【出会いはいつも偶然と必然】 序章 カカシはいつも5時には起きる。 日課として、早朝に慰霊碑を訪れる為だった。 大勢の、大切な人から親友まで、数え上げたらキリがない程、英雄として名の刻まれた慰霊碑を見つめ、過ぎた日々を思う。 失った者はもう二度と帰らない。 カカシは慰霊碑を見つめていると若かった頃の愚かだった自分を思い出し、いつまでも自分を戒めたくなる。 何時間も立ち尽くし、未熟な己を苛み続ける。 招集や任務の待ち合わせに遅刻ばかりしているのはそれ故だったが、理由を知っている者も、敢えてそれを口にはしなかった。 今日から、長期の任務で暫く里を離れる。 カカシにしてはいつもより早く慰霊碑を離れ、自宅に戻ってきた。 旅の荷物の最終確認をしながら、カカシはチラと写真立てに目をやった。 『四代目・・・オビト・・・』 二十年以上前から飾られている写真。 下忍になり、スリーマンセルで今は亡き四代目火影を師と仰いでいた頃の写真を、カカシは今でも大切に飾っている。 その隣に、つい先日、新しい写真立てが加わった。 うずまきナルト、うちはサスケ、春野サクラ。 カカシが初めて下忍として合格を言い渡し、スリーマンセルプラス師のカカシの4人で、様々な任務をこなすようになった。 始めは簡単なDランクの任務をこなしていったが、ナルトが駄々をこねて、もっとやりがいのある任務をやりたいと言い出し、三代目火影から、Cランクの任務を言い渡されたのだった。 波の国まで、タズナという人物を護衛する任務であった。 橋が完成するまでの間というから、それなりの日数、里を離れることになる。 2つの写真立てを見つめながら、カカシは忍服の下のペンダントに、無意識に手をやった。 思いを振りきるようにカカシは目をつむり、再び目を開いた時に飛び込んできたものは、写真立ての脇に置かれた、石ころだった。 この石もまた、随分と昔からカカシの部屋に置かれている。 掌にのるサイズの、変わった鉱石だった。 見る角度によって色彩を変える、時折光さえ放つ鉱石。 この石を見つめていると、荒んだ気持ちすら、癒してくれる気がして、手放せずに持っている。 『あれはもう10年も前のことだったか・・・』 カカシは不思議な光を発する鉱石を握り締め、遠い過去に思いを馳せた。 今を遡ること10年前、暗部に属していたカカシは、“木の葉の里にこの者あり”と謳われる程、近隣諸国はおろか、自国の里にすら恐れられる存在として、S級の手配帳に記されていた。 数年前、九尾の妖狐事件の折りに師であった四代目火影を失い、続けて無二の親友であったオビトまで失ったカカシは、半ば自暴自棄に荒れて容赦なく要人を暗殺し、手段を選ばないそれは、仲間にすら戦慄を与えていた。 任務に明け暮れる毎日は、そのまま戦争へと広がっていった。 血と殺戮の日々。 人の死すら、感覚が麻痺していた。 それが忍びなのだ、とカカシは戦場に赴く。 失った者はもう二度と帰らない。 戦場を駆け巡りながら、自分の愚かさを苛むカカシは、ふと思考が失った大切な人達に捕らわれた時に、大多数の敵から一斉攻撃を受け、瀕死の重傷を負ってしまった。 致命傷に近いものも多く、身動きが取れない。 『オレは・・・死ぬのか・・・皆の元へ行くの・・・か・・・?』 出血多量で意識が朦朧としている中、一旦退くべく、味方に担がれてカカシは木の葉の里へ向かった。 カカシを担ぐ味方の忍びもまた怪我を負い疲弊しきっていた為、よろよろと森の中を歩き続けていた。 己が何処を彷徨っているかの感覚ももはやない。 恐らくは火の国内の木の葉隠れの里との境の、秘境と呼ばれる山中の筈だった。 力尽きたカカシ達は、その場に倒れ込んだ。 