【出会いはいつも偶然と必然】 第二十一章 小鳥の囀りが、朝が来たことを知らせてくれる。 「もう朝か・・・」 カカシはの手を握ったまま、窓の方へ顔を向けた。 夏の暑い陽光が、次第に射し込んでくる。 結局、一睡も出来なかった。 色々思考が巡りすぎて、心が靄靄している。 いつも感じていた、の庇護が薄かった。 それ程までに、は心を痛めている。 愛らしいの顔を伝う涙の筋は乾くことを知らず、枕を濡らした。 きゅっと両手での手を握りしめ、の寝顔を見つめる。 泣き疲れて、やつれてきている。 元気溌剌とした明朗ないつものの姿が、嘘のようだ。 には、いつも幸せに笑っていて欲しいのに。 こんな事件の後では、カカシも泣きたいぐらいだ。 が、殺伐とした、死と喪失が当たり前の世界に生きてきたカカシには、よくある出来事過ぎて、泣くことすら出来ない。 自分を責めたくなるばかりだ。 過去の自分が思い出され、戒めたくなる。 「・・・行ってくるか・・・」 カカシはの手を離し、寝室を出て行った。 顔を洗って気持ちを切り替え、身支度を調える。 再び寝室に戻り、の顔を覗き込む。 の顔を、つつ、と涙が伝ってくる。 初めての実戦が、いきなり他国間の戦争で、多くを失い、親しい者をも失ってしまった。 には、段階を踏んでいって欲しかった。 「忍びになるの・・・嫌になったかな・・・ま、それもいいか・・・」 を少しでも安心させるように、クッションに自分のチャクラを込め、そっと抱き締めさせた。 きゅ、とはクッションを抱き締める。 少しだけ緊張が和らいだような気がした。 カカシは口布をずらして腰を屈め、伝う涙に口づけを落とし、そっとの唇に触れ、頬を撫でると、慰霊碑に向かった。 北方、音の里、大蛇丸の根城。 「おのれ・・・猿飛め・・・」 荒い息で、大蛇丸はカブトに介助されながら、椅子に腰を下ろした。 腕が焼けるように熱い。 「待ってて下さいね、今薬を調合してますんで」 作業をしながら、カブトは大蛇丸を見遣る。 気を紛らわせようと諭してみたが、脂汗を掻きながら黒い言葉が返ってくるだけだった。 もう一つの計画、サスケについても、大蛇丸の腕と全ての術と引き替えに、首輪が掛けられた。 大蛇丸は自嘲する。 「そう言えば・・・あの会場に、とてつもなく強大なチャクラの持ち主がいましたね。カカシさんと一緒に戦ってたというか・・・掌仙術で気を失わせていただけのようでしたが。憶測ですが、彼女の能力なら、恐らくあの結界は破れたでしょうに、何故か消えるようにいなくなった・・・何者でしょうね? 美しい女性でしたが・・・」 オレと同じ医療忍者かな、でも額当てはしてなかったなぁ、とカブトは呟く。 「そうだ、確か義父が話していたのを聞いたことがあります。記憶喪失の異国人が木の葉にやってきて、その治癒能力で里に貢献してるって。大層美しいという話でしたから、多分、それが彼女でしょう。一度調べようとちらっと思ったことがあったんですが、機会に恵まれなくて、知らぬままでしたよ」 だから忍びじゃないんだ、とカブトは思い出す。 「あのコは・・・カカシの玩具みたいなものよ・・・大事に大事に、隠してる。猿飛もそうに違いなかった。だから正体を探れなかったのよ、アナタは」 「彼女の能力、調べれば結構使い物になるんじゃないですか。かなり強力そうですよ。未知の能力を大分眠らせているように感じました。火影の死の間際、何処からか彼女の強大なチャクラが何度も弾けていたじゃないですか。アレは相当な力の持ち主ですよ。純粋そうでしたし、何より大蛇丸様のお好み通り、美しい。こちら側に引き入れられませんかね」 手足になってもらいませんか、とカブトは提案した。 「恐らく無理ね・・・」 「そうですか? 純粋無垢って感じでしたし、疑問を感じずに引き受けてくれそうだと思うんですがねぇ」 あるいは口先八寸で丸め込んで・・・とカブトは呟く。 