【偶然の出会いと必然の・・・】 第五章







 カカシは、長年燻っていた心の澱が流れ落ち、憑き物が落ちたように、晴れ晴れとしていた。

 朝靄の煙る中慰霊碑にやってきて、穴が開く程に、一点を見つめた。

 “はたけサクモ”

 見つけられずに視界が曇っていた20年間を埋めるかのように、いつもより長く、慰霊碑を見つめ続けた。

 心の奥に封印していた、サクモとの日々が、温かく開いていった。

「さて、戻るかな・・・さんが待ってる」

 澄み渡った薄い青空を見上げ、カカシは自宅に戻った。







「ただいま〜」

 ドアを開けると、空腹をくすぐる美味しそうな匂いがした。

「おかえり、カカシ君。今日は遅くなると思ったから、朝食兼昼食、張り切ってみたんだけど」

 笑顔で出迎えるが眩しく、思わず頬を染める。

 “ただいま”、“おかえり”、そんな日常的な言葉が新鮮で、嬉しかった。

「美味しそうだ。凄いね、さん」

「えへへ。よそうから、ベストとか脱いじゃってよ」

 カロリー控えめな和食が、懐石料理のように豪勢だった。

「いただきま〜すv」

 食卓について、揃って食べ始めた。

「ねぇ、カカシ君」

「ん〜?」

「今日、コンピュータの教室が終わったら、行きたいトコがあるんだけど、付き合って」

「いいけど、何?」

「温泉。買ってきた雑誌とか見てたら、温泉街が凄く立派だったから、行きたいな〜って。忍びも湯治に使うんでしょ? 冬だし、温泉で温まりたいなって」

「あぁ、いいね。日頃の疲れを癒すのにはいいか。さんに会うまで、任務に飛び交っていたからね〜。そういうのも、悪くないね」

 食べながら、温泉の効能などを話し、待ち合わせを決め、カカシは病院にナルトの様子伺いに、はコンピュータ教室に、出掛けた。









 病院までやってくると、先達て用件を頼んだ職員がカカシを見掛け、やってきた。

「すみません、昨日は休んでいたもので」

「や。別に急ぐことでもないから。で、どう?」

「やはり、知っている者はいませんでした。が、既に亡くなった親が昔、病院の職員が急に行方不明になったという話を聞いたことがある、と言っていた人間はいましたが、それ以上のことは分かりませんでした」

「そっか。オレ達の方も、そんな感じでね。ま、後はもう、無理っぽいから、風の向くまま気の向くまま、偶然出会うキッカケを待つよ。ありがとね」

 カカシは礼を言うと、ナルトの病室に向かった。

 病室に入ると、ナルトはお汁粉を啜っていた。

「あっ、カカシ先生! このお汁粉、美味いってばよ! 楊枝の兄ちゃんに、サンキューって言っといてくれってばよ」

「はいはい。ま、修行の旅に出る前に、ナルトの方からも退院したら直接言ってよね。大元の提供者はアンコだけど、ま、そっちはいいか・・・」

「カカシ先生も飲む? 温まるってばよ」

「や、オレ甘いモノは苦手なの」

 カカシの素顔を見れるかも、と思って言ったナルトは、ちぇ、と口を尖らせた。

「あ〜ぁ、早く退院したいってばよ。なぁなぁ、カカシ先生、カカシ先生の特権で、退院さして?」

「ダ〜メ。5代目の命を破ることは出来ないよ。おとなしくしてなさいよ」

「綱手のバァちゃん、おっかねぇからなぁ。シズネ姉ちゃんも許してくんないし、エロ仙人は何処行ってるか分かんないし、つまんないってばよ」

「・・・5代目をバァちゃんなんて言えるのはオマエだけだよ・・・。修行の旅に備えて、エネルギー補給してるとでも考えてみたらどうよ。イザ出掛けたら、あの人は容赦ないぞ。のんびりしていた入院生活が懐かしくなるから」

