【南瓜―芽生え編―】







 名前も知らないあの人。

 知ってるのは、この里の忍びだということ。

 それと、かぼちゃが好き。

 いつも、私が働く店で買っていく。

 幼い頃からここで働いているけれど、いつも、ほんのちょっとのありきたりの接客の会話しかしたことなかった。

名前を訊くのも変な気がしたし、あの人はお客さんで、私は店員。

 それ以外の何でもなかった。

 でも、長楊枝をくわえて悠然とやってくるあの人の持つ空気は、忍びとは思えない程温かく、柔らかくて心地好かった。

 私はいつしか、あの人が買い物に来る日を楽しみにするようになっていた。





「かぼちゃくれ」

「あ、ハイ! 今日は身が締まっていていい出来ですよ。本日のお勧めです」

 楊枝をくわえて、今日もあの人はやってきた。

「そうか。じゃあ今日はまるごとくれ。後はそうだな・・・」

「有り難う御座います! 人参もいいの入ってますよ」

「じゃ、2〜3本貰うか。後はジャガイモ一袋と、大根1本だな」

 蓮根とゴボウも買ってくかな・・・と彼は品定めしている。

「結構買いますね、いつも。ご家族大勢なんですか?」

「あ? 独り暮らしの男が一杯食っちゃ悪ィかよ。食欲だけは人並み以上にあるんでな」

 鋭い眼光が私を射抜く。

 この人は、結構言葉遣いがぶっきらぼう。

 でも、時折見せる柔らかさが、根底にある優しさを教えてくれた。

「結構毎日来るのに、余ったりしないんですか? 男の人って一杯食べるんですね。凄いなぁ」

 今日は勇気を出して、一杯喋ってみた。

「男の食いっぷり知らねぇのか? 親父とか兄貴とかいねぇのかよ」

「私、家族いないから。私も独り暮らしなんです。ずっと」

 買っていく物を買物袋に詰めていきながら、寂しく微笑む。

「そうか。悪ィ。っつ〜か、オマエ、随分昔から此処で働いてるよな。昔は此処の子供かと思ってたが、すぐに違うと分かったし。この里は子供が働くのも珍しくねぇが、若い女が、何で八百屋なんだ?」