「純粋無垢・・・確かにそうね・・・喉から手が出る程欲しい能力者よ・・・でも、今回のことで、私達を敵だと認めた筈よ。慕っていた者を殺した憎い敵とね・・・それに、あのチャクラで分かったわ。彼女は、私よりも強い・・・イタチ以上に、手に負えないわ」 「そうですか・・・諦めるしかないですかね・・・勿体ない気もするけど」 残るはサスケ君か、とカブトは息を吐いた。 「サスケ君は必ず来る・・・力を求めてね・・・必ず、私を欲するわ。力を与えてくれ、と。その為にはそのコは邪魔なのよね・・・都合良く、消えてくれないものかしら」 「大蛇丸様より強いと仰るんなら、僕にだってどうにも出来ませんよ。記憶喪失の異国人って事ですから、記憶が戻って自国に戻るとか、他力本願しかないですね」 彼女の存在で、未来が読めなくなりましたね、とカブトは調合した薬を大蛇丸に与えた。 大分陽が高くなってきた。 昨日の“英雄”の名はまだ刻まれてはいない。 明日の葬儀の前には、刻まれるとのことだった。 過ぎ去りし日のことを思いながら慰霊碑を見つめていると、次々と誰かしらが訪れ、だがお互い顔を合わせることなく、無言で佇み、そして帰って行く。 誰もが同じ気持ちだった。 カカシは、照りつける夏の陽射しが滴らせる汗も構わずに、長いこと佇んでいた。 放っとけば、そのままずっと動かなかったかも知れない。 首から提げている、忍服の下ののマスコットが汗で湿ってきたのを感じ、のことが気にかかって、ようやくカカシは慰霊碑から離れた。 復旧作業をしながらも営業している比較的被害の少なかった商店街で食材の買い物をし、家に向かう。 戻っても、が起きた気配はなかった。 食材をテーブルに置き、寝室を覗く。 は、クッションを抱き締め、虚ろに宙を見つめていた。 「目が覚めた? 。遅くなってゴメンね、1人にして。これから朝飯作るから、待ってて」 優しくそう言ったが、からは何の返答もない。 ピクリとも動かなかった。 抜け殻とは、まさにこのことだった。 仕方ないよな、とカカシは台所に戻り、調理を始めた。 焼き魚と味噌汁は出来た。 ついでにほうれん草のおひたしも作った。 ご飯が炊き上がるのを椅子に座って待ち、色々と考える。 何かしてないと、どうしても思考がダークになる。 じっとしていると、どんどん深みにはまる。 やることはいくらでもある。 葬儀の準備、戦いの事後処理、里の復旧作業。 まずは食事をしっかり摂って、気持ちを切り替えねば。 ご飯が炊き上がったので、カカシはを起こしに寝室に入った。 「、朝飯出来たよ。しっかり食って、元気出そ?」 殊更優しく、カカシはに語りかけた。 が、は相変わらず宙を見つめたまま、カカシの存在すら目に映っていないかのようだ。 「・・・?」 「・・・らない」 「え?」 「要らない・・・」 掻き消えそうな程にか細い声が、やっとの事で紡ぎ出された。 ふぅ、とカカシは小さく息を吐いた。 「気持ちはよく分かるけど、が泣いてばかりいたんじゃ、亡くなった者達だって浮かばれないよ。皆、には笑っていて欲しい筈だよ。悲しんでばかりいたって、誰も喜ばないよ。これが忍びの世界なんだよ。の目指してる世界だ。分かるだろう? だから、気持ちを切り替えて、やることは沢山あるんだから・・・」 食べよ、とカカシはベッドに腰掛けての身体を優しく撫でながら、諭した。 「・・・食べたくない・・・食欲無い」 相変わらず、は宙を見つめたまま動かない。 どうしようか、とカカシは考え込んだ。 「、シャワー浴びておいで。熱いシャワー浴びて身体洗えば、気持ちもすっきりするから。ね?」 が、はきゅう、とクッションを抱き締めて、顔を埋めて丸まってしまった。 カカシはベッドを降り、膝をついて収納ケースを開けた。 「風呂場まで連れてってあげるからさ。えっと、着替え持って・・・アレ? 何か少ないね。あぁ、そっか。まだゲンマ君家に置きっぱなしなんだ。持って帰ってきてないんだね。ずっとゲンマ君家にいたの? 