【偶然の出会いと必然の・・・】 第二章









 陽光が射し込む中、は布団の中でもぞもぞと動いた。

「ぅ〜ん・・・」

 小鳥の囀りが、微睡みに心地好い。

 しかし、馴染んだ自分の布団ではない微かな違和感が、を覚醒させる。

 パチ、と目を開けて天井を見つめる。

 そして昨日の出来事を、ゆっくり反芻して思い出した。

「そっか・・・私、未来に来たんだ・・・」

 26年も昔から、とは上体を起こす。

 夢じゃなかったんだ。

 パジャマのままベッドを下りて、窓辺に立つ。

 火影岩が全景見え、迫力があった。

「・・・何か、見張られてるみたい・・・」

 なんて言ったら火影様に失礼だ、と遠くの火影岩に向かって頭を下げ、くるりと振り向く。

 枕元の時計に目を落とす。

「何だ、まだ5時半じゃない。通りで朝靄が強い訳だ」

 同じように並べられている写真立てが目に付く。

「こっちの、カカシ君の小さい頃のヤツね。可愛いv 生意気坊主って感じ。4代目って言う人、優しそうだな。隣のは・・・今のカカシ君だから、確か下忍の先生してるって言ってたから、部下の子か。こうして見比べると、カカシ君の面影は変わってないなぁ。サクモさんにそっくりだし。あ、そう言えばカカシ君はまだ寝てるかな・・・」

 は服に着替えて、髪を纏めて編み込みにし、洗面所で顔を洗って、掛けてあったタオルで拭いた。

 何やら機械音がするので、何だろう、ときょろきょろ見渡す。

「? この箱かな? 何だろ、洗濯機? ボタンがいっぱいある〜。この表示は何だろ・・・ダメだ、高度分明すぎてさっぱりだわ」

 カカシの家には家電などが殆ど無かった為、もさほど違和感は感じてなかったが、それでも、トイレや浴室の構造一つとっても、文明の進み具合をやや感じ、やはり此処は未来世界なのだ、とまざまざと感じていた。

 浴室のシャワーの使い方もよく分からなかったし、蛇口を捻るだけで丁度良い温度の湯が出ることも知らない。

 トイレの水洗も初めてで、座って用を足し、水を流す、というのが変な感じだった。

「この洗濯機って、脱水はどうするんだろ? 付いてないの? ま、いいわ。カカシ君に教わろうっと。起こしちゃ悪いかしら・・・」

 そう思いながら、はカカシのいる居間のドアをノックした。

 が、何の返事も返ってこない。

「まだ寝てるのかしら・・・」

 ゴメンネ、失礼します、とはそっとドアを開けた。

 そして物音を立てないように、そっとソファの向こうを覗き込む。

 しかし、ソファにカカシの姿はなかった。

「アレ? 何処? 一体」

 昨日、右も左も分からないを預かったばかりで、無責任に何も言わずに出掛けるなんて、考えにくい。

 トイレで踏ん張っているのか、とも思ったが、いない。

 書き置きでもないか、はあちこち探し回った。

「何もないわ。でも洗濯してるってことは、戻ってくるわよね? 何処に行ったのかしら、もう」

 何も分からない世界で1人取り残されて、不安に押し潰されそうだった。

 カカシが何処に行ったのか、捜しに行くことも出来ない。

 じっとしてると、色々考えて、怖くなってくる。

 朝ご飯を作ろう、と台所に向かった。

「お米何処かしら・・・あ、これが米びつね。ボタンの上のこの数字は何? もしかして、1が1合で2が2合ってことかしら。え、じゃあ、このボタンを押せば、1合分の米が出てくるってこと? へ〜、便利」

 何合研ごう、と考え込む。

「カカシ君って、食欲大きいかしら。お昼の分とか夜の分とかはどうしよう? う〜ん・・・」

 その前に、と釜を探す。

「釜はどれ?」

 流し周りにある筈、とそれらしいモノを見つけ、触れてみる。

「・・・これかしら。でも、電気製品って感じよね。もしかして今ってガス釜じゃないの? やだ、じゃあ使い方分からないじゃない」

 電気炊飯ジャーをまじまじと眺めながら、頭を捻る。

「“切”は、電気を切るってこと? じゃあ、この“保温”は、電気で炊けたご飯を温かいままでおけるってことかしら。便利ねぇ。“予約”? 洗濯機にも同じボタンあったけど、どういう意味かしら。“時間”? もしかして、時間になったら出来るって言う意味? あらかじめ操作できるの? へぇ〜・・・」

