【南瓜の煮物をアナタと一緒に】(2)







 ゲンマが帰っていった後の

 湯船に浸かり、色々思考を巡らせる。

「あ〜ぁ、あんまり進展できなかったなぁ・・・。でも、帰る時にキスしてくれたし、ちょっとは恋人っぽいよね」

 うふふ、と照れて真っ赤になりながら、身体を沈めていく。

 ちょっとずつ、進展してる。

 イキナリは、やっぱりついて行けない。

 心臓が保たない、とは鼓動を逸らせて思う。

 でも。

「明日は呑みに、かぁ・・・。急展開、なんてなったらどうしよう。こ、心の準備が出来ないよ・・・う〜」

 どちらかの家に泊まることになるとか。

 そのまま、深い仲に展開しちゃうとか。

「き、綺麗に磨いておこっと。いいい一応、準備しとかないとね・・・」

 は湯船から出て、一度洗った髪と身体を、再び洗った。

 良い香りのするシャンプーとボディソープ。

 ゲンマが、良い匂いだ、と言ってくれたもの。

 そう言えば、ゲンマも別の良い香りのものを使っているようだ。

 ふわっと漂う体臭が爽やかだし、髪の毛もサラサラ。

「ゲンマさん家の使ってみたいなぁ・・・なんて・・・」

 風呂から上がって、は鏡に映る自分を見つめる。

「私の身体見て、幻滅したりしないといいなぁ・・・余分なお肉は付いてないつもりだけど・・・ちっちゃくてやりにくいとか・・・無いかな・・・」

 言ってしまった後で、ボンッと照れる。

「ゲンマさんはおっきい胸好きかな・・・」

 背は平均より遙かに低いだったが、胸だけは、人並み以上に大きかった。

「は〜、ゲンマさんのセクシービームにやられて、自分に自信持てないよ・・・。ゲンマさんって、何であんなにセクシーなんだろ? 声も仕草も、存在感も・・・。自分がお子様にしか見えないよ・・・」

 清純な白のレースの下着を身につけ、パジャマを着る。

 童顔のは、鏡に映る自分がアカデミー生に見えた。

「ネグリジェとか着てみようかなぁ。でも似合わないか・・・」

 ドレッサーの前で髪を乾かし、ブラシで梳かす。

「いつもポニーテールだけど、たまには下ろしてみようかな。でも仕事中は不衛生だよねぇ。ポニーテール解くと段が出来るからカッコ悪いし、明日は下ろして三つ編みしようっと。仕事終わって解いたら、ソバージュっぽくていいかも」

