【偶然の出会いと必然の・・・】 第三章









 陽が暮れ、商店街で軽く買い物をし、家路に着いた。

「出掛ける前にセットしてきたご飯が炊けてるね。ガス釜程美味しくは炊けないんだけど、独り暮らしに合うガス釜って大きさ無くてね。でもま、初めての電気炊飯器だから、ふっくら炊けているのを見ると、新鮮だと思うよ」

 カカシの腕にしがみついているを見遣り、カカシは微笑む。

「そうね。電気製品も使い方覚えたし、家事は任せて。今日は肉じゃが作るわ」

 料理の本も買ったし、どんどんレパートリー増やすから、と小脇に抱えている包みを見遣る。

「それは楽しみだ。オレも独り暮らし長いから何でも一通り作れるけど、自分のより、人の作ってくれた料理って美味しいんだよね。何でかなぁ」

「あはは。カカシ君、主婦の人みたい。自分で作ったのって、味付けしていく行程の匂いを覚えてるから、食欲をくすぐられないのかもね。私も自分の作った料理は、おかしくない普通の味がする、って思うくらいで、やっぱりお母さんが作ってくれた方が美味しかったもの」

 アパートまで戻ってきて、鍵を開けて中に入った。

 夕陽が赤く室内を染めている。

「夕飯作るにはまだちょっと早いね。お昼遅かったし。一休みしようか」

 買い物してきた物を置き、椅子に腰掛けた。

「あ、そうだ。さん、コレ。ココの鍵ね。持ってないと不便でしょ」

 そう言ってカカシは、先程雑貨屋で買ったキーホルダーを付けた合い鍵をに差し出した。

「あ、有り難う。お茶入れようか」

 は鍵を受け取ると、スズランのキーホルダー可愛いね、としげしげと見つめ、ポケットにしまい、急須に茶葉を入れた。

「それからこっちは、財布ね。当面の生活費入れておいたから、欲しいモノとか、自由に使って」

「え、いいの? ちょっと、沢山入ってるわよ。無職の私には、勿体ないわ」

 受け取った財布には、ずっしりとお金が入っていた。

「生活してくのに、必要でしょ。オレが居ない時に好きな買い物一つ出来ないんじゃ、不便じゃない。自分のものだと思って、自由に使っていいからさ」

「そんな、悪いわ。こんなに・・・」

「気にしないで。言ったでしょ、オレ、給料貰ってもあんまり使うこと無いって。あんまりモノにも頓着しないしね。使ってあげないと、お金が可哀相だよ」

 お金は流通してこそだよ、とカカシは微笑む。

「じゃ、有り難くお借りします。何か仕事見つけて、お給料貰ったら返すね」

「い〜よ。家事全部やってもらうんだし、オレが楽できちゃうから、手間賃だと思って」

「そぉ? でも・・・」

「よく言うでしょ? 専業主婦の人は、それに見合うだけの賃金が貰えないし、仕事だったら一番お金がかかるお仕事だと思うんだよ、オレは。それだけ大変だしね。さんを家政婦扱いするのは失礼だけど、主婦業は大変なんだから、それに見合う賃金貰うのは妥当だと思うんだ。気楽に考えてよ」

