【出会いはいつも偶然と必然】 第二十七章









 茫然自失のカカシは、あれからどうやって家に戻ってきたのか、分からなかった。

 玄関の扉を開けて中に入って閉め、よろりと寄り掛かる。

 そして気が付く。

 カカシの家を始終覆っていたのチャクラが、感じられないことに。

 は、本当に戻ってしまったのだ。

 つい先程まで自分の腕の中にあった温もり、愛らしい存在。

 抱き締めようとすると、腕が宙を泳ぐ。

 もういない。

・・・何で帰ったんだよ・・・」

 熱いものが込み上げてくる。

 カカシは壁を叩いた。

 足下が定まらない程よろめきながら、寝室に向かう。

 糸が切れた人形のように、ベッドに倒れ込む。

 いつも感じていたのチャクラ、の甘い香り。

 すぐにでも思い出せるのに、もう感じない。

 枕元に座っている、カカシ人形。

 カカシはぎゅっと抱き締めた。

 微かに残る、のチャクラ。

 首のチョーカーの宝玉と反応して、あたかも、を抱いているかのような気分になった。

・・・お願いだ・・・帰ってきてくれ・・・」

 カカシは身を丸まらせて、絞り出すように祈った。















 火影の執務室で、綱手は忍び達に任務を割り振っていた。

「カカシは暫く放っておいた方が良いだろうな・・・貴重な戦力なんだが・・・ゲンマ、オマエは大丈夫なのか」

 任務を受け取るゲンマに、綱手は尋ねる。

「仕方ありません・・・が、自分の意志で決めたことです。私にとやかく言える資格はありませんから。私には・・・何も・・・」

 声を震わせるゲンマに、綱手はもう何も言わなかった。

「・・・まぁ、里の民には、訊かれたらは記憶が戻って国に帰ったと教えておこう。素性は言う必要はないな。巫女ってことにしておくか」

「・・・そうですね。では、失礼します」

「小隊の医療忍者は、シズネを連れて行って構わないよ。久し振りの実戦だが、勘は鈍っちゃいない筈だ」

「はっ」

 ゲンマが出て行った後も、次々とやってくる忍び達は、先程の現象について尋ねてきた。

 をよく知らない者には、当たり障りのないことを話し、アスマや紅といったと親しかった者には、真実を話した。

 当然驚いたが、最後には納得していた。

 そしてカカシを慮る。

「本当にはもう戻ってこないんですかね・・・あんなにカカシを大好きだったのに・・・」

「私は、戻ってくると信じてるよ。いつかきっとね」

 綱手はそう言って、アスマに任務の依頼書を渡した。









 不思議な現象の起こった場所からイルカが降りてきたのを見た下忍達は、代わる代わるイルカに何事があったのかと尋ねた。

 一緒に降りてきた木の葉丸達は、目に涙を浮かべて駆けていってしまった。

 イルカも事態がよく把握出来ていなかったが、ハッキリとしている事実を、話して聞かせた。

 が、記憶が戻って国に帰ったこと。

 実はは、神の化身だと言うこと。

 聞かされた通りに、丁寧に話した。

 ナルト達は、俄には信じられなかった。

 でも、確かにあの時、とても神々しい光を浴びた。

 神というものが存在するなら、こういう感じだろう、と思った。

 それなら納得出来る。

姉ちゃんも・・・重たい宿命背負ってたんだな・・・」

「ナルト・・・」

「だ〜いじょうぶだってば! イルカ先生! 姉ちゃんは、あんなにカカシ先生のこと、大大大好きなんだから、戻ってくるってばよ! 姉ちゃんのいない木の葉なんて、考えられないもんな!」