 よし、とは灯りを消してベッドに潜り込む。

 どんな明日が待っているのか。

 ドキドキして、はなかなか寝付けなかった。

















 昼休み、1人で昼食を食べたゲンマは、街をぶらついていた。

『何か良いキーホルダーねぇかな・・・』

 ファンシーショップを見つけ、入っていく。

 店内を彷徨いて、物色していると、懐かしいものが目に付いた。

 昔TVで見た。

 “ナイトメア・ビフォア・クリスマス”のグッズ。

『懐かしいな・・・ガキの頃、鍵に付けてたっけ。お袋が買ってきて・・・』

 かぼちゃのお化けが懐かしい。

「これにすっか・・・」

 レジにて会計を済ませると、ゲンマは品物を手に店を出た。

 歩きながら、家の鍵に結ぼうとする。

「何ファンシーなモン買ってんの、ゲンマ」

 団子屋で山程の団子を買って出てきたアンコがゲンマを見つけた。

「アンコ・・・オメ〜またそんなに団子買って・・・それが昼飯とか言わねぇだろうな」

 悪い時に会っちまった、とゲンマは眉を寄せ、息を吐く。

「何食べようと自由でしょ。それより、なぁにぃ? それって、家の鍵? に渡すの?」

 面白そうに笑いながら、じろじろと鍵を見るアンコ。

「オマエには関係ねぇよ。ほっとけ」

 ゲンマは鍵をポケットにしまい、早足で歩き始めた。

 アンコはニヤニヤと付いていく。

「付いてくんなよ」

「行く方向同じなんだから、しょうがないでしょ。それよりゲンマさんゲンマさん、今夜のご予定は?」

 ふざけながらアンコはマイクを握ったように、団子の刺さった串を手に、ゲンマに向けた。

「別に、いつもと変わんねぇよ」

 食いかけを人に向けるな、と吐き捨てる。

「ホントにぃ? ねぇ、ゲンマ。お姫様は、進展をお望みよ」

 ぼそ、とアンコは呟く。

「って、何でオマエがんなこと知ってんだよ」

「だって昨日会っちゃったも〜んv カカシと浮気してたわよ。サッサとモノにしないと、カカシに盗られるわよ」

 パクパク、とアンコは団子を頬張りながら、にやりと笑う。

「バ〜カ。んな訳ねぇだろ。くだらねぇこと言ってねぇで、サッサと戻ってそれ全部食っちまえ。歩きながら食うな」

 アカデミーまで戻ってきて、屋内に入っていく。

「へ〜っ。信用してるんだぁ。でも、慢心は注意しときなさいよ?」

「そりゃご忠告ど〜も。イビキを尻に敷いといて、オマエこそどうなんだよ」

「アタシのことはい〜の! 今はアンタの話でしょ! 頑張りなさいよ?」

「煩ぇ。ほっとけ」

 ひらひらと、ゲンマは執務室に入る。

 椅子に座り、ポケットの鍵を取り出して見つめる。

「お姫様は進展をお望み、か・・・。そんなの、オレだってそうだよ・・・でも、アイツはウブすぎて、アイツの望む進展とオレの望む進展が同じかどうか、訊く勇気がねぇし、実行できねぇんだよ・・・オレって意気地ねぇな・・・」

 はぁ、と大きく息を吐き、机を背に、窓の外の高い空を見つめた。

「今まで通り、ちっとずつ階段昇っていけばいい・・・」

 くる、と椅子を机の方に回して向かい、ゲンマは執務に戻った。

















 夕方になり、今日の執務が片付いたゲンマは、人生色々に向かった。

 中に入ると、カカシが帰ろうとしている所だった。

「あれ? ゲンマ君。待機時間はもう終わりだよ? 何か用?」

「あぁ、いえ。今日、と呑みに行くんで、アイツの仕事が終わるまで、此処で時間潰していようかと思いましてね」

「あ、そうなんだ。でも、此処に居たら、急な任務言いつかったりするかもよ? 場所変えた方がいいって」

「それもそうですね・・・。じゃ、一旦家に帰るか・・・」

「待って。ストーカー、してみない?」

 ニコ、とカカシは微笑む。

「はぁ?」

 イキナリ何を言い出すやら、とゲンマは眉を寄せる。

「ついておいでよ」

 クィクィ、とカカシはゲンマの袖を引っ張る。





 訳も分からずカカシの後を付いて屋根の上を駆けてきた。

 着いた場所は、の働く八百屋の向かいの建物の上。

「どうせ時間潰すなら、ちゃん見てれば? ちゃんの働きっぷり、見てると気持ちいいよ」

「でも、こんなトコで1人で居たら、明らかに不審人物じゃないですか」

「オレも付き合うよ。ゲンマ君と話したいと思ってたし」

「はぁ・・・」

 一体何なんだ、と息を吐きながら、自然と、元気の良いの声が響き渡るので目をやる。

「や〜、いつ見ても、ホントに元気良いよねぇ。スカッとするって言うのかな」

 三つ編みも可愛いね、とカカシはゲンマに相槌を求めた。

「何でアナタがそんなことをご存じなんです? まさか、いつもこんなことをしているんじゃ・・・」

 疑惑の目で、カカシを見据えた。

「あはは、違うって。ちゃんと一緒にゲンマ君陥れる作戦考えてた時に、此処で時間潰してたんだよ」

「オレを陥れる? 何です、それ・・・」

「ホラ、ちゃんが告白したのに、ゲンマ君ってば、すぐ返事しなかったでしょ? それでちゃんが不安になってる時に、オレと付き合ってるフリして、ゲンマ君の反応試そうとしたんだよ。その時にね」