「分かった。でも、なるべく早くお仕事見つけて、お金借りなくて済むようにするわ。やっぱり心苦しいし」

 は料理の本と一緒に買った求人情報誌を開いた。

「焦んなくていいって。未来の世界で働くのは大変だと思うよ」

「食堂や喫茶のウェイトレスとかなら、そんなに困らないと思うんだけど・・・でも、やっぱり私は助産婦だし、その仕事が好きだから、病院で働きたいなぁ」

 雇ってくれないかしら、とぺらぺら捲る。

「今は医療も大分進んでるよ。ウチにも医療関係の本いくらかあるから、それ読んで今の医療状況を把握してからの方がいいよ。呼び方から変わってるしね」

「呼び方? 何の?」

「看護婦のことは、男の看護士と統一して、“看護師”って言うんだ。男女差別ないようにね。助産婦も同じく、助産師だよ」

「あ、そう言えば、皆そう言ってたわね。しっくり来ないけど、本読んで勉強するわ」

 カカシは本棚から、の参考になりそうな本を何冊か選び、目の前に積み上げた。

「ゆっくり読んで、仕事をするのはそれからでいいでしょ。まだ他にも、やることは沢山あるんだし」

 急がないで、とカカシは柔らかく呟いた。

「そうだったわね。助産婦・・・助産師が焦っちゃ、いいお産に出来ないし、のんびり行くことにするわ。ご飯作るね」

 立ち上がっては本を寝室に運ぼうとした。

 重さに気を取られ、躓いて、よろけてしまう。

「きゃ・・・っ」

「っと・・・」

 カカシはよろけたをしっかり受け止めて支えた。

 ふわりと、の爽やかな体臭がカカシの鼻をくすぐる。

「最初に会った時から思ってるんだけど、さんだってオレなんかに言うよりも華奢じゃない。ダイエットでもしてるの? オレはふっくら目の方が好み・・・」

 言いながらカカシはハッとして照れた。

「あはは。ダイエットなんてしてないわよ。お産介助って結構重労働だからね。じゃ、カカシ君の好みになるように、いっぱい食べるね」

 一緒に太ろっか、とはクスクス笑う。

「栄養全部胸にいってるんじゃないの、さん」

 の胸は大層大きい。

 小柄なは背がカカシの胸元までしかなく、必然的に目線を落とすと豊かな谷間と膨らみが目に飛び込んでくる。

「や〜ね、スケベ! 子供産んだら母乳いっぱい出るかしらね?」

 でも大きさは関係ないのよね〜、とは笑いながら寝室に本を置きに行った。









 食べ終わってお茶を飲みながら、ダイニングでカカシはイチャバイを、は医療の本を読んでいた。

 医療の歴史から読み、その発達ぶりに感心する。

「事務仕事に就くとしたらコンピューターを覚えなきゃだし、ちょっと無理っぽいよね・・・医療術持ってないから、看護助手にもなれないし・・・清掃員じゃ、大したお給料にならないわよねぇ・・・」

「助産師になるにしても、今は殆ど機械で診察だから、その使い方・見方を覚えることから始めなきゃだよ。最初のウチは見習い扱いだろうから、どっちみちお給料はそんなに貰えないって。さんは、オレの奥さんのつもりで、オレの給料でやりくりすればいいから、多い少ないは気にしない方がいいよ」

 奥さんと言って、カカシは思わず頬を染めた。

 いつ娶ってもおかしくない年齢だ、と改めて気付く。

 綱手にもライドウにも、そう言われたのだから。

「そぉ? それもそっか。今は何をするにも機械づくしなのね。カカシ君はパソコンっていうの使えるの?」

 は気にも留めておらず、じっとカカシを見遣った。

「ま、一通りのことは出来るよ。ウチには置いてないけどね。あれば使い方教えられるんだけど、買おうかな」

「高いんじゃないの? あ、そういえば、看板見たんだけど、コンピュータのお稽古教室みたいなのがあるでしょ? それ通っていい?」

「あぁ、就労補佐的なのね。中高年や主婦の再就職の為に、そういう教室はあるね。そういうトコなら、より実践的に教えてくれるだろうから、申し込もうか」

「看護婦に憧れたこともあったのよね、私。でも、この世界じゃ、私が助産師として働けるようになるより、看護学校で学ぶ方が大変で時間掛かるわよねぇ」

「ま、無理に働こうとしなくたっていいよ。ただでさえ、慣れない未来で、気苦労多いんだから。ちょっとずつ慣れていけばいいよ」

 カカシは諭すように、ニッコリ微笑んだ。

「優しいね、カカシ君。相手を気遣ってくれるトコが、サクモさんにそっくり。顔も声も全部そっくりだから、ついサクモさんといる気になっちゃう」

 ふふ、とは頬を染める。

 やっぱりはオレの父親を好きなんだ、とカカシは確信する。

 がカカシを見る目が、自分を通して、サクモに重ねているのがまざまざと分かる。

 カカシは複雑だった。

「お風呂入っちゃおうかな。先にいい?」

「あ、うん」

 着替えを手に浴室に消えるを見送ると、カカシは息を吐いた。

「何だろな・・・このもやっとした感じ・・・」

 まだ名前の付かない感情を、カカシは持てあました。









 は湯船に浸かって、思考を巡らせていた。

「やること沢山だなぁ・・・つい気が急いちゃうよ。自分の知らない世界って、こんなに不安なんだな・・・」

 目を伏せる。

「でも、カカシ君に会えて良かった。サクモさんのコだし、信頼できるよね。サクモさんにそっくりすぎて、ちょっとドキドキしちゃうけど」

 うふふ、とは肩まで沈めた。

「・・・でも、男の子って、大きくなると、父親の存在って人に言われると照れくさいのかしらね。カカシ君ってお父さんの背中を見て育った感じがするけど、余り話題にして欲しくないっぽいし。何があったんだろ?」