。ゲンマ君に言って取りに行かないとな・・・」 益々は丸まって、きつくクッションを抱き締めていた。 まだ何を言ってもダメだな、とカカシは判断し、の頭を撫で、ちゅ、とキスを落とすと、静かに寝室を出て行った。 カカシは食事を済ませ、遅れて皆の事後処理に合流した。 「は大丈夫? カカシ」 紅が気遣い、尋ねてきた。 「いや・・・大分ショックみたいで、泣き腫らして、抜け殻みたいに動かないんだ。食事も摂ろうとしないし。一度に色々経験しすぎて、精神が崩壊しかねないよ」 「火影様を大分慕ってたようだしなぁ。初めて死と直面し、多くを喪失したんだ。無理もねぇやな」 アスマも同調する。 「いつも里を覆っている、の温かいチャクラを感じないものね。何だか、心が寒く感じるわ」 「それだけ、の存在は木の葉にとって必要になっているって事なんだよね。修行している間も、遠くからずっと感じてたし。のチャクラを感じてないと、不安だよ」 死体処理や後片付けは、当然だが、夕方になっても終わらなかった。 里の者達も、壊れた建物の復旧に追われている。 カカシは作業に追われながら、時折家の方角を見遣った。 『・・・食事も摂らないで、大丈夫かな・・・』 「カカシ、のことが心配なんでしょ。帰ってあげたら? どうせキリがないんだし。ここはいいから」 「え・・・そう?」 「あぁ。適当なトコで、オレ達も上がるからよ。には、笑ってて欲しいしな」 アスマの言葉に、紅も頷いた。 「じゃ、悪いけど・・・って、あ、そうだ。ゲンマ君って何処にいるかな?」 「ゲンマ? さぁなぁ。何処かで作業してるだろうけどな」 「多分、葬儀の準備じゃない? 葬儀場に行ってみたら?」 「そっか・・・じゃ」 カカシは、慌ただしい葬儀場に向かった。 明日の合同葬儀に向けて、忍び達が奔走している。 「ゲンマ君は何処かな・・・」 きょろきょろと、辺りを歩き回る。 と、その時荷物を抱えてライドウと歩いてくるゲンマを見つけた。 「あ、いた! ゲンマく〜ん!」 「何ですか、カカシ上忍。この忙しい時に」 「ゴメンね、ちょっと話あって」 「ゲンマ、オレ先に行ってるぞ」 カカシの元まで来てゲンマは立ち止まったが、ライドウはそのまま歩いていった。 「おぅ。後からすぐ行く。・・・何です? 本戦の時に言ってた件なら、後にして下さいよ。忙しいんですから」 眉を寄せ、高楊枝で言い放つ。 「あ、いや、そのことはいいんだ。の荷物なんだけど、ゲンマ君家にまだ全部あるんでしょ? 、持ち帰らずに来たみたいだからさ」 「あぁ、そう言えばそうですね。昨夜帰った時、アナタの元へ返しに行かねぇとって思ったんですが、色々考えちまって、そのままにしてました。帰ったら、届けに行きますよ。それまで待っててくれませんか」 何時になるか分かりませんけど、とゲンマは呟いた。 「そう? 悪いね、忙しいのに」 「構いませんよ。それより、はどうしてます?」 ゲンマの問いに、カカシはの状態を詳しく話した。 「そうですか・・・イザって時に、術が切れちまったのが、余程堪えてるんでしょう。 初めての実戦がこんな血みどろの戦争で、慕っていた火影様を始め、多くを失いすぎましたから、相当なショックでしょうね」 「うん。もうね、ホント抜け殻なんだ。繊細な分、かなり傷ついてるよ。オレのことも目に入らないみたい」 「じゃ、ちゃんとアナタがのことを、自分を見るように戻してやらないといけませんよ。あれ程慕っているアナタのことすら見ようとしない程心を閉ざしているのは、問題です。強引さも必要ですよ。無理矢理にでも、アナタを見るようにした方がいいです。の傷ついた心を癒してあげられるのは、カカシ上忍、アナタしかいないんですからね」 「ゲンマ君も来てくれない? ゲンマ君の方がそういうの得意そうだし・・・ゲンマ君が諭してくれたら・・・」 「何言ってんです。あれ程はオレのモノ、とか言いながら、都合良くオレを頼らんで下さいよ。