 その時にに見せるという新しい術の修行をする、と言ってナルトは駆けていった。















 カカシは小脇に人形を抱え、仰向けになって天井を仰いでいた。

 あれからどれくらい時が経ったのかも分からない。

 虚ろな目には、何も映っていなかった。

 陽が射し込み、月光に照らされ、また陽が射し込んでくる。

 カカシはピクリとも動かず、天井を仰いでいた。

 脳裏に浮かぶは、と過ごした、楽しい思い出。

 宙を虚ろに見つめながら、ふと目を閉じる。

 暗闇にハッキリと浮かび上がる、愛らしいの姿。

 くるくると羽が生えたように軽やかで、天使のように清らかに微笑んでいる。

 そこだけが光り輝いていた。

・・・」

 そっと名を呟いてみる。

・・・・・・・・・」

 繰り返し、愛するの名を呟き続ける。

 ゆっくりと、何度でも。

「戻って・・・来てくれ・・・」

 陽が昇り、沈んでも、カカシはそこから動こうとしなかった。





 どれくらいの時が経ったのだろう。

 何も考えたくなかった。

 のことを思うと、喪失感に包まれる。

 何の物音もしない自分の部屋で、カカシは閉じこもった。

 静寂を破る、ドアをノックされる音がしても、耳に入らない。

 一瞬の間があって数人の足音が近付いてくる。

「お〜い、カカシ〜。いるか〜?」

 幼い声。

「カカシせんせ〜」

「ここじゃない〜?」

 寝室のドアが開けられる。

「あ、いた!」

 がやがやと入ってきたのは、木の葉丸達。

 カカシはようやくその存在に気が付き、起き上がる。

「木の葉丸・・・何だ?」

「まぁだうじうじしてるのか? 男らしくないんだコレ!」

「まぁね〜、失恋の痛手は大きいわよね〜。初恋は実らないって仙人のお爺ちゃんが言ってたけど、ホントなんだぁ」

「失恋なんかしてないよ! 振られた訳じゃないんだから!」

 子供相手に、カカシは本気で叫ぶ。

「同じことだコレ。姉ちゃんはカカシより国を選んだんだろ? それでショック受けて任務にも行けないなんて、みっともないコレ!」

ちゃん、言ってたでしょ? 誰にでもやるべきことがある、私はそれをしに行く、って。ちゃんは偉いと思うわ。それなのにちゃんが大好きなカカシ先生がこんなじゃ、みっともなくて、愛想尽かされて当然よ」

