【南瓜の煮物をアナタと一緒に】番外編〜共鳴〜(1)







 木の葉に暑い夏が来た。

 中忍試験で賑わってくると、夏を実感する。

 本戦の審判を任されているゲンマは、受験者を前もって見て思い入れしないように、直前まで携われずにいた。

 試験の係の者達の代わりに、雑事をもこなす毎日。

 却ってその方が忙しかった。

 合間に昼食を摂りに食事処に行って、カボチャの煮物を食べて、満足してアカデミーに戻った。

 そこに、アカデミー生達のグラウンドでの授業を、柵の隙間から覗き込んでいる子供がいた。

 3歳くらいだろうか。

 親はいないのか、と辺りを見回すが、それらしい者はいない。

 小さな女のコは、物珍しそうに、食い入るように授業を見ていた。

 つられてゲンマも授業風景を眺めていたら、強い視線を感じ、顔を戻すと、その女のコがゲンマをじっと見つめていた。

 零れそうな大きな瞳は、興味がゲンマに移ったようだった。

「おじちゃんだれ?」

「オイコラ、誰がおじちゃんだ。お兄さんと言え。ったく、オマエ、どうした? 親は一緒じゃねぇのか?」

 腰を屈めて尋ねるゲンマに、女のコはコクンと頷いた。

「迷子か? ウチは何処だ?」

 キョトンとして、ゲンマを見つめる。

 上下する千本の動きに合わせて、女のコの目も動いた。

 ゲンマはその場にしゃがみ込んで、女のコに目線を合わせる。

「名前は言えるか? トシは?」

。おくちでしゃんしゃい」

 思わずゲンマは吹き出しそうになった。

 今は亡き妹エルナが3歳の頃、年を訊かれて指で3を作っていたのを見た母親が、“お口で3歳って言いなさい”と言って、それからは年を訊かれるとのように言っていて、笑ったのを思い出したのだ。

