【出会いはいつも運命の気まぐれ】 序章









 には、幼い頃の思い出、というものがない。

 気が付いたら其処に存在していて、神の化身と崇め奉られた。

 思い出を語り合う家族もなく、独り。

 毎日、沢山の従者に傅かれ、国の民と触れ合っても、孤独を感じていた。

 いつも思っている。

 自分は何処から来て、何の為に存在するのか。

 従者は言う。

 天界から遣わされ、世界の全ての為に在すのだ、と。

 自分は何者なんだろう、と考える。

 “”という名は、この国に降誕する神の化身の名であって、過去幾多も降誕してきた者達も、そう呼ばれていた。

 は、自分の名前が欲しかった。

 神の名ではなく、人としての名前。

 何故自分は、ただの人としてではなく、神の化身などという重い運命を背負って存在しているのだろう。

 普通の人として、小さな幸せを守りながら、ささやかに暮らしたい。

 “女神”という名が重い。

 幼い少女の身には、世界は重すぎる。

 か細いその両肩に、世界の命運が握られている。

 は夢見た。

 普通の少女として、愛する人と暮らすことを。

 叶わない夢。

 努力して叶う夢ならいい。

 だが、望んでも叶わないのだ。

 再び思う。





 自分は何故存在するのか。





 答えのない迷路に、は迷い続けていた。

























 最近、よく声がする。

 誰かも、何処からかも分からない。

 自分に似た悲痛な思いが、重なって聞こえてくる。

 助けを求められている気がした。

 誰だろう。

 人々の声は、いつも沢山聞こえてくる。

 だが、この“声”は、何故かの琴線に触れた。

 数多の中から、たった一つだけ。

 気に掛かったのも、偶然だった。

 だが、はそれが気になって、声の主を辿った。

 遠い遠い、大洋を隔てた果ての国。

 漠然とだが、見つけた気がする。





 会ってみたい。





 は声の主を捜して、そっと国を抜け出した。



















 は異空間を彷徨い続けた。

 声の主を見つけ出そうと、響いてくる方へ方へと彷徨い続ける。

 国からの追従を避ける為、誰にも見つからないように、神のみが操れる異空間を移動し、目的地に近付く。

 現実世界を見下ろすと、その大陸は戦争のまっただ中だった。

 は、2年程前にも、この大陸に力を注いでいた。

 どういう大陸かは詳しくは知らなかったが、よく戦争が起こるので、それを平定する為に、選ばれし者に、それが出来うる能力を与えた。

 具体的な能力や方法などはにも分からない。

 その者がどういう人物かも知らない。

 神は一個人にかまけてはいけない。

 ただ、キッカケを与えているだけ。

 深く知る必要はないし、全てを平等に、という面から、知ってもいけないのだ。

 それがを尚更孤独にさせている所以でもある。





 人を愛したい。





 万物を愛せよ。

 は、ただ1人の特別な人、という、人々の持つ“情愛”に憧れていた。

 同じように、ささやかな幸せ、“家族”にも。

 全てを平等に、万物を愛さねばならないにとって、“特別”、“ささやか”は、憧れだった。









 戦争が終結するように祈ると、は、再び声の主を捜した。

 消え入りそうに、頼りない炎が見える。





 何処だろう・・・。





 は段々、消える寸前の命の灯火に近付いていった。















