【出会いはいつも偶然と必然】 第五章 カカシとの共同生活が始まって、十日が過ぎようとしていた。 夕方、任務を終えたカカシは報告書を提出した帰り、廊下でアスマと紅に会った。 2人共、カカシと同じく、今年の新人下忍を担当している上忍師だった。 「よぅ、カカシ。任務の帰りか?」 「あぁ。オマエ達もか? アスマ、紅」 「そ。外でバッタリアスマに出くわしたのよ」 「この後は詰め所に行くんだろ? カカシ。オレ達も報告書を提出したら行くから、ちったぁ、世間話でもしようぜ」 「分かった。待ってる」 そう言い残し、カカシは姿を消した。 まだ陽は高い。 夕食時にもなっていないので、上忍であるカカシ達は、時間まで、詰め所で有事の為に待機していなければならなかった。 先に、任務を早めに終えたという特別上忍のゲンマが居たので、茶を飲みながら、他愛もない世間話をしていると、間もなくアスマと紅もやってきて、続けてアカデミーの仕事を終えた特別上忍のアンコもやってきた。 任務は守秘義務がある為話せなかったが、お互い担当する新人下忍や、アカデミーの候補生達の話に花を咲かせ、それが息抜きになった。 「ところでカカシ、一時期アンタが結婚したって噂が流れてたんだけど」 団子を頬張りながら、アンコはカカシを見遣った。 ぶはっ、とカカシは含んでいた茶を噴いた。 「ほぉ〜っ。そりゃ初耳だな。はたけカカシ26歳もついに年貢を納めたのか?」 アスマの感嘆に、ゲンマは含みのある顔で様子を眺めていた。 「デマだよ、デマデマ。オレはまだ独身です」 誰だよ、そんな噂流したの・・・、とカカシは息を吐く。 「え〜っ、そうなのぉ〜っ? なぁ〜んだ、つまんないの」 「まだってことは、そのうちするってことでしょ、カカシ上忍」 不敵な笑みで、予定がおありなんでしょ? とゲンマはカカシの言葉じりを捕まえた。 また失敗した、とカカシは深く溜め息をつく。 「予定なんて無〜いよ。当分ね」 困惑した表情で、カカシは頭を掻いた。 ゲンマは何か知ってそうだな、とカカシはゲンマをチラと見たが、ゲンマはニヤニヤと笑っているだけで、何も言ってこなかった。 「じゃあ、何でそんな噂が流れたのよ」 「さ〜ね。転んだ女性を助けてたら、そういう風に誤解されたのかもね」 カカシは、のことを言ったらうるさくなりそうだったので、黙っていることにした。 との生活のことは、まだばれていないようだ。 「で? 結局の所、どうなのよ」 茶を啜りながら、紅はカカシを見遣った。 「何が?」 イチャパラの頁を捲りながら、気のない返事を返す。 「アンタの私生活よ。浮いた噂一つ聞かないけど、サッパリな訳?」 「別にいいでしょ、サッパリだって。忍びたるもの、淫らな思いに溺れるべからず、ってね」 「アラ、別にい〜じゃないよ。忍びだって、人間よ? それにいずれは誰かと結婚して、子孫を残す役割もあるんだし」 アンコの食べた団子の串は、山盛りになっていた。 「あのなぁ、カカシ。オレ達ゃ、健康な若い男だぜ? 枯れたジーサンみたいな台詞吐くなよ」 火影様だってもっと寛容だぜ? とアスマはタバコを燻らせる。 「好きな人とかいない訳?」 「・・・いな〜いよ。今のところはね」 「・・・まさか、初恋もまだとか言わないでしょうね?」 「はっはっはっ、それは無い無い。カカシ、まさかオマエ、まだ例の思い出を忘れられんのか?」 豪快に笑いながら、アスマはカカシを見据えた。 カカシはギョッとして、アスマを見返す。 「なになに〜? 例の思い出って」 「木の葉のエリート・はたけカカシに甘酸っぱい思い出発覚?! キャ〜ッvv」 途端に詰め所内は色めき立つ。 「何でオマエが知ってるんだっ、アスマッ!」 「いけねっ。黙ってようって言ってたんだっけ」 頭に手をやり、仰け反るアスマ。 「・・・何で知ってるのか、教えてもらおうかな、アスマ先生?」 内心かなり焦りながら、カカシはアスマを強く見据えた。 「ん〜・・・アレは3〜4年前だったかなぁ。