【出会いはいつも偶然と必然】 第二章 カカシはふわふわと、心地好い空間で甘い優しさに酔いしれていた。 いつも殺伐とした夢や寂寥感の漂う夢ばかり見ているカカシだったが、いつもとは違い、柔らかな、不思議な空気に包まれた、優しい気持ちになれる夢の中にいた。 朝の清らかな陽の光が、窓から差し込む。 その光で自然と目が覚めつつあったカカシは、甘い香りと柔らかさに心地好さを覚えながら、ゆっくりと目蓋を開いた。 『何だろう・・・良い匂いがする・・・甘い優しい匂い・・・』 それに懐かしささえ覚えながら、カカシは何か重要なことを忘れてる気がした。 『あれ・・・確か昨日、何か物凄くとんでもないことがあったような・・・』 が、カカシは己を包み込む優しい柔らかさに身を委ね、もう少し眠ろう、と思った。 その時、ようやく気が付いた。 「な?!」 カカシはベッドの中で、“何か”を抱き締めていることに気付く。 布団ではない。 口寄せした忍犬でもない。 人間の、少女だった。 そしてようやく、昨日の顛末を思い出す。 「そうか・・・そう言えば昨日・・・」 だが、納得がいかなかった。 確かカカシは、この少女・を自分のベッドに寝かせ、自分は隣室の居間のソファで眠った筈だった。 それなのに、何故この寝室のベッドで、と共に眠っているのか。 「! おい!」 の肩を揺さぶって、起こそうとした。 「ぅ・・・ん・・・」 が、うっすらと声は漏らすが、まだ深い眠りの縁にいるらしいは、目を覚まそうとはせず、カカシに反応はするが、逆に更にカカシに抱きついてしがみついてきた。 つまり、カカシとは、お互い抱き合って一つベッドで眠っていたことになる。 カカシは咄嗟に、己との着衣を確認した。 パジャマは着ているようだったので、一先ず安心した。 カカシはから離れようと、を離そうとしたが、が強く抱きついているのと、その心地好さで、抗うのをやめ、抱き合った形のまま、腕を泳がせながら、思考を巡らせた。 『確か昨夜は・・・をこの家から出させる方法を考えながら、いつの間にか眠っていて・・・あ! 確かが居間にやってきたんだ。眠れないとか言って。それで・・・あれ?』 眠れないから一緒に眠って、とに言われたのは覚えている。 が、カカシは、そんな訳には行かないから、と寝室に帰そうとした筈だった。 『その後の記憶がない・・・』 必死に記憶を手繰り寄せ、思い出そうとするカカシ。 『が嫌がって、オレに抱きついてきて・・・その後どうなったっけ? あれ・・・?』 それ以降の記憶が、真っ白で何も思い出せない。 「ん・・・ぅん・・・」 が眠りの縁から戻ってきそうだった。 「甘い匂いはだったか・・・」 優しい甘さがカカシの鼻をくすぐる。 の豊かな胸が、抱き合っていることでカカシの身体に押し付けられている。 「ヤバイよ、この状態は・・・; を起こさなきゃ・・・」 心地好い柔らかさに下腹部の疼くカカシは、再びを起こそうとした。 「・・・起きてよ、。ってば・・・!」 「ぅん・・・ん」 更にカカシにきつくしがみついてくる。 カカシは己の昂りに、どうにかしてから離れようとするが、何故かの、女の細腕を振り解けない。 身体は正直だ、と言う証明だった。 カカシの困惑とは裏腹に、は益々、カカシに絡みついていく。 元々カカシのパジャマのシャツしか身に着けていないは、滑らかな肢体が露になっている。 太股がカカシの足に触れ、柔らかなそれはそのまま間に割り込んで来る。 の寝息がカカシの胸元をくすぐる。 あられもない態勢に、カカシはゴクリと喉を鳴らし、益々己の昂りが正直に求めていることに、気がどうにかなりそうで、甘い誘惑に負けそうだった。 ピピピピピピピ・・・・・・。 目覚まし時計の音に、カカシは心臓が飛び出そうな程にドキリとして、我に返る。 「ん・・・ふに・・・」 の腕の力が幾分弱まったので、淫らな気持ちは抑え込み、カカシは僅かにの身体を離した。 「・・・? 目が覚めた? ?」 「ん・・・カカシせんせぇ・・・? おはよ〜ございますぅ・・・」 うっすらと目を開けたは、視界にカカシの顔が映ると、カカシの背中に回していた右腕を自分の元に戻し、目を擦りながら口を開いた。 