 はかなく揺れる、命の灯火。

 ふらふら、ゆらゆらと、彷徨っている。

 は異空間を操作し、主を捜し出した。

 瀕死の重傷を負って、仲間に担がれ、彷徨い歩いていた。

 どちらが声の主だろう、と見定める。

 見守るように上空から後をついていくと、2人ははぐれ、別々に彷徨いだした。

 はどちらも気になったが、先に倒れ込んだ者より、先へ先へと進む者が気に掛かった。

 この人が恐らく、長い間叫び続けていた声の主なのだろう、と。

 銀髪の、よりいくつか年上の少年。

 少年は倒れ込むと、大の字になって、目を瞑った。





 死を受け入れようとしている・・・。





 は咄嗟に思った。

 この少年は、まだ死ぬ運命にない、と。

 神であるがこの場に居合わせたのは、偶然であり、運命でもあった。





 助けなきゃ。





 は銀髪の少年を抱き起こすと、異空間へと戻った。

















 は自分のいる異空間を現実世界とリンクさせ、まずは暫く過ごすことになるであろう家を創った。

 出入り口のない、こぢんまりとした家。

 当面の食料も用意した。

 そして少年をベッドに横たわらせる。

 どう治療しようか、と眠る少年を眺める。

 生き急いでいる感を受ける。





 この人には、休息が必要だ・・・。





 はそう感じ、ゆっくりと治療していこう、と民間療法も取り入れ、薬草を磨り潰して身体に塗り、包帯を巻いた。

 その上から、ゆっくりと治癒の力を注ぎ込む。

 少しずつ、少しずつ、緩やかに・・・。

 眠り続ける銀髪の少年を見つめながら、は胸の奥に、小さな何かが芽生えたのを感じた。

 大切な人を守る、人としての喜びを垣間見る。

 こういう気持ちなのだろう、と。

 見よう見まねで料理を作り、少年を眺めながら食べる。

 目が覚めたらお粥を作ろう。

 芋が消化に良くていいかな?

 人としての暮らしを楽しみながら、は少年を見守った。















 この異空間での一週間程が経った頃。

 台所で食事の下準備をしていたは、何かに気付き、少年の元に向かった。

 銀髪の少年が目を覚まし、此方を見た。





「目が覚められたんですね。良かった」





 少年は、あからさまに警戒しているのが分かった。

 それはそうだろう。

 見も知らぬ場所で、見知らぬ人間が目の前にいるのだから。

 は警戒を解かせるように、優しく微笑んだ。





「此処は何処だ? オマエは何者だ?」

「まだ起き上がらない方が良いですよ。重傷なんですから。致命傷に近いのも多かったのに、生きているのが不思議なくらいですよ」





 は、素性を問われても、答えられなかった。

 偶然出会った少年に、話して理解してもらうつもりもなかった。

 いや、理解など出来ないだろう。

 調子よすぎる話だ。

 は、縁あって偶然出会っただけ、を貫こうと思った。

 神である自分が、個人に深く関わってはいけないからだ。

 起き上がろうとする少年を制し、横にならせたまま、今日の治療を始めた。

 治癒の能力に、少年は驚いたようだった。

 幾分動けるようになった。

 はそれを見て、楽しみにしていた、“介抱”でお粥を作りに行った。

 誰かの為に食事を作るなど、初めてのことだった。

 勿論、自分の為に食事を作ったのも、此処へ来てからが初めてだったが、誰かの為に食事を作って世話をすると言うことが、こんなにもドキドキわくわくするなんて、楽しくて仕方がなかった。

