【偶然の出会いと必然の・・・】 第四章 朝靄の煙る中、カカシは慰霊碑の前に立ち尽くしていた。 思考が過去に捕らわれ、胸の奥が靄靄している。 「先生・・・どうやったら、オレは前を向いて生きていけますか? 過去に捕らわれてばかりで前を見ないのは良くないと、皆が言います。でも、オレはどうしても過去を忘れることなんてできない・・・未熟なんでしょうか・・・」 返ってくることのない答えを待ち、何時間も佇んでいた。 「ん・・・」 薄い朝日が射し込んでくる中、は夢うつつで微睡んでいた。 道を行き交う人の喧噪では覚醒してきた。 「ぅん・・・」 もぞもぞ、と動いて目を擦る。 「ん〜・・・何か凄い夢見てたなぁ・・・サクモさんとキスしちゃったよ。や〜ん、願望かしら・・・いけないわ、サクモさんは奥さんもお子さんもいるのに・・・でも夢は自由よねっ・・・。って、私、夢だと積極的になれるのよね・・・抱きついて告白しちゃったし・・・いや〜ん、サクモさんのリアクション見る前に目が覚めちゃったから、どど、どうなったんだろ・・・って、夢に何一喜一憂してるの、私」 ゆっくりと起き上がって、照れて真っ赤になる。 「ったぁ〜。そっか、昨夜カカシ君と呑みに行ったんだっけ。途中から記憶無いわ・・・迷惑かけちゃったわよね、やっぱり・・・」 う〜頭痛い、とこめかみに手を当てる。 「まさか親子二代に渡って迷惑かけるなんて・・・私ってダメだなぁ・・・」 ふと時計を見ると、9時をとうに過ぎていた。 「うっそ、寝坊しちゃった! カカシ君帰ってきてるかしら」 痛む頭を押さえながら、着替えを漁った。 ふと、パジャマではないことに気付く。 「あ、昨夜は酔いつぶれてそのまま寝ちゃったんだよね。シャワー浴びようっと」 着替えを手に、寝室を出た。 玄関を見たら、カカシの靴がなかったので、まだ帰ってきていないのだ、と、そのまま浴室に向かった。 シャワーを浴びて頭を洗ったら、だいぶスッキリした。 冷蔵庫から清涼飲料水を取り出し、コップに注いで口に含む。 「ふぅ。頭痛薬ってどこかしら。でも、空腹で飲んじゃまずいわよね。朝ご飯作ろうっと」 冷蔵庫には、秋刀魚が2尾。 野菜入れには茄子があった。 「サクモさんの好物でも作ろうかしら。秋刀魚の塩焼きと茄子のお味噌汁がお好きだって聞いたことあるし・・・食卓に上ることも多かっただろうから、きっとカカシ君も好きよね」 ふふ、と頬を染めては調理に取り掛かった。 「あ、ご飯がないかも・・・って、アレ? ご飯が炊いてある。そっか、きっとカカシ君が昨夜といでセットしてくれてたのね。良かった」 炊飯器を覗いて、食事は出来上がっていたので、カカシが帰ってくるのを待つばかりだ。 「? 遅いなぁ。いつもならもう帰ってくる頃なのに・・・」 椅子に座って、指を組んで顎を載せ、足をぶらつかせた。 「ん〜、二日酔いでちょっと本を読むには今はシンドイからなぁ・・・何していよう」 寝室に戻り、ベッドに腰掛ける。 ぽふん、と横になった。 横になっていた方が幾分楽だったので、目を閉じて、休んでいた。 しかし、いくら待ってもカカシは戻ってこない。 「もう・・・慰霊碑の場所も分からないから、捜しに行けないし・・・違うトコに行ってたり入れ違いになっちゃうから、出掛けられないし・・・困ったな」 ふと、机の上に巻物があるのが目に留まった。 「何だろ、この巻物」 隣に置かれた半紙に何やら書いてある。 「え〜ナニナニ? オレの助けが必要なことがあったら、この巻物を開くように? どういう意味?」 は訳が分からず、巻物を紐解いた。 途端に煙に巻かれる。 「きゃ・・・何?」 ドロンと現れたのは、カカシだった。 「え?! カカシ君?! 何で?!」 「ビックリした。イキナリ吸い寄せられたから、何事かと思ったよ。昨日口寄せの巻物置いたの忘れてたよ」 こりこり、とカカシは後ろ頭を掻いた。 「ビックリした〜。何だろうって思って、つい開けちゃったんだけど・・・これって何?」 「あ〜ゴメン。まだ説明してなかったね。口寄せと言って、開くと人や物が現れるんだよ。さんが1人で困ってる時に、オレがすぐ駆け付けられるようにって思ってね。今日からこれも携帯してて」 「分かった。忍術って便利ね。でも任務の途中だったら悪いから、そうならない方が良いわよね。それよりカカシ君、いつまで経っても帰らないから、心配してたのよ。捜しにも行けないから、どうしようかって・・・」 「あ・・・ゴメ、ン。ちょっと色々、思う所あってね」 カカシは気まずそうに、目を泳がせる。 「ずっと慰霊碑の所にいたの?」 カカシを見上げるが艶っぽくて、シャワー後でほっこりしていることもあり、動く唇がやけに瑞々しく見えて、カカシはドキンと鼓動が跳ねた。 