「あぁ・・・」

 そんなこともあった、とゲンマは何だか気恥ずかしい。

 2人は、しゃがんだり座ったりしてるといかにも怪しいので、立ったまま、下を見下ろしていた。

「ゲンマ君は、どういうビジョンで、ちゃんとの仲を進展させるつもりでいるの?」

「どうだっていいでしょ。アナタには関係ありません」

「え〜、何でぇ? オレ、2人のキューピッドなのにぃ。少しくらい聞かせてよぉ」

 茶化すつもりは全然無いよ、とカカシはゲンマを見遣る。

「キューピッドって顔ですか、それが。まぁいいですけどね。一歩一歩、ゆっくり、一段ずつ階段上がって行ければいいなぁ、と思ってますよ」

「でも、本音としては、一気に駆け上がりたくない?」

「・・・全然無いと言ったら嘘になりますけど、でも、自分の欲以上に、オレはが大事なんです。アイツの困る顔は見たくないんです。泣かせたくないんです。だから、ゆっくりでいいんですよ」

「でもさ、それじゃ、何で、付き合う前から、ちゃんに服買ってあげてるの?」

「あぁ・・・服を見るのが好きなだけですよ。エルナが生きてたら、こうして買い物に来たりしたかなぁ、とか思ったりもして。何かおかしいですか?」

「ゲンマ君、知らない訳じゃないよね?」

「? 何をです?」

「昔からよく言うじゃない。男が女に口紅を贈るのは、キスで返してもらう為。同じく、服を贈るのは、それを脱がす為・・・ってね。大胆だなぁ、って思ったんだけどな。アピールしまくってるんだ、って」

「べっ、別にそう言うつもりだった訳じゃ・・・っ」

 ゲンマは気恥ずかしそうに、咳払いをして衣を正した。

「無意識下でのアピールだったんだね。深層心理では、ずっとちゃんのことを好きで、そういう気持ちを持ってたんだ」

 図星を突かれた気分で、ゲンマは頬を染めて顔を背ける。

「まだ泊まりっこもしてないんでしょ? ちゃんが、帰りたくない、とか、泊まってって、とか言ったら、どうするの?」

「それはその時の流れで決めますよ。これ以上は、口出し無用です。チェリーボーイじゃないんで、無粋なマネはそれくらいにしておいて下さい」

「そだね。ゴメン。っと、もうすぐ閉店か。じゃ、オレは帰るね。健闘を祈ってるよ〜」

「余計なお世話です!」

 あはは、とカカシは手を振って、瞬真の術で消えた。

「ったく・・・」

 眼下では、閉店支度が始まっていた。

 すっかり暗くなっている。

 月がゲンマを照らしていた。

 完全に店が閉まったのを見て、ゲンマは下に降りた。

 通用口の隣で、壁により掛かってを待つ。

「進展、か・・・」

 くわえている千本を上下させながら、月を見上げていた。

「遅ぇな・・・何してんだ?」

 そっとドアを伺う。

 その時、ドアが開く。

「あ、ゲンマさん、来てたんだ。お待たせ〜」

「おぅ」

 は、ゲンマに買ってもらった高級服に着替え、三つ編みを解いて、髪を下ろしていた。

「随分印象変わるモンだな」

「変・・・かな?」

 ドキドキしながら、ゲンマを見上げる。

「いや。似合ってるよ。三つ編みも似合ってたし、下ろしてるのも似合う。女は髪型一つで、随分変わるよな」

「え、何で私が今日三つ編みしてたの知ってるの?」

「あ、それは・・・」

 何だか後ろめたくて、思わずあさっての方向を見る。

「何で?」

 見上げるが、何だか艶っぽい。

 化粧はしていなかったが、唇にグロスを塗っているようだった。

「や、あの、な。オマエの仕事が終わるまで、詰め所にいようと思ったんだけどよ、もしそれで緊急任務言いつけられたらヤバイからって、カカシ上忍とこの上でオマエをストーカーしてたんだよ」