「それは・・・」

 図星だったので、カカシは言葉に詰まる。

「オレは姉ちゃんはいつか必ず戻ってきてくれると思ってるぞコレ。そんな気がするんだコレ」

「その時の為に、カカシ先生はしっかりして、やるべきことをやらなきゃ。任務をこなして、少しでも平和にして、ちゃんの負担を減らすのよ。ね?」

ちゃんと一緒に世界を平和に導いてると思えばいいと思うな〜」

と・・・一緒に・・・? 同じコトをやる・・・?」

「そうそ! 元気出して! 楊枝のお兄ちゃんは、気持ちを切り替えて任務に行ってるのよ! カカシ先生も頑張らなきゃ!」

「・・・何か・・・子供達に励まされるオレって、情けないな・・・」

「そうだぞ! みっともないんだコレ! だから、シャキッとするんだコレ!」

「あぁ・・・そうだな・・・」

 その時、腹の音が鳴った。

 ずっと飲まず食わずだったことに気付く。

「まずは、腹が減っては何とか、でしょ? お弁当買ってきたから、食べて。ちゃんのお料理に比べたら、美味しくないかも知れないけど」

「食べて力付けないとだコレ!」

「ずっと何も食べてないでしょ〜?」

「サンキュ。有り難く頂くよ」

 弁当を受け取り、蓋を開けた。

 備え付けの割り箸を割り、ご飯を摘む。

「僕、お茶入れてくるよ〜」

 とてとて、とウドンは台所に向かう。

「熱湯には気を付けてね、ウドンちゃん」

「しっかし、随分埃っぽい家だなコレ! 掃除してやる!」

 掃除道具何処だ? と木の葉丸は彷徨き回った。

「あ〜っ、カカシ先生、洗濯機の中に洗濯物が乾いて固まってるわよ! もう一回洗わなきゃ、しわくちゃよ〜」

 洗濯機を覗いたモエギが叫ぶ。

 木の葉丸達は、カカシを元気づけようと、家中走り回った。

 小さなこの子達も、がいなくなって寂しい思いをしている筈なのに、元気づけようとしてくれている。

 カカシは自分を恥じた。

「掃除サンキュ。洗濯物はオレが干すよ」

 モエギが抱えていた洗濯かごを受け取り、干しに行く。

 の忍び装束。

「これに再び袖が通る日は来るのかな・・・」

 ふと呟く。

「来るわよ! だから綺麗にして、大切にしまっておいてよね!」

「あぁ・・・」

 洗面所に行って、冷水で顔を洗って気持ちを入れ替える。

「さて・・・任務に行く前に、サスケの様子でも見に行くか・・・」

 木の葉丸達と共に外に出ると、カカシは病院に向かった。















 サスケの病室では、サクラが相変わらず、見舞いに来ていた。

「でもさ、さんが神様だなんて、ホントビックリよね。そう言われたら、成程そうか、って思えるけど、急に遠い人になっちゃった感じ。もう会えないのかな・・・」

 サスケは、孤独感に包まれていた。

 は、自分と同じだと思っていた。

 なら、自分のこの思いを分かってくれると思っていた。

 分かち合えると、信じていた。

 それなのに。

 は人にはない類い希な能力を持ち、世界を動かせる。

 自分と近い存在だと思っていたが、遠くに感じた。

 サスケには、の感じていた孤独感を、理解出来なかった。

 分かっていなかった。

 ただただ、強大な能力を持つと言うことが、恨めしく思えた。

 自分が、欲して止まない、強い力。

 それを持つ

 持っていながら、サスケが欲しても、与えてはくれなかった。

 強い憎悪が、サスケを包む。

「サスケ君? どうしたの? あ、リンゴでも剥こうか? 夕食までまだ時間あるし、小腹空いてるでしょ」

 サクラはリンゴの皮を剥きながら、との思い出を話して聞かせた。

「あ〜ぁ、結局お料理は教えてもらえなかったし、また女同士の秘密話しようって約束してたのにな〜。寂しいな〜」

 よし、上手く剥けた、とサクラはリンゴを切っていく。

 その時、ナルトが病室に入ってきた。

「よ〜っす、サスケ、サクラちゃん! 姉ちゃんの話聞いてる?」

「聞いたわよ〜、イルカ先生から。ビックリよね〜」

「それでさ〜・・・」

「ナルト・・・!」

 サスケは淀んだ表情で、低くナルトを見据えて声を上げた。

「な、何だってばよ」

「オレと・・・今から戦え・・・!」

 緊張が病室を張り巡った。















 屋上でのサスケとナルトの争いを止めたカカシは、泣きじゃくるサクラを安心させるように優しく諭し、自来也にナルトを任せ、サスケを追い掛けた。