「・・・う、ん。つい時間を忘れちゃうんだ」 一緒に忘れようとしているのに、昨夜の出来事を思い出してしまう。 「私も今度行ってみたいわ。邪魔じゃなかったら、連れてって」 「あ、うん」 「昨夜はごめんなさい? 私、潰れちゃったでしょ。記憶無いし。ご迷惑お掛けしたんじゃ・・・」 カカシは鼓動が逸った。 「や、気にしてないよ。弱いって知ってて呑みに連れて行って、呑ませたんだから、オレの責任だよ。こっちこそ、ゴメン」 「親子二代に渡ってなんて、私って最低〜〜」 「気にしないでってば。遅くなってゴメンネ。折角作ってくれた朝飯も冷めちゃって。食べよ」 オレは忘れたい、と思いつつに言い含めながら、背中を押してダイニングに向かった。 「お味噌汁温めるね」 茶碗にご飯をよそって並べ、味噌汁が温まるのを待ち、よそって並べた。 カカシはそのメニューに絶句する。 「えへ。サクモさんのお好きだったもの作ってみたの。家族団欒を思い出して懐かしいかなぁって思って・・・」 ニッコリ微笑むが眩しい。 オレの好物よく知ってるね、と喉まで出かかっていた言葉を慌てて飲み込んだ。 「・・・あんまり、団欒には縁はなかったけどね・・・」 「え? 何で?」 「母はオレを産んだ後の復帰最初の任務で殉死したから、顔も覚えてないんだ。一度だけ写真で見ただけで・・・父も任務に飛び交っていたし、1人でいることの方が多かったよ」 「そ、そう・・・気が回らなくてごめんなさい」 「や、いいよ。オレも好物だから、嬉しいよ。有り難う」 さ、食べよう、と腰を下ろした。 まるでお通夜のようなどんよりした空気に、カカシは話題を探した。 「さん、コンピュータの教室、今日は何時から?」 「午後の1時からよ。3時間くらい習うの。あ、カカシ君、頭痛薬ある? 二日酔いがちょっとしんどくて」 「薬箱は此処にあるよ。これがいいかな。オレはまた特別上忍のお仕事手伝ってるから、時間まで休んでればいいよ」 食べ終わったカカシは薬箱を取り出して、小瓶を置いた。 「ん〜そうね・・・」 薬を飲んで洗い物を済ませると、カカシは出掛けていった。 どうにもと一緒にいるのが気まずい。 何も知らないは寝室に戻ってベッドの上で息を吐くと、薄い青空を見上げた。 「ちょっと前まで、春爛漫の世界にいたのに、今は冬か・・・なんか物寂しいな・・・」 薬が効いてきて、うとうとしてくる。 横になって、は目を閉じた。 一方、カカシはゲンマの部屋で仕事を手伝っていた。 「カカシ上忍にオレの雑用をしてもらうなんて、心苦しいですね」 「不知火の執務は大変なんだから、ゲンマ君1人じゃ大変でしょ。極秘任務だから他の人間を入れられないのは分かるけど、後継者作っておかないとなんじゃない?」 「そうですけどね、妹のエルナも亡くなって、不知火の血はオレで途絶えてるし、かといってなかなか後継者に足る人物っていうのがいませんからね。5代目もその点を考えて下さっているようですけど」 「行き着くトコは、結局、“家庭を持て”だと思うよ。まずは奥さんと2人でやっていって、授かった子供を後継者に、って。ゲンマ君、誰かいい人いないの?」 「生憎、色っぽい話には縁遠いですよ。オレの任務が任務だけに、それを気にしないでいられるような寛容な女は、そういないでしょう」 「それもそうかぁ・・・ゲンマ君って、モテるようで、何げに浮いた噂聞かないもんね。その気になれば、よりどりみどりっぽいのに、いいなぁって思った人とかいないの?」 「オレから見たら、女は殆ど、任務か訓練の相手ですからね。そういう風に思ったことはないですよ。だからこそ諜報部隊を取り仕切らせて頂いてるんで」 「まぁね〜。つまみ食いばっかりするような信用置けないヤツには、隊長は務められないよねぇ」 「・・・ま、両親が生きていた頃のように、連れ合い同士でやっていくのが一番なんでしょうけどね。昔繁栄していた不知火一族も、今はオレ1人ですしね。でも、携わる人間は少ない方が、機密も漏れないですから、当分いいですよ」 「まぁ・・・生殖機能が働くなら、男はいくつになっても大丈夫だけど・・・子孫を残すのも仕事のうちだから、嫁さん貰うのは早い方がいいよ。パパ姿のゲンマ君って想像付かないけど・・・」 「そういうアナタはどうなんです。ご自分こそ、浮いた噂も聞きませんが。女に興味ない訳じゃないでしょう?」 「そりゃま、ね。出会いがあれば、とは思ってるよ。子煩悩になるかも、なんて・・・」 「あぁ、アナタの子供は、さぞかしアナタにそっくりなんでしょうね」 「そう? あ、クソ生意気なバカカシジュニアって言うんでしょ〜」 「へぇ、ご自分で認めてるんですか」 カカシがサクモにそっくりだから、ということは、敢えてゲンマは言わなかった。 