「ストーカーって、アハハハ。そうなんだ」

 おかしい、と目尻に浮かぶ涙を拭きながら、は笑った。

「じゃ、行こうか」

 ゲンマはの腰に手を回し、先を促した。

 歩き始めると、ゲンマは手を離し、ん、とに向かって示した。

 は意味を解し、真っ赤になっておずおずとゲンマの腕にしがみつく。









 店に着き、向かい合わせで席に着いた。

「でもゲンマさん、何で今日お酒呑みに行こうって思ったの?」

 酒と料理を注文した後、おしぼりで手を拭きながら、は尋ねた。

「ん〜あぁ、酒を食らいたい気分ってヤツだよ。1人で家で呑んだってわびしいしな。オマエと呑んだ方が楽しいし」

 そう言われて、は嬉しくて頬を染める。

「でもオマエは、いい加減そろそろ加減を覚えねぇとな。毎回潰れられたんじゃ、オマエにとっても楽しさ半減だろ? 記憶無くさねぇ程度ってのを覚えろよ」

「う、うん・・・。でも、ゲンマさんが強いから、ついピッチが早くなっちゃって・・・気が付くと、自分の部屋で朝になってるんだもん」

 酒が運ばれてきて、乾杯をした。

「ま、オレが加減を教えてやりゃいいんだよな。でも、どれくらいが丁度良いのか、一般人の女のペースってまだ分からねぇんだよな・・・これが任務だったら相手の具合とか分かるんだけどよ、そんな気持ちでオマエと呑みたくねぇしな。一緒に模索しようぜ」