「ちゃんと目を覚ましてくれ〜〜;」 再びしがみついて寝そうな勢いのに、カカシはの頬を軽く抓ったり、肩を揺さぶったりした。 「いひゃい・・・カカヒせんせぇ・・・」 ふに、と頬をさすり、先程よりは大きく漆黒の目を開ける。 が、まだはっきりとは覚醒していないようだ。 虚ろな目で、再びカカシの背中に手を回してしがみつく姿勢で、はカカシを見上げる。 「昨夜のこと、覚えてるかな、」 カカシの腕も、結局はの背中に回されたままだった。 「ゆ〜べ・・・? 何・・・?」 「、眠れないって言って、オレのトコに来ただろ。その後のこと」 「んと・・・カカシせんせぇがダメって言うから、ヤだって言って・・・」 「戻れって言ったけど、オレにしがみついただろ? オレ、その後のこと覚えてないんだけど」 「あ・・・! あのね、私もビックリしたの。カカシせんせぇの頭に触れたら、パタッてカカシせんせぇ、眠っちゃって。重かったけど、ヨイショ、ヨイショ、ってこの部屋まで運んで、ベッドに寝かせて、寝たの。そしたら私もすぐに眠れたの。良かった〜〜」 ふわっ、と柔らかい笑みをカカシに向ける。 カカシはドキリとしながらも、腑に落ちなかった。 「何でオレ、気を失ったんだ? 、何かした?」 「え・・・何もしたつもりは無いですけど・・・」 の甘い声が息と共に首筋にかかり、カカシの鼓動は僅かに高鳴る。 カカシはふと思い当たるように、の腕を掴んで目の前に持ってきて、繁々と見つめた。 「オレの頭に触れたら、オレは気を失ったんだよな? ・・・てことはまさか・・・がオレを・・・」 「? 私がカカシせんせぇをどうにかしたって事? 私、そんな事出来るの?」 「治癒能力があるんだ。そう言うことが出来たとしても、不思議じゃないよ。医療忍者なら、朝飯前のことだ」 「へ〜〜〜」 他人事のように感心するに、カカシは溜め息をついた。 そして思慮する。 に悪意は欠片さえもないのは昨日接していて充分に理解したが、は思った以上にチャクラが強い、とカカシは考えた。 そして危惧する。 この純粋なる心の持ち主であるを、悪用する輩がいたら、無垢なは、いいように使われてしまう恐れがある、と。 守る意味でも、火影様に相談せねばなるまい、とカカシは思慮を巡らせていたが、未だはっきりと覚醒していないがうつらうつらと寝ぼけ眼できゅっとしがみついてきたので、ハッと我に返った。 「こら・・・、離せって」 「や〜〜〜眠いぃ〜〜」 「これ以上くっついてたらオレヤバイって、マジで! お願いだから離れて、」 「ヤだ〜〜。カカシせんせぇの腕の中、気持ちいい〜〜。あったかぁ〜い・・・」 「もう・・・ねぇ、。何でオレと一緒に寝たがったんだ? 小さい子供じゃないんだから、1人で寝られるだろう? 第一、オレとは昨日会ったばかりなんだよ? そんな得体の知れない男と一緒に・・・」 必死にを離そうとしながら、カカシは問うた。 「ん〜〜だってぇ〜〜、人肌が恋しかったんだも〜ん・・・」 「人肌って・・・」 「1人で寝ようとしたけどぉ〜、ぜぇ〜んぜん眠れなくってぇ、カカシせんせぇと一杯お話した時に、カカシせんせぇの温もりって優しいなぁ、って思ったから、カカシせんせぇが一緒なら眠れるって思ったの」 カカシの抵抗に負けずに、はきゅっとカカシにしがみつく。 「だからって、若い男と女が一つのベッドで寝たらまずいでしょ」 「? 何で?」 「何でって・・・過ちを犯したりとかさ・・・」 「過ちって何? 悪いことするの?」 カカシは、この“天然鈍すぎ何も分かってない”少女に、どう説明したらいいのか、途方にくれた。 「ねぇ、カカシせんせぇ。まだ5時だよ。忍者ってこんなに早起きでお仕事するの?」 色々説明する言葉を選んでいたら、がふと問うてきた。 「ん? あぁいや・・・そうじゃないけど、オレはちょっと日課で行く所があってね・・・」 もはや面倒臭くなってしまったカカシは、重要なことを思い出し、取り敢えずはいいことにしよう、と起き上がった。 「はもう一眠りしてていいよ。オレちょっと出掛けてくるから」 洗面所に行って顔を洗って戻ってきたカカシは忍服に着替え、代わりにオレの温もりでも抱いていて、と脱ぎ捨てたパジャマをに渡し、外に出ていった。 