【南瓜の煮物をアナタと一緒に】(6)







 任務が終わったら、真っ先にに会いに行こう。

 何をおいても、に会いに行く。

 愛しい女を、思いっ切り抱きしめたい。

 口づけたい。

 絶対離さない。

 泣かせない。

 今はまだ会いに行けない。

 任務が早く終わって欲しいと、これ程思ったことはなかった。



















 昨夜遅くまで部屋の模様替えをしていたは、ゲンマと自分に変身させたぬいぐるみ人形を枕元に並べ、幸せな夢を見ていた。

 ゲンマとお洒落なデートをして、ロマンチックなムードだった。

 あわやという所で、目覚まし時計に起こされる。

「もう・・・壊しちゃうぞ。折角良い夢見てたのに」

「ゲンマと結ばれる夢でも見てたか」

 枕元の縁に留まって眠っていたオボロも目覚まし時計で起き、軽く羽ばたいた。

「結ば・・・って、そこまで見てないよ!」

 当たらずとも遠からずで、真っ赤になる。

「あ〜、コトの仕組みを知らねぇもんなぁ〜。でも映画観てたよな?じゃあイチャパラな夢でも見てたのか?」

「違うってば! もう・・・」

「陳腐な恋愛小説なら、長く会えなかった恋人達は、会えたら恋の炎が燃えさかって、ドッカ〜ンって結ばれるモンだけどな」

「・・・ねぇオボロさん、オボロさんって、何かやたらと色んな事情に詳しいよね。その場に居合わせていたみたいに。もしかして、いつも影から覗いてるの?」

「ナ〜イ〜ショ〜」

 ふふん、とオボロは台所に飛んでいった。

「裸で抱き合ってたとか、映画観てたとか、何で知ってるのよ・・・」

 は悶々しながら、着替えて洗面所に向かった。

「あ〜、情事の時には覗かねぇから、安心しろ」

「じょ・・・って、やっぱり覗いてるんでしょ! 趣味悪いよ!」

 真っ赤になって、は叫ぶ。

「口寄せ動物は瞬時に状況を把握しなきゃならねぇから、仕方ねぇんだよ」

 何か上手く丸め込まれた気がする、とは納得がいかなかったが、朝食の支度に取り掛かった。

 簡単に用意し、オボロの餌を置いて、食べ始めた。

「オレも店番してみて〜な。呼び子っつ〜の? 店先の動物で客寄せするヤツ。オマエの仕事ぶりはよく見ていたから、役に立てると思うぜ」

 やっぱりいつも覗いてたのね、とじとっと見据える。

「九官鳥とかでもないのに、鳥が喋ったらおかしくないかな」

「此処は忍びの里だぜ? 何でもアリだよ」

「そっか」

 オボロの思惑は別にあった。

 昨夜の男をに近付かせないように、見張るつもりだった。

 にその気が全くなくても、あの手の純朴タイプは、思いこむと純情一直線だからだ。

 食事を済ませて片付けると、支度に取り掛かる。

「さて、久し振りに行ってきますか。あ〜、思いっ切り叫びたい気分!」

 うん、と伸びをして、外に出て、軽快に階段を下りていく。

「オマエの呼び込みの声は、聞いてる方も元気になるが、ストレスを溜め込まない意味もあるんだな」

 オボロも後をついていった。

「あはは。別にストレスなんてそんなに無いけどね」

「ゲンマといると、いつもの元気娘が、しなっとしおらしくなるじゃねぇか。オレから見たら、じれったくてストレス溜まるぜ?」

「う、う〜ん・・・」

「ま、其処が愛しい、とかってんだろうけどな」

「でも、私、生まれ変わるって決めたの。受け身は卒業して、もっと積極的になろうって。いつもゲンマさん任せじゃなくて、自分を確立したい」

「良い心懸けだ。ゲンマが戻ってきたら、惚れ直させてやろうぜ」

「頑張る〜!」

 八百屋まで、は駆けていった。

「おじさんおばさん、おはようございます! 沢山お休み頂いて、ごめんなさい! 今日からまた頑張ります!」

 仕入れから帰ってきた雇い主に、ガバッと頭を下げる。

「構わないよ。はいつもよく働いてくれているから、たまには休んで遊んだ方がいいと思っていたんだ。年頃の友人も少ないし、もっと自分の世界を拡げるといいよ。出会いはいくらでも転がっているだろうからね」

「忍びとのお付き合いじゃ、任務があるとなかなか会えないし、危険かも知れないってハラハラ気が気じゃないだろう? まぁ、ゲンマさんは優秀だから大丈夫だろうが、でもやっぱり、友達をもっと作るといいよ」

「そうですね。お休みの時は、もっと色んなトコに行ってみます」

 作業を手伝い、店を開ける準備を始めた。

「あ、そうだ。このオボロさんが、売り子してくれるそうです。いいですか?」

「オボロちゃんがかい。それはいい呼び込みになるねぇ。宜しく頼むよ」

「ラッシャイラッシャイ、ヤスイヨヤスイヨーとかって言ってればいいだろ?」

 ちゃんは気味悪ィからやめてくれ、と思いつつ、適度な場所に留まった。

「今日の野菜は皆出来が良いですねぇ。美味しそう。私も帰りにかぼちゃ一個いいですか?」

「一番いいの見繕って取り置きしといていいよ。はいつもウチに給料還元してくれて、申し訳ないよ」

「や、でも、普通より随分安くして頂いてますし〜、売れ残りを頂いちゃったりもしてますから、却って私の方こそ申し訳ないです」

 開店時間になり、商店街は一層賑やかになった。

「ヘイラッシャイラッシャイ、お客さん、今日はトマトが良い出来だよ。完熟してて、糖分たっぷりだ。そのまま囓ったら最高だぜ。子供のおやつにいい。菓子ばっか食わせねぇで、こういうのを食わせねぇとな。お、そっちのお客さん、そのトウモロコシ、今日の仕入れは粒が揃ってて、実も詰まってて、小腹が空いた時の間食なんかに良いぜ。おっ、そのジャガイモは、今日は安売りだから、肉屋でもやってる安売り豚バラ買って、肉じゃが作りな。ニンジンも今日は安いだろ? これから暑いから買いだめは出来ねぇけど、暗所に保存してな・・・」

