【南瓜の煮物をアナタと一緒に】(8)







 空から星が降っているようだった。

 流星雨をその身に浴びているような、不思議な感覚。

 宇宙空間を彷徨っているように、ふわふわしていた。

 厳粛な光が、目映く包み込んでいた。





 ゲンマの腕の中で、は心地好さに身を委ねていた。

 重なる体温が、幸せだった。

 微睡みの中で、それを噛み締める。

「ん・・・」

 射し込む陽光で、はゆっくりと目蓋を開いた。

 まだ余韻が残っている。

 幸せな心地好さ。

 溶けそうな思考から抜けきれず、虚ろに宙を見た。

 何が変わった訳でもないのに、天井が、壁が、部屋が輝いて見えた。

 自分も生まれ変わったみたいだった。

 隣のゲンマは、を抱き締めて、あどけない顔で眠っている。

 昨夜、2人は結ばれた。

 世界中から祝福されているみたいに、何もかもが特別に見えた。

 こんなに幸せで良いのだろうか。

 身体に残る余韻が、夢ではないと教えてくれる。

「ゲンマさん・・・大好き・・・」

 を抱きしめて眠るゲンマは、いつも熟睡している。

 より先に起きたことは、今まで一度もない。

 ゲンマの寝顔を見ていると、幸せを感じられた。

 全てを許してくれているようで、嬉しかった。

 じっと見つめ続けていても、ゲンマは起きる気配がない。

 まだ長期任務の疲れが残ってるのかな、と思いながら、そ、と指で唇に触れてみる。

 形の良い、薄い唇。

 長いまつげ。

 色素の薄さが、整った顔立ちが、彫刻のようだった。

 ドキドキしながら、唇を重ねる。

「ん・・・」

 ピク、と反応した。

 そして、ゆっくりと目蓋が開いていく。

 虚ろな目が、を捉えていた。

「お、おはよう、ゲンマさん」

 妙に照れくさくて、真っ赤になった。

「あぁ、もう朝か・・・おはよう、

 覚醒しきっていないゲンマは、虚ろな目のまま、を見詰める。

 夢うつつで、ちゅ、との唇を塞ぐ。

 啄んでいき、口腔内に舌を泳がせる。

 絡み合う舌と舌に、は熱くなってきた。

 ゲンマはをベッドに押さえつけ、上体を重ね、首筋を愛撫しながら、豊かな膨らみをまさぐった。

「ん・・・んぁ・・・」

 これが“朝起きたらもう1回”というヤツか、と、は恥ずかしいながらも、応えようとした。

 脚に当たる固いモノが、鼓動を逸らせた。

 ゲンマはの豊かな膨らみを揉みしだき、桜桃のような突起を口に含み、甘噛みし、舌で転がす。

「ぁん・・・ぁ・・・」

 の上をゲンマの舌が這い、手は身体を撫で回した。

 の脚を開かせようとしたその時。

 ゲンマは我に返った。

「あ・・・わ、悪ィ、つい・・・」

 バツが悪そうに、頬を染めて目を泳がせる。

 ゲンマは行為を止め、の隣で横になって肘を突いて上体を起こした。

 頬を撫で、ちゅ、と唇に触れる。

「え・・・いい、よ・・・?」

 真っ赤になりながら、ダイジョブだよ、とは呟く。

「無理すんな。やった本人が言うのも何だけど、腰とかに結構キてる筈だ。最初の内は、身体が慣れてくるまで、無理はさせねぇよ。させたくねぇ」

「で、でも、だいじょ・・・って、いった〜!」

 起き上がろうとしたは、鈍痛に身を丸める。

「だから言っただろうが。起きようとすんな。横になってろ」

「お、お腹の下のトコが、痛い・・・」

「無理させちまったな。悪ィ」

 頭を撫で、心配そうに伺う。

「ううん・・・幸せだから・・・平気だよ」

 痛みを堪えながら微笑もうとするに、じんとする。

 見つめ合い、妙に照れて、鼓動が逸る。

 ゲンマはを腕の中に取り込み、そっと抱きしめた。

「このままでいさせてくれ・・・」

 ゲンマの鼓動が、いつもより早いテンポで聞こえてくる。

 それ以上にの鼓動は早かったが、その早ささえ、心地好かった。

 トクン、トクン、と脈打つ度に、幸せを噛み締める。

 このまま時が止まっても良かった。

 僅かに離れ、を上向かせて、ちゅ、と唇に触れる。

 濃厚に重ね合わせる。

 唇から頬へ、耳朶へ、首筋へ、ゲンマの舌が這っていく。

 ゲンマは再びを求めだした。

 そしてハッと気が付く。

「わ、悪ィ・・・駄目だ、このままじゃ暴走しちまう」

 抱きしめていると、が欲しくて欲しくて、歯止めが利かなくなる。

 名残惜しそうに、ゲンマはベッドから起きた。

「オマエは寝てろ。メシ作るから」

 そう言って優しく頭に触れ、頬を手で包み込み、悠然と微笑んで、衣服を身につけた。

 ゲンマが出て行った後、そっと起き上がろうとしたが、下腹部に鈍痛が来て、ベッドに蹲った。

 愛し合った証、と思うと、照れてくる。

 でも、幸せな痛みだった。

 ゲンマの調理の音が、心地好く痛みを和らげた。

 裸のままでいるのが恥ずかしくて、何とか起き上がり、着替えを身に付けた。

「つ・・・っ」

 動く度に、鈍痛が走る。

 台所に行こうとしたが、腿の内側が擦れると痛くて、下腹部が重くて、よろめいた。

「おい、無理に歩くなって。歩くのもシンドイだろ? 横になってろって」

 気付いたゲンマがやってきて、そっと抱き上げ、ゆっくりとベッドに下ろす。

「う〜・・・これじゃ仕事大変だよ〜」

「八百屋のオヤジが、休んでいいって言ってんだから、今日は一日まったりしていようぜ」

「え? ゲンマさんお仕事は?」

「明日まで休みだよ。それまでオマエも休んでいいって。オレは夏は忙しいから、この先当分ゆっくり出来る時間がねぇ。今のウチに、目一杯オマエと一緒に過ごしてぇんだよ。いいだろ?」