 毎日土にまみれて、と彼は問う。

「好きなんですよ、野菜が。身体にもいいし。家族を失った私を此処のおじさん夫婦が雇ってくれて、恩もあるし」

「そりゃいい心掛けだ。オマエ、名は?」

 彼は代金を私に差し出すと、名前を訊いてきた。

「え・・・あの・・・・・・です」

 ドキドキしながら、私はお金を受け取る。

か。いい名だな。オレは不知火ゲンマ。この里の特別上忍だ。これからも宜しくな、

 お釣りを受け取ると、シニカルな笑みを残して彼・・・ゲンマさんは帰っていった。





『ゲンマさんか・・・』

 一歩前進できたことが嬉しくて、今日の夕飯はかぼちゃにしよう、と心を躍らせながら仕事に戻った。















 仕事が休みのある日、買い物を楽しんでいたは、昼食をどうしようか悩んでいた。

「ウチに帰って作ろうかな。でもたまには外食もいいよね。折角だし、もう少しお店見て回りたいし・・・」

 何処にしようか、と店を見ながら決めかねて歩いてると、誰かがポン、との頭に軽く触れた。

 驚いては振り向く。

 そこに立っていたのは、くわえ楊枝のゲンマだった。

「よぅ、どうした。今日は休みか?」

「ゲンマさん・・・!」

 は嬉しい偶然に心をときめかせて、ゲンマを見上げる。

 小柄なは、ゲンマの胸くらいまでしか無かった為、見上げるのも首が疲れた。

「ハ、ハイ。日用品とか買って回ってて、お昼どうしようかなって思ってたところで・・・」

「オレもこれから昼飯だ。こうして会えたのも何かの縁だ。迷惑じゃなければ、一緒に食わねぇか?」

「め、迷惑だなんてとんでもない! 喜んで!」

 胸のドキドキを抑えながら、は声を上げる。

「じゃ、行こう」

 何も言わずに自然との荷物を手に取って持ってくれるゲンマの優しさが、を益々嬉しくさせた。

「今日は何処にすっかな・・・、好き嫌いあるか?」

 高楊枝でゲンマは店を見ながら歩く。

「いえ、無いです。何でも食べます」

「そうか。それにしちゃ、栄養は身長には行き届かなかったみてぇだな?」

 ニヤ、とゲンマはシニカルに笑う。

「もうっ、背が低いの気にしてるのに! ゲンマさんって意地悪!」

 が膨れているのを見て、ゲンマはクックックッと笑っている。

「悪ィ悪ィ。ガキだったら、まだ伸びるぜって言ってやりてぇが、はもうなぁ・・・」

「まだ伸びるモン!」

「そうか。せいぜい、太らねぇ程度にしっかり食え」

 ゲンマの一番の馴染みだという定食屋に入り、席に着く。

「オレはいつもの日替わり定食だな・・・は何にする?」

「私も同じでいいです」

 店員を呼び、注文する。

「日替わり2つ。オレは飯大盛りで。後かぼちゃの煮物」

 かしこまりました、と店員は注文を読み上げていく。

 出来てくる間、は茶を含んでゲンマをチラリと見た。

「ゲンマさんって、いくつなんですか?」

「オレか? 今年で29だ。もうすぐ三十路だよ」

「うっそ・・・」

「何だよ、もっとオッサンに見えるってのか?」

 眉を寄せて、ゲンマは吐き捨てた。

「ううん。逆。もっと若いかと思ってた」

 でも何だか人生達観してるっぽいし、相応なのかな、とはまじまじとゲンマを見つめた。

「人を年寄りみてぇに言うな。そういうオマエはいくつだ? って、女にトシ訊いちゃ失礼か・・・」

「構わないですよ。21です」

「おいおい、オレがアカデミー卒業した時にオギャアって生まれたって事か? 時代を感じるぜ・・・」

 ハァ、とゲンマが息を吐くと、定食と煮物が運ばれてきた。

 いただきます、と揃って食べ始める。

もかぼちゃ食えよ。食わなかったらオレ1人で全部食っちまうからな」

 モグモグと頬張りながら、ゲンマはに勧める。

「あはは。ゲンマさんって、ホントかぼちゃ好きですよね。ウチの店でも、毎回必ず買っていくし。そんなに好きなんですか?」

 じゃあいただきま〜す、ともかぼちゃを口に運ぶ。

「あぁ。好物さ。外で食えば必ず注文するし、家でもいつも作ってる。今じゃ自分の作ったモンの方が美味いぜ」

 ちょっとしたモンだぜ、とシニカルに笑う。

「へ〜っ。食べてみたいなぁ。私も仕事柄、たまに作るけど・・・」

「オマエさえ良けりゃ、いつでも食わしてやるぜ」

「えっ」

 思わずは鼓動が高鳴る。

「いつも値引きしてもらってるしな。世話ンなってるし、礼ってことで」

 社交辞令だ、と分かっていても、は頬を染める。

 そこで、わぁ、いいんですか?! 食べさせて下さい! とすぐに言えない辺り、は勇気がなかった。

「あ、有り難う御座います・・・」

 それだけ言うのが精一杯だった。

「そういや、昔からあの八百屋にいるが、家族は何でいないんだ? 忍びだったのか?」

 食べ終わったゲンマは、まだ食べているを見遣り、茶を含みながら尋ねた。

「いえ、一般人です。12年前、九尾の事件で亡くなりました」

 は寂しく微笑んだ。

「兄弟は?」

「いません、一人っ子でした」

「あの事件で孤児になった子供なんてのは星の数程いるが、大抵アカデミーに入ったもんだがな。そう言う道は考えなかったのか?」

「入りましたよ。でも、才能なくて、卒業できなくって。私には向いてないんだって分かったから、お世話になってたおじさんの八百屋で働かせてもらうようになったんです」

「それじゃ仕方ねぇな。まぁ、忍び以外の連中のおかげで木の葉も成り立っているし、大切な存在だからな。オレは忍びの世界しか知らねぇ任務馬鹿だから、里の人間と触れ合うのは買い物の時と飯の時くれぇだしな。こうやってオマエと飯食ってるのも不思議な感じだよ」

