【キッカケ・2(前編)】







 カカシとが再会して、数ヶ月。

 兄代わりのゲンマの妨害にもめげず、はカカシへの思いを募らせていった。

 カカシが任務で波の国に行っている間は、そんなに危険な任務ではないだろうから、とさほど気にもせず、会えないことばかりが寂しくて、暗部としての任務に追われていた。

 の任務も長期に渡る殺伐としたものだったが、カカシはいつまで経っても帰ってこない。

「どしたんだろ・・・。危険な目に遭っていないといいけど・・・」

 各自の任務は、守秘義務がある為、カカシがどんな任務で波の国に行ったのかは知らなかった。

 ただ、波の国に行ってくる、と知らされただけだった。

 長期任務から、暫しの休暇を与えられたは、任務で稼いだお金の使い道がないと思ってずっと貯めてきたが、街中を歩いていると、年頃の女のコ達が皆オシャレしているのを見て、服を買おうと思った。

「う〜・・・でも、どういうのが似合うんだろ? 私って。カカシ先輩に選んでもらえたらなぁ・・・」

 ウィンドウ越しに、店内を覗く。

「でも、どうせだったら目一杯オシャレして、カカシ先輩に見てもらって、喜んで欲しい気もするし・・・。驚かせたいなぁ・・・誰か、センスいい人いないかなぁ」

 その時、背後に気配を感じては振り返った。

「よぅ。何してる。ちったぁ女らしくなろうってか?」

 千本をくわえて悠然と佇んでいる男。

「ゲンマ兄さん!」

「良い傾向だな。恋してる癖に洒落っ気も出さねぇで、男勝りで困ったモンだったが、年頃の女だったらちっとは興味持てってんだ」

 ゲンマは1人ではなかった。

「そうね。は可愛いんだから、暗部だからってオシャレの手を抜くのはおかしいもの。たまには生き抜きも必要ですよね、ゲンマ先輩」

 女らしい衣服に身を包んだ、美しい女性。

「イブキ先輩・・・何でゲンマ兄さんと一緒に?」

「ちょっと、ね」

「あ〜っ、もしかして、付き合ってるの?! お似合いじゃな〜いv」

「バ〜カ。そんなんじゃねぇよ」

 コツン、と眉を寄せてゲンマはの頭を小突く。

「オレの任務を手伝ってもらってたんだよ。暗部の協力が必要でな。無事終わったから、飯食ってたんだ」

「え〜っ、2人っきりで〜? 任務って事は、小隊組んでたんじゃないの?」

 怪しいなぁ、と露骨な目ではゲンマとイブキを交互に見遣る。

「あはは。さっきまで皆も一緒だったわよ。その後ちょっと、ハヤテの偏食がどうやったら直るのか、相談してたの。もうちょっと健康になってもらわないと、困るでしょ」

「あ〜、何だぁ。でも、弟さん思いですね。ハヤテさん、いっつも具合悪そうだし・・・」

 一般人の素振りを見せているが、彼女の名前は、月光イブキ。

 ハヤテの姉で、暗部としてはの先輩に当たる。

「アイツ、好き嫌い激しいから、手に負えねぇんだよ。死人みてぇな顔色して、よく生きてるぜ」

 息を吐いて、ゲンマは毒づく。

「イブキさんと姉弟なんて、今イチ信じられないモンなぁ、未だに。イブキさん、綺麗だし、オシャレだし・・・」

「あら、ハヤテはカッコ悪いって事?」

「ちち、違います! ハヤテさんは病人みたいで顔色優れないのに、イブキさんは華やかだなぁって・・・」

 は慌てて訂正した。

「分かってるって。冗談よ。ハヤテのことは、その通りだから。は今休暇中でしょ? 私みたいに、一般人っぽく、振る舞ってみるのも気分転換になるわよ。諜報活動の訓練にもなるしね」