ゲンマが言わずとも、カカシも分かっていた。 暫し沈黙が続く中、黙々と作業は続けられた。 時々、カカシが思慮に耽るのに気付きながらも、ゲンマは何も言わずにいた。 「・・・ねぇ、ゲンマ君」 「何です」 「男の子って、いくつぐらいになったら、自分の父親を越えたと思うのかなぁ」 カカシの言わんとすることの意味が何となく分かって、何を言うべきか、とゲンマは考えた。 「ゲンマ君は、いつそう思った?」 「・・・オレですか。そうですね・・・オヤジは、確かに素晴らしい忍びで、・・・尊敬してました。自分が昇格するたびに、いっぱしのつもりでいましたけど、今思えば、やっぱりまだオヤジは越えてねぇなぁ、って思いますけどね。男ってのは、永遠に親の背中を追い掛けていくものなのかもしれません」 「そっか・・・」 ふぅ、とカカシは伏せ目がちに小さく息を吐いた。 チラ、とカカシを伺って、ゲンマは再び口を開いた。 「・・・だからといって、その背中しか見ずに、視界を狭くするのはおかしいとは思いますよ。自分の成長というのは、親を越えることだけが目的という訳ではありませんから。あくまでも目標の一つです。がんじがらめに捕らわれていては、自身の成長は望めないと思います」 鋭い瞳で、ゲンマはカカシを射抜く。 「ゲンマ君・・・」 カカシは僅かに目を見開き、ゲンマを見遣った。 ゲンマはカカシの捕らわれているものを知っている。 それでいて、敢えてゲンマは言った。 「・・・過去は忘れろって事? 忘れられないオレは、未熟って事なのかな・・・」 「・・・何故忘れる必要があるんです? 経験してきたこと一つ一つ全てが、今の自分を作っているんです。無駄な経験なんて無いんですよ。どんなことも、それが今の自分として活かされている。忘れるのではなく、乗り越えるんですよ」 「・・・オレには出来ないよ・・・まだ・・・どうしたら乗り越えられるんだろう・・・」 「忍びも誰も、自分の存在、人生は悩みながら、手探りで進んでいるんです。誰もが、乗り越えようと、もがくことで生きているんです。意識することはないですよ」 苦しいだけです、とゲンマは淡々と呟いた。 「うずまきナルトのように、何事にも無心で全力でぶつかっていれば、自ずと活路は開けますよ」 「・・・部下を見習え、か・・・」 窓の向こうの薄い青空を見上げる。 陽はだいぶ傾いていた。 「・・・ナルトの見舞いにでも行ってくるかな・・・」 「此処はもういいですよ。手伝って頂いて助かりました。あぁそうそう、アンコが置いていったお汁粉セット、オレは要らないんで、楊枝の兄ちゃんから差し入れ、って渡してくれますか」 そう言ってゲンマは包みを差し出した。 「ナルトがお汁粉好きだって、よく知ってるね」 「一度一楽で一緒になったんですよ。イルカから無類のラーメン好きだってのは聞いてましたが、他に何が好きか訊いたら、そう言ってたんで」 「はは、アイツの血は一楽のラーメンのスープで出来ているらしいからね。サンキュ。じゃ、また今度ね」 千本を上下させてカカシを見送ると、ゲンマは書類を整理して、立ち上がって窓の外を見上げた。 「・・・ありゃ、と何かあったな・・・」 にこやかを振る舞いながらカカシはやってきたが、無理を装っている感じだった。 いつもの捕らわれた影を背負っているのとはひと味違って、明らかにぎこちなかった。 カカシは追求されるのは嫌いだから、自分から言ってこない限り、ゲンマはいつも知らんぷりしていた。 今日は珍しく心情を吐露したので、差し支えない程度に、励ましたつもりだった。 と何があったかは詳しくは分からなくても、今この時に何の前フリもなく父親の話が出ると言うことは、サクモがらみだ、と直感した。 多分、はサクモを好きで、そのことで何らかの出来事があったのだろう。 はサクモの最期を知らない。 言うべきか。 言わない方が良いのだろうか。 が過去に戻った時のことを考えると、ゲンマは逡巡した。 はコンピュータ教室の講習を終え、街をぶらついていた。 電化製品の店が目に付き、ふと覗いてみる。 「へ〜、今ってTVって結構安いのね。色が付いてるし、本体もスッキリしてる。他のモノも・・・私の時代とは何もかも違うなぁ。パソコンっていくらくらいするのかしら・・・」 きょろきょろと店内を彷徨く。 「あ、ここね。うっわ、何?! たっか〜い! 昔のTVより高いじゃない! それを気軽に買おうかって言うカカシ君って、一体どれくらいの高給取りなの?! まぁ、エリートなら、分からなくもないけど・・・家に置くなんて勿体ないわ」 目眩しそう、とは店を出た。 