【南瓜の煮物をアナタと一緒に】 (10)







 二十歳を過ぎ、暗部より諜報部隊に復隊したゲンマ。

 久し振りに会った小隊の仲間は、九尾の事件の傷もすっかり癒え、活躍を伝え聞いていた。

 暗部を経験したゲンマは、忍びとしては、既に小隊長を務めてもおかしくない程に、成長していた。

 リホクは、変わらずに美しく、温かく迎え入れてくれた。

 ゲンマの胸の奥で、ほのかな芽がどんどん育っていった。

 だが、これは秘めなければならない想い。

 だが、幸運にも、その経験が、ゲンマを成長させていったことに、ゲンマは気付かない。

 リホクらは気付いていたので、ゲンマ復隊早々、色の任務に就いた。

 ゲンマが大役を務めることになり、よし、と張り切る。

 ターゲットは、年上の一般人。

 面影がリホクに似ていた。

 相手をリホクと思ってやってみよう、とゲンマは考え、ドキドキしながら、相手に近づく。

 何とか深い仲になった。

 情報を訊き出して幻術で惑わせようとした時、女が言った。

「アナタは私に誰を重ねていたの?」

 バレた、失敗か、と仲間達が動き出そうとした時、ゲンマは冷静を努めようと、答えた。

「死んだ姉さんに似ているんだ。オレは、姉さんが好きだった。シスコンと嘲ってくれてもいい。そっくりなアンタに会って、生きる希望が戻った。大袈裟だと思わないでくれよ。好きだ。今では、誰よりも」

 女は幻術に陥り、諜報は成功した。

「演技はまだまだね。バレるようじゃ、当分独り立ち出来ないわね」

 リホクに釘を刺されたが、ゲンマ何となくコツを掴んだと思った。

 その後も、ちょこちょこと色の任務を重ねたが、ある時は姉、またある時は妹、そして母親、と演技の仕込みに失った身内を使い、段々と上達はしていった。

 が、リホクは、未だ合格点を出さない。

「愛の演技の取っ掛かりに亡くなった身内を使うのは、そろそろ限界が来ているわよ。今のところは成功しているけど、それを白々しいと見抜かれることもある。口説かれ慣れてる女には、ナンパの常套手段だ、ってね」

「誰かの身代わりとしてじゃなくて、一個人として見て欲しい、自分だけを見て欲しい、と思われるようになったら、どうする気? 言葉だけじゃ、女は心動かないわよ」

「二十歳乗ってんのに、いつまでもガキ気分じゃダメだぜ。女と付き合うとか、本気の恋愛しろって。本当の恋を知らなけりゃ、この部隊は務まらないって、何度も言われてるだろ?」