何人かで呑みに行って、将来のこととかも語ってた訳よ。アンコじゃねぇが、いずれは家庭を持って子孫を残していくのも役目だからな。まぁ男ばっかりの味気ねぇ飲み会だったが、色恋にも話が行ってな。それぞれ、好みのタイプや好きな女や付き合ってる女の話をしていてな、カカシはその手の色っぽい話が全然ねぇから、皆で追求した訳よ」 「ちょっと待て! オレはそんなの、全然覚えてないぞ!」 いつの話だ、とカカシは赤面して問い質す。 「そりゃ、皆かなり呑んでたからな。皆で示し合わせて、オマエにガンガン呑ませてよ。ベロベロに酔っ払って口が軽くなったところを、尋問したのさ」 アスマは尋問隊長経験者だったので、固い口を割らせるのは得意だった。 そして、その当時カカシがうっかり口を滑らせた、今から10年前の思い出をアスマは皆に聞かせた。 赤裸々に語られるそれに、カカシは顔を手で覆い、話の輪から顔を背けていた。 「へ〜っ。何よ〜、いい話じゃな〜い」 「それで今でもその人を探してるって訳? キャ〜ッ、いじらし〜い! 意外と純真なんだぁ、カカシって」 「ウルサイよ、キミタチ」 照れるカカシは、ぐぃっとお茶を飲み干した。 「懐かしい話ですね。木の葉のエリート・カカシ上忍が口を割るなんてこと、アレが最初で最後じゃないですか?」 特に自分のことは、と不敵に笑いながら、ゲンマも茶を啜った。 「あぁ、オマエもいたっけな、ゲンマ」 「・・・っ、その時、ガイは居た?」 「イヤ、アイツは酒弱いからな。強い連中だけで集まったんだよ、確か。弱いヤツじゃ、呑ませてもすぐに眠っちまうんじゃ、面白くねぇからな」 その言葉に、カカシは一先ず安堵した。 「じゃあ、ガイは知らないんだよな?」 「あぁ。あの時呑んだ連中しか知らねぇよ、安心しろ」 「安心しろって言われてもなぁ・・・」 紅達にばれたじゃない、とカカシは息を吐く。 「あら、安心していいわよ、カカシ。アンタのその想いはとても純粋で高潔なものだと思うから、からかったり口外はしないから」 「そりゃど〜も・・・」 「で? その人を見つけるまで、独りを貫くって訳?」 女遊びもせず? とアンコは問うた。 「・・・女遊びなんてしないけど、別に今はそのことは考えてないよ。思い出は思い出。今は、今を生きるだけだよ。過去に捕らわれてばかりじゃ、死んでいった仲間達も浮かばれないからな・・・」 皆、そんなこと望んでないと思うんだ、とカカシは柔らかく呟く。 「そんなに入れ込む程美人だった訳? 捜し人は」 未だに忘れられない程? とアンコは更に問うた。 「茶化さないでくれ。まぁ、あれ以来それ以上の女にはお目にかかっていないのは事実だけどな」 「紅と比べても?」 「何で私が秤なのよ、アンコ」 「里一の美人くの一じゃないさ。綱手様はおいといて」 「ん〜〜・・・紅には悪いけどね。誰かと比べるのもおこがましいよ。それ程・・・って、何を言わすんだ」 でもま、あれから10年だし、今頃は紅のような大人の女に成長してる筈だよな・・・とカカシの目は遠くを見つめる。 優しさを帯びた瞳。 それを見て、誰もが同じことを思った。 「でもカカシ、アンタ最近変わったわよね」 「そう? 別に変わったつもりは無いけど・・・」 さっき言ったような考え方は、つい最近始まった訳でもないし、とカカシは茶を注ぐ。 「そうね、変わったわ」 その事だけじゃないわよ、と紅もアンコの言葉に同調する。 「何て言うのかな、表情が穏やかになったわよね。前は、飄々としてるくせに実は常にカミソリみたいで、触れたら切り裂かれそうだったのに、優しい顔をするようになった」 「チャクラの質も変わったわね。前から強かったけど、深みを増した感じ」 「やっぱ、初めて部下を持って、ヤンチャなガキ共の相手をしてると、毒気も抜かれるのかね」 「そっか! カカシが合格者を出したのって、初めてなんだっけ。それでなんだ」 保護者気分の訳だ、とアンコは更に団子を頬張る。 「ん〜・・・別にそれだけじゃないんだけどね」 「でも意外ね。