「ふん、望む所だってばよ」

 頼もしい言葉に、カカシは自然と柔らかい顔になる。

「ま、暫く我慢して。チャクラ練ってなさいよ」

 カカシは病室を後にし、アカデミーに向かった。









 ゲンマの個室の前まで来て、カカシは衣を正して、一つ咳払いをする。

 キッ、と気持ちを引き締め、ドアをノックした。

「どうぞ」

「お邪魔しま〜す・・・」

 所在なげに、そろっと入った。

「どうしたんですか。また手伝いに来たんですか?」

「え〜・・・まぁ、そうだけど・・・」

「そうですか、有り難う御座います。じゃ、この間と同じで。順にお願いします」

 ゲンマに促されるままに机の脇の長椅子に座り、チラ、とゲンマを見遣った。

「・・・ゲンマ君」

「何です」

「その・・・有り難う」

「何がですか? カカシ上忍に礼を言われる覚えはないんですが。むしろ手伝ってもらっているオレが言う方ですよ」

 しれっと、ゲンマは素知らぬフリで書類を示した。

「ゲンマ君って、昔からそうだよね。不言実行なトコ、見習いたいよ」

「何のことだか分かりませんが、オレは仕事中なんで、世間話には付き合いませんよ」

 無表情で、ゲンマはくわえている千本を上下させながら、淡々と仕事をこなしていた。

「・・・オレが女だったら、惚れちゃいそう」

「気味悪ィこと言わんで下さい」

「誰も相手がいなかったら、オレのこと貰ってくれる? 不知火の執務も手伝うからさ〜」

「は〜いそこの脳味噌にウジ湧いてる人〜手遅れになる前に病院で診てもらってきて下さ〜い」

 抑揚無く、ゲンマは淡々と吐き捨てた。

「ったく、吹っ切れたと思ったら、ネジ1本飛んだんですか?」

 おっと、とゲンマは口を手で塞ぐ。

 カカシは照れくさそうに、ゲンマを見つめた。

 ゲンマも視線を横に流す。

「お兄ちゃん、有り難うv」

「病院にぶち込まれたいですか」

 やいやいとくだらないやり取りをしながら、ゲンマの仕事を手伝って、適当な時間になると、温泉の待ち合わせ場所に向かった。









 薄い夕焼けを眺めていると、が駆けてきた。

「カカシく〜ん、お待たせ〜v」

 夕焼けに染まるが、美しかった。

 カカシは思わず目を細める。

「じゃ、何処の温泉に入りたいとか、希望ある?」

「ん〜、寒いけど、露天風呂がいいな」

「適当に見て回って、良さそうなトコに入ってみようか。混んでるトコより、空いてる方が、落ち着くよね」

 温泉街に向かって歩き出したカカシについて、は自然とカカシの腕に絡み付いた。

 ドキン、とカカシは鼓動が跳ねたが、悟られないように、景色をあちこち眺めてごまかした。

「情緒あって、良い感じ〜。昔とだいぶ違うね〜。何処が良いかなぁ」

 キョロキョロとは温泉施設の案内を見ながら歩いていった。

「あ、ココ、効能とか良いよ。露天風呂みたい。造りも情緒あるし、ココにしよ」

 の指す案内看板を見て、カカシも眺めた。

「へ〜、1人ずつ貸し切りなんだ。ならオレも安心かな・・・」

 受付に行くと、鍵をそれぞれ2つ渡された。

「じゃ、のんびり浸かろうね」

 そう言って、隣同士の更衣室にそれぞれ入っていった。

「1人ずつの露天風呂って、狭くないのか? 変なトコだなぁ・・・五右衛門風呂じゃないよな?」

 そう思いつつ、脱ぎ捨てて、念の為に護身用具を携帯し、ドアを開けた。

「うわ・・・広いなぁ。これを1人でって、贅沢だなぁ」

 カカシは腰にタオルを巻いて、湯に脚を突っ込んだ。

「お〜良い感・・・じ・・・」

 浸かろうとしていたら、何やらドアの開く音がした。

 1人ずつなのに、何だ? と振り返ると、が入ってきた。

「わ〜、思ってたより広〜い。ココ正解だったね、カカシ君」

 ニッコリ微笑むが、とてとてとやってくる。

「っ、さん?! 何で・・・;」

 は身体にちゃんとバスタオルを巻いてきていたのに、カカシは頬を染めて思わず顔を背けた。

「どうしたの?」

 はキョトンとして、カカシを見遣りながら、湯に浸かった。

「ふ〜、気持ちイ〜イv」

「コ、ココって1人ずつって・・・ッ」

 ほんのり上気してピンクに染まっていくを見れなくて、目を泳がせたままゴニョゴニョ呟いた。

「カカシ君、案内板見なかったの? 1組様ずつの貸し切りってあったでしょ? カップルや夫婦向けみたい」