 失礼だけどそのうち誰かに訊いてみよう、とは上がった。

「・・・元の世界に戻ったら、サクモさんに会いに行こう。成長した姿を見れないんだもんね。息子さんはこんなに立派に育ってますよって」

 サクモの姿を思い浮かべ、頬を染める。

「・・・憧れるくらい、自由だよね・・・」

 にとって、カカシは憧れの人の子供。

 それ以上の感情はなかった。

















 夜遅くまで最近の医療事情をカカシに教わり、大分把握したは、明日、齢を重ねた知人に会うことに思いを馳せ、鼓動が逸った。

 ベッドの中で、天井を見つめる。

「ちゃんと会えるといいな・・・でも、ちょっと怖い・・・」

 26年。

 決して短い年月ではない。

 自分のことを覚えてもらえているだろうか、相手がそれと分かるだろうか。

 色々思考が巡り、はなかなか寝付けなかった。





























 寝たのかどうか分からないうちに、朝を迎えた。

 が、昨夜寝る前にカカシに、そんなに早く起きる必要はない、と言われていたので、カカシは慰霊碑に行っているから帰りも遅いことだし、と時間を気にせず、陽光の射し込む中、微睡みに身を委ねていた。

 それでも7時を過ぎると寝ているのも勿体ない気がして、起きた。

「私もそのうち慰霊碑に連れて行ってもらおう・・・里を守って殉職したんだから、里の人間なら行くべきよね・・・」

 着替えながら、窓の向こうの火影岩を見遣る。

「サクモさんのお墓参りもしたいな・・・でも、カカシ君は触れられたくないみたいだし・・・ゲンマ君なら知ってそうよね。そのうち教えてもらおうっと」

 洗面所の鏡の前で髪を纏めて結い上げ、買ったばかりのバレッタで留め、顔を洗った。





 普通に勤めていたら朝食とは言わない時間に帰ってくるカカシと食べ、出掛ける支度をした。

「まずは役所に行こう。昨日記憶した人物の行方を調べて、順番に会いに行こう」

「皆・・・生きてると良いんだけど・・・」

「ちょっと難しいかもね。どうなるか分からないけど、でも覚悟はしておいて」

 知人がもういないかも知れない。

 誰もいなかったら。

 は目を伏せて唇をきつく結び、カカシの腕を掴んで役所に向かった。







「ねぇ、思ったんだけど、お役所って、住民の居場所をホイホイ教えてくれるような気軽な場所なの?」

 交番じゃあるまいし、とはふと浮かんだ疑問を口にした。

「ダイジョブでしょ。5代目からお達しが行ってる筈だしね。他人の戸籍謄本取り寄せる訳じゃないから。事情が事情だし、親身になってくれると思うよ」

 役所に着いて、事情を話したら、既に綱手から話が通っているらしく、手の空いていた職員が対応してくれた。

 カカシは順に1人ずつ名前と住所を伝える。

 結果、最悪の事態にはならなかったものの、ほんの僅かだった知人も、1人しか消息は分からず、後は亡くなっていた。

 がっくり項垂れるに、カカシは優しく肩を抱いた。

「1人だけでも居て良かったじゃない。オレなんて、大切と思う人達は、全員あの世だよ。気を取り直して、会いに行こう」

 ね、とカカシは柔らかく呟く。

「うん・・・」

 住所を頼りに、連れ立って歩いていった。

「で、その須加イチルさんって、どういう人なの?」

 結構郊外だね、遠いなぁ、とてくてく歩く。

「薬剤師よ。言ったでしょ、此処に来る前に薬草採ってたって。その時一緒に行った人よ。苗字変わってないけど、結婚はしてないのかしら」

 一番仲が良かった同僚、女友達よ、とは答えた。

「あぁ・・・そりゃ、会ったらさぞかし驚くだろうねぇ。急にいなくなったさんを、随分捜し回ったんだろうから」

「覚えてくれてるかしら」

「ダイジョブでしょ。一番親しかったんなら、絶対忘れないって」

 大分歩き、住所のあたりまで来て、番地を確認する。

「この辺だよね・・・」

 ふと、“須加薬局”という看板が目に入った。

「あ、此処じゃない? 薬剤師から、薬局開いたんだ」

 こじんまりとした、懐かしい感じの店だった。

「行っておいでよ。オレ此処で待ってるから」