今まで一度も合格者を出さなかったくらい厳しかったのに、一旦合格させたら、こんなに豹変するものなの?」 「確かにな。でもカカシはあの4代目の教え子だし、その魂を受け継いでいる訳だから、厳しい中にも暖かさをもって、ってヤツなんじゃないのか」 「・・・そういう心境になれるだけ、私生活が充実してるんでしょ」 黙ってやり取りを聞いていたゲンマが、口添えした。 やっぱりゲンマは知ってるんだ、と内心穏やかでないカカシはゲンマを見遣ったが、ゲンマは不敵に笑い、視線を逸らす。 「なぁにぃ? 何か心境の変化でも起こるような出来事でもあった訳ェ?」 「そりゃ、生きてりゃ、人生色々あるでしょ。此処の名前の通りにね」 これ以上追求されたら困る、とカカシは時計を見遣った。 「さて、時間だよ。帰ろう。皆、オレのことばっかり根掘り葉掘りで、ずるいよ。今度、皆のことも訊かせてもらうからね」 「おぅ、いいな。今度呑もうぜ」 「あっ、さんせ〜い! 時間作って、飲み会しよ?」 「アンコ、アンタ弱いんだから、程々にしなさいよ。この前だって・・・」 「紅みたいなウワバミ相手にしてたら、誰だって潰れるわよ!」 ワイワイと騒ぎながら、詰め所を後にし、それぞれ自宅に向かって散っていった。 「ゲンマ君! 待ってよ、ゲンマってば!」 カカシは真っ直ぐ家には向かわず、ゲンマの後を追って呼び止めた。 建物の上でゲンマは立ち止まり、振り返る。 「・・・何ですか? カカシ上忍」 高楊枝で、腰に手を当てる。 「ゲンマ君、知ってるんでしょ」 カカシはポケットに手を突っ込み、歩み寄った。 「何をですか?」 「しらばっくれて・・・のことだよ」 「? あぁ、って言うんですか、噂の奥さんの名前」 ご結婚おめでとうございます、とゲンマは不敵に笑う。 「だからオレは結婚してないって何度言ったら・・・」 「冗談ですよ。記憶喪失の女性を預かってるんでしょ」 「・・・そこまで知ってるの?」 慌てふためいていたカカシは、ハタとゲンマを見据える。 「ま、ちょっとしたきっかけでね。でも顔見知り程度ですよ」 「顔見知り程度にしては、随分詳しいように見えるけど・・・」 「ちょくちょく、何故か行く先々でバッタリ見掛けるんですよ。それでちょっと話すようになって。その前に、商店街でカカシ上忍が結婚したのしないの噂を聞いていて、その時に彼女と知り合って、オレがアナタと同じ格好してるから、知り合いだと思ったんでしょ。で、話を聞いて、色々相談に乗ったり、アドバイスしたりして。それだけですよ」 「それのどこが顔見知り程度って言うんだ! かなり親しいんじゃないか!」 「そうとも言いますかね」 しれっ、とゲンマは言い放つ。 「、アナタのことばかり話してますよ。随分慕われてるじゃないですか」 「そ、そうかな・・・そうかもな・・・」 猫みたいにじゃれてくるからなぁ、とカカシは赤面する。 「・・・カカシ上忍、がアナタのことをどう思っているか教えましょうか?」 ニヤ、と面白いことを思い付いた、と思いながらゲンマは笑う。 「え? 何て・・・」 「その前に。アナタは、のことをどう思ってるんですか?」 「え?」 「の気持ちだけ教えて、アナタは何も言わない、じゃ不公平でしょ。ここは公平に、貴方がをどう思っているか言ったら、教えますよ」 ゲンマは不敵に笑い、カカシを見据える。 「な、何て思ってるかなんて・・・別にオレは、のことは・・・」 「そうですか。じゃあ、教えないということで」 そう言ってゲンマは、その場を去ろうとした。 「えっ、ちょっと待ってよ、ゲンマ君!」 「・・・どう思ってるんですか?」 背を向けていたゲンマは、顔だけカカシに向けた。 「・・・可愛いと思ってるよ。といると、癒されるんだ」 「・・・それはオレの望む答えじゃないですね。それじゃあ教えられません。じゃ、失礼します」 「えっ、そんな、待ってよ!」 カカシの呼び止めにも止まらず、ゲンマは夕闇を駆けていった。 「何だよ、気になるじゃないか・・・。ゲンマのケチ。