 湯を手で掬って身体にかける仕草が艶めかしくて、カカシは動揺を隠せなかった。

「え・・・オレ見てない・・・。マズイでしょ、これは・・・」

「何で? カカシ君、普段顔隠してるから、こういうトコの方がイイかなって思ったんだけど。それに、一緒に来たのに別々じゃ、ツマンナイじゃない」

「で、でも・・・」

「私とカカシ君の仲で、何を隠すこともないじゃない。私はカカシ君の全裸姿だって見てるわよ?」

 助産師であるには、裸は恥ずかしいもの、と言う概念はないようだった。

「・・・そりゃオギャーって産まれた時の話でしょ・・・」

 どんな仲だよ、と心の中で突っ込んだ。

「カカシ君って肝っ玉小さいわね。男なら狼狽えないで、どっしりしてよ」

「こういう状況下で、どっしりも何も・・・」

 所在なげに、頬を染めて目を泳がせる。

「カカシ君、花街でも任務してるでしょ? 女を知らない訳じゃあるまいし、女の裸くらいで狼狽えてちゃダメじゃない」

「任務とこれは別でしょ〜!」

「はい、ウジウジしな〜い! え〜い、突撃〜!」

 は湯を掻き分け、カカシの元に進んでいった。

 狼狽えているカカシに向かって突撃し、湯をかけた。

「わぷ。ちょ・・・っ」

「わ〜、やっぱり全身傷だらけだね〜。サクモさんも・・・」

 言い掛けては、ハッと口を覆った。

 何とか平静を努めようとするカカシは、軽く深呼吸して、背を正した。

「別に気にしないでい〜よ。父さんと同じで傷だらけだけど、立ち向かって戦ってきた勲章だって言いたいんでしょ?」

 カカシはやんわり微笑んで、言い放った。

「カカシ君・・・」

さんのお陰で、オレ吹っ切れたから。父さんは今でも、オレの目標だよ」

 澄んだ微笑みを見て、は胸の奥がトクンと跳ねた。

「・・・父さんの最期については・・・まだ言えないけど・・・」

 目を伏せるカカシに、鼓動が逸るのを感じた。

「聞かないって言ったでしょ。私の中では、サクモさんはまだ元気で生きてる人なの。最期なんて知りたくない」

 自分の中で起きている現象、それが何なのか、はまだ分からなかった。

「そっか。そうだよね。気が利かなくてゴメン」

「カカシ君が産まれる前のサクモさんとかどう? イナホさんとの馴れ初めとか、聞いたことある? 私詳しいわよ」

「え、いや、まぁ聞いてみたい気もするけど、さんは・・・」

「サクモさんは、憧れの人よ。でも、それ以上ではないわ」

 今そう思え、言える自分に、自身、驚いていた。

 “恋”だった筈なのに、サクモを思っても、それまで感じていた感情が湧いてこない。

 その理由には、はまだ気が付かずにいた。

 今この時、胸の奥に芽生えた小さな芽にも、気付かずに。

 が、は、カカシに過去のことを話して聞かせながら、育っていく芽の成長の早さに、戸惑いを覚えていた。

 これは一体、何だろう。

 それを考えると何故か怖くて、気にしないように、ひたすら話し続けた。

「はは、父さんが子煩悩だったなんて、嘘くさいなぁ。温かくも厳しいイメージしかないんだけど。目に入れても痛くないって、マジで?」

「あら、親って、普通そういうものよ? 私、いつも思ってたのね。子供達に、アナタ達の親が、アナタ達がこの世に生を受けた時の感動を、その時の様子を、見せられるものなら見せてあげたい、って。私達も、親子の初対面の時って、何度経験しても、感動するわ」

「へぇ・・・自分の子供って、そんなに嬉しいモンなんだ?」

「カカシ君も、所帯を持って子供が授かれば、自ずと分かるわよ。とか言って、私も出産経験はないから、偉そうには言えないけどね」

「ん〜、そういう自分が想像付かない・・・でも自分でも子煩悩になるかも、とか思うから、やっぱり父さんの子なんだなぁ」

「自分にそっくりな子が育っていくのを見るのは、この上ない喜びだと思うわよ」

 カカシがすっかり呪縛から逃れられていることに、は嬉しく思えた。

「もしさんが過去に戻ったら、オレが父さんにそっくりな成長の仕方をしていくのを、笑われながら見守られるのかなぁ」

「あはは。笑われるって、せめて微笑ましくって言わなきゃ。でも、確かに面白いかもね。この未来で見ていたあの大人のカカシ君が、子供の頃はこうで・・・って、疑似母親体験しちゃいそう」