『行かなければ・・・オレは・・・行かなければ・・・何処へ・・・? そう、あそこへ・・・』 カカシはいつの間にか、仲間ともはぐれ1人彷徨い続けていた。 自分が何処へ行こうとしているのかも分からなかった。 『カカシ、オマエがこっちへ来るのはまだ早いよ』 『そうだ。オマエにはやるべきことが、まだ沢山ある』 生きろ、カカシ。 そんな声が聞こえた気がした。 『オレには・・・まだやるべきことがある・・・? 皆だって、そうじゃないか。想い半ばで散っていって・・・オレだけじゃない。オレだけ生きろと言うのか・・・この重い十字架を背負って・・・』 どれくらいの時間彷徨い続けたか分からない。 そこが火の国の木の葉の里との境目であるかも分からなくなっていた。 鬱蒼と生い茂る木々がカカシを覆い尽くす。 鳥の囀り一つ聞こえない。 『オレは・・・このまま召されるのか・・・血にまみれたまま・・・何の贖罪も受けないまま・・・でも・・・それもいいか・・・』 カカシの目の前の視界が歪み、木々の林立した隙間に血まみれの身体を大の字に寝そべり、カカシは視界に何も写らないのも気に掛けぬまま、瞳を閉じた。 地獄で修羅と戦い続けていたカカシは、いつしか暖かな柔らかい匂いに誘われ、瞳を開けた。 檜の天井に壁。 「ここは・・・?」 穏やかな空気がカカシを包む。 「痛っ」 未だ思考の定まらないカカシは、痛みで我に返り、今己が置かれている状況を把握しようとした。 どこかの家か小屋にでもいるのだろうか。 カカシの身体は包帯でぐるぐる巻きにされ、ベッドに横たわっていた。 薬草の匂いがカカシの身体を包んでいる。 その時、物音がし、カカシは身を固くするが身体は言うことを聞かず、緊張を張り巡らせて音の先に目をやった。 「あ、目が覚められたんですね。良かった」 姿を現したのは、カカシと同年代くらいであろう、あどけない少女だった。 腰までたらした長い絹糸のような美しい髪に、同色の大きな瞳。 それは燃え盛る炎のような、真紅の少女に、カカシは驚いて見つめた。 「ここは・・・何処だ・・・? オマエは何者だ?」 「まだ動かない方がいいですよ。重症なんですから。致命傷に近いものも多かったのに、生きていることが不思議なくらいですよ」 少女はカカシの問いには答えずに柔らかく微笑み、無理矢理に起き上がろうとするカカシの身体を押さえて、横になっているように諭した。 「少し治療しますから、力を抜いて下さいね」 そう言って少女は、カカシの身体の患部に手をかざす。 暖かく柔らかな空気が、カカシの患部をじわじわと包み込んでいった。 ずっとオレを包み込んでいたものはこれか、とカカシは気付く。 一通り“治療”を施されると、カカシはいくぶん、身体を動かせるようになった。 「オマエ・・・治癒能力があるのか・・・?」 「あっ、まだ起き上がらない方がいいですよ。治癒の力は、安静にしていてこそ、ゆっくりと効いてくるものですから。じっとしているのもお辛いでしょうけど、まだ横になっていて下さいね」 少女は人差し指を立ててカカシの額に触れた。 するとカカシは起き上がろうと込めていた力を急に失い、ベッドに埋もれるように横たわった。 「な・・・?」 「お腹空いたでしょう。一週間も寝たきりだったんですよ。今お粥か何か作ってきますね。無理をして起き上がろうとしないで、まだ横になっていて下さい」 少女は微笑みながら、部屋を後にした。 『何者なんだ・・・一体・・・取り敢えず、敵ではないようだが・・・』 そして数十分後、少女はお盆に食事を載せ、カカシの元へ戻ってきた。 温かな香りが、カカシの鼻とお腹をくすぐる。 