 オボロは来る客来る客に、滑舌で接客していた。

「オボロさんっ! 滑らかに喋りすぎ! 皆驚いてるってば!」

 何でそんなに所帯じみてるの、と看板娘である筈のは台詞を全て取られ、息を吐く。

「だってよ〜、面白くってよ。オマエの仕事ぶり見てて、ずっとやりたくってよ〜」

「分かるけど、何でそんなに知識あるの。ホントは人間なのに鳥に変化してるんじゃないの?」

 今朝の小説がどうのって話もそうだし、と息を吐く。

「オレは生まれてこの方鳥以外の姿にはなってません〜」

「あはは、面白い鳥ね。つい色々買いたくなっちゃう。忍鳥なんでしょう? 何で店番なんて・・・」

 買い物客の主婦が、笑いながら尋ねた。

の恋人の忍びからボディガードを仰せつかってるんだよ。長期任務で里を離れてるからよ」

「オボロさんっ!」

 は真っ赤になって叫ぶ。

「ホントのことじゃん」

「あら、ちゃんたら、いつの間にいい人出来たの? 確かに最近綺麗になったなって思ってたけど、幸せなのね。顔を見れば分かるわ」

 つい最近辛いことがあったばかりなのに、他の人間から見たら、そう見えるのか、と、随分元気になっていることを、改めて感じた。

 とオボロは、競って呼び込みした。

 オボロを物珍しく思って寄ってくる者が殆どで、はすっかり客を取られていた。

かオボロちゃん、どっちか昼休みにしな。用意できてるよ」

「あ、は〜い。オボロさん、先いいよ。喋りっぱなしで喉乾いたでしょ」

「お〜。オレの昼飯って何だ?」

 パタパタとオボロは奥に飛んでいった。

「パンくずと水でいいだろ? 普通の鳥の餌しか食べられないかい?」

「いや、食える。サンキュ〜」

 水をぴちゃぴちゃ飲んで、喉を潤し、パンくずをつついた。

「オボロちゃんは、ゲンマさんの忍鳥なんだろう? 任務はいいのかい」

「小間使いはいくらでもいる。オレはゲンマに、を守るように言われているんだ。暫く店番させてもらうから、売り上げアップさせてやるぜ」

「まぁ、じゃ、お給料あげないとねぇ」

「いらねって。こうやって昼飯食わせてもらうだけで充分だ。の家に戻れば、食うモンは沢山あるし、食うのに困っちゃいねぇし、何か貰う必要はねぇ」

「でも、優秀な忍鳥ちゃんに、ただ働きは・・・」

「オレがやりたくてやらせてもらってんだ。オレの方が礼しなきゃならねぇくれ〜だよ」

 じゃ、売り場に戻る、と飛んでいく。

、飯食ってこい」

「あ、うん。午後からもっと忙しくなるから、頑張ろうね」

 が奥に引っ込むと、オボロはまた滑舌に接客して、客を驚かせたり、喜ばせたりしていた。

「今日は売れ行き良いなぁ」

 だいぶ商品が少なくなっている店先を見て、は呟いた。

「ま、オレってゆ〜看板のお陰だな」

「あはは」

 すっかり夕暮れになった。

 もう少しすると、いつもゲンマが来る時間になる。

 暫く来ないのが分かっていながら、ついいつもやってくる方を見つめた。

 だが浸っている余裕はなく、夕飯の買い物客で賑わい、接客に追われた。

 オボロも当初の目的を忘れかけ、接客に快感を覚え始めていた。

 そんな時。

「こ、こんばんは・・・」

 昨夜の青年が真っ赤な顔で、店先に突っ立っていた。

「あ、昨日の! いらっしゃいませ! 早速来て下さったんですね。有り難う御座います。今夜のメニューはお決まりですか?」

 は極上の笑顔で、爽やかにハツラツと声を掛けた。

「あ、あの、最初は簡単なトコで、カレーライス、作ってみようかと・・・」

 すっかり暗くなってライトアップされた商店街に、の笑顔は太陽のように輝いていて、青年はの目を見れずにいた。

 オボロは渋い顔で、急に黙した。

「そうですね。1人分じゃ美味しくないですから、3〜4人分作って、何日か食べることになって飽きるかもですけど、1日寝かせたカレーも美味しいですよ。ジャガイモとニンジンとタマネギでいいですね」

 は野菜を袋に詰めていきながら、説明する。

「今日はあそこの肉屋さん、豚バラが安売りですよ。総合食品店でカレールゥ買えば、箱に作り方書いてありますし、水を余り多くしないようにすれば、美味しくできますよ。煮込んで、ジャガイモに菜箸が通るようになったら、ルゥ入れて大丈夫ですから。かき混ぜてかき混ぜて、コクを出して下さい」

 ルゥは多めに入れた方が美味しいですよ、と説明する。

「甘栗甘にお勤めなら、いずれは調理も任されるんですよね? 職場でも家でもそうやって料理に接していれば、すぐ上達しますよ。お粥が作れるんですし、加減は分かるでしょうから」

「は、はい、頑張ります」

「トマトおまけしますね。イキナリサラダは難しいでしょうから、トマト丸ごと囓るのも美味しいですよ。付け合わせ代わりにどうぞ」

「あ、有り難う御座います」

 は言っていた通りに僅かばかり値引きし、トマトをおまけでつけた。

「頑張って下さいね。いつでもご相談に乗りますよ。あ、そう言えばまだ自己紹介してませんでしたよね。です。21歳。宜しくね」

「は、はい! あの、オレは、奈須野トオヤです。オレも21です。宜しくお願いします!」

 真っ赤な顔で自己紹介すると、トオヤはガバッと頭を下げた。

「同い年か。私、年の近い知り合いって少ないんですよ。お友達になってくれますか?」

「え、オ、オレで良ければっ」

「じゃ、また。有り難う御座いました〜」

 トオヤは何度も振り返りながら、頭を下げ、帰って行った。

 はにこやかに手を振って、見送る。

「ったく・・・だから愛想振る舞うなっつってるだろ。絶対勘違いするぜ、あのヤロー」

「も〜、急に黙ったかと思えば、イキナリ何言うのよ。接客で愛想振りまかないでどうするのよ。お客さん気分悪いでしょ? オボロさんはもっと接客の駆け引き覚えないと駄目だよ〜」