「はぁ・・・まだ明るいし、夕飯の買い物には早いわよね。どうしよっかな・・・そうだ、ゲンマ君にサクモさんのお墓の場所訊こうっと」 確かアカデミーにいるのよね、とは方向を変えた。 「お花でも買っていこうかな・・・」 つい先日カカシに連れられてきたばかりなので、場所はちゃんと覚えている。 アカデミーの方は終わったようで、教室はがらんとしていて、何人かがグラウンドで修行をしていた。 それを見ながら、は奥の特別上忍執務室に向かった。 一番奥の、ゲンマの個室をノックしようと、手を挙げた時。 イキナリがちゃっとドアが開いて、は驚いて仰け反った。 「きゃっ」 「おっと、悪ィ・・・か、どうした?」 「あ、ちょっとゲンマ君に訊きたいことがあって・・・今忙しいなら、またにするけど」 「別に急ぐ用は何もねぇよ。今日の分の執務に目処が付いたから、人生色々にでも行こうかって思ってたからな」 「そう? ならいいんだけど・・・」 「何だ? 悩み事か?」 オレでいいなら相談に乗る、とゲンマはを室内に招き入れた。 「ううん。そういうのは無いわ。えっとね・・・サクモさんのお墓って、場所分かる?」 「・・・カカシ上忍の? 何で、また・・・」 「私にとって、サクモさんはまだ元気に生きている人だけど、此処ではもういらっしゃらないでしょ? ちょっと切ないけど、お参りしたいなぁって思って・・・。それから、里の人間としては、慰霊碑っていう所にも行きたいなって。その後で連れて行って欲しいの」 ゲンマは何やら思案しながら、千本を上下させた。 「・・・分かった。演習場の方だから、ちょっと遠い。案内する」 ゲンマはと共に廊下に出て、執務室に鍵を掛け、アカデミーを出た。 「普通に歩くとちっと時間が掛かるからな・・・」 そう言ってゲンマは、を抱え上げた。 「えっ、何?! 飛んでくの?! ヤだっ、怖・・・」 「ゆっくり行くから。しっかり掴まってろよ」 アカデミー生レベルのスピードで、ゲンマは駆けていった。 「速いわよっ! 時間掛かってもいいから歩いてきたかったわ!」 吹きっさらしの場所に下ろされたは、顔を高揚させて乱れた息を整えようとしながら、抗議した。 「陽が暮れちまうよ。それより、着いたぞ」 「・・・? 何もない所ね。此処がサクモさんのお墓なの?」 石碑が目に入り、周りを見渡した。 「・・・此処は慰霊碑だ」 「え? 先にサクモさんのお墓にって言ったんだけど」 「忍びには個別に墓は作られねぇよ。遺体から情報を収集されないように全て灰にするし、こういう風に里の片隅に慰霊碑がひっそりとあるくれぇだ」 「でも、カカシ君は慰霊碑にはサクモさんの名前は無いって言ってたわよ。この慰霊碑って、英雄の名前が刻まれるんでしょう? 普通の忍びの慰霊碑の方にあったりするの? 私、確かに此処の慰霊碑にも来たかったけど、まず先にサクモさんを・・・」 思案しながら、ゲンマは千本を上下させた。 「・・・よく見てみろ。この慰霊碑を」 「え・・・?」 はまじまじと、全ての刻まれた名前を追っていった。 見知った名前がいくつもある。 ついこの間、過去の世界で笑って話していた忍びの名前もある。 噂に名高い英雄達の名前が連なる。 26年という長い歳月の空白が少し埋まった。 それを目の当たりにして心を痛めながら、目で追い続ける。 「・・・え?!」 は目を見開き、ゲンマを振り返った。 「だ、だって・・・カカシ君は・・・」 「・・・過去に捕らわれすぎて、視界が狭くなっているんだよ。毎日来てるのにな・・・」 ゲンマは淋しそうに微笑んだ。 「誰も言ってあげてないの? 何で?」 「・・・自ら気付くべきなんだよ。過去に捕らわれて現実を受け入れようとしないうちは、見つけられない。カカシ上忍には、前を見て欲しい。でも、自分が許せなくて、ずっと過去に捕らわれたままなんだ」 「・・・サクモさんは、どうして亡くなったの? 私・・・聞かない方が良いこと?」 「・・・が過去の世界に戻った時のことを考えれば、な。人の人生に左右される出来事は、知らない方が良い・・・とは思う。だが・・・」 強風が足下を掬い、思わず目を細める。 「・・・私、カカシ君が重いものを背負っていること、分かっているよ。辛く苦しい経験を経て、拭いきれなくて、無理に笑っていることが分かる。まだほんのちょっとしかこの世界にはいないけど、たった数日でも、分かったもの。私・・・何を聞いても驚かない。受け止める」 だから・・・とはゲンマを見上げた。 ゲンマは視線を下ろし、伏せ目がちに暫し黙った。 「・・・アンタに、カカシ上忍の宿業を受け止められるのか?」 