 説明書無いかしら、カカシ君早く帰ってきて、とは物珍しいモノをまじまじ見る。

「じゃあ、この“炊飯”は、コレを押したら炊けるのかしら。便利になってるのねぇ」

 ジャーを開けてみたら、ほわんと湯気が上がり、釜を覗くと、2合くらいのご飯があった。

「何だ、ご飯あるわ。良かった〜。じゃ、おかずとお味噌汁を作ろうっと。このガスレンジ・・・何となく分かるわね。よっし・・・」

 は食材を漁りながら、恐る恐るガスレンジの火をつける。

 ダシ用の煮干しを鍋に入れて味噌汁の具や豆腐などを切り、魚を焼いた。

 四苦八苦、ビクビクしながらも、食事は出来上がった。

「・・・ん! お味噌汁良い味v でも、焼け具合見ながら焼いたのに、お魚ちょっと焼けすぎたわね。加減覚えなくっちゃ」

 焼き魚を皿に載せ、ご飯茶碗とお椀を伏せてテーブルに起き、椅子に腰掛けた。

 もう7時を過ぎている。

 突如、は虚無感に襲われた。

「カカシ君・・・何処に行ったのよ。不安になるじゃない・・・!」

 手を組んで額に当て、顔を落とす。

 目尻が滲んでくる。







 どれくらい、そうしていただろう。

 の頭の中は、不安で一杯だった。

 鼓動も逸り、落ち着かない。

 永遠にも感じる時が過ぎた頃、ドアノブのガチャリという音を聞いて、ハッと我に返る。

 神妙な顔のカカシが入ってきた。

「カカシ君・・・!」

 は立ち上がって、カカシの元へ駆けていった。

「あ、さん。おはよう。遅くなってゴメンネ」

 靴を脱ごうとしているカカシに、は抱きついた。

「え・・・さん? ちょ・・・」

「もう・・・っ! 何処に行ったのかと、不安だったんだから! 独りぼっちで、不安で、怖くって・・・カカシ君のバカ!」

 わぁ、とは抑えたいたものが一気に溢れ出し、カカシの胸で泣いた。

「ゴ・・・ゴメン・・・昨日は疲れてたから、オレが戻るまで寝てると思って・・・ホントゴメン」

 カカシはすまなそうに、を優しく抱き締めた。

「書き置きくらい残していってよ・・・! バカァ!」

「ゴメンネ、気が利かなくて。独り暮らしが長いせいで、そういう習慣がない、なんて言ったら言い訳か。今度から気を付けるよ、ホントにゴメン」

 啜り泣くの涙を指で拭い、再び優しく抱き締め、安心させるように、ポンポン、と頭に触れた。

「アレ? 朝ご飯作ってくれたの? 有り難う。使い方よく分かったね」

 帰ってきたらオレが作ろうと思ってたんだけど、とカカシはから離れ、食卓を覗く。

「あ、うん。ご飯の炊き方は分からなかったけど、ご飯はあったから、後は大体分かったから」

 目を擦って涙を拭い、鼻を啜って流しに向かった。

「お味噌汁冷めちゃってる。温め直すね」

「今日は電気製品の使い方教えないとね。大分発達してるから」

 カカシはベストを脱いで額当てと手甲を外し、口布を下げた。

「お願いね。洗濯機も全然分からないし」

「今は全自動だからね」

「全自動?」

「うん。セットすれば、希望する時間に終わるように出来て、洗うのから脱水まで、全部やってくれるんだ」

「へぇ〜、便利ねぇ。じゃ、他の事してる間に終わっちゃうのね。それはいいわ」

「炊飯器も同じだよ。ご飯食べたら教えるから」

 味噌汁が温まって、ご飯と味噌汁をよそうと、食卓に着いた。

「じゃ、いただきま〜す」

 カカシは味噌汁に口を付け、次におかずを頬張った。

「へぇ、美味しいね。さん、料理上手だね」

「えへ。普段は仕事が忙しくて余りしないんだけど、作り方はちゃんとお母さんに習ってたから。休みの日とか、一緒に作ってね。レパートリー少ないから、お料理の本買って、頑張って作るよ」

 良かった、美味しくできてる、と食べていく。

「だけど、カカシ君早起きして、何処に行ってたの? 朝修行とか?」

「え、あぁ・・・その、慰霊碑に、ね」

 言いづらそうに、目を泳がせる。

「慰霊碑? って?」

「演習場の近くにね、あるんだ。任務で散っていった忍び達を英雄と讃えて、名が刻んである。オレの大切な人や、仲間も、皆其処に名があるんだ。彼らを・・・それを忘れない為に・・・毎日行ってる」