「駆け引きくらい分かるっつの。ったく、とんでもねぇことになったって知らねぇぞ?」

「何がとんでもないの? あ、そろっと店じまいの時間だね。わ〜、残り物少な〜い。オボロ様々だねっ。ありがと〜」

 ニッコリ微笑むと、は片付けを始めた。

 その様子を眺めながら、オボロは、修羅場を覚悟していた。









「さってと。今日もかぼちゃの煮物、頑張るゾッと」

 帰宅して、は食材を取り出し、エプロンを身につけた。

「今日のかぼちゃは良い出来だなぁ。美味しく作れるようにしないとね」

 かぼちゃを半分に包丁を入れると、種を取り出した。

 オボロは傍に留まって眺めている。

「かぼちゃはワタにも栄養あるから、種だけ取り除くようにしろよ」

「え、私今まで取ってた」

「オマエ新聞取ってねぇからな。昼休みに新聞に入ってる広告見てて、産地紹介みたいなヤツがあってよ、かぼちゃを前面に出して説明してたんだ。それに書いてあった」

「へ〜。そう言えば、ゲンマさんの煮物もワタついてた」

「だろ? オマエの知識もまだまだだな。八百屋の店員なら、もっと勉強しろ」

「は〜い」

「最近のかぼちゃは出来が良いらしいからな、砂糖は控えめにして、かぼちゃ本来の甘みを楽しむと良いぜ」

「かぼちゃって、甘いもんね。成程、色々勉強になるなぁ。かぼちゃ研究も一歩進んでる感じ」

 手慣れた風に調理していき、豆腐と野菜の卵とじを作り、今朝の残りの味噌汁を温め、食卓に着く。

 いただきま〜す、と、今までの作り方からちょっと変わった煮物を食べてみる。

「お、結構良い感じ。ゲンマさんの味に近付いたかも」

「自分の味を作れよ。ゲンマはその方が喜ぶぜ」

「う〜ん、私の理想はゲンマさんのだからなぁ。自分の味って、分かんない」

 ワイワイ話しながら、夜は更けた。







「だから、何でネグリジェ着ねぇんだよ。折角買ったのに」

 風呂上がりにいつものパジャマを着て出てきたを見て、オボロは文句を言う。

「ゲンマさんに一番に見せるんだも〜ん。オボロさんには見せてあげない!」

「そ〜かよ・・・」

「なんてね。まだ恥ずかしくて勇気無いよ。人前であ〜ゆ〜のは」

「鳥前だろうが。人はいねぇ。オレのことは飾り彫刻だと思って、着てみろよ」

 そう言ってオボロは硬直してみせる。

「あはは。でも、やっぱりゲンマさんが帰ってきたら、その勢いで着てみるよ。って、それってゲンマさんがウチに泊まるってコト・・・? や〜ん!」

 は照れて、ベッドに突っ伏した。

「オマエらもう付き合い長ぇんだから、そろっと先の段階に進まねぇとな。ガキじゃねぇんだ、いつまでも清く正しいお付き合い、なんて、却って不健康だぜ」

 イチャパラ映画観る仲なのに清いって、変だぜ、と続ける。

「先って・・・」

 枕元に留まっているオボロを見上げ、は頬を染めた。

「そろそろ良い頃合いだろ? オマエだって望んでいるんだろうが」

「う、うん・・・それはそうなんだけど・・・」

 想像するだけで、心臓がバクバクする。

「ま、ゲンマは任務から帰れば、数日は休みを貰える筈だ。お洒落なデートして、ロマンチックにエスコートされて、良いムードに身を任せればいいさ」

 もう寝ようぜ、とオボロは電気を消して、戻ってくる。

 は布団を掛け直し、睡眠体勢に入った。

 ゲンマと結ばれる。

 オボロが居てくれるお陰で、すっかり元気に戻った。

 笑ってゲンマを出迎えよう。

 その時が来たら、身を委ねよう。

 その日を夢見ながら、いつものように、楽しい夢を見ながら、は眠った。

 それをオボロは枕元から眺めていた。

 早くをゲンマと結ばせて、あのトオヤという男を追い払わなければ。

 嵐が来そうで、オボロは不安が過ぎった。













 それから、トオヤは毎日のいる八百屋に来て、献立を決めてもらったり、調理のコツをアドバイスした。

 翌日には出来映えを報告し、失敗したらその理由を教えてもらい、次の教訓にした。

 元々の筋が良いらしく、それなりに形になっていった。

 そして、オボロの危惧通り、トオヤがを見る目は、綺麗な異性への照れから、日増しに恋する男の目になっていった。

 トオヤが居る時は、オボロは決して喋らなかった。

 黙って睨み付けているのだが、鳥故に、表情など分かる筈もなく、もそれには気付かずにいた。

 トオヤも、オボロが喋る鳥だと知らない。

 本当は、オボロは今此処で、真実を突き付けてやりたかった。

 でも、トオヤが何を言った訳でもなく、今はただの店員と買い物客でしかない。

 まがりなりにも、トオヤは既に常連客だ。

 不快なことを言って客を減らすのは、どうかと思った。

 ただ“友達”としてだけなら、には年の近い友達は必要だから、険悪にさせる訳にはいかない。

 トオヤが行動に出ない限り、静観するしかない、とオボロは半分諦めた。

「今度、休みの時にでも、甘栗甘に食べに来て下さい。お礼に奢りますよ。最近は調理場にも立たせてもらってるんで」

「いいんですか? 栗ぜんざい大好きです」

 会話もスムーズになっていた。

 年の近い友達の少ないにとって、トオヤの存在は貴重だった。

 話題も噛み合う。

 純粋に友達として見ているは、こういうのも楽しいな、と思っていた。













 先達て3日も休みを貰った分、暫く休みを入れずには働いていた。

 おじさん夫婦は気にせず休むように言ったのだが、根が真面目で仕事が好きなは、働くことで、気分転換になっていた。

 久し振りの休み、は暫く会っていないカカシとアンコに会いたいな、と思った。

 迷惑や心配を掛けただろうから、謝りがてら、お礼を言おう、と。

「う〜んと。何処に行けば行方は分かるの?」

「カカシなら、上忍だから、人生色々だ。任務だとしても、何処に行ったか、どれくらいで戻るか、は分かる。アンコだったら、アカデミーの奥の特別上忍執務室だ。同じく任務に出ていても、他の仲間が知っているし、斡旋所で訊くという手もある」