 芋のお粥を作って少年の元に戻り、背当てを当てて少年を起こす。

 そして、れんげで掬ってふ〜ふ〜冷まし、あ〜ん、と差し出した。

 こうやっているのを、国の麓の民を見て知っていた。

 銀髪の少年は恥ずかしそうに躊躇っていたが、お腹が空腹を訴えていたようで、素直に口に含んでくれた。

 少年の心と身体に染み渡っていくように、少し力を加えた。

 そして少年は全て平らげてくれた。

 はすっかりご満悦で、自分もほんわかと心が温かくなった。

「まだ安静第一ですからね。栄養のあるものを沢山摂って、ゆっくり治しましょう」









 は規則正しい生活を心がけ、きちんと食事を摂り、その度に少年に治療を施す。

 ゆっくりと、少しずつ。

 それに併せて、少年も日に日に動けるようになっていった。

 そうすれば、尚更、現在の自分の状況が気になるのも当然だった。

「此処は何処なんだ・・・? 今は昼なのか? それとも夜か? 射し込む光は太陽か、月か? もしかして、此処は天国なのか・・・?」

 少年の言い分ももっともだった。

 だが、はニッコリ微笑むだけで、何も答えなかった。

 少年の隣のベッドで横になり、2人暮らし気分を味わいながら、眠った。

 戸惑っている少年の銀髪を、月光が照らしていた。















 少年は、家の中なら動き回れる程になった。

 だが、まだ完治している訳ではない。

 日常生活にも、まだ少し支障を来す。

 何度目かの治療を施すと、少年はに尋ねる。

「オマエは、医療忍者なのか?」

「医療・・・忍者?」

 初めて聞く単語。

「アナタは、忍者なの?」

 忍者というものの存在は、文献で読んで少し知っているだけだった。

「そうだ。火の国の木の葉隠れの里の忍者だ。戦争の最中、瀕死の重傷を負い、一旦里に戻るべく、彷徨い歩いていた」

「木の葉隠れの里・・・? よく分からないけど、そこで倒れていたアナタを私が見つけたのね」

「オマエは、里の者ではないのか?」

 は分からなくて、首を傾げて微笑んだ。

「私には分からないことが沢山あるわ。アナタのこと、その里のこと、教えて頂けますか?」

 の問いに、少年は幾分躊躇っていたが、ポツリ、ポツリと話してくれた。

 木の葉という少年のいる里のこと、火の国という大きな国のこと、忍び五大国と言われるその大陸のこと、忍者のこと、色んなことを話してくれた。

 そして、少年の抱えている重い宿業や大切な仲間のこと、辛そうに、苦しそうに吐き出した。

 少年は、恐らく誰にも話したことはなかったのだろう。

 話せなくて、重くて、でもそれを打ち明けたことで、心が軽くなったようだった。

 は黙って静かに聞いた。

 そして思う。

 “人”も、同じように、重いものを抱えて生きているのだ、と。

 自分だけではないのだ、と。

 少年が教えてくれた。

 は全て聞き終わると、柔らかく微笑んで、少年を優しく抱き締めた。

 少年を束縛する鎖が外れたかのようだった。

「私には、アナタの叫びが痛い程伝わってきました。私には・・・居場所がないんです。あるけれど、“其処”じゃない。私の本当の居場所が欲しい・・・」

 は心情を吐露した。

 それだけで少年は理解できたようで、きゅ、とを抱き締め返したのだった。















 少年は、日常生活には支障がない程になっていた。

 ささやかな2人暮らしを楽しんでいるに、再び問うてくる。

「オマエは一体何者だ? 森の妖精ではないだろう?」

 食事の支度の手を止めて振り返り、は黙ってニッコリと微笑む。

「せめて名前くらい・・・」

 捻った顔を戻して調理を再開するに再度尋ねる。

「あ、そう言えば、オレも名乗ってなかったな。色々話したのにな。オレの名は・・・」

 は調理の手を止め、ニッコリ微笑んで、人差し指を立てて少年の唇を塞ぐ。

 ま、いいか、と少年も問い質すのをやめた。

 は調理を続ける。

 少年は椅子に座って食事が摂れるようになった為、と向かい合わせて食事した。

 美味しそうに食べてくれるのを、は嬉しそうに見つめた。