 仲間達も、釘を刺す。

 ゲンマは、どうしたらいいのか、分からなくなった。

 思いを寄せる誰かに重ねて演技していることを悟られないようにするには、どうしたらいいのだろう。

 まだ熱い激情の交錯する恋愛をしていないゲンマは、途方に暮れた。

 思いを寄せる女は、リホクだ。

 年齢差、上司と部下、様々な面で、叶いそうもない想いだ。

 伝えることの出来ない気持ちに、このままでは前に進めない。

 暫しの休暇を貰い、ゲンマは模索した。









 ゲンマは試行錯誤しながら、あちこちを散策した。

 商店街を歩いていると、可愛らしい元気な声が聞こえてくる。

「ハイラッシャイラッシャイ、安いよ安いよー!」

 八百屋の少女は、いつも元気だった。

 夕飯の材料でも買って帰ろう、と八百屋に足を向けた。

「カボチャくれ。それから・・・」

 テキパキと動く少女に、心が穏やかになっていった。

「いつも有り難う!」

 ニッコリ満面の笑顔で、悶々と絡まっていた糸が解け、胸がほんのりと温かくなる。

 いい気分転換になり、カボチャの煮物を食べて、覚悟を決めた。

 前に進む為に、何であろうと受け入れる、怯まない。

 この里を、守っていく忍びになる。

 皆が笑って暮らせる、平和をもたらす為に。















 休暇が明けると、大きな任務が待っていた。

 諜報部隊総出の、重要機密。

 まずは下準備から、細々とした任務を息つく暇無しに、こなしていく。

 ゲンマは、意を決してリホクに想いを伝えよう、と思っていたが、今は忙殺されており、それどころではなかった。

 気持ちを切り替え、ゲンマは抜きん出た優秀ぶりを、皆に知らしめた。

 ゲンマの働きぶりが、諜報潜入任務を潤滑に進めていく。

 それを見て、第1小隊長も、第2小隊長リホクも、ある思惑が浮かんだ。

 任務が成功して里に戻った時、小隊長達は集まり、何やら話し合っていた。









 中忍試験で賑わっている里。

 束の間の休暇、その間に、ゲンマは22の誕生日を迎えた。

 祝ってくれる家族もいないので、いつもと変わりない日常だった。

 どうやってリホクに想いを伝えよう、その方が重要だった。

 誕生日は、いい区切りだ。

 決意したその時、玄関がノックされた。

 何の気無しにドアを開けたら、月明かりに照らされたリホクが立っていた。

「ゲンマ、誕生日おめでとう。玄庵堂のパンプキンパイ、買ってきたわよ。好きでしょう?」

「はぁ・・・有り難う御座います」

 ゲンマは鼓動を逸らせ、何を言えばいいのか、気の抜けた返事をしてしまった。

 リホクは、ひょこ、と室内を覗く。

「もしかして独り? 誕生日を一緒に過ごす女もいないの? ダメねぇ」

 リホクは呆れたように息を吐く。

「・・・今目の前にいる人では、ダメですか?」

 真摯な瞳で、リホクを見据える。

 リホクはそれを見て、薄く微笑む。

「・・・ま、いいでしょ。ワインも買ってきたから、お祝いしましょ」

 リホクは室内に入り、ゲンマは逸る鼓動を抑え、食事の支度を調えていった。

「こんな事なら、2人も呼べば良かったかしら」

 さらりと言うリホクに、ゲンマは眉を寄せ口を尖らせた。

「・・・冗談よ。たまにはこういう夜も悪くないわよね」

 ニッコリ微笑むリホクがいつも以上に美しくて、ゲンマは堪えるのが必死だった。

「ゲンマ、中忍試験の本戦の審判やるんだって?」

 ワインを飲みながら、リホクは呟く。

「はい。火影様に、任命されました。そんな大役、若造のオレが受けていいんでしょうか」

 ワインを飲み干したゲンマのグラスに、リホクが注ぐ。

「不知火特有の執務ってゆ〜大役こなしてるんだから、妥当でしょ? 不知火の血筋は高貴な流れだし、特別上忍として5年以上やってきているんだから、実績も立派なモノだし、アナタはゆくゆくは私達のトッ・・・っと、何でもないわ。忍びとしてのアナタが認められていると言うことでしょ、自信持ちなさい」

 言い掛けてハッと気付いたリホクは、口に手を当てた。

「はぁ・・・」

 ゲンマは、納得いかないような顔で目を伏せる。

「どうかした?」

「オレ・・・本当に忍びとして認められているんですか?」

「そうよ」

「でも、リホク先輩は、オレのこと、まだ合格点出してないじゃないですか」

 強い瞳で、リホクを見据える。

「そうね。でも、それとこれは別よ。アナタには、この部隊の真髄まで究めて欲しいから、普通なら合格のレベルでも、アナタには、まだ足りないの」

 リホクは淡々と、ゲンマを見つめ返した。

「何故? 何でそんなに・・・」

「・・・それは、いずれ分かる事よ。ゲンマ、言ったでしょう? 恋をしなさい。ドロドロに濃い恋愛をしなさい。そうすれば、出口は見つかる。今まで分からないでいたことも、理解出来るようになるわ」