「って、朝早くから、何時間もいるの?」

「・・・つい、ね。其処に行くと、昔若かった頃の愚かだった自分を思い出して、戒めたくなるんだ、いつまでもね」

 寂しそうな顔で話すカカシを見て、自分の入り込めない忍びの世界を垣間見て、も神妙な気持ちになった。

「其処には、サクモさんの名前も刻んであるの? 私も、お参りしたい」

 カカシは黙ったまま、視線を落とした。

「・・・カカシ君?」

「・・・いよ」

「え?」

「・・・無いよ。其処にはね」

「え・・・何で?」

 サクモさんこそ英雄じゃない、とは目を丸くする。

「病気で亡くなったとかなの? でもそれでも別に・・・」

「・・・話せるようになったら、話すよ。まだ・・・吹っ切れていないみたいだ」

 サクモの話になると沈んだ表情を見せるカカシに、重大な何かがあったんだ、とは感じて黙った。

「ゴチソウサマ。美味しかったよ、さん。オレが洗い物するから、お茶入れてくれる?」

 カカシは気持ちを切り替えてニッコリ微笑み、立ち上がって流しに向かった。

「あ、じゃあヤカンかけるね」

「そっか・・・昔はポットもまだ無かったっけ? 電気ポットにお湯あるから、急須はその引き出し、お茶っ葉はそっちの引き出し、湯飲みは其処の棚ね」

「ポットはあったわよ。でも、保温性がなかったわ。え、もしかして、電気で熱湯のまま保温できるの?」

「うん。その“押”ってボタンを軽く押せば、お湯が出てくるから。熱いから、気を付けてね」

「え? ぎゅ〜〜〜って押して出すんじゃないの? 人差し指だけで出せるの?」

 は物珍しそうに、急須に茶葉を入れ、電気ポットのボタンを押した。

「わ! ホントに軽くで出るのね。ボタン離したらちゃんと止まるの?」

「止まるよ。零さないようにね」

「わ〜、ホントに熱湯ね。ヤカンで沸騰させたばかりみたい。いつでも熱いお茶飲めるのね。ホントに便利になってるのねぇ」

 蒸らして、くるくる回し、湯飲みに注ぐ。

 カカシは洗い物を済ませ、再び椅子に腰掛けた。

「それ、中のお湯の量が見えるようになってるでしょ? 少なくなってきたら水を足せば、蓋をすれば自動的に沸騰させてくれるんだよ」

「へ〜」

 お茶を飲み干すと、カカシは立ち上がった。

「じゃ、炊飯器や洗濯機の使い方教えるね」

「あ、お願い」

 は熱心に、カカシの説明を、ふんふん、と聞いていた。

 飲み込みが早いらしく、大まかにはすぐ覚えた。

「ま、オレん家は家電が少ないから、それ程困らないと思うよ。テレビもビデオデッキもパソコンもないし」

 洗濯かごに洗い終わった洗濯物を入れ、干しに向かった。

「ウチにもテレビはあったわよ?」

「でも、白黒でチャンネル回すヤツでしょ? 今はカラー・・・色も付いてて、チャンネルはリモコンって言う電波を飛ばせる道具でボタンを押すんだよ。ビデオデッキって言うヤツで、観たい番組を録画して、後で観ることも、そのテープに保存しておくことも出来るんだ」

 洗濯物を干しながら、説明する。

「な、何か知らない単語ばっかりね。分かったような分からないような気がするわ」

「外のことで言うと、自動販売機も銀行も、大分進んでるから、追々教えるよ」

「・・・何て言うか・・・相変わらず戦争ばかりで変わっていないと思ったけど、26年の歳月って、文明を随分進めてるのねぇ・・・」

「今日は、昔と大分変わってるトコを案内するよ。アカデミーとか。後、病院もちゃんと見たいでしょ?」

 洗濯かごを戻して、カカシは忍服を整えた。

「うん。でも、カカシ君、任務はいいの?」

「あ、うん。斡旋所に行けば何かしら受けるだろうけど、オレの場合、何日かかるか分からないのばかりだからね。さんを1人には出来ないし、暫く休んで、慣れてきたら、里内で済む簡単な任務にしてもらうようにするよ」

 それか一日で戻ってこれるヤツ、とカカシは微笑む。

「でも、何だか悪いわ。カカシ君、サクモさんの子だから、結構エリートでしょ? 下忍の子がやるような任務じゃ・・・」

「気にしないで。オレ、今年から下忍教育してるから、そういう任務が主だったから大丈夫。ま、この間の戦争からこっち、人手が足りなくて、Sランク任務ばっかやってたけどね、若い連中も育ってきてるし、里も落ち着いてきてるから。多分、5代目も、さんの面倒を見るように、取りはからってくれるよ」