の面倒は、アナタのいない間に充分見ましたから。後は、アナタの役目です」 じゃ、頑張って下さい、とゲンマは去っていった。 「それもそっか・・・」 帰ろ、とカカシは跳び上がった。 家に帰ってくると、は相変わらず丸まったままで、一日中そうやって動かなかったかのようだった。 よし、と決心して、カカシはに歩み寄る。 ベッドに腰掛け、そっと囁く。 「・・・? ただいま。遅くなってゴメン」 やはり、返答はない。 ピクリとも動かない。 ふぅ、と息を吐くと、カカシは言葉を変えた。 「、夕飯作るよ。何が食べたい? の好きな物、何でも作るよ。言って?」 「・・・べたくない」 「食べなきゃダメだよ。どんどん思考が暗くなるでしょ? 天国の火影様に、元気なをお見せしなきゃ。ね?」 「・・・食欲無いの・・・何も要らない・・・」 覚悟を決めて、カカシはの身体に手を掛けた。 二の腕を掴んで、強引に起き上がらせる。 俯いているので、長い髪が垂れて、表情は窺い知れなかったが、覗き込むと、やはり虚ろな目のまま、何も見えてはいなかった。 をきちんと座らせると、カカシは口布を下げ、の髪を梳くように両方の手での顔を露わにさせた。 泣き腫らして、生気のない顔。 つ、と涙が伝ってカカシの手を濡らした。 ズキリと胸が痛む。 これ程までに純粋な人間を見たことがない。 他人の為に心を痛め、自分を失っている。 「・・・」 カカシはを自分に引き寄せ、ぎゅっと抱き締めて唇を塞いだ。 啄むように、の唇を貪った。 はされるがままになっている。 カカシはの身体を撫で回し、口づけを続けた。 は忍者服姿だったので脱がし方が分からず、とにかく唇を求めた。 息を止めて続けるディープキス。 きつくを抱き締めていると、次第にの目の焦点も合ってきた。 「ん〜、ん〜!」 我に返ったが、もがいた。 カカシは名残惜しそうにの唇から離れると、まだ物足りない、とでも言うように、首筋に顔を埋めた。 耳朶から耳の裏、うなじ、と首筋をカカシの舌が這う。 額当てが、ベストが、の身体と擦れる。 「カカ・・・シ・・・せんせぇ・・・っ、痛い・・・っ!」 バタバタ、とはカカシの腕の中でもがき続ける。 「ヤだ。離さないよ。が元気になるまで、離さない」 「痛いってばぁ・・・っ!」 「元気になるって誓えるかな?」 愛撫を止め、カカシはの瞳を見つめた。 「・・・うん」 「よし、いいコだ。痛い思いさせてゴメンね。じゃ、オレ夕飯作るから。はシャワー浴びておいで」 ちゅ、と軽く唇に触れ、カカシはから離れてニッコリと微笑む。 ベッドから立ち上がって、寝室を出て行こうとした。 その時、とてて、とが駆け寄ってきて、カカシの背中に抱きついた。 「? どうした?」 「・・・カカシせんせぇから離れたくない・・・」 「ん〜、困ったな、メシの支度できないよ。一緒に作る?」 はきゅっとしがみつき、カカシが歩くと、そのままくっついたまま付いてきた。 カカシは振り返ってを椅子に座らせるが、直ぐさまはカカシに抱きついた。 仕方なく、カカシはをくっつけたまま、手甲だけ外して夕食の支度に取りかかった。 「ホントはが作った方が美味しいんだけど・・・かぼちゃの煮物。好きでしょ? 」 さ、全部出来たな、とカカシはテーブルに料理を並べていく。 「はい、はこっちに座って。食べよ?」 ベストに匂い移ったかな、と匂いを嗅ぎながらベストを脱ぎ、額当てを外すと、テーブルの片隅に外して置いておいた手甲と共に、部屋に置きに行った。 とてとて、とは付いてくる。 その様子を見て、カカシは柔らかく微笑んだ。 「オレは何処にも行かないよ。さ、戻って。食べよ」 もう一度を座り直らせ、向かいにカカシは座った。 いただきます、とカカシは味噌汁を啜る。 白米を頬張ると、も小さい声で、いただきます、と箸を手に取った。 そっと味噌汁に口を付ける。 熱さが身に染み渡って我に返ったようで、続けて食べ始めたのでカカシは安心し、食べ続けた。 