「そっか。じゃあ、まずその人生色々ってトコに行こう。オボロさん案内して」

 オボロの案内で、人生色々に向かい、そっと中を覗いた。

「ねぇ・・・一般人が入っちゃっていいの?」

「構わねぇよ。依頼任務や機密に触れなければな」

 よし、と覚悟を決めて、お邪魔しま〜す、と忍び足で入って、中を伺う。

 何人かの忍びが待機していたが、知らない者ばかりで、カカシはいない。

「アレ? オマエ、オボロだよな? ゲンマの。ゲンマ達は今面倒な長期任務に行ってるのに、何かあったのか?」

 20代後半くらいの忍びが、の肩に留まっているオボロを目に留め、声を掛けてきた。

「オレは里に残ってるんだよ。コイツのボディガード」

 は取り敢えず、ペコ、と頭を下げた。

「このコの? って、あ! 噂の可愛い年下の彼女か?! へぇ〜、噂通り可愛いじゃん。ゲンマも隅におけねぇなぁ」

「えと、です。ゲンマさんと、お付き合いさせて頂いてます」

 は真っ赤になって、再び頭を下げる。

「こんなトコに、何の用だ? 任務の依頼なら、此処じゃなくて・・・」

「あ、いえ、はたけさんを捜してるんです」

「カカシ? カカシは確か、何日か前に、長期任務に行くって聞いたぜ。Cランクくらいの。ナルトが駄々こねたとかでさ・・・」

「え、じゃあ、当分帰ってこないんですか?」

「よく分からね〜よ。其処の斡旋係に訊けばいいよ」

「あ、はい、有り難う御座います」

 は受付に行き、尋ねた。

「はたけ上忍は、波の国に、護衛として出ています。1ヶ月以上はかかるのではと思いますが・・・」

「そんなにですか? そっか、じゃあ当分無理か・・・有り難う御座いました」

「しょうがねぇな。じゃ、アカデミーに行こうぜ」

 周囲に頭を下げて退室し、アカデミーに歩を向ける。

 アカデミーは賑やかで、生徒達が修行に精を出していた。

「この奥が特別上忍執務室で、突き当たりがゲンマの個室だ。その手前が、他の奴らの執務室だ」

「ゲンマさんって、何で個室なの?」

「火影直轄の、機密文書の管理をしているからな。不知火家特有の執務ってヤツだ。ゲンマが不在の今は、火影しか入ることは出来ねぇよ」

「へ〜、大変そう」

「一応、ゲンマは特別上忍のトップだぜ。アレでも優秀なんだよ」

「分かってるよ〜。色々聞いてるモン」

 はそっとドアを開けた。

「すみませ〜ん・・・」

 中をキョロキョロと伺うと、数人の忍びが仕事をしていた。

 以前アカデミーに来て昼食を食べた後に見た顔がいくつかあった。

 どうしようかな、と迷っていると、ライドウが気付き、顔を上げた。

「何か用か?」

「あ、あの、私、といいます。アンコさんにお会いしたくて来たんですが、いらっしゃいませんか?」

 入口の所で、は尋ねた。

「アレ、もしかして、ゲンマの彼女が、そんな名前だったよな?」

「あ、はい」

 は頬を染め、僅かに俯く。

「へ〜、聞いてた通り、可愛いコじゃん。ゲンマが長期任務でいないから、淋しいだろ? アンコと知り合いなのか? 今朝から見てねぇから、任務に行ってるんじゃねぇかなぁ。ハヤテ、知ってるか?」

 ライドウは、奥の棚で資料を探していたハヤテに尋ねた。

 咳き込みながら、ハヤテは此方を見た。

 は、以前会ったことのあるハヤテに、ペコ、と頭を下げた。

「あぁ・・・ゲンマさんとお付き合いされている・・・確かさん・・・。アンコは、昨日の夕方、任務を受けて、火の国に行きました。数日はかかるそうですよ」

「え、アンコさんもいらっしゃらないんですか。はたけさんとアンコさんにお会いしたかったのに・・・」

「あ〜、カカシも長期任務だからな〜。2人と知り合いか? 相談事なら、オレも聞いてやれるぜ」

「あ、いえ、ただお世話になっているお礼をしたかったんで・・・」

「オマエは下心が見えるぞ。ゲンマに言いつけてやるぜ」

 オボロがの肩から言い放った。

「何だ、オボロじゃん。そのコのボディガードでもしてるのか? オレは下心なんて無いぜ? ゲンマが彼女を思いっきり大切にしてるのは知ってるからな。血の雨を見る気はねぇって」

「ライドウがにちょっかい出したってゲンマに言ってやろ〜」

「あのな、オメー益々性格悪くなったな! 目の前で焼き鳥食うぞ!」

「勝手に食え。右頬にも消えない傷つけてやる」

「も〜、オボロさん、喧嘩しちゃ駄目だよ〜。えっとあの、帰ります。お仕事中お邪魔してごめんなさい」

 ペコ、と頭を下げて、はドアを閉め、アカデミーを出て行った。

「何であの人に意地悪ばっかり言ったの? 何かあるの?」

「別に〜。ゲンマやライドウが下忍の頃、アイツにマジックでイタズラ書きされたり、羽根毟られたりしたんだよ。ヤンチャでよ。それ以来顔突き合わせりゃ、いつもあんな感じだ」