早朝、誰もいない慰霊碑の前に佇むカカシ。 『ただいま。暫く来れなくってゴメンな。任務で里を離れてたんだ』 心の中で、大切な仲間達に語り掛ける。 そして過去に思いを馳せる。 『オレはオマエ達の分まで、生きるから。絶対に、生き抜いてみせるから』 誰にも打ち明けたことのない、夢・・・いや目標。 此処に来ると、素直になれた。 皆の代わりに、皆の分の志を果たす。 その為には、何があろうと、絶対に死ねない。 死んではならない。 生きるのだ。 長いこと語り掛け、思い馳せていたが、家に1人残してきたも心配だったので、名残を惜しむように、その場を去って家に戻っていった。 「ただいま」 カカシが自宅に戻ると、は昨日買い与えた衣服に着替えて、パジャマを畳み布団を直し、台所に立って難しそうな顔をしていた。 「あれ、起きてたんだ」 「あ、お帰りなさい、カカシせんせぇ」 ぱぁっと花が咲いたように、満面の笑みをカカシに向ける。 余りに眩しくて、カカシはから思わず顔を反らしてしまった。 「ま、まだ寝ててもよかったのに」 「寝てたんですけどぉ、さっき起きて、カカシせんせぇが戻ってくるまでに朝御飯用意しておこうと思ったんだけど、・・・何をどうしたらいいか、分からなくって・・・」 気恥ずかしそうに、手を胸元でもじもじさせる。 「ハハ。オレが用意するから、座って見てて、」 ちゃっちゃと手際よく、朝食の用意を始めるカカシ。 興味深そうに、横で覗いている。 昨日作った味噌汁の残りを温めて、魚を焼いて、お新香を添えて白米をよそう。 「さ、食べよ」 昨夜と同じ光景が繰り返される。 カカシは、出掛ける前に話していた続きをどう説明しようかと考えながら食べていた。 「ねぇ、。若い男と女が一つのベッドで寝るのは、良くないことなんだよ。恋人同士や夫婦ならいいことだけど、オレ達はそうじゃないだろ? 付き合ってもいない若い男女が同じベッドで一夜を明かすのは、問題あるんだよ。分かるかな」 「ん〜〜〜〜・・・・分かんない。何でダメなの? 何が問題なの?」 から返ってくる答えはやはり同じで、カカシは一先ず説得は諦め、質問を変えた。 「、キミのその能力のことだけど・・・傷を治したりオレを失神させたりした時、どういうこと考えてた?」 無意識下のそのの能力に、カカシは強く疑問を抱いた。 もし何かが分かれば、の正体について、何らかの手掛かりになると思ったのだ。 「ん〜〜〜・・・傷はぁ、痛そうだな〜、治らないかな〜、って思って、カカシせんせぇがパタッて寝ちゃった時は、カカシせんせぇが物凄く疲れてて辛そうだったから、楽になればいいのにな〜って思ってました」 の返答に、カカシはふと気が付いた。 昨日までの疲労や見えない傷などが、すっかり癒えていることに。 それどころか、漲るような、チャクラが沸き立つ感覚をカカシは感じた。 心なしか、かなり自分がすっきりとリラックスしていることにも。 『これもの能力の故か・・・?』 やはり10年前と思いがダブった。 「昨日のカカシせんせぇ、すごぉく疲れてるみたいだったから心配だったんですけどぉ、何か、すっかり元気になったみたいで、良かったですぅ」 ニコッ、とは微笑む。 と抱き合うように眠ったことで、の暖かく柔らかな、不思議なチャクラに包まれ、恐らく身も心も治癒してくれたのだろう。 本人は自覚がないようだが。 記憶のないは、自分の能力を理解していない。 自覚できれば、もっと色んな能力が引き出せるのではないか。 カカシはそう考えた。 「それであの、カカシせんせぇ・・・」 「ん? 何だ?」 食事を済ませたは、箸を置き、両手を膝について、カカシを見上げた。 「私がこの家から出られないって事なんですけど・・・」 「あ! そうそう。一晩経ったら状況が変わるかも知れないって思ってたんだ。どう? 試してみた?」 「あ、ハイ・・・。窓から手を出そうとしても、玄関から出ようとしても、やっぱりダメでした・・・」 「そっか・・・一体何なんだろうなぁ? オレが推測するに、何かの“意思”が、をここから出れないように、キミに対してオレの家全体に障壁を張っているような気がするんだ。