 サスケは葉の青く生い茂る太い木の枝の上で、絶望感に捕らわれていた。

 ナルトはどんどん進化している。

 自分が全然成長していない気がして、焦った。

 力が欲しかった。

 そこへ、カカシが現れる。

 金属製の糸に捕らわれ、きつくカカシを睨む。

「何のマネだ」

「こうでもしないと、オマエ逃げちゃうでしょ。おとなしく説教聞くタイプじゃないからね」

 サスケは舌打ちしてカカシを見据えた。

 サスケの目の奥に宿る、復讐心。

 どす黒く渦巻いているのが分かった。

「・・・サスケ。復讐なんてやめとけ」

 サスケはカカシを強く睨み返した。

 カカシは、復讐の虚しさをサスケに諭す。

「アンタに何が分かる! 知った風なことをオレの前で言ってんじゃねーよ!」

 サスケは聞く耳を持たず、吐き捨てる。

「まぁ、落ち着け・・・」

「何なら今からアンタの一番大事な人間を、殺してやろうか。今アンタが言ったことがどれ程ズレてるか、実感出来るぜ」

 カカシは穏やかにサスケを見つめた。

「そうしてもらっても結構だがな・・・生憎、オレには1人も、そんなヤツはいないんだよ」

 穏やかに言葉を紡ぐカカシは、寂寥感に満ちた笑みを浮かべた。

「もう・・・皆殺されてる」

 カカシの醸し出す表情とその言葉に、サスケは絶句した。

「だったらあの女はどうなんだよ! アイツこそアンタの一番大事なヤツだろうが! 神の国とやらに行って、アイツを殺してきてやるぜ! いいのかよ?!」

か・・・オマエには出来ないよ。出来ない」

「アイツの方が力があるからオレには無理だって言うのかよ?! そんなの、やってみないと分からないだろうが!」

「そうじゃないよ。どっちの方に力があるからとか、そんな理由じゃない」

「じゃあ、どういう意味だよ!」

「サスケ・・・オマエだって、のこと、好きだっただろ? もサスケのこと、大好きだった。いつもオマエのことを思ってくれていた。オレやナルトにも、同じように分け隔て無くな。オマエもオレも、人生振り返ってみれば、ラッキーな方じゃない・・・それは確かだ。でも、最悪でもない。オマエにもオレにも、大切な仲間が出来たろう? も、その1人だ。オマエにとっても、は大切な人間だ。そのを、オマエが殺すなんてことは、出来ないよ」

 カカシの言葉に、サスケは神妙な表情で考え込む。

 カカシやナルト、サクラ。

 そして

 思い起こそうとすれば、脳裏に浮かぶのは、笑い合った日々。

 と過ごした、修行の日々。

 心地好かった。

 いつも飄々としている掴み所のないカカシが、親身になって鍛えてくれた日々。

 日に日に上達していくのが分かって、復讐すら忘れかけた。

 大切な日々。

 カカシは千鳥を授けた意味を考えるようにサスケに言った。

 もう分かっている筈だ、と。

 復讐の為の力じゃない。

 大切なものを守る為の力・・・。

 サスケは考え込む。





『うちはの生き残りのこと・・・言いそびれたな・・・ま、言わない方が良いか・・・』

 カカシは火影の執務室に向かった。















 カカシは任務に出た。

 と共に、世界の平和を守る。

 の手助けをする。

 任務をこなしていくことで、一歩ずつ、に近付いていく気がしていた。

 いつかまた出会える日を待ちながら。

任務に飛び交うカカシは、数日後、サスケが音の四人衆に誘われて、里を抜けたことを知らずにいた。

 一つの任務から戻ってきたアスマは、同じく戻ってきた紅と会う。

 サスケが里抜けしたことを知り、それを自分達の受け持ち部下が追い忍になり、緊張が里を突き抜けた。

 すぐにでも次の任務を仰せつかるだろうが、彼らの安否も気になり、足が止まる。

 だが、2人にはもっと気掛かりなことがあった。

「カカシの様子、聞いてる?」

「あぁ・・・雑念を振り払う感じで、メチャクチャに任務をこなしてるようだ。身体を動かしていないと、余計なことを考えすぎちまうんだろうな」

「よっぽど痛手なのね・・・無理もないか・・・」

「アイツは、純粋すぎるんだよ。信じていたものに裏切られたり、失ったりすると、それを受け入れられないんだ。・・・昔からそうだ。がカカシの傍に残ってくれていたら、アイツも変われたんだろうなぁ・・・」