 胸の奥に芽生えた感情が何なのか、には分からない。

 それでも、は幸せだった。









 養生する以外にすることのない少年は、いつも家事をしているを眺めていた。

 人の心を読めるだったが、自ら進んで覗くことはしない為、少年がに対しどんな思いを抱いているのか、知る由もなかった。

 悪い感情をぶつけられている訳ではなかったので、気にしなかった。

 には、年頃の若い男の心理は、分からなかった。

 でも、悪い気持ちはしなかった。









「ねぇ、忍術ってどういうの? 教えて下さい」

 は、好奇心一杯に、少年に教えを請うた。

「え、そだな・・・」

 少年はチャクラの練り方から印の結び方を教え、まずは基礎の、分身や変化をして見せた。

 は目を輝かせて聞き入って、見入っていた。

 時間だけは沢山あったので、少年はいくつもの忍術を披露した。

 は要領を覚え、何度か練習して、分身と変化はマスターした。

 チャクラを一定量放出して天井に逆さに立つことも出来た。

 もっと教えて、と目を輝かすに、少年はまんざらでもないようだった。

 それと同時に、覚えの早さに驚く。

 忍者としてやっていけそうだ、と思った。

 少年の胸の奥に芽生えたもの。

 それに気付くより前に、少年には、若さ故の衝動の方が大きかった。



















 2人しかいないこの空間。

 少年にはには少年しかいない、閉ざされた空間。

 なるべくしてなったのだろう。

 少年は、若かった。

 持てる衝動を、余すことなくにぶつけた。

 は驚いたが、これから何をしようとしているのかは理解でき、少年が望むなら、と受け入れた。

 少年は貪るように、毎晩を求めた。

 も応えた。

 神としての自分を、脱ぎ捨てたかった。

 1人の女になりたかった。

 少年にとっては、はただの女だ。

 神だなどとは知らない。

 欲望の捌け口でもあり、芽生えた何かの確認でもあった。

 重い宿業をもさらけ出し、背負う十字架を浄化させるかのように貪った。

 は素直に受け止め、少年の心を癒した。

 それを愛の営みと呼べるのかは分からない。

 だが、確かに2人は愛し合った。









「オマエは・・・この火の国の、女神かも知れないな・・・」

 行為の後にうとうとしていたは、その胸に抱かれた少年の発する言葉が、胸に刺さった。

 やはり自分は、神という立場からは逃れられないのか。

 再び求めてくる少年の頭を、己の豊かな胸の間に埋めるように抱き締める。

「戦はどうなったんだろうな・・・もうすぐ一ヶ月経つ。終結しているといいが・・・」

 少年は忍びの顔に戻っていた。

 はその顔を見て、胸がちりちりした。

 鼓動が跳ねる。

 高揚してくる。

 これは何だろう。

 には、まだ分からない。



















 少年が戦線離脱してから、一ヶ月が経とうとしていた。

 人としての暮らしを充分に味わったは、とても充実した気分だった。

 燻っていた心の澱も消え、スッキリしている。

 そろそろ潮時、国に帰ろう、と思う。

 は、最後の治療、と言って少年の身体に手をかざす。

 漲る力が、チャクラが沸き立つのを少年は感じた。

「オマエのチャクラは物凄いな・・・火影様をも上回るかも知れん」

 少年の言葉に、ふと視線を床に落としたは、ゆっくりと顔を上げ、言葉を紡いだ。

「・・・私は、治そうと思えば、アナタの怪我はすぐに全部治すことが出来ました。でも、森の中でアナタを見つけた時、アナタには、休息が必要だと感じました。だから、アナタがすぐにでも戻りたがっているのを分かっていながら、今まで引き止めていました。・・・ごめんなさい」

 ペコリ、とは頭を下げる。

「いや・・・それで良かったのかも知れない。オレは今まで、突っ走って生きてきた。立ち止まることは許されなかった。誰に言われたのでもなく、自分自身でそう思っていた。だから視野が狭くなり、あんな手傷を負ってしまった。本来ならあのまま死んでいたであろう所を、オマエは助けてくれたばかりか、オレの心まで癒してくれた。礼を言う」