“それ”がキミ自身によるものなのか、全く別のものかまでは分からないが・・・」 カカシも腕を組み、を見据える。 「・・・それって、例えば、私がここから出たくなくて、無意識に自分にバリア張ってるって事?」 「そういう考え方も出来るって事だね。もしかしたら、キミは何者かに狙われていて、自分を守る為にここにやって来てる、とかね。知られたらまずいことを沢山抱えていて、意図的に記憶を封印している、とかも」 「成程・・・」 「の能力は、恐らくかなり強大なものだと思う。色んな推測が出来るのは確かだ。・・・ま! でもここから出れないってのは不便だよね」 「そうですよね・・・カカシせんせぇにご迷惑ですし・・・」 「や、それはいいんだけどね。昨夜さ、一応、試す価値はある方法を一つ見つけたんだ。これを片付けたら、やってみよう」 カカシは立ち上がり、食器類を流し台に片付け始めた。 「あっ、私がやります!」 「い〜からい〜から、座ってて」 「ご迷惑お掛けしてるんだから、それくらいしないと罰が当たります! やらせて下さい!」 「そ? 悪いね。気にしなくてい〜のに。やり方分かるかな。まず食器を水に漬けて、このスポンジに洗剤をたらして泡立たせて、汚れをゴシゴシ洗い落とすんだ。そして水でその泡を流して、終わり。取り敢えずはこの籠に入れておいて、まぁ水気をこの布巾で拭き取って棚に片付けてもいいし。やってみてごらん」 カカシの教授通り、おぼつかない手で洗い物を始める。 優しい眼差しで、カカシは見つめていた。 こんなに穏やかなのは久し振り・・・そんな思いが、カカシを取り巻いていた。 そうすると、どうしても思考は10年前にトリップしてしまう。 「おっと・・・イカンイカン。今のうちに、昨日の報告書を改めて書かなきゃな・・・、オレ部屋で昨日言ってた報告書まとめてるから」 「あ、ハ〜イ」 霧隠れのザブザや白との戦いについても、詳細を書かねばなるまい、と腹を括って、カカシは机に向かった。 昨日提出した報告書には、依頼書通りの、敵対するギャングや盗賊などの武装集団からの護衛を行い、橋の完成までの支援をしたという、当たり障りのない点だけを書いた。 カカシは筆を走らせ、“真実”を書き綴る。 「カカシせんせぇ、終わりました」 暫くして、片付けを終えたがやってきた。 「お〜ぅ、ありがとな。オレももうすぐ終わるから、ちょっと待ってて」 カカシの言いつけ通り、てけてけとベッドまで歩いていき、ちょこんと腰掛けた。 はカカシを待ちながら、腕を組んで何やら考え込んでいる。 「どした〜? 。眉間に皺が寄ってるぞ〜。可愛い顔が台無しじゃないか」 報告書を書き終えたカカシが、の額を軽く人差し指で小突く。 「ん〜とぉ〜・・・昨日読んでた本で分からないことがあってぇ」 「何? 大体理解したって言ってなかったっけ? 昨夜は」 「ちょっと興味を惹かれたことがあったんですけど、やり方が分からなくって・・・」 「興味? 何か面白いことあった?」 「カカシせんせぇ、変化の術と分身の術ってどうやるの?」 は上目使いに、カカシを見上げた。 「は? 忍術?」 「忍術書を見ながら試してみようと思ったんですけど、コツが分からなくって。カカシせんせぇ、やってみせて?」 「ハハ・・・忍術か。素質があれば簡単にできることなんだけど・・・アカデミーに行って習うことだよ。チャクラの仕組みとか練り方とか印の結び方とか、術の仕組みとかね・・・オレの写輪眼じゃあるまいし、見ただけじゃそうすぐにできるってモンじゃないよ」 「見てみた〜い! やってみせて〜〜vv」 は両手を胸元で握り締め、零れ落ちそうな大きな瞳を輝かせてカカシを見つめた。 「ま、い〜よ。見せるくらい。え〜と・・・誰に変化しようか・・・」 ポンッ、とカカシが変化したのは、がこの里で自分以外に唯一顔を知っている人物、イルカだった。 「あっ、イルカせんせぇだ〜! わ〜、そっくり〜〜vv」 「これが変化の術ね。で、次が分身の術」 カカシはイルカの姿のまま、5人に分身してみせた。 「わ〜〜〜、すごぉ〜〜〜いvv」 きゃっきゃっと喜んで目を輝かせているを見て、再び襲い来るデジャビュ。 10年前のあの女も、これ程無邪気ではなかったが、忍術をやってみせると喜んでいたっけ・・・。 