 リホクの瞳は、真っ直ぐにゲンマを射抜いていた。

 目を泳がせたゲンマは、意を決したように、見つめ返す。

「・・・オレの思いは・・・届くんですか。濃い恋愛をすることが出来るんですか」

「・・・さぁ。アナタ次第ね」

 ワインを飲み干すと、リホクは立ち上がり、窓の外の月を見上げた。

「オレは・・・ッ、リホク先輩が・・・ッ」

 ゲンマも立ち上がり、リホクを抱き締める。

 暫し、時が止まった。

 リホクは、ゲンマを受け入れた。

 身体を重ねると、何度も訓練でやっているのに、初めてのような、高揚感があった。

 男は愛が無くとも女を抱けるが、それが特別な女だと、こんなにも違うのか、と驚いた。

 リホクはこの上なく甘美で、美しかった。

 これまで任務で演じてきた振る舞いが、稚拙だと恥ずかしくなるくらい、何ものにも勝って、充実感があった。

 幸せな気持ち。

 満ち足りた想い。

 このまま時が止まってしまえばいい。

 これからもずっと、リホクと一緒なら、どんなことにも立ち向かえる。

 全てを手に入れたような気持ちで、ゲンマは上り詰めた。





 ベッドで眠るゲンマを、リホクは忍び装束を纏って、傍らに立って見つめた。

「アナタが立派になっていく様子を、ずっと見守っているわ・・・強くなってね、ゲンマ・・・」

 そう言い残し、リホクはゲンマの頬をそっと撫で、静かに出て行った。







 翌朝、目が覚めるとリホクがおらず、多少がっかりはしたが、ゲンマは満ち足りた気持ちで、気分一新、生まれ変わったようだった。

 ノリに乗っていて、不知火の執務もテキパキこなし、中忍試験モードの里で、前審判から、指導を仰いでいた。

 諜報部隊から離れていたゲンマは、部隊内の変化に、気付いてなかった。











 滞りなく中忍試験の本戦も終わり、審査の場で議論し合い、中忍昇格者が決まると、ようやくゲンマは解放され、諜報部隊に戻った。

 詰め所に行くと、全員の目がゲンマに集まる。

「? オレの顔に何か?」

 ゲンマは怪訝に思いながら、くわえていた千本を上下する。

 室内を見渡したが、リホクはいないようだった。

「一同揃っているか。集まってくれ」

 第1小隊長タカチがやってきて、声をあげる。

「リホク先輩がいませんが・・・」

「それは構わん。皆、腰を下ろして」

 ゲンマの声も気に掛けず、何事か、と思いながら、ゲンマは腰を下ろした。

「前回の編成替えから、細かい異動は抜きにして、6年が経った。本来ならもう少し早く行う予定だったが、任務の関係で、ズルズル延びた。先達ての長期任務が終わる頃、良い頃合いだ、と各小隊長達、及び火影様、ご意見番、それぞれで考え始めていた。今日は、新しく編成替えを行い、それに合わせて、今回は部隊長の交代も行う」