「母性本能くすぐられてね」

「じゃあお母さんと呼んで?」

「お母さ〜ん、茄子の焼き漬け食べたい〜」

「もう。今のカカシ君にお母さんと言われるのは何かイヤだわ。1コしか違わない親子じゃない」

「でもオレ、母親に甘えるってコト、したこと無いから、どうやればいいのか分かんないんだけど」

 そもそも甘えるってどういうの? とカカシは問うた。

 子が親に甘える、そんな当たり前の行為を知らずに成長したカカシ。

 戦乱時代を生きてきて、そういうものだと思っていた。

 幼い頃から、血と殺戮しか知らない、その残酷さ。

 は、胸の奥がきゅんとした。

「こういう感じかな」

 聖母のような柔らかな微笑みで、はカカシの頭部を腕の中に取り込み、胸に抱き留めた。

 カカシは動揺して、固まった。

 体温と体温が重なり合って、カカシは火照ってきた。

 どうしていいか分からずに、時間が過ぎていき、ふらふらしてくる。

「オ、オレッ、のぼせ・・・っ;」

 カカシは所在なげに、慌てて立ち上がろうとした。

「きゃ・・・っ」

 イキナリ動いたので、カカシとの身体に巻いていたタオルがはらりと解け、足元が覚束無くなって、押し倒すように転倒した。

 激しく水しぶきが上がり、立ち上る湯気の間で、重なり合う2人。

 むにゅ、と柔らかい感触に、カカシは気持ち良くて一瞬身を預け、状況を把握すると、サ〜ッと血の気が引いて、慌ててのけぞった。

「ゴッ、ゴメンッ!」

 湯の中のタオルを探して、顔を真っ赤にさせながら背け、離れた。

「の、のぼせてきたし、結構浸かってたから、そろそろ上がろうか」

 全裸のを直視できず、抱き起こすことも出来ずに、そそくさと出て行った。

 はカカシの後ろ姿を目で追いながら、ふと思案する。

 自分の中に、芽生えたもの。

「ダメよ・・・絶対ダメ・・・」

 多分、カカシと同じもの。

 でも、過去の人間と、未来の人間。

 本来なら、起こりうる筈の無かった、偶然の出会い。

 いつか、必ず来るであろう、“それ”。

 偶然の出会いと、必然の・・・。

 考えたくなくて、は頭を振って、奥深くに押し込めた。









 温泉施設を出て顔を合わせると、妙に意識して照れた。

 子供でも分かる、この気持ちの意味。

 でも、大人だからこそ、素直に認められない場合もあった。

「す、すっかり暗くなったね。何処かで食べてく? 食事処も覚えておいた方がイイと思うんだけど」

「そうね。美味しいお店連れてって」

 温泉街を戸惑い気味に歩いていると、大きい白いハリネズミのようなものが、壁に貼り付いていた。

 “それ”は、自来也だった。

「げっ」

 思わず声に出してしまって、カカシは慌てて口を手で覆った。

「ヤだ、もしかして、中覗いてるの?」

「ん?」

 自来也は鼻の下を伸ばして覗いていた所、近付く気配に顔を上げた。

「カカシか。妙なトコで会うのォ」

「・・・また“取材”ですか・・・。5代目にバレたら大変ですよ」

「なぁ〜に、うまくやっとるのォ。愛読者のオマエにとやかく言われる覚えはないんだのォ」

「う・・・。って、アナタがいらっしゃらないから、ナルトが膨れてましたよ。九尾の力でだいぶ回復していますから、退屈しているようです」

「見えない傷が多いんだのォ。安静にするに勝る治療はない場合もあるんだのォ」

「それはそうですが・・・たまには顔を出されては・・・」

「ワシも忙しい。ナルトが完全回復するまでの間、つてを辿って暁の動向を探っとるんだのォ。大蛇丸の件もあるし、ナルトには外野の声をなるべく聞かせんでいる方がいい。すぐカッとなって、頭に血が上るからのォ」

「そうですね・・・チャクラの感じからして、九尾の力が、表面に出やすくなっているようですし、宜しくご指導をお願いします」

「危険と隣り合わせだがのォ。そんなことよりカカシ、おなご連れか? カカシ班バラバラの中で、押さえるべき所はシッカリ押さえとるんかのォ。堅物で浮いた噂一つ無かったオマエにも、ようやく春が来たのかのォ」