「何か・・・迷惑かけてばっかり・・・」

「気にしないでってば。さんは滅多に出来ない経験してるんだから、楽しまないと。ね?」

「そういう考え方もあるのね。うん。全てが目新しいものね。楽しむようにするわ」

「じゃ、行こっか」

 靴を履いて、2人は外に出た。

 カカシはを抱き上げようとする。

「ま、待って! 歩いて風景を覚えたいわ。飛んでいかれるのはもうこりごり!」

 は後退って、拒否した。

「そぉ? それもそっか。じゃ、歩いていこう」

 カカシはポケットに手を突っ込んで、階段を下りていく。

 は後を追い掛けて下り、下まで下りると、待っていたカカシの腕に絡み付いた。

 カカシはドキリとしつつも、冷静に振る舞って歩き出した。

「ふふ。サクモさんといるみたい。サクモさんってカッコ良かったから、里でも人気だったじゃない? 憧れてるコとか多くてさ」

 昨日から、の話す様子を見ていて、カカシは薄々感じていた。

 は、サクモを好きだったのではないかと。

「カカシ君、ホントにそっくりだし。こんないい男と連れだって歩けるんだから、恋人ごっこさせてねv」

 ニッコリとは微笑む。

 その笑顔を眩しく思いながら、カカシの胸中は複雑だった。















 2人はアカデミー前まで来た。

「昨日も思ったけど、ホントに大きくなってるわよねぇ。生徒数も多いんじゃない?」

「そうだね。教師も増えたし、特別上忍の執務室とかも、校舎と繋がってるんだよ」

 中へと入っていき、はきょろきょろと見渡しながら歩いていった。

「今は授業中か・・・」

 教室の外のドアの向こうで、窓ガラス越しに授業を覗く。

「授業見てもつまらないよね。さん一般人だし、知ってる人がいる訳でもないし。教師もさんより若い連中が殆どだしね。特別上忍に、さんより年上の連中がいるから、何か分かるかも知れないよ。行ってみよう」

 カカシはと連れだって、奥へと歩いていった。





「ど〜も〜・・・失礼しま〜す・・・」

 そっと特別上忍執務室のドアを開け、中を伺う。

「カカシ? 何やってんだ? 任務は?」

 デスクワークをしていたライドウがカカシを目に留め、声を上げる。

「ライドウか。他は出払ってるの?」

「あぁ。何の用だ? オマエがこんなトコに」

「あ〜、いやね〜、実は・・・」

 カカシは頭を掻きながら、中へと入っていった。

 ライドウはカカシに連れが居ることに気が付き、を見つめた。

「誰? その人。あ! オマエもしかして、結婚すんのか?!」

 パッと顔を輝かせ、にんまり笑う。

「ちっがうよ! 今説明するから・・・」

 カカシはライドウに、のことを簡単に説明した。

「・・・は〜、長く生きてると色んなモンに出会うなぁ。タイムスリップとは、文明が進んでも出来やしねぇと思ってたぜ」

「でさ、ライドウ、彼女のこと、何か知らない? 何でもいいから」

「えっと・・・さんっつったっけ? 忍びになるちょい前くらいから、オレヤンチャで怪我ばっかしてて病院にはしょっちゅう世話になってたけど、その名前は聞き覚えないなぁ。あの頃いた病院の人間は、殆ど覚えてるけど」

「ライドウっていくつで忍びになったっけ?」

「オマエの1年前だから、9つだよ。アカデミーには3年くらい通った」

「じゃ、22年前から25年前くらいか。って、さんって、もしかして、オレ取り上げた後すぐ病院辞めてるのかな?」

「え、でも、私が此処に来る前って、カカシ君を取り上げてから半年後くらいだったわよ」

 ライドウがピンと来たように、を見遣った。

「それって、もしかしてさ。さんは、こっちに来ちまったから、行方不明になったんじゃねぇ?」

「あ・・・っ」

 成程、とカカシとは声を漏らした。

「だからさ、もしこの先戻れてたら、誰かの記憶に、何処其処に引っ越した、とかどうなった、とか覚えられてると思うけど、もし戻れないままだったら、さんは未来の世界で生涯を終えるのかも」

 どっちだろうな? とライドウは首を傾げる。

「やだ・・・気になるわ。誰か知ってる人いないかしら」

 は不安をかき立てられ、きゅっとカカシにしがみついた。

「5代目にもお話ししてあるんだろ?」

「あぁ。でも、3代目がご存命なら、何か分かったと思うけど、5代目は放浪されていたからな。昨日も、分からない、と仰っていたし。さんのことはご存じだったけど、行方は分からないようだ」