「あ、じゃあ、イブキさん、そのセンスが良いトコで、私に服を見立ててくれませんか? 自分に似合う服ってよく分からなくって・・・」

「ん〜、付き合ってあげたいトコだけど、これから用事があるの。服の見立ては、ゲンマ先輩も得意だから、頼んじゃいなさい」

 ね、とイブキはゲンマを見遣る。

「うっそぉ、ゲンマ兄さんがぁ?」

「失礼なヤツだな、コノヤロウ。人を朴念仁みてぇに言うんじゃねぇ」

 顔をしかめるゲンマは、のこめかみを拳でぐりぐりした。

「いたた・・・痛〜い〜!」

「ゲンマ先輩って、ホントにセンス良いのよ? 諜報活動に行くくの一は、大抵ゲンマ先輩に見立てを頼むんだから。評判良いのよ。信じなさいって」

「へぇ〜っ。知らなかったなぁ」

「ってことで、私はこの辺で。ゲンマ先輩、有り難う御座いました。今度は皆と一緒に飲み会でもしましょうね」

「あぁ、いいな。またな、イブキ」

 イブキは瞬真の術で消えていった。

 はゲンマと2人っきりになり、じと〜っとゲンマを見据えた。

「何だ、その目は」

 鋭い眼光で、ゲンマはを見つめ返す。

「ゲンマ兄さんって、意外と女っ気あったんだね。それでどうして独り身なの」

 人気者みたいに聞こえたけど、とはゲンマをつつく。

「それがイコール色恋にゃ繋がらねぇでな、生憎。独り身なのは、オレの自由だ」

「でも〜、寂しくない? 独りで」

「別に女に不自由はしてねぇよ。余計な気ィ遣うなっつっただろうが。オラ、服見てやるから、来い」

 ゲンマはの肩を掴み、店内へと入っていった。

「えぇっ?! それってど〜いう・・・」

 あらぬ想像をして、は真っ赤になる。

 ゲンマは気にも留めず、服を見ていた。

「オマエにゃ、この辺りかな・・・」

「ゲ、ゲンマ兄さんって、花街とか行ってるの・・・?」

 想像も付かない、とはあからさまに引いた。

「あ? ガキが余計なことに頭使ってんな。ほら、好みとか言ってみろよ」

 ごまかされたのかな、とも思ったが、今はゲンマの実情より、自分のオシャレ。

 頭を切り換えることにした。

「え、え〜と・・・分かんない。ゲンマ兄さんが、私に似合うって思う服を選んで」

「せめて、どういうのがいい、とかねぇのかよ」

「えと・・・デートとかで着れて、男の人が喜んでくれそうな、清楚な感じの・・・」

 真っ赤になってゴニョゴニョ言うに、途端にゲンマは眉を寄せる。

「カの付く上忍の為に着るんなら、オレは選んでやらねぇぞ」

 ポイ、と放り投げ、ゲンマは店を出ようとした。

「待ってよ! ゲンマ兄さんしか頼る人がいないの! お願い・・・可愛い妹を、綺麗に着飾らせて?」

 上目遣いに、は甘い声を出す。

「・・・こういう時ばっか妹面すんな。ったく・・・分かったよ。しょうがねぇ、選んでやる。この辺にしとけ」

 ひょいひょいひょい、とゲンマは手早く選んでいき、会計に向かった。

「えぇっ、そんな簡単に・・・! 酷くない?」

 ぷく、とは膨れた。

「ちゃんと選んでるって。心配すんな。・・・あぁ、そのうちこれは今着て帰るから、値札取ってくれ」

 会計をしながら、店員に指図した。

 かしこまりました、といくつかの服の値札を取り、試着室に案内する。

「ホレ、着てこい」

「え・・・」

 促されるまま、は服とともに、試着室に押し込まれた。





 数分後。

「オイ、着れたか?」

「う、うん・・・何とか・・・」

「開けろよ、早く」

「ゲンマ兄さん・・・おかしいって笑わない?」

 ひょこ、とカーテンの間から、顔だけ覗かせる。

「あ? 何でだよ。オマエの為にオレが選んだものを、何でオレが笑う?」

