【南瓜の煮物をアナタと一緒に】(3)







 不知火ゲンマは、毎晩、煩悩と格闘していた。

「ハッ!」

 けたたましい目覚まし時計の音で目が覚め、一瞬の間をおいて、時計を止めた。

 黙ったまま、むくりと上体を起こす。

 目を泳がせた後、そっと布団を捲って、自己嫌悪に陥る。

「はぁ・・・10代のガキじゃあるまいし、オレって、そんなに溜まってんのか? 夢に見る程・・・」

 頭を抱え、深く息を吐く。

 布団を抜け出してベッドに腰掛け、陽光射し込む窓の外を見上げる。

 そして再び深く息を吐き、項垂れる。

 こりこりと頭を掻きながら、頬を染めて視線を横に流す。

 そう、ゲンマは、毎晩、夢の中で、愛しい恋人・を抱いていたのだった。

 毎晩毎晩蹂躙し、良い所で目を覚ます。

 夢の中では、まだ最後まで行けていないのだ。

「はぁ・・・ったく、こんなんじゃ、迂闊に“泊まってけよ”なんて言えねぇよ・・・」

 現実には、まだキスのみの、清いお付き合い。

 が奥手なので、段階を踏んで仲を深めていこう、そう常々思っている。

 それなのに。

 男の本能とは悲しいもので、好きな女をこの手で抱きたい、愛したい、深い仲になりたい、と思う。

 艶やかな桜桃のような唇を見れば深く口づけたいと思うし、うなじや首筋を見れば愛撫したい、ふくよかな胸を押し付けられれば、この手で包み込んで揉みしだきたい、服の隙間から腹などチラつこうものなら、理性をかき乱されてしまう。

 は、男と付き合うのは初めてだ。

 肩を抱くだけで真っ赤になり、腕を組むのにも照れる。

 ウブなを傷つけまいと、ゲンマは鉄面皮の裏側で、激しく男の本能と戦い続けていた。

「アイツにゃ死んでも見せらんねぇ・・・知られたくねぇ・・・参ったな」

 の言う、“大人でカッコイイゲンマさん”であり続ける為、冷静に、何でもない素振りを見せている。

 が、は、もっとカッコ悪いトコも見せて、と言う。

 どうにも男のプライド、年上のプライドで、抵抗がある。

 に幻滅されて離れられたらどうしよう、と思ってしまう。

 そんな低俗な人間じゃない、と分かってはいるが、男は見栄で生きている。

 まだ全てをさらけ出す勇気が、ゲンマにはなかった。

 立ち上がってタンスの引き出しを開け、洗いざらしの下着を手に、浴室へ向かう。

 パジャマと下着を脱ぎ捨てて洗濯機に突っ込むと、シャワーを浴びた。

 毎朝、いつもこうだ。

「ったく・・・どうせ夢見るんなら、最後まで行けよな、オレ。消化不良で苛々するぜ」

 冷水で身も心も清めながら、思考を切り替える。

「ま、夢くれ〜、自由だよな。次は満足するトコまで見てやる。アイツをあられもないカッコにして・・・」

 開き直って、身体を拭き、忍服を身に付けた。



















 今日はは仕事。

 だから昼食は1人だ。

 馴染みの定食屋で手早く済ませると、街をぶらついた。

「本でも買ってくか・・・」

 行きつけの本屋に寄り、時代小説コーナーに向かう。

「お、新しいの入ってる。これにすっか・・・」

 そして平積みのタウン誌も手に取る。

 これに連載されているエッセイが面白くて、毎号買っていた。

 パラ、と中をちらり見る。

 ふと広告が目に入る。

 “人気作「イチャイチャパラダイス」待望の続刊発売決定! 「イチャイチャバイオレンス(仮)」詳細は次号!”

