【南瓜の煮物をアナタと一緒に】番外編〜共鳴〜(2)







 木の葉に暑い夏が来た。

 他里の忍び達がチラホラ目に付くようになると、夏が来たことを実感する。

「中忍試験かぁ・・・私も忍びになれてたら、受けたり出来たのかな・・・」

 八百屋に勤めるは、不定期の休みには、ウィンドウショッピングを楽しんでいた。

 他所の里の忍びに病院を訊かれたは、暇ついでに、連れて行った。

 売店で飲み物でも買ってちょっと涼んでいこう、と休憩所で休んだ。

 行き交う人を眺めていたら、小さな子供が、自販機の飲み物を買おうとしていた。

 背伸びしてもボタンが押せず、つま先立ちしながら、震えていた。

 は手伝おう、と腰を浮かせる。

「押してあげるよ。どれがいいの?」

「バナナ豆乳」

 ピ、とボタンを押し、ガコン、と落ちると男のコは取り出した。

「サンキュー、姉ちゃん」

 男のコは長楊枝をくわえており、わんぱくそうだな、とは思う。

 きっとガキ大将とかだ、とは微笑みながら、向かいの椅子を勧めた。

「独り? お父さんお母さんは?」

「母さんが具合悪いから、連れてきたんだ。診察待ちで暇だから、遊んでろって言われて」

 長楊枝をプラプラ手で動かしながら、パックジュースのストローを啜った。

「偉いね。名前は? いくつ?」

「不知火ゲンマ。もうすぐ5歳。ねえちゃんは?」

。22歳。不知火って、あの大きなお屋敷の?」

「あぁ。ん家は何処?」

 イキナリ呼び捨てにしてくる生意気さが、逆に可愛らしく思えた。

「実家はちょっと郊外だったよ。農家だったの。南商店街の八百屋に卸しててね。今はもう親もいないんだけど、私はその八百屋で働いてるんだ。今はその商店街の近くに住んでるよ」