 少年もに対し、頭を下げた。

「私は大したことはしていません。アナタはまだ死ぬ運命ではなかった。間違った方向へ行きそうだったのを、灯をともして行き先を照らしただけです」

は、少年の手をぎゅっと握った。

「でも、もうここでお別れです。アナタにはもう行くべき道標と、やるべきことが見えている筈です。アナタの世界に、戻らなくては」

 そう言って優しく微笑むの手を、少年は握り返した。

 が、自分には居場所が何処にもない、と言っていたのを思い出した。

「良かったら・・・オレと一緒に木の葉の里へ来ないか? オマエなら、医療忍者としてやっていける。オレと一緒に組んで任務が出来る。・・・いや、付いてきて欲しい」

 銀髪の少年は、きつく炎色のを抱き締めた。

 しかし、は少年を振り解く。



























「もう戻らなくては・・・縁があったら、また会いましょう」

 紅玉の瞳に見つめられた少年は、気が遠くなるのを感じた。

「ま、待ってくれ。オレの名前はカカシ。はたけカカシだ。オマエの名前を教えてくれ!」

 ゆらゆらと、精神世界のようなところを彷徨う少年は、必死に叫んだ。

「私の名前は・・・・・・・」



















































 銀髪の少年・カカシを現実世界に戻したは、カカシに感謝の意を込めて、忘れないように、と目印を付けた。

 その場所には、昔から時空の歪みがあったようだ。

 それに手を加え、いつかまた会いたい、と願った。

 カカシにも忘れないように、念を込めた。

 初めて味わった、人の暮らし、情愛。

 忘れられない。

「私の名前は・・・。日出ずる処の国のの聖地に住む、です」

 それがカカシに届いたかは分からない。

 独り言のつもりで、呟いた。

 どうせなら、名前を付けてもらうんだった。

 別れた後で気付く。

 国に戻った頃、神殿から離れた所で、神々しい光が射し込むのを見た。

 天界の神が何かをしているのか、逃げた自分を責めているのか、と思いながらも、は本来の自分に戻った。

 麓の民に子が生まれ、名を付けた。

 そう言えば、カカシとの性行為では、いわゆる避妊というものをしなかった。

 “女神”は、身体は人だ。

 果たして、妊娠というものはするのだろうか?