オレをからかって、楽しんでるんだ」 プクゥ、と膨れていると、突如影が目の前に降り立つ。 「あ、そうそう、言い忘れてましたよ」 「なっ・・・ゲンマ・・・君」 ゲンマが再び戻ってきたのだった。 「のことですけどね。彼女、病院に行かせたらどうですか?」 「病院? 前に案内したけど・・・」 「観光気分じゃなくて、彼女の能力の使い方ですよ」 「能力・・・? 治癒のことか?」 「、強いチャクラを持っているでしょう。病院で病人や怪我人と触れ合ったら、自覚していない能力も、自然と使いこなせるようになると思うんですよ。今のままじゃ、無意識に掠り傷を治す程度でしょう? 慣れていけば、もっと高い能力に目覚めると思いますよ。医療忍者になりたいようなことも言ってたから、オレはそれをまず勧めますがね」 「そうか・・・それもそうだな・・・」 「今度会ったら言おうと思ってたんですが、たまたまこうして話題に上ったことですし、アナタの方から言っといてみて下さい」 それから、オレは別に楽しんではいませんよ、真面目に訊いたんです、と言い残し、今度こそゲンマは闇に消えていった。 まんじりともしない気持ちで、カカシは家に戻った。 「あ、おかえりなさ〜いvv」 「た、ただいま」 エプロン姿のが、ぱぁっと花のような明るい笑顔でカカシを出迎える。 を見て、カカシは思わず鼓動が高鳴った。 『はオレをどう思ってる・・・?』 好意的に思われているのは分かる。 だが、はゲンマと、何をどのように話したのだろう。 ゲンマは何をどう訊き、は何を答えたのだろう。 はオレに好意を持っている。 だがそれは、の純粋無垢故の、誰に対しても持つ、母性愛のようなものだ。 恐らく、イルカやゲンマにも、ナルトやサスケやサクラにも、同じように、分け隔てなく好意を持っている筈だ。 オレだけにじゃない。 オレだけが特別じゃない。 カカシは、胸の奥に微かな痛みを覚えた。 『・・・何だ? 今のは・・・』 それが何なのか、今のカカシには分からなかった。 「カカシせんせぇ? ご飯冷めちゃうよ」 きゅっ、と腕に絡みついてくる。 は多分、こういう時、何も考えていない。 無意識の行為だ。 だがカカシはハッと我に返り、着替えに部屋に向かった。 食後の茶を飲みながら、カカシはの片付けの後ろ姿を眺めていた。 これは当たり前の生活じゃない。 年頃の若い男女が、ただ一つ屋根の下に共に暮らしている。 将来を約束した仲でもないのに、夫婦のような過ごし方。 このままでいいのか、と思う。 『好きな人とかいない訳?』 『いな〜いよ。今はね』 カカシは先程、詰め所でそう言った。 10年前の思い出の女。 『オレは、何故あの女を探してるんだろう・・・? もう随分昔のことだというのに。好き・・・だからなのか?』 その女と面影のダブる。 果たして今でも、あの女を好きなのか。 それとも何か別の感情があるのか? あの時のデジャビュに襲われる、との生活の日々。 何度邂逅したか知れない。 その度に、は別人なのだから、と思いを打ち消す。 カカシは、昔ほど強く思いを引き摺ってはいない、が忘れさせてくれる。 そう思っていた。 それぞれの風呂上がり、いつもカカシとは居間でくつろぐ。 珍しく、カカシは酒を食らっていた。 は欲しがらなかったので、1人で呑んだ。 浴びるように酒を食らうカカシに、珍しがりながらも、は身体を預ける。 いつもの光景だったが、傍から見れば、どう見たって恋人同士だ。 それを分かっていて、カカシはを拒絶せず、の醸し出す暖かく柔らかな空気に癒され、自然と肩を抱いていた。 は心地好さそうに、一通り話し終わると、いつも本を読んでいる。 そして、時折ぽつり、ぽつり、と会話を交わす。 一日で、一番癒される時間だった。 このままでいいのか、と思いつつ、カカシは、このままでいいや、とも思っていた。 「、最近は昼間は何してるの?」 「昼間ですか? えっと、アカデミーの見学して、お昼に火影様の所に行ってお喋りしながらご飯食べて、たまにカカシせんせぇ達の演習覗きに行って、後は図書館に行って本読んでるの」 きゅっ、とはカカシの身体にしがみつく。 