「だって・・・似合わない気がして」

「うだうだ女々しいな、コノヤロウ。潔く見せろってんだ」

 ゲンマは強引に、カーテンを開けた。

「いやぁっ」

 は後ろを向いて、蹲る。

「恥ずかしがるなよ。オレの見立てに狂いはねぇ。自信持って、見せてみろ」

 ゲンマは屈んで、を立たせた。

 は恥ずかしそうに、俯く。

「ほい、前を向く。似合ってるじゃねぇか」

 ゲンマはの顎を掴んで、顔を上げさせた。

 店員達も寄ってきた。

「大変お似合いですよ、お客様」

「え・・・ホントですか・・・?」

「えぇ。不知火様のお見立ては、里の人間にも評判なんですよ。その人の良い所を見抜くのがお上手というか・・・妹さんのお為でしたら、一層お似合いですよ」

 聞きつけて覗きに来た客からも、あのコ可愛い、と声が上がる。

 それに気をよくして、は何とか自信を取り戻した。





「有り難う御座いました〜!」

 店員に見送られ、とゲンマは店を出た。

「えへへ・・・有り難う、ゲンマ兄さん」

「今度はファッション誌でも買って、研究してみろよ」

 じゃ、オレは仕事に戻る、とゲンマは消えた。

「ファッション誌かぁ・・・買ったことないや。本屋寄ってみようっと」

 は袋を幾つも提げたまま、本屋に向かった。











「え〜と、ファッション誌・・・。う、いっぱいある。どれがいいんだろ」

 ぺら、と何冊か捲ってみながら、は迷った。

ってば、可愛いカッコしてるね。どしたの」

 その声を聞いて、の鼓動はドクンと跳ね上がる。

 ドキドキしながら、は顔を上げた。

「カカシ先輩・・・! いつ帰ってきたんですか?」

 カカシが飄々としながら、入り口に立っていた。

「ついさっきね。今報告書を提出してきたトコ。、本探してるの?」

 つかつか、と歩み寄ってくる。

「え、はい。あの、ファッション誌を買おうかなって思ってて・・・でも、いっぱいあって、どれがいいか分からなくって・・・」

ってば、オシャレに目覚めたの? 良いことだよ〜。折角可愛いんだから、もっとオシャレしたらいいんだよ。若いんだから、特にね」

 似合ってるじゃない、とカカシはニッコリ微笑む。

「え・・・似合ってますか?」

「うん。すっごく。メチャクチャ可愛くって、ドキドキしちゃうよ」

 カカシはファッション誌を眺め、一冊手に取った。

「10代後半の女のコなら、この辺かな? ウチの班のサクラが、後5年もして立派なレディになったら買うんだ〜、とかって言ってたから」

 はい、とカカシは差し出す。

「ティーンエイジャー向けって書いてある・・・よく分かんないけど、コレにします。有り難う御座います、カカシ先輩」

 は本を抱えて、会計に向かった。

「オレも買うモノ買わないとね。まだ売り切れてないかな・・・」

 カカシは、18歳未満お断りコーナーに向かった。

「あぁっ?! 無い!!」

 打ちのめされたように、カカシは項垂れた。

「? どうしたんですか? カカシ先輩。・・・っ! まぁた、こんなコーナーで・・・!」

「だって、ずっと楽しみにしてたんだよ、続刊・・・。くそぅ、任務が長引かなけりゃ、発売日に来れたのに・・・!」

「・・・重版が出来るのを待てばいいじゃないですか。人気あるんなら、すぐ出来るでしょ?」

 は、憔悴しきったカカシに心底呆れ、息を吐いた。

「初版じゃなきゃ、買う意味無いよ! 初版って事に価値があるんだから・・・」

「読めればいいじゃないですか、どうだって」

「ダメだよ! オレ、全部初版で揃えてるんだから! 映画だって、前売り買って、一番に観たし。くっそ〜〜〜」

