【南瓜―収穫編(1)―】







 私は木の葉の里の八百屋で働いています。

 、21歳です。

 最近、ある人に告白をしました。

 昔からずっと好きだった人。

 木の葉の里の忍び。

 特別上忍の、不知火ゲンマさん。

 私の働く八百屋の、昔からの常連客です。

 とても格好良くて、小さい頃から、乙女心はときめいていました。

 ひょんなことから、親しくなって、ゲンマさんは私をいつも昼食に誘ってくれたり、買い物に付き合ってくれるようになりました。

 親しくなればなる程、乙女心は膨らみ、憧れが恋に変わるのもそう遠くありませんでした。

 恋だと自覚して、ゲンマさんを好きなんだとハッキリ確信してからは、一喜一憂の毎日でした。

 ゲンマさんは優しくしてくれるけど、私のことは恋愛対象に見てくれなかったから。

 私とゲンマさんは、8つも歳が離れてる。

 大人なゲンマさんにはお子様にしか思ってもらえないと思って、ずっと言えなかった。

 “好き”の一言。

 恋心が膨らんでいく度、どっちつかずの状態が苦しくて、ゲンマさんの目を見ることが出来なくなってた。

 あの、見透かすような鋭い眼光。

 大好き。

 ゲンマさんは目と目を合わせずに話すのが嫌いで、私の様子がおかしいことを訝しみ、問い質されて、覚悟が決まった。

 そして伝えた。

 思いの丈を。

 ゲンマさんが好きだと。

 呆気に取られていたゲンマさんは、笑ってくれた。

 私を、優しく包み込んでくれた。

 そして、また一歩近付けたんだよね。















 告白の一件以来、私とゲンマさんは、頻繁に互いの家を行き来するようになった。

 ゲンマさんが里を離れる任務以外の、いつもの執務の時は私の仕事が終わる方が遅いので、どちらかの家で夕食を共にした。

 互いの手料理を振る舞ったり、たまには飲みに行ったり。

 私が休みの日は今までのように、昼休みに外食して、買い物に付き合ってもらった。

 嬉しくて、舞い上がりそうだった。

 でも・・・最近、ちょっと不満があるんだよね。





 ゲンマさんが私の家に来た時。

 夜が更けてくると、そわそわしてしまう。

 だって。

 色々期待しちゃうじゃない。

 でも。

「大分遅くなっちまったな。じゃ、オレ帰るわ」

 そう言ってゲンマさんは自分の家に帰ってしまう。





 私がゲンマさんの家に行った時。

 やっぱり夜も更けてくるとそわそわする。

 心臓がバクバクする。

 その・・・色々考えちゃって。

 でも。

「夜も更けたな。あんまり遅くならねぇうちに、送ってくよ、

 そう言って、ゲンマさんは私を抱えて、私の家まで送ってくれる。

「おやすみ。またな」

 ゲンマさんは私の家には入らず、すぐに帰っていく。





 この繰り返し。

 つまり・・・告白はしたんだけど、それ以上深く進展してるって訳でもないんだよね。

 確かに、進展はしてるよ。

 でもね。

 そう言えば、私はゲンマさんに、好きって告白したけど、ゲンマさんは笑って優しく私の頭を撫でてくれたけど、その・・・返事は貰ってないんだよね。

 ゲンマさんが私を好きだとかそういうこと、全然言ってもらってない。

 だから、ゲンマさんが本当は私のことどう思ってるか、分からないんだ。

 他人が見れば、私達ってお付き合いしてるように見えるんだよね。

 八百屋のおじさん夫婦も、そう思ってるし。

 でも、肉体関係も無ければ、キスどころか、手も繋いでない訳で。

 思いっ切り、プラトニックなお付き合いなんだよね。

 その前に、“お付き合い”してるって言えるのかな。

 “私の彼氏、ゲンマさん”って言いたいよ。

 ゲンマさ〜ん、本当のところはどうなの?

 ただの仲のいい女友達なの?













 ちょっと前までは、それだけでとても嬉しかった。

 でも、告白した以上、それ以上を望むのが乙女というもの。

 はっきりとした、明確な確証が欲しい。

 だけど、それをゲンマさんに追求する勇気も、一歩先へ自ら進む勇気も、無いんだよね。

 ゲンマさんに言う勇気も自信も無い。

 私って臆病。

 だって、あんなに格好いい大人のゲンマさんが私のことを構ってくれるだけでも奇蹟なんだもん。

 どうしたら一歩先に進めるのかなぁ・・・?



