「あぁ、医療忍者だから、当時も病院には携わっていただろうしな」

「えぇ、よくお手伝いして頂いてました。あの、ライドウさんって、もしかして、並足って言う苗字?」

「そうだけど。って、オレのこと知ってるの?」

「やっぱり! ライドウさんを取り上げたの、私なの。ご両親にそっくりだから」

「あ〜、オレよく言われた。取り上げられたとか言われると、何か照れるな」

 オレもだよ、とカカシも苦笑する。

「18で助産婦になったから、カカシ君の年代から上9年くらいは、殆どのお産に携わってるわよ」

「要は、カカシより年上のヤツ片っ端から当たってみれば? ゲンマが隣の部屋にいるし、訊いてみろよ」

 ライドウに言われて、カカシはを連れて退室し、ゲンマの個室に向かった。

 コンコン、とノックする。

 が、返答はない。

「アレ? ライドウ、ゲンマ君いるって言ったのに・・・」

 カカシはノブを回したが、鍵が掛かっていた。

「おかしいな。留守かな。お〜い、ゲンマく〜ん、いないの〜?」

 暫く待っていたら、室内から物音がし、ガチャリとドアが開いた。

「どうぞ。って・・・カカシ上忍? どうしたんですか、こんな時間に」

 カカシに連れがいるのが目に留まり、小柄なをチラと見遣ると、中を促した。

「ゴメンネ、忙しかった?」

「いえ。ちょっと隣の書庫の整理してたんで、鍵掛けてたんですよ。何かオレに用でも?」

 カカシは再び、のことを説明した。

「成程。彼女のことを知ってる人間を捜してるんですね。行方を知らないかって。オレ、何となく見覚えありますよ」

「え、さんのこと覚えてるの? って、3つでしょ?」

「朧気ですけどね。オレ、ガキの頃は病気がちだったんで、しょっちゅう医者にかかってたんですよ。待合室にいる時とか、具合悪いのが楽になるように、って、世話してくれてたのが、彼女だったと思います。覚えてるのは、安心させようと笑ってた、笑顔ですけど」

さん、ゲンマ君のこと覚えてる?」

「あ、うん。ゲンマ君でしょ? 面影残ってる。すっかり大きくなったのね」

 ニコ、とは微笑んだ。

「その笑顔。変わってませんね」

 昔のままだ、とゲンマは、柔らかく微笑む。

「あはは。私からしたら、26年も経ってないからね。つい最近のことだもの」

「そうか」

「不知火さんの子でしょ? ケンコウさんにもよく似てる」

「オレ、親父に似てるか?」

 そう思ったことねぇんだけど、とゲンマは苦笑する。

「オレは、似てるな〜って思ってたよ。本人はなかなか気付かないよね」

「そうですかね。でも、オレの親のこと覚えてるのか? ・・・さん」

「今はゲンマ君の方が年上でしょ? 呼び捨てでいいわよ。そうね、共働きだったから、ゲンマ君が病院に来る時は、どっちか決まってなかったでしょ。ホントによく来てたもの。お母様の名前が私と同じだったから、余計覚えてて」

「そう言えばゲンマ君のお母さん、不知火さんだったよね」

 さんの名前聞いた時、聞き覚えある名前だなって思ったんだ、とカカシは呟く。

「お袋の名前を呼び捨てにするのもさん付けするのも何か複雑だけどな」

 どうぞ、と机の脇の椅子を勧め、それぞれ腰掛けた。

「あはは。お母様とは、よくお話ししたわよ。ゲンマ君、同じ緑黄色野菜なのに、かぼちゃは好きだけどほうれん草は嫌いだって」

「んなことまで・・・」

 バツが悪そうに、ゲンマはくわえていた千本を上下させた。

「鉄分摂らないとヒステリーになるよ」

 オレはほうれん草好き〜、とカカシは笑う。

「余計なお世話です」

 茶でもどうぞ、とゲンマは茶を煎れて湯飲みを差し出した。

「ゲンマ君、他に何か分かることある?」

 あちあち、とカカシは口布を下げて茶を含む。

「そうですね・・・さ・・・には、3つの頃、病院に行けば大抵会いましたが、4つになる前の、春頃、ぱたりと会わなくなったのを覚えています。ちっこいガキだったんで、深いことは考えてなかったし、いなくなった理由なんかは聞こうという頭まで働きませんでしたし、つまんねぇな〜くらいで」