豊かな膨らみが押し付けられるいつものこの行為に、カカシはやはり慣れることは出来ず、かといって拒絶も出来ない程身体は正直で、己をごまかす為に、赤面して一層酒を浴びる。 酒は滅法強かったが、度数の高い物をハイペースで食らっている為、思考がやや麻痺してきていた。 おかしな気分にもなってくる。 「図書館?」 尚一層、強くの肩を抱いた。 は嬉しそうに、ふにゃ、と笑い、益々強くしがみついてくる。 「うん。本が一杯あるから、退屈しないよvv」 面白い本が一杯あるの、とカカシを見上げて上目使いに微笑むが眩しかった。 この笑顔はオレだけに向けられてる訳ではないんだよな、と思いつつ、ふと思い出したことを尋ねた。 「そう言えば、いつの間にゲンマ君と知り合ったの? 」 オレ、知らなかったよ、とカカシは少々面白くなさそうに口を尖らせる。 「え・・・?」 「ホラ、いつも楊枝・・・千本か、くわえてる、ぶっきらぼうな口調の男。オレに対しては敬語使うんだけどね、知り合いなんだろ? 随分親しいみたいだけど」 「あぁ、ゲンマさん? うん、時々会うよvv とっても親切でね、図書館のことも、ゲンマさんが勧めてくれたの」 優しい人だね、とは微笑む。 恐らく、ゲンマに対する時に向けられる笑顔。 いつもと変わらない。 「そのゲンマ君も言ってたんだけどね、オレも考えてたことなんだけど。、病院に行ってみない?」 のその微笑みを見て少々ムッとしたカカシは、ゲンマだけがいい人に思われるのが何だか癪だったので、多少言葉を変えてに言い聞かせた。 「病院? カカシせんせぇに案内してもらったよ? それに私、どこも悪くないよ。記憶は無いけど・・・」 「いや、かかりに行くんじゃなくてね。のその能力のこと。傷とか治せるだろ? でも、自覚がないから、折角の能力も、埋もれたままだ。病院に行って色んな患者と触れ合ったら、何かのきっかけで、もっと能力を自由に使いこなせるようになると思うんだよね。どうかな」 を見遣って、髪を優しく撫でながら、言い放った。 「そうですね・・・行ってみようかな」 どれくらいのことが出来るのか、自分でも興味あるし、とは顎に人差し指を当てて呟いた。 「重病人を治せるくらいの力があるかも知れないよ」 医療班もお手上げのような、とカカシは口添えた。 「病院にも私みたいな能力持った人がいるの? 医療忍者とかも?」 「あぁ、病院には、普通の医者と看護婦の他に、忍医とか、治療能力を持った医療班がいるよ。医療技術の研究施設もある。医療忍者ってのは、任務を行う時の基本小隊のフォーマンセルの中に1人加わって、仲間の怪我を治したり、サポートしたりするんだ。医療スペシャリストの中には、かなり強い治療能力を持ったヤツがいるよ」 「あっ、じゃあ、私の記憶喪失とかは、治せないのかな?」 「う〜ん・・・どうだろうなぁ。医療上忍とかなら、確かにそういう能力はあるよ。でも、の場合、オレの写輪眼でも見切れなかったくらいだから、この家から出られないのと同じような理由で、より高い障壁が阻んで、無理かも知れないよ。残念だけど」 「そっかぁ・・・」 しゅん、とはうなだれる。 「でも、試す価値はあると思う。オレの方からも話を通しておくから、行ってみるといいよ」 「ハ〜イ」 「さて、夜も更けたし、もう寝ようか」 「あっ、カカシせんせぇ、私ちゃんと約束守ってベッドで寝てるのに、何で来てくれないの?」 一緒に寝ようよ、とは膨れる。 「行っていいの?」 の言葉に、酔っているカカシはゴクリと喉を鳴らす。 「来て来てvv」 毎晩待ってるのに、とはカカシの腕を引っ張った。 どうしてはこう、男冥利に尽きるような言葉をポンポンと吐いてくれるのか。 男なら、一度は女に言われてみたい台詞を、は度々口にする。 天然なのが難点だが、その度にカカシは惑わされていた。 「ダ〜メ。チャクラ練り込んであげるから、クッション抱いて1人で寝なさい?」 