「へぇ・・・カカシが喜びそうだな」

 また読まされるんだろうな、と思いながら、ゲンマはレジに向かった。











 陽が大分傾きかけた頃、ゲンマは執務室で書類整理をしながら、今日は定時で上がれそうだな、と手を止める。

 唇を噛み切り、指先に血を付け、口寄せの術を使った。

 小鳥が現れ、ペン立てに留まった。

「オボロ、伝言頼む」

「分かった」

 ゲンマが立ち上がって窓を開けると、オボロは飛び立った。







 は元気よく接客をしながら、ふと高い青空を見上げた。

 頭上から羽ばたく音がする。

 夕日に溶け込む橙色の小鳥が飛んできて、かぼちゃの台の上に留まった。

「オボロさん! オボロさんが来たってことは、ゲンマさん任務なの?」

「いや。、伝言だ。今日は定時に上がるから、オマエの家で待っている、とさ。飯作って待ってるから、早く帰ってこい、以上だ」

「そっか、昨日沢山買い置きしたから、買い物無いのか。じゃ、美味しいかぼちゃの煮物が食べたいなってゲンマさんに伝えて」

「了解」

「いつもありがと〜。何かお礼・・・」

「いらねぇよ。食うのに困っちゃいねぇから、気にすんな」

 じゃ、とオボロは飛び立つ。

「・・・ゲンマさんの鳥さんって、喋り方もゲンマさんにそっくりだよね・・・」

 家に帰るとゲンマがいる。

 そう思うと心がほくほくして、接客にも力が入った。

















「た、ただいま〜」

 鼓動を逸らせながら、はそっと玄関のドアを開ける。

 仕事が終わって戻ってくると、ゲンマが台所で味噌汁の味を見ていた。

 胸がときめいて、幸せを噛み締める。

「おぅ、おかえり」

 ゲンマは悠然と微笑み、の元へ歩み寄る。

 合い鍵を持ち合って、幾日か過ぎた。

 どちらかの家で合い鍵を使って待ち、“おかえり”“ただいま”と言い合うのにも、ちょっとずつ慣れてきた。

「い、良い匂いだねっ。美味しそうっ」

 それでもやっぱりはドキドキして、新婚気分にくらくらする。

「飯と味噌汁、よそっとくぜ」

「あ、うん。有り難う御座います」

 が寝室に向かったのを見届けると、ゲンマは台所で背を向けて、深く深呼吸した。

『平常心、平常心・・・』

 艶めかしい夢ばかり見ているせいか、に会うと後ろめたい気分になる。

 だが、そこは一流の忍びであるゲンマ、に変に勘ぐられることはなかった。

 荷物を置いて戻ってきたと共に、座って手を合わせる。

「「いただきます」」

 美味し〜、とはパクパク食べる。

 の動く唇を見ていると、邪な妄想が脳裏に侵入してくる。

 艶やかで、艶めかしい。

 あの口が、オレの・・・。

 イカンイカン、とゲンマは熱い味噌汁を啜って思考を戻す。

「う〜ん、ゲンマさんの作るかぼちゃ料理って、ホント美味しいよね。私のと何処が違うんだろ?」

 煮物をムグムグと頬張りながら、は首を傾げる。

「オマエの料理だって美味いぜ。誰だって、自分の作るモンより、人に作ってもらった方が美味いんだ」

「確かによく言うよね。専業主婦の人とかも。でも、もっとお勉強して、もっと美味しく作れるようになるね」

「慣れと場数だからな。日に日に上達するって。ま、オマエはもういつでも嫁に行けるくれ〜、飯は美味い。家事もきちんと出来る。そう気張る必要はねぇよ」

「よ・・・っ」

 白米を頬張るゲンマの言葉に、は喉に詰まらせかけた。

『よ、嫁って、ゲンマさん、貰ってくれるって言う意味で言ってるの?』

 だが、ゲンマはいつもと変わらない表情で、モグモグと頬を膨らませていた。

『誰にでも言う、社交辞令みたいなものなのかな・・・』

 は、ゲンマが続けて何か言ってくれることを期待した。

 オレのトコに来い、とか、何とかかんとか。

 しかしゲンマは、何を言うでもなく、味噌汁を啜っていた。

「? 何だ? 。オレの顔、何か付いてるか?」

「う、ううん!」

 は慌てて視線を逸らし、お新香を摘む。

『まだ早いか・・・』

 残念に思いつつ、だがゲンマも、内心は色々蠢いていた。

『段取りすっ飛ばして、イキナリプロポーズする訳にはいかねぇよな・・・でも、予約くれ〜しといた方がいいんかな・・・』

 ゲンマは、当然、と結婚するつもりで付き合っている。

 将来の家庭像なんて言うのも描いていた。

 でも、いくらもその気がない訳では無かろうと、もし少しでも躊躇われたらと思うとショックで、たまに臭わせてみても、一歩踏み込めずにいた。

『オレって意気地ねぇよな・・・カッコイイ大人のゲンマさんは何処行ったよ・・・』

 はぁ、とゲンマと、お互い心の内でため息を付き合っていることに、お互い気が付かない。

 第三者が見ていたら、じれったくてハッパを掛けられることだろう。

 食べ終わると、は片付けをし、洗い物を済ませると、お茶を煎れた。

 火の国でウォーターパークが建設中で、本格的な夏に入る前にオープンすると言うことで、レジャー施設などについて話した。

「私、本格的に泳いだことって無いんです。小さい頃は、ビニールプールで水浴びごっこしてたけど、八百屋で働くようになってからは、商店街仲間の人達とたまに河原に水浴びしに行くくらいで。だから、一度大きいプールで泳いでみたい」