 だが、生理というものが来ないには、女性としての身体の機能が働いていないのだろうから、恐らく出来ないであろう、と思っていた。

 だが、“女神”は別に何かあるかも知れない。

 そのうち、時間が経てば分かるだろう。

 妊娠した女性は、お腹が大きくなるのだから。

 だが、何ヶ月経とうと、身体に変化はなかった。

 は、がっかりしている自分に驚く。

 神である自分が、人との間に子をもうける訳にはいかないのに。

 カカシと過ごした日々で、胸の奥に芽生えた何か。

 には、まだ分からないでいた。





























 あれから5年の歳月が過ぎた。

 滞りなく、変わりなく過ごしている。

 神としての務めを済ませ、就寝につく。

 窓から覗く、銀色の、凍えるような、研ぎ澄まされた月。

 ふと思い出す、オッドアイの少年。

『はたけ・・・カカシ・・・』

 今はどうしているだろうか。

 変わらず、平和の為に戦っているのだろう。

『やってることは・・・私も同じ、か・・・』

 カカシという存在を知ったことで、神としての自分も嫌ではなくなった。

 人は誰でも、悩んでいる、苦しんでいる。

 “それ”に、大きい小さいは無いのだ。

 同じこと。

 国の民の話も、沢山聞いた。

 悩んでいること、辛いこと。

 同じなんだ。

 そう思えるようになった。

『いつかまた会えたら・・・お礼言いたいな・・・』

 月を見上げながら、は眠った。

















 明くる日の朝、麓は、何だか騒がしかった。

「何かあったの?」

 日課となっている民とのふれあいの為に下りてきたは、顔見知りの民に尋ねた。

「あ、様。おはようございます。また漂流者が辿り着いたようです」

 この国の者は、を始めとして、従者から民から、皆似通った顔立ちをしている。

 世界の語り継がれる神話に出てくる神の顔立ちは、この国から来ていた。

 故に、他からの漂流者は顔立ちが全く違う為、すぐに分かるのだ。

 民に囲まれて介抱を受けているその者を見ると、大分彷徨い歩いていたのが分かった。

 見知らぬ土地に戸惑い、歩き回ったのであろう、疲弊しきっていた。

「稀に船が漂着するけど、この人だけなの?」

 この国には、特殊な羅針盤がないと、決して辿り着けない。

 だが、稀に、迷った船が偶然辿り着くこともあるのだ。

「どうやら、船で来た訳ではないようです。話を聞くと、森の中を駆けていたら、何かに飲み込まれたようになって、気が付いたら此処に来ていたとのことです」

「そう・・・時空の歪みを伝ってきたのね。アナタ、お名前は? 何処から来たの?」

 長い黒髪を一つにまとめた女性は、水を含むと人心地着いたようで、を見つめた。

「こちらのお方は、我が国の神、様です」

 民が皆傅いたので、女性もよく分からないまま、姿勢を正した。

「あの・・・うちはシズルと申します。火の国の隠れ里、木の葉の里の医療忍者です。任務を終えて里に戻る途中で、何かに吸い込まれたように、気が付いたら見知らぬ此処にいました」

 うちはって。

 は驚く。

 カカシの話に出てきたオビトという人の一族のことだろうか?