 グビ、とゲンマは茶を流し込み、椅子の背もたれを軋ませた。

さん、薬草を採りに行ったのって、春だった?」

「えぇ。春草が一杯生えていた時期だったわ」

 このお茶美味しい、とも啜る。

「そっか。じゃあやっぱり、ライドウが言ってた通り、さんはこっちに来たから、行方不明になってるんだよ」

「そっか・・・この先、元の時代に戻れていたら、年を取った私が今何処かに居るんだよね? でも、いないってことは、戻れなかったのかな・・・一生この未来で暮らすのかしら・・・」

 それとも、九尾の事件って言うので、死んじゃったのかしら、とは沈む。

「いや。違う考え方も出来る。がこの時代に来たことによって、過去も現在も、今までの歴史も、少し変わってると思うんだ。が今此処にいると言うことで、居なくなった当時から今現在の歴史に、は居ないんだ。この26年の間、と触れ合ったヤツはいないってことだ。だが、もしこの先戻れたとしたら、その時に初めて、の行方を知る者や、26年の間で触れ合った連中が出てくると思う。だから、多分戻らない限り、どうなったかは分からないと思う。この先誰に訊いても、恐らく分かるヤツはいないと思うぜ」

「え、えと・・・よく飲み込めないんだけど・・・」

「簡潔に言うとだ。がこっちにいる限り、誰の記憶にも、何処にも、この26年間、は居ないんだ。戻った時に初めて、という存在の記憶が、植え付けられる・・・思い出されるんだよ、きっと」

「な、成程・・・」

「ま、此処で生活しながら、出来るだけ多くの知り合いを見つけておいた方がいい。事情も説明してな。そうすれば、ある日突然がいなくなったら、それは過去の世界に戻ったと言うことで、それらの人々の誰かが、思い出した! ってカカシ上忍に言いに来るでしょう。そしたら、カカシ上忍、彼女に会いに行けばいいんですよ」

 先の話ですが、とゲンマはを見た後、カカシを見遣る。

「・・・持久戦だなぁ」

「早く戻りたいな。こっちの世界も悪くないとは思うけど、カカシ君達には悪いけど、やっぱり自分のいた時代がいい。友達や家族がいるもの」

「何言ってるの。当たり前じゃない。ちゃんと戻れると良いね」

「・・・でも、戻れたとしても、今現在も生きているかは分からないんだよね・・・木の葉にの家はないみたいだから」

「や、戻った時に、ひょっこり役所の登録が増えるかも知れないぜ。今まで空き家だったのが、の家になるとかよ」

「あ、そっか。でも、やっぱり不安だよ。どうしても、もしかしたら死んじゃってるかも、って思っちゃって・・・」

 神妙な顔で、視線を床に落とす。

「深く考えるな。っつっても無理だろうが、ま、オレ達忍びだって、今こうして茶ァ啜ってたとしても、明日には死んでるかも知れねぇ。誰だって、死は等しく誰にもついて回ってる。だから、今この瞬間を、大切にすればいい。先のことは、考えるな」

「そうだよ。今を生きることに夢中になっていれば、不安や焦燥は忘れていられる。大変だろうけど、ガンバロ?」

「うん・・・ありがと」

「オレも、何かねぇか、書庫の文献を調べてみる。後は、まぁ病院に行くのは当たり前として、上忍の年食っ・・・じゃねぇ、重鎮の先輩方にも、当たってみるといい。病院に勤めてたんなら、上忍にも知り合いはいるだろ?」

「あ、多分。下忍や中忍だったコ達が、上忍になってるんだろうな」

 当時の上忍は殆ど引退してるか亡くなってるかも知れないよね、とはゲンマとカカシを交互に見遣る。

「家族持ちの人達とか、あ、そうだ。シカマルの親父さん知ってるんじゃないかな。奈良シカクさん」

「あ、知ってる! 奈良さんのお宅で飼ってる鹿の角が、良い薬になるのよね。病院でよく会ったわ。シカク君には」

「子供のシカマルも、そっくりだよ。日を改めて、そういう人達には会おう。今日はこれから病院に行って、オシマイにしとこう」

 カカシは立ち上がって、に手を差し出した。

「オレは大抵此処で執務してるから、カカシ上忍が任務で居ない時には、気が向いたら来るといい」

「ありがと。ゲンマ君のお陰で、分かったことがいっぱいあるわ。これからもヨロシクね」

「あぁ」

 はカカシの手を取って立ち上がり、2人はゲンマの部屋を後にした。

「お昼にする? 何処かで軽く食べよ」

「そうね。今を逃すと、お夕飯の時間になっちゃうし」















「それにしても、ホント色々勉強になったわ〜。ゲンマ君って、凄いわ。頭良いのね」

 昼食を済ませ、病院への道すがら、来た時よりは軽快に、2人は歩いていた。

「冷静で、頭の回転が速いんだよね。難解なことでも、パズルみたいにスイスイ解いちゃうから」

 そこら辺、尊敬しちゃう、とカカシは呟く。

「カカシ君だって、優秀なんでしょ? あ、ねぇ、さっきゲンマ君と居た時、ずっと気になってたんだけど、居た時はそこまで深く気にしてなかったんだけど、今になって改めて凄く気になってるんだけど」