「私にも出来るかなぁ〜」 「ハハ、見ただけじゃそう簡単にはできないよ・・・」 ポン、と元の姿に戻り、カカシは笑う。 「ん〜と・・・えぃっ!」 カカシの真似をして印を結んだは、何と、カカシそっくりに変化してみせたのだった。 「何っ?!」 「ど〜ぉ〜? カカシせんせぇ、ちゃんと出来てる?」 「あっ、あぁ・・・その声でその喋り方をされると気持ち悪いな・・・ってそうじゃなくて! ちょっと待って、・・・」 驚愕するカカシは、おもむろに目の前の“自分”の額当てと口布をずらした。 寸分違わず、普段覆い隠された顔下半分も、写輪眼さえも正確にカカシの姿を写し取っている。 『写輪眼まで・・・?! 今までオレに変化したヤツは、写輪眼までは正確に変化できなかったのに・・・このコは一体・・・』 「? あれ? どっかおかしかったですか?」 カカシと同じ目線の高さで、はカカシの顔を覗き込む。 傍から見ると、異様な光景だった。 「あ、いや、そっくり正確だよ。驚いた」 「ホント? 良かった〜。じゃあ次は分身してみる! えぃっ!」 「え? おい・・・」 はカカシの姿のまま、カカシとそっくり同じように、5人に分身した。 カカシは呆気に取られる以外になかった。 「あっ、出来てる! わ〜い。やってみたくて、ウズウズしてたの〜〜嬉し〜〜♪」 無邪気に喜ぶ。 「・・・それじゃ完璧とはいえないよ・・・」 「え? どこが?」 「オレに変化したんなら、喋り方や人格もちゃんとオレになりきらないと。の変化は、人格がのままだ。不完全だよ」 「そっか〜〜」 ポンッ、とは術を解いて元の姿に戻る。 「じゃあ、もっとカカシせんせぇを研究して、今度は完全になりきるね♪」 嬉しそうには、カカシの腕に絡みつく。 ふくよかな膨らみが腕に当たり、カカシは慌ててを振り解き、両方の肩を掴んで見据えた。 「じゃ、約束通り、この家から出る方法についてだけど・・・」 「あっ、ハイ!」 浮かれていたは、ハッと思い出し、真摯なカカシの瞳をまじまじと見つめ返した。 「オレが行き着いた考えが、成功するかどうかは分からないんだけど・・・。要は、の身体を、オレの部屋と同じ空気が取り巻いていたら、大丈夫なんじゃないかなって思ってね」 「服を着るみたいな感じで?」 「そう。で、それにはオレのチャクラを練り込む必要があるんだけど・・・その首の飾り、使えないかと思ってるんだけど」 カカシはの身に付けている、細い金属のチョーカーを指した。 中央に、小さな宝玉があしらわれた高価そうなアクセサリー。 カカシは写輪眼でを見た時に、この宝玉に強い“意思”のようなものを感じていた。 あくまでも推測だが、の正体を掴む上で、重要なキィになりそうな気がした。 「それって外せる? 」 「ううん。・・・お風呂入る時、外さなきゃって思ったんですけど、外せる部分が無くって、外せませんでした。濡らしても、錆びたり変色したりはしてないみたいなんで、大丈夫かなって思うんですけど」 「結構貴重な物かもしれないな・・・で、オレのチャクラをその石に練り込むことで、それを媒介に、その首飾りがの身体をオレの練り込んだチャクラで包み込むと思う。恐らくね」 「成程」 「成功するかどうかは分からないけど、やってみるよ。リラックスして立ってて、」 の肩から手を離し、向かい合うように立ったカカシは、複雑な印を矢継ぎ早に結んでいった。 そして、目に見える程のチャクラが立てた2本指の先に宿る。 ゆっくりと、の首元に指をかざし、そっと石に触れると、砂が水を吸収するように、石がチャクラを吸い込んでいくのがはっきりと分かった。 すると、石は不思議な光を放ち、ふわっとチョーカー全体にチャクラは行き渡り、傍目には見えなくなった。 「え・・・終わったんですか?」 「一応ね。、成功したかどうか、試してみて」 ふぅ、と大きく息を吐きながら、ガラリ、とカカシは窓を開ける。 恐る恐る、は外に向かって手を伸ばす。 「・・・あっ! 出る!」 何の違和感もなく、の腕は窓の外に出たのだった。 わ〜い、と喜んで笑顔で腕を出し入れしたり頭を出したりして楽しむを見て、カカシはほっと安堵の息をつく。 「良かった〜。実際やってみるまで、成功するかどうか、心配だったんだ。