「そうか・・・だから一斉実技訓練なんて今更やったのか」

 ザワザワと周囲で声が漏れる。

「え? あの! オレ受けてませんけど!」

 ゲンマは手を挙げ、言い放つ。

「ゲンマか。オマエは中忍試験があったからな。だが、オマエの審査は既に終わっている」

「は?」

 ゲンマは、何となく胸の内がざわりとした。

「オレも重鎮なんて言われるトシだ。第一線は退く。よって、新しい部隊長、副部隊長を選出した。名を呼ばれた者は、前に出るように」

 しんと静まりかえった室内で、全員の意識がタカチに集中した。

「諜報部隊の新隊長、不知火ゲンマ。副隊長、桃栗アケビ。前に出ろ」

「はっ」

「え?!」

 サッと立ち上がって前に行くアケビを尻目に、ゲンマは咄嗟に何が起こったのか分からず、ぽかんと口を開け、千本が床に落ちるのも気付かなかった。

「不知火ゲンマ! 返事をしろ!」

「は、はいっ!」

 ゲンマは慌てて立ち上がり、前に出る。

「何でオレなんですか? 優秀な人なら、他にもいるのに・・・!」

「オマエは一番の成長株だ。それに、何の為に、暗部と同じ火影直轄の執務をオマエ1人で請け負っていると思うんだ? 不知火の執務後継者は、同等の意味をなす諜報部隊のトップ、そして特別上忍のトップを担うんだ。オレの前任がオマエの親父さんだったことは覚えているだろう? ケンコウ先輩達が殉職した時、オマエはまだ幼かった。その間の繋ぎが、オレだったんだよ。だが、オマエも立派に成長した。本来のあるべき人物に、役割が戻るんだよ」

「そんな・・・! オレはまだ未熟で・・・」

「そりゃそうだ。その若さで既に完成されている訳がない。日々暗中模索しながら、一歩一歩成長していけばいい。その為に、仲間がいるのだからな」

 手渡される任命書が、やけに重く感じた。

 不知火の執務を引き継いだ時の重さとは、また少し違った。

「では、次に各小隊長、及び班員を発表する。第1小隊長はゲンマ、第2小隊長はアケビなのは言わずもがなだ。第3以降の小隊長は前に出るように」

 次々と発表されていき、そこかしこで感想が漏れ聞こえても、ゲンマは他人事のように思えた。

「各小隊の班員は、これより各々の教室にて待機するように。各小隊長は、引継及び説明を行うので、残ってくれ。以上、散!」

 ゲンマは、説明を受けながら、もうリホクと任務は出来ないのか、と呆然とした。

 つい先日、リホクとならどんな任務にも立ち向かっていける、そう思ったのに。

 それに、何故この場に副部隊長のリホクがいないのか。

「あの、リホク先輩はどうされたんですか。何故此処にいないんですか」

 ゲンマの問い掛けに、タカチは一瞬黙する。

 他の小隊長も、顔色が変わり、気まずそうに目を泳がせる。

「・・・7月の始め、除隊願いの申し出を受けた。秋まで待つ予定だった編成替えが早まったのも、リホクのことがあったからでもある」

「え・・・どういう?」

 ゲンマの鼓動が、段々逸っていく。

「・・・邑楽リホクは、妊娠を機に、一時戦線から退くことになった。オマエの部隊長昇進を推したのは、リホクだ。覚えにないか?」

「な・・・っ・・・」

 ゲンマは呆然とした。

 あんなに満ち足りた、あの日の夜は・・・?

 あの時、既に子が宿っていたのか・・・?