「カボチャとかいっぱいあったのか?」

「一面のカボチャ畑とかあったよ。ゲンマ君カボチャ好きなの?」

「煮物が好きだ。いーな、そーゆートコ見てみてー」

「ふふ。今度行く? 人手に渡ったけど、今でも畑はあるよ」

「行く!」

 大人ぶったフリをしてもまだ子供だなぁ、と微笑ましく思う。

「母さん診察終わったかなぁ」

 足をぶらぶらさせながら、くわえた長楊枝を上下する。

「具合悪いって、どんな? 風邪?」

「ん〜ん、悪い病気じゃないから、心配するなって。母さんちっと医療かじってっから、分かるんじゃねぇかなって」

「それって、もしかして・・・」

「あ?」

「お母さん、何科にかかってるの?」

「知らねー。ちっと様子見てくる。じゃーな、!」

 ゲンマは、ぴょんと椅子を飛び降りると、に手を振って、駆けていった。

「ふふ、可愛い。あんな弟がいたらな」

 は見送ると、さて帰ろうか、と腰を浮かせる。

 ゆっくり歩いていると、ロビーでゲンマが駆け寄ってきた。

っ!」

「ゲンマ君。お母さんどうだって?」

 は腰を屈めて、ゲンマを伺う。

「オレ・・・兄ちゃんになるんだってよ」

「良かったじゃない。しっかりしないとだね」

「へへ・・・スゲー嬉しい」

 照れくさそうにはにかむゲンマが、可愛くて和やかな気分になる。

「父さんに知らせてくるっ!」

 ウキウキと駆けていくゲンマを微笑ましく眺めながら、は家に帰った。







 数日後、休みには玄庵堂に行き、パンプキンパイを買った。

 この店のパンプキンパイは有名で、遠くから買いに来る客もいるという。

 カボチャが好きだというゲンマも喜ぶだろうか、と不知火邸に向かった。

「やっぱり大きなお屋敷〜。不知火一族って、高貴な流れだって言うモンねぇ・・・でもゲンマ君はおぼっちゃまと言うより、やんちゃなガキ大将のイメージだよね」

 ふふ、と門を潜る。

「ゴメンクダサ〜イ」

 そっと中を伺うと、何やら音がする。

 誰かが動き回っている感じで、音のする方に、吸い寄せられていった。

 すると、其処に見えたのは、素早く動き回るゲンマだった。

「アレ? じゃん。どうしたんだよ」

「コンニチワv ゲンマ君、何かのお稽古?」

「お稽古じゃねぇ、修行だよ。来年、アカデミーに入学して、忍びになるんだ」

 流れる汗を拭うその姿が、何とも大人っぽく見えた。

「そっか。私は才能無くて卒業出来なかったからなぁ・・・」

今日休み?」

「うん。ゲンマ君、カボチャが好きだって言ってたから、玄庵堂のパンプキンパイ買ってきたんだ」

 はい、と包みを差し出す。

「マジ? あそこの美味いよなー。サンキュー。お茶煎れっから、入れよ。ちっと休憩する」

 4〜5歳ってこんなにシッカリしていただろうか、と思う程、ゲンマは大人びていた。

 英才教育でもされているのだろうか、と思う。

「ほい」

 ゲンマはにお茶を出すと、台所の椅子に上り、包丁でパイを切り分けた。

「あ、私がやったのに」

「いんだよ。忍びになるからには、何事も1人で出来るようにしとかねぇとな。人に甘えてる場合じゃねぇんだよ」

「は〜、偉いねぇ」

 言葉も目付きも大人びているゲンマだったが、パイをムグムグ食べる姿は子供らしく可愛くて、微笑ましい。

「美味かった〜。ごちそーさん! サンキュー」

「どういたしまして。このお茶、南商店街の外れの専門店でしょ。美味しいよね」

「そうだ、お礼にウチの煮物食ってみてくれよ。母さんの煮物は天下一品だぜ?」

 そう言って、ゲンマはカボチャの煮物の鉢を持ってきた。

「へー、美味しそうな匂い。いただきまーす。・・・あ、美味しい。私の作るのとじゃ全然違うなぁ。流石・・・」

はまだ若ぇんだし、場数踏んできゃ上手くなるって。オレも研究中だし」

「火を使って危なくない?」

「忍びになるのに火なんか怖くねぇよ。火遁とかやるしな」

「そうじゃなくて・・・」

「ちゃんと気を付けてるって。でも父さん母さん達にはオレがガスコンロ使ってんの内緒な? もちっと大きくなるまでダメって言われてっからよ」

「もう・・・」

 生意気盛りの可愛らしさに、弟がいたらこんな風に過ごしたのかな、と思う。

 一人っ子のは、兄弟というものに憧れていた。

、カボチャ畑見に行きてぇんだけど」

「今から? もう夕方だよ」

「そんなに遠くねぇんだろ?」

「そうだけど、お母さんとか帰ってくるんじゃない?」

「ヘーキだって。この時期は忙しいんだ。いっつも遅いし」

「そぅ?」

 椅子の上で洗い物をするゲンマを手伝い、家を出た。

「って、って忍者走り出来ねぇか・・・時間かかるな」

「卒業出来なかったって言ったでしょ。そんなに遠くないから、のんびり歩いていこ?」

 はニッコリ微笑んで、ゲンマの手を握る。

 ゲンマは照れくさそうに咳払いをして、ぎゅ、と握り返して頬を染めたまま、これは夕陽で赤いんだ、とでも言いたげに、歩いていった。





 が実家でやっていたという農園は、思っていた以上に大きく、美味しそうな野菜や果実が、たわわに実っていた。

「もぎたてのトマト、美味しいよ。農薬使ってないから、そのままガブって食べられるから」

 農作業していた後任の農夫に断り、トマトをもぎ取り、ゲンマに渡す。

「あ、うめぇ」

「でしょ」

 ゲンマの目的のカボチャ畑に案内すると、ゲンマは目を輝かせて見入っていた。

「すげ〜っ!」

「今年も良い出来だなぁ。懐かしいな・・・」

 過去を懐かしむに、ゲンマはじっと見上げた。

はさ、子供の頃何になりたいとかあった?」

「ん〜、農家の娘として育ったから、跡を継ごうと思ってたけどね。今はそうだなぁ、いいヒトと巡り会えて結婚したら、旦那様を支えながら、つましく家庭菜園でもしたいな。って、年寄りクサイかな」