 ベッド脇に膝をついて、を覗き込んで頬を撫でる。

「う、うん・・・」

 は真っ赤になって、手をぎゅっと握った。

「さて、と。もうすぐメシできるから。こっちに持ってくるから、そのまま寝てろ」

 ゲンマは手早く作り終え、トレイに食事を載せ、やってきた。

 はゆっくり起きようとした。

「寝てろって。ホラ、あ〜・・・」

 ゲンマはを寝かせ付け、スプーンで掬って差し出した。

「〜〜〜っ、ゲンマさん、私病人じゃないから、起きて食べられるよ!」

 真っ赤になって、は起きた。

「でもシンドイだろ?」

 ホレホレ、とゲンマはスプーンをの口に向けた。

「大丈夫だってば。慣れなきゃでしょ? 自分で食べられるよ」

「まぁそうだけど・・・でもよ・・・」

 心配そうに、ゲンマは逡巡する。

「ゲンマさんのマネしていい? だからそう気ィ遣うなって! ね?」

 ゲンマの声マネをして、ニッコリ微笑む。

「はは。分かった。でも、無理すんな?」

 テーブルの上に食事を置き、食べ始めた。

「ゲンマさんのご飯も久し振りv 美味し〜v」

「オマエ以上に美味いモンはねぇよ」

「“私”が美味しいの? “私が作ったの”が美味しいの?」

 一昨日の夜と同じシチュエーションに、は意地悪っぽく笑う。

「両方だ」

 平然と答えるゲンマに、逆には照れてしまった。

「もう・・・ゲンマさんには敵わないや」

 食べ終わってゲンマが食器を片付け、はベッドにもたれ掛かって、ゲンマの後ろ姿を見つめていた。

 幸せで、気が付くと、ふふ、と笑ってしまう。

 洗い物を終えて戻ってきたゲンマは、の隣に腰を下ろし、胸の内に取り込む。

 包み込むように優しく抱きしめ、ちゅ、と唇に触れる。

 そしてまた求め出す。

 濃厚に唇を貪り、身体をまさぐった。

「ん・・・っ、ゲンマさ・・・ッ」

 ハッ、とゲンマは我に返った。

「わ、わり・・・」

 バツが悪そうに、頬を染めて目を泳がせる。

「ゲンマさん、その・・・我慢しなくて、いいよ? ちょっとくらいなら、その・・・」

「だから、無理はさせねぇって。ホント悪ィ。って、あ〜〜〜〜っ、くそっ!!!」

 ゲンマは突如雄叫びを上げた。

「ゲ、ゲンマさん・・・? 何か・・・」

 やっぱり我慢させてるんだ、とはしゅんとする。

「ご、ごめんなさい・・・私のせいで・・・」

「違うって! あ〜もう、なんつったらいいかな。オレ、こんなに幸せでいいんかなぁ、ってよ・・・」

 ゲンマは頬を染め、照れながら呟く。

「えっ・・・」

 はゲンマの言葉に、真っ赤になる。

「こんなに幸せだって思えたの、初めてなんだよ。幸せすぎて、バチ当たるんじゃねぇかとか、寝て起きたら嘘でした、とかだったらイヤだなとか・・・その・・・」

 照れ混じりに目を泳がせながら、ブツブツ呟いた。

 そんなゲンマには舞い上がりそうになった。

「私も今すっごく幸せv ゲンマさん、大好きv」

 極上の笑みで、きゅ、と抱きつく。

 ゲンマは今まで見せたことがない程に満ち足りた顔でを見詰め、ちゅ、と口づける。

「・・・任務から帰ってきたら、オマエに言おうと思ってたんだけどな・・・」

 真摯な瞳が、を真っ直ぐに射抜く。

「えっ」

 ドキン、とは鼓動が高鳴った。

「その・・・何だ・・・もっと自分が大人になれたと思ったらって考えてたんだけど、モタモタしてて鳶に油揚げかっさらわれたらイヤだし、オレも落ち着かねぇし・・・」

 はドキドキしながらゲンマを見つめた。

、オレはオマエと、しわくちゃの爺さん婆さんになるまで、一緒にいたい。この先もずっとオマエの隣にはオレがいるってコト、その場所を、今から予約してて、いいか?」

 真摯な瞳は、揺らぐことなく、真っ直ぐにを見据えた。

「ゲンマさ・・・」

 は熱いものが込み上げてきて、口を手で覆う。

「うん・・・!」

 光る筋が頬を伝い、はゲンマに身を預けた。



















 その日は一日、レジャースポットの話をしたり、タウン誌のエッセイの話をしたり、うたた寝したり、のんびりと、だが幸せに過ごした。

 身体がだいぶ楽になってきて、夕方、買い物に出た。

 見慣れた風景の筈なのに、夕焼けが美しく、些細なことにさえ、感動した。