「じゃ、オレが休み取れたら、行ってみるか? 普通に泳ぐくれ〜なら、教えられるぜ」

「わ〜いv ゲンマさん、忍びの人って水の上に立てるってホント?」

「あぁ。チャクラを一定量放出するんだよ。手を使わずに歩いて木を登ることも出来るぜ」

「どうやるの?」

「じゃ、見せてやる」

 ゲンマは立ち上がって、印を結んだ。

 そしてスタスタと歩き、壁に向かう。

「わ・・・スゴ〜イ」

 壁に垂直に歩いて登り、天井まで行って、逆さに立った。

「ま、これくれ〜、チャクラコントロールが上手けりゃ、下忍でも出来る。基礎中の基礎だ」

 目を輝かせているの眼前に迫り、逆さのまま、の唇をかすめ取った。

「な・・・っ」

 真っ赤になるを見て微笑むと、しゅたっと降り立った。

 そしての肩を優しく掴み、背を屈めて再び口づける。

「ん・・・ふっ・・・」

 濃厚に求め、啄み、舌を侵入させる。

「んぁ・・・っ、ふぁ・・・っ」

 小柄なに覆い被さっていたゲンマは体勢が苦しいので椅子に座り、足の間にを抱き寄せ、突き上げるようにを求めた。

 身体を優しく撫で回し、唇を啄む。

 は鼓動を逸らせながら、懸命に応えた。

 脳天が溶けそうだった。

 ふにゃふにゃして、身体の力が抜けてくる。

「っと・・・」

 が頽れそうになったので、ゲンマはしっかりと支えた。

 そしてぎゅっと抱き締める。

 余韻に浸っているを真っ直ぐに見つめた。

「愛してるよ、

 低く脳天に響く、愛の囁き。

 は幸せ一杯だった。

「私も・・・ゲンマさんのことが好き。大好き」

 言った後で、真っ赤に照れて俯く。

 そんなが、愛しくてたまらない。

 ベッドに直行して、押し倒したい衝動に駆られる。

 飛びかけている理性という名の糸を懸命につなぎ止め、ゲンマは再びの唇を塞ぐ。

 ちゅ、と軽く触れるとゲンマは立ち上がり、椅子の背もたれに掛けていたベストを羽織った。

「え、ゲンマさん、もう帰るの?」

 いつも帰る時間より、30分も早い。

「あぁ。今日中に片付けたい仕事があってな」

 泊まってって、と勇気を出して言おうと思っていたのに、仕事と言われては、飲み込むしかない。

「また明日な。オヤスミ」

 忍び装束を整えて玄関で靴を履いたゲンマは、振り返るとの唇に軽く触れた。

「オ、オヤスミナサイ!」

 はサンダルを突っかけて外に出て、闇夜に消えていくゲンマを見送った。

「あ〜ぁ・・・折角ゲンマさんが愛してるよって言ってくれたのに、私の方から愛してるって言えなかったよ・・・恥ずかしがってちゃダメだよね・・・ちゃんと言わなきゃ・・・」

 はぁ、と息を吐き、室内に戻って鍵を掛ける。

 “大好き”は言えるのに、何故“愛してる”と言えないのだろう。

 ストレートに言ってくるゲンマの求愛に応えたい。

「愛って何だろう・・・難しいな・・・」

 ゲンマが濃厚にの唇を求めている時、には、ゲンマの深い愛情が強く流れ込んできているのが分かっていた。

 応えたいと思う。

 ゲンマがその先へ進みたいのを、自分が慣れるまで我慢してくれているのも分かっていた。

 でも、ちょっとでも合図を出したら、絶対一気に最後まで行くだろう。

 には、まだその勇気がなかった。

「こんなお子様と付き合ってるゲンマさんは可哀相だよね・・・思い切って飛び込んでみようかな・・・」

 今度アンコかカカシに相談してみよう、と気持ちを切り替え、は浴室に向かった。



















 夕方。

 仕事に精を出していると、見慣れない鳥がやってきた。

 いつも来ている、オボロではない。

「あれ? どうしたの? 新しい鳥さん?」

 ゲンマの鳥は、人語を喋る。

 だが、やってきた鳥は、普通に鳴くだけで、何も言わなかった。

「? 何だろ。足に手紙がついてる・・・」

 鳥の足に結ばれた手紙を解くと、鳥は飛んでいった。

「あれ、帰っちゃった。何かな? 手紙なんて珍しい・・・」

 その文には、たった一言だけ。

 “酒酒屋で待つ”