「オボロさんって、大人〜って思ってたけど、子供っぽいよね。実際いくつなの?」

「トシヲキクナンテシツレイヨ」

「あはは。女の人の台詞だよ」

 さて、お昼でも食べよっか、とは晴れ渡る青空を仰ぎ、気持ちよさそうに爽やかな空気を吸い込み、食事処に向かった。

「オボロさんは何か食べられる? 餌持ってくれば良かったね」

 メニューを見ながら、は尋ねた。

「鳥は普通1日2食だ。別にいらねぇよ」

 だから店にいる時の昼飯はホントはいらねぇんだ、と説明する。

「そうなの?」

「人間用の味付けされたモンは食えねぇし、赤ンボの離乳食みたいなのくれ〜だよ」

 水は飲むけどな、と調味料立ての上で僅かに羽根を開いた。

 は定食を注文し、運ばれてくるまで、鳥の生態を聞いていた。

 焼き魚定食を食べ、道に出て伸びをした。

「本でも買おうかな」

 ゲンマが好きで読んでいるというタウン誌を、不在のゲンマの為に買っておいた。

 これに載っているエッセイが面白いらしい。

 帰ったら読んでみよう、と思った。

 書店内をぐるり回ったら、18歳未満購入禁止コーナーの前に来てしまった。

 カカシがいつも読んでいるオレンジ色の本があった。

 告知ポップが目に留まる。

「へ〜、続編がもうすぐ発売なんだ。はたけさん、楽しみにしてそう。里を離れてるから買えなくてウズウズしてたりして」

 ふふ、とは笑う。

「カカシはこの本屋の店主と顔馴染みだから、常連のよしみで、取り置きしとくだろ。オマエも読んでみれば? 予習に」

「や、映画観たから充分。女性誌の恋愛マニュアルとか読んでもその通りになる訳じゃないから、そういうのはいいよ」

「でも、知識もないのに、どうやって積極的になるつもりだ?」

「ん〜、仕事の時みたいに、いつもの元気な私でいられれば、それでいいかなって」

 小細工はしたくないし、とさばさば言う。

「ま、それもそうだな」

「さってと。特に他にお買い物したいものはないし、夕飯のお買い物まで時間あるよね。どうしよっかな・・・色んなトコに足を伸ばすって言っても、何すれば・・・」

 適当にフラフラ歩きながら、思案する。

「あ、そうだ。甘栗甘行こうっと。トオヤ君と約束してたし。栗ぜんざい久し振り〜♪ ゲンマさんとじゃ、甘味処はなかなか行けないからね」

 は甘栗甘に向かった。

 オボロは渋い顔で肩に留まっている。

「あのな、言っとくけど、あのヤローに勘違いされるなよ。オマエ隙ありすぎだからな」

「だから勘違いって何よ? 隙って?」

 恋愛経験はゲンマが初めてのは、男女の駆け引きに疎い。

 相手の心の機微まで、分からずにいた。

「オマエの相手はゲンマだって、忘れんなってこった」

「何言ってんの、当たり前じゃない。最近オボロさん変だよ? トオヤ君のこと嫌い?」

 いい人じゃない、とは疑問に思う。

「嫌いとかじゃねぇよ。アイツの人柄が問題じゃねぇ。・・・オマエに言ったって分からねぇから、もういい」

 吐き捨てると、オボロは羽ばたいた。

 甘栗甘に来て、店を覗く。

 店先で、顎髭を蓄えた精悍な忍びが、3人の子供の忍びを連れて、お茶をしていた。

「すいませ〜ん・・・」

 奥を伺うように、は口を開いた。

「あ、さん!」

 奥の調理場から、の姿を認めたトオヤが、ぱぁっと嬉しそうに顔を赤らめ、出てきた。

「うふ。図々しく、来ちゃいました。調理服姿、似合ってますね」

「そうですか? 有り難う御座います。此方の席にどうぞ。栗ぜんざいでいいんですよね? 他にも何か食べたいのあったら、作りますよ。メニューどうぞ」

 席に案内し、メニューを見せる。

「ん〜、どれも美味しそうでグラッてするけど、お昼食べたばかりだから、我慢します。太っちゃうし」

「そんな、さんは細くて綺麗ですよ!」

「そうかな? 有り難う。お世辞でも嬉しいわ」

 ニッコリと微笑み、出された緑茶を啜る。

「お、お世辞じゃないです! 本当に・・・」

 トオヤは更に真っ赤になって、所在なげだ。

「じゃ、栗ぜんざいお持ちしますね。少々お待ち下さい」

 バタバタとトオヤは奥に戻った。

 の肩でオボロが威嚇しても、効き目無し。

 鳥である自分が歯がゆかった。

 には男がいるから近付くな、なんて、ガキの喧嘩みたいだ。

 友達であろうというなら許す。

 だが、少しでもその気を見せてきたら、容赦しないつもりだった。

 暫くして、栗ぜんざいが運ばれてくる。

 甘く煮た小豆の匂いが鼻をくすぐった。

「わ〜、美味しそう。いただきま〜す」

 トオヤは、何やら小皿を置いた。

「あ、あの、これ、軟らかく煮た小豆です。味は付けていないので、その鳥にどうぞ」

「え、いいんですか? わざわざお気遣い頂いて、有り難う御座います。オボロさん、お礼言って」

 オボロは、ツン、と顔を背けた。

「オボロさんってばも〜」

「あはは、いいですよ。じゃ、ごゆっくり」

 が栗ぜんざいに舌鼓を打っている横で、オボロは、食いモンで懐柔しようったって、そうはいかねぇ、と思いつつ、小豆を食べた。

「美味しかったv ご馳走様です。ホントに奢って頂いちゃっていいんですか?」

「いつもお世話になっているんで、これくらいしないと、悪いです。またいつでも食べに来て下さい。他のメニューも、美味しいですから」

「そうですね。甘い物は好きだから、また来ます。じゃ、お仕事頑張って下さい」

 爽やかな笑顔を残し、は帰っていく。

 ボ〜ッと熱に当てられたようなトオヤは、暫く放心して突っ立っていた。

「オボロさん、ご飯用意してくれたら、お礼言わなきゃ駄目でしょ。失礼じゃない」

「そうか? 鳥なんて、普通こういうモンだぜ?」

「オボロさんは普通の鳥じゃないでしょ」

 ぷく、と膨れて商店街に向かう。

「スパゲティでも作ろうかな。普段は和食ばっかりだし」

 鼻歌交じりに、は歩く。

 自分の笑顔が、1人の男を振り回していると、気付かずに。













 それからも、は懇切丁寧に、トオヤの相談に乗った。

 調理のコツ、献立、独り暮らしの生活の節約テクなど。

 が、他の客より愛想良く相手をするので、トオヤは益々その気になっているのが、端から見て分かった。

 は年の近い話の合う友達としてしか見ていなかったが、綺麗な異性に優しく微笑まれて接せられれば、普通は勘違いする。

 これまでそういう経験がなければ、尚更だ。

 ある日、トオヤは何かを決意したような顔でやってきた。

 いよいよ告白か、とオボロは警戒する。

 買い物の会話をしながら、どうやって切り出そうか、あれこれ考えているようだった。

「あ、あの、さん」

「はい?」

 トオヤは真っ赤な顔で、緊張がありありと分かる様子で、口を開いた。

「つ・・・付き合・・・オレと・・・その・・・」

 トオヤはしどろもどろになって、舌が回らない。

 は柔らかな微笑みで、待っていた。

 ゲンマといる時の自分を思い出して、親しみが持てた。

「こ、今度の休みいつですか?」

「休みですか? 特には決まってないです。おじさん達が、決めてくれてるんで」

「あの、オレ、明日休みなんですけど、給料ちゃんと貰ったんで、郊外で世話になっていた隣のおばさんに、お礼をしようと思って・・・でも、何がいいか分からなくて、その・・・選ぶのに、付き合ってもらえませんか?」