 ゲンマさんが非番の日、おじさんが気を利かせて私に休みをくれた。

 でも、ゲンマさんって特別上忍だから、任務が無くても、上忍待機所に居なきゃいけないんだよね。

 人生色々っていう。

 おじさん、折角だけどゲンマさんとは一緒できないんだよ、お昼しか。

 私は溜め息をついて、ファッション雑誌を眺めていた。

 その時、ドアをノックされる音がした。

「あれ・・・誰だろ」

 雑誌を伏せて、玄関に向かった。

「どちら様ですか〜?」

「オレだ」

 低くくぐもった声。

 思わず鼓動が跳ね上がる。

 ゲンマさんだ。

 え、何で?

 恐る恐るドアを開ける。

「よぅ」

 ゲンマさんは相変わらず、雰囲気を持った悠然とした佇まいで、楊枝をくわえて立っていた。

「ゲンマさん! どうしたんですか」

「どうって、何言ってんだよ。休み一緒なんだから、どこか出掛けようぜ。買い物でも何でも」

「え、でも、ゲンマさん、詰め所には・・・」

「あぁ、普通なら待機しなきゃならねぇが、非番なら例外もアリでな。非常召集が無い限り、出掛けたって構わねぇんだよ」

「え・・・そうなんですか?」

「あぁ」

 ゲンマさんは、チラと部屋の奥を見遣った。

 伏せられたファッション雑誌が目に留まったようだ。

「服とか買おうぜ。支度してこいよ」

「あ、はい・・・!」

 慌てて支度を済ませ、外に出る。



「さてっと。まずは何処に行く? 

 歩きながら、問うてくる。

「あの・・・私、映画とか観てみたいです」

「映画? 今やってんのは、R指定モンだぜ。いいのかよ」

 ゲンマさんは高楊枝で眉を寄せる。

「何でもいいんです。ゲンマさんと映画に行きたいんです」

「ならいいけどよ・・・途中で出るなよ?」

 アレ結構激しいんだぜ? とゲンマさんは呟いた。







「大人2枚」

 映画館まで来て、窓口でゲンマさんは2人分の料金を払う。

 私はいつも奢ってもらってる。

 ゲンマさんは、絶対私に払わせない。

 男のメンツだ、とか言って。

 最初は私もオロオロしていたけど、もう言わないことにした。

 ゲンマさんに呆れられたくないから。

「ゲッ。カカシ上忍がいやがる。あの人も今日非番か?」

 場内に入ると、ゲンマさんは前の方の席に座っていた銀髪の人の後ろ頭を見て、顔をしかめた。

「苦手な人なんですか?」

「いや、そうじゃねぇけど、こういうトコじゃ会いたくねぇだろ。、後ろに座ろうぜ」

 肩を抱かれて、思わずドキッとした。

 映画の目的は一つ。

 暗がりで、手を繋ぐこと。

 映画って言ったらそれが定番だよね。

 肘掛けに載せていた手と手が触れ合って、そして・・・って。

 その勇気が出るかなぁ?

 がんばろ。





 映画は、想像以上に激しくて、赤面しっぱなしだった。

 ドキドキして変な気分になってきて、目的遂行どころじゃなかった。

 チラと横目でゲンマさんを見たら、平然と画面を眺めている。

 この映画、観たことあるのかな。

 それとも、原作を読んでるとか?