「え〜〜〜〜〜っ」 「え〜じゃない! もう、毎晩毎晩、同じことを言わせないの」 「カカシせんせぇと一緒に寝たいのぉ〜」 「だから言ってるでしょ、オレ自信無いって」 「? 何が自信無いの? 朝起きれないって事? 毎朝起きてるじゃない」 「そうじゃなくってね・・・いいかい、。男ってのは、危険な生き物なんだよ」 カカシはの両肩を掴み、目線の高さを合わせて真摯な瞳で見据えた。 「何が危険なの? あ、忍者は死と隣り合わせだから、毎日危険に晒されてるって事?」 あさってのの発言に、カカシはがっくりうなだれる。 「違うよ。もう、どう言ったら分かるかな・・・この前、サクラ達には、オレは鬼畜でも野獣でもないって言ったけど、オレは鬼畜だし、野獣だよ?」 それでもいいの? と酔いで目の座るカカシは強くを見つめた。 「野性って事・・・? カッコイイねvv」 ダメだ、とカカシは諦めた。 「ねぇ、一緒に寝ようよぉ・・・?」 闇色の瞳を潤ませて懇願するの姿に、カカシは己が昂ぶっていくのを感じた。 「ダメダメ。ホラ、寝室に行って・・・」 「や〜〜〜っ!!」 抵抗するを抱き上げ運んでいき、寝室のベッドに下ろすと、オヤスミ、と額に口付けを落とし、クッションを抱き締めさせて、カカシは寝室を出て行った。 膨れていただったが、額に手をやり、クッションに練り込まれたカカシのチャクラの優しさにぎゅっと抱き締め、ストンとベッドに横になった。 「酔ってるな、オレ・・・やっぱ最後のオデコにチューは余計だったか・・・眠れなくなっちまった・・・」 ソファに横になっていたが、悶々としてきて幾ら時が過ぎても眠れないので、昂ぶる己を鎮めさせようと、の飲んでいた清涼飲料水をがぶ飲みした。 爽やかな飲み口に、幾分気分が抑えられてくる。 印を結んで平常心を取り戻し、再び横になって目を瞑る。 が、静謐の空間に、どうしても色々と思考が巡ってしまう。 「参ったな・・・オレ、このまま何事もなくと暮らしていけるんだろうか・・・」 は、純真無垢だ。 己の淫らな思いで汚してはならない存在なのだ。 無理矢理そう思い込むことにし、なるべくボディタッチは避けよう、と決め込んだ。 そうしないと決心が鈍る。 自制心に自信がない。 ふと、のチャクラが部屋中に満ちてきた。 『、膨れてたけど眠ったな・・・』 が眠ると、いつもチャクラが家中に充満していった。 『多分、眠ることによって閉ざされている真の力が少しだけ解放されるんだ・・・その辺りに、の力に関しての鍵がありそうだな・・・一度詳しく調べてみるか・・・何か少しでも手掛かりが得られればいいが・・・』 の暖かく柔らかなチャクラは、とても心地好かった。 邪念を抱いていても、解消してくれた。 それ故、今まで何とか何事も起こらず過ごしてこられていると言えよう。 に包まれている感じが優しくて、その心地好さに身を委ね、カカシはいつしか眠りについた。 「ぎゃっ」 丑三つ時。 何事かの物音が窓の外から聞こえたが、カカシは気付かずに眠っていた。 翌朝、顔を洗って着替えている時、早朝だというのに何やら家の外が騒がしいことにカカシは気付き、窓を開けて下を見遣った。 「カカシせんせぇ・・・? 何か騒がしいけど・・・何?」 も起きて、目を擦りながら居間にやってきた。 「おはよう、。何だか、下に人垣が出来てるみたいだ。見てくるよ」 着替えを済ませ窓から飛び降りると、何やら、男がわめいていた。 「何だ、何があった?」 「泥棒だよ。そこの家に、夜中に侵入したらしいんだ」 近所の住人が、カカシの隣の家を指す。 「それがどうして、未だに此処にいるんだ? 逃げもせず」 「それがねぇ、言ってることが意味不明なんだよ」 「金目の物盗んで、屋根伝いに逃げようと隣の家に移った時、窓に触れたら、身体に電流が走ったみたいになって、気が遠くなったんだ。痛ぇよっ」 男は火傷をしたのか、怪我を負っているようで、自由に身動きが取れないようだった。 