少女は食事をベッドサイドに置くと、枕やら布団やらを持ってきてカカシの上体をゆっくり起こし、頭の載っていた部分に積み上げると背当てとした。 「熱いですから、冷ましますね」 少女はベッドサイドに椅子を持ってきて腰掛けると、れんげでお粥を掬い、ふーふーと冷まし、カカシの口に近付けた。 「はい、あ〜ん」 微笑む少女のその行為にいくぶん躊躇ったカカシだったが、未だ腕を自由に動かせないことや、空腹を訴えるお腹の為に正直になり、口の中に受け入れた。 その舌の上に広がる熱さが、地獄に落ちかけていたカカシを現実に引き戻していた。 「ゆっくり噛んで食べて下さいね」 芋の入ったお粥の甘さが、柔らかくカカシを包み込んでいた。 「続き食べられますか?」 少女はお粥をかき混ぜて冷ましながら、カカシに問うた。 カカシは無言で頷く。 「良かった、はい」 あ〜ん、とれんげをカカシの口に運ぶ。 少女の炎のような真紅の髪と瞳が眩くて思わず下に目を落とすと、胸の谷間が目に飛び込んで来て、カカシは思わずドキリとした。 胸の大きく開いた衣服を身に着けた少女は、とても豊かな胸をしていた。 カカシの口にお粥を運ぶ度に、それが僅かに露になる。 若いカカシは下腹部に疼きを覚えながら、少女にされるがままに、食事を全て平らげた。 「まだ安静第一ですからね。栄養のある物を沢山摂って、ゆっくり治しましょう」 ニッコリ微笑む、汚れを知らなそうな少女の笑顔が、血にまみれて生きてきたカカシには眩しかった。 食事を済ませるまで気が付かなかったが、少女は、目鼻立ちのはっきりした、大層な美少女だった。 「片付けてきますね」 カカシの背当てにしていた枕類をどかしてカカシを再び横にさせると、少女はお盆を持って、部屋を出て行った。 何ともいえない暖かな空気が、カカシの周りを包んでいる。 『オレは・・・地獄と間違って天国にでも迷い込んだのかな・・・』 カカシは、久しく忘れていた、心地好ささえ感じた。 今が夜なのか昼なのかも分からない。 小さな窓から差し込むのは陽の光なのか月光なのか、はたまた天国の光なのか。 カカシの隣のベッドで横になる少女に何を尋ねても、ニッコリ微笑みが返ってくるだけだった。 が、規則正しい生活をしているのは確かだった。 日に三度の食事に、食後と寝る前の治療。 じわりじわり、日に日にカカシの傷は癒えていった。 部屋の中なら歩き回れるようになったカカシは、再び少女に問うた。 「オマエは、医療忍者なのか・・・?」 カカシの怪我は、常人なら致命傷で死に至るほど酷いものだった。 カカシのこれまでの経験上からして、これ程の怪我を負えば、上忍の医療忍者の治療能力をもってしても、歩けるようになるまでには一ヶ月はかかる筈だった。 が、寝たきりだったという1週間を含めても、まだ2週間も経っていない。 「医療・・・忍者・・・?」 分からない、と言った風に、首を傾げながら少女は微笑む。 「貴方は、忍者なの?」 逆に少女はカカシに問い返した。 「あぁ、そうだ。木の葉隠れの里の忍者だ。戦争の最中、瀕死の重傷を負い、一旦里に戻るべく、彷徨い歩いていた」 「木の葉隠れの里・・・? よく分からないけど、そこで倒れてる貴方を私が見つけたのね」 「オマエは、里の者ではないのか?」 カカシの再びの問いに、やはり、分からない、と言った風に少女は微笑む。 「・・・私には、分からないことが沢山あるわ。貴方のこと、その里のこと、教えていただけますか?」 カカシは、他人に自分のことを話すのは嫌いだったが、何故か少女には素直に話し、思い宿業や大切な仲間のこと、里のこと、ひいては火の国のことから五大国のことや仕組みまで、ありとあらゆることを語り続けた。 