「ちゃんと食べて、元気になろうね。それが、生き残ったオレ達の役目だよ」 カカシの諭す言葉に、はこくんと頷いた。 食べ終わって洗い物をしていると、玄関のドアがノックされた。 カカシの背中に張り付いていたが、とてとて、と玄関に向かった。 「きっとゲンマ君だよ。、荷物全部ゲンマ君家に置いてきたまんまだろ? だから持ってきてくれたんだよ」 「あ・・・そっか・・・」 かちゃり、と鍵を開ける。 ドアが開くと、そこには、大荷物を抱えたゲンマが立っていた。 「よぅ。正気に戻ったか」 「ゲンマさん・・・」 まだ本調子じゃねぇようだな、とゲンマは中に足を踏み入れた。 「ゲンマ君、悪いね。忙しいのに」 「いいえ、遅くなってすみませんでした。準備が終わらなくて。の荷物はまとまってたんで、そっくりそのまま持ってきましたけど。、荷物はまとめておいたんだろ?」 「うん。ありがと、ゲンマさん」 柔らかく呟くは、まだ笑顔が作れないようだった。 ぎこちなく、ゲンマを見つめる。 「服ばっかですよ。じゃ、お邪魔します。ほい、。大事なモン」 ひょい、と小脇に抱えていたカカシ人形がに投げ渡される。 しっかりと受け止めたは、幾分表情に明るさを取り戻し、嬉しそうにぎゅっと抱き締めた。 「あっ、ヒッド〜イ! 何その扱い! もっと丁寧に扱ってよ〜!」 洗い物の手を止め、カカシはぶ〜ぶ〜と抗議する。 「すみませんね。毎日監視されてたんで、自分家なのに居心地悪ィったらねぇっつ〜か・・・あぁいや、何でもありません」 「しっかり聞きました〜。酷いな〜、オレのこと、ちゃんと可愛がってくれてた?」 「気持ち悪ィこと言わんで下さいよ。が可愛がってましたよ。オレは知りません」 「ね〜カカシせんせぇ、このお人形ね、勝手に動くんだよ」 ひょこひょこ、と腕を動かして遊ぶ。 「動く? どういう風に?」 「いつの間にか後ろ向いてたり、夜寝る時枕元に置いたのに、朝起きると窓辺で外眺めてたりするの」 の言葉でピンと来たカカシは、じと〜っとゲンマを見据えた。 「自分家でまで監視されてちゃ、気も抜けないんでね」 しれっと顔を背け、ゲンマはの案内で寝室に向かった。 取り敢えず鞄を置き、荷物を解くのは後にした。 「ね〜ゲンマさん、ご飯食べた?」 お人形遊びさながら、カカシ人形を動かしながら、ゲンマを見上げた。 「いや、まだだ」 忙しくて昼飯も食ってねぇ、と呟く。 「カカシせんせぇの作ったかぼちゃの煮物、美味しかったよ、食べてって。ね〜カカシせんせぇ、ゲンマさんの分のご飯あるよね?」 ひょこ、と台所に戻ってくる。 「あぁ、あるよ。がお世話になってたお礼もしないとだしね。オレの飯なんかで悪いけど、食べてってよ」 「いいんですか?」 「さ、座って座って。今用意するからね〜」 が椅子を引くので、ゲンマは腰を下ろした。 カカシが用意していく間、は人形を抱き締めたまま、カカシの忍服を掴んでくっついていた。 完全にオレの手から離れちまったな、とゲンマは思いつつ、寂寥感を感じて、息を吐いてベストの前をはだけさせた。 「さ、ド〜ゾ。の飯とじゃ雲泥の差だろうけど、我慢してよ」 食卓が飾られると、ゲンマはくわえていた千本を置き、額当ても外して傍らに置いて、箸を手に取った。 「じゃ、遠慮無く。いただきます」 味噌汁に口を付け、かぼちゃの煮物を頬張る。 白米をかっ込むと、他のおかずにも手を付けた。 「の味に似てますね」 「そかな? あぁ、はオレの料理から覚えて作り始めたから、そうかもね。今じゃすっかり、の方が上だけど」 「カカシ上忍もなかなかのモンですよ。このかぼちゃ、結構いけるじゃないですか」 「そ? がよく作るからね。ま、伊達に長く自炊してないよ」 ゲンマの向かいに腰を下ろして茶を啜っていると、人形を隣の椅子に座らせたが背後から抱きついてきた。 それを見て、磁石みてぇだな、と思いながら、ゲンマは食べ続ける。 