一か八かの賭けだったけど、成功してよかったよ」 「カカシせんせぇ、有り難う御座いますぅ〜」 腕を引っ込め、ペコリと頭を下げる。 「いや。残る問題は、その印がどれくらい持続するかだが・・・」 「? ずっと効き目があるんじゃないの?」 は窓から身を乗り出して、明るい外の風景を物珍しそうに眺め、ふと顔を室内に戻した。 「それは無理だよ。食べた物が消化されるように、チャクラも消費していくんだ。さっきチャクラを流し込んで分かったんだけど、に対するそのいわゆる障壁は、かなり強固な物のようだ。オレのチャクラは、跳ね返される恐れもある。どれくらい持続するか、じっくり見てみる必要があるよ」 「それって〜、効き目が切れたら、外に出ていてもひゅ〜んって此処に戻って来ちゃうってこと?」 「それも考えられる」 カカシの言葉に、は、むぅ、と腕を組んで考え込んだが、すぐに元に戻り、ぱぁっと明るい笑顔で駆け出した。 「難しいことはその時になったら考えればいいよね。私、外に出てみた〜い」 「こらこら、待って。オレも行くからそう急がないで」 カカシは羽根でも生えたかのように軽やかな足取りのを呼び止め、火影に提出する書類を手に取りベスト内にしまい込み、玄関に向かった。 「わ〜い、外だぁ。出られたよ、カカシせんせぇ〜」 まるで子供のように無邪気に笑うに、カカシは思わずクスリと微笑む。 「さて、と。里内を案内しながら行きたいところだけど、火影様への用事もあるし、先に済ませよう。のことも相談しないとだしね。、落ちないようにしっかり掴まって」 鍵を掛けて、カカシはを抱き上げる。 「え? 何?」 「少し飛ばすよ〜」 「うひゃぁっ」 カカシはを抱き抱えたまま、建物の屋根の上を駆けていった。 急速なスピードの中、はきゅっとカカシの首にしがみついている。 長い黒髪が風になびいていた。 「カ、カカシせんせぇっ、何処に行くのっ?」 「昨日話した、火影様の所だよ。木の葉の里で、一番偉い人さ。昨日イルカ先生から伝言預かった報告書を提出しないとだし、のことも併せて相談しようと思ってね」 「あ、そっか」 軽快に建物の上を行くカカシは、火影邸前まで辿り着くとを下ろして立たせ、邸内へ入っていった。 「怖くなかったかな、」 「? 何がですか?」 「大分スピードは遅くしたつもりだけど、慣れないと忍びの駆けるスピードは随分速いからね」 廊下を歩きながら、カカシは穏やかな笑みをに向ける。 「大丈夫ですよ〜。面白かったです」 「あ、そ・・・」 やっぱり変わったコだ、とカカシは思った。 火影の執務室前まで来るとカカシは衣を正し、表情も引き締め、ドアをノックした。 「誰じゃ」 「カカシです」 「うむ。待っておった。入れ」 「失礼します」 多くの書類に次々と目を通していた三代目火影は、入ってきたカカシの姿を認めるとその手を止めた。 見慣れぬ人間を連れて来ていることをやや怪訝に思う。 「これが、“真実”の報告書です」 そう言って、カカシは書類を火影に手渡した。 「うむ・・・どうしても気になってのぉ。ふむ、そうか・・・そうじゃったか」 目を通しながら、時折目を見張り、呟いた。 「虚偽の報告をしまして、大変申し訳ありませんでした」 恭しく、カカシは火影に対し頭を下げる。 「いやいや、これに添え書きしてある通り、波の国の事情とやらもよぅく分かったのでな。沙汰はないものとする。ご苦労じゃった」 「はっ。有り難う御座います」 「ところでカカシよ」 「は」 「先程から気になっとるのじゃが・・・その娘御は何じゃ」 きょとんとした、零れ落ちそうな程に大きく目を見開いて繁々と火影を見つめるを見遣って問うた。 「実は、彼女のことで火影様にご相談いたしたく・・・」 「美しい娘じゃな。カカシもようやく、身を固める気になったか」 お主も案外面食いじゃのぅ、と火影は豪快に笑った。 「はっ?! いえあの・・・そういう訳ではなくてですね・・・;」 突拍子も無い火影の言葉にカカシは素っ頓狂な声を上げて慌てたが、普通火影の執務室に独身のカカシが女性を連れてきて相談したいことがあるとくれば、そういう方向に考えるのが当然だった。 「何じゃ、違うのか。