 ゲンマさんは読書家で、時代小説が好きだって聞いてるんだけどな。

 大人なゲンマさんは平気かも知れないけど、お子様の私には刺激が強すぎだったよ。

 あぁ、ずっと観ていたらおかしくなりそう。

 そんな私の狼狽えぶりを、ゲンマさんは気付いたみたい。

「シンドかったらもう出るか?」

 小声で耳打ちしてくる。

 ゲンマさんの低い声の方が腰に来ちゃったよ。

 ゲンマさんの声ってセクシーなんだもん。

 ううん、と首を振って、踏ん張って画面に目を戻す。

 その時。

 ゲンマさんが肘掛けの私の手を握り締めてくれた。

 鼓動が早くなって、頭は真っ白になった。

 もう、映画の内容なんて入ってこなくなっちゃったよ。





 映画のエンディング。

 私は放心していた。

「さ、出よう」

 またゲンマさんは小声で耳打ちする。

 私の手を握ったまま、スッと劇場を出る。

 そんなにあの銀髪の人に会いたくないのかなぁ。

 変なの。





 私は何だか腰砕けで、フラフラしていた。

「大丈夫か? 。だからやめときゃよかったんだ」

 手を繋いだまま、道を歩く。

「いえ・・・ゲンマさんと映画観たかったから、目的果たせて良かったです」

「ならいいけどな。茶屋で一服するか。一休みした方がいいだろう」





 茶屋通りに出て、お互いが一番好きな茶処に入った。

 お茶が美味しいのと、何より、甘い物が苦手なゲンマさんに合わせて、男の人が入りやすい物があるから。

 餡抜き団子。

 いつもなら私がゲンマさんの分も食べてたんだけど、私が太るのを気にしてくれたゲンマさんは、此処を見つけてくれた。

 それ以来、お気に入り。

 私は出されたお茶を啜って、息を深く吐いた。

「本当に大丈夫か? 辛かったらハッキリ言えよ」

「大丈夫ですよ〜」

 ゲンマさんってホント優しい。

 いつも私のこと気遣ってくれる。

「一休みするんなら、貸座敷とかの方が良かったかもな。あそこなら横になれるし」

「かっ・・・」

 さらりと言い放つゲンマさんに、私は赤面してしまった。

 だって、貸座敷って。

 通称、ラブホテルの簡易版なんだよ〜っ。

「近くにあったよな。茶屋の2階に。行くか? 連れていくぜ」

 ゲンマさんはお茶をずずっと飲み干した。

「いっ、いいです! 大丈夫ですから!」

「あ? 何だよ、別にやましいことなんかしねぇから、安心しろよ」

 しまった。

 自らチャンスを潰してどうするの。

 折角2人っきりでいい雰囲気になれるチャンスだったかも知れないのに。

 でも・・・。

 あ〜ぁ。

 “やましいことはしない”かぁ。

 やっぱり、ゲンマさんは私のことは、そういう対象じゃないんだ。

 寂しい。

 “ただの仲のいい女友達”なんだ。

 私はしゅんとする。

「何だ? 元気ねぇな。元気一杯が取り柄のオマエが、どうした? 憂さ晴らしに服でも買いに行くか?」

「え・・・あ、はい・・・」

 ゲンマさんは、プラプラ上下させていたお団子の串を受け皿に置き、いつもくわえている楊枝をくわえ直して立った。

「急ぐ訳じゃねぇし、歩いていくか・・・」

 茶屋を出ると、ゲンマさんのくわえていた楊枝が陽の光に反射した。

「あれ・・・ゲンマさんがいつもくわえているのって、お団子の串と全然違うんですね」

 今更気が付いた。

「あぁ? これは串でも楊枝でもねぇよ。千本だ」

「千本? って?」

 とてとて、と私はゲンマさんに並んで歩く。

「刃物の一種だよ。手裏剣やクナイよりは、殺傷能力低いがな」

「刃物? 切ったりしないんですか?」

 危なそう、と見上げる。

「ガキの頃からだから、慣れちまったよ。それより、人通りが多いから、はぐれるなよ」

「ゲンマさん背が高いから足長いし、ちっちゃい私とじゃ歩幅が違いすぎるんですよ〜」

 それでも、ゲンマさんは私に合わせてゆっくり歩いてくれるんだけど、ゲンマさんって、元来歩くの早いんだよね。

 いつも注意されちゃう。

「分からねぇヤツだな。オレにくっついてりゃ、はぐれねぇだろうが」

「えっ」

 ポケットに手を突っ込んでいるゲンマさんは、ん、と肘を曲げて隙間を作った。

 え・・・もしかして、腕を組めってこと?

 ゲンマさんがいつも言ってたのって、そうしろって事だったの?

 私、気付かなかったの?

 ドキドキしながら、私はゲンマさんの腕にしがみついた。

 ゲンマさんの温もりが伝わってきて、ドキドキは更に強くなった。

「さて・・・っと。今日はどの店に行くかな・・・オレも買うか」

 あ〜もう。

 ゲンマさんはいつも通り、平然として呟いてる。

 期待してるの、私だけ?

 え〜い、わざと胸押し付けてみようかなぁ。

 あ、ダメだ。

 全然変わらないよ。

 も〜、ゲンマさんってストイックすぎ!

 ていうか、私に魅力が無いだけ?

 若いことしか取り柄ないもんね。

「此処にすっか」

 そう言って入っていく店は、高級そうなところ。

「ゲ、ゲンマさん・・・ココ、高いんですよ・・・っ」

「気にすんなよ」

「でも・・・っ」

 ゲンマさんって高給取りだから、どうってことないのは分かるけど。

 一般庶民の私は、やっぱり尻込みしちゃうよ。

 そりゃ、ファッション雑誌見てて、憧れてたけど。

「不知火様。いつもご贔屓にどうも」

 品の良さそうな店員が話し掛けてくる。

 ゲンマさんって常連さんなんだ?