 カカシの隣にいたを見遣って、自来也は下卑た笑みを浮かべた。

「そ、そんなんじゃありませんよ! これには訳が・・・っ;」

 カカシは慌てて、言葉を濁した。

「あの、もしかして、自来也さんですか? 伝説の三忍って言われてた・・・」

「いかにもだが。・・・ん? オマエさん、何処かで見た顔だのォ」

 自来也はまじまじとを見遣った。

「もしかして、さんのこと、ご存じですか?」

というのか? 確かにその乳には見覚えがあるような・・・」

 豊満な胸を見て、自来也は鼻の下を伸ばした。

「チ・・・じゃなくてっ、オ・・・私が産まれた頃まで、木の葉病院で助産師をしていた人です。さんと言います。覚えていらっしゃいませんか?」

「おぉ! あのボンキュッボンな助産婦のお姉ちゃん! って、カカシが産まれた頃とは、26年前だろう? 何があったんだのォ」

 カカシは、掻い摘んで、事の次第を自来也に説明した。

「ほ〜。タイムスリップとは、物書きのワシですらまだ書いたこと無いんだのォ。事実は小説より奇なりだのォ。そう言えば、覚えとるのォ。春麗らかな頃、病院の職員が突如行方不明になって、ちょっとした騒ぎになっていたのォ。アレはオマエさんのことか」

「元の時代に戻る方法は分かりませんか? 北東の里の外れは、古来より神隠しなどが多い所でしょう。研究もしていたと思うのですが、何か発見はあるんでしょうか?」

「うむ・・・さっき言っておった、ゲンマの推測というのが、一番有力だのォ。その昔、不知火の血族が中心になって調べとった」

「此処に来る前と同じシチュエーションって・・・故意にやって出来るんでしょうか?」

「物事はすべからく計算によって成り立っておるが、偶然の産物もまた同じ、なんだのォ。意図的にやって上手くいく確率は、恐らく低い」

「そうですか・・・。三忍と言われていた方に分からないとなると、もう打つ手がなさそう・・・」

 はしゅんとして、カカシの忍服の袖を掴んだ。

「焦らん方がいいのォ。思わぬキッカケも見落とす。じっくり腰を据えて、長期戦を覚悟するんだのォ」

「はい・・・」

「さて、腹が減ったのォ。カカシ、さん、メシはまだだろう? 小説のネタに、もう少し詳しく聞きたい。何処か腰を落ち着けて、聞かせてくれんか」

「あ、私は構いませんけど・・・」

「変なコトに使わないで下さいよ?」

「だから愛読者のオマエに言われる筋合いではないんだのォ」

「う・・・」

 3人は、揃って食事処に移動した。





「小説って、自来也さんって作家さんなんですか?」

 自来也の馴染みの食事処で、適当に食事を頼むと、茶を含みながらは尋ねた。

「そうなんだのォ。さんには分からんだろうが、今やちょっとした有名人なんだのォ」

「ご自分で仰らないで下さいよ・・・」

「どういうの書いてるんですか? カカシ君も愛読者なの?」

「う、まぁ、ね。イチャイチャパラダイスとか、イチャイチャバイオレンスとか」

「イチャイチャパラダイス? って、あ! 映画館の看板で見た! 映画化もしてるなんて、ホントに凄いんですね。じゃあ、カカシ君がいつも読んでる赤い本って、自来也さんの書いたお話なんだ? どういうお話なの?」

「アレは奥深いんだよ。一言では説明できない」

 うっかり熱く語りそうになったカカシは、著者が目の前にいることを思い出して、咳払いをしてごまかした。

「ほほ、そうなんだのォ。カカシのヤツはな、任務の時でさえ、肌身離さず携帯しとるんだのォ。ワシのことは、心の師匠と・・・」

 ニヤニヤと、自来也はつらつら喋った。

「言ってませんよ! っていうか、何で知ってるんですかっ;」

 カカシは頬を染めて、声をあげた。

「綱手捜しにナルトと旅に出た時にナルトから聞いたんだのォ。全く、子供にはあの面白さが分からないから、ダメだのォ。ま、修行の旅に出とる間に、新作を書き上げる予定だから、楽しみにしとるんだのォ」