 そう言ってカカシはの背中を押す。

「え、カカシ君も来てよ。1人じゃ上手く説明できないわ」

「ん〜・・・難しい事じゃないでしょ? 時空の歪みからタイムスリップしてきました、で」

 忍服の袖を引っ張るに、カカシは渋った。

「だって、ゲンマ君やライドウ君が言ってたことも言わないとでしょ。分かりやすく説明して」

「ん〜・・・」

「それに1人じゃ、怖いわ。一緒にいてよ」

 きゅ、とはカカシの腕にしがみつく。

 なかなか店内へ足が向かずにいた。

「・・・分かった。じゃ、行こう」

 2人それぞれ、別の意味で意を決し、店内へと踏み込む。

「「ゴメンクダサ〜イ・・・」」

 少しの間をおいて、奥から店の人間が顔を覗かせた。

「はい、何をお求めですか?」

 より少し若いくらいの、可愛らしい女性だった。

 イチルの娘だろうか、それともただの店員だろうか。

 躊躇っているに、カカシが脇をつついた。

「あ、いえ・・・お客じゃなくて申し訳ないんですけど、あの、私、須加イチルさんの知り合いで・・・イチルさん、いらっしゃいます?」

「母のですか? 奥にいますんで、呼んできますね。お母さ〜ん! お客さんよ〜っ!」

 イチルの娘は、奥に向かって叫んだ。

 暫く待つと、出てくる気配がした。

「何よ、カリユ。店番してるんだから、自分で・・・」

「違うわよ。お母さんに会いたいって人よ。こちらの方」

「え・・・?」

 白髪混じりの女性が、顔を覗かせた。

「イチル・・・!」

 は堪えていた熱いものが込み上げてきて、口を押さえた。

 娘・カリユの指す人物を見て、イチルは驚愕した。

「え・・・もしかして・・・?! なの?!」

 イチルは震えながら、カウンターから身を乗り出した。

「うん・・・うん・・・!」

「一緒に薬草を採りに行って、突然行方不明になって、随分捜したのよ! 神隠しにでも遭ったのかと思って・・・一体今までどうして・・・でも、あれから全然変わってない! 20年以上も経ってるのに・・・! どういうこと?!」

「実はね・・・信じられないかも知れないけど・・・」

 目尻を拭いながら、は簡単に事情を説明した。

「タイムスリップですって・・・? じゃあ、今此処にいるは、正真正銘、26年前にいなくなった時のなの?」

 イチルは信じがたいように、目を見開いた。

「そうよ。私はついこの間まで、イチルと薬草採ってたの。気が付いたら、こうしてこの世界にいたの」

 もう頭がこんがらがっているわ、と苦笑する。

 そして覚束無いながらも、ゲンマ達の言っていた推測を話す。

「な、何だか難しい話だったけど・・・確かに、この26年の私の記憶には、は居なかったわ。ずっと消息が気掛かりだった。忘れた事なんて一度もないわよ」

「そう・・・やっぱり記憶にないのね・・・」

「崖から転落して分からない所に落ちたのかとか、野犬に襲われて食べられたのか、とか、夜盗に出くわして殺されて埋められたのか、とか、嫌な考えばかり過ぎったわ。無事で良かった・・・!」

「うん・・・イチルってば、随分老け込んじゃって・・・!」

 涙が溢れ、手を取り合って安堵し合う。

「イチル、薬局開いたんだね。年を取ったら郊外に引っ越して隠居生活するって、結婚はどうしたの?」

が居なくなって2年くらいした時にお見合いの話が来て、ウチ一人っ子だったから、お婿に来てもらったの。すぐにカリユを授かってね。でも、九尾の時に主人は亡くなって・・・って、は九尾のこと知らないんだっけ」

「あ、大体の歴史は聞いてる。そっか・・・娘さん、カリユさんも薬剤師なの?」

「はい。母は病院に勤めろって言うんですけど、この店でだってやることはそう変わらないですから。もう若くないんだし、1人にさせたくなくて」

「親孝行ね。あ、親って言えば、イチル、私の両親の消息知らない? お役所にも登録がないらしくて」

 何処にいるのか分からないの、と尋ねた。

「さぁ・・・が行方不明になって、何度もさん宅に様子を伺いに行っていたけど、暫くしたら、急にいなくなった・・・ように覚えてる。亡くなったとは聞いてないし、分からないわ」