 さすがぁ。

 店員と色々話しながら、次々と買う服が決まっていった。

 センスのいい、女のコなら必ず憧れるような服ばかり。

 ゲンマさんの服も、カッコイイ物ばかりだった。

 そう言えばゲンマさんが家で着てる服、いつ見ても格好良かったもんね。



 会計で私は眩暈がした。

 その合計金額に。

 ポン、と顔色変えずに平然と支払うゲンマさんが、遠い人に思えちゃう。

「ゲッ、ゲンマさん、いいんですか? そんなに沢山の服いただいて・・・」

 紙袋を沢山持って店を出るゲンマさんに、思わず言ってしまう。

「いつも言ってるだろ。オレが好きで買ってるんだから。礼なら、着てみせてくれればいいからっつってるだろ」

 ゲンマさんが服が好きなのはよく分かってるんだけど・・・。

 ちょっと限度がぁ〜〜〜。

 あ、でも待って。

 こういうことしてもらえるってことは、私って特別な存在なんだよね?

 友達に服買ってあげたりっておかしいもんね?

 そうだ、そう考えよう。

 思わずニマリとしちゃう。

「さっきから百面相してねぇで、昼飯行くぞ」

 暗くなったり明るくなったり、オレを笑わせたいのか、何なんだ、とゲンマさんは吐き捨てた。

「あっ、ハイ!」

 慌てて元に戻って、ゲンマさんに付いていく。

「だからオレから離れんなっつってるだろうが。学習しねぇな、オマエは」

 ゲンマさんの片方の腕は、私を待っていた。

 言い方はぶっきらぼうだけど、あぁ、やっぱりゲンマさんって優しい。

 私はまだ慣れなくて、照れながらゲンマさんにしがみついた。

 男と女が腕を組んで歩いてたら、普通は恋人同士だよね?

 ゲンマさん、そう思っていいの?

 どうなの?

 私、調子に乗っちゃうよ。

 そんな風に優しくされて、勘違いでした、じゃ、私泣いちゃうよ。

 色々考えてるうちに、食事処に移動していた。

、何が食いたい?」

「え・・・かぼちゃ」

「はは、オマエもすっかりかぼちゃ好きになったな。好みが一緒で助かるぜ」

 美味いかぼちゃの煮物が食いてぇな、とゲンマさんは店を窺いながら通りを練り歩く。

 どうせなら私を食べて〜。

 なんて言える訳も無く。

 そもそも、ゲンマさんってそういう感情あるの?

 男としての本能とか。

 映画は平然と観てたし。

 暗がりでイチャイチャする、なんて夢も叶えられず。

 ゲンマさん、私のこと美人で魅力的だって言ってくれたよね。

 そういう女を目の前にして、何の気も起きないって事は、やっぱりおべんちゃらだったの?

 私ってそんなに魅力無い?

 やっぱりお子様は対象外?

 もっと年が近い大人の色気がある方が好きなのかな。

 あ〜、最近いっつも考えがダークだよ。

 大好きな人とデートしてるってのに。

 ゲンマさんに嫌われちゃう。

 明るく、明るく。

「あれ・・・ゲンマさんじゃないですか」

 その時、忍びの格好をした人が、咳き込みながら話し掛けてくる。

 誰だっけ・・・。

「ハヤテじゃねぇか。昼飯か?」

「えぇ」

 あ!

 そうだ、ハヤテさんだ。

 アカデミーにいた頃見掛けたことあった。

 この病人然とした感じ、変わってないなぁ。

 身体大丈夫なのかな?

「こちらの方は、最近いつもご一緒されてますよね・・・」

「まぁな」

 ハヤテさん、お願い!

 “彼女ですか?”って訊いて!

「それじゃ、私はここで・・・失礼します」

 ペコ、とハヤテさんは去っていく。

 そんなぁ。

 普通、この場面は訊いてくるトコでしょ〜?