「あ、ハイ。でも、ゲンマさんって、何でそんなに強いの?」

 料理も運ばれてきて、次々と口に運ぶ。

「さぁな。家系かな。親も強かったみてぇだし。一度酔っぱらってみたいとは思うけどな」

「ゲンマさんって、呑んでも全然変わらないよね。気が大きくなったり緩んだりはしないの?」

「そりゃするさ。理性が飛ばねぇだけだ」

「どうやったら飛ぶの? 理性」

「さぁな。飛んだことねぇから分からねぇ」

 それだけいつも警戒してるんだ、とは思う。

「私、よれよれになったカッコ悪いゲンマさんも見てみたいな」

「そんなん見て楽しいか?」

 ゲンマは眉を寄せ、料理をパクつく。

「だって、理性が飛ばないって、気を許してくれてないみたいで寂しいんだもん」

 口を尖らせて、はグビグビと飲んだ。

「あ〜・・・忍びの悲しい習性だよ。オレとしては、“カッコイイ大人のゲンマさん”で居てぇんだけど」

 男はプライド高いからな、とゲンマも酒をあおった。

「カッコ悪いトコも全部ひっくるめて、好きになりたいの! だから、ゲンマさんはもっと気を楽にして欲しい」

 言い切って、真っ赤になっては料理をパクついた。

「努力はする」

「え〜? 努力することじゃないでしょ? 気を抜くことは」

「染み着いた癖は早々治らねぇよ」

「はたけさんも言ってたなぁ。ゲンマ君はカッコツケマンだから、って」

 カカシのマネをするは、既に酔いが回り始めていた。

「ったく、カカシのヤツ、余計なことを・・・」

「ゲンマさんって、時々素に戻ってる時、はたけさんのこと呼び捨てにするよね。何で普段からそうしないの? アカデミー一緒で、仲良かったって聞いてるけど」

 それで敬語使うっておかしくない? とは純粋に問う。

「あの人は上役だからな。里一のエリートだ。ケジメだよ」

 仲良くなんかねぇよ、と眉を寄せる。

「でも〜、はたけさんは、昔のようにして欲しいって言ってたよ?」

「出来ねぇよ。もうお互い大人だ。昔には戻れねぇ」

「ふ〜ん・・・あ、2人の馴れ初め聞きた〜い! 教えて〜v」

「馴れ初めって言うな。そうだな・・・」

 ゲンマは、カカシとの出会いをに話して聞かせた。









「とにかく、生意気なクソガキだったんだよ。バカカシでよ・・・」

「アハハハハハ。おっかし〜! 私が生まれた頃に、そんなことがあったんだぁ」

 けらけら笑いながら、は酒をあおった。

 全身がピンクになっている。

「オマエはもう打ち止めな。また呑ませすぎたような気もするが・・・」

「え〜? 大丈夫だよぉ。ゲンマさんはガンガン呑んで酔っぱらって〜v」

 ご機嫌で、はゲンマを煽る。

「オマエを無事に送らなきゃならねぇのに、酔っぱらっていられるか。第一、酔っぱらったことなんかねぇよ」

「酔っぱらったゲンマさんってどんな〜? 見てみた〜いv」

「オレも見てみてぇよ。人に見せる前に自分で見れるんならな。ま、良い頃合いだ。今日はもうお開きにしよう」

 残った酒を飲み干し、伝票を手に取り、立ち上がってに手を差し伸べた。

「じゃ〜、ゲンマさん家で飲み直し〜!」

 ゲンマの手を取って立ち上がったは、ぎゅ、と腕にしがみついた。

 ふくよかな胸がゲンマに押し付けられる。

「バ〜カ。オマエん家に直行だ」

 ゲンマの鼓動がトクンと跳ね上がったのに、酔っぱらったは気が付かない。

「え〜。ゲンマさん家行きたい〜」

「今度な」






 会計を済ませて外に出ると、ゲンマはを抱き上げた。

 はぴと、とゲンマの首に絡み付く。

 ゲンマは跳び上がって屋根の上を駆けていき、の家に向かった。

 アパート前まで来て、しゅたっと降り立つ。

「ホラ、着いたぞ。立てるか?」

 ゲンマはを下ろして立たせたが、はゲンマにしがみついたまま、離れようとしなかった。

「家の鍵出せ。離れろって」

「ヤ〜だ〜。ゲンマさん、帰っちゃヤだ〜」

「また明日会えるだろ。だから・・・」

「もっと一緒にいたい〜。ダメ?」

 は潤んだ瞳で、熱っぽくゲンマを見つめた。

 上目遣いで甘えられて、ゲンマは心が揺れた。

「・・・いいのか? 泊まってって」

 ぎゅう、とはゲンマに抱きつく。

 ゲンマがうんと言うか家に入るかしない限り微動だにしない感じで、はしがみついている。

「・・・分かったよ。鍵勝手に出すぞ」

 ゲンマはの鞄を漁り、鍵を取り出し、ドアを開けてワンルームの室内に入った。

 靴を脱ぎ、ゲンマはを抱き抱え、ベッドに下ろした。

「オマエは水を飲んで少し酔い覚ませ」

 勝手知ったる、という風に、ゲンマは台所で水をコップに注ぐ。

 ベッドに腰掛け、に飲ませようとした。

「ホラ、持てるか?」

「ん」

 はコップを受け取り、こくこくと飲んだ。

 半分程飲んで、ふぅ、と一息つく。

「全部飲めよ。少しは中和されるだろ」

 ぽて、とはゲンマに寄り掛かる。

「飲み直しは〜?」

「ナシだ。オマエ呑み過ぎだって。オレも充分呑んだ。水飲まないなら貸せ」

 ゲンマはの両手の中のコップを奪い、くわえていた千本を置き、一気に飲み込んだ。

 そしておもむろにに口づける。

「ん・・・ふっ・・・」

 口移しでに水を送り、飲ませようとする。