「仕事帰りに呑みに行くってこと? 何でオボロさんじゃないの? 任務に行ってるのかなぁ? だったら、今日は会えないよねぇ」

 まぁいいや、酒酒屋に行けば分かるよ、とは仕事に戻った。









 店が閉まると、は急いで酒酒屋に向かった。

 急な誘いだったので、普段着だが仕方がない。

「今日は潰れないようにしなくっちゃ。ゲンマさん家にお泊まりしたいっ! ガンバロ、オー!」

 気合いを入れて、酒酒屋の暖簾を潜る。

 きょろきょろと、ゲンマを捜した。

「何処だろ・・・」

〜! こっちこっち!」

 名を呼ばれて声の主を捜す。

 ゲンマの声ではない。

 何処かで聞いたような、女性の声。

 に向かって手を振っている人間が目に留まり、怪訝に思う。

 大分出来上がっていた、アンコだったからだ。

「アンコさん・・・ゲンマさんは?」

 ゲンマの姿は見当たらない。

 アンコは1人で呑んでいたようだった。

「アハハ、ゴメンゴメン。伝書鳥やったの、私なんだ。アンタと話したくってね」

 ゲンマじゃなくってゴメンネ、とアンコは悪びれもせずに笑う。

「そうなんですか。丁度良かったです。私も、誰かに相談したいことがあって」

 アンコの向かいに座ると店員を呼んで、酒を注文する。

「ゲンマとのことでしょ。ゲンマってばさ〜、いっくら突っついても何も吐かないんだよね〜。イビキにやらせてみようか、って思っちゃうモン」

 酒が運ばれてきて、2人は乾杯した。

「イビキ?」

 こく、と酒を含みながら、アンコを見遣る。

「森乃イビキ。私らと同じ特別上忍で、尋問・拷問部隊の隊長よ。ゲンマってば優秀すぎて、どんな手使ってもボロが出なくてさ。皆で、ガンガン呑ませて口割らせようと思っても、あの通りの酒豪でしょ? 絶対潰れないからぁ。カカシに幻術使わせようかって思ったりね」

 アンコはグビグビ飲みながら、したたかに笑った。

「いい加減、甘酸っぱすぎて、じれったいのよね! だって、そろそろ次の段階に行きたいでしょ?」

「え・・・そりゃあ・・・まぁ・・・」

 真っ赤になりながら、グビグビ飲んでいく。

「見てるとね、ゲンマって鉄面皮だけど、かーなーり、悶々溜め込んでるわよ? 時々物思いに耽ったり、ぼ〜っとしてるから」

「溜め込んでる?」

とアンナコトした〜い、コンナコトした〜い、ってね。ゲンマがぼ〜っとしてる時は、アンタのことしか考えてないわよ。お年頃のオトコノコだもん、好きな女を抱きたくない訳ないじゃない」

 ニヤ、とアンコは笑う。

「えっ、そそそ、そんな・・・っ」

 は狼狽えて、口に運んだ料理を吹き出しそうになった。

も、ゲンマに抱かれたくない訳じゃないでしょ?」

「そっ、そうですけどっ、ゲンマさんに求められてる時、勇気を出して、いいよって言いたいんですけど、やっぱり怖くて・・・」

「ロストバージンは怖いかぁ。ゲンマなら、痛くないように優しくしてくれるわよ。思い切っちゃいなさいよ!」

「でも・・・怖いし、恥ずかしいし・・・」

「いっぺん抱かれりゃ大丈夫だって。あぁ、何でこんなに素敵なことを今まで知らなかったんだろう、って思うわよ。好きな男に愛される幸せを、今以上に感じるから」

「で、でも・・・」

 あられもない格好をすることになる恥ずかしさを、は踏み切れない。

 アンコは、突如真顔になった。

、アンタは幸せなのよ? 一般人だもの。忍びやってるとね、ロストバージンは好きな人と、って思って夢見てても、色事の訓練で好きでも何でもない相手と、愛のないセックスしなきゃならないんだから」

「え・・・」

「くの一は皆そうよ。男の経験がないまま色事の任務に就くことは出来ないし、そういう任務に行くことになったら、好いている男がいるなら抱いてもらってから行け、なんて甘いこと言ってもらえる訳でもないしね」

 忍びの世界のシビアさを、は実感した。

「だから、好きな男と愛し合えるんだから、アンタは幸せよ。ずっとゲンマを好きだったんでしょ? 順に段階を踏んで、なんて甘いこと言ってないで。忍びは、いつどうなるか分からないのよ。この時、と思ったら、大事にしなきゃ。全てを委ねるのよ」