食べ尽くして息を一つ吐くと、カカシは湯飲みに茶を入れて差し出した。 「ごちそうさまでした。あ、どうも」 ずず、と口に含む。 「お茶っ葉、ウチと同じのに変えたんですね」 「あぁ、うん。美味しいよね。ゲンマ君ってこういうの見つけるの上手いよね」 「そうですかね。あぁそうだ。、ご意見番からオマエに依頼があるそうだ」 「え? 私? 何?」 「あ〜、葬儀の件でしょ」 「えぇ。、オマエに、葬儀の祈祷を頼みたいそうだ」 「祈祷? 私が?」 「祭壇の前に立って、祈りを捧げればいいだけだよ。難しくはねぇ。豊穣祈願祭の時のようにやればいい。オマエのチャクラで、死者達を安らかに導いてやってくれ」 「うん・・・分かった。明日、何時に何処へ行けばいいの?」 「葬儀は正午からだから、2時間前に会場に行って、予行練習と段取りの説明がある。祭りの時程難しくはねぇよ。オマエの自由に祈ってくれていい」 「ふ〜ん・・・」 どうすればいいかな、とは思案した。 「の思いの丈を込めればいいんだよ。・・・あ」 「?」 「何です?」 「ゲンマ君がいるんだから、折角だからちゃんと話さないとね。例の件」 カカシは真摯な瞳で、ゲンマを見据えた。 「・・・例の件って?」 分かっていて、ゲンマはすっとぼけた。 「すっとぼけないでよね。ゲンマ君っていっつもそうなんだから。とのことだよ!」 「とオレがどうしました?」 しれっとしてるので、カカシは口を尖らせて抗議した。 「抱き合って寝てたでしょ! 一つベッドで! いくら兄妹気分ったって、限度があるよ、やりすぎ! 年頃の男女が、問題だよ!」 「カカシせんせぇ、何で知ってるの?」 「えっ」 カカシはの言葉に、ドキリとする。 「見に来たの? やっぱり夢じゃなかったんだ〜。何で起こしてくれなかったの?」 「そそ、それは術が切れてね・・・あぁいや、その・・・」 藪蛇、とカカシはしどろもどろになる。 「ねぇ、もしかして毎晩、ゲンマ君と抱き合って寝てたの?」 「え? うん」 ゲンマに訊いてもすっとぼけると思ったので、に訊くことにした。 「いいい、いつから?」 カカシは動揺を隠せず、言葉が上擦る。 「えっと〜、カカシせんせぇが家出して、何日かした後だよ。1人で寂しがってたら、ゲンマさんがお家に呼んでくれたの。ゲンマさんの腕の中、あったかくって落ち着いて、気持ちいいんだよv」 「ダ、ダメでしょ、! オレ以外のヤツと一緒に寝たりしちゃ! そんなにずっとなんて・・・!」 「何でダメなの?」 「え、あ、いや、それはその・・・;」 「はっきり言ったらどうです? カカシ上忍」 我関せず、と言った風にゲンマは茶を啜りながら、カカシを見据えた。 「ゲンマ君だって当事者でしょ! 知らん顔しないでよ! ちゃんと言い聞かせてくれなきゃダメじゃないか!」 「いくら言ってもダメだったんですよ。これはもう、アナタがはっきり言わないとダメですよ。告白もまだなんでしょう? ご自分の気持ち、ちゃんとに言ったらどうです?」 カカシとゲンマのやり取りを、はきょとんとして眺めていた。 「え、それは、その・・・」 「が拒否する訳無いでしょう?」 「で、でも・・・」 「何なら、証拠を見せますよ。はオレじゃなくてアナタじゃないとダメってことをね・・・」 ニヤ、と不敵に笑うゲンマは、ガタ、と立ち上がった。 「え、何を・・・」 カカシが鼓動を逸らせていると、ゲンマはつかつかとテーブルを回り込んできた。 カカシの背後にべったりくっついているの後ろに立つ。 「きゃあっ」 ゲンマはおもむろにをカカシから引き剥がし、抱き抱えると、をテーブルに座らせ、きつく抱き締めた。 「ちょっ、ゲンマ君?! 何す・・・」 の顔を覗き込み、上向かせるように、突き上げての唇を塞いだ。 「ゲゲゲゲンマ君・・・ッ!!!」 顔を高揚させたカカシは、やめさせようと立ち上がった。 しかしゲンマは行為をやめようとはせず、濃厚な口づけを続けた。 