 何やら騒がしいのを聞きつけた店主が、顔を覗かせた。

「何だ、騒がしいと思ったら、カカシさんじゃないか」

「あ、すみませ〜ん、この人ちょっと錯乱してて」

 もう、怒られちゃったじゃない、とは膨れる。

「いつ来るかと待ってたんだよ。てっきり発売日に来ると思ってたら、来ないから、これは任務かな、と思って、取っておいたんだ」

「えっ・・・まさか・・・」

「はい、イチャイチャバイオレンス、3冊ね。観賞用と携帯用と、保存用」

「オジサンッ! 有り難う〜〜〜っ!!!」

 カカシは感極まって、店主の手を握りしめた。

 は思った。

 何でこんな人を好きなんだろう、と。













 欲しいものを手に入れてるんるん気分のカカシは、羽でも生えたかのように軽やかだ。

「カカシ先輩・・・私、帰りますんで・・・」

 ようやく会えて、邪魔者のゲンマも居ないし、折角デート出来ると思っていたのに、とは気分を害し、膨れていた。

「えっ、何で? 折角会えたんだから、お茶でもしようよ。デートデート♪」

「・・・私とデートするより、帰ってその本読みたいんじゃないんですか?」

 は拗ねていた。

「う。確かに読みたいけど、とデートしたいモン。久し振りに会えたんだから。ね?」

 カカシは僅かに目を泳がせる。

「気もそぞろって感じですよ? 無理しなくていいですってば」

 ツン、と顔を背ける。

「そ、それはぁ、があんまりにも可愛いカッコしてるから、ドキドキしちゃって・・・」

「え・・・っ」

 は頬を染め、カカシを振り返った。

のそういうカッコって初めて見たよ。すっごく似合ってる」

 カカシは僅かに照れを見せながら、ニッコリ微笑んだ。

 気を良くしたは、カカシと連れだって、御茶屋に入っていった。





「実はコレ、ゲンマ兄さんの見立てなんです」

 お茶を啜り、は説明した。

「あ、そうなんだ? ゲンマ君って、センス良いから、服の見立てとか得意なんだよね」

「カカシ先輩も知ってたんですか? ゲンマ兄さんって、私の知らない所で、何げにモテてるみたいなのに、しらばっくれるんですよ。いい人見つけて、早く家庭に収まって欲しいのに」

「アハハ。の花嫁姿見るまでは、多分お嫁さんは貰わないと思うよ」

「でも、男の人って・・・その・・・大変なんでしょ? やっぱり花街とか行って・・・」

 顔を真っ赤にさせながら、は団子を頬張る。

「任務で行くことはあるけど、私的に行ったりはしてないよ、ゲンマ君は」

「それって・・・そういうトコに行かなくても、女の人に不自由してないって事?」

「さぁ、どうだろうね。ゲンマ君に色っぽい噂は聞いたこと無いけど」

 彼の私生活は何げに謎だよ、とお茶を啜る。

「・・・カカシ先輩も・・・そう・・・なの?」

「オレは、どうもそういうのって苦手でね。差別はしないけど、オレは興味ないよ」

 照れくさそうに、カカシは笑った。

「18禁小説読んでる癖に?」

 じと、とはカカシを見据えた。

「それは別。アレは奥深いんだよ。にはまだ分からないだろうけど」

「む。すぐお子様扱いする〜。いいモン、来年18になったら、すぐ読むんだから!」

は読んじゃダ〜メ。それより、どうしてオシャレしようと思ったの?」

「だって、街歩いてたら、私と同じ年くらいの女のコ達って、皆オシャレしてて、可愛いんだもん。それなのに私ってば、いっつも任務で血にまみれてるでしょ。オシャレに興味がなかった訳じゃないけど、長期任務明けで今は休暇中だから、折角だから、普通の女のコの楽しみもしてみようかなって思って」