「相変わらず素っ気ねぇヤツだな」

 オレ達は此処に入ろう、と店に入って席に着く。

「いつもあんな感じなんですか? ハヤテさんって」

 メニューを見ながら、尋ねた。

「あぁ。他人に干渉するのもされるのも嫌いで、個人主義を貫いててな・・・って、、ハヤテのこと知ってるのか?」

 話したことあったか? とゲンマさんは目を見開いた。

「あの、アカデミー行ってた時、見掛けたことありましたから」

「あぁ、そうか。年が近ぇもんな。アイツ、下忍になった時、エルナと一緒のチームだったんだよ。今はオレと同じ、特別上忍だ」

 店員を呼んで、注文した。

 エルナって言うのは、ゲンマさんの6つ下の妹さん。

 11年前に、戦争で亡くなったんだって。

「へ〜っ。まだ若いのに、優秀なんですねぇ」

「確かにハヤテは優秀だが、忍びの世界に歳なんて関係ないぜ」

 楊枝・・・じゃなかった、千本を置いてゲンマさんはお茶を啜った。

 私も口に含む。

「ゲンマさんはいくつで特別上忍になったんですか?」

「15だったかな・・・途中暗部にいた時期もあるがな」

「へ〜っ、すっご〜い!」

「べつにすごかねぇよ。映画館で会ったあの人は、8つで上忍になったからな」

「はぁ〜、才能ある人は違いますねぇ。ゲンマさんも上忍になれそうだけど」

「オレは不知火家特有の任務に就く必要があったから、この特殊任務に就いているうちは、特別上忍のままだよ。さして違いはねぇ」

「映画館って言えば、ゲンマさん、やっぱり大人ですよね。あんなに激しい映画、平然として観てるんだもん」

 私は真っ赤になりながらお茶を啜る。

「あぁ、原作読まされたことあるからな。内容知ってたし。あんなんで照れる程ガキじゃねぇんでな、生憎」

 もう癖だという、無意識にくわえ直した千本を上下させながら、眉を寄せた。

 照れなくても、変な気は起きないのかな?

 でも、訊けなかったよ。

 食事が運ばれてきて、食べ始めた。

 此処のかぼちゃの煮物は美味しいね。

 ゲンマさんも満足してるし。

 豊穣祈願祭ではかぼちゃの豊穣をいつも祈願している、と言うゲンマさんの言葉に笑いながら、店を出た。

「さて・・・と。次はどうする? 

 映画は観た。

 お茶もしたし食事もしたし、お買い物もした。

 後はどうしようかなぁ・・・。

 こんなに長く一緒にいられることって無いから、思いつかないや。

 その時、小鳥がゲンマさんの肩にとまった。

「チィ・・・」

 ゲンマさんは眉を寄せた。

 何だろ。

 小鳥嫌いなの?

 まさかね。

 ゲンマさん、優しいからそんなことない筈だし。

 変なの。

「悪ィ、。招集だ」

「え?」

「オレは行かなきゃならねぇ。悪ィが、今日はここまでだ。送ってくから」

「招集?」

 鳥はもう飛び立っていった。

「今、鳥が来ただろ? 招集の合図なんだ」

 あ、どおりで。

「多分、任務だ。今日は帰れねぇと思うから、夕飯は無理だな。帰ってきたら連絡する」

 ゲンマさんは私を抱き上げて、跳び上がって屋根を駆けていった。

「じゃ、またな。ホント悪ィ」

「ううん、それがゲンマさんのお仕事だもん。気にしないで。楽しかったし。気を付けて下さい」

「あぁ」

 ゲンマさんが消えると、私は息を吐いて部屋に戻った。

 任務って事は、今度いつ会えるか分からないんだよね。

 別れる時にキスぐらいしてくれてもいいのにな。

 ちぇ。

 なんて。

 あ〜ぁ、ホントにゲンマさんって私のことどう思ってるんだろ・・・。

















 それから数日、ゲンマさんには会えなかった。

 折角のお休みも、ひとりぼっち。

 つまんない。

 ぽてぽてと歩きながら、茶屋通りを歩いた。

「お茶でもしよっかな・・・きゃ」

 よそ見してたら、人にぶつかっちゃった。

「あ、すいません・・・」

「や、こちらこそゴメンね。読書に夢中で、うっかり」

 え? 歩きながら読書?

 何なの、この人、と私は背の高いその人を見上げた。

 忍服を着ているので、忍びだと分かる。

 ゲンマさんと身長同じくらいだな・・・と思って繁々と見つめてしまった。

 口布してて顔はよく分からないけど、この銀髪って・・・もしかして、この間映画館で見掛けた人?

 あ、手にイチャイチャパラダイス持ってる。

 これに読み耽ってて私とぶつかったの?

 変な人。

「あれ・・・キミ、この間ゲンマ君と映画観に来てなかった?」

「え、何で知ってるんですか?」

「オレ、後ろにも目があるから♪」

 ニッコリと微笑む。

 その柔らかさに、悪い人じゃなさそうだな、と私は警戒を解いた。

「痛くなかった? 前方不注意のお詫びに、お茶でもどう?」

 え・・・まさか、ナンパ?