「ん〜ん〜!」 驚いたは、目を見開いて、バタバタと抗っている。 えぃっ、とゲンマを突き放すと、ぴょんとテーブルを降り、とてて、とカカシの背後に回り込んでぴたっと隠れるように抱きついた。 「何するの〜、ゲンマさん。ダメって言ったでしょ〜」 ぷぅ、とは顔だけ出して膨れる。 「何でダメなんだ? 。いつもオレにくっついてるだろ?」 ふぅ、と息を吐いてゲンマは落ちてくる前髪を掻き上げ、カカシの後ろに隠れるを見据えた。 「オレのこと好きだって言っただろ? 少しくれぇ、いいじゃねぇか。減るモンじゃねぇんだし」 「ダメなの! ゲンマさんのことは好きだけど、カカシせんせぇの方がもっと好きなの! 特別な好きなの! カカシせんせぇとはしたいけど、ゲンマさんとはダメなの!」 「っ、?!」 きゅっ、とカカシに強くしがみつき、は目でゲンマに抗議する。 「・・・ほらね? 分かったでしょう?」 「・・・ホント?」 カカシは振り向き、に面と向かって問うた。 「カカシせんせぇとじゃなきゃヤだっ」 ぴと、とカカシの胸に飛び込む。 「じゃ、お邪魔虫はこの辺で退散しますよ。続きなり何なりは、2人だけでごゆっくり」 そう言って、ゲンマは額当てを手に取って巻き直し、千本をくわえ、カカシ宅を後にした。 『ったく・・・』 やりきれない気持ちで、ゲンマは夜も更けた空を駆けていった。 「・・・何か・・・がゲンマ君のこと好きな理由が何となく分かったよ・・・優しいよな、ゲンマ君って」 呆然としながら、カカシは顔の筋肉が弛んでいくのが分かった。 「私のお兄ちゃんだもん、当たり前でしょ?」 「ハハ・・・妹にキスしちゃダメだけどね・・・」 きゅ、とカカシはを抱き締めた。 「やっぱり違うな〜」 「え?」 「ゲンマさんにぎゅってされるより、カカシせんせぇにぎゅってされる方が、心がほんわかするよ」 「オレって特別?」 「うん」 ニコ、とようやくは笑顔を見せた。 途端にカカシも嬉しくなる。 「カカシせんせぇも、私って特別?」 「勿論だよ」 ニッコリ、カカシは愛しそうにを抱き締めていた。 「大分夜も更けたね。、お風呂沸かしてくれる? オレ、洗い物済ますから」 カカシが帰ってきたのが元々遅かった為、ゲンマが来たのも深夜を回っていて、もう丑三つ時に近かった。 「は〜い」 カカシは洗い物を終え、明日用の米も研ぎ、炊飯器のタイマーをセットして、風呂の湯加減を見に行った。 丁度良かったので止めて、部屋に着替えを取りに行く。 は寝室で荷物を片付けているようだった。 いつもの早風呂で上がると、の片付けがようやく終わった所だった。 「、いい湯加減だよ。入っておいで」 「えっ、カカシせんせぇ、もう入っちゃったの? 一緒に入りたかったのに〜」 残念そうに、はしょぼくれる。 「ゴメンゴメン。待ってたんだけど、来なかったからさ」 「じゃあ入ってくるね〜」 着替えを抱え、は浴室に向かった。 暑かったので上半身裸のまま、カカシはベッドに腰掛けた。 そのままベッドの上に座り、壁により掛かって、イチャバイを開く。 ふと枕元を見ると、イチャパラが3冊。 「のか・・・最近買ったばっかりの筈なのに、もう随分読み込んだ感じだなぁ」 パラ、とページを捲る。 自来也のサインが3冊全部に入っていた。 「あぁ、ナルトの修行に顔出してたのか、。変なこと言ってないだろうなぁ」 カカシは激しく不安になる。 「ま、多分色々と教え込まされてるんだろうなぁ・・・人並みに知恵付けてたら、オレ動揺しちゃうかも・・・」 のイチャパラを揃えて枕元に置いて、カカシはイチャバイを読み耽った。 暫く時が経った。 「カカシせんせぇ〜、お待たせ〜」 ほっこりと湯気の上がるが、ピンク色に染まった身体で寝室に戻ってきた。 セクシーなネグリジェ姿で、とてとてとやってくる。 カカシは思わず喉が鳴る。 久し振りのの裸体。 美しかった。 カカシはイチャバイを閉じ、を抱き寄せた。 