 ごめんなさいね、とすまなそうにイチルは目を伏せた。

「え・・・どういうこと?」

 は、縋るようにカカシを見上げた。

「ん〜、多分、さんが戻って、何処かに引っ越したのかも。さんが絡んでると考えれば、記憶の中にないんだと思うよ」

「そっか・・・そういう考えもあるのか。じゃ、ちゃんと戻れる可能性もあるのね。良かった」

 はほっと胸を撫で下ろす。

「あら・・・そちらの忍びの方、もしかして・・・はたけサクモさん?」

 との再会で気が昂ぶっていたイチルは、落ち着いてきて、の背後にいるカカシが目に入った。

「あ、いえ、オレは・・・」

 やっぱり言われると思った、とカカシは小さく息を吐いた。

「じゃないわよね。サクモさんは20年も前に亡くなられているし・・・息子さんよね? 確か、コピー忍者って言われてる、・・・カカシ・・・君だったかしら?」

「そう、です」

「私は今、カカシ君の所で厄介になっているの」

「そう。余りにも当時のサクモさんにそっくりで、ビックリしたわ。あんな亡くなられ方をして、何とお悔やみを言えばよいのか・・・」

 病院関係者は、普通の一般人より、忍び事情に詳しい。

 白い牙は里全体に有名だったが、最期を詳しく知る者は、同じく、ではない。

「すみません、そのことは・・・」

 カカシは目を伏せ、ゆっくり言葉を紡いだ。

 そしてイチルの目を見て、目で制した。

 イチルはカカシの心情を察し、黙る。

「そう・・・ね。ね、。話したいことが、沢山あるわ。いつ戻れるか分からないなら、寄っていって。茶飲み友達も少なくて、呆けそうだから」

「呆けるにはまだ早いわよ。カカシ君、ちょっと時間いいかな?」

「い〜よ。別に他に何か急ぐ用があるでもないしね。オレは、色々と5代目にご報告することがあるから、戻るよ。ゆっくりするといいよ」

「ありがと。お昼、どうしよっか」

「ウチで食べて行きなさいよ。カカシ君は・・・」

「あ、オレはいいです。適当に済ませるんで」

「そぉ? 悪いわね。夕飯は作るから、それまでには戻るね。何食べたい?」

「ん〜そだな、里芋の煮っ転がしとか・・・和食かな」

 じゃ、ゆっくりね、とカカシは瞬真の術で消えた。

 見届けると、イチルはを奥へ促す。

って、サクモさんに憧れてたでしょ? あんなにそっくりなカカシ君と一緒で、嬉しそう」

「うふ。ドキドキしっぱなしよ」

 頬を染めるを見て、サクモの最期は語らない方がいいな、とイチルは思った。





















 カカシは中心地まで戻り、火影邸に赴き、これまでの次第を詳細に綱手に報告した。

「成程な・・・それでは、対処もしようがない。取り敢えずの措置として、この世界で生きていく術を身に付けていくしかないだろう」

 綱手は納得し、を援護するよう、カカシに言い含めた。

「は」

さんが慣れるまで、オマエは簡単な任務で済むように取り計ろう。場合によっては、休んでも構わない。オマエの判断に任せる。オマエに言いつけたいSランク任務はいくらでもあるが、他のヤツに任せる。まぁ、下忍教育に就いていたオマエだ。木の葉のはたけカカシにDランク任務というのも面白かろう。下の者が実戦経験を増やせる機会だと思えばいいさ」

「恐れ入ります。・・・そう言えば、私の部下が5代目に弟子入りしたと伺っていますが、どうですか? 春野サクラは」

「サクラか。オマエから聞いていた通り、頭脳明晰でいい根性をしている。筋も良い。みっちり修行すれば、相当な医療忍者になれよう。そうしたらまたオマエとチームを組ませるからな」

「それは楽しみです。どうぞ宜しくお願いします。それで、さんなんですが、落ち着いたら、働きたいと言ってます。出来れば助産師で、と言うことなのですが、大丈夫でしょうか?」

 現在の医療状況を書物で学んでもらっているんですが、とカカシは尋ねる。

「あぁ・・・さんは、仕事を生き甲斐と言っていたからな。何もせずにいるのは性に合わないんだろう。でもまぁ、医療技術はかなり進んでいるからな。ま、医療にしろ何にしろ、知識を吸収するのは悪いことではないし、さんにとって良い経験になる。追々、慣れてきたらそのように取り計ろう」

 病院にも話を通しておく、と綱手は答えた。

「宜しくお願いします」

「それと、オマエに言っておきたいことがある」

 綱手は声のトーンを変え、表情も改まった。

「は。何でしょうか」

「まぁ、どうでもいいことと言えばどうでもいいんだが。さんのことだ」

「はぁ」

「オマエももしかしたら薄々感付いているかも知れないが・・・さんは、オマエの親父さんに惚れていた。・・・イナホさんと結婚する前からな」

 カカシが黙したまま目を伏せたので、肯定だと綱手は理解した。

「・・・見ての通り器量好しだし、見合いの話も多かったんだが、全て断っていたと聞いている。オマエはサクモにそっくりだ。この世界に知り合いの少ないさんにとって、惚れている相手の息子と共にいるということは、それだけオマエを頼りにするだろうし、・・・オマエにサクモを重ねて見ることになりかねん。いや、もしかしたらもう・・・」