「そりゃ、偶然出会っただけの縁で、深い関わりはないかも知れないけど、でも・・・」 「・・・アンタ、木の葉の白い牙を好きなんだろう?」 「え? う、うん・・・何で分かったの? やっぱり分かっちゃうものなの?」 顔を染めて、目を泳がせた。 「5代目から伺った。あの頃のオレはガキだったからそういうネタは分からなかったが、あの当時の病院関係者は、皆知ってるってな」 「だ、だって、サクモさんってカッコイイし、憧れているコ多いのよ。私だけじゃないわ。でも、とても大切な気持ちよ。いい加減じゃないわ。その人の子供のことなら、同じように受け止められるわよ」 「・・・それじゃ無理だ」 「何でよ」 「・・・カカシ上忍は、自分の父親の存在に、捕らわれている。未だに乗り越えられずにいる。が自分の父親に惚れているということは、気付いているだろう。それだけならまだいい。アンタは・・・この未来の世界で知人が少なくて不安な中、そっくりなカカシ上忍を、白い牙に重ねて見ているだろう。ことあるごとに、比べているだろう。カカシ上忍には、一番きついことの筈だ。誰もが触れずにいるのに、事情を知らねぇアンタが、ズバズバと深い意味無く口にしている言葉が、カカシ上忍には傷口に塩を擦り込まれているようなものだ」 「え・・・」 「今のには、カカシ上忍を受け止めることは出来ねぇ。“憧れの人の子供”という目で見ているうちは、重すぎて、無理なんだよ」 「確かに重ねて見てた・・・。そっくりなのが嬉しくて・・・。私・・・カカシ君を傷つけていたの? 確かにカカシ君は、サクモさんのことを私が言う度に顔を曇らせているのは気付いていたけど・・・そんなに重大なことなの? サクモさんの最期って・・・」 「オレの口から軽々しくは言えねぇよ」 そういえばイチルも、サクモの最期のことは良い話題ではないように言っていた気がする。 「・・・カカシ君に・・・謝った方が良いよね・・・」 「いや。却って深くなる。なるべく触れないようにしてくれればいい。がカカシ上忍を本当に受け止められるのなら、その時には話そう。もっとも、カカシ上忍が呪縛から逃れて自ら話せるのが一番だが・・・」 は持っていた花束を慰霊碑の前に置き、手を合わせた。 「ゲンマ君、有り難う。私、カカシ君をちゃんと1人の人間として、きちんと向き合うよ。未来の世界で不安っていうことに、甘えてた。私の方が年上なのにね。カカシ君にも強くあって欲しいから、私も強くなる。この世界でも生きていけるように、頑張るよ」 振り返ったは、ニッコリ微笑んだ。 夕日に映えて、眩しかった。 「さて、じゃ帰ろう。夕飯時だ」 ゲンマは再び、を抱え上げた。 「だからイヤだって〜〜ッ!!」 「寝る時間になっちまうって。いい加減慣れろ」 「慣れたくない〜〜〜ッ!!!」 の絶叫が木霊しながら、中心部に戻っていった。 買い物を済ませてアパートに戻ると、鍵が開いていた。 「アレ? カカシ君、もう帰ってるの?」 ひょこ、とは中に入る。 何やら寝室でゴソゴソと音がした。 「え・・・まさか泥棒じゃない・・・よね?」 警戒しながら、そっと忍び寄る。 すると、ひょこっとカカシが顔を覗かせた。 ベストを脱いで額当てを外し、手甲も外していた。 「おかえり、さん」 「なぁんだぁ、泥棒かと思ってビックリしたわ」 「あはは、ちょっと設定に手間取っててね」 「え?」 は寝室を覗き込んだ。 机の上に、見覚えのある物体。 「パ、パソコン?! 買ったの?!」 「うん。買おうかって言ってたでしょ。夕方暇だったから、電器店に行ってね。設定が面倒でさ。もうすぐ終わるから、これでお稽古のおさらいしてよ」 「すっごい高いでしょ、これ?! いいの?!」 「どうってことないよ、これくらい。それから、居間の方にTV置いたから、見てきて」 「TVも?!」 はクラクラして、よろめいた。 カカシは普段は金は殆ど使わないとは聞いていた。 使う時には豪快に使うんだ、と目眩を覚える。 そっと居間を覗くと、昼間店で見たTVが置いてある。 「リモコンにも電池入れてあるから、適当に見てて〜」 カカシの声が寝室から届く。 ソファの前のテーブルに、ボタンの沢山付いた四角い物体が置いてある。 「これがリモコンっていうヤツ? この“電源”っていうのを押すのかしら・・・」 恐る恐る押してみる。 が、何も起こらない。 「? 何で?」 「あ〜そうそう、ちゃんとTVに向けて押さないと電波飛ばないから〜」 「TVに向けて? そりゃそうよね・・・えぃ」 ぶぃん、と音がして、途端に賑やかになった。 どうやらニュースの時間のようだ。 「えっと・・・この数字のボタンがチャンネルって言ったっけ?」 