か。役所に訊きに行くか・・・」

 ゲンマはを抱き上げると、役所に向かった。

「コラ。落ちるから動くな」

 もぞもぞとが動いて、よじよじと上っていき、首に絡み付いた。

「落ちるっつの」

 ゲンマはベリッと引き剥がし、肩車にした。

 するとは喜んで、きゃっきゃと笑った。

 役所に着くと、ゲンマは戸籍課に尋ねる。

さんという苗字は珍しいですね。住民台帳には載っていないんですが・・・最近越してきたばかりかも知れませんね」

「そうか。どうすっかな・・・じゃ、暫くオレん家で預かるから、分かったら教えてくれ」



「はい」





 ゲンマはを肩車したまま、役所を出た。

「Dランクの子守り任務みてぇだな。おい、家は分かんねぇのか?」

 頭上のに問いかけても、ふるふるという振動が伝わってくるだけだった。

 捨て子じゃねぇだろうな、と思いつつ、アカデミーに戻り、自分の部屋に向かった。

慌ただしく駆け回る仲間達を他所に、たらたらと廊下を歩く。

 見るモノ全てが目新しいは、キョロキョロと見渡していた。

「あれ、ゲンマさん、どうしたんすか、そのコ」

「迷子だ。ってゆ〜名前だ。役所でも分からんから、もし誰か知ってるヤツいたら、オレんトコに来てくれ」

「はぁ。隠し子かと思いましたよ、ゲンマさんの」

「あのな。隠し子を堂々と連れ歩くか」

 千本を上下させながら言い捨てると、ゲンマは自分の個室に入った。

 肩車を降りたは、物珍しそうに室内を眺める。

「いいか、。ココにあるモンは、全部“大事大事”だ。触っちゃダメだ。イタズラすんなよ?」

 コクン、とは頷くと、窓辺で背伸びして、グラウンドを眺めようとした。

「ちっと高ぇな。ホラ、この椅子の上に乗れ」

 机脇の長椅子を窓辺に持ってきて、ひょい、とを上に上げた。

 妹に面影を重ね、穏やかな気分で執務をこなしていった。

 お茶を煎れて一息つこうとしたら、は長椅子で横たわって、寝息を立てていた。

「夏とはいえ風邪ひくぞ」

 そう言って、ベストを脱いで掛ける。

 余りにも小さな身体が、埋もれたようだった。

 夕焼けが射し込んでくると、もぞもぞ、とが動いた。

 ちょこん、と座り込んで、虚ろな眼でゲンマを見つめる。

「ぱぱ?」

「あ? 寝惚けてんな。生憎パパじゃねぇよ。オレはゲンマだ。ゲ・ン・マ!」

 頭を撫でながら、言い聞かせる。

「えんま?」

「誰が地獄の大王だ。まぁいい。、オレん家来るか?」

「うん。おなかすいた」

「じゃ、ウチ帰って美味いモン食わせてやる。何が好きだ?」

「ん〜、あぼちゃのにもも」

「は? 桃?」

 ゲンマは眉を寄せ、千本を上下させながら、考える。

「無難にハンバーグとかでいいか?」

「はんばーぐもすきー」

「よし。じゃ、とびっきり美味いヤツ作るからな」

「わーい」

 ぴょん、と椅子を飛び降りてゲンマの足にしがみついた。

 ゲンマはの頭を撫でると、ベストを着直し、廊下に出て鍵をかけ、抱えていたを肩車した。





 商店街を彷徨きながら、ゲンマは、に何かを、と考え、お絵描き帳とクレヨンを買った。

 食材を買い、アパートに戻る。

「しまった。子供用の椅子ねぇから椅子高いよな・・・」

 取り敢えず分厚い蔵書を重ね、その上にを座らせた。

「ホラ、出来るまでお絵描きしてろ」

 ゲンマはベストを脱ぎ、額当てを外し、調理に取り掛かった。

 はぐしぐしと何やら描いていた。

 エルナに食事を作っていた頃を思い出し、何となく胸がほんのりとする。

 妹にしてやりたかったことは、沢山あった。

 それを出来ないまま、エルナは幼い命を散らせた。

 ゲンマは感慨に耽りながら、ぺちぺちと丸めたハンバーグの空気を抜いていった。

 焼く時のジュワ〜という音が、何とも空腹の胃袋をくすぐる。

 次に海老ピラフを炒め、お椀で丸を作って、子供が喜びそうな盛りつけをしていく。

「ホラ、出来たぞ。何描いた?」

 手を洗って拭きながら、食卓を覗く。

 人間と判別出来るモノは、だろう。

 小さく家のようなモノもある。

 そして周りにいっぱい緑色の物体があった。

 草原には見えないな、と首を傾げる。

、手ぇ洗え」

 ゲンマはの脇に手を入れて抱き上げると、流しに向かった。

 蛇口を捻り、わしゃわしゃと洗わせる。

「さ、食おう」

 お絵描き道具を片付け、食卓を整えていく。

「いたーきます!」

「お、偉い偉い。よく言えたな」

 はフォークを握りしめ、口の周りをケチャップで真っ赤にしながら、美味しそうに食べていた。

 ゲンマは何となく嬉しくて、美味しく食べてくれる人間がいるってのは、やっぱいいモンだな、と思う。