「そうか? いんじゃねぇの? 農家を馬鹿にするようなヤツは嫌いだから、みて〜なのは、いいと思う」

「そう? ありがと」

 カボチャや色んな野菜を沢山貰って、また手を繋いで戻った。

 握る手の温かさが、穏やかな気持ちにさせた。







 宵の口、間もなく閉店しようかという商店街、今日も売り上げ上々のの働く八百屋に、ゲンマがやってきた。

、もうすぐ終わり?」

「うん。どうしたの、こんな時間に」

「父さんと母さんが忙しくて帰ってこねぇから、1人でいてもつまんねぇから、遊びに来た。ん家行っていいか?」

「それはいいけど、ちゃんと断ってきたの?」

「家に書き置きしてきた」

「もう、それじゃ心配するんじゃないの?」

「オレのこと信じてるから、ヘーキだって」

「大人ぶったって、ゲンマ君はまだ5歳になるかどうかでしょ」

「ガキ扱いすんなよ! アニキになるんだからな!」

 背伸びするゲンマが愛らしくて、思わず苦笑する。

「じゃ、カボチャの煮物の研究しようか」

「やる!」

 ふふ、と微笑みながら、店じまいをすると、帰宅した。

「独り暮らしだから、狭いわよ」

「気にしねぇよ」

 くわえている長楊枝をプラプラと、頭の後ろで手を組んで、室内を見渡す。

 夕飯の支度に取り掛かると、調味料の加減、水の加減などで話し合いながら、カボチャの煮物を作った。

 他のおかずを手早くが作り、揃って食べる。

「いっただっきまーす」

 こういう子供らしさも見られ、は微笑ましく眺めた。

「ん〜、カボチャ本来の甘みをちっと殺してんな。砂糖多すぎた感じ」

「煮詰めすぎたかな? 煮くずれしちゃってる」

 その議論の光景は、何とも滑稽だった。

「ゲンマ君、もうだいぶ遅いから、お家まで送っていくよ」

「そしたらは帰りどうすんだ? 1人じゃ危ねぇじゃん」

「ん〜、じゃ、ゲンマ君、泊まってく?」

「え」

 ゲンマは急にポッと赤くなり、長楊枝が口から落ちる。

「お母さんとかに知らせる方法無い?」

「え、っと、あ、口寄せの紙貰ってる。開くと父さんの忍鳥が出てくるヤツ」

 ゲンマはゴソゴソと身体をまさぐり、丸まった紙を手に取った。

 開いて出てきたのは、橙色の小鳥。

「何だゲンマ、外泊か。ガキの癖に色づきやがって・・・」

 ちろ、と鳥はゲンマとを交互に見遣る。

「うっ、煩ぇな、オボロ! 父さんと母さんにうまく説明してきてくれ!」

「ほいほい。彼女のトコにお泊まりってな」

「ちっ、違うっつの。ったく馬鹿オボロ、サッサと行け!」

「けっ、口ばっか達者になりやがって。ガキが背伸びすんなっつの」

 オボロは飛び立ち、其処には照れくさそうなゲンマが残った。

「あはは、今の鳥さん、喋り方がゲンマ君にそっくりだね。って、ゲンマ君が鳥さんに似てるのかな?」

 ふふ、とは微笑む。

「いっ、一緒にすんな!」

 ブツブツ吐き捨てるゲンマが、年相応に可愛かった。

「じゃ、お風呂入ろっか」

 は風呂を入れに行き、着替えを用意する。

「ゲンマ君の着替えどうしよう? もう商店街閉まっちゃってるしなぁ・・・。下着はないけど、服は私のでもいい? すぐ洗濯して干せば、夏だから朝には乾いてるよ」

 いい湯加減になると、はゲンマを引っ張って浴室に連れて行った。

「背中の流しっこしようねv」

「ひっ、1人で入れる!」

 ゲンマは顔を染めて、吐き捨てる。

「え〜、一緒に入ろうよ」

「オレすぐ上がるからっ」

 ぱぱぱと脱いだゲンマは、サッと風呂に逃げた。

「えへへ。私も入れてv」

 全裸のが入ってきて、ゲンマは目のやり場に困って、背を向けた。

「背中洗うよ。スポンジ貸して」

「いっ、いいって! オレすぐ上が・・・」

「ダ〜メ。私の背中v ゴシゴシヨロシクv」

 華奢で白い肌が眩しくて、既に母親とも一緒に風呂に入らないゲンマは、母親以外の裸が、何とも照れくさかった。

 背を向けて湯船に浸かっていると、背後からに抱き締められた。

 押し付けられる豊かな膨らみに、ドキドキする。

「もう上がるっ! のぼせちまう!」

 ゲンマはスルリと逃れ、出て行った。