そこまで話しても、少女は何一つ知らないようだった。 が、カカシにとっては、思いの丈を全て打ち明けたことで、心の澱が落ちたかのような、いくぶん軽い気持ちになっていたのに気付いた。 静かに聞いていた少女は、カカシが話し終えると、ニッコリ微笑み、何も言わず、カカシをぎゅっと優しく抱き締めた。 カカシは驚いたが、そのまま身を預け、瞳を閉じてその心地好さに酔いしれた。 日常生活に支障が無い程までに回復したカカシは、何度問うても答えない少女に、再び素性を問うた。 が、やはりニッコリと微笑むだけで、少女は何も答えない。 そう言えば、カカシは自分のことから何から色々と話したが、まだ名乗っていないことに気が付いた。 「オレの名前は・・・」 そこまで言った時、少女の人差し指が、カカシの唇に触れ、続く言葉を遮らせた。 ニッコリ微笑むと、食事の支度を始める。 まぁいいか、とカカシは椅子に座り、少女の背中を見つめた。 唇に、少女の柔らかい指の感触が残る。 歩き回れるようにはなったが、カカシはここへ来てから一度も、外へ出なかった。 家のどこを歩いてみても、扉らしきものは無く、窓も小さな格子が天井近くにあるだけで、外の風景は見えなかった。 ここは何処なのだろう。 里の外れなのか、それとも全く別の場所なのか? カカシは最初はそればかり気になっていたが、少女との生活を重ねていくうち、そんなことはどうでもいいことのように思えてきていた。 2人きりの生活も悪くない。 今は他に、何も要らない。 椅子に座って自力で食事が出来るようになって、カカシは少女と向かい合わせで食事を摂った。 養生する以外何もすることのないカカシは、もっぱら少女の美しい肢体ばかり眺めていた。 少女はカカシの淫らな妄想など気付こう筈もない。 夜毎、夢の中で蹂躙していると知ったら、少女はどんな顔をするだろう。 やはり、いつもと変わらずに、ニッコリと微笑んで受け入れてくれる。 そんな気がしていた。 食事の後は、少女が知りたがって、もっぱら忍術や、印の結び方、チャクラの練り方などの話をしていた。 目を輝かせてカカシを見つめる少女に、カカシはまんざらでもなかった。 その度に揺れる、少女の、目の眩むような炎の色をした長い髪の毛と、紅玉の瞳に、カカシは釘付けになった。 「?」 不思議そうな表情で見つめ返す、炎の妖精のような少女に、カカシは思わず目を逸らした。 2人共、若かった。 2人以外、誰もいない世界で、閉ざされた空間の中で寝食を共にし、カカシには少女、少女にはカカシしかいないこの世界で、2人が境界線を越えるのは、当然のことかも知れなかった。 若かったカカシは、抑えきれなくなった欲望を、余すことなく少女にぶつけた。 暗部の分隊長とはいえ、カカシはまだ若い少年。 カカシは、貪るように少女を求めた。 少女は、一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにカカシを受け入れた。 己の欲望全てをぶつけるように、宿業さえも曝け出すように、カカシは背負う十字架を浄化させるかの如く、己に忠実に、少女を愛撫し、蹂躙した。 少女も、素直に全てを受け止めた。 その行為を、愛の営みと呼べるかは分からない。 しかし、2人は確かに、愛し合った。 毎晩のように、カカシは少女を求め、貪るように愛した。 狂ったように少女を貪ることで、カカシはこの少女との日々が、身体だけでなく心の傷まで少女が癒してくれていることに気が付いたかどうかは定かではない。 この少女さえ居れば他に何も要らない。 そう思わせる程、少女の身体は、甘美なものだった。 