「ナニ〜?」

「ゲンマ君って、カカシ君より年上でしょ? 何で敬語なの?」

 おかしいよ、とはカカシを見上げる。

「あ〜・・・そうなんだよね。オレも、敬語やめてタメ口で、っていつもお願いしてるのに、直してくれないんだよ」

「何でなの?」

「う〜ん、ゲンマ君が言うには、オレは上忍で、ゲンマ君は特別上忍だから、立場的にオレの方が上ってことになるから、ケジメです、って言ってるんだよ。オレとしては、普通に接して欲しいんだけど」

「仲悪い訳じゃないよね? 見てて、親しそうに思ったんだけど」

「うんまぁ、アカデミーで一緒で、卒業が一緒だったんだ。仲の良いライバルって感じで。昔は一緒のチームで任務したことも結構あるしね。今はお互い小隊長だから無いけど、親しい同僚ではあるよ」

「カカシ君の小さい頃の写真、寝室で見たけど、生意気そうなひねくれっこ、って感じで可愛かったな。ゲンマ君は、オトナぶったりして、背伸びしてて可愛かったよ」

「意地悪でガキ大将だったんだよ、ゲンマ君」

 病気がちだったなんて信じられないな、とカカシは笑う。

「へ〜、昔は、ちっちゃくて、“お姉ちゃん有り難う”とか言ってくれて可愛かったわよ。今は、病気も寄りつかなそうに健康そうよね。カカシ君はちょっと細めだから、もうちょっと一杯食べてね」