 カカシに自分の写輪眼を与えた、亡き親友。

 そう言えば、カカシと出会った場所に、目印を付けてきたのを思い出した。

 このシズルという女性は、恐らく其処から来たのであろう。

 まさか、5年の歳月を経て、カカシの住む里の人間に会うとは思いもしなかった。

 これは運命だろうか、と思う。

「任務完了の報告をしないといけないんです。戻れる方法ってありますか」

「其処なら、私、場所分かるから送っていってあげるよ」

 ついでに会いたい人もいるし、とは急に胸がときめいた。

「お願いします!」

 シズルはガバッと頭を下げた。

「じゃ、銀樹の広間に行こう」

 場所を移動して、法陣が描かれた中央に2人で立つ。

「場所を特定するね・・・私の手に掴まって」

「はい」

 が力を放出すると、2人の姿は蜃気楼のように、揺らめいた。

 徐々に消えていく。

 が。

「きゃあっ」

 何かに弾かれたように、戻ってきた。

「どういうこと・・・? 障壁があるみたいに、行けないよ!」

「まさか、様のお力で行けないなどと言うことは・・・」

 見守っていた者も驚く。

「じゃ、試しに、違う場所に行けるかやってみるね。掴まってて」

 すると、フッと2人の姿は掻き消えた。

 暫くして、戻ってくる。

「ダメだった〜。南極に行ってきたんだけど、其処には行けたのに、其処から経由して行こうとしたら、やっぱりダメだった」

 あ〜、さむ、とは白い息を吐く。

「そんな・・・向こうから此処には来れたのに、何故逆はダメなんですか?」

 シズルは不安そうに、を見つめる。

「う〜ん・・・。思うに、“行ってはいけない”のかも。何か、あるんだよ。力及ばなくて申し訳ないけど、暫く、此処で暮らしてみて。時期を見て、再チャレンジしよ」

 行ってはいけないのはなのかシズルなのか、原因がには分からなかったが、カカシに会えるかも、と思ったのに、がっかりした。

「こっそり、遠目からでもいいから会いたかったな・・・」

 小さい声で、ポツリと呟く。

「え?」

「あ、ううん! 何でもない! 住むトコ用意してもらうね。皆気のいい人ばかりだから、気兼ねなく暮らしてね」

「有り難う御座います。お世話になります」









 その後、定期的に試みてみたが、一向に行ける気配はなく、は自分の力を疑いたくなった。

 シズルはすっかり国に馴染んでいた。

 写輪眼を持っていて、チャクラからして、かなり優秀な忍びだ、と推測できた。

 は毎日色んな話を聞き、観察して写輪眼の仕組みを会得した。

 医療能力があると言うことで、仕事もすぐに決まり、生活には困らなかった。

 シズルも、最初は焦ってばかりいたが、この国ののんびりした空気に触れるうちに、落ち着いてきていた。

 一年も経つ頃、シズルは、もういい、と言ってきた。

 どうやら、思い人が出来たようだった。

 この国で一生を終えてもいい、と言っている。

 それならいいか、とは思ったが、折角、カカシにいつか会う為に道を用意していたのに、行けないなんて、と項垂れた。

 シズルには、は、自分が木の葉を知っていること、カカシを知っていることは話さなかった。

 何故か、話せなかった。

「何で行けないんだろ・・・?」

 行けたらそこで話そうと思ってたけど、もう試みる必要はなくなった。

 試みる度、逸った鼓動。

 ときめく自分。

 それが何なのか、それを確かめる前に、もう必要なくなってしまった。

「もう会えないのかな・・・」

 は、何となく胸に空洞が出来た気分だった。





















 どれくらいの歳月が過ぎただろう。

 は古い文献を何の気無しに読んでいて、ふと目に留まる。

「へ〜っ、“シズル”って、この国の古い言葉で、“閉ざす鍵”って言うんだ? 今の言葉だと、“穢れ”だよね? だから改名したんだよね、クレハって。“光明”、って言う意味。“うちは”は、“故郷”とか“望郷”とかって言うよね。つまり、彼女の存在は、“故郷への道を閉ざす鍵”だったんだ。だから私の力だと行けなかったんだろうな。あ、もしかして、改名した今なら、行けるんじゃないかな?」

 クレハさんに言ってこよう、と立ち上がる。

 でも。

「あ、そっか・・・もう必要ないんだっけ・・・」

 先日、子が宿った、と聞かされた。

 愛する人がいて、愛の証である子も出来た。

 生まれたら、名を付ける約束をした。

「いいなぁ・・・」

 自分には望めない夢。

 人としての暮らしに、再び憧れる。

 神としての自分が嫌という訳ではなかったが、普通の人になりたい。

 ふとカカシが思い出された。

「会いたいな・・・」

 縁あって偶然出会っただけ、の筈なのに、何故こんなにも気に掛かるのか。

 だが、会うことは出来ない。

 神として、ありとあらゆる力を持つの身は、悪しき輩に狙われ、常に危険に晒されている。

 この国を出ることは出来ない。

 国外に出て異国に行くと言うことは、其処へ火種を巻きに行くようなものだからだ。

 分かっている。

 でも、日増しに、会いたい気持ちは増していた。

 胸の奥に芽生えた芽が何なのか、確かめたい。

 は考える。

「確かめてくるだけ・・・ただそれだけだよ・・・」

 だが、その為にカカシや里を危険には晒せない。

「容姿を変えて、能力を封じて・・・記憶も封じれば、私はただの人だよね・・・? でも・・・そしたらあの人のことも忘れちゃうの・・・? 私だと分からないかも・・・どうしよ・・・」

 それじゃ行く意味がない。

 カカシにも出会えるかどうかも分からない。

 は考え込んだ。

「・・・出来うる限りの安全な方法を採るしかないよね・・・」





 “縁があったら、また会いましょう”





 出会いは偶然だった。

 でも、世の全ては、必然で出来ている。

 運命に導かれれば、出会える。

 きっと。

「うん・・・!」

 は、覚悟を決めた。

 どうしても、会いたかった。









 人々が寝静まった真夜中、こっそりとは準備を始めた。

 自分を封じるものを用意する。

 稀少石を首に嵌め、容姿を変えた。

 同時に能力も封じ込む。

 羅針盤に使われる鉱石を腕に嵌め、時間が経つと記憶を封じ、障壁を張り巡らせて自身を隠すように施す。

 銀樹の広間の法陣の中央に立つ。

「どうか会えますように・・・必ず見つけてね・・・!」

 は念じると、その身は掻き消えた。

 何処に辿り着くかは、能力を封じたには分からない。

 でも、きっと出会える。

 そう信じて、は揺らめく異空間に身を委ね、眠りに就いたのだった。















 そして2人は、出会った―――――――――。