 八百屋の夫婦は、幸せそうなを見て、嬉しそうに微笑む。

「ゲンマさん、を宜しく頼むよ」

「あぁ、勿論だ」

 ゲンマはの肩を抱き、買い物袋を抱え、帰路に就いた。

 は幸せで、ふふ、と微笑む。

「今夜はオレん家でいいだろ? オマエのお泊まりセットもあるし」

「うん。ゲンマさん家のシャンプーとボディーソープって、使い心地いいよね。さらさらすべすべになるし」

「そうか? オマエん家のもいいと思うけどな」

 そんな些細な会話も嬉しくて、は宙を舞いそうだった。

 ゲンマも、今まで誰にも見せたことの無いような柔らかい表情で、を見遣る。

 任務帰りで屋根の上を駆けていたアンコが2人を見つけ、大層な親密ぶりに、ニンマリと笑う。

 取り敢えず今日は野暮はしないが、明日にでも根掘り葉掘り訊いてやろ、とほくそ笑みながら、アンコは去った。





 2人はゲンマのアパートにやってきて、一緒に夕食の調理に取り掛かった。

 それぞれの得意料理を作り、並べる。

 新婚家庭みたいで、予約のその先を思い描いてみたりする。

「茄子の焼き漬け美味いな。カカシ上忍も好きそうだ」

 かぼちゃの方も美味いが、とゲンマは味わう。

「はたけさんって、今長期任務に出てるんだよね。お世話になってるお礼したかったのに、いつ帰ってくるかなぁ」

 かぼちゃのサラダ美味しい、とも頬張る。

「そうらしいな。護衛任務で、橋が完成するまでと言うから、暫く帰ってこねぇだろ」

「アンコさんには会ったんだ〜。今度ゆっくりお茶したいな」

「アンコに付き合ったら太るぜ。・・・胸が」

「も〜、ゲンマさんのスケベ! 胸胸言わないで! 気にしてるのに」

 ぷく、とは頬を染めて膨れる。

「大きいのがイヤか? 結構じゃねぇか。それにな、男がスケベじゃなきゃ、国は栄えねぇんだよ」

「・・・男の人の屁理屈だよね・・・」

「ハイハイ、オレはスケベです〜」

「むっつりじゃないんだ? オープンスケベなの?」

「むっつりとか隠れとかだろうと、スケベはスケベだろ」

 赤裸々な会話も、結ばれた後だからこそ、気まずくなることもなく盛り上がった。

「で、結局ゲンマさんはどっちなの?」

「ご想像にお任せします」

 棒読みで味噌汁を啜る。

「アンコさんも言ってたけど、むっつりかなぁ」

「アイツの言うことは信用すんなって」

「え〜? 頼りになるお姉さんだよ」

 アンコが掻き回した珍事件を話しながら、食卓は盛り上がった。

「・・・だから、アンコには余計なことバラすなよ。面白おかしく脚色されるからな」

「あはは。アンコさんって、台風の目みたい」

 食卓を片付けて、洗い物をしている間に、風呂に湯を張った。

、風呂入ってこいよ。オレはちっとトレーニングしてるから」

「あ、うん。ずっとお休みじゃ、鈍っちゃうもんね。私も上がったらストレッチとかしよっと。ここんトコちょっと食べすぎだよ。太っちゃう」

「胸がか?」

「も〜、その話題は終わったでしょ!」

 は真っ赤になって、膨れる。

「冗談だよ。オマエ、胸はこんなにデケェのに、腰なんてこ〜んなに細いし、オレの両手で輪が作れそうだ。折れねぇか心配だよ」

 そう言ってゲンマはの腰にぐるり手を回した。

「そこまで細くないってば」

 また胸胸言うし、と膨れる。

「肩もこんなにちっこいしな。肩凝るだろ? 胸が重くて」

「も〜、胸から離れて! スケベ!」

「だから男がスケベじゃなきゃ国は栄えねぇって・・・」

 けろっとして、きゅ、とを抱きしめる。

 はドキンと鼓動が高鳴る。

 小柄なは、ゲンマの胸辺りまでしかない。

「・・・こ〜んなにちっこいオマエに、無理させちまったな。悪かった」

 頭上に低く柔らかい声が響く。

「だから、大丈夫だよ。自分で望んでいたことだもん。幸せなコトなんだから、どんなでも平気だから」

 きゅ、ともゲンマに抱きつく。

 見つめ合い、ちゅ、と唇を重ね、は浴室に、ゲンマは寝室に向かった。





 は湯船に浸かり、余韻に浸っていた。

 愛する男と一緒に過ごせる幸せ。

 愛することの幸せと、愛されることの幸せを噛み締めた。

 “しわくちゃの爺さん婆さんになるまで一緒にいたい”