 そう、ゲンマは忍び。

 いつ何時、危険な任務で散るかも分からない。

 この幸せは永遠に続く、なんて思っては居られないのだ。

「私・・・ゲンマさんのいない世界なんて考えられない・・・」

 考えたこともなかった。

 考えようとしなかった。

 忍びと付き合うということ。

「ま、ゲンマは優秀だから、そう簡単にくたばりはしないわよ。しぶといからね」

 不安にさせてゴメンネ、とアンコはニッコリ微笑んだ。





 その後も、はアンコとの恋愛談義に花を咲かせた。

「そう言えば、ゲンマさんはどうしてるんだろ? 私、てっきりゲンマさんに呼ばれたんだと思ったから、アパートにも戻ってなくて、ゲンマさん家にも行ってなくて、心配してないかな」

 大分酔いが回ってきて、覚束無いながらも、ゲンマのことが気に掛かる。

「大丈夫よ。カカシと示し合わせて、アンタのことは私が、ゲンマのことはカカシが呼び出してるから。カカシもちゃんと、は私と一緒だって言ってるから、気にしないで、呑も呑も!」

 アンコはかなりへべれけだった。

 も記憶を無くさないようにとは思っているが、場が盛り上がりすぎて、テンションが高くて、ついつい早いピッチであおってしまっていた。

 潰れるのも時間の問題だろう。

「ゲンマさ〜ん、大好きだよ〜!」

















 一方、別の居酒屋にいるカカシとゲンマ。

「ったく、何考えてるんですか。アナタも、アンコも! 面白がってるだけなんでしょ?!」

 ゲンマはしかめっ面で、グビグビ酒をあおった。

「面白がってなんかいないよ。恋の手助けしようって言ってるんじゃない。ちゃんのことは、アンコが上手く手ほどきしてくれてるって。ゲンマ君だって、いい加減辛いでしょ」

 ほろ酔い加減のカカシは、ニッコリと微笑んだ。

「余計なお世話ですよ。オレ達はちっとずつ階段登って行ければいいんです。先に進むかどうかは、自然な流れに任せてますから」

「でも、蛇の生殺しじゃないの? ゲンマ君。それに、オレ達忍びは、いつどうなるか分からないんだよ? 今を大切にしなきゃ、後悔するって」

「それは重々承知してます。それでも尚、オレはが大切なんです。泣かせたくないんです。オレの穢れた欲望にまみれさせるより、大事にしたいんです。会える時間は大切にしてます。身体を重ね合わせられないまま散ることになっても、後悔はしません。もっとも、何があろうと、を残して死にはしませんけどね」

 しぶとく生き抜いて見せます、とゲンマは言い切った。

「でもさ〜、見てるとじれったいんだよね。ちゃん、大好きなゲンマ君に抱かれれば、一層綺麗になると思うんだけどなぁ。女のコって、好きな男と一緒にいる時、すっごく輝いてるからね。神秘だよね〜」

「・・・カカシ上忍、アナタ、オレにを抱けって言う為だけに、オレを連れ出したんですか?」

 ったく無粋な、とゲンマは吐き捨てる。

ちゃんって、恋愛ごとを相談できる友達あんまりいないでしょ? そういう機会も、必要だと思ったからさ。で、ゲンマ君にも、思いの丈を吐き出してもらおう、と」

「オレは何を聞かれてももう喋りません」

 棒読みで、ゲンマは酒をあおった。

「何でオレが選ばれたと思う?」

「は?」

「何が何でも、ゲンマ君を吐かせようってね」

「ガンガン呑ませて酔っぱらわせて、ですか。生憎、アナタはオレに勝てないでしょ。オレが酔うなんて天変地異の前に、アナタが潰れますよ」

 しれっとして、料理を食べる。

「だからぁ、色々手があるでしょ? オレがゲンマ君の相手するのに選ばれたのは、其処なんだよね〜v」

 ニッコリ笑い、印を結ぶ真似をした。

「な・・・まさか・・・」

「そv ホラ、忍びには色々あるでしょ? 例えば幻術使うとか〜」

 ニコニコと、カカシは語る。

「そっ、そんなこと、オレがアナタに敵う訳ないじゃないですか! 卑怯な・・・!」

「それくらいの荒療治も必要でしょ。ホラ、実はもう術にかかってるかも・・・」

 ゲンマは咄嗟に、返せないと分かっていて、幻術返しの構えを取った。

「な〜んて、冗談だよ。ちゃんが記憶無くさない程度を覚えるまで手を出さないってゲンマ君が言ってる手前、ゲンマ君に正気を失わせちゃ、あべこべだからね。野暮はしないよ、ゴメン」