「・・・えぇ」

 カカシは目を伏せたまま、小さく呟いた。

 カカシがまだ父親のことを吹っ切れていないのは、見ていれば分かった。

 綱手も目を伏せた。

「・・・早く吹っ切れ。でないと、・・・辛いぞ」

「・・・分かってます」

 綱手は思う。

 もし、この先カカシとが共に暮らしていて、カカシがに好意を抱いたら。

 これまで浮いた噂一つ聞いたことのないカカシ、この状況下は、そうなってもおかしくはないのだ。

 カカシがを好きになっても、当のはカカシを通して別の人物を見ている。

 そうなるのだ。

 が全くの他人に好意を寄せているのならまだいい。

 だが、相手は自分にそっくりな、がんじがらめに捕らわれている存在、父親。

 綱手は、自分と同じように、大切な人間を全て失っているカカシに、これ以上苦しい思いはさせたくなかった。

 サスケを失ったばかりだから、尚更。

 重い沈黙が室内を覆っていた。

 それを破ったのは、ドアをノックする音。

 ハッと我に返った。

「入りな」

「失礼します」

 入ってきたのは、ゲンマだった。

「カカシ上忍・・・。丁度良い所へ。5代目、ご依頼の文献を調べたのですが、お2人に、聞いて頂けますか」

 綱手とカカシを交互に見遣り、中央に進み出た。

「あぁ、北東の外れの時空の歪みだろう? 何か分かったか」

 ゲンマは書類を捲りながら、これまでの神隠しの症例を掻い摘んで話した。

 この世界からいなくなったものと、逆にこの世界に無かったものが侵入した例を、人、物に限らず全て、時間、気象条件、諸々を絡み合わせて出た見解を、説明した。

「・・・以上、調べた結果、ここからは私の推測ですが・・・此方へ来た者が元に戻る為には、やはり同じ場所でないと出来ないと思われます。来た時と同じ状況、条件の下で、それは可能になるでしょう。彼女に、詳しくその時の状況を思い出してもらった方がいいと思われます」

「そうか・・・一筋縄ではいかなそうだな。そうそう同じ状況下になどならんだろう。偶然が呼び起こした出来事を、故意に行うのは難しい。ゲンマ、ご苦労だった。その資料を寄越しな。私も何かいい手がないか考えよう」

「は」

 ゲンマは歩み出て、綱手に資料を渡す。

「カカシ、さんのことは頼んだよ。ゲンマも、サポートしてやってくれ」

「「は」」

 カカシとゲンマは一礼し、退室した。





はどうしてるんです? 1人で知人捜しをさせている訳ではないでしょう?」

 廊下を歩きながら、ゲンマはカカシに尋ねた。

「あ、それはね、病院関係者は、残念ながら1人しか確認できなくてね。でもその人は、さんが最後に一緒だったという、一番親しい人だったんだ。その人の所に行って、今は2人で語らってるよ。26年のことをね」