 そう言ってくれたゲンマの台詞、嬉しくて、何度もリフレインさせる。

「いつか・・・きちんとプロポーズ・・・されるのかな・・・ゲンマさん、何て言ってくれるんだろ」

 恋する女なら誰でも夢見る、将来を誓う言葉。

 ありきたりでも構わない。

 其処に愛を感じられれば、どんなでも嬉しい。

 そう遠くないであろうその時を、は夢見た。





 髪を乾かして寝室に戻ったら、ゲンマが丹念に身体を動かしていた。

 先程まで見せていた柔和な表情ではなく、真摯な、鋭い忍びの顔。

 は、忍びの顔の時のゲンマも好きだった。

 自分には立ち入れない世界は淋しいが、や木の葉を守る為の思いが伝わってきて、惚れ惚れする。

 “オマエの笑顔を守りたい”

 いつだったか、そう言った。

 自分には何が出来るだろう、そう、傍にいて笑っていればいい。

 笑顔が好きだと言ってくれた、ゲンマを見つめて。

「ゲンマさん、お風呂どうぞ。湯加減丁度良いよ」

「あぁ」

 ひょいっと身軽に姿勢を正すように立ち、が差し出したタオルで汗を拭く。

「私もストレッチしよ。ゲンマさんみたいに180度に脚開けないけど」

 ベッドの上で、筋を伸ばした。

 ほっこりしたを見ていると思わず本能が動くので、ゲンマは頭を振って浴室に向かった。

「鍛錬あるのみだ・・・精神の鍛錬・・・」

 印を結んで、集中した。

 といると、つい自分の欲望に忠実になりそうになる。

 忍びである自分に自信を持つ為に、我欲は抑えようと、といても、忍びである自分を忘れずにいようと思う。

 でも、の前では、1人の男でもいたかった。

「日々此精進・・・」

 以前までとは違って、結ばれたが為に、欲を抑えるのはきつかった。

 が欲しくてたまらなかった。





 早風呂のゲンマがいつもよりゆっくりめに入って上がってきたら、机に掴まって立ってストレッチしている小さなが愛らしくて、自然と顔がほころぶ。

 台所で清涼飲料水を冷蔵庫から取り出してコップ2つに注ぎ、寝室に戻る。

「水分補給した方がいいぞ」

「あ、有り難う御座います。喉乾いた〜」

 ふ〜暑〜、とパジャマの胸元を掴んでパタパタ風を送りながら、コップを受け取った。

 豊かな胸の谷間が目に飛び込んできて、ゲンマは思わず飲んでいた飲料をゴクリと喉を鳴らして飲み込む。

 下腹部が主張しようとするのを、必死で抑えた。

「あ〜美味し。もうすっかり夏だね。かき氷とか食べたくなっちゃう」

「飯屋とかにも、“冷やし中華始めました”って出てる頃だな」

「明日、食べに行こうよ。ウチで作ってもいいけど」

「じゃ、昼飯は外で冷やし中華だな。冷麺もいいけどよ」

 酒酒屋が美味いんだよな、と飲み干す。

「あ、そっちも捨てがたい。じゃ、いっこずつ頼んで、食べっこしようよ」

 昼間の酒酒屋ってのもいいよね、とコップをゲンマから受け取り、洗いに行った。

「オレ、ちっと仕事すっから、先に休んでていいぜ。すぐ終わるけど」

「ん〜、まだ眠くないから、本読んでる。何か貸して」

 ゲンマの書棚を見渡し、何か面白そうなモノがないか目で追った。

「オレが好きだっつってたエッセイが本になってるから、これ読めよ。最初から読むと、一層面白いぜ」

 文芸サイズの上製本を手に取り、差し出す。

「あ、読んでみたかったの。ありがと」

 受け取ると、ベッドの上に座り、壁に寄り掛かって本を開いた。