 リホクの妊娠よりも、あの日の夜がまやかしのものだということに、打ちのめされる。

 皆が、神妙な面持ちでゲンマを見遣っていた。

 ゲンマだけが知らなかった。

 ゲンマだけが気付かなかった。

 ゲンマがリホクを好きだと言うこと。

 リホクが妊娠したこと。

 ゲンマは奈落の底に落ちていくようだった。

 手に入れたと思っていたモノは、砂のように、指の隙間からさらさらと流れ落ちていった。

 手には何も残らない。

 ゲンマは我知らず、駆け出した。

「待て、ゲンマ! まだ顔合わせが・・・」

 タカチの声も届かず、ゲンマは飛び出ていく。

 リホクの家は知らない。

 確か、南商店街の玄庵堂が遠く、東商店街の近くだと言っていた。

 商店街で訊けば分かるだろう、と向かう。

 訊いて回って教わった住所に向かった。

 小綺麗なアパートの一角。

 ゲンマは荒い息を整え、一呼吸する。

 そして、ドアをノックした。

 ゆっくりと、ドアが開く。

「・・・来ると思っていたわ」

 変わらず美しいリホクが、室内に招き入れる。

 が、ゲンマは玄関に立ったまま、上がろうとはしなかった。

 凛としたリホクを見ていると、言いたいこと訊きたいこと、何も言えなくなった。

 無言で諭されたのだ。

 リホクは向かいに立ったまま、口を開いた。

「・・・ゲンマ、忍びの掟第35条は言える?」

「35条・・・? “忍びたる者、情に溺れるなかれ。人である前に忍びでいよ”ですか?」

「そう。でもね、この35条は、諜報部隊には、表裏一体の、別の掟があるの。知ってる?」

「え・・・いえ・・・」

「“愛無くしては忍びならざり。されど愛溺れしは忍びあらざり。愛捕らわれしは情を忘れるなかれ。情持ちし忍びは人でありけり”」

「それってどういう・・・?」

「6年も諜報部隊にいて、分からないの? 何度も言ってる筈よ。色の訓練がうまく出来ないアナタに、諜報部隊の何たるかを、何度も言ったでしょう?」

「あ・・・っ」

「忍びでいると、色んな面で矛盾を感じてきていると思う。その最たるモノが、私達の諜報部隊ね。表の35条も裏の35条も、両方、矛盾があるでしょう? その中で葛藤しながら、私達は戦地に赴くのよ。忍びである限り、いつまでもね」

 ゲンマは胸の奥で言葉を反芻していた。

 それを見て、リホクは何やら、ゲンマの首にかけた。

「今の裏35条は、書にしたためてある訳じゃないから、胸の奥に言い聞かせておくの。このペンダントは、自分を見失ったら、見つめて。初心に返るようにね」

 柔らかく微笑むリホクが、聖母のようだった。

「さ、帰って。編成替えの顔合わせもまだなんじゃないの? しっかりしてよ、隊長!」

 トン、と胸を小突く。

「あの、オレ・・・」

「私は一線を退いた身よ。アナタは、前を見なさい。躓いた時だけ、後ろを振り返ってもいいわ。でも、振り返るのは自分をよ。“誰か”じゃない。それは忘れないで」

 リホクは強く言い据える。

「でも、オレにはまだ、諜報部隊の何たるかをシッカリ把握出来ていなくて・・・」

「本当に心から愛する者が出来た時に、それは分かるわ。恋をしなさい。其処に真実があるわ」

「オレはっ、リホ・・・」

「さ、帰って。やること覚えることが山積みよ。立派になっていく様子、影で見ているから」

 ニッコリ微笑み、リホクはゲンマを玄関の外へ追い出し、ドアを閉めた。

 ゲンマは呆然と立ち尽くす。

 言いたいこと訊きたいことが沢山あるのに、何も言えないまま、突っぱねられた。

 暫く佇んでいたが、重い足を引きずって、宛てもなく歩く。

 吸い寄せられるように、南商店街に向かった。

 八百屋の元気な少女が、眩しくて眼を細める。

 また少し背が伸びただろうか。

 ゲンマに気付いて、二パッと笑った。

「今日のカボチャ、良い出来ですよ!」

「・・・そうか。じゃあ、1コくれ」

「ほうれん草もいいですよ!」

「や、それはいい」

「そぅ? じゃ、トマトおまけします!」

 少女の愛らしい声が、ささくれたゲンマの胸の奥に染み渡っていった。

「オマエはいつも元気が良いな。つられてこっちも気持ちいいよ」

「えへ。いつも有り難う御座います!」

 少女の頭を撫でると、ゲンマは買い物袋を手に、アカデミーに向かった。

 心に負った傷は、当分癒えないだろう。

 でも、それでいい。

 全てを厳粛に受け止めて、糧として、飲み込んでいく。

 長い年月を経たその時、笑って会えるように、立派になった姿を見てもらうように。

 この出来事が、後のゲンマを著しく成長させたのは、皮肉ではなかった。

 負った傷の数だけ、人は成長していく。

 笑ってリホクに会えるように、今は前だけを見ていよう。

 大人になれたと思ったら、報告しよう。

 いつの日か、その時まで、この痛む胸を忘れずにいよう・・・。









































「それからのゲンマの成長は、目を見張るモノだったわ。諜報部隊隊長、特別上忍のトップ、という言葉が当然のように、当てはまっていった。色の任務で駄目出し食らってたなんて、嘘じゃないか、ってくらいにね」