「ったく・・・」

 はぁ、と深く息を吐いて、椅子にもたれ掛かった。

「そう言えば、アンコも酒弱いから、必ず潰れるよね。2人して潰れてるかもね」

 ゲソをクミクミと噛みながら、カカシは呟いた。

「何処で呑んでるんです? 迎えに行きますよ」

 クィッと飲み干して、ゲンマは立ち上がった。

「酒酒屋。オレもイビキ呼ぼう。アンコを1人にしたら、後が怖いからね」

















 ゲンマが酒酒屋に着くと、イビキも続いて入ってきた。

 の姿を捜すと、はアンコとすっかり意気投合したようで、2人で盛り上がっていた。

「ア〜ンコ! 飲み過ぎだ! いい加減にしろ」

 イビキが息を吐いて、アンコの肩に手を置く。

「何よ〜、煩いわね〜」

 イビキの手を振り払い、アンコは飲み続けた。

、オマエも飲み過ぎだ。帰ろう」

 な、とゲンマは優しくの肩に触れる。

「あ〜、ゲンマさんだ〜! わ〜い、会いたかったよ〜v」

 きゃあ、とご機嫌なはゲンマに抱きついた。

「イビキ、オレ会計済ませてくるから、アンコ頼むぞ」

 を立たせて、しっかりと支えた。

「待て、ゲンマ。そのコを誘ったのはアンコだろ? アンコに払わせるよ。ホラアンコ、帰るぞ、送ってってやるから」

「ん〜・・・」

 正体を失いかけているアンコと共に4人は店を出て、別れた。





 は景気よく歌いながら、ゲンマの腕にしがみついていた。

「楽しかった〜! 女同士っていうのもいいね! また一緒に呑みた〜い!」

 月夜の帰り道を、賑やかに歩いた。

「そりゃ良かったな。オレはカカシと呑むより、オマエと呑みたかったがな」

 いつもよりべったりと抱きつかれて、ゲンマは鼓動が逸った。

「私もゲンマさんと呑みたかった〜! じゃあ、ゲンマさん家で飲み直し〜!」

「馬鹿言うな。今日はもう飲み過ぎだ。日を改めてな」

「ちぇ〜」

 それでもは軽快に、鼻歌交じりに歩いていた。

「アンコと何話したんだ? ロクでもねぇこと吹き込まれてねぇだろうな」

「一杯話したよ! アンコさんってカッコイイ〜! 私もあぁなりた〜い」

 まともに話したのかな、と考え込む。

 その時、賑やかだったが、ふと黙り込んだ。

「? どうした、

「・・・気持ち悪い・・・」

「あ? 吐きそうか?」

 口に手を当て、蹲る。

「だから飲み過ぎだってんだ。オレん家の方が近いな。ちっと我慢してろよ」

 そう言ってゲンマはそっとを抱き抱える。

「しっかり掴まってろ・・・」

 ゲンマはしゅっと跳び上がり、夜空を駆けていった。





 アパートまで来て、鍵を開け、を抱えたまま、洗面所に向かった。

 ポニーテールが下に落ちないように押さえ、の背中をさする。

「ホラ、全部吐いちまえ」

 一段落して、の落ち着いた様子を見て、濡れタオルで口の周りを拭った。

 コップに水を汲み、含ませる。

「ちゃんとうがいしろ。気持ち悪ィだろ?」

 言われるがままにブクブクとうがいして、ようやくは落ち着いた。

「ったく、アンコも加減を知らねぇからな。誘ったからには、最後まで責任持てってんだ」

 自分も潰れやがって、と毒づきながらを抱えると、寝室に向かった。

 ゆっくりとベッドに下ろし、横たわらせる。

「・・・なさい・・・」

「あ?」

「迷惑かけて・・・ゴメンナサイ・・・」

 掻き消えそうなか細い声で、はやっと吐き出した。

「気にしてねぇよ。オレのカッコ悪いトコも見たいってオマエ言ってただろ? どんなオマエだって、オレは好きだよ。愛してる」

 優しい微笑みで、頬を撫でた。

「私も・・・ゲンマさんのこと・・・愛してるよ・・・」

 呟くと、はそのまま寝入った。

 ゲンマは真っ赤に照れていた。

 に“愛してる”と言われたのは、初めてだからだ。

 床に座り込み、息を吐き、視線を泳がせ、頭を掻く。

「参った・・・がシラフじゃなくて良かったぜ・・・うっかり動揺しちまう」

 ストイックで堅物、で通っているゲンマだが、それはポーズだった。

 警戒心が強くて、誰にも心を許さないで来た。

 だが、といると、自然と素直になれ、気を許せた。

「・・・飲み過ぎたかな・・・」

 立ち上がって台所に向かい、コップに水を一杯注いで戻ってくる。

 こく、と含みながら、眠っているを見つめていた。

 といると、心地良い。

 気を張りつめてばかりの毎日が、癒やされる。