 外はとっぷりと暮れ、ゲンマが書類の上にペンを走らせる音と、がページを捲る音だけが響く。

 会話を交わさなくても、それぞれ別のことをしているのに、通じ合っているような空間が、心地好かった。

「さて、と。終わり。結構時間かかっちまったな」

 書類を片付け、ゲンマは椅子から起ち上がる。

 は読書に夢中だった。

 ひょい、とゲンマは取り上げる。

「あ〜ん。いいトコ・・・」

「今日はここまでな。一気に読んだらつまんねぇだろ。夜も更けたし、寝ようぜ」

 本の間にしおりを挟み、枕元の上に置いて、ベッドに上がり込んだ。

「あ、うん」

 は急にドキンとする。

 普通に過ごせるようになれたと思っていたのも束の間、緊張が再び襲い来る。

 ゲンマもそれに気付いた。

「今日は何もしねぇって。オマエの身体に負担かけさせたくねぇからな。当分、何もしねぇよ」

 ポンポン、と頭を撫で、悠然と微笑む。

「え、で、でも、ゲンマさん・・・その・・・我慢・・・出来るの?」

「ずっと言ってきただろうが。性欲より、オマエの方が大事なんだよ。オマエに負担になるようなことはなるべくしたくねぇんだ」

「で、でも・・・」

「オマエも言っただろ? 気ィ遣うなって。な?」

「う、うん・・・」

 真っ赤になっているの頬を撫で、ちゅ、と唇に触れる。

「キスはいいよな?」

「ちょ、ちょっとくらいなら、もちょっと先まで、いいよ」

 真っ赤な顔で、ゴニョゴニョ呟く。

「しねぇって。したらオレ、ちょっとじゃ済まなくなるからよ。好きな女を前に我慢できる程、人間出来てねぇんだ」

 ぽ、とは更に赤くなる。

 ゲンマの言葉が、嬉しかった。

 横になって、ゲンマはを包み込むように抱きしめた。

 ちゅ、と再び唇に触れ、濃厚に求める。

 思わず手も動く。

 身体をまさぐる。

「あ〜っ、駄目だ! これ以上限界! もう寝る!」

 ゲンマは叫ぶと、もぞもぞ下に下がり、の豊かな膨らみの間に顔を埋め、しっかりと抱きしめた。

「・・・ゲンマさん・・・それって、我慢できるの?」

 照れながら、はゲンマの頭頂部を見つめた。

「・・・・・・出来ねぇ」

 ウズウズする、ときつく抱きしめる。

「だからもう、寝る! 心頭滅却すれば、火もまた涼し!」

 谷間に顔を埋めたまま、くぐもった声が返ってくる。

「・・・使い方おかしいよ?」

「いいんだ、万事オッケー! オヤスミ!」

 子供みたいなゲンマが可愛くて、は随分と緊張がほぐれた。

 流石に忍びであるゲンマ、睡眠もコントロールできるようで、すぐに寝息を立てた。

 ゲンマが愛しくて、は暫くゲンマを抱きしめたまま、その幸せに浸った。



















「ゲンマさん、お仕事何日もお休みして大丈夫なの? オボロさんが言ってたけど、ゲンマさんの普段の執務って、ゲンマさんしかできないことなんでしょ? 他の人が不便だったりしないの?」

 翌朝、朝食を済ませて、洗い物も片付け、洗濯物も干し、お茶を啜ってまったりしていた時、は尋ねた。

「あぁ、まぁそうなんだけどな、オレの個室の奥の書庫には、不知火の執務に携わるオレと、火影様しか入ることが出来ねぇんだ。書庫の重要機密書類を持ち出すのには、火影様の許可が必要なんだ。だから、恐れ多いが、火影様に直接行って頂くか、オレが呼び出されるかだよ」