儂はてっきり・・・娘、名は何という」 「あ、ハイ。と申します。カカシせんせぇに付けていただきました」 「? カカシが付けた? どういうことじゃ?」 そこでカカシは、これまでの事の顛末を、順に追って詳細に説明した。 「成程のぅ・・・と言ったか。お主の顔立ちからするに、この大陸の何処の者でもないのは分かる。恐らく、遥か東の果てにあると言われている、未知の大陸の人間かも知れんのぅ」 「東の果て・・・?」 は昨日カカシの部屋で見た、世界地図と歴史書を思い出していた。 そこには、“これより先は未知なる世界”と書かれ、神秘のベールに包まれていて、世界全貌は分からなかった。 「そうか、それじゃもしがその東の果ての人間だとしたら、この辺の文献だけじゃ詳しく分からないから、がオレの家の文献をいくら読んでも、思い当たる術が無かったんだ」 火影の言葉を聞きながら、カカシは1人呟いた。 「それじゃ、そこまで送っていくよ、って訳にもいかないですねぇ。遠すぎる」 「カカシよ。この件については、儂も今少し詳しく調べてみよう。それまで、娘の世話をしてやるとよい」 「はっ。承知しました」 「独身のカカシには、いささか酷なことが多いかも知れんがのぅ。年頃の娘と生活か・・・」 ふぉふぉふぉ、と火影は含みのある笑いをした。 「め、滅相もない。間違いは起こりませんよ。こんな若い女のコとなんて、犯罪ですよ」 慌ててカカシは、赤面しながら言い放った。 「じゃがのぅ、年の頃も、お主と似合いではないか。どうじゃ、カカシ。この際このを娶っては・・・」 お主の元に来たのも、何かの縁かも知れん、と火影は更に笑う。 「似合いって・・・まだは・・・」 「20代前半というところじゃろう? 22〜3といったところか。確かカカシは、26じゃったな。丁度良いではないか」 「えっ?!」 「何じゃ、何を驚いておる」 「・・・16〜7だと思ってたんですが・・・;」 驚愕の目で、キョトンとしているを見遣った。 「そんなに子供ではないぞ。儂の人を見る目は確かじゃ。この娘は、もう成人しとる。確かに、童顔ではあるがな」 「へ・・・っ」 火影の前ということを忘れ、カカシは間抜けな声を発した。 「まぁそれはよい。カカシよ、お主の写輪眼で見たは、どう映った」 お主のことじゃ、見たのじゃろう? と火影は問うた。 「は・・・膨大な、不思議なチャクラを持っています。かなり強大と思われます。後は治癒能力を持っていることは実践で分かっているのですが、の記憶が分からないのと同じで、その他については靄がかかったように、はっきり見えてきませんでした」 「ふむ・・・記憶が無ければ、どんな能力を持っているかも分からんし、使い方が分からぬから宝の持ち腐れじゃのぅ。儂には、かなり色々な能力を秘めているように感じるが・・・」 査定するように火影はを繁々と見つめたが、の白くてしなやかな、突き出た長い手足と豊かな胸が眩しくて、顔を赤らめつつ、一つ咳払いをした。 「その事なんですが火影様、は見たものをコピー出来るようなんですよ」 「コピー? 何をじゃ」 「例えば、私が変化の術や分身の術を目の前でやってみせたら、正確にやってみせたんです、このは」 「何と・・・まことか」 キョトン、と笑顔で佇むに、2人の視線が集中する。 「やってみせてはくれぬか、」 「、火影様に、今朝家でやった変化と分身をやってご覧に入れろ」 「あ、ハイ。えっと・・・えぃっ」 カカシに変化する。 続けて5人に分身する。 「ほぅ・・・」 「まだ人格の方まで完全になりきることは出来ないのですが、忍術書を読んでコツが分からなかったからやってみせてくれと言われて見せたら、このように出来た訳です」 「まぁ、人格など、そんなものは人物の研究をすればおのずと出来ることじゃ。しかし、大したものじゃのぅ・・・おぅ、気になることが一つある。よ、その額当てと口布を外して見せてくれんか」 「ほ、火影様っ;」 「何、心配いらん。他には誰もおらん」 言われるがまま、は分身を解いて1人に戻り、額当てを解き、口布を下に下げた。 「ほぅ・・・寸分違わず正確に変化しておるな。他の者はここまで正確にカカシには変化出来んからのぅ・・・」 チラ、と火影はカカシを見た。 