「私も忍びの人とは、ゲンマさんみたいに買い物に来るお客さんとしてしか触れ合うことないですから、私も今不思議な気分です」

 本当は、“嬉しい”と言いたかった。

 でも、気恥ずかしくて言えなかった。

 ゲンマさんは格好いい。

 全てを悟ったような、大人の人。

 こうして一緒に食事できるなんて、夢みたい。

 は食べ終わるのが勿体なくてゆっくり食べようかとも思ったが、ゲンマを待たせるのも失礼なので、急いで食べ終えた。

「早食いは消化に悪ィぞ。オレ達忍びは、いつ何が起こるか分からねぇから、必然的に早食いになっちまうが、オマエはゆっくり食ってくれて構わねぇ。オレに気ィ遣うな」

「でも、やっぱり悪いし・・・」

「誘ったのはオレだ。余計な気ィ遣うなっつっただろ」

 ゲンマさんって優しい。

 は、ゲンマの鋭い眼光に射抜かれて、胸のドキドキが止まらなかった。

「さて、と。満腹になったことだし、出るか」

 ゲンマはの分も併せて勘定を払う。

「あっ、私の分は自分で払います!」

「オレが誘ったんだっつっただろ。気にすんな」

「でも・・・」

「男が女と飯食ってワリカンじゃ格好悪ィだろ。格好つけさせろ」

「あ、有り難う御座います・・・」

「じゃ、行くぞ」

 まだ一緒にいたい。

 でも、ゲンマは昼休みで抜けて来ているだけ。

 もう仕事に戻らなくてはならない。

 折角会えたのに、これで終わりなんて寂しい。

 また買い物客と店員の日常に戻るなんて。

 しょんぼりしながら、は道を歩いていく。

 まだゲンマが持ってくれているの買い物荷物を、受け取りたくない。

はまだ買い物の続きか?」

 先を歩くゲンマが振り返ってに尋ねる。

「えっ・・・はい・・・服でも見ようかなって」

「八百屋で働いてたんじゃ、そうなかなか洒落っ気は出せねぇだろうが、年頃の女ならもっとお洒落を楽しんでいいよな。まだ時間あるし、付き合ってやるよ」

「え・・・いいんですか?」

 嬉しさが込み上げてきて、は自然と頬の筋肉が緩む。

「服を見るのは嫌いじゃねぇ」

 さて、何処に行くか・・・、とゲンマはくわえている楊枝をプラプラさせ、思案しながら歩いていく。

 はドキドキしながら後を付いていった。

『デ、デートしてるみたい・・・嬉しい・・・!』

 道は人で溢れ返っていて、歩きにくかった。

、オレから離れんなよ」

 ゲンマは人出の多さに息を吐きながら、の横に立った。

「オマエ小せぇから、後ろにいられたんじゃ見失っちまうからな」

「もう! また背の事言ってぇ!」

 シニカルなゲンマの笑顔が優しくて、はドキドキしっぱなしだった。

 行き交う人に押されてはよろめく。

「きゃ・・・」

「おっと」

 ゲンマはを抱き留めて、腕の中に取り込んだ。

 は余りの至近距離に、かぁっと赤くなる。

「ったく、祭りでもねぇのに相変わらず此処は人出が多いな。、はぐれねぇようにオレにくっついてろよ」

 そう言ってゲンマはの肩を抱いて歩いていく。

『やだ・・・鎮まれ心臓! ゲンマさんに聞こえちゃうよ・・・』

 ゲンマの温もりが伝わってくる。

 胸の高鳴りに気付かれそうで、は頭が真っ白だった。

 お洒落な洋服店に入って離れても、暫くは放心していた。

 ゲンマは慣れてる風に、服を手に取って見ていく。

 先程の行為も、とても自然だった。

 エスコート慣れしていそうだ。

 は一つの考えに突き当たる。

 考えたくなかったが、それしかない。

にはこういうのが似合いそうだな」

 そう言ってに見せるゲンマ。

 とてもセンスがよく、自分の好みにも当てはまった。

「あの、ゲンマさん・・・彼女さんにも、こうやって服選んであげたりしてるんですか?」

 こんな格好いい人に、彼女がいない訳がない。

 この優しさを全て受け止める人がいる。

 そう思うとは胸に痛みが走った。

「あ? 残念だが、生憎オレにゃ、女っ気はねぇよ。嫁き遅れんなってからかわれるけど、そりゃ皆お互い様でな。もうすぐ三十路だし、周りからもとやかく言われて鬱陶しいったらありゃしねぇよ」

 そろそろ家庭持てって、相手がいなきゃ始まらねぇってんだ、とゲンマは高楊枝で吐き捨てる。

「うっそぉ・・・」

「何がうっそぉなんだ、

 そんなに女っ気がねぇのが可笑しいか、とゲンマは鋭い眼光でを見据える。

「だってゲンマさん、格好いいのに、もてそうだけどなぁ」

「そうでもねぇよ。オレは口が悪ィからな、目付きも悪ィし、恋愛対象には見られにくいらしい」

 オレ自身も、くの一は仕事仲間以上には見ねぇしな、と高楊枝で言い放つ。

「でも、ゲンマさんって言葉はぶっきらぼうだけど、凄く優しいのに、皆目が曇ってるのかな。絶対おかしいよ、うん!」

「そりゃど〜も。そんなこと言うヤツは初めてだな」

 優しいなんて初めて言われたぜ、と言いながらゲンマは服を見ていく。

 の為に。

「そういうオマエは彼氏はいねぇのか? こういう時一緒してくれるようなヤツは」

「い、いないですよ! 出会いもそんなにないし・・・」

 は頬を染めて手を振る。

「そうなのか? オマエ美人だし、男が放っとかねぇだろ? 店の買い物客にゃ若い男が少ねぇかも知れねぇが、オマエのハツラツとした呼び込みや元気な接客は人目を引くし、誘われたりしねぇのか?」

 “美人”。

そう思ってくれてるんだ。

 俄に信じられなくて、鼓動が逸る。

「で、でも、私、男の人って苦手で・・・つい逃げちゃって」

「あぁ? オレとは普通に話せるじゃねぇか」

「いえ、あの、“そういう風”な人が苦手なんです。よく知らない人とか・・・ゲンマさんは、昔からのお客さんだし・・・」

「オクテって訳か。でもな、一度きりの人生、もっと楽しまなきゃ損だぜ。確かにナンパしてくるのにはロクな輩はいねぇだろうが、たまにゃ、マトモなのもいるだろ。まぁ、一度きりの人生だからこそ、慎重になるのもいいと思うがな。じっくり考えろや」

 柔らかな笑みで諭すように言い聞かせるゲンマは、の頭をポン、と優しく撫でると、会計に向かった。

「ホレ。持っていけ。オレは仕事に戻る」

 送ってってやれなくて悪ィが、とゲンマは買物袋全てをに差し出す。

「あ、あの、服のお金・・・」

「いいよ。オマエんトコの店にゃ、いつも世話になってるからな。礼だと思え」

「わ、悪いですよ。こんなに沢山の服・・・」

「言っただろ、服見るのが好きだって。そうだな、代金の代わりに、仕事で着て見せてくれ。動きやすい、仕事の邪魔にならない機能的なヤツを選んだからよ」

 な、とゲンマは再びの頭を撫でる。

 鋭さの中に優しさの宿る眼光が、の瞳を捉えていた。

『ゲンマさんって、いつも目を見て話すよね・・・吸い込まれそう』

「あ、有り難う御座います。明日から仕事に着ていきますね」

「おぅ。益々男が放っとかなくなるぜ。彼氏が出来たら教えろよ」

 店を出て並んで歩きながら、ゲンマはシニカルに笑う。

 その言葉に、は胸が痛む。

 そして気付く。





『私・・・ゲンマさんのことが好き・・・』





 でも、ゲンマはそういう目では見ていない。

 馴染みの店の店員だから、優しくしてくれてるだけ。

 今日こうやって食事に誘ってくれたのもたまたま会ったからで、服を選んでくれたのも私が買い物をしていたから。

 それも全て、昔からの馴染みの店の客と店員だから。

 そうでなければ、話すことも出来ない、遠い人。

 胸が痛い。

 この思いを伝えたい。

 でも、きっと迷惑なだけ。

 8つも離れてるし、私のことはお子様にしか見てくれていない。

 私みたいな何の取り柄も無い子供よりも、もっと大人な相応しい人がいる。

 憧れだけに思い留めておこう。

「どうした? 荷物重いか? やっぱ送ってってやろうか?」

「あっ、いいえ、大丈夫です。ゲンマさんはお仕事に戻って下さい。お忙しいのに、付き合って下さって有り難う御座いました。お陰で楽しかったです」

 暗く沈んだ顔は見せたくない。

 は、殊更明るく振る舞った。

「おぅ。じゃ、またな」

 ヤベェ、時間過ぎちまう、とゲンマは瞬身の術で消えていった。









 は部屋で、ゲンマの見立ててくれた服を握り締めてベッドに寝転がった。

 最初の頃はただの憧れだった。

 いつも店に来る、格好いい忍びの人。

 かぼちゃが好きだと知って、自分もよくかぼちゃを食べるようになった。

 かぼちゃの料理もいくつか覚えた。

 食べてもらえる訳でもないのに、懸命に練習した。

 料理の腕が上達していくうちに、憧れは益々強くなっていった。

 会う度に鼓動が逸った。

 接客で触れる度にときめいた。

 それは恋なのだ、と今日改めて気が付く。

 でも、叶う筈もない恋。

 身分どころか、歳が違いすぎる。

 ただの客と店員。

 昨日まで、会えるだけで嬉しかったのに、今はこんなにも苦しい。





『オマエはいつも元気がいいな』





 いつだったか、買い物に来てゲンマはそう言って笑いかけてくれた。

 この恋が叶わないのなら、せめてゲンマに嫌われないように、少しでも気に掛けてもらえるように、今まで通り、元気に仕事をするしかない。

 会えるだけで幸せだったのが、食事に誘ってもらったり服を選んだりしてもらえただけで、充分幸せだ。

 一杯話せるようになった。

 前よりは距離が縮んだのだ。

 それを喜ばなくては。

 うん、と決意をして、は明日どの服を着ていくか、鏡に向かって思案した。











、今日は可愛い服着てるね。昨日の休みに買ったのかい?」

 仕事をしながら、店主が尋ねてくる。

「あ、はい。店の雰囲気に合わなかったら言って下さいね」

「そんなことないよ。色気のない店が華やいでいいってもんだ」

 は年頃の女のコなんだから、もっとお洒落するといいよ、と気のいい店主は笑う。

 そんな店主の優しさが嬉しかった。

 でも、見てもらいたいのは、1人だけ。

 はそわそわしながら、夕方を待つ。

 接客に追われながら、時計を目で追う。

 でも、ゲンマは、いつもの時間になってもやってこなかった。

 ゲンマは里の忍び。

 里を離れる任務が多いだろう。

 買い物だって毎日来てる訳じゃなかった。

 何日も来ないことだってある。

 分かっていた。

 それでも、ゲンマに会いたかった。





 は毎日、ゲンマの買ってくれた服を取っ替え引っ替え着て仕事に向かう。

 が、ゲンマは何日経っても店には来なかった。

『長期任務なのかな・・・』

 会えないと思うと、恋心は益々膨らんでいった。

 憧れだけに留めておこうと思った筈なのに。

 会いたい。

 あの低い声で、“かぼちゃくれ”って言って欲しい。

 思わずは沈んで顔を伏せる。

 ダメだダメだ。

 元気ハツラツでいようって決めたんだ。

 頭を振って、は大きな声で呼び込みし、明るく接客するよう務めた。

 仕事を頑張ろうって決めたんだ。

 その時。

「おぅ、かぼちゃくれ」

 聞き慣れた低い声。

 は逸る鼓動を抑え、声の主を見上げる。

 いつもと変わらない、高楊枝で佇むゲンマの姿。

「今日のはいい色ツヤしてんな、丸ごとくれ」

 後は・・・とゲンマはいつものように品定めしている。

 は、堪えようとした涙が溢れ出して止まらなかった。

「おい・・・? どうした? 何かあったか?」

 怪訝そうにゲンマは背を屈めての顔を覗き込む。

「良かった・・・ゲンマさん・・・任務で何かあったかと思って・・・」

「悪ィ。任務に時間かかって、暫く里を離れてたんだ。心配させちまったようだな、悪かった」

「ううん。無事で良かったです」

 涙を拭き取り、ニッコリ微笑む。

「その服、似合ってるぜ。着てくれてんだな」

「とても気に入ってます。おじさんも褒めてくれたし」

「そうか。それは良かった。男が言い寄ってくるだろう」

「全部断ってます」

「何でだよ。いい男いなかったか?」

「それもあるけど・・・私、好きな人がいるから」

 勇気を出して言ってみる。

「そうなのか。付き合ってるのか? ソイツと」

 ゲンマの表情は悠然とした笑みのまま、変わらない。

 ちょっと寂しかったけど、は気にしないことにした。

「ううん。好きだけど、そう言うのじゃないから」

「何だそりゃ」

「今は仕事が楽しいから、いいんです」

「恋愛ぐらいしたっていいだろうが」

「いいんですよ」

 強い意志で、ゲンマの瞳を見つめてニッコリ微笑む。

 ゲンマもの瞳を見つめた。

「そうか」

「それより、他は何にします? 大根がいい出来ですよ」

「そうだな・・・」

 元気に仕事している自分を見てもらおう。

 そしたらきっとまた笑いかけてくれる。

、次の休みはいつだ?」

 買い物が済んだゲンマは、帰り際、に尋ねてきた。

「え・・・明日ですけど・・・」

「そうか。じゃあまた一緒に昼飯食おう。嫌でなければ」

「えっ。嫌だなんてとんでもない!」

 鼓動がドクンと跳ね上がる。

「じゃ、明日な。相変わらず、オマエは元気があっていいな。こっちまで気持ちがよくなる。看板娘、頑張れ」

 そう言い残してゲンマは帰っていく。

 頬を染めて、はゲンマの後ろ姿を見送った。





 の恋は、まだ始まったばかり。

 いつか想いが通じますように。









 END.







 ぐぁぁ〜〜〜。
 砂吐き、定番ドリームです(冷汗
 自分は絶対こういうの書けないって思ってたのに、
 書いてしまいましたよ・・・。
 変わったモノ書きたかったんですかね。
 成熟編でまた砂を吐きましょう!(爆