「いいじゃな〜い。が益々可愛くなってくれれば、オレも嬉しいし。女のコって、そうやって一歩一歩大人になっていくんだねぇ」

「私はもう一人前だよ! 家事だってちゃんと出来るし。いつでもお嫁に行けるモン!」

「えっ、それって、オレんトコ来てくれるって事?」

「えっ、そそそ、それは・・・っ;」

 は真っ赤になって、しどろもどろになる。

「早速、ゲンマ君の了解を貰ってこなくっちゃね〜♪」

「ちち、違〜う〜!」

「え、オレじゃダメなの?」

 カカシは落胆して、のの字を書いている。

「そうじゃなくて! いつでもお嫁に行けるけど、まだ早いです!」

「どっちなのさ〜。矛盾してるよ。大体は、いっつもさ・・・」

 その時、通りを見知った顔が通った。

 中のとカカシに気が付き、近付いてくる。

とカカシさんじゃないですか。姉さんから、2人がお付き合いしてるとは聞いてましたけど、本当だったんですね」

 任務帰りらしい、ハヤテだった。

「ハヤテさん!」

「ハヤテ、相変わらず具合悪そうだね。ダイジョブ?」

「大丈夫ですよ。ゲンマさんは2人のこと否定してましたけど、どっちが本当なんですか?」

 咳き込みながら、2人を交互に見遣る。

「あら〜。ゲンマ君ってば、相変わらず頑固オヤジしてるんだ? ご覧の通り、オレ達はラブラブで〜すv」

 カカシはの手を握り、ニッコリ微笑む。

「もうっ! 恥ずかしいこと言わないで下さいよ!」

「だってホントでしょ? 清く正しいお付き合いシテマ〜ス」

「まぁ・・・清く正しくなければ、犯罪ですからね・・・」

 は17なんですよ、とハヤテはカカシを見遣る。

「ハヤテって、時々毒吐くよね・・・。イブキの弟だよ、ホント」

「失礼ですね。姉さんは毒なんか吐きませんよ。私だってそんなつもりありませんし」

「自覚無し? タチ悪〜い」

「もう、どうでもいいこと話してないで! ハヤテさん、今夜、ウチに夕飯食べに来ませんか? ゲンマ兄さんが、ハヤテさんの偏食を治したいってイブキさんに相談されてるみたいですから」