「構いませんけど・・・おじさん、明日休んでも大丈夫ですか?」

「あぁ、いいよ。にも年の近い友達が出来て、良かったよ」

「すいませ〜ん。じゃ、明日」

 時間と場所を約束して、トオヤは帰って行った。

「おっちゃん困るぜ〜」

 オボロはに聞こえないように、奥にいる店主に声を潜めて突っかかった。

「何がだい?」

「あのヤロー見てれば、に惚れてんのバレバレだろ? 勘違いさせちゃマズイじゃねぇか」

「でもは友達としか見ていないだろう? 何か言われたら、付き合ってる恋人がいる、って言えばいいじゃないか」

「修羅場になったらどうすんだよ。ったく、年食ったオッサンにゃ今時の恋のアレコレなんて分からねぇから駄目だな〜」

 はぁ、とオボロは店先に戻った。



















 翌日。

 は小綺麗な格好で、待ち合わせ場所に向かった。

 当然オボロもついてくる。

「ったく、デートじゃねぇのに、何洒落っ気出してんだ」

「だって、お出掛けの時くらい、こういうカッコしたいモン。たまには着ないと、服だって可哀相だし」

 待ち合わせ場所には既にトオヤが着ていて、落ち着きなさそうに、キョロキョロしていた。

「トオヤ君、おはよう。遅くなってごめんなさい」

 ニッコリ微笑みながら、駆けた。

「あ、いえ・・・おはよう御座います」

 の綺麗な格好に、トオヤは頬を染める。

「お礼って、何がいいかな? 色々考えてたんだけど、私も早くに両親亡くしてるから、そういうプレゼントとかってしたこと無いのよね。あ、でも、八百屋のおじさんおばさんには、手料理作ったり、置物とか買ったりしてるんだけど」

「あの、さんって、いつも綺麗な服着てますよね。センス良いなぁって思って・・・服を見立ててもらえればって思ったんですけど」

「あ、センス良いですか? 嬉しいな。服はいっぱい持ってるから、色んなお店にも行ってるし、結構目利きも良くなってると思うから、自分の母親に買うつもりで、選びますね」