 少しずつ送られてくる、少し温くなった液体。

 何にも勝る媚薬になり、はとろけそうだった。

 最後まで飲み干したのを確認すると、ゲンマは口を離した。

「オマエ甘口の酒ばっか呑んでたから、甘い味がしたぞ」

「・・・暑〜い」

 はおもむろに、服を脱ぎだした。

「オイ・・・待てって」

「この服ね、ゲンマさんとデートする時に着るんだって決めてたの。ちゃんとクリーニングに出さなきゃ」

 そう言って、キャミソール姿のは脱いだ服を壁のハンガーに掛けた。

「よし」

 ベッドの上に座って、目が虚ろなまま、ゲンマを見つめる。

 瞳が潤み、唇は艶っぽい。

 ゲンマは、段々鼓動が早くなっていくのを感じた。

 忍びの習性で、無意識に冷静に戻ろうとする自分と格闘する。

 きゅ、とはゲンマの胸に身を預け、背中に手を回した。

 豊満な谷間が眼下に飛び込んでくる。

 桜桃のような艶やかな唇が、ゆっくり開く。

「ゲンマさん・・・ダ〜イスキ」

 そう言ってはゲンマに身を預ける。

「オレも好きだよ、。愛してる」

 そっと優しく、抱き締めて囁く。

「ゲンマさん・・・」

 は目を閉じ、顎を僅かに上げた。

 ゲンマはゆっくりと、に覆い被さり、唇を重ねる。

 時が止まったかのように、長い口づけ。

 そしてゲンマは啄むように、の唇を求めた。

 次第に深くなっていく行為。

 唇を割って舌を割り込ませ、歯をなぞり、口腔内をくまなく這う。

「んぁ・・・っ、ふ・・・っ」

 ゲンマは抑えが効かなくなってきて、をゆっくりとベッドに押し倒した。

 下腹部が疼いている。

 身体の芯が熱くなっていく。

 の首筋に顔を埋め、耳をはみ、舌を這わせる。

 うなじから首筋、耳朶から耳の裏、丁寧に愛撫していった。

『このまま・・・最後まで行って良いのか?』

 僅かに躊躇う。

 その時、規則正しい呼吸音を聞いた。

 が気持ちよさそうに、寝息を立てている。

 クス、と自嘲して、上体を起こした。

「さて、どうすっかな・・・このまま帰ったら、朝目が覚めた時、がっかりするよな・・・」

 だが。

「今この状態で何もしねぇで隣に寝るのはちっとしんどいぜ・・・は〜、どうしよ・・・」

 ゲンマは色々思考を巡らせ、決意をすると、胸元で印を結び、冷静に戻った。

「むにゃ・・・ゲンマさん・・・ダ〜イスキ・・・」

 うふふ、とは幸せそうに眠っている。

 もぞ、とが動く度にチラリとキャミソールから見えるの腹が、理性をかき乱した。

 の寝顔を見つめ、柔らかく微笑むと、腰を屈めての頬にキスを落とす。

 額当てを解き、ドレッサーの上に置く。

 ベストを脱いで、ハンガーに掛ける。

 ベッドに潜り込み、そっとに布団を被せ、隣で抱き締める。

「一歩ずつ、階段昇っていこうな・・・」

 ちゅ、との唇に軽く振れ、ゲンマも眠りに就いた。

 小さな温もりに、愛しさを噛み締めて。

















 春うららかな陽光が射し込んでくる。

「ん・・・ぅん・・・」

 はもぞもぞと動いて、温もりを抱き締めた。

 良い匂いがする。

 とても心地好い。

 ふわふわと、宙を漂っているような感覚。

「ん・・・?」

 いつもと違う感覚に気が付き、ゆっくりと目を開けた。

 間近に喉仏が目に飛び込む。

「え? きゃっ」

 ゲンマが居ることに驚き、すっかり覚醒した。

「此処・・・私のウチだよね? ゲンマさん、泊まってってくれたんだ・・・」

 部屋を見渡した時、ハンガーやドレッサーなどを見て、2人暮らししているような気分で、ポッと照れた。

 ゲンマはあどけない顔で眠っている。

「あ〜も〜、また記憶抜けてるよ〜。ダメだなぁ。ゲンマさんに呆れられちゃうよ〜」

「何だ、やっぱり記憶飛んだな」

 ゲンマもの呟きで目を覚まし、隣のを見遣った。

「あ、おはようございます!」

「あぁ、おはよう」

 柔らかく笑み、を見つめる。

 は照れて起き上がろうとしたが、ゲンマがしっかりと抱き締めて離さなかった。

「ゲ、ゲンマさん・・・っ」

「もうちっとこのまま・・・」

 頭上で響くゲンマの声が、低くて太くて、セクシーでドキドキする。

 ゲンマの温もりが、何だかとても直接的に伝わってくる。

 その時にようやく気が付いた。

 自分がキャミソール姿と言うことに。

「きゃああああっ!!!」

「何だよ、自分で脱いだんじゃねぇか。下着姿じゃねぇんだから、そんなに恥ずかしがることもねぇだろうが」

 肘をついて上体を僅かに起こし、落ちてくる前髪を煩そうに掻き上げる。

「そ、そうだけど・・・」

 は、余り露出の多い服装はしたことがないのだ。

 キャミソールのみというのは、抵抗があるのだろう。

「あ、あの・・・ゲンマさん・・・つかぬ事を伺いますが・・・」

「あ?」

「昨夜は何を・・・どこまで・・・?」

「別に何もしてねぇよ。帰ってきたら、オマエすぐに寝たからな」

「え・・・してもいいのに・・・」

 ぼそぼそと、小さく呟く。

「寝てる女を襲うような悪趣味はねぇよ、オレは。シラフだと恥ずかしくてダメだろうから、酒の勢いで、と言うのは構わねぇが、オマエが記憶飛ばないようになるまで、何もしねぇよ」