適当に押していくと、砂画面だったり、子供向け番組だったり、情報番組だったりで、はおもちゃ箱をひっくり返したように、わくわくしてきた。 「へぇ・・・色が付いてると、本当に箱の中に人がいるみたい・・・」 ニュース番組では、国同士の小競り合いが話題になっていた。 多くの忍びが戦地に行き、散っていると、キャスターが淡々と喋っていた。 「公には語られない、忍びって・・・」 難しい世界。 改めて思う。 英雄の慰霊碑に名の刻まれる者、名もなく消えていく者。 サクモの最期というのは、どうやら相当重いもののようだ。 「激しく無惨な戦死って・・・感じじゃなさそう・・・だよね・・・」 20年を経てもまだカカシが捕らわれている程なのだ。 勿論、カカシの重さには他にも色々あるのだろうが、忍びの世界のシビアさをまざまざ感じて、は沈んだ。 はテレビを消して、寝室に戻った。 「TVどうだった? オレ新聞取ってないから、今度から取ろうか。TV番組欄見て、観たい番組決められるし」 事件とかは別口で知るから必要なかったんだけど、とカカシは振り返る。 は一瞬意識が飛んでいた。 思考に捕らわれていたようだった。 「・・・さん?」 「あ、うん。でも、そんなに未来をいっぱい知っても良いの? 私・・・」 「あ〜・・・でも、マズイと思ったら見ない聞かないようにしていればいいよ。知っちゃったらしょうがないってことで、でもま、難しいよ、それ」 「ホントは誰とも知り合わない方が良かったのよね・・・」 歴史を変えちゃってる訳だから、とは呟く。 「無理だってば。過去に行って知っている歴史をいじらないようにするのとどっちが大変なのか分からないけど。うっし、出来た!」 パソコンの設定を終えたカカシは、に椅子を勧めた。 そっとはパソコンの前に座る。 「練習用のソフト入れるよ。試しにやってみて」 習った通りにマウスを動かし、キーボードを叩いて、上達振りを見せつけた。 「へぇ、結構進んでるね。オレが教えるまでもないよ」 「えへへ。未来人になりすましちゃおうかしら」 「はは。ゲームとかやってみる? パズルとかタイピングとか。どれがいい?」 「ん〜、タイピングはまだ無理よ。簡単なパズルかな」 「落ちゲーとかでいいかなぁ」 カカシはにやり方を教えて、起動させた。 の背後で立ったまま屈んで、例を見せる。 「わ〜、流石うま〜い」 の体臭がふわりと漂って、至近距離のカカシは鼓動が逸った。 鼓動が早まるにつれ暑くなってきたカカシは、冬だってのに何か蒸すなぁ、と、家にいると言うことで、口布を下げた。 「あ、失敗しちゃった。私もやってみる!」 リセットして、は恐る恐るやり始める。 「あっ、ダメッ、違うっ、やっ、そこじゃない〜っ、や〜ん、難しいよ〜っ」 の甘い声が、カカシの鼓動を逸らせる。 火照ってきて、あらぬ想像までしてしまう。 「そこはこ・・・」 「カカシ君、替わっ・・・」 カカシが前にのめり、がカカシを振り返ったその時。 至近距離にいた2人は、一瞬唇が触れ合った。 「ゴ、ゴメンッ!」 カカシは頬を染めて、動揺して後退った。 も真っ赤になって硬直していた。 気まずい空気が流れる。 「やや、や〜ね! いい年して、これくらいで動揺なんて・・・しな・・・」 あれ、とは口が止まった。 今の感触に、何だか覚えがある気がする。 そう昔の感覚ではない。 そう、つい最近。 いつ? 「・・・ねぇ、カカシ君。私、もしかしてきの・・・」 「つ、続きは夕飯食べてからにしようか。オレも手伝うよ。献立は何?」 カカシはぎこちなく背を向け、寝室を出ようとした。 「待って! ・・・きゃっ」 カカシを追い掛けようと立ち上がったは、椅子の脚に絡まって、カカシの方につんのめって、背中に抱きついた。 「大丈夫? 気を付け・・・」 「ごめんなさ・・・」 再びを襲い来るデジャヴに、は記憶を辿ろうとした。 この背中に覚えがある。 この感触。 温かさ。 広い背中。 先程の唇のことも併せて、辿り着いた可能性は一つだった。 「カ、カカシ君・・・」 「な、何?」 「昨夜・・・私、酔っぱらって、カカシ君に迷惑いっぱいかけたよね・・・」 「気にしてないって。迷惑なんて、全然・・・」 「ねぇ、私、昨夜、カカシ君に何をした?! 何を言った?! 教えて!!」 はカカシの前に回り、胸に縋った。 とてつもないことをしたような気がする、言ったような気がする。 「だから、何もしてないし言ってないよ。店で酔いつぶれて、寝込んじゃって、そのままおんぶして家まで帰ってきて、ベッドに寝かせただけだから。淫らなことはしてないから、安心してよ」 「そういうことじゃないわ! カカシ君のことは信用してるって言ったでしょ! 私が何をして何を言ったかよ!」 