 食後のお茶を含みながら、アケビは呟いた。

「ゲンマさんは・・・リホクさんが好きだった・・・んですよね?」

 何度も客として会っていたゲンマの様子の変貌が、アケビらの話で、ありありと分かり、は納得がいった。

「そうね。でも、普通の“好き”とは違うと思うわよ。男だろうと女だろうと、“初めての相手”は特別でしょ? そして家族以上にいつも一緒にいた。気持ちが入るのは、当然の流れだったのよ。悪い言い方するなら、“錯覚”なのよね」

 お茶を飲み干したアンコは、淡々と言い放つ。

「つまり、7年ぶりにリホク先輩に不意に出会って、動揺しておかしくなるって事は、まだ引き摺っているって事なのよね。大切なのこともほったらかしになるくらいだもの」

「ゲンマさんって、その後誰かとって、あったんですか? 浮いた噂一つ聞かなかったって、仲間の人が・・・」

「そ〜ねぇ、確かに誰とも甘酸っぱい関係にもなりゃしなかったわねぇ。実はゲンマはロリコンだったのよ。その時から既に名前も知らないを狙ってたんじゃない?」

 ニヤリ、とアンコは面白そうに、不敵に笑う。

「まっ、まさか! 私その時って14ですよ?!」

「あはは、冗談よ。でも、心の拠り所ではあったと思うわよ? 引き寄せられる運命の糸〜ってね」

「まぁ、立派になったと思ったゲンマも、実はまだ未熟、ってことでしょ。って言う大切な愛する女が出来たというのに、過去の呪縛で周りが見えなくなってる。それを解かない限り、ゲンマはずっと未熟者のままね」

「だから、私達にもどうすることも出来ないわ。ゲンマ個人の問題だから。ゲンマが自分で乗り越えないとね」

 は、目を伏せて口を結んだ。

「だぁ〜いじょうぶだって! 泣く子も黙る諜報部隊長不知火ゲンマを信じなって。今はちょっと躓いて後ろ振り返ってるだけだから、すぐに前を見るわよ。アンタの元に戻ってくるから。そしたら頬の一つもひっぱたいてやりな!」