「へ〜。じゃあ、お休み明けたら、処理する書類とかどっさり溜まってそうだね」

 事務仕事ってしたことないからピンと来ないけど、大変そう、と茶を啜る。

「まぁな。急ぎのものは、火影様に直接お渡しすることになる」

「緊急の用とかで、招集されて任務が入ることもあるんでしょ? 忍びって大変だなぁ」

 自分の時間が持てないじゃない、と息を吐く。

「忍びってのはそういうモンだよ」

 茶を飲み干し、流しに運んだ。

 も立ち上がり、共に洗う。

「昼飯まで、買い物でもしようぜ。夏物の服とか」

「あ、無くなりそうな日用品とかも買わないと」

 ゲンマは自分の家に必要なものを見渡してチェックし、のアパートに寄り、も必要なものをチェックして、買い物に向かった。

 そう言えば、ゲンマと日用品の買い出しは、初めてだ。

 夫婦みたいで、何となく嬉しい。

 来慣れた服飾店に入り、ゲンマはの服を物色し出す。

「あの〜、コーディネーターゲンマさん、あんまり露出の多いのはご遠慮しますので・・・」

 派手な服ばかり目に付き、は頬を染めて伝えた。

「ん〜、夏は開放的になるから、気持ちはきちんと引き締めてねぇとな。でも、こ〜ゆ〜の着たオマエも見たいんだけど」

 そう言って、チュニックトップなど、肩周りの露出の多い服を見せる。

「ヤだよっ; 普通のにして!」

 真っ赤になって、抗議する。

「ま、この間水着姿も見たし、諦めよう。この先いつでもまた見れるしな」

「もうビキニは恥ずかしいよ〜;」

「何言ってんだ。オマエにはビキニの方が似合う」

 けろ、として、落ち着いた清楚なタイプの服を物色し始めた。

 そして、どっさりと会計に持っていく。

「ゲゲ、ゲンマさん、ちょっと多いよ; そんなに買ってもらうのは・・・」

「夏は汗掻くし、沢山必要だろ? いいだろ、オレがコレ着たオマエを見てぇんだから。オレの自己満足に付き合うと思え」

「でも〜〜〜;」

「うだうだオシマイ! オマエ若ぇんだから、お洒落を楽しめって。な?」

 会計を済ませて店を出て、の頭をポンポン撫でる。

「お、もう昼時だな。一旦荷物置きに戻ろう」

 先にゲンマのアパートに寄り、買った日用品を置いて、のアパートに向かう。

 ゲンマが買ってきた日用品を所定の場所に片付けていく間、は部屋で買ってもらった服の値札を取っていた。

「も〜・・・ゲンマさんってば、こんなに沢山勿体ないよ〜〜。そりゃ、いっぱいお洒落できて嬉しいけど・・・」

 だが、確かにセンスが良くて、どれもこれも気に入った。

 が。

「あ〜〜〜っ! ゲンマさん、コレ買ったの〜〜〜ッ?!」

 の手には、件の露出の多い服。

 ゲンマがこっそり紛らせていたのだ。

「あ〜、何かの機会に着てもらいて〜なって」

「何かってどんな時よ〜も〜」

 頬を染めて、は膨れた。

「ホントは、セクシーなネグリジェも捨てがたかったんだけどな。オマエにまたスケベスケベ言われると思ったから、諦めた」

「も〜、夏で開放的になってるのはゲンマさんじゃない! 暑苦しい格好してるから、脳味噌が妙な考え起こすんだよ〜。巷で流行ってるクールビズとかしないの? 忍者は」

「サラリーマンと一緒にすんな。実用兼ねてんだから、一年中こうだよ」

「暑くないの?」

「心頭滅却すれば、火もまた涼し、だ」

「あ、今度は使い方合ってる」

「ま、オレは、オマエに似合うと思うから、派手なのやセクシーなのも選びたい。下心とかじゃなくてな」

 茶化すことなく、真面目に答えていた。

「腹減ったな。酒酒屋行こうぜ。今日買ったどれかに着替えろよ」

「あ、うん。どれがいいかなぁ」

「コレコレ」

 そう言って首の後ろで結ぶタイプのチュニックトップを手に取る。

「ヤだってばっ; 恥ずかしいよ! ゲンマさん、段々オボロさんに似てきたよ!」

「あんなオヤジと一緒にされるのは心外だ。だから、オマエに似合うと思ってだな・・・」

 下心じゃねぇって、と繰り返す。

「う〜〜〜・・・」

「今までの自分から、生まれ変わるつもりで、思い切ってみろよ。新しい自分を発見できるぜ」

「じゃ、じゃあ、ゲンマさん先に外に出てて。着替えていくから」

「分かった」

 玄関の外の壁に寄り掛かって待っていると、そ、とドアが開く。

「お、お待たせ・・・」

「おぅ。って・・・」

 は、チュニックトップの上に、シースルーの上着を羽織って出てきた。

「・・・何か違うが・・・まぁ似合ってるからいい。行こう」

 の腰を抱いて、酒酒屋に向かった。





 流石に昼時で混雑していたが、夜と違って酒が無いので、昼食目的が殆どの為、回転が早かった。

 冷やし中華と冷麺を注文し、半分ずつ食べ合った。

「美味し〜v でもこの冷麺辛〜い」

「辛いのが美味いんだろ? キムチもよく漬かってるし」

「そっちの薄焼き卵食べさせて。口の中ヒ〜ヒ〜してる」

「じゃ、交換な」

 食べ終わって水を含みながら、この後どうしようか、と話していたら、鳥が1羽、舞い込んできた。

 深緑の、伝書鳥より少し大きい鳥。

「ゲンマ〜、見つけた〜」

「ヤツキ。仕事か?」

 ヤツキと呼ばれた深緑の鳥は、調味料立てに留まった。

「この鳥さんもゲンマさんの口寄せ鳥?」

「あぁ。ヤツキと言って、オボロと同じ、小間使いがメインの鳥だ。オレが休みの時は、急用がある場合、オマエに渡したような、コイツの口寄せの術式が書かれた紙を預けてあるんだ。ヤツキが来たってことは、すぐに来いってことだ」