「もう遅いから早く寝ないと〜。朝起きれないよ」 「え? あ、うん」 そうだよな、喪中に不謹慎だ、とカカシは考えを改める。 布団に潜り込み、はカカシに抱きついた。 「えへへ」 「どうしたの、。嬉しそうだね」 やっぱりは笑っている方がいい、と思った。 「カカシせんせぇの腕の中、久し振りv 気持ちい〜v」 ごろにゃん、とからみついてくるので、カカシもを抱き寄せる。 首筋にかかるの熱い吐息にドキドキしながら、カカシはの髪に顔を埋めた。 が、途端に眉を寄せる。 「・・・」 「ん? ナニ?」 「、ゲンマ君の匂いがする」 「え? 何でだろ」 カカシに言われ、は自分の身体の匂いを嗅いだ。 「しないよ?」 「するよ〜」 カカシは、何だか面白くない。 いい気分を削がれた感じだった。 「あ、もしかして、シャンプーとボディソープかな?」 「変えたの?」 「うん。ゲンマさん家に行った時、自分用の忘れたから借りたの。そしたら使い心地がとっても良かったから、自分用に買ったんだ」 「それか・・・。前のに戻してよ、」 「え〜、こっちの方が髪の毛さらさらになるし、身体もすべすべになるんだよ〜。私に合ってるの〜」 「前の匂いの方がオレは好きだな〜」 ていうかゲンマ君と同じ匂いなのが嫌、とカカシは口を尖らせる。 「これもいい匂いでしょ?」 「ヤだ。戻して」 「ヤだよ〜」 「ね〜、お願い。ね?」 ゲンマの匂いをさせたを抱くなんて、とカカシは不満たらたらだ。 「ヤだもんっ」 「の強情っ張り〜」 「あ! そうだ。私ね、ガマ仙人さんと水遊びするのに、可愛い水着買ったの。今度一緒に水浴びに行こう?」 それからね〜、とは、カカシのいなかった間の出来事を、詳しく話して聞かせた。 このままでは朝になる。 カカシはむらむらとしてきて、喋り続けるの唇を塞いだ。 「んっ・・・」 濃厚な口づけを繰り返し、口腔内をも味わう。 この際、もうゲンマの匂いがしていても構わなかった。 唾液が糸を引く。 瞳と瞳が見つめ合った。 「話の続きは明日またね」 体勢を変え、を下にして、覆い被さる。 の首筋に顔を埋め、身体を撫で回しながら、愛撫を繰り返した。 ネグリジェを脱がしていき、豊かな膨らみをまさぐり、口に含む。 喪中だとか不謹慎だとか、の魅惑的な身体を前にしたら、理性など吹っ飛んだ。 会えなかった一ヶ月の空白を埋めるかのように、カカシはを愛した。 そっと顔を上げると、は安らかな顔で眠っている。 やっぱりな、と苦笑すると、ちゅ、とキスを落とし、を抱き締めて横になった。 が安らかな気持ちになってくれるなら、少しくらいは我慢しよう、とカカシも眠りに就いた。 翌朝、葬儀当日。 その日は朝から霧雨が降りしきっていた。 は初めて此処に来た時に着ていた祭礼服を持って出掛けた。 葬儀実行委員に説明を受けながら、雨の中予行練習を行う。 祭壇に置かれた火影の棺と遺影、殉死した忍び達の遺影を見て、心が痛む。 着替えて脇に控えていると、次第に参列者が集まってきた。 正午になり、合同葬儀開始の鐘が鳴る。 里の者達も、復旧作業の手を止め、葬儀会場に向かって黙祷した。 雨脚が強くなっていく中、は祭壇中央まで歩を進め、一礼する。 胸元で手を組んで、祈りを捧げた。 深く温かいチャクラが、里を覆っていく。 悲しみに凍えた心を癒してくれるのチャクラに、皆は身を委ねた。 続いて献花式に移る。 1人1人、死者を弔う為に献花を添えていく。 参列者全てが終わった後、再び、最後にもう一度、の祈祷が行われた。 「火影様も皆も・・・きっと天国からオレ達を見守ってくれているよ・・・木の葉丸」 泣きじゃくる木の葉丸を宥めながら、イルカは天を仰いだ。 「安らかに・・・お眠り下さい・・・」 降り続いた雨も次第に止み、陽光が差してくる。 一筋の光が、天国への階段のように思えた。 の頬を伝っていたのは、雨か涙か。 は、多くのことを学んで一歩成長したのだった。 |