「また姉さんも余計なことを・・・私の苦手なモノばかり出すんでしょう、イヤですよ」

 ハヤテはあからさまに、尻込みした。

「え〜、、ハヤテを呼んでオレは呼んでくれないの?」

「ゲンマ兄さんに追い出されなきゃ、いいよ。ハヤテさん、7時にゲンマ兄さんの家に来て下さいね」

「分かりました・・・」

 渋々承諾し、ハヤテは歩いていった。

「さて、と。夕飯の買い物あるから、帰らないと。カカシ先輩も、7時になったら来てね」

 ポケットの時計を見て、は腰を浮かせた。

「オレ、と2人っきりがいいなぁ」

「ゲンマ兄さんが許してくれないよ。任務以外の時は必ず一緒に食事するって決まってるんだから」

って、お兄ちゃんっ子だよね。ま、のそういう優しいトコが好きなんだけど。いずれオレのお兄さんにもなるんだし、取り入っておかなくっちゃね」

「オレのって・・・っ! 気が早いよ!」

 はしょっちゅう真っ赤になって、気が保たなかった。

「オレ、すっかりその気だモン♪」

 買い物手伝うよ、とカカシは席を立った。















 の買い物に付き合ったカカシは、ゲンマの家の前まで来ると、中に入りたがった。

「ダ〜メ。ゲンマ兄さんが怒るよ。時間になったら来てよ」

 まだ早いよ、とカカシを帰そうとする。

の台所に立つ姿見たいよ〜」

 エプロンとか似合って可愛いんだろうなぁ、とカカシはめげない。

「ホラホラ、今日買った本、保存用を汚れないうちにしまって、早く読みたいんでしょ? 家で読み終わってから来てってば」

 そう言われると、心が揺らぐ。

「じゃ〜ね〜。ゲンマ兄さんにかぼちゃの菓子折でも持ってきてご機嫌取ってね〜」

ってばぁ〜〜」

 掌をひらひらと、はドアを閉めた。

「もう・・・2人っきりなんて、ドキドキしちゃってご飯作れないよ」

 火照った顔をぴしゃりと叩き、は調理に取りかかった。









「ただいま〜」

 食事の支度がほぼ終わりそうな所へ、ゲンマが帰ってきた。

「あ、おかえりなさい! ハヤテさんも一緒だったんだ? もうすぐ出来るから待ってて」

「・・・お邪魔します」

「ったく、コイツ逃げようとしてたから、首根っこ掴まえて連れてきた。の飯は美味いんだから、残したらただじゃおかねぇぞ」

 どかどか、と上がってきて、食卓に着く。

「そ、そんな・・・無理です〜」

 その時、ピンポ〜ン、とチャイムが鳴る。

「誰だ? イブキが用事終わって来たのか?」

 ゲンマは立ち上がって玄関に向かう。

「待って、ゲンマ兄さん、私が出・・・」

 慌てては追い掛ける。

 ゲンマはスッとドアを開けると、玄関口に笑顔で立っていた人物を見るなり、バタンと閉めて鍵を掛けた。

「ちょっ、ゲンマ君! 入れてってば〜!」

 どんどん、とドア越しに叩く音がする。

「何でカカシ上忍が来るんだ、

「だって・・・来たいって言うから。大勢で食べた方が、美味しいでしょ?」

「ったく・・・だから味噌汁の具が、茄子なんだな? ハヤテの偏食治すにゃいいが、カカシ上忍は入れねぇ。帰ってもらえ」

「そんなぁ。何でそんなにカカシ先輩を嫌がるの? 嫌いなの?」

「嫌いって・・・ガキじゃねぇんだ、んな訳あるか。大切な妹をかっさらおうとする不届きな輩を許す兄貴がいるか」

「いいじゃな〜い。別に今すぐ嫁に行くって訳じゃないんだし〜」

「とにかくダメだ。ほっとけ。オマエはサッサと支度終わらせろ」

 ドンドン叩かれる音を無視して、ゲンマはの背中を押す。

「あ〜ん・・・」





「不知火さ〜ん! 郵便ですよ〜!」





「不知火さ〜ん、お荷物お届けに上がりました〜」





「不知火さ〜ん、電気会社の者です〜。メーター確認に来たんで入れて下さ〜い」





 あの手この手、カカシは何とか入ろうとする。

「ったく・・・しょうがねぇな。近所迷惑だ。煩くてかなわねぇ。入れてやれ、