 事実、と過ごす日々の中で、カカシは変わってきていた。

 それが、再び失った辛さで、元に戻りかけている。

・・・戻って来れたらいいのに・・もうダメなのかしら・・・」

 東の空を見つめ、愛らしく笑うを思い浮かべていた。



























 その頃、日出ずる処の国。

 は国に戻ったことで、全ての記憶を取り戻した。

 変えていた姿も、元に戻っていた。

 が戻ったことで、国は神秘の力に覆われた。

 国の民は、の帰還を、心から喜んだ。

 不在の期間が長かった為、やるべきことが余りにも多く、自由になる時間がなかった。

 幾日か過ぎ、夜になって、ようやく解放された。

 寝所の外で、月を見上げる。

「カカシせんせぇ・・・元気かな・・・。会いたい・・・」

 首に提げたカカシマスコットを握りしめ、カカシを思う。

 記憶を全て取り戻しても、カカシを好きな気持ちは変わらなかった。

 むしろ、離れたことで、恋しさが増すばかりだった。

 は自分の持つ力を使えば、気になる者や場所が今どうなっているのか、分かることが出来た。

 だが、は敢えてそれをしない。

 世界の全てを平等に。

 その為に、個人の感情で見てはならない。

 でも、それでもやはり気になった。

「胸がザワザワする・・・何かあったのかな・・・」

 は、そっと祈りを捧げた。

「皆が無事でいますように・・・」

 月がを照らしていた。









 は麓の民を訪れた。

 先頃生まれた赤子に、名を付ける為だった。

 子を抱いてあやす母親・クレハを見て、は気が付く。

「アナタ・・・火の国の、木の葉の隠れ里の出身よね?」

「え、えぇ・・・。元は忍びです。そういえば、様は今まで、木の葉にいらっしゃっていたとか・・・どんな感じでしたか? 里は・・・。あれから5年も経ちますので・・・」

 クレハは、うちは一族だった。

 今の名前は此処に来た時に付けられたもので、本当の名前は、捨てた。

 写輪眼を持っている。

 5年前、里の外れで行方不明になり、神の国に迷い込んだのだった。

 クレハを見て、は写輪眼の仕組みを吸収した。

 は、里の様子を詳しく話した。

 嬉しそうに話すを見て、楽しい日々だったことが伺える。

 が、3代目逝去を聞いて、悲しんだ。

「そうですか・・・カカシ君の所へ・・・。彼は上忍になりたての頃、戦争の時に同じチームだったオビトから目を譲り受けたんですよね。その後コピー忍者のカカシとしてすっかり有名になって・・・。うちは・・・懐かしいですね・・・皆元気にやっているんでしょうか?」

 女性は、イタチの事件の前に行方不明になったので、その事件を知らなかった。

 はカカシや3代目、サスケなどから聞いていた話を、話して聞かせた。

 女性は絶句する。

「そんな・・・イタチがそんなことを・・・。弟のサスケだけを残して、皆殺しだなんて・・・」

「サスケ君のことも知ってたの?」

「えぇ。隣の家でしたから。兄のイタチの優秀さに嫉妬して、劣等感を抱いていました。でも、強くなる要素は感じていました。復讐なんて、虚しいだけだからやめて欲しいのに・・・」

「私も何度も言ったんだけど、ダメだったよ。聞く耳持ってくれなくて。でも、仲間と過ごしてる時のサスケ君は、とてもいい顔をしてたんだよね。ずっとそうあって欲しいんだけど・・・何か嫌な気分だな。サスケ君に何かあったのかも・・・」

 は神妙な顔をしつつも、赤ん坊が清らかな瞳でを見つめていたので、柔らかく微笑んだ。

「名前・・・“コノハ”はどうかな? 3代目のお孫さんが木の葉丸君って言うんだけど、女のコだから、コノハ。アナタの名前もちょっともじって。どう?」

「いいですね・・・。有り難う御座います。この子を見るたびに、里が思い出されるでしょうね」

「もう・・・木の葉の里に戻る気はない・・・?」

 クレハが自分の境遇に似ていると感じ、は尋ねた。

「そりゃ・・・生まれ育った場所ですから、愛郷心はあります。いつも気に掛かっていました。でも、私はもう此処に生活の基盤が出来ました。愛する夫がいて、大切な宝のこの子がいます。里を思いながら、私は此処で生涯を終えたいです。帰ることは出来ません」