「そうですか。幸か不幸かって感じですね。でも、親しい人間がいれば、も少しは安心でしょう。他に忍びにはまだ当たってないんですか?」

「急いでも仕方ないしね。ゆっくり行くよ。ま、日を改めて、ちょこちょこ当たるよ」

 火影邸を出ると、良い匂いが鼻をついた。

「あぁ、もう昼時か。ゲンマ君、一緒に食べに行こうよ。さんは暫く帰ってこないからさ」

「男2人じゃ、ゾッとしませんけどね。何処に行きますか?」

 ワイワイ話しながら、2人は歩いていった。



















 イチルの元で沢山話したは、本を読むより、詳細に分かりやすく医療の現状が把握できた。

 実際に医療現場にいたイチルがに分かるように丁寧に教えてくれたので、後は機械の扱いを覚えれば、この世界で暮らして行けそうだった。





 翌日、カカシはを連れて市街に向かった。

「此処でコンピュータ関係の使い方を教えてくれるよ。体験入学があるから、初心者コースで手続きしよう。夕方になったら迎えに来るから、それまで勉強してて」

 そう言ってカカシはを促し、受付に向かった。

「カカシ君はどうするの? 任務に行くの?」

「ん〜、特別上忍の仕事のお手伝いでもしてくるよ。草刈りや収穫の任務でもいいんだけどさ」

 手続きを済ませ、は教室に案内された。

「じゃ、オレは此処で。今夜は呑みに行かない? さん」

「私弱いわよ。でも何で?」

「年配の上忍の方々に会うには、その方が見つけやすいと思うんだ。昼間は普通任務に行ってるからね。じゃ、頑張って」

 カカシはニッコリ微笑み、瞬真の術で消えた。



























 薄暗くなった頃、カカシとは飲食街にやってきた。

「さ〜て、何処がいいかなぁ・・・」

 知り合いを見つけるのが目的だし、行きつけの店ったって、色々だよな、とキョロキョロ見渡しながら歩いた。

「まずシカクさんの行きつけに行ってみようか。上手く行けばイノシカチョウトリオがいらっしゃるかも・・・」

 そう言って渋い感じの店に入った。

 賑やかな喧噪の中、店内を伺う。

「ん〜、いないね。聞いてみるか」

 カカシは店員に声を掛け、来ているか尋ねた。

「いえ、来ていませんね。一昨日いらっしゃってた時に、面倒な任務に行くと言ってましたから、戻られていないんでしょう」

「ありゃ。他を当たるって言っても、誰を、って決まってる訳じゃないしなぁ。さん、ぐるっと店内見て、知ってる人いる?」

「そうねぇ・・・いても、顔見知り程度じゃ、どうしょうもないしね。でも、忍びの人と知り合いって言っても、それ程親しかった人はいないから。知り合い捜しは一旦お休みにしましょ。このまま捜し回っても、何だか皆もう居ないって言う現実ばかりに当たりそうだから」

 結構辛い、とは切なそうに微笑む。

「それもそっか・・・。じゃ、気持ちを切り替えて、酒と食事を楽しもう。あそこのテーブル席にしよ」

 向かい合って座って、メニューを見る。

「酒呑むの久し振りだなぁ。ずっと任務に跳び回っていたし、家で1人で呑んでもつまんないしね。さんはどういうのがいい?」

 オレ熱燗にしよう、とカカシはを見遣った。

「ん〜、私、弱いからあんまり・・・呑みやすいのが良いわ」

「甘めのカクテルとかにしよっか。料理も適当に選んで」

 注文して酒とお通しが来て、乾杯する。

「へぇ・・・結構呑みやすい。癖が無くて、美味しいわ」

 お酒じゃないみたい、とは酒を含んで呟いた。

「でも度数は高いから、飲み過ぎないように気を付けた方がいいよ」

「カカシ君は強いの?」

「そこそこにね。でも、ゲンマ君と飲み比べして、一度も勝ったこと無いんだ。ゲンマ君って、里一の酒豪だから。酔っぱらったこと無いんだよ」

 凄いよね、とカカシはお猪口を傾ける。

「確かケンコウさんもさんも、お酒は強かったわよ。アルコール中毒で病院に運ばれてくる人の付き添いや介抱で、いつもけろっとしてたのを覚えてる」

 クピクピ呑みながら、はゲンマの両親を思い出していた。

「じゃ、遺伝なんだ。それにしてもゲンマ君の強さは異常だよ。いつか絶対勝ってやる」

「あはは」

さんは全然飲めない訳じゃないよね?」

「お酒は嫌いじゃないわ。でも弱くって。飲むと大抵潰れちゃうのよ。時々同僚と飲みに行ったりしてたけど、酔っぱらって潰れた私をサクモさんが介抱してくれたこととかあってね。何度か迷惑かけてるの。代わりにカカシ君に謝るわ。いつもゴメンナサイ」