 ふと、昨日の残りのカボチャの煮物があったことを思い出して、レンジで温め、食卓に置き、口に放り込む。

「あ! もたべゆ!」

 が目を輝かせて、煮物の鉢を見つめていた。

「コレをか?」

「あぼちゃのにもも、もたべゆ!」

「あぁ、カボチャの煮物って言ってたのか・・・こんなんが好きって、渋いな、ガキが」

 そして、あ、と気付いた。

「あの緑、カボチャ畑か?」

ね、あぼちゃすき。ぱんぴんぱいもすき」

「ぱんぴんぱい? あぁ、パンプキンパイか。じゃ、明日玄庵堂で買ってこよう」

 にぱっとは笑い、美味しそうに煮物を食べた。

「おいしー! もっと!」

「はは。オマエん家、カボチャ畑でもあるのか?」

 むぐむぐと食べる姿が愛らしくて、向かいから頭を撫でた。

 覚束無い手で食べているのを見ながら、サッサと食べ終わっていたゲンマは、お茶を含みながら、穏やかな気持ちになる。

「おちとーしゃまでした!」

「偉い偉い。ジュース飲むか?」

 口の周りを拭ってやり、冷蔵庫を開ける。

 先程買ってきた、オレンジジュース。

「あぼちゃじゅーすは?」

「渋いガキだなオイ。悪いな、これで我慢しろ」

 カボチャのフルコースでもやったら喜びそうだな、と思う。

 洗い物を始めると、はまた絵を描き始めた。

 片付けながら、ふと見遣る。

 幼い故に、恐らく人間らしい、という程度の絵が描けるのがやっとだ。

「Q? アルファベットか?」

 そんなもん知らねぇよな、と何だろうか、と千本を上下させながら覗き込む。

、今度は何描いてんだ?」

「えんましゃん」

「オレ?」

 幼いながらに、ゲンマの千本をくわえた姿は、印象に強かったようだ。

 ゲンマはぷっと吹き出して笑った。

「はは、成程な」

 隣のオレンジ色の物体は、カボチャの煮物なのだろう。

 余程好きなのか、と何だか微笑ましい。

「風呂入れてくっからな」

 蛇口を捻りながら、ふと気が付いた。

「しまった、着替えとかねぇな・・・。、ちっと出掛けてくるから、おとなしく留守番してろよ?」

「うん。いってしゃい」

「誰か来ても出ちゃダメだぞ」

「はーい」

 ぐしぐし楽しそうに絵を描いているを見遣り、鍵を掛けて出掛けた。

 服を選ぶのが好きなゲンマは、子供用の可愛い服を物色するのが楽しくて、つい色々買いすぎた。

「父子家庭かっての・・・いつまでいるのかも分かんねぇのにな。って、しまった。風呂入れてんだっけ」

 溢れちまう、と急いで戻る。

「えんましゃんおかえりなしゃい」

 またQを描いていたので、ゲンマに肩車されている、の様だった。

「おぅ、ただいま。っと・・・」

 ゲンマはすぐに浴室に向かった。

 溢れる寸前だった。

「危ねぇ危ねぇ。、風呂入るぞ」

 着替えを取りに行き、を抱き抱え、浴室に向かう。

「可愛いパジャマ買ったから、上がったら着ような」

 んしょんしょと自分で脱ごうとしているを、微笑ましく眺めていた。

「できた!」

「よし、お利口だな」

 洗おうとして、気付く。

「しまった、シャンプーハット必要か? しょうがねぇ、今日は身体だけにすっか・・・」

 わしゃわしゃ洗っていくのを、はきゃっきゃと喜ぶ。

 浴槽で、を抱え、高い高いをしたりして、遊んだ。

 疑似父親体験が楽しくて、これくらいの子供がいてもおかしくないんだよな、と思う。

 上がって身体を拭いて、買ったばかりの可愛いパジャマを着せた。

「似合ってるぞ、

「えんましゃんありまとー」

 にぱ、と笑うは、うとうとしてきていた。

 取り敢えず寝室に連れて行き、ベッドの上に寝かせた。

 ゲンマは髪を乾かすと、冷えた缶ビールを手に、寝室に行く。

 渇いた喉を潤しながら、愛らしい寝顔を眺めた。

 こんな日も楽しいな、と、まだ宵の口の寝室で、小説を読み耽る。

 が眩しそうに動いたので、途中で閉じ、灯りを消してベッドに潜り込む。

 腕の中の愛らしい存在が、穏やかな気分で眠りに就いた。







 あれから3日が過ぎたが、一向に知らせはなかった。

「マジで捨て子か? ったく・・・」

 それなら然るべき手続きが必要だ、と思いながら、と過ごす時間が楽しくて、このままでも良いか、とさえ思う。

 娯楽部屋でテレビを観ているを抱っこしながら、色々考えた。

「あっ、えんましゃんだ!」

「ぁ? オレ?」

 テレビを食い入るように観ていたが、突如叫んだ。

「えんましゃんがいっぱいいるよ!」

 何だ、とテレビを観ると、特番のクイズ番組のスペシャルで、出演者が着ているTシャツや舞台セットの飾りのウチワなどに、大きく“Q”と描かれてあり、的には、ゲンマがいっぱいいるように見えるのだろう。