 そう言った後で、クレハは、あ、とのことを思い出した。

 自分と同じ立場だったのだと。

 の問いかけの真意に気が付いた。

「そう・・・そうだよね・・・私もそう出来れば良かったのにね・・・」

「申し訳ありません・・・!」

「気にしないで。私は自分の意志で決めて、今此処にいるんだから。だから大丈夫だよ」

 大丈夫・・・、そう繰り返すの顔は、寂寥感に溢れていた。

 本音は戻りたいのだろう。

 だが、立場がそうさせない。

 クレハは、の望みを叶えてやりたかった。

 出来ることなら・・・。

「あ」

 ふとは声を発する。

「どうされました?」

「私、帰ってきてから毎日ずっと忙しくて、まだ弟に会ってないよ! 会う為に戻るって決めたんだから、会わせて!」

 後ろに控えていた従者を見据え、頬を膨らませる。

「弟君にお会いになられたら、また出て行ったりはしないでしょうな・・・?」

 従者はそれが気掛かりだった。

「あ、だからわざと引き延ばしてたんでしょ? も〜、約束はちゃんと守るよ! 早く会いたい! 連れてって!」

 はぶ〜ぶ〜と、従者の腕を引っ張る。

 未だかつてこんなフレンドリーな神がいただろうか、と周りの者は思わざるを得なかった。

 記憶を封じていた時の性格が残っているようだ。

 息を一つ吐き、分かりました、と従者は先を促した。









 の過ごす神殿から少々離れた、銀の離宮。

 大広間に通されたは、勧められた神座を断り、ドキドキと心を逸らせながら、辺りを見て回っていた。

 ふと覗いた小部屋の壁に自分が描かれた絵画が飾ってあり、苦笑する。

 その時、ゆっくりと扉が開かれた。

 そこに立っている、小さな少年。

 一歩一歩、ゆっくりとの元に歩み寄る。

 の目の前まで来た時、少年は仁王立ちしたままで、を見上げた。

 すぐ背後に、従者が膝をついて控えた。

 は、弟というその少年を見て、驚いていた。

 鼓動が益々早くなる。

 顔を紅潮させ、尋ねた。

「アナタが・・・私の弟?」

「そうだよ。いちおー、はじめまして!」

 ぶっきらぼうな物言いに、従者に窘められても、気にしない。

 強くを見つめている。

「あの・・・名前は?」

「カイト。10歳」

「か・・・っ」

 の顔は輝いていた。

「あ?」

「可愛い〜〜〜ッ!!!」

 おもむろに、は弟・カイトを抱き締めていた。

「なっ・・・おい・・・っ!」

 カイトはビックリして、もがいた。

 きゃ〜きゃ〜とは喜んでいる。

 カイトは照れ、頬を染めていた。

「離せって・・・! やめろ・・・っ」

 が驚き、そして喜んだ理由。

 カイトはの抱擁から逃れ、息を荒げた。

「ったく・・・」

「すっごい・・・! こんなことってあるの・・・?! カカシせんせぇにそっくり!!」

 そう、カイトはカカシに瓜二つだったのだ。

 瞳こそ赤かったが、銀髪と容姿は、カカシの幼少時にそっくりだった。

「誰だよ、カカシって」

 カイトはぶっきらぼうに、吐き捨てた。

「あのね、私のダ〜イスキな人! ホラ、このマスコット見て! そっくりでしょ?!」

 そう言っては首のカカシマスコットを見せる。

「こんなんで分かるかよ」

 何だその小汚ぇモン、とカイトは眉を寄せる。

「あ、そ〜だ。写真持ってるんだ。ホラ、この人! この人の小さい頃にそっくりだよ。似てるでしょ?」

 はカカシと2人で撮った写真を携帯していて、それを取り出して見せた。

「誰コレ・・・。変なカッコ。顔なんて殆ど見えてねぇじゃん。益々分からねぇよ」

 何この派手なカッコ、とカイトはの露出の多い格好に顔をしかめた。

「それでね、カカシせんせぇのお人形も作ったの。カカシせんせぇのお人形だから、カ〜君って言うの。ねぇ、名前がカイトだから、カ〜君って呼んでいい?」

 の瞳はキラキラしていた。

「人形なんかと同じ呼び方すんな」

「え〜、ダメ〜?」

 はしょげて、甘えたようにカイトを見つめる。

 カイトは真っ赤になって、顔を背けた。