 覚えてないのはイヤだろ? とゲンマはを優しく抱き締める。

「でも・・・ゲンマさん、大変でしょ?」

「だから余計な気ィ遣うなっつってるだろうが。性欲より、オマエの方が大事だって、いつも言ってるだろ。焦らないで、一歩ずつ階段上がっていこうぜ」

「ゴメンナサイ・・・」

「謝らんでいい」

 ちゅ、と軽く唇に触れ、ゲンマはベッドを降りる。

 ベストを着直して、額当てを巻き、千本をくわえた。

「さて、と。一旦自分家に帰るから、もう行くな。任務入らなかったら定時に上がれるから、また鳥を連絡に来させるよ。今夜はオレん家で飯食おうぜ」

「あ、ハイ」

 玄関で靴に足を通しているゲンマは、ふと思い出して振り返る。

、コレ持ってろ」

 ひょい、と何かが投げられた。

 訳も分からずにキャッチすると、それは鍵だった。

「え・・・? コレって・・・?」

「オレん家の合い鍵。ずっと渡そうと思ってたんだけどよ。オマエが休みの時とか、オレん家で待っててくれたりすればいい。じゃな。行ってきます」

 頬を僅かに染め、目線を横に流しながら、呟く。

「いい、行ってらっしゃい!」

 は呆然として、真っ赤な顔で手の中の鍵を見つめた。

「嬉しい・・・! 私もこの間作った合い鍵渡そうっと」

 そうすれば、仕事が終わって帰ってきた時に、此処にゲンマがいる。

 は舞い上がって、るんるん気分でシャワーに向かった。





「ったく・・・キャミくれぇで悲鳴上げられたんじゃ、脱がせられるのはいつになるやらな・・・ま、焦らねぇでいこう」

 まだその身に残る、の柔らかな感触。

 じっと手を見つめ、家の前に降り立った。















 その日の夜、は軽快な足取りでゲンマの家に向かった。

 自分の家の鍵とくっつけたゲンマの家の鍵を見て、心がほくほくする。

 かぼちゃのお化けのキーホルダーも可愛い。

 ゲンマの家の前まで来て、ドアをノックする。

「よぅ。おかえり」

「えぇぇ?!」

 ゲンマの出迎えが、“おかえり”というのにビックリする。

 まるで一緒に暮らしてるみたいだ。

「どうした? お疲れさん。入れよ」

「あ、ハイ!」

 “ただいま”って言うタイミングを逃しちゃった、とはそわそわしながら、ダイニングの椅子に鞄を置いた。

 そう言えば、朝も“行ってきます”、“行ってらっしゃい”だったな、と思い出す。

「さ、食おうぜ」

 ゲンマの料理は、相変わらず美味しかった。

 が作ったことのない料理も出てくる。

 レシピを訊いたりしながら、楽しく食べた。

 率先して洗い物をし、は同棲している気分を今更感じて、ドキドキする。

 ゲンマの家に、用のエプロンが置いてある。

 まだそれだけだけど。

 そのうち、着替えや歯ブラシも置いたりするようになるのかな・・・と思考が巡る。

 “おかえり”

 “ただいま”