 イチャイチャパラダイス好きって事は・・・と私は再び警戒する。

「ハハ、ナンパしてる訳じゃないから、安心して。ホントにお詫びだから」

「え、でも、私も不注意でしたし・・・」

「このままサヨナラしたんじゃ、ゲンマ君に怒られちゃうよ。キミもお茶しようと窺ってたんだろ? 1人より2人ってね♪」

 すたすたと銀髪の人はお茶屋に入っていくので、仕方なく私はついていった。

 お気に入りのいつもの店。

 やっぱりこの人も餡抜き団子を注文した。

「自己紹介してなかったね。オレ、はたけカカシ。ヨロシクね」

「あ、私はです」

ちゃんか。いくつ? 若いでしょ」

「え・・・21です」

「えっ、そんなに若いんだ? ゲンマ君も素っとぼけた顔して案外やるなぁ」

 お茶とお団子が運ばれて来て、はたけさんは口布を下に下げた。

 左目を額当てで隠してるからよく分からないけど、端整な顔立ちしてるなぁ。

 私的には、ゲンマさんの方がずっと格好いいと思うけど。

「映画の後デートしてたよね。仲良さそうで羨ましいなぁ。ゲンマ君もこんな可愛い彼女がいるなんて、スミに置けないなぁ」

「かっ、彼女・・・って、その・・・っ」

 私は真っ赤になってお団子を食べる手が止まる。

 やっぱり、傍から見るとそう見えるの?

「アレ? 違うの?」

「彼女って言うか・・・そうなりたいんですけど・・・」

「どう見ても仲良しこよしの恋人同士にしか見えなかったよ? オレには」

 お団子を食べ終わったはたけさんは、ゲンマさんのように串をプラプラさせて、ゲンマ君の真似〜♪ と笑っていた。

 思わず、ぷ、と吹き出してしまったけど、私はしゅんとする。

「どしたの? 何か悩みがあるなら、オレ聞くよ?」

 頼りになるか分からないけど、とはたけさんはニッコリ微笑む。

 初対面の人に相談するのもどうかと思ったけど、ゲンマさんとは親しいみたいだし、何となく安心できたので、思い切って言ってみることにした。

「あの・・・私、ゲンマさんの家の近所に住んでて、その近くの商店街の、八百屋で働いてるんです。ゲンマさんはお客さんで、ずっと憧れてて・・・ひょんな事からお昼とか誘ってくれるようになって、益々好きになって、告白したんです」

「で、ゲンマ君は何て答えてくれたの? デートしてたって事は、OKしてくれたんでしょ?」

「・・・分からないです」

「え?」

「ゲンマさん・・・前よりずっと優しくしてくれるようになったんですけど・・・その・・・返事とか、貰ってないから・・・」

「ゲンマ君、告白されて返事してないの?」

 うっそ〜、とはたけさんはお茶を飲み干し、お代わりを私の分も併せて注文した。

「ゲンマ君はぶっきらぼうで口が悪いけど、誠実な男だよ? そんなのおかしいなぁ」

 む〜、と串をくわえたまま腕を組んで考え込んでいる。

「ゲンマさんって大人で優しいから、無下にできなくて相手してくれてるのかなって・・・」

 私は思わず泣きそうになった。

 はたけさんがオロオロしてるのが分かったけど、止まらなかった。

「そんな筈ないよ。ゲンマ君って今まで浮いた噂一つ聞かないくらいストイックで、女遊びなんか絶対しないんだ。喜怒哀楽を表に出さないから誤解されやすいけど、凄く真面目な男だから、ちゃんのことだって、軽い気持ちで遊んでる訳じゃないと思うよ」

「じゃあ・・・何で何も言ってくれないんですか? 私みたいな若すぎるお子様じゃ、大人なゲンマさんには相応しくないって事じゃないんですか? ゲンマさんは忍びだし、私みたいな一般人じゃ・・・」

 私は泣きそうになるのを必死に堪えて、熱い湯飲みを握り締めた。

「そうだなぁ・・・照れてるんじゃないかな」

「照れてる? ゲンマさんが? まさか」

「ゲンマ君って、普段から千本くわえてるでしょ? アレって、警戒心が強くて、誰も寄せつけないって意味もあるんだ。そのゲンマ君がキミを傍に置くって事は、心を許してるって事だと思うんだよね。ただそれに慣れてなくて、どうしていいか分からないんじゃないかな。ゲンマ君のことは、信じていいよ、うん」

「ホント・・・ですか・・・?」

「キミとデートしてる時のゲンマ君見てて思ったけど、普段見せないようなスッゴイ優しい顔してたもん。だから、ゲンマ君に訊いてみたら? 返事を」

「でも・・・そんな勇気無いです・・・違ったら嫌だし」

「それは無いって。ダイジョブだよ」

 そうは言われても、やっぱり逡巡する。

「ゲンマ君の気持ち、知りたいでしょ?」

「え・・・そりゃあ・・・」

「じゃ、オレと付き合わない?」

「はぁ?!」

 イキナリ何を言い出すの、この人。

 やっぱりナンパだったの?!