「い、い〜よ、別にそれでも。しょうがねぇから、許してやる」

「良かったv 私のこともって呼んでね! お姉ちゃんでもいいよ!」

 再びは、カイトを抱き締めた。

 照れるカイトは、最初はもがいて抵抗したが、の甘い香りと温かさに、気を許した。

「・・・ずっと、遠くから見てた。・・・はオレの存在は知らなかっただろけど、小さい頃からずっと、のことを見てた。こうして会える日を、ずっと待ってた・・・」

 きゅ、とカイトはの服を掴む。

 憧れ続けた、近くて遠い存在。

 恋い焦がれて、それでも会うことは許されなかった。

 やっと、会えた。

 ずっと触れたかった。

 今、此処にいる。

 カイトは満たされた気持ちになった。

「カイト様、様、とお呼びして下さい。姉君様であられようと、お立場が違われます」

 控えている従者が窘める。

 途端にカイトはイラついた。

「うっるせぇな! オレが姉貴を何と呼ぼうと勝手だろ! オレに指図すんな!」

「お言葉が乱暴すぎます。常々、ご注意申し上げているではありませんか。様の弟君であられるなら、言葉遣いや行動にもお気を付け頂かないと」

「オレに命令できる程お偉いのか、テメェは!」

 いつもいつも・・・とカイトはすっかり気分を害していた。

「私は気にしないよ〜。名前で呼んでもお姉ちゃんでも姉貴でも。カ〜君は弟なんだから、様ってのはヤだな〜」

「ホラみろ。“様”がこう“仰られて”いるんだ! それに従うのが道理だろ?!」

 やれやれ、と従者達は息を吐く。

「ねぇ、私今日ここに泊まってもいい? カ〜君ともっとお喋りしたいな」

様がこのような離宮で過ごされるのは、昼間だけにして頂きたく存じます。神殿の寝所にてお休み下さいませ」

「え〜。じゃあ! カ〜君が来て! それならいいでしょ?!」

「しかし・・・」

「けって〜い! 行こ、カ〜君♪」

 はカイトの手を握り、離宮を出て行った。

「お待ち下さい、様!」

 従者が追い掛けていく。

「あ〜も〜、2人っきりになれないよ〜」

 ぷく、とは膨れて、パチン、とカイトと共に姿を消した。





 神殿裏の聖なる泉のほとりに現れる。

 此処なら、誰も来ない。

「は〜、やっと解放されたよ〜」

 肩凝っちゃうよ、とは水べりに腰を下ろし、カイトに隣を勧める。

「イヤなら、戻って来なきゃ良かったじゃんかよ」

「ん〜でも〜、カ〜君に会いたかったし〜、本当の自分を否定したら、自分が嘘になっちゃうと思ったから。本音を言えば、ずっと木の葉にいたかったけど、我が儘は言えないよ」

「自分に正直に生きた方がいいんじゃねぇの? 別に何処にいたっていいじゃんかよ。務めを放棄する、って訳じゃねぇんだからさ」

「そうだけど〜。それはそれで、色々制約があるみたいだし。神としてのこの能力を失わない限り、無理だよ」

 広げた手をぎゅっと握り、微笑む。

「カ〜君だって、私に会いたいって言ってくれたじゃない。私、ずっと独りだと思ってたから、カ〜君に会えてホントに嬉しい。カカシせんせぇにそっくりなのはビックリしたけど、カカシせんせぇといるみたいでウキウキするしv でも、何でこんなにそっくりなんだろ?」

 の疑問に、カイトは思う所があるように一瞬黙った。

「・・・世の中には、自分に似た人間が3人はいるって言うだろ? 遠く離れた何処かに似ているヤツがいてもおかしくないさ」

「そっかぁ。じゃあ、私に似てる人っているかな?」

「さぁな。この国の人間は殆ど似た顔立ちしてるけど、お国柄だし、天界に行けば、にそっくりなヤツがいるかもな。の前の神とかさ」

「ん〜、そういうのじゃなくって〜、人間でだよ〜。この地球上で。いたら会ってみたいなぁ」

「自分にそっくりなヤツを見たら死ぬって言う言い伝えあるじゃん。ドッペルゲンガーだっけ? そうなったらどうするんだよ」

「それはヤだな〜。でも、カ〜君にはカカシせんせぇに会って欲しいなぁ。無理なんだろうけど。私の好きな人です、って。で、カカシせんせぇにも、私の弟です、って紹介したいな〜」