「カカシさん、アンタ家に賊侵入防止の障壁でも張ってるのかね」 「いや・・・そんなものは張ってないが・・・ま、この男は番所に突き出してくるよ」 思い当たるのはだったが、取り敢えず男を担いで番所に置きに行った。 「カカシせんせぇ・・・?」 戻ってくると、が窓から顔を覗かせていた。 カカシは飛び上がって窓から室内に戻り、ふとを見遣った。 「何があったの?」 「夜中にね、隣の家に泥棒が入ったらしいんだ。でも、逃げる際にオレの家の外を伝っていこうとして窓に触れたら、電流が走って気を失ったとか言ってる」 かなりの怪我を負ってたよ、とを見遣った。 「私・・・? 何・・・?」 「、キミには、この家から出られないっていう、障壁がに対し働いているだろ。それと同じ原理で、キミに仇なすものが侵入できないように、外側からも障壁が働いているんじゃないかなと思うんだ。内側と外側、両方からね」 「ふ〜ん・・・よく分かんないけど・・・」 「だからあの泥棒が、窓に触れたら被害に遭ったと思うんだ。キミに危害を加える訳ではなかったけど、悪いヤツであることに変わりはないからね。一歩間違ったら、この家に侵入しようと思ってたかも知れない訳だし」 「・・・何か、凄いですね、それって」 「ま、それがの能力なのか別のものなのかは分からないけど、その事も病院で相談してみるといいよ。今日も火影様の所に行くんなら、火影様にもお話しして」 「ハ〜イ」 の正体を掴む上で、また一つ鍵を握った、とカカシは思った。 「カカシせんせぇ?」 「ん?」 「ぎゅってして?」 きゅ、とはカカシに抱きつく。 「おい、こら・・・」 顔を赤らめながら、カカシは手を泳がせた。 「して?vv」 「・・・っ」 昨夜の決意は何処へやら、に請われるままに、カカシはを抱き締めた。 「どしたの、一体」 「・・・えへvv」 カカシの感触を確かめるようにはカカシに抱きつき、ニコ、と笑ってカカシを見上げ、離れると着替えに駆けていった。 「何なんだ、一体・・・?」 火影の元で相談をし、昼食を摂った後、は病院に向かった。 「どんな人がいるのかな・・・」 病院は、外来も患者で賑わっていた。 院内を彷徨いていたは、どうしたらいいのかな、と医局を覗いてみた。 が、皆忙しそうなので、手を止めさせる訳にもいかず、ウロウロしていた。 腕を怪我した小さな男の子が、廊下を駆けている。 その後ろから、子を探す母親の声がした。 外来に来て順番を待っているようだった。 怪我をしているのに走ったら危ないよ、と思いながらは眺めていたが、案の定、男の子は躓いて転んだ。 我慢強い子らしく、泣きたいのを堪えている。 恐らく、そう躾けられているのだろう。 男の子の元に歩み寄ったは、男の子を起こし、埃を払った。 キョトンとしている男の子に、ニコ、とは微笑む。 「痛いの痛いの、飛んでけ〜っ!」 黄金色のチャクラが、男の子を取り巻く。 すると男の子はすっくと背筋を伸ばし、腕をぶんぶんと振り回した。 「ママ〜ッ! 痛いの治ったよ〜!」 たたた、と駆けていく。 驚いた母親は、そっと子供の腕に手をやった。 男の子は、笑顔でその場に立っている。 通りかかった医師が診ると、骨折していたらしかった腕はすっかり骨がくっつき、元通りの何ともない状態に戻っていた。 「あのね、あのお姉ちゃんが、痛いの痛いの飛んでけ〜って治してくれたの」 「え?!」 医師と母親が男の子の指す方向を見遣ると、は微笑みながら手を振った。 「あの・・・有り難う御座います」 ペコ、と母親は頭を下げた。 「あっ、気にしないで下さい。私も自分の能力を試しに来たんで。お役に立てて良かったです」 幾らか話をした後、バイバイ、と帰っていく親子連れに手を振り、ふと今自分の行った行為を思い出し、手を見つめた。 「能力というと、治療能力がおありで・・・?」 医師が興味深げに、を見遣る。 「あ、ハイ。そうみたいです。でも使い方が分からないので、此処に来たら分かるかと思って」 「あの・・・お名前は?」 「って言います」 「あ! 