・・・オレが自分で大人になれたと思ったら、嫁に来てくれるか? 今から予約してていいか・・・?」

 気持ちよさそうに眠っているから、返答がある筈もない。

 街を歩いていると、いつも気になっている貴金属店。

 の為に、アクセサリーを買ったことは何度かあるが、まだ近寄れずにいるコーナー。

 指輪のショーケース。

 ファッションリングを買うより、やはりエンゲージリングを買いたい。

 の号数は、見ていれば分かる。

 今から用意しておこうかな、と思いながら、ゲンマは水を飲み干した。











































 は、心地好さに溶けそうだった。

 ふわふわして、温かい。

 心地好さに浸りながら、射し込む陽光に照らされてはゆっくりと目を開けた。

「ん・・・ぅん・・・」

 ぼ〜っとハッキリしない思考で、寝惚け眼で目を泳がせる。

『アレ・・・ココ・・・私のウチじゃないや・・・ゲンマさん家・・・?』

 虚ろな目で、記憶をたぐり寄せようとした。

『確か・・・アンコさんと呑んでたんだよね・・・? で、色々相談に乗ってもらって・・・何でゲンマさん家に居るんだろ?』

 視界にゲンマが映らない。

『アレ・・・? ココってゲンマさん家だよね? ゲンマさんは・・・?』

「ん・・・」

 誰かの寝息が聞こえてくる。

 昨夜の酒がまだ残っていて思考が覚束無いは、何かに抱き締められている感触を、ようやく感じ取った。

「え・・・きゃっ」

 のふくよかな胸の谷間に、金茶色の頭が埋まっていた。

『ビックリした・・・ゲンマさん、いたんだ・・・』

 ゲンマはの大きな胸の谷間に顔を埋め、しっかりと抱き締めていた。

『うわ・・・何か恥ずかしいシチュエーション・・・』

 そ、とはゲンマの顔を覗く。

 あどけない顔で、安心しきって眠っている。

 母親の腕の中で眠る赤ん坊のようで、は照れた。

『可愛い・・・ゲンマさん』

 ゲンマの、形の良い薄い唇を見つめる。

 ゲンマが目を覚ましそうにないので、調子に乗って、ゲンマの顔の位置まで下がった。

 そしてドキドキしながら、そっとゲンマの唇に、自分の唇を重ねた。

『きゃ〜っ! 私からキスしちゃったよ! 恥ずかし〜っ!!』

「ん・・・?」

 真っ赤になって心臓をバクバクさせていると、ゲンマが僅かに動いた。

『あ、起こしちゃったかな・・・もちょっと寝顔見てたかったのに・・・』

 が、ゲンマはその目蓋を開かない。

「ぅん・・・」

 もぞもぞと動いて、をしっかり抱き締め直す。

 そして今度はゲンマからの唇を塞いだ。

 深い口づけ。

『きゃ・・・ゲンマさん、もしかして、寝惚けてる?』

 鼓動を逸らせながらも、は応えた。

 深く口づけながら、ゲンマはの身体を撫で回した。

 はドキドキして、ゲンマに触れられる度、ピクリと身体が反応した。

『ゃ・・・っ、何か恥ずかしいよ・・・っ』

「ん・・・?」

 ゲンマは何かに気付き、うっすらと目を開けた。

 虚ろな半開きの目で、を見つめる。

『あ・・・ゲンマさん起きちゃった・・・ちぇ・・・』

 ゲンマの虚ろな目は、しっかりとを捉えていた。

「ゲンマさん、おは・・・」

 言い切る前に、の口は塞がれた。

 ゲンマの口によって。

「え・・・?」

 先程より濃厚に、ゲンマはを求めた。

 ゆっくりと啄み、角度を変えて何度も貪る。

 唇を割って舌を侵入させ、くまなく蹂躙した。

「んぁ・・・っ、ふぁ・・・っ」

 は訳も分からず、取り敢えずゲンマの求愛に応えていた。

 そしてゆっくりと、ゲンマは僅かに顔を上げ、虚ろな目でを見つめる。

 そのままゲンマは、の首筋に顔を埋めた。

 耳朶から耳の裏、首筋に舌を這わせ、愛撫していく。

 何度も上下して、を求めた。

 ゲンマの舌が這う場所が熱くて、は放心しそうだった。

 愛撫を繰り返すゲンマは、手をの衣服の中に忍ばせていく。

 腰から腹を撫で回す。

 もう片方の手は、の大きな胸を包み込んだ。

 ゆっくりと揉みしだかれ、はピクリと反応してしまう。

『も・・・もしかしてゲンマさん・・・まだ寝惚けてるの・・・? それとも、起きてるの・・・? どっち・・・?』

 ゲンマの行為は、どんどんエスカレートした。

『ど・・・どうしよ・・・でも・・・それを待ってたんだもん、恥ずかしがってないで、ちゃんと応えなきゃ・・・』