「お断りします! 私が好きなのはゲンマさんだけですから!」

 私はキッパリと言った。

「分かってるよ。だから、オレと付き合ってるフリするの。それを見たゲンマ君がどういう行動に出るか、見てみたいと思わない?」

「え・・・でも、ゲンマさんを騙すなんて・・・」

「じゃあ、オレからもゲンマ君に探り入れてみるよ。だから考えてみて」

「え・・・はぁ・・・」

 代金を払うと、じゃね、とはたけさんは消えていった。

















 数日後、カカシは任務の報告書を提出に行くと、長期任務から帰ってきたゲンマとばったり会った。

「や、ゲンマ君久し振り〜。もう夕方だから、詰め所行くでしょ? 一緒に行こ♪」

「ガキみたいなこと言わんで下さい。ま、行きますけど」





 詰め所で腰を下ろすと、ゲンマは時代小説を取り出し、読み耽った。

 カカシも隣でイチャパラを取り出しながら、様子を伺う。

「そう言えばゲンマ君、噂になってるね」

「何がです」

 気のない返事をしながら、高楊枝で頁を捲る。

「最近よく、可愛い女のコと一緒に歩いてるって。いつの間に彼女出来たの、ゲンマ君」

「あぁ・・・そんなんじゃないですよ」

 顔色一つ変えず、ゲンマは小説を読み耽っている。

「え〜っ、彼女じゃないの? ゲンマ君も、ついに年貢を納めたのかって思ったのになぁ。じゃあ何? 遊びなの? 珍しいなぁ、真面目なゲンマ君が」

「遊びじゃないですよ」

 ふぅ、と気だるげに息を吐いた。

「遊びじゃないなら、真面目なお付き合いなんじゃないの? 変なゲンマ君」

 思ったとおりの反応だな、とカカシは思う。

 次の答えも予測できた。

「・・・アイツは、オレみたいなトシ食ったオッサンにゃ、勿体ねぇんですよ。こんなトシ離れたオレなんかより、もっと年相応のいいヤツがいる筈なんです。オレは忍びだからいつどうなるとも知れないし、そんなオレに付き合わすよりは・・・」

 ゲンマの顔には、寂寥感が漂っていた。

「好きなんじゃないの? そのコのこと」

 ゲンマは何も答えない。

「・・・大切なら、忍びとか歳とか、関係ないと思うけどな。そのコは何て言ってるの? ゲンマ君のこと」

「・・・好きだって言われました」

「で、何て答えたの? ゲンマ君は」

「・・・・・・」

「まさか、答えてないの? それって酷くない? ゲンマ君って真面目だと思ってたのに、幻滅しちゃうな」

「・・・それでいいんですよ」

「え?」

「オレには・・・アイツに応える資格が無いんです」

「・・・何で?」

「アイツのことは、小さい頃から知ってるけど、元気で明るくて、会う度に心が温かくなるんです。九尾の事件で家族を失って天涯孤独になって、愛情に飢えてるんですよ。オレのことは、大人の男に対する、若い頃なら誰しも持つ憧れだけだと思うんですよ」