「そうなんです。は、写輪眼まで正確に出来てるんです。これも、彼女の能力によるものではないかと・・・」 「・・・というと?」 「このことによって、彼女は、見たものをコピーできる能力がある事が分かりました。この私の写輪眼のように。だから私の写輪眼も正確に変化してみせることが出来た。写輪眼と似た能力を、彼女は持っているんですよ。私達の知らない、特別な何かの・・・」 カカシに、戻っていいよ、と言われたので、は元に戻った。 「ふぅむ。お主と同じ能力を持っているのなら、忍びとしてもやっていけそうじゃな。治癒能力があるなら、医療忍者という道がある。もしがどのような方法を駆使しても自国に帰れぬとあれば、この里で生きる術として、それも視野に入れておいてはみてくれぬか。どうじゃな、カカシ」 「そうですね。オレの印がどこまで持続するのかも、まだ分かりませんし」 「よ」 「ハイ」 「カカシは今日は非番じゃから、里内を案内してもらうとよい。が、明日からは任務で忙しくなる。気が向いたら、儂の元へ来るがよい。話し相手にも案内役にもなってやろう」 「あ、有り難う御座います。宜しくお願いします」 そう言っては、ペコリ、と大きく頭を下げた。 「優しそうな人ですね、火影様って。大きくて、あったかい感じ」 執務室を退室し、廊下を歩きながら、はカカシの腕にしがみついた。 「・・・下心見え見えなんだよなぁ、あのお方も・・・」 「え? 何か言った?」 ポツリと呟いたカカシの言葉は、には聞き取れなかった。 「いや、何でもないよ。さて、どこから見て回ろうか。買い物もしないといけないしね」 まずはアカデミーに行こう、とカカシはポケットに手を突っ込んだまま、を引き連れて歩いていた。 ふと、見知った顔に出くわす。 「あ・・・」 仕事に入っていた、イルカだった。 「カカシ先生、おはようございます。火影様の所からのお帰りですか」 「えぇ、まぁ。昨日は家まで来ていただいたのに、留守にしていてすみませんでした、イルカ先生」 「イルカせんせぇ、おはようございますvv」 カカシの腕にきゅっとしがみついたまま、はニコッとイルカに対し微笑みを向ける。 「あっ、おはようございます。昨日は伝言お願いしちゃって、すみませんでした。火影様からの重要な伝言だったのに、更に伝言するという、あるまじきことをしてしまって」 やはりを見ると顔を赤らめるイルカは、頬を掻きながら、あせあせと喋った。 「減棒モノですよ、イルカ先生? なんてね。大丈夫ですよ、内緒にしときますから。ちゃんと間違いなくオレに渡りましたから。彼女も言いつけ通り、見てはいませんし」 「はは・・・助かります。それより彼女は・・・? お客さんですか?」 「あ、いや・・・お客と言うか・・・」 「あ! やっぱりそうでしたか! ついにカカシ先生も家庭を持つ気になったてことですか? 綺麗な方で羨ましいですね〜!」 「やっ! そんなんじゃないですよっ! 彼女は訳ありで・・・」 「またまたぁ〜。照れなくってもいいですってば。愛があれば年の差なんて関係ないでしょう。世の中、10歳くらい離れた夫婦なんて、いくらでもいるんですから」 「だからオレ達はそんなんじゃ・・・」 が腕にしがみついてるから誤解されるのだ、とカカシはから離れた。 「イルカせんせぇ? 私、20代ですよ」 が、はすぐにまたしがみついてくる。 「え?!」 「22〜3かな。ね、カカシせんせぇ?」 カカシはもはや、弁解する気力は失せた。 「そっ・・・それは大変失礼なことを・・・; って、え? 22〜3って・・・?」 半端な物言いに、イルカは怪訝に思う。 「えっと、多分それくらいだろうって、火影様が」 「あぁ、いやいや、何でもないんですよ。お仕事頑張って下さい、イルカ先生。行こう、。邪魔をしたら悪いからね」 まさか仕事中のイルカにいちいち細かく事情を説明する訳にも行かないので、カカシは言葉を濁し、の肩を抱いてそそくさと去っていった。 「さんって言うのか・・・綺麗な人だよなぁ。カカシ先生もスミに置けないな、いつのまにあんな綺麗な人と・・・」 傍から見ると仲良さそうに去っていく2人の姿を見送りながら、イルカは呟いた。 |