 息を吐いて、ゲンマは許した。

「ありがと〜v」

 笑顔では玄関に向かう。

 カカシを連れて、は戻ってきた。

「えへへ・・・お邪魔シマ〜ス」

 カカシはゲンマに菓子折を差し出した。

「コレ、ウチの近所の玄庵堂のかぼちゃのパイなんだ。ゲンマ君食べてね」

「あぁ・・・菓子の割に、余り甘くないって言うヤツですね。どうも」

 かぼちゃ好きのゲンマは警戒心が弛み、受け取った。

「じゃ、ご飯食べましょ。いただきま〜す」

 ゲンマとハヤテが並び、ゲンマの向かいに、隣にカカシが座り、揃って食べ始める。

、美味しいよ。料理上手ってホントだね。いつでも嫁に来れるじゃん」

 や〜、感激だ、とカカシはパクパク食べる。

「ま、アナタにはやりませんけどね」

「ひっど〜い。何でオレを目の敵にするのぉ? オレ、ゲンマ君に嫌われるようなこと、したぁ?」

「別に。はまだ嫁に行くには早いって事ですよ」

「もう、ゲンマ兄さんってば、前はいつでも嫁に行ける年だって言ってた癖に、何でカカシ先輩を嫌がるの?!」

「R指定小説に目の色変えているような人物には託せないってこった」

「だからアレは奥が深いって言ってるのに〜。ゲンマ君だって、読んだことあるんだから知ってるでしょ?」

「うっそ。ゲンマ兄さんもアレ読んでるの?」

 はあからさまに引いた。

「この人に読まされただけだよ。アナタの仰りたいことは分かりますが、大事な妹を、おいそれとはいどうぞ、なんて言う訳無いでしょ」

「ゲンマ君の兄馬鹿〜」

「何とでも」

「ゲンマさんは、を大層大事にしてますからねぇ・・・。ご自分の口寄せ忍鳥を護衛に付けたりしてましたし・・・」

「バッ! 余計なこと言うな、ハヤテ!」

「え〜、何それ? いっつも私の任務に昔から付いてきてた鳥って、ゲンマ兄さんの鳥だったの?」

 里の鳥だと思ってた、とは目を丸くする。

「知らねぇな」

 ゲンマはバツが悪そうに、かぼちゃの煮物を口に放り込んで噛み砕いている。

「そうなんですよ。の身を案じて、危険な任務の時は、必ず護衛させてましたから」

「「兄馬鹿〜〜」」

 カカシとが声を揃える。

「煩ぇよ。はまだ若いんだ。心配だろうが」

 照れくさそうに、ゲンマは目をそらす。

「ゲンマ兄さんって、私のこと一人前と認めてくれてないの?」

 は寂しそうに、ゲンマを見つめる。

「そうじゃねぇよ。オマエは充分に強い。単なる兄馬鹿でやってんだ。何とでも言ってくれ」

 そんな話はもうおしまいだ、と強引に打ち切る。

「それよりハヤテ! さっきから全然箸が進んでねぇじゃねぇか」

「う・・・だって、私の苦手なモノばかりで・・・」

「お味噌汁美味しいよ?」

「茄子の匂いが気持ち悪いんですね・・・」

「かぼちゃの煮物食え。目に良いぞ」

「味がどうも苦手で・・・」

「美味しくないですか? 私の料理」

「そんなことはありませんよ・・・ただ、私が食べられないものばかりで・・・」

「当たりめぇだろうが。オマエの偏食治す為の献立だからな」

「騙されたと思って、食べてみたら? 食わず嫌いってのもあるだろうし」

「え・・・」

「ホラ、食え!」

 ゲンマは強引に、料理をハヤテの口に突っ込んだ。

「う・・・」

 ハヤテは目を瞑り、顔をしかめながらモグモグと噛んでいる。

「どうだ? 食えるだろ?」

「うぷ・・・」

 ハヤテは立ち上がって、流しに向かった。

 そこで一気に吐いて戻す。

「ダメだね、コリャ」

 カカシは息を吐いて、味噌汁の茄子を口に放り込んだ。





 結局殆ど食べないまま、ハヤテは逃げるように帰って行った。

「ったく・・・誰の為の料理だよ。こんなに残しやがって・・・」

 勿体ねぇ、とゲンマは残った料理を摘んでいる。

「オレが全部食べるよ、の手料理だしv」

「オレが食べますって。アナタももう帰って下さって結構ですよ」