 そう言って、ミセスファッションの店に向かった。

 彼氏に買ってもらってるって、何故ハッキリ言わないんだ、と渋い顔でオボロはついていく。

 トオヤに、相手がどんな人か聞いて、あれこれと見ていった。

 実際母親ではないから、下着や普段着より、お出掛け着っぽい方がいいだろう、と洒落た服を見た。

「こんな感じ、どうです? お値段も手頃ですよ。余り高いと、却って気を遣わせちゃうから」

「あ、いいですね。それにします」

 会計を済ませて店を出て、トオヤは、これで別れるのが嫌で、何とかついてきてもらえないか、と思った。

「あ、あの、さ・・・」

「私、思ったんですけど。トオヤ君は、甘栗甘で働いてるんだし、こうやって頑張ってますよ、って、作って差し上げたらどうかなぁって。そういうのも喜ばれると思いますよ」

「あ、そうか・・・」

「私も作る所見てみたいし、ついていってもいいですか? 部外者がお邪魔でなければ」

 トオヤはぱぁっと顔が明るくなった。

「ぜ、是非どうぞ。まだまだ未熟ですけど」

「そんなことないですよ。この間のも美味しかったし」

「あ、あれは、店で下地が出来上がってるから・・・」

「どんなものでも大丈夫ですよ。一生懸命作ってくれるだけで、嬉しいものですよ」

 ニッコリと微笑む。

 材料を買って郊外に向かい、初めて遠くまで来たは、物珍しそうに辺りを見渡していた。

 オボロは警戒を強めている。

 トオヤが今まで住んでいた家は既に居住者がいて、隣の家のチャイムを鳴らした。

 おばさんという人は、元気そうなトオヤを見て喜び、招き入れる。

 は、トオヤが中心地に来て初めての友達です、と自己紹介した。

 買ってきた服に、おばさんは大層喜んでくれた。

 初めて社会に出た子供が初任給でプレゼントしたような感覚だった。

 そして、台所を借りて、栗ぜんざいを作った。

 も隣で、作り方を見て覚えた。

 美味しくできて、おばさんは一層喜ぶ。

 昼食をご馳走になってしまい、申し訳なく思いつつ、暮らしぶりを話して聞かせた。

 しっかりやっているようで、おばさんは安心し、に、トオヤを宜しくと頼まれ、帰路に就いた。

「優しくていい人だね。お母さんって、あんな感じなのかな」

「あ、あの、今日は本当に有り難う御座いました。こんな遠くまで・・・」

「図々しくついてきて、お昼までご馳走になっちゃったし、お礼を言うのは私よ。こういうお休みって初めて。楽しかった」

 ニコ、とは微笑む。

 眩しくて、トオヤは真っ赤になる。

「オ、オレも楽しかったです。あの・・・」

 トオヤは言い淀んだ。

 いよいよか、とオボロは妨害を企んでいた。

 勇気が出ないまま、中心地まで戻ってきた。

「今日は楽しかったです。私、年の近い友達いないから、遊びに行ったりってあんまりしたこと無くって。休みが合うようだったら、またお出掛けしませんか?」

「あ、はい、あの、オレで良ければ・・・」

 トオヤは決意を固めていた。

「じゃ、今日はここで。またお店で」

 ニッコリと、は笑顔を向ける。

「あ、あの! 友達からで良いんで、オレとお付き合いして下さい! オレ、さんが好きです! お願いします!」

 目をぎゅっと瞑って真っ赤な顔で言い切って、頭を下げる。

 顔を上げたら、はもういなかった。

 すぐ先の所で、くの一らしき女性と話していた。

「っ、さ・・・っ!!」

 声を張り上げようとしたトオヤの顔を、オボロは羽ばたいて妨害する。

 いい感情で接せられていないのは、トオヤでもすぐに分かった。

「な、何す・・・」

「オマエに忠告だよ」

 オボロが喋るということを知らなかったトオヤは、大層驚いていた。

「なっ、なっ・・・」

 俄にオボロが喋っていると理解できず、トオヤは周囲を見渡した。

「オレは忍びの口寄せ動物、忍鳥だ。ある男に頼まれて、のボディガードをしている」

「し、忍び? 忍鳥? ある男って・・・」

 周りには自分の方を見ている人間はおらず、傍にはオボロしかいなかった。

「決まってるだろ? の彼氏だよ」

「かっ、彼氏?!」

には、最愛の恋人がいる。オマエのことは、ただの友達としか思ってねぇよ。諦めな」

「そ、そんな・・・嘘だ・・・! さんに、恋人なんて・・・」

は商売で、仕事だからオマエに優しかっただけだ。大切な客だからな。接客で愛想振る舞っていただけなんだよ」

「嘘だ・・・! さんはあんなに優しくて、親切で・・・」

「オマエの勝手な勘違いだよ。自分に都合のいい思い込み。は誰にでも優しい。それがイコール、異性としての好意には結びつかねぇんだ。分かったか」

「そんな・・・」

 トオヤは呆然としていた。

 オボロはの元に戻っていった。

 は、任務からの帰りらしいアンコと話をしていた。

 アンコは、先達てのことを謝ったが、は、もう気にしていない、と微笑んだ。

「あら、な〜にぃ? オボロがずっとついてたの? オボロってゲンマにそっくりだから、それで元気になったんだ?」

「オレがゲンマに似てるんじゃねぇ、ゲンマがオレに似てんだよ。そこんトコ間違うんじゃねぇ、アンコ」

「ふっふん。アンタは変化できないモンねぇ? ゲンマに変化してあわよくばを自分のモノに・・・とかって出来なくて残念ね〜」

「そんなこと思うか。オマエの物差しで決めんな」

「冗談よ。っと、まだ報告書を書いたりがあるから、この辺でね。、そのうち一緒にお茶しましょ」

「はい、是非」

「やめとけ、アンコに付き合ったら太るぞ」

「オボロウルサ〜イ」

 笑いながら、アンコは消えた。

「じゃ、商店街寄ってお買い物して帰ろ」

 自分の働く八百屋に来たら、夫婦2人だけで、忙しそうだった。

「おじさんおばさん、忙しそうだね。手伝おっか?」

「いいかい? 悪いねぇ、折角休みなのに」

「気にしないで〜。ハイイラッシャイイラッシャイ、安いよ〜! 見てって頂戴!」

 はオボロと呼び込みをした。

 手際よく客をさばいていく。

 トオヤが離れた所から様子を伺っていたのに気付かずにいた。

 いつもにちょっかいをかけている、少し上くらいの男がモーションをかけていた。

「だっから〜、1人じゃ淋しいだろ?」

「淋しくないですよ〜。このオボロさんがいてくれるし」

「鳥が何の慰めになるんだよ。包み込んでくれる男の胸が必要だろ? オレと付き合おうぜ」

「前にちゃんとお断りしたでしょ?」

「好きなヤツがいるってか? 片思いだろ?」

「違います〜。今はちゃんとお付き合いしてます。とても大好きな人だから、大切だから、応えられません、ごめんなさい」

 の口から出た言葉を、トオヤは愕然として聞いていた。

「げ〜、マジ〜? 断る口実じゃねぇの?」

は彼氏とラブラブだぜ。諦めろっつの」

 オボロが口を挟む。

「ちぇ〜。別れたらオレのトコ来いよ〜」

「行きません〜! 別れません!」

 もう、と、去っていく男の後ろ姿を見ながら、息を吐いた。

「だいぶ落ち着いてきたね。、帰っていいよ。すまなかったね」

 店主は良い所を適当に見繕って、に持たせた。

「いいんですか? こんなに。今日は却って申し訳ないことばっかり」

 は帰路について、何を作ろうか、と思案していた。

 ふと前を見た時、顔がぱぁっと明るくなる。

「ゲンマさん!!」

 夕陽を背に、千本をくわえて悠然と歩いてくるゲンマが先にいる。

「よぅ」

 は嬉しそうに、駆けていった。

「おかえりなさい! 任務ご苦労様です!」

 爽やかな笑顔を見て、ゲンマは浄化されたような気分で、帰ってきたんだ、と実感した。

 戻るべき、自分の場所。

「おぅ、ただいま。こんな時間にこんなトコいるって、今日は休みか?」