「えっ、そ、そんな・・・っ;」

「パーよりグーかな」

「そぉ? バッチ〜ン、ってのがいいんじゃない」

「出来ませんよ〜〜;」

「その方が目が覚めるって」

「だから、、アナタはご飯シッカリ食べて、どっしりと待ってなさい。方向見失って彷徨ってるゲンマが戻ってくるのは、の元だけなんだから」

「そ! 光を灯して、道標になるのよ」

 ホラ食べて、とアンコ達はけしかける。

 目尻に溜まる涙を拭い、一生懸命笑顔を作って、は食べたのだった。

 今はまだ不安だらけだけど、親身になってくれる人達がいる。

 泣いてばかりいられない。

 涙の筋が乾いたら、その道筋をゲンマが辿ってくるように。













































 数日が過ぎ、は気持ちを切り替えて、働いていた。

 ゲンマが自分の元へ戻ってくる日を待ちながら。

 威勢良く声をあげ、不安を散らす。

「暑〜・・・もう夏だな・・・」

 照りつける太陽を見上げ、流れる汗を拭った。



















 木の葉の里に戻る途中のゲンマの小隊。

 森の木陰で、休憩していた。

 ゲンマは胸のペンダントに手を当て、意を決した。

 再び駆け出したゲンマは、木の葉を目指した。

 過去の呪縛を解き放す為に。













 木の葉に戻り、報告書も提出すると、ゲンマはすぐに飛び出した。

 アパートのドアの前に立ち、深呼吸する。

 キッ、と気持ちを引き締め、ドアをノックした。

「は〜い」

 甘い声がし、カチャリと開く。

「ゲンマ・・・」

 其処にいたのは、目を見開くリホク。

「どうしたの? 何か用?」

 淡々と、低く呟く。

「・・・リホク先輩に、言いたいことがあって。今のオレがあるのは、リホク先輩のお陰です。あれから7年経って、ようやく、諜報部隊の何たるかを、掴めた気がします。リホク先輩の厳しい指導のお陰です。有り難う、御座いました」

 恭しく、ゲンマは頭を下げる。

「・・・任務明け?」

 リホクはそれには触れず、問うた。

「はい。この間リホク先輩にお会いして、気付いたんです。あの時、今度リホク先輩に会う時には、笑って会えるように、成長した自分を見てもらえるように、そう思っていたのを、思い出しました。それなのに、成長出来たと報告出来るどころか、相変わらず未熟なままだ、と愕然として。自分を納得させる為に、一心不乱に修行に打ち込みました。任務に出ている間、自分を振り返りました。それで少しは成長出来たかな、と思って、それを伝えたくて」

 晴れ晴れとした顔で、ゲンマは言い切った。

「そう。それは良かったわ。任務明けてその足で来たの?」

 リホクの声が低いことに、ゲンマは気付かない。

「はい。この間は有耶無耶で別れたんで、キチンとした形で言わなければ、と」

「そう。わざわざ有り難う・・・ッ」

 ニッコリ微笑んだリホクが、瞬時に険しい表情になり、ゲンマの頬を勢いよくひっぱたいた。

 ゲンマのくわえていた千本が床に落ち、ゲンマは一瞬何が起きたのか、分からなかった。

「え・・・? 何、で・・・?」

「ゲンマ、アナタ何にも分かってないわ。全然成長していない。立派になったと思ってたけど、女心もまだ掴めないようね」

「は・・・?」

 強く見据えるリホクの言っている意味が、分からなかった。

「アナタが任務明けにまず会いに行くのは私じゃないでしょう? 愛しい恋人の所よ!」

「え・・・で、でも、オレは・・・」

「アケビやアンコから聞かされているのよ。アナタ、この間私と会ってから、恋人と会ってないんですって?」

「そ、それは・・・」

さん、だったかしら? 彼女、アナタと会えなくて、アナタの心が分からなくて、泣いているのよ」

「え・・・っ」

「愛する女の気持ちも考えずに、独り善がりで暴走して、それで成長した、なんて、どの口がそれを言うの。それはただの自己満足よ。恋人を泣かせてまで、そんなに大切なこと? 裏35条の意味、全然理解してないじゃない」

 まくし立てるリホクの勢いに、ゲンマは呆然とする。

「そんな・・・オレは、そんなつもりじゃ・・・」

「私は、恋をしなさい、と言った筈よ。何よりも大切な存在が出来たからこそ、成長出来た、と言うんじゃないの?」

 ゲンマは、きゅ、と拳をきつく握りしめ、わなわなと震えた。

「今大事なのは、私に成長の報告をする事じゃない。恋人に会いに行く事よ。会って、抱き締めて、不安にさせたことを謝りなさい。ただでさえ、忍びと一般人という立場の違いがネックなのに、信じて待ってくれている恋人を、大切になさい。アナタが過去私に抱いた感情と、恋人への気持ちは、全然違うモノでしょう? アナタには、それが分かる筈よ」

 ゲンマは震えながら、口をきつく結び、きつく目を閉じ、項垂れた。

「さぁ、早く行きなさい。アナタが立派になったことは、もうとっくに十二分に分かっているわ。報告なんて要らないの。アナタの自己満足の為に、恋人を泣かせているんだから」