「な〜にいっちょまえに照れてんだ、マセガキ」

 脱衣所で身体を拭いていると、戻ってきていたオボロが笑った。

「煩ぇ! サッサと戻れ! もう呼ばねぇからな!」

「けっ、そういう訳にいかねぇの分かってる癖に。じゃあな」

「ったく・・・」

 がゲンマに用意していた服は、いわゆるチビTで、ゲンマに丁度良かった。

 真ん中に大きく“Q”とプリントされているTシャツが、子供のラクガキのゲンマのようで、何だかおかしい。





「あ、だいじょぶだったね」

 が上がってきたので、ゲンマは慌てて台所に向かった。

 冷蔵庫を開け、勝手に清涼飲料水を取り出し、こくこくと飲んだ。

 ドライヤーの音を聞きながら、ドレッサーの鏡を覗く。

 のTシャツが、膝まで来る。

 袖も長い。

 その体格差が、何となく面白くない。

「早く大人になりてぇな・・・」

 ベッドに寄り掛かってぼ〜っとしてると、が戻ってきた。

「じゃ、寝よっか」

 こくこくと水分補給をして、ゲンマを抱き上げ、ベッドの上に下ろす。

 まだ小さな子供であるその扱われ方が、面白くない。

「早く大人になりてぇ・・・」

「焦らないの。嫌でもその時は来るんだから、子供であることも楽しまないとダメだよ。戦乱の時代だから、そんなこと言ってられないっていうのは、分かるけど」

 は柔らかく微笑み、灯りを消して、ベッドに潜り込む。

 心地好いリズムを打つの心音、やや早いゲンマの心音、絡み合って、子守歌のように、眠りに誘われた。







 その後も、ゲンマはちょくちょくの家に来た。

 カボチャの煮物の研究という建前で、両親が忙しいのをいいことに、入り浸った。

「ゲンマ君、誕生日もうすぐなんでしょ? ご両親お忙しいようだけど、お誕生会はするの?」

「するよ。どんなに忙しくても、17日だけは、2人とも休み取るから。3人じゃつまんねぇし、も来ねぇ?」

「いいの? 家族水入らずなのに。来年は1人増えてるんだよね。弟かな、妹かな。ゲンマ君はどっちがいい?」

「どっちでもいいよ。将来一緒に不知火の執務継ぐのは、男でも女でもいいよ」

「不知火の執務って?」

「火影様直轄の重要な管理人とかって言ってた。不知火の一族だけが携わる執務で、今は父さんと母さんがやってる。忍びになったら、オレはその後継者になるんだ。他人は絶対携われねぇ、極秘裏な執務なんだって言ってた」

「へぇ〜、大変そうだねぇ。何で他人はダメなの?」

「重要機密を知る者は、少ない方がいいから、それでだって」

「そっか。じゃ、ゲンマ君は大きくなったら、お嫁さんを貰うの、大変そうだね」

 ゲンマは一瞬黙した。

「・・・別に、一人っ子だった父さんとは違うし、産まれてくる兄弟と一緒にやってけばいいから、伴侶は自由に選ぶよ。一族のしきたりなんて、クソくらえだ」

「大きい家は大変だねぇ・・・」





 の休みの日、ゲンマと林に来て、ゲンマの修行を眺めた。

 午後から、ゲンマの誕生会だ。

 両親はご馳走を作る為に、ゲンマを追い出したのだ。





 は、とても子供とは思えないようなゲンマの修行ぶりに、感心する他無かった。

「まだまだガキだよ。いっぱい修行して、早く大人になりてぇよ。立派な忍びになって、この里を守っていくんだ」

 ゲンマはそう返した。

「あんまり無理しないでね。ゲンマ君が大きく成長していくの、傍で見てるから」

 ニッコリ微笑むに、ゲンマはくわえていた長楊枝を引き抜き、真摯な瞳でを見据えた。

「・・・大きくなったら、貰いに行く。それまで、待っててくれるか?」

「え・・・」

「約束だぞ!」

 そう言い残し、ゲンマは林に消えていった。

 陽が傾いてきても、ゲンマは戻ってこなかった。

 不知火邸に行ったら、邸は跡形もなかった。

「え・・・どういうこと?」

 夕焼けが眼に眩しい。

「ゲンマ君・・・」























































 朝の陽光が射し込む中、はうっすらと目を開けた。

「ん・・・何だろ、変な夢見てた・・・」