「あ〜もう、2人で仲良くできないの?! 今からこんなんじゃ、先が思いやられるよぉ・・・」

 片付いた食器を洗いながら、は叫ぶ。

「先なんてねぇ!」

 ゲンマが釘を刺す。

「酷いわっ、お兄様っ!!」

「気持ち悪ィこと言わんで下さい! アナタの兄になった覚えはありません!」

 瞬く間に片付いた料理を見ては呆れ、洗い物を続けた。

「ホラホラ、ゲンマ兄さん、カカシ先輩が持ってきてくれたパイ食べようよ」

 ナイフと小皿を用意して、はパイを切り分ける。

「はい、フォーク。わ〜、美味しそう。・・・ん、美味し!」

 ムグムグと美味しそうに食べているを見て、意地を張り合っているのが馬鹿らしくなったゲンマは、パイを口に放り込んだ。

 カカシも続けて食べる。

「美味しい? ゲンマ君」

「えぇ。だからって、とのことを許すのとは、別問題ですからね」

「もう〜〜〜、頑固だなぁ」

「もう3年もしたら、考えを変えてもいいですよ」

 お茶を啜りながら、カカシを鋭い瞳で見据えた。

が成人するまで待てって? 心配しなくても、が大人になるまで、変なことはしないからさ〜」

「当たり前です」

「オレって、結構気が長いし。だからお付き合い許してよ〜」

「気が長いなら、3年待って下さい」

「も〜。今って言う瞬間は、過ぎたらもう二度と来ないんだよ? その一瞬を大切にしようよぉ〜」

「オレが大切にします」

「オレも入れて!」

「お断りします」

「〜〜〜っ、もう! ゲンマ兄さん、頭固すぎ! 兄馬鹿にも程があるよ! 大切に思ってくれるのは嬉しいけど、束縛しないでよね! 私もう帰る!」

 ぷん、とは怒ってエプロンをゲンマに投げつけ、外に出て行った。

「あぁっ、、待ってってば! 送ってくよ!」

 カカシも慌ててお茶を飲み干し、口を拭って口布を戻し、を追い掛けようとする。

「カカシ上忍・・・送り狼になったら承知しませんよ」

「分かってるって。オレを信用してよ! じゃ、ゲンマ君、またね。お邪魔様〜」

 来客が全て帰り、1人取り残されたゲンマは、お茶を啜って息を吐く。

「やりすぎなのは分かってるんだよ・・・」

 でも、大切なんだ。

「それだけは分かってくれよ、・・・」

 少し考えを改めた方が良いのかな、とゲンマは気持ちを改めようと、シャワーを浴びに向かった。













「もう、ゲンマ兄さんってば、頑固なんだから・・・」

 は怒りが収まらないようで、どかどかと歩いていた。

「それだけのことを大切に思ってるって事だよ。ま、オレとしても、もう少し柔和になって欲しいとは思うけどね」

 の隣を歩きながら、カカシは言い放つ。

「私だって・・・ゲンマ兄さんの気持ちは痛い程分かってるんだよ。でも、もっと私のことを信用して欲しい」

「信用してるって。オレのことだって、頭ごなしに遠ざけようとはしてないし。オレがこうやって送るって言っても、止めなかったから」

「でも・・・」

「その話はもうオシマイ! オレもこれから2〜3日休暇なんだ。も休みでしょ? デートしようよ」

 ね、とニッコリ微笑んで、カカシはの手を握った。

「え、うん・・・」

 は真っ赤に照れて、俯く。





 の住むアパート前まで来て、は鍵を取り出した。

「カカシ先輩、送ってくれて有り難う。上がってお茶でもどう?」

「送り狼にはならないってゲンマ君に約束した手前、家には入れないよ。こんなに可愛いカッコしたを前にして、オレ、自信ないし。明日、また会お?」

 カカシは口布を僅かに下げ、ちゅ、との唇をかすめ取る。

「もうっ」

 は真っ赤になって、口を覆った。

「明日迎えに来るね〜。オヤスミ〜」

 掌をひらひらと、カカシは歩いて帰っていった。

 その後ろ姿をいつまでも見送る

 先程のキス感触がまだ唇に残っていて、思わず浸ってしまう。

「カカシ先輩・・・大好き」

 カカシの姿が見えなくなると、は室内へと入っていった。