「だから、泥酔してて、そのまま寝・・・」 カカシは真っ直ぐ自分の目を射抜くの目を見ていられずに、目を泳がせた。 何となく、は確信した。 自分の予想していることが、そうなのだと。 「私・・・何も知らないで、カカシ君をいっぱい傷つけちゃってて・・・それなのに・・・一番酷いこと・・・ごめんなさ・・・っ!」 は込み上げてきた感情を思い切り流した。 嗚咽しながら、カカシに縋る。 「だ、だから・・・何も・・・」 「ごめ・・・っ」 カカシの胸で、は泣きじゃくった。 行き場のない手が、行き場のない気持ちのように持てあますカカシ。 には何の悪気もないのだ。 ただ、自分が過去に引き摺られ、現実を受け入れようとしないでいるだけ。 は不安でいっぱいの未来での生活を、受け入れようとしている。 カカシには想像し得ない程の不安と焦燥に包まれているに違いない。 なのに、は笑う。 くったくのない笑顔。 自分の作り笑いとは違う。 何か、一つの澱が降りていったような気がした。 そ、とを抱きしめる。 優しく、愛しく。 「さん・・・オレ、さんのお陰で、一歩前に進めた気がするよ・・・。有り難う。さ、夕飯作ろ」 泣き腫らした目でカカシを見上げたら、カカシは柔らかく笑っていた。 いつもの優しい笑顔。 でも、先程までより、澄んでいる。 影を背負った表情ではない。 「カカシ君・・・」 ぽんぽん、と優しく触れ、カカシは食卓の上の食材を見た。 「かぼちゃ美味しそうだね。ゲンマ君のウチに遊びに行った時を思い出すなぁ。煮物にする? それとも・・・」 「ゲンマ君から教えて貰ったレシピで作るわ。ホントはゲンマ君も呼びたいけど・・・」 目を擦って、はポケットのメモを見せた。 「今度時間が合う時にでも一緒しようか」 「ほうれん草食べさせなきゃね!」 「あ〜、ゲンマ君は草なんか食えるか! って絶対食べないよ〜。難攻不落だよ、不知火城は」 「あはは」 お互いに一歩進んだ2人。 距離も一歩ずつ近付いたかも知れない。 まだ名前の付かない感情。 朝靄の煙る中、目覚まし時計の音で、カカシは目を覚ました。 幾分スッキリした気分で、着替えていく。 顔を洗おうと居間を出たら、身支度を調えたが立っていた。 「おはよう、カカシ君」 「オ、オハヨ、さん。早いね。どしたの」 まだ寝てればいいのに、と洗面所に向かう。 「言ったでしょ。慰霊碑、連れて行って」 「あ、うん、いいけど・・・」 忍び装束を整えると、外に出た。 「あ、歩いて行くのって・・・ダメ?」 「ちょっと遠すぎるよ。怖いだろうけど、ゆっくり行くから」 カカシがを抱き抱えると、は虫歯治療前の子供のように、身を固くした。 ふと至近距離で目が合って、何となく照れた。 咳払いを一つすると、カカシはゆっくりと朝靄の中を駆けていった。 慰霊碑の近くまで来て、降り立った。 「やっぱり慣れるのは無理よ〜」 腰が抜けそうで、思わずへたり込む。 「絶叫マシン系苦手そうだよね、さん」 「何それ?」 「あ〜、昔はヌルイのしかなかったか。説明しにくいから、本屋でレジャーガイドとか買って読んでみて」 ニッコリ微笑み、足先を変えると、カカシの表情は一変していた。 慰霊碑の前に佇み、自分の世界に入り込んでいる。 今まで見せたことの無いような、何とも言い表しにくい雰囲気だった。 「此処が・・・慰霊碑だよ。散っていった英雄達が、名を遺す。オレの先生や、親友、仲間も、大切な人は全員、此処にいる。此処に来ると、オレは若かった頃の馬鹿だった自分を、いつまでも戒めたくなる・・・」 カカシの表情を見れば、カカシがこれまで、どれ程の死線をくぐり抜けてきたかが垣間見えた。 どれ程多くを失ってきたのだろう。 には、想像しきれない。 過酷な忍びの世界を理解するのは無理だった。 でも、重さだけは、伝わってきた。 つい昨日来たばかりの場所。 が、カカシが毎朝通うのも分からなくもなかった。 此処に来ると、厳粛な気持ちになれる。 迷った時の初心に戻れる。 は手を合わせて、祈りを捧げた。 どれ程の時間が過ぎたのだろう。 随分、そうしていた気がする。 カカシは変わらずに、伏せ目がちに慰霊碑を見つめていた。 昨日が見つけたもの。 カカシに言うべきか。 いや自分で気付いて欲しい。 「・・・ねぇ、カカシ君」 「・・・ん?」 「カカシ君って、何年もずっと、里にいる時は毎日来てるんでしょう?」 「うん、そうだけど」 「刻んである名前全部覚えてたりとか?」 「あぁ・・・ソラで言えるかも」 毎日見てるし、と顎に手をやる。 「古い順に言ってみてよ」 「え、何でそんな・・・」 「カカシ君にね、もう一歩進んで欲しいの」 「・・・仲間達の名前を口にすることで、過去を認めて前を向けってこと?」 