 そんなささやかな会話が、とてつもなく幸福に感じる。

「あ、あの、ゲンマさん。合い鍵・・・私のも、貰って下さい」

 真っ赤になって、は鍵をゲンマに差し出す。

 の働く八百屋で配られている、野菜のキーホルダーの、かぼちゃのみを付けて。

「あぁ、サンキュ」

 受け取ったゲンマは、直ぐさま、自分の鍵とくっつけた。

「今頃かよって感じだな」

 はは、とゲンマは笑う。

「普段はオレの方が帰りが早いから、オマエん家に行って待っててもいい訳だ。飯作って待っていよう。オマエが休みの時は、オレん家で待ってて、オマエが作ればいいしな」

「え〜、それって〜、私よりゲンマさんが作る機会が多くないですか?」

「いいだろ? 別に。共稼ぎの家庭は、先に帰った方が作ってるぜ」

「と・・・っ」

 何だか今日は展開が早い気がして、の心臓はついて行けなかった。

 そりゃ確かに、いつかゲンマと、という気持ちはある。

 が、まだ付き合い始めたばかりで、照れの方が強かった。

 ゲンマの未来予想図には、隣に自分が居るんだろうか? とドキドキする。

 今まで誰かと付き合ったなんて話を聞かないゲンマが、今になって、遊びで女と付き合うとは思えない。

 大切にしてくれる。

 末を誓い合った訳ではないけれど、いつかそういう時は来る。

 ゲンマからの約束の言葉を、は夢見た。

「そういや。オマエ、アンコに会ったって?」

「あ、ハイ。お休みの日に、はたけさんとお茶してたら、いらっしゃって。綺麗な人ですよね」

「結構毒持ってるがな。余計なことアイツに言ってねぇだろうな?」

「余計なことって?」

「顔会わす度に、からかってくるんだよ。オマエとのこと。鬱陶しくてかなわねぇ」

「でも、頼れるお姉さん、って感じで、色々アドバイスして下さるから、相談相手になって欲しいなぁって思ってるんですけど」

「ロクなこと吹き込まれねぇぞ。相談事があるんなら、カカシ上忍やアンコに言わねぇで、オレに言えよ」

「だって・・・ゲンマさんには言えないことなんですよ〜。ゲンマさんとのこととか・・・色々・・・」

 は真っ赤になって、手をもじもじさせる。

「だったら、もっと人選んでくれよ。カカシ上忍はともかく、アンコはやめてくれ。オレをからかうネタばっか探してるから」

「でも、色んなゲンマさん情報流してくれるって・・・」

 ゲンマさんのこともっと知りたいし、とはゲンマを見つめた。

「オレのことはオレが話す。何でも訊いてくれて構わねぇ。オマエに隠すことはねぇからな。だからもうアンコには関わるな」

「何でそんなに嫌がるんですか? いい人そうだったのに」

「・・・からかわれるのが鬱陶しいだけだよ」

 ゲンマは頬を僅かに染めて、視線を流した。

「・・・照れくさいの?」

 の問いに、ゲンマは答えずに茶を啜る。

 一つ咳払いをした。

「・・・慣れてねぇんだよ」

 ぼそり、と呟く。

 図星だったようで、はゲンマが愛しくて、微笑んだ。

「ゲンマさん」

「ん?」

「大好きv」

 言った後で、照れて俯く。

「・・・オレは別にいくらからかわれても構わねぇが、オマエを傷つけるヤツが居たら許せねぇ。だからだよ。オマエが大事なんだ。・・・愛してる」

 食卓を挟んで向かいに座るゲンマは、の手を取り、甲に口づけた。

 真摯な瞳で、真っ直ぐにを見つめる。

 は真っ赤になり、思考がついていかない。

「ゲンマさん」

「ん?」

「と・・・と・・・泊まっ・・・」

「何だ?」

「と・・・っ、トイレっ、借りるね!」

 赤面したままのは、パニクッて立ち上がり、トイレに向かった。

『ダメだぁ・・・泊まってっていい? って言えないよ〜』

 火照る顔を手で覆い、便座に座って思考を整理する。

『取り敢えず、深呼吸して・・・』

 ス〜、ハ〜、と気持ちを落ち着かせ、水を流して出る。

 ゲンマは、忍び装束を整えていた。

「もう遅いから、送ってく。行こうぜ」

「あ、ハイ・・・」

 やっぱり、泊まってくか、なんて言ってくれないか、とは寂しいような、ほっとしたような。

「たまには歩いていくか」

 靴を履いて外に出ると、振り返ってゲンマは言った。

「近いんだし、月見がてら、歩いていこうぜ」

 いい月夜だ、見ろよ、と夜空を指す。

「ホント、綺麗ですね」

 ゲンマはの手を取って握り、手を繋いで階段を下りた。

 はドキドキしながら、ゲンマの手の温もりを感じる。

 大きくて、温かい手。

 節くれ立った大きなこの手が、は好きだった。

 ご近所さんなので、ほんの短い距離を、ゆっくりと、幸せに浸りながら歩く。

 の家の前まで来て、ゲンマは手を離し、優しく抱き締めた。

「ゲンマさ・・・?」

 僅かに身体を離し、腰を屈め、ちゅ、との唇を塞ぐ。

「オヤスミ。また明日な」

 の頬を手で覆い、撫でると、悠然と微笑んで、帰って行った。

 余韻に浸って、暫く立ち尽くす。

「ゲンマさん・・・大好きだよ・・・頑張って大人になるから、待っててね・・・」

 少しずつだが、確実に階段を上っている。

 それを感じて、は幸せに浸った。