「オマエは・・・この火の国の女神なのかもしれないな・・・」 行為のあと、胸に少女を抱くカカシは、寝息を立てている少女の炎色の髪を梳きながら、呟いた。 「ぅ・・・ん・・・?」 カカシが少女の目蓋に口付けを落とすと、少女は紅玉の瞳をゆっくりと見開いた。 「すまない、起こしてしまった」 カカシはそう言いつつ、少女の頬にも口付けを落とし、そのまま舌を這わせて首筋をなぞって下りていった。 「ごめんなさい・・・寝ちゃってた」 きゅっ、と少女はカカシを抱き締める。 ふとカカシは我に返った。 「戦は・・・どうなったんだろうな。もうすぐ一ヶ月は経つ。終結してるだろうか・・・」 少女は、己の豊かな胸の膨らみの間に、カカシの顔を埋めさせた。 その温かい柔らかさに心地好さを覚えつつも、カカシは忍びの顔に戻っていた。 10年以上、忍びの世界で生きてきた。 血と殺戮、まだ幼い少年であるのに、カカシはその世界しか知らない。 戦争の途中で戦線離脱して今に至るカカシは、戻らなければ、と思った。 だが、このまま少女と過ごすのも悪くはない、とも思う。 短い期間でありながら、カカシにとって少女はかけがえのない存在となっていた。 師である四代目や、親友オビトと並ぶ、大切な1人。 失いたくない、と思った。 大切な仲間の死に感覚が麻痺しつつありながら、まだ失いたくないという思いが強く残っていることに、カカシは安堵する。 様々な思考がカカシの中を渦巻きながら、カカシは再び少女を求めた。 カカシが戦線離脱してから、一ヶ月が経とうとしていた。 少女は、最後の治療、と言ってカカシの身体に手をかざす。 漲る力が、チャクラが沸き立つのをカカシは感じた。 「オマエのチャクラは物凄いな・・・火影様をも上回るかも知れん」 カカシの言葉に、ふと視線を床に落とした少女は、ゆっくりと顔を上げ、言葉を紡いだ。 「・・・私は、治そうと思えば、貴方の怪我はすぐに全部治すことが出来ました。でも、森の中で貴方を見つけた時、貴方には、休息が必要だと感じました。だから、貴方がすぐにでも戻りたがっているのを分かっていながら、今まで引き止めていました。・・・ごめんなさい」 ペコリ、と少女は頭を下げる。 「いや・・・それで良かったのかも知れない。オレは今まで、突っ走って生きてきた。立ち止まることは許されなかった。誰に言われたのでもなく、自分自身でそう思っていた。だから視野が狭くなり、あんな手傷を負ってしまった。本来ならあのまま死んでいたであろう所を、オマエは助けてくれたばかりか、オレの心まで癒してくれた。礼を言う」 カカシも少女に対し、頭を下げた。 「私は大したことはしていません。貴方はまだ死ぬ運命ではなかった。間違った方向へ行きそうだったのを、灯をともして行き先を照らしただけです」 少女は、カカシの手をぎゅっと握った。 「でも、もうここでお別れです。貴方にはもう行くべき道標と、やるべきことが見えている筈です。貴方の世界に、戻らなくては」 そう言って優しく微笑む少女の手を、カカシは握り返した。 いつだったか、少女が、自分には居場所が何処にもない、と言っていたのを思い出した。 「良かったら・・・オレと一緒に木の葉の里へ来ないか? オマエなら、医療忍者としてやっていける。オレと一緒に組んで任務が出来る。・・・いや、付いてきて欲しい」 カカシは、きつく少女を抱き締めた。 しかし、少女はカカシを振り解く。 「もう戻らなくては・・・縁があったら、また会いましょう」 紅玉の瞳に見つめられたカカシは、気が遠くなるのを感じた。 「ま、待ってくれ。オレの名前はカカシ。はたけカカシだ。オマエの名前を教えてくれ!」 