火影様とはたけ上忍からお話は伺ってます! 何でも、記憶喪失でいらっしゃるとか・・・高い能力が潜在している筈だから、それを引き出せないかって」 こちらへどうぞ、と医師は特別診察室へ案内した。 「丁度先程長期任務から帰ってきた医療上忍の方がいらしてくださいますので、少々お待ち下さい」 そう言い残して医師は出て行き、暫く待っていると、より少し年上くらいの女性がやってきた。 「涼風ヒヅキです。宜しく」 手の空いた医師や看護婦も同席する。 医療上忍という女性・ヒヅキは色々とから話を聞き、火影やカカシから聞かされていた話も踏まえ、の記憶を呼び戻そうと試みた。 「リラックスしていてくださいね・・・」 の額に手を当て、チャクラを込める。 「きゃあっ!」 が、ヒヅキは弾き飛ばされたように、から後退った。 「どうしたんですか」 「ダメです・・・何か、幾重にも鍵がかかっていて、こじ開けようとしても堅固で・・・とてつもなく強い“意思”が阻んでいるみたい・・・」 僅かの時間だったというのに、ヒヅキはかなり消耗して、疲労が伺えた。 「やっぱり、ダメですか」 しゅん、とは寂しく微笑む。 「何か見えたこととかは無いですか?」 医師はヒヅキに尋ねた。 「とても神々しい光を感じました。そうですね・・・神殿かな・・・その中央に、水鏡があって、その中に鍵が浮かんでいて、それが恐らく、さんの記憶を封印しているのではと・・・でも、靄がかかったように、あやふやではっきりしません」 「はたけ上忍の家から出られないって言う障壁については、何か分かりますか? 後、今朝の泥棒の件とか」 「・・・同じく、靄がかかっていて分かりません。でも、その首の飾りに、何かしらの強い力を感じます。でも、邪悪なものではありません。とても神々しいものです」 ふと、ヒヅキはを見据えた。 「私が考えるのは、この世界の常識では測れないような、強大な力をさんは持っていて、もしかしたらとてつもなく強い位につく能力者ではないかということです。あくまで、私の推測ですが・・・」 「そうか・・・もし火影様のおっしゃるように、さんが遥か東の果ての未知なる大陸の者だとしたら、そう考えるのが妥当かも知れませんね・・・研究院で、詳しく調べてみましょう。さん、協力していただけますか」 「あ、えぇ・・・何かすみません・・・ご迷惑お掛けして・・・」 「さんが気にされることではないですよ。さんのことを調べて何か分かれば、歴史的発見になるかも知れませんから。あ、でも、さんが不快でなければの話ですが・・・」 「あ、私は構いません。何でもしますので、宜しくお願いします」 ペコ、とは皆に頭を下げた。 「じゃ、私の方からも話を通しておきますね」 「それであの・・・此処に来たのは、その私の能力についてなんですが・・・」 「あぁ、使い方が分からないっていう。そうですよね、記憶が無いんじゃ、折角の能力も、宝の持ち腐れですからね。いつでも病院に来て、手の開いている職員に案内してもらって、患者さんと触れ合ってみて下さい。色んなケースの治療を経験すれば、おのずと力は解放されると思いますよ」 「そうそう。まだ掠り傷を無意識に治したことがあるだけなんでしょう? 軽傷者から重傷者、軽症者から重病者を診てみれば、最初は無意識に力を使うだけかも知れないけど、一度使えば覚える筈だから。私達も、そうやって経験を積んで能力を高めたし。一から医療忍者の勉強するのと同じ感覚よ」 そうすれば、多分私達なんか比にならないくらいの高位医療スペシャリストになれるわ、と医療上忍のヒヅキは言った。 「医療の本を貸してあげるわ。カカシ君の家にいるのよね。今度届けてあげる」 能力の使い方が少しは分かるはずよ、とヒヅキは口添えた。 「あ、有り難う御座います。図書館の本だけじゃ、詳しく分からなくて」 「そりゃそうよ。医療忍者の為の専門書まで置いてないもの。極秘の内容もあるしね」 じゃ、病室や外来診て回ろうか、とは医療忍者になる為の一歩を踏み出した。 |