 柔らかな表情で、愛しそうに、の頬に触れる。

「お買い物に来たら、お店が忙しかったから、休みだったんだけど、ちょっと手伝ってきたんです」

「オレも手伝ってたんだぜ〜」

 オボロは羽ばたいて、の肩に留まった。

「オボロさん、ずっとお店手伝ってくれてたんですよ。すっかり看板取られちゃって」

「あ〜、オメ〜は所帯じみてるからな〜、そのまま八百屋の店員になれ」

「あのな。オレの力だって必要な時あんだろうが」

 手伝いだから面白ぇんだ、と吐き捨てる。

「ゲンマさん、今日はもう上がりなんですか?」

「いや、報告書をまとめたり、残務処理が残ってる。戻ってきたら真っ先にオマエに会いたくて、取る物も取り敢えず、すっ飛んできた」

 優しく頭部に触れ、熱い眼差しでを見つめた。

「嬉しいv 私もゲンマさんに会いたくって、毎日夢に見てましたv」

 さばさばした明るい笑顔でハキハキと喋り、ゲンマを見つめる。

 そんなの変化に、ゲンマはすぐに気が付いた。

 いつもなら照れて俯いてしどろもどろになるが、随分ストレートだ。

 そんなに、ゲンマは鼓動がトクンと跳ねた。

「あ、そうだ。ゲンマさんがいない間、私、かぼちゃの煮物の研究してたんですよ。結構上達したんで、食べて下さいv」

「そりゃ楽しみだ。任務の間中、全然食えなかったから、欠乏症だぜ」

欠乏症か? サッサと食え」

 オボロが突っ込む。

「煩ぇ、かぼちゃだ! ・・・間違ってねぇけど」

 さらりととんでもないことを口走ったので、は真っ赤になった。

「それ貸せ」

 ゲンマはの抱えていた買い物袋を受け取り、家路に向かおうとした。

 はするりとゲンマの腕に絡み付く。

 幸せそうに、会話しながら歩いていた。

 とても嬉しそうで、今まで見せたことの無いような恋する乙女の表情で、離れて見つめていたトオヤは、拳をきつく握りしめ、わなわなと震えた。

「嘘つき!!」

 らの背後で、トオヤの絶叫が響いた。

 何事か、と振り返る。

 鬼のような形相のトオヤが仁王立ちしていた。

「トオヤ君? どうし・・・」

「トオヤ? 誰だ、アイツ」

「最近ウチの店の常連になった人よ。私と同い年で、お友達になったの」

 ゲンマにしがみついたまま、は説明する。

「どうしたの? トオヤく・・・」

 いつもと変わらない笑顔で、トオヤを見遣る。

「何でだよ!!」

「え?」

「付き合ってる男がいる癖に、何でオレに優しくしてくれたんだよ! 他の客より優しくしてくれて、綺麗に笑ってて・・・オレにだけ笑ってくれてたのに・・・舞い上がって浮かれてたオレを影で笑ってたのかよ!」

「え? どういうこと? 意味がよく分からないんだけど・・・」

「オレ、さんが好きなのに・・・お付き合いしたいって思ってて・・・あんなに親切にされて、特別扱いしてくれたら、普通はOKだって思うじゃないか! 嘘つき!」

「嘘って・・・そんな、だって、私はお友達になれたらって思って・・・年が近い話の合うお友達ってあんまりいないから、嬉しくって・・・ごめんなさい。私、この人・・・ゲンマさんが好きなの。お付き合いしてるの。一番大事な人。トオヤ君の気持ちは嬉しいけど、応えられない」

 ごめんなさい、と再び謝る。

「何で・・・何でだよ・・・こんなに、こんなに好きなのに・・・!」

 興奮して気が立っているトオヤは、拳を振り上げて、に突っかかろうとした。

 すんでの所で、ゲンマが止める。

 トオヤの腕を掴んだゲンマは、瞬時に状況を理解した。

「あのな、最初に聞かなかったお前が悪い。勝手に勘違いして、八つ当たりするな。は商売柄、誰にでも優しいんだよ。オマエの欲目で、自分が一番だって思いこんでいただけだ。は誰にでも平等に優しい。仮にも好きな女に拳を振り上げるようなヤツは、最低だ」

 ゲンマがトオヤの腕を放すと、ゆっくりと下ろした。

「コイツはオレの一番大事な女だ。誰にも渡す気はねぇ。分かったら失せな」

 トオヤは自我喪失して、放心していた。

「トオヤく・・・」

 はオロオロして、声を掛ける。

 ゲンマは眉を寄せ、に買い物袋を持たせ、抱え上げた。

「っ、ゲンマさっ?!」

 ゲンマは跳び上がり、アパートに向かった。

 自宅前まで来て降り立ち、を一旦下ろして立たせ、鍵を開けて中に入り、靴を脱がせると、再び抱え上げた。

 ズカズカと、寝室に向かう。

 展開が早くて、は事情が飲み込めない。

 ベッドの上にを下ろすと、ゲンマはに覆い被さった。

 千本を口から引き抜いて放り投げ、の口を塞ぐ。

 啄むように、熱く濃厚に求めた。

「ん・・・っ、は・・・っ・・・」

 は久し振りの濃厚なキスに、溶けそうだった。

 いつまでもゲンマはを求めた。

 離れるのを惜しみながらゆっくりと離れると、唾液が糸を引く。

 お構いなしに、ゲンマはの首筋に顔を埋めた。

 耳の裏、耳朶、首筋、舌を這わせ、噛み付くように愛撫を繰り返す。

 左手はシャツのボタンを外していき、右手は裾から手を忍ばせ、身体を撫で回した。

 露わになっていく胸部に舌を這わせ、豊かな膨らみを手で包み込み、揉みしだき、ストラップを肩からずらし、外そうとした。

「ゲ、ゲンマさ・・・っ」

 ゲンマの触れる所全てが熱くて、はもう何も考えられなくなっていた。

 このまま結ばれるのだろうか。

 構わない。

 受け入れよう。

 そう思って覚悟を決めた時、は硬直してしまい、ゲンマは我に返った。

 照れたように頬を染めて目を泳がせ、を抱きしめた。

「オマエを・・・誰にも渡したくねぇ・・・」

「ゲンマさん・・・?」

「・・・何フラフラしてんだよ・・・他の男に付け入られてんじゃねぇよ・・・任務の間中、誰かがにちょっかい出してたら、って思う度に気が気じゃなくて・・・もう、オレ以外の男にいい顔すんなよ」

「そ、そんなこと言われても・・・」

「オレはオマエが思う程大人じゃねぇんだ。好きな女が他の男に愛想振りまいているの見て寛大でいられる程、人間出来てねぇんだよ。オレだけを見ろなんてセコイこと言わねぇけど、今日みてぇに勘違いさせるな」

「だ、だって、私はいいお友達になれたらって・・・」

「オマエは、自分の魅力に気付いてねぇ。オマエの笑顔は、相手の心を癒してくれる。誰でも惹き寄せられる。・・・オレは心が狭いんだよ。オマエに、コイツはオレのモノ、って貼り紙しときてぇくれぇだ」

 頬を染めて、ゲンマは呟く。

「ゲンマさん・・・私は、ゲンマさんしか見ていないよ。ゲンマさんが大事だから。大切だから。大好きだから。・・・愛してます」

 きゅう、とゲンマにしがみつく。

・・・」

 ゲンマは再びを求める。

 ふと、いいのか? と問う。

 コクン、とは頷いた。

「・・・愛してる」

 ゲンマはを濃厚に求めた。

 その時。

 小鳥が窓辺で、コツン、と嘴で窓をつついた。

 チィ、とゲンマは眉を寄せて顔を上げた。

「・・・すまん。招集だ。報告書書き上げて、必ず戻ってくる。遅くなったら、先に寝てていいから、帰るなよ?」

「・・・うん」

「明日は休みだから、何処か出掛けよう。じゃ」

 ゲンマは乱れた忍服を整え、新しい千本をくわえ、出て行った。

 残されたは、余韻に浸っていた。

 今夜か、明日か。

 ついに結ばれる。

 鼓動が早くなっていく。

 すっかり暗くなった頃、は愛するゲンマの為に、夕食を作った。





 かぼちゃの煮物を、アナタと一緒に。














 次章、ついに結ばれます。
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