ゆらゆらと、精神世界のようなところを彷徨うカカシは、必死に叫んだ。 「私の名前は・・・・・・・」 気が付いた時、カカシは木の葉の里の外れの山中で倒れていたところを、探索に来ていた医療班に見つけられ、救出された。 取り敢えず病院に運ばれたカカシだったが、戦線離脱した時に一緒だった仲間の話によると瀕死の重症だった筈が、すっかり治っている為、全員に驚かれた。 どうも話が食い違うなと思ったカカシは、仲間とはぐれた日から、3日と経っていないと聞かされ、驚愕した。 戦は、まだ続いているという。 だが、収束に向かいつつあると聞き、健康体であるカカシは、ベッドを飛び出し、戦場へ向かった。 忍服の間から、ポロリと石ころが転がり出た。 不思議な光を放つ鉱石。 何となく懐かしさをその鉱石に覚えたカカシは、ポケットにしまった。 『あの日々は一体何だったんだろう・・・?』 様々な思考が巡る中、邪念を振りきり、カカシは戦争終結に向かうべく、戦いへと身を投じた。 戦争終結後も、カカシは任務の日々が続いた。 だが、その合間を縫っては、里の外れの山中へ向かった。 もう一度、あの少女に会う為に。 手掛かりは何もない。 あるといったら、僅かに覚えている救出された場所である里の外れの鬱蒼とした山間の森の中、そして、不思議な光を帯びた鉱石。 幾度も彷徨い続けたが、ついぞ、家らしき物どころか少女の痕跡さえ、見つけられなかった。 今まで以上に任務においてチームワークを重視してきたカカシは、仲間を失わないことを第一とし、戦いに向ける姿勢が幾分変わってきていた。 敵に対する容赦なさは変わらない。 今までカカシはどこか、いつ死んでもいいと思っていた。 だが今は、志半ばで散っていった多くの亡くなった仲間達の為、出来る限り生きて、代わりにその想いを遂げようと思うようになった。 『あの少女は一体何者だったんだろう・・・』 カカシは過去を邂逅しながら、再び鉱石を握り締め、若かった自分をも思い出し、自嘲した。 少女との不思議な出会いと別れから数年経った後、カカシは暗部を辞め、下忍を育てる職務に就くことを希望し、今に至る。 しかし、これまでカカシは、アカデミーを卒業した下忍候補生達を前に、下忍認定試験の中で、ただの一度も合格者を出したことがなかった。 チームワークを第一に。 未だ幼い子供達には、まだよく理解できない試験だったかも知れない。 しかしカカシは、幼い頃からそれを強く叩き込まれて育った。 それを実践もしてきた。 今は亡き四代目や親友らと築いてきたそれを、今度は自分が師になることで、分かち合いたかったのかも知れなかった。 そんな気持ちを持たせてくれたのは、あの少女の面影。 一体何者だったのか。 カカシの写輪眼をもってしても、正体を見極めることは、ついぞ出来なかった。 名前は分からないが、分かっているのは、炎色の髪と瞳と、膨大なチャクラと治癒能力を持っているということ。 あの別れの時、名前を聞いたかどうか、少女が答えてくれたかどうかも定かではない。 『縁があったらまた会いましょう』 薄れ行く意識の中、あの時、確かに少女はそう言っていた。 「会えるものなら、もう一度会いたい・・・」 カカシは握り締めた鉱石に念じると、再び写真立ての傍に戻し、任務に向かう為、荷物を背負って部屋を出て行った。 主のいなくなった部屋で、鉱石が眩く輝く。 カカシの念が込められたそれは今までにない程強く光を放ったかと思うと、砂が崩れ落ちるように、音も立てずに鉱石は空中に溶け込んでいってしまった。 部屋をとうに出たカカシはそれに気付かない。 だが、暖かな柔らかい空気が、カカシの部屋を覆い尽くしていた。 |