「そ〜かな〜。ちゃんと食べてるけど」

「低カロリーな物ばっかり食べてるっぽいな。身体には良いかもしれないけど、高タンパクも必要よ」

「脂っこいの苦手だからね。天ぷらとか」

「独り暮らしだと、偏食しがちなのに、カカシ君はきちっとしてそう。サクモさんの教育が良かったんだろうね。見習おうかな」

 病院の前まで来て、建物を見上げた。

「やっぱり綺麗で大きい〜」

「知ってる人いるといいね」

「昨日、外来患者のフリして少し彷徨いてみたけど、知ってる人には会わなかったわ。私と同年代くらいの若い人ばっかりで」

 玄関を潜って、ロビーに足を踏み入れる。

「そっか、今40から50くらいってなると、殆ど退職してるかもね。ただでさえ九尾の事件で、多くの人が亡くなったから」

 壁の案内を見る。

 隣に、医師の名が記された表があった。

「知ってる名前ある?」

「ん〜・・・無いわ」

「医局に行ってみようか。全ての職員を調べてもらおう」

 カカシの顔パスで、2人は医局に向かった。

「ちょっといい?」

「はたけ上忍! どうされました? うずまきナルトなら、相変わらずですよ」

 近くにいた職員が、立ち上がってやってくる。

「あ、いや、ちょっとね、尋ねたいことがあるんだ」

「? 何でしょう」

「病院の職員って、大体皆、いくつくらい?」

 全ての人で、とカカシは尋ねる。

「そうですねぇ・・・医療忍者も含めると、10代半ばから、30代後半と言った所でしょうか」

「40代以上の人はいない?」

「え〜と、そうですねぇ・・・殆どの方は退職されてますね。九尾の時に大分亡くなりましたし、今は若い連中が殆どですよ。平均24,5ですよ」

 それが一体何なのですか? と職員は尋ね返す。

 20代前半、と言った感じだった。

「話すと長いんだけど、先に一つ。誰か、さんって人を知ってる人、いるかな」

さん、ですか? 私は分かりませんが・・・どんな方なんです?」

「や、この人なんだけどね。昔此処で助産師してて・・・記録、残ってないかな」

 カカシはを指す。

「助産師ですか? 待って下さい、調べてみます」

 そう言って若い職員は人事ファイルを調べ始めた。

「ん〜・・・12年前からしか残ってないんですけど、その中にはいらっしゃらないですねぇ。いつ頃働いてらしたんですか?」

「えっと・・・」

 は戸惑って、カカシを見上げる。

「あのね、俄には信じられないかも知れないけど、事情を話すよ」

 そう言ってカカシは、事の次第を説明した。

 職員は絶句して、固まっている。

「そ、そんなことがあるんですね・・・では、現在此処に携わっている人間に知っている者がいるか、訊いて回ります。2〜3日したら、またいらして頂けますか?」

「面倒掛けるね。ついでにさ、引退した人達の行方って、分からないかな」

「いやそれは・・・不動産屋や役所じゃないんで、残っているのは退職時までの住所なので、もし引っ越されていたら、分かりませんよ」

「そっか。でも、この12年の間のことなら、もし生きていれば、役所に行けば引っ越し先が分かるよね。今現在40から50以上の人で、退職した人達の住所録みたいなの、貸してもらえないかな」

「う〜ん、プライバシーもありますし、院外秘なので、それは・・・」

「じゃ、見せてもらうことは出来る?」

「あ、えぇ」

 職員は探しに行き、ファイルを手に戻ってきた。

「コピーとかは出来ませんけど・・・」

「ダイジョ〜ブ。さん、オレが名前と住所を記憶するから、知ってる名前、出来る限り教えて。どれくらい親しかったかも。整理して覚えておくから」

「え、そんなこと出来るの?」

「忍びの記憶力、舐めちゃダメよ?」

 はファイルを見ながら、一つ一つ覚えのある名前を指し、どういう人だったかを伝え、カカシはそれを記憶していった。

「思ってたより少なかった・・・皆亡くなったのかしら」

「かもね。・・・よし。じゃ、明日から、尋ね歩こう。幸か不幸か数は少ないから、そしたら上忍の先輩方とかにも当たってみよう」

 もう暮れたから、買い物して帰ろう、と外を指す。

「ありがとね。面倒掛けるけど、ヨロシク」

「あ、いえ、大丈夫です」

 カカシは職員に礼を言うと、続けて頭を下げているの肩を抱いて、病院を出て行った。











「思ったより時間掛かったね。病院内見て回る時間無かったし。ま、急いでも仕方ないから、じっくり腰を据えていこう」

 また明日来よう、とカカシは微笑む。

 は何やら考え込んでいるようで、顔を伏せていた。

さん? どした?」

「あ、ううん! ちょっとね、色々考えちゃって」

 気にしないようにしても、どうしてもね、とは頑張ってはにかむ。

「ま、しょうがないよ。事が事だから。オレがさんの立場だったら、やっぱり同じようになるかも知れないし」

 科学技術の発達した未来に行ったら、忍びの技なんて効かないかも知れないし、そう考えればやっぱり不安になるのは当然だよね、とカカシは慰めた。

「オレには、忍びの世界しかないからね・・・」

 任務馬鹿だから、と苦笑する。

「だから、少しでもさんが安心できるように、知り合いはなるべく多く見つけよう。時の流れを目の当たりにして余計に不安になるかも知れないけど、それでも知ってる人の方がいいでしょ」

「うん・・・友達や同僚がオジサンオバサンになってるのは抵抗あるけど、皆生きてるといいな・・・」

「あぁ・・・12年前の九尾の事件は確かに大きな出来事だったけど、それ以降何もなく平和だったかと言ったら、違うからね。頻繁に戦争や小競り合いはあったし。それに巻き込まれて、亡くなってる可能性もある訳だ」

「気になってることがあるんだけど・・・」

「何?」

「ゲンマ君が、私がこっちに来てるから、今この世界にも、26年の歴史にも、私は存在しない、って言ってたでしょ? でも、私の家族は、関係ないじゃない? 両親とか・・・」

 の疑問に、カカシも、あ、そうか、と考え込んだ。

「今現在にさんの家は存在しないだろうけど、ご両親の家はあってもおかしくないよね? 無いってことは、亡くなられているのかも・・・」

「やっぱりそうなんだ・・・」

「役所に記録がないってことは、九尾の事件か、それ以前だね」

「・・・却って良かったのかな・・・もし生きてたとしても、両親にとって、この26年、私は行方不明なんでしょ? 心配かけるよりは・・・」

 言いながら、はポロポロと涙がこぼれた。

 そんなを見て、カカシは優しく抱き締める。

「・・・不安だよね・・・心細いよね・・・さんにはオレが付いているから、傍にいるから、絶対寂しくなんかさせないよ。泣きたくなったら、いつでもオレの胸貸すから・・・」

「・・・ありがと・・・カカシ君の腕の中って、何だか安心できる。・・・暫くこうさせて・・・」

 は、カカシの胸で啜り泣いた。





 夕陽が、重なり合った影を長く伸ばしていた。