 ゲンマと結ばれること。

 ずっと願っていた。

 この人、この時、と思うなら、身を委ねなきゃ。

 アンコに言われたように。

 ゲンマは首筋に噛み付くように愛撫しながら、の身体を撫で回し、豊かな胸を揉みしだいた。

 その実、ゲンマはまだ夢の中だった。

 毎晩見ている夢と、同じシチュエーション。

 愛するが、腕の中にいる。

 毎晩毎晩、夢の中で愛しながら、最後まで行けずにいた。

 だからゲンマは、どうせ夢に見るなら、最後まで行こう、と思っていた。

 夢の中くらい、全てぶちまけたかった。

 故にゲンマは寝惚けながら、それが現実とは気付かずに、をどんどん求めた。

『今日こそ・・・最後まで・・・』

 ゲンマの節くれ立った手は、手早くのシャツのボタンを外していく。

 純白のブラジャーが露わになり、愛撫を降下させていくと、器用に背中のホックを外した。

 の心臓は、寝惚けているゲンマを覚醒させそうな程に高鳴り、破裂しそうだった。

 ぺろ、とゲンマはのピンク色の突起を舐めた。

 ビクン、と激しく反応し、ツンと立ち上がっていく。

 そしてゆっくりと口に含み、舌の上で転がした。

「ひゃ・・・っ」

 敏感に感じてしまうは、思わず声を漏らしてしまう。

 もう片方の膨らみを、ゲンマは直接手で包み込み、ツンと立った突起を指で弄んだ。

「ぁ・・・っ」

 ゲンマは下腹部を熱く硬直させていく。

 空いている手をショーツの中に侵入させ、脱がせようとした。

 ビクン、とは激しく硬直する。

 恥ずかしくて、ドキドキして、心臓が壊れそうだった。

「ゲンマさ・・・っ!」

「ん・・・?」

 ゲンマは行為を止めて、ゆっくりと顔を上げる。

 目尻に涙が浮かぶ

 息が荒く、顔を高揚させている。

 温かな感触。

 柔らかな感触。

 ゲンマは、ぱっちりと目を開けた。

 そして、サーッと血の気が引いていくのを感じた。

 一瞬の間。

 ゲンマと、目と目が見つめ合う。

 あられもない姿の

 自分の手の居場所。

「うわぁっ!!!」

 ゲンマは激しく驚いて、ガバリと上体を起こした。

「わ・・・わ・・・悪ィ・・・ッ!」

 あられもないの状態をシャツで覆わせ、ゲンマは離れた。

「悪ィ、オレ、寝惚けてた。ホントゴメン!」

 冷や汗たらたら、ゲンマは視線を泳がせ、狼狽えた。

「何で謝るの・・・? 悪いことした訳じゃないでしょ・・・?」

 は真っ赤になったまま起きあがり、シャツで胸を覆い隠してゲンマを見つめた。

「だ・・・だって・・・、オマエが慣れてくるまで、何もしねぇって言ったのに・・・っ」

「していいんだよ? ゲンマさん、したいんでしょ? 私、ゲンマさんとなら、って、いつも思ってるのに」

 狼狽えているゲンマが滑稽で、愛しく思った。

「だってよ、オマエ初めてだし、どうせなら、ロマンチックなムードでって思って、初めては大切にしたかったし・・・その・・・」

 余りにもゲンマが激しく狼狽えているので、は却って落ち着いてきた。

「ゲンマさんとなら、いつ何処でもいいんだよ。ゲンマさんと一緒に過ごせるなら、どんなでも幸せだから、良いの」

 ニッコリと微笑むの笑顔が陽光に照らされて、一層眩しかった。

「みっともねぇトコ見せちまって、スマン」

「私は嬉しかったよ。ゲンマさんっていつもストイックだし、悟りを開いた菩薩みたいな人なのかな〜って思ってたから、人間らしいトコ見れて、安心した」

「でも・・・オレとしては・・・」

 こっ恥ずかしくて、ゲンマはブツブツ言い訳した。

「・・・っ、シャワー浴びてくる!」

 着替えを掴んで、ゲンマは逃げるように浴室に向かった。

 それを見て、はクスリと笑う。

「ゲンマさん・・・可愛いv」

 修行僧のようなストイックな男だと思っていた。

 女に興味がないのか、いや、自分に興味がないのか、と思って悩んだこともあった。

 だが、普通の男と何ら変わりがないと分かって、は一層ゲンマを愛しく思う。

 ホントに大事に思ってくれてるんだ、と、嬉しくて顔がほころぶ。

 まだその身に残る、ゲンマの愛撫の感触。

 思い出すと照れる。

 余韻に浸りながら、は衣服を正した。

 流石に、続きをしていいよ、とまで言う勇気はまだ無い。

 でも、またちょっとだけ階段を上れて、は嬉しかった。