 父親を見る感じで、とゲンマは呟く。

「そうかなぁ? 本気じゃないの? 若いったって、十代じゃないんでしょ?」

「えぇまぁ、一応。でも、若い頃の好いた惚れたなんて、腫れ物と同じで、すぐに治まりますよ。期待して失うのは・・・辛いですから・・・」

「今を大切にして、何が悪いの? 好きなら好き、でイイじゃない。今この瞬間は、過ぎたらもう戻らないんだよ?」

「分かってますよ・・・でも、これ以上先に進む勇気が、オレには無いんです。オレはアイツに相応しくないんだって思っちまって・・・」

 つまり、2人揃って同じことで悩んでるんだ。

 忍びと一般人ということ。

 年が離れてること。

 やっぱり実力行使に出るか、とカカシは思った。

「この間映画一緒に観てたコがそうなんでしょ? 暗くって顔は見てないけど、イチャパラ一緒に観るって事は、深いお付き合いしてるんだって思ったのに・・・」

「何で知ってるんですっ!」

 気付かれないように後ろ座ったのに、とゲンマは珍しく頬を染めた。

「オレ後ろにも目があるから♪」

「ったく・・・映画に集中してて下さいよ」

 この人を甘く見た、とゲンマは頭を抱える。

「平然と観てたようだけど、暗闇に乗じてイチャイチャしようとか思わなかったの?」

 オレは何度も観てるからね〜、とカカシはゲンマの顔を覗き込む。

「そんなことしませんよ。アイツに手を出そうなんて、そんなやましいこと思ってませんから」

「ゲンマ君から観ようって言ったんじゃないの?」

「アイツの方ですよ。オレと映画が観たいって言って。カナリしんどかったようですけど」

「じゃ、やっぱりそのコ、期待してたんじゃないの? ゲンマ君との進展」

「そんなの知りませんが、ありゃ刺激が強すぎましたよ。アイツはウブなんです。滅多なことは出来ませんよ」

「ゲンマ君、平然としてたけど、実は内心悶々としてたとか?」

「してませんよ。原作知ってたから、内容分かってましたからね。アレくらいは想像の範囲内です」

「アレ? ゲンマ君、原作読んだことあるの?」

「えぇ。誰かさんに無理矢理読まされましたから」

「誰かさんって?」

「アナタ以外の誰が読ませるんですか」

 チロ、とゲンマはカカシを流し見た。

「あれ、そうだっけ?」

 アハハ、とカカシは笑ってごまかす。

「そう言うカカシ上忍はどうなんですか。非番に映画1人で観たりして、カカシ上忍こそ、そういう時に一緒するような女はいないんですか」

 しめた、とカカシは思った。

「オレ? オレもね、最近彼女出来たんだ。すっごく可愛いコなんだよ〜v だから1人はアレが最後なんだ。今度紹介するね」

「へぇ。アナタも浮いた噂一つこれまで聞きませんでしたけど、年貢納めた訳ですか。見てみたいですね、物好きを」

「あ、ひっど〜い! 彼女に失礼だろ〜?」

「そりゃ失礼しました。愛読書がイチャパラ、なんていうおかしな男を好きになるなんて、不思議でしょうがないですから」

「オレだって誠実で真面目よ? 彼女見たら驚くから。すっごく可愛くて」

「冗談ですよ。分かってます。じゃ、今度紹介して下さい」

 定刻になり、2人は解散した。











 気配を消してゲンマの後をつけたカカシは、屋根の上から、八百屋でのやり取りを見届けた。

 久し振りに会えたということで、はとても嬉しそうだった。

 帰っていくゲンマを、熱い眼差しで見送るを見て、カカシは胸が締め付けられた。

「あんな一途な可愛いコ、オレだったら攫ってでも自分のモノにするのにな。そんなに年齢差って気にすることなのかなぁ」

 カカシはふと考える。

「オレだったら・・・18の彼女? ・・・確かに悩むかも・・・」

 犯罪モンだよな、と苦笑しながらゲンマの気持ちを汲み取り、の仕事が終わるのを待った。









「や、ちゃん♪」

 建物の影から、ヒョイとはたけさんが顔を出したので私はびっくりした。

「はたけさん・・・!」

「久し振りに会った感想はどう?」

「嬉しくて、涙が出そうでした」

「よっぽど好きなんだねぇ、ゲンマ君のこと」

「ハイ。大好きです」

 これだけは自信もって言えるよ。

 笑顔でキッパリと言いきった。

「はたけさんは、ゲンマさんとはお会いしたんですか?」

「うん。さっきまで詰め所で話してたよ」

「で・・・どうでした?」

 恐る恐る、私ははたけさんの返答を待つ。

「オレと付き合お? ちゃん」

「やっぱりダメだったんだ・・・」

 覚悟してたけど、涙が出てきちゃう。

「そうじゃないよ。ゲンマ君に、ちゃんと返事を訊こうってこと。ちゃん、今度ゲンマ君にキミのことをオレの彼女って紹介するから、その反応を見てみよ?」

「え・・・でも・・・」

「ゲンマ君にはそれくらいの荒療治しないと、ハッキリしないよ。勇気を出そうよ。ね?」

「・・・はい」

ちゃん、休みの日はゲンマ君と昼飯食べてるんでしょ? 次の休みはいつ?」

「え・・・明日ですけど・・・」

「じゃ、明日実行しよう。ゲンマ君の昼休みより早く待ち合わせて、デートしてるフリするんだ」

「え・・・久し振りに会えたのに、ゲンマさんとご飯食べたい・・・」

 今日もこれから行くって約束したし、と私は迷った。

「ゲンマ君との関係ハッキリさせたいでしょ? 勇気出して」

「・・・分かりました」

「じゃ、辛いだろうけど、今日はゲンマ君の所に行くの我慢してね。下準備ってことで。折角だから雰囲気出す為に、朝からデートしようか?」

「え? でもはたけさん、任務は・・・」

「オレ明日任務無いから。じゃ、朝ここで待ち合わせね♪」

 ガンバロ? とはたけさんは消えていった。













遅ぇな・・・さっき会った時は来るっつってたのに・・・」

 2人分の夕食を用意したゲンマは、冷めてきた夕飯を眺めながら、食卓で肘を突いて息を吐いた。

 時計はもうかなり遅い時刻を指している。

 いつもならを帰す時間。

 そのは来ない。

「何かあったか・・・?」

 様子を見にアパートまで行こうかと思ったが、夜も遅いし迷惑になると思い、ゲンマは2人分を食べて、食器を片付けた。