「それもなくはないけど・・・言ってみて」 不謹慎な気もするけど、と思いつつ、カカシは順に口にしていった。 順番も間違わず、どんどん言っていく。 最後に刻まれた名を言い終わった時、は、何かの冗談みたいな気がした。 一つとして間違わず、順番通りに全員の名前を言ったのだ。 ただ1人を除いて。 「全部合ってた? 祈りを捧げる気持ちで、祈祷気分で言ってみたんだけど」 「・・・抜けてるよ」 は淋しそうに微笑んだ。 「え、嘘。オレ、木の葉の歴史だって熟知してるから、この慰霊碑に刻まれている名前は全員分かって・・・」 「此処。この段、もう一回言ってみて。ソラじゃなくて、見ながら」 「見ながら? だから、・・・ほしのツブテ、つきのヒカル、かげのウスイ・・・」 カカシは、見なくても分かるよ、と言いながら、それでもちゃんと見て、読み上げた。 「・・・何で?」 は肩を震わせた。 「何がって? オレの方が何でなんだけど。一体何の・・・」 「冗談じゃ・・・無いんだよね・・・ふざけてるんじゃ・・・無いんだよね・・・」 「当たり前でしょ。不謹慎だよ」 「だったら! 何でこれが目に入らないの?! 此処! 此処をちゃんと読んで!」 の目に涙が浮かぶ。 「だから、今言ったでしょ。つきのヒカル、かげのウスイ・・・」 「其処じゃない! その間の名前! 何で見えないの?!」 は泣き叫んだ。 「? その間? って・・・」 「これよ。此処!」 はカカシの腕を掴んで、引き寄せた。 カカシの顔を間近に持っていく。 「この文字! 読めるでしょ?!」 「だから一体な・・・に・・・」 訳も分からずにされるがままになっていたカカシは、の指先を見て、目を見開いた。 「・・・え?」 身を固まらせ、小刻みに震える。 「なん・・・っ、どうし・・・」 「・・・ちゃんと、読んで・・・。口に出して、ね?」 「・・・はた・・・け・・・サク・・・モ」 はたけサクモ。 父の死から20年。 カカシは今まで、この名前に気付かなかったのだ。 ちゃんと、刻まれてあったことに。 自分の父親は、英雄として、名を遺されているのだ、と。 カカシだけが気付かなかった。 皆知っていた。 カカシの中を、急速に何かが流れていった。 「カカシ君・・・私、サクモさんがどんな亡くなられ方をしたのかは知らないよ。そのことでカカシ君が捕らわれているのは分かったけど、私は別にサクモさんの最期は知らなくていい。カカシ君も無理に言わなくていいよ。でも、これだけは言わせて。サクモさんは、皆の認める英雄なの。カカシ君ががんじがらめになる必要はないのよ。もう自分を解放してあげて」 慰霊碑の前で屈んでいるカカシの頭部を胸の内に取り込んだ。 優しく抱きしめ、柔らかく包み込む。 「さん、何で知っ・・・」 「・・・本当はね、昨日ゲンマ君に此処に連れてきてもらったの。ゲンマ君は詳しいことは全然話さなかったけど、カカシ君に前を見て欲しいって言ってた。皆がそう思ってるって。カカシ君は大切な人は全員この世にいないって言ったけど、いっぱいいるじゃない。カカシ君を思いやってくれる仲間が、いるでしょう? 独りじゃないんだよ・・・!」 は頬を涙で濡らしながら、喋り続けた。 「私、最初に此処に来た時、一人きりで孤独で、物凄く怖かった。不安でどん底に落ちそうな時、カカシ君に出会った。砂漠のオアシスみたいだったよ。今でも不安はいっぱいあるけど、私、独りじゃないから。支えてくれる人が、何人もいる。現実を受け入れて、未来でも頑張って生きていくよ。だから、カカシ君も、現在を見て」 カカシは熱いものが込み上げてきて、口に手を当て、言葉を詰まらせた。 小刻みに震えるカカシを、は優しく包み込む。 「オレは・・・父さんのことを・・・尊敬してたんだ・・・だから・・・許せなくて・・・苦しくて・・・っ」 「言わなくていいよ! 私は知らないままでいい。知らないでいるのも優しさだと思うから・・・ううん、過去に戻ったら、私は生きているサクモさんに会うんだから・・・知りたくないのが本音だけど、カカシ君が自分の中で、乗り越えて」 「さ・・・、有り難・・・っ!」 カカシはシッカリとを抱きしめた。 カカシの腕の中のは、カカシが泣いたのかは分からない。 どっちでもいい。 知らないでいることも、優しさ。 心地好い腕の中で、暫し身を委ねる。 の胸の奥に、何かが芽生えた気がした。 新しい何か。 それはきっと、カカシと同じもの。 黄色い閃光が4代目火影に就任した時、4代目は掟を改定した。 その時のことをカカシは思い出した。 カカシは、呪縛から解放された。 父さんは、掟破りじゃないんだ・・・。 |