「えっv」

 カカシは思わず乙女のように目を輝かせた。

 何だかわくわくして見えて、はカカシを見ていたら面白くて、思わず微笑んだ。

「私も読んでみたいな。カカシ君、今度貸して」

「えっ・・・イヤあの、っ、さんは読まないで!」

「? 何で?」

「えっとその・・・未来の書物はなるべくその・・・」

「そんなこと言ったら、私何も出来ないじゃない。この間は、しょうがないって言わなかった?」

「う・・・いや・・・」

「カカシのいぬ間にコッソリ読むんだのォ」

 食事が運ばれてきて、食べ始めた。

 食べながら、に起こった現象について、詳しく話し、自来也の言葉にも色々ヒントを貰い、だいぶ明確になってきて、は随分と気が楽になってきていたのだった。





「じゃ、お話楽しかったです。本も、カカシ君に隠れて、コッソリ読ませていただきますね」

さ〜ん・・・;」

 店を出て往来で、はニッコリ微笑んだ。

「カカシ、ちょっと来い」

 自来也はカカシの肩に手を回し、に背を向けてボソッと呟いた。

「・・・何です?」

「オマエ・・・随分あっけらかんと話しとったが、もう吹っ切っとるのか?」

 サクモのことだ、とカカシは気付いた。

「・・・さんのお陰ですよ。私の曇っていた目に、明るく示してくれたんです」

さんは、確かサクモを好きだったのォ。オマエは親父さんにそっくりだ。だから・・・」

「もう・・・全て過ぎたことです。何の問題もありませんよ。ご心配いただいて恐縮ですが、大丈夫ですから」

 薄い微笑みに、自来也は事情を悟った。

「そうか・・・。まぁ、大した力にもなれんが、さんを泣かせたら承知しないからのォ」

「はは・・・もう何度も泣かれてます。でも、もう泣かせはしませんから。有り難う御座います」

 一皮剥けたようなカカシを見て、カカシもまた一層成長する、と自来也は確信した。

「ナルトのことは任せるんだのォ。里は頼んだぞ、カカシ」

「は」

 歓楽街に消えていく自来也を見送り、2人は帰途に就いた。









「温泉入ったからお風呂はいいし、ご飯も食べたし、寝るには早いよね。何しよっか」

 帰宅して、うん、と伸びをするを見ながらカカシはベストの前をはだけ、口布を下げた。

「そ〜ねぇ・・・本読ませてv」

「ダ〜メ。TVでも観る? まだキチンと観てないよね」

 額当てと手甲を外し、洗濯物を洗濯機に入れ、セットした。

「この時間帯って、何やってるの?」

「ん〜、2時間もののドラマとかロードショーとかかな」

「じゃ、面白そうなの観たい」

 カカシが今寝起きしている居間で、飲み物とおつまみを持ってきてテーブルに置き、長ソファに並んで座った。

 番組と番組の間の短いニュースが終わると、次の番組は、昔流行った映画をやるとのことだった。

 は当然昔と言ってもにとっては未来のことで、カカシは娯楽に縁のない過ごし方をしてきたので、2人ともタイトルを聞いても内容は分からなかった。

 が、最初は映像技術の進歩にが感動したり、色々と話していたが、観ていくうちに、妙に2人は固まって、会話を交わすこともなくなっていった。

 その話は、主人公が過去の世界にタイムスリップして、そこで出会った女性と恋に落ち、深い仲になり、主人公がもとの世界に戻るその時まで女性は生き存えて再会することを約束し、元の未来に戻った主人公は必死に女性の行方を捜し、再会してハッピーエンド、というものだった。

 似たような立場にいる2人は、絵空事、と笑い飛ばせずに、真剣に考えてしまった。

 映画が終わっても、会話はなかった。

 気まずい沈黙が、お互いの気持ちをより一層明確に互いに知らしめていた。

「・・・カ、カカシ君、私、過去に戻っても、絶対生き延びて、今のカカシ君に会えるまで、絶対死なない。お婆ちゃんの私を、お母さんと呼んでくれる?」

「う、うん。オオレ、小さい頃からずっと、木の葉の皆が、火の国の皆が、安心して暮らしていけるように、守ってきた。さんが戻ってからの26年は、ずっと、それを務めてきた。だから、絶対にさんにまた会いたい」

 胸の奥に芽生えた気持ちはお互い封じて、約束し合った。

 本当の気持ちは隠した。

 でも、お互い気付いていた。

 それでも、映画のようには行かない、と、その一線を踏み越えることの重大さを考えると、どうしても、尻込みした。





 が、この感情は、本人の意志とは関係なく、育っていってしまうものだと、それからの日々でまざまざと感じていた。

 若い年頃の男女、一つ屋根の下で共に暮らしていれば、線を隔てようにも、その距離は急速に縮まっていく。

 もどかしい気持ちを抱えながら、だが、生活の基盤を整えることをまず考え、は学び、カカシはサポートした。

 が職に就ける日は、そう遠くなかった。