「そ〜。呼び出されて、ゲンマを捜して呼んできて〜って。書庫から重要書類を出して欲しいから、ちょっと面倒みたいだから、ゲンマに来てもらって〜って、3代目が」

 間延びした、オボロとは正反対の性格のような鳥だった。

「分かった。真っ直ぐアカデミーの執務室でいいのか?」

 立ち上がって、伝票を手に取る。

「うん。3代目から許可証貰ったライドウが待ってるから、後はライドウに訊けば全部分かるよ」

「了解。じゃ、出よう、

 会計を済ませ、外に出た。

「じゃ、私、ウチに戻るね。どっちに行っていようか?」

「来てくれて構わねぇよ。終わったら夕飯の買い物すっから」

「え、いいの? お邪魔じゃない?」

「書類出すくれ〜、すぐ終わる。アカデミーの授業でも眺めてりゃいい」

 そう言ってゲンマはを抱き抱え、駆けた。









 アカデミーまで来てを下ろすと、すぐ戻るから、とゲンマは構内に入っていった。

 は手を振って見送ると、傍の木に寄り掛かり、授業中のアカデミー生達を眺めていた。

 昔の自分を思い出し、懐かしさに浸る。

「分身とか変化とか、昔から駄目だったけど、もう全然出来ないや・・・」

 印を結んでみても、チャクラの練り方を忘れてしまった。

 う〜ん、と悩んでいると、視界が影になる。

「何やってんの、。忍者になりたいの?」

 昼食から帰ってきたらしいアンコだった。

 例の如く、どっさりと団子を抱えている。

「あ、アンコさん。や〜、分身とか変化って、どうやるんだったかなぁ、って・・・」

 照れくさそうに、はにかむ。

「あぁ、アンタ一応、アカデミー通ってたっけね? 昔は出来たの?」

「う〜んと・・・ゲンマさんが言う所の、卒業前のナルト君みたいって言うか・・・」

 恥ずかしそうに、ゴニョゴニョ呟く。

「ま、人には向き不向きもあるしね。でも、練習したら、出来るかもよ? ゲンマに教わってみたら?」

「う〜、散々やって、アカデミー卒業できなかったんですよ。大人になっちゃったら、もう無理かも・・・」

「分身でゲンマに酒池肉林とかしたら面白いのに」

「酒池って・・・ッ;」

 は真っ赤になって、言葉が詰まった。

「ねねね、昨日、い〜い雰囲気のアンタ達を見掛けたのよね。どうな訳? ゲンマとは結ばれた?」

 にやりと笑って、アンコは尋ねた。

「え、えっと・・・っ; は、はい・・・っ;」

 ボンッと照れて、は俯いた。

「立ち話も何だし、中おいでよ。大方ゲンマが呼び出されて、此処で待ってんでしょ? 団子食べながら、お茶しよ。色々訊きたいしね」

「あ、はい。いいんですか? 私も、アンコさんに相談したいなって思ってて・・・」

 アンコはの腕を引っ張って、アカデミー内に入っていった。





「ゲンマは優しかった? 昨日見た感じじゃ、もうアンタにメロメロでぞっこんって感じだったから、相当大事に抱いたでしょ?」

 アンコの机に椅子をもう1つ持ってきて座り、団子に齧り付きながら、尋ねる。

「え、えと、は、はい・・・。ゲンマさん、すっごく優しくって、怖かったし恥ずかしかったけど、でも安心もしたって言うか・・・私の身体のことを気遣ってくれて、幸せすぎて舞い上がっちゃいそうで、何もかもが特別に見えて、キラキラしてて、お姫様みたいな気分で・・・」

 真っ赤になりながら、団子の串を握りしめて、幸せそうに話す。

「ゲンマはアンタにぞっこんだもんね〜。惚れた大切な女とようやく結ばれて、あっちの方も舞い上がってそうね」

「私に無理をさせたくないって我慢してくれてるのが申し訳なくて・・・でも、こんなに幸せだって思えたのは初めてだって言ってくれて、私も凄い嬉しくて・・・」

「相当良かったみたいね? 今まで以上にシンドイんじゃない? ゲンマ。我慢も大変だろうねぇ。ってば、相当美味しく頂かれたんでしょ」

「えと、まぁ、その・・・」

「確かに、女の私から見ても、アンタは美味しそうだけどね。それが男からしたら、惚れた女なら一層でしょうよ」

「で、でも、私って背とか身体ちっちゃいし、その、ちっちゃくてやりにくいとかって、無かったのかなって・・・」

 真っ赤になって、ゴニョゴニョ呟く。

「あら、逆よ? 男に言わせると、女は小さい方が、具合が良いらしいわよ?」

「え、そうなんですか?」

 ぱく、と団子を頬張り、頬を染めてアンコを見遣る。

「あの、ゲンマさんには訊きにくいんですけど、男の人って、女の人の胸触ったり身体舐めたりとか、他色々・・・あの・・・あぁいうのって、男の人は気持ちいいんですか? 気持ち良くなるのって、女の人の方じゃないんですか?」

 ゆでだこみたいに真っ赤になって、アンコに尋ねる。

「あぁ、前戯とかね。女には男の感覚は理解しにくいと思うわよ。男は、女と違って、視覚で興奮するのよ。アンタみたいなデカイ胸見たりスタイルいい裸見たりとか、目で興奮できるのよ。其処が、男は愛が無くても勃つモンは勃つ、セックスが出来るってコトなのよね。ま、愛があれば、また全然違う訳だけどね。視覚での興奮と、男に備わっている、征服欲よ」

「征服欲?」

「前戯ってのは、確かに、相手の女をその気にさせたり、目で見て興奮しにくい女を促したり、自分を迎え入れてもらう為に慣らしたりが目的だけど、男はそれで気持ち良くなるって言うより、自分のテクで相手を気持ち良くさせたり、イカせたり、よがらせたりすることで、男の中に備わっている、征服欲を満足させるのよ。オレのテクで女を満足させた、身体中を愛撫して全てを征服した、ってね。それでまた興奮する訳よ。女には理解しにくい感覚ね」