「あ〜いや・・・」

 カカシは最悪のシチュエーションが脳裏に浮かんだが、打ち消すように酒を浴びた。





 料理も運ばれてきて、美味しいね、と食べていった。

「そう言えば体験入学はどうだった? やっていけそう?」

 酒も食も大分進み、胃袋も落ち着いてきた頃、カカシは尋ねた。

「全てが目新しくて、楽しかったわ。知識を増やすの好きみたい。事務仕事が出来るくらい覚えたいわ」

 は大分酔いが回ってきていたが、まだ意識は保っていた。

「それならウチにもパソコン買おうか。昼間勉強したことを復習したり、遊んだり出来るし」

 たまには高い買い物しよう、とカカシもほろ酔い加減で、良い気分だった。

 そのまま、コンピュータについての話題で盛り上がっていった。

 気分も高揚して、酒も進んでいく。

 呑みやすさでついつい多く呑んでしまったは、いつの間にか酔いつぶれ、テーブルに突っ伏して眠っていた。

 カカシも相当酔いが回っている。

「あ〜、呑み過ぎちゃったかな。さん潰れちゃったよ。帰るか。お〜い、さん、ダイジョブ〜?」

 向かいからの肩を揺さぶったが、すっかり泥酔していた。

 カカシは立ち上がっての元へ行き、を立たせようとした。

 しかしクラゲのように、ぐにゃりとしなだれた。

さん、オレの背中に掴まって。帰るよ」

「ん〜・・・」

 カカシは会計を先に済ませてきて、をおぶさった。





 月明かりの元、カカシはをおぶって、ゆっくり家路を歩いた。

 分厚いベスト越しでもの豊かな胸の感触が伝わり、歩く度に揺れ、酔いの回るカカシは身体の芯が熱くなっていくのを感じた。

『もう・・・ヤバイでしょ、コレは。変な気起こすな、オレ・・・』

 自分に言い聞かせながら、冷静に戻ろうと頭を振る。

「ん・・・ぅん・・・」

 振動がに伝わったらしく、もぞもぞと動いた。

 イカンイカン、とカカシはゆっくり歩いた。

「・・・サクモさん・・・」

 夢の中のが呟いた言葉に、カカシは胸がざわめいた。

 ほろ酔い加減の良い気分も、冷めてくる。

「・・・吹っ切れないオレは、未熟なのかな・・・」

 誰に言うでもなく、独り言を呟くと、カカシは自分の髪の色のような、月を見上げた。

 凍える月が、2人を照らしていた。









 アパートまで戻ってきて、カカシはをベッドに下ろした。

 台所でコップに水を汲んできて、ベッドの脇に膝を突く。

さん、水飲んで」

 寝転がるの上体を起こし、口にコップを付け、水を含ませようとした。

 だが、は口を開かない。

「ん〜、どうすっかな・・・」

 少しでも中和させないと、と思案する。

 暫く考え込んで、カカシは鼓動が逸った。

「どうしよ・・・でもな・・・」

 逸る気を抑えて、カカシは覚悟を決めた。

「・・・よし!」

 カカシは口布を下げ、コップの水を口に含む。

 そしてに覆い被さり、唇を塞いだ。

「ん・・・っ、ふ・・・っ」

 口の中で温くなった水を、へと送り込む。

 ゆっくりと、は飲み込んでいった。

「んふ・・・っ!」

 飲み込みに追いつかずに口から溢れ、むせたは朦朧とした意識でゆっくりと目を開けた。

「ゴメン、さん、大丈夫? 気分はどう?」

 顔を僅かに上げたカカシは、口を拭いながら、を覗き込んで尋ねた。

 は虚ろな目で、視界に映る銀髪を捉えた。

「・・・アレ? サクモさん? ヤだ・・・私、また潰れちゃいました? 弱くってゴメンナサイ・・・」

「え? さん、違うって。オレは・・・」

「いつもサクモさんには迷惑かけちゃって・・・ホントにゴメンナサイ・・・」

さんってば! ねぇ!」

 酔っぱらってカカシをサクモと勘違いしているの目を覚まさせようと揺さぶるが、泥酔しているは、未来にいることを忘れていた。

「・・・でも・・・ホントは私、サクモさんが介抱してくれるのが嬉しくって、ワザと一杯呑んだりしてたの・・・弱いのにね・・・だって・・・」

さん!」

「だって私・・・サクモさんのことが・・・」

 カカシはその先を聞きたくなくて、の唇を塞いだ。

 己の唇で。

「ん・・・っ」

 が腕を絡ませてきたので、酔って気が昂ぶるカカシは、ついを求めてしまった。

 啄むように、濃厚に貪る。

 久しくそういう行為から遠ざかっていた。

 だがカカシは健康な若い男。

 身体は素直にを求めていた。

 下腹部が熱くなっていく。

 貪るようにを求めていると、ポケットから懐中時計がゴトリと落ちる音で、我に返った。

 慌てて離れる。

「ゴ、ゴメン・・・オレ・・・」

 カカシは立ち上がって、寝室を出て行こうとした。

 ドアに手を掛けてに背を向けていると、カカシは背後から抱き締められた。

「ちょ・・・さ・・・」

「・・・好きです。私、サクモさんが好きです。初めて会った時から・・・」

 カカシに抱きついて告白するに、カカシは思わず目を瞑って口をきつく結んだ。

「イナホさんって言う婚約者がいるのは知ってるんです・・・でも・・・どうしても伝えたかったんです。どうこうして欲しい訳じゃないんです。・・・遠くから憧れているだけです。好きでいてもいいですか?」

 カカシに何が言えようか。

 身体中がざわめいている。

 目を瞑って口をきつく結んだまま、立ち尽くしていた。

 暫し時が経ち、小さく深呼吸して、やんわりとを身体から剥がし、ベッドに横たわらせると、印を結んでに触れた。

 は目を閉じ、寝息を立てている。

 そっと布団を掛ける。

 暫く寝顔を見つめていた。

 身体の芯がまだ熱い。

 胸の奥に芽生えたものを、カカシは否定する。

『ダメだ・・・好きになっちゃダメだ・・・』

 お互い辛い思いをするだけ。

 カカシはまんじりとしない気持ちで、寝室を出て行った。

 月光が、眠るに射し込んでいた。