 一瞬の間をおき、ゲンマはきっと顔を上げ、リホクに一礼すると、飛び出した。









 南商店街まで戻ってきたゲンマは、駆け足で八百屋に向かった。

 が、何となく緊張し、屋根から降りると、ゆっくりと歩いて向かった。

 一歩一歩、近づく度に、威勢の良い声が大きくなる。

 何となく元気がないように感じるのは、オレのせいか、と反省する。

 接客していたが、ふと此方を見遣った。

 手に持っていたトマトが地面に落ち、潰れ散った。

 途端に涙ぐみ、一歩、一歩、と吸い寄せられる。

 涙でグチャグチャのを、ゲンマは強く抱き締めた。

「ゲンマさん・・・ッ!」

「すまない。、すまなかった。本当に、ゴメン」

「会いたかった・・・会いたかったよ・・・!」

 わぁ、と泣き崩れるに、ゲンマは胸が締め付けられる。

 ちょっと離れていた間に、少し痩せたようだ。

 オレは、なんて酷いことをしたのだろう。

 こんなに小さな身体を震わせて、不安にさせて、どの口で幸せにすると言えるのか。

 つくづく未熟だ、というより、忍びである限り、その立場は一生思い悩んでいくモノなんだ、と今更のように気付かされる。

 成長しました、なんて、慢心でしかない。

 の存在は、ことごとく自分を見つめ返らせる。

 愛する者が出来れば分かると言っていたのは、それなのだ、と。

 腕の中の小さな温もりは、色んな事を教えてくれた。

・・・愛してる・・・!」

 往来も忘れ、深く口づける。







 店主の計らいで、は早上がりし、帰宅した。

 再び抱き合い、口づけを交わす。

 離れていた時間を埋めようと、熱く求め合う。

 名残惜しそうに離れ、見つめ合い、ゲンマは再び唇を貪りながら、ベッドになだれ込んだ。

 馬乗りでを求め、身体をまさぐる。

 耳裏から首筋を愛撫しながら、の衣服を脱がしていった。

 ゲンマは熱く求めながら、だが優しくを抱いた。

 ゲンマの強い求愛に、は身も心も溶けそうだった。

 ゴチャゴチャしたことは、何も考えられなかった。

 こうして愛してくれるゲンマが、答えだった。

 2人で上り詰めた時、ゲンマのわだかまりもの不安も、全て消し飛んだのだった。





・・・本当にすまなかった・・・オレは・・・」

「いいよ。何も言わなくていい。今此処にゲンマさんとこうしていられることが、それが真実だから、いいの」

 きゅ、とはゲンマに抱きつく。

 それを愛しそうに、優しくゲンマは抱き締めた。



 心地好い快楽に身を委ねる。

「こんなんじゃ・・・嫁に来いなんて、いつになったら言えるんだ? オレ・・・」

 ふと、ポツリ呟く。

「え・・・何・・・? 何か言った・・・?」

 半分夢の世界だったは、目を覚ましかけ、ゲンマを見上げる。

「・・・何でもねぇよ。もうちっと待ってくれってこった」

「・・・?」





 ゲンマと抱き合って眠っていたは、夢を見ていた。

 ゲンマが日に日に成長していくのを、今の信頼を得るまでの過程を、買い物客としてしか接点がなかったのに、八百屋で会う時と一緒に、走馬燈のように駆け巡った。



 紆余曲折してきたその道筋は、に辿り着いた。

 ゲンマとは、出会うべくして出会ったのだ。

 今こうして一緒にいる為に、躓き、迷い、悩んできた。

 ゲンマは、にも、“大人になったと思えたら”言うことがあった。

 これも自己満足な考え方なのだろうか。

 その言葉を言う日は、きっとそう遠くない。









 木の葉に暑い夏がやってきた。

 夏の中忍試験まで、あと少し。

 平穏な木の葉に悲劇が降りかかるとは、殆どの者が思いもしなかった。











 色々と胡散臭い話になってすいません・・・(滝汗)