールすっから」
「ハイ、よろしくお願いします!!」
面接が終わり、ケンタは腰を浮かせる、
「アニキ」
「おう、ご苦労さん」
能力の使い過ぎと欲にまみれた不快な思考ばかりを読み取らされてウンザリしてきていた涼介は、おざなりに手を差しだした。
「あっ、ハイ、どうもです」
頬を染めながら、純真ガール・ケンタは握手に応じた。
半ばやっつけ気分で適当に握手した涼介だったが、伝わってきた目の前の“少年”の深層心理に、目を見開く。
そして思わず、隣の啓介を見遣る。
「ん? どした、アニキ」
「あ・・・あの・・・」
手を握られたままだったケンタは、どうしたものか、と狼狽えて声を発する。
「あ・・・あぁ」
おっと、と涼介は手を離す。
「じゃ、お疲れさん」
ニヤッと笑って、軽く手を振ってみせる。
意味が分からず、きょとんとしながら、ケンタは出て行った。
「どーよ、今の。ビジュアルは合格だべ? ちょっと自信なさそうってか、初々しいってか、あんなんでも正体は女狙いだったりすんのかよ?」
ボールペンで頭を掻きながら、啓介は兄を伺う。
涼介は何やら思案していた。
「いや・・・それはない」
「ん? じゃ、モーホか? 言っとくけど、オレアニキ以外の男とかマジ勘弁だし」
「いや、それもない。オレが保証する」
「へー。じゃ、イイかもな。アニキのお墨付きなら」
「・・・フッ、面白いんじゃないか?」
「ヨシ、じゃ、メンドクセェから今のヤツでいっか」
啓介も面接を数こなし、疲れてきていた。
「おーい、藤原ー。外で待ってる残りの志望者に、決まったからって帰ってもらってくれー」
「うぃーっす」
涼介だけが事実に気付いていて、面白くなりそうだな、と、クックックッ、と笑った。
「もー疲れたわ」
ニヤニヤと含み笑いを続ける兄を、怪訝そうに伺う。
「あ? 何がおかしいんだよ、アニキ」
「いや別に。良さそうなのが見つかってラッキーだったな、って意味さ」
ケンタは真子と沙雪と待ち合わせして、ハンバーガーショップでお茶していた。
うまくいきそうなのか、どうだったのか、と真子と沙雪は食いついてくる。
「ダメ!! 絶対無理!! 凄い人数だったし、みんな本物の男子だし」
「まぁ近くに寄れただけでも良かったじゃん」
その時、ケンタの携帯が着信する。
メールを受信したようで、確認してみると。
その内容を見て、ケンタは一瞬固まった。
そして、あんぐり口を開けて。
ふるふると震えてくる。
「やだ嘘! 採用だって!! 嘘嘘―――っ!!」
男装していることを忘れ、女言葉で声高に叫ぶケンタ。
何あれオネェ系? と周囲の目が拓海に集まる。
「シーッ、変な目で見られてるよ;」
願い続ければ夢は叶うんだ。
恋の一歩、踏み出したばかり―――。
でも、でもまさか、あんなことになるなんてぇ〜〜〜!!!
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