「な、ナルホド・・・」

「ま、女だって、自分のテクで男を気持ち良くさせて満足するのもいるけどね。でも、征服欲とかじゃないトコが、男との違いね」

 納得して、は茶を啜った。

「慣れてきたら、アンタもゲンマのこと、気持ち良くさせてやりなよ?」

「えっ」

「まだ当分無理だろうけど、そうすればゲンマだって喜ぶわよ」

「ははは、はい・・・; でも・・・;」

「ま、ハッパかけといて何だけど、焦んないで、一歩一歩進みな? 幸せになれよ」

 ね、とアンコは優しく笑う。

 頼れるお姉さんだ、とは安心した。

 そして、突っ込み突っ込まれ、アンコは色々聞き出し、も色々と勉強になったのだった。





「ゲンマさん、遅いな。早く終わるって言ってたのに」

 もう夕暮れだよ、と外のオレンジを見遣る。

「簡単に済むんだったらゲンマを呼んだりしないわよ。面倒だから、呼ばれてるんだから。結構色々大変な任務請け負ったみたいだし、ライドウも大変だわ」

「あ、そっか・・・」

「で? ゲンマは何て言ったの?」

 ニッコリ笑い、アンコは話の続きに戻す。

「えっと・・・しわくちゃの爺さん婆さんになるまで一緒にいたいって。私の隣を今から予約してていいかって」

「予約ぅ? プロポーズされたんじゃないのぉ?」

「え、それはまだ・・・; 自分で大人になれたと思ったらって言ってたんで・・・その・・・」

「ハッキリさせればいいのに。意気地無いわね、ゲンマも」

「でも、それでも私はすっごく嬉しいです。とても幸せです。ゲンマさんが大好きだから」

 頬を染めながら、ニッコリ微笑んだ。

「ま、アンタが幸せだってんなら、いいけ・・・」

 アンコが口を開いた時に、ガラッと勢いよくドアが開いた。

「ゲンマさん!」

 眉間にしわを寄せたゲンマが、ズカズカとやってくる。

、待たせたな。帰るぞ」

「あ、はい」

 慌てては立ち上がった。

「アンコさん、お団子とお茶、ご馳走さ・・・」

「それから、アンコ! 何をから聞き出したか知らねぇが、キレイサッパリ忘れろ! 下世話なマネしたら、許さねぇからな」

 ギロ、とゲンマはアンコを睨み付ける。

「分〜かってるわよぉ。ゲンマ、私の大事な妹を泣かすなよ?」

 そう言いつつ、にやりとほくそ笑む。

「ったく・・・」

 ゲンマは照れ隠しに吐き捨て、の肩を抱いて出て行った。





「ったく、あのな、アンコには何も言うなって・・・」

 ゲンマが照れくさそうなのが見ていて分かった。

「え〜でも〜、色々アドバイス頂いたし、アンコさんって素敵なお姉さんだよ? 他に私、こういうコト相談できる友達とかがいないから・・・」

「ま、オレがからかわれる分にはいい。オマエを泣かせたり嫌な思いさせたりしなければ、それでいいけどな」

 の頭に手を回し、胸の内に抱き寄せた。

「アンコさん、応援してくれたよ。幸せになれって」

「フン、言われなくたって、オレはオマエと幸せになる。オマエを幸せにする。一緒に、歩いていこう」

 優しく頭を包み込んでいるゲンマの腕が、手が、温かくて、心地好かった。

 ゲンマじゃないが、こんなに幸せで良いのだろうか、と思う。

 何かバチが当たらないといいな、と願った。

「さ、夕飯の材料買って帰ろう。今日はオマエん家な。明日から仕事だし、オマエは自分の家の方がいいだろ」

 べったりしたまま、商店街に向かう。

「ゲンマさん夜お仕事とか無いの?」

「終わらせてある。後は明日行ってからだ。今夜はゆっくり、イチャイチャしてぇな」

「イチャイチャって・・・ッ;」

「変なコトはしねぇよ。まったりらぶらぶってな」

 ゲンマは腰を屈めて、ちゅ、と頬に触れる。

「〜〜っ、ゲンマさんっ、人前で・・・っ;」

「気にすんな」

「も〜〜〜っ」

 は真っ赤になり、端から見てイチャイチャと商店街を歩いていた。

 口寄せ鳥のヤツキは雄なのか雌なのか訊いたり、雌だったらオボロといいカップルになれそうだと言ったり、オボロが怒るぞ、と笑ったり、2羽合わせてカボチャコンビと言うといつもオボロが怒るとか、ワイワイと歩いていった。

「・・・だから、カボチャって普通皮が緑だろ? 自分がヤツキに包まれるのは納得いかねぇ、って、くだらねぇことで怒るんだよ」

「あはは。ハロウィンのカボチャなら、全部オボロさんの色だよね」

「そうそう。一匹狼気取ってんだよ。コンビって言うな、って、チームワーク乱すのは考えモ・・・」

 楽しく語らいながら歩いていた時、ゲンマは通りの先の方を歩いていた人物が目に留まって、言葉が途切れた。

「? ゲンマさん?」

 は怪訝そうに、ゲンマを見上げる。

 ゲンマの視線の先を辿った。

 その先にいた人物が、歩きながら近付いてきて、ゲンマに気付いた。

「あら、ゲンマじゃない。そっか、アンタはこの辺に住んでたっけ」

 ゲンマよりだいぶ年上の、だが美しい女性だった。

「リホク先輩・・・」

 気のせいか、ゲンマの声が上擦ったのには気付いた。

「お久し振りです。お元気そうで・・・」

「ゲンマもね。でもホント久し振りね。すっかり立派になっちゃって。里も安泰ね」

「いえ、自分はまだまだです。リホク先輩のようには・・・」

「な〜に言ってんの! 特別上忍を取り仕切る立場のアンタが。火影様にも覚えめでたいそうじゃない。大人になって、謙遜なんて言葉を覚えたのね」

 柔らかく喋るリホクという女性は、同性のが見てもドキリとする程、艶っぽい色気を醸し出していた。

「この近くの玄庵堂のパンプキンパイ買いに来たのよ。ウチの子が好きでね」

 ホラ、と買い物袋を見せる。

「あぁ・・・だいぶ大きくなったんでしょうね」

「えぇ。来年には、アカデミーに入るわ。ゲンマ、時々講習してるんでしょ? 生意気だから、可愛がってやってね」

 ふふ、とリホクは笑う。

「えぇ。楽しみにしてます」

 何となくゲンマがずっとぎこちない気がするのは、気のせいだろうか、とは思う。

「こちらの可愛らしい方は? もしかして、イイヒトかしら?」

 聖母のような微笑みで、を見遣る。

「えぇ、まぁ」

「