 カイトは考え込んだ。

、戻りたいんだろ? 戻っちまえよ。この世に生まれたなら、誰にでも自由に生きる権利がある筈だぜ」

「・・・無理だよ。また連れ戻されちゃう。私が私である限り、自由は許されないんだよ」

「でもさ・・・」

「いいの。分かっていて帰ってきたんだから。私は此処で平和を祈るの。カカシせんせぇも平和の為に戦っているし、やってることは一緒だよ。だから良いの」

 そう言っては微笑んだが、寂寥感があることに、カイトは気が付いていた。

「その話しはもうオシマイ! 切なくなっちゃうよ。カ〜君のこと、何でもいいから教えて? カ〜君のこと、もっと知りたい」

「別にいいけど・・・忙しいんじゃねぇの?」

「時間作る! 10年の溝を埋めるには、足りないくらいだよ! 今日は一緒に寝ようねv 一杯お話ししよう?」

 ね、とはカイトの手を握って微笑んだ。

「一緒にって・・・ガキじゃねぇんだ! いい年して一緒になんて寝られるかよ!」

 カイトは真っ赤になって、吐き捨てる。

「え〜。ガキじゃないから、一緒に寝るんでしょ? 男の人って、どうしてそんなに嫌がるの? 照れてるの? 何で?」

 純粋な瞳が、カイトを捉えて放さない。

「・・・分かったよ」

 ったく・・・とカイトは頬を染めたまま、呟いた。









 それから毎日、はカイトと話す時間を作った。

 カイトの過ごしてきた10年の日々を聞き、は木の葉での楽しくもあり切なくもあった日々を話して聞かせた。

 はカイトの話を目を輝かせて聞き、一緒に過ごしたかった、と呟く。

 そして木の葉での充実した日々を語り、思いを馳せる。

 もっぱら、カカシとの楽しい日々を語った。

 カイトは、楽しそうに話すが、自分を見ながらも、別の人間を重ねて見ていることに気が付いていた。

 誰だかは分かっている。

 大好きだという、カカシという男。

 カカシ。

 それが何を意味するのか、カイトは分かっていた。

 はたけカカシ、それは・・・。

 は、まだ気付いていない。

 知らない方が良いのかも知れない。

 は、カカシのことばかりを話し、そしてカイトにも会って欲しい、と何度も同じようなことを繰り返した。

「カカシせんせぇ、カ〜君見たら驚くだろうなぁ。教えた〜い。あ〜、ムズムズする〜!」

 は毎晩、カイトを帰さなかった。

 従者が窘めても、一緒に寝たいと主張した。

 始めは照れて嫌がったカイトも、の温かさが心地好くて、すっかり懐いていた。

 毎晩、はカイトを抱き締めて眠る。

 カイトの持つ空気が懐かしさを感じさせ、幸せに浸った。

 カイトもまた、に母性を感じ、いつも言葉や態度がぶっきらぼうだったが、童心に返った。

 2人は空白の10年を埋めようとしている。

 満ち足りた日々だったが、ふと、我に返る。

「カカシせんせぇ・・・会いたいよ・・・」

 無意識に呟く。















 が戻ってきて、大分経った。

 国も落ち着いている。

 従者達も、平定された日々を確信していた。

 ずっとこのまま、と。

 も、すっかり元に戻ったように見えた。

 だが、は時折、物思いに耽る。

 西の空を見上げ、遙か遠い大陸の、愛すべき人を思う。

 写真を見つめ、息を吐く。

 胸元に手を当て、祈りを捧げる。

 そんなを見て、カイトは決意した。

、話がある」

 10歳の少年、カイトの決意の瞳とその姿は、すっかり大人びていた。