「はは。こっちのオレもいっぱいになって見せようか?」

 印を結んで、影分身の術を使い、数人になった。

「「「あんな色気のねぇQよりこっちの方がカッコイイだろ?」」」

 エコーを効かせながら、を取り囲む。

「わぁ、しゅごーい! もやりたーい!」

 は目を輝かせて、喜んだ。

「「「じゃ、変化!」」」

 ゲンマはに変化した。

がいっぱいいゆー。えんましゃんどうやったの?」

「分身の術と変化の術だよ。オレは忍者なんだぜ。オマエもアカデミーの授業眺めていただろ?」

 ポン、とゲンマに戻り、分身を解き、の頭を撫でながら言った。

「ぶんちんのじゅちゅ? もにんじゃになりたい」

「そうか。じゃ、大きくなったらアカデミーに入れ」

にもできゆ?」

「後3〜4年したらな。さ、もう遅い時間だ。寝ろ」

 テレビを消し、隣の寝室にを連れて行く。

「えんましゃんもいっしょにねるー」

 木登りのように、ゲンマの脚にしがみついた。

「9時から寝られるか。って、しょうがねぇな。って、オレはゲンマだ。えんまじゃねぇ」

「えんま?」

「ゲンマ! ゲ!」

「うぇ?」

「ゲ!」

「う゛ぇ?」

「って、ガキ相手に何ムキになってんだ、オレ。あーもーいー。寝るぞ。オヤスミ」

「おやしゅみー」

 が寝入るとそっとベッドを抜け出し、娯楽部屋で、静かに修行をした。

 汗びっしょりかいて、シャワーを浴びて戻る。

「ふにゅ・・・えんましゃん・・・しゅきー・・・あぼちゃたべゆー・・・」

 むにゅむにゅと寝言を言いながら、は幸せな夢を見ているようだった。

 すっかり懐かれてしまった。

 事情を知らない者は、親子だと思っているようだったが、それでもいい、とゲンマは、今この時が、とても充実していた。

 養子にでもするか、という所まで考えが及びながら、を腕に抱いて、寝入った。







、此処でアカデミーの授業観てろ。すぐ戻るからな」

「はーい」

 はグラウンドの砂場で、棒きれでお絵描きをしたり砂山を作ったりして遊びながら、授業を眺めていた。

 が、すぐ戻ると言ったゲンマがなかなか戻ってこず、は地面にQを沢山描いて、棒きれをくわえてみたりした。

 諜報部隊の打ち合わせをしていたゲンマは、アケビと共にの元に戻ってきた。

「うぇんましゃんっ!」

 はとてとてと駆けていき、ぴょ〜んとゲンマの脚にしがみついた。

「待たせたな、悪ィ」

 はよじよじと上っていこうとしたので、ゲンマは頭を撫で、ベリッと引き剥がして抱き上げた。

「あらあら。すっかり懐かれてるのね、パパ?」

「はは。ま・・・」

「おばちゃんだれっ」

 は、強い瞳でアケビを見つめた。

「ちょっと待ちなさい。誰がおばちゃんですって・・・?」

「ガキ相手にムキになるなって」

「い〜い? “おねえさん”はね、ゲンマのお仕事の仲間よ。アケビって言うの。分かった?」

「だめっ」

「何がだ、

「うぇんましゃんはのっ。おっきくなったらがうぇんましゃんのおよめしゃんになるのっ。おばちゃんはだめ!」

 ぎゅう、とゲンマに抱きついて、アケビを見つめて口を尖らせる。

「あらま、いっちょまえね。大丈夫よ? “おねえさん”はアナタからゲンマをとったりしないから」

「お嫁さんって、マセガキだなオイ。オレはパパよりお婿さんか?」

「20年・・・15年待ってないとね、ゲンマ?」

「はは、オッサンになっちまうぜ・・・」

「オッサンよね〜。もうすぐ三十路じゃない」

「煩ぇ。男は30からだ」

「誕生日プレゼント、何がいい? ローソク30本立てたケーキとか?」

「んなモン要らねぇよ」

 アケビは笑いながら、先に帰って行った。

「おたんよーび?」

 がキョトンと、ゲンマを見上げる。

「もうすぐオレの誕生日なんだよ」

「けーき! けーきしゅきー! おたんよーびけーきかうの! ろーしょくふーしゅるの!」

「じゃ、オマエの為に買ってくか。ショートか、ちっこいホールか・・・ホールのがいいか」

 のトシと自分のトシにかけて、3本立てよう。

 の好きなカボチャでフルコース作ろう。

 献立を色々考えながら、商店街を肩車で歩く。

 馴染みの八百屋は、いつもいい食材を仕入れている。

 カボチャをいくつか買い、家に戻り、下ごしらえをしていく。

 は食卓でお絵描きをしていた。

 花嫁と婿Qもといゲンマの周りに、カボチャが沢山。

 いっぱい遊んだは疲れて、むにむにと目を擦っていた。

「一眠りしろ、。夕飯出来たら起こすから」

「ふに〜」

 ゲンマはを抱え、寝室に向かう。

「うぇんましゃん、がおーきくなったら、およめしゃんにもらいにきてね。まってゆ・・・」

 眠りに落ちたを見ながら、愛しそうに頬を撫でる。

 大きく成長する頃には、恐らく覚えていないだろう。

 それでも、そう思ってくれることが、嬉しかった。

 台所で夕飯の支度をしながら、ゲンマはの言葉の意味に気付かなかった。

“お嫁さんに貰いに来てね”

“待ってる”

 夕食の支度が出来て、を呼びに寝室のドアを開けると、其処にの姿はなかった。

・・・?」

 開いている窓から、ひんやりとした風が入ってきた。







































 朝の陽光が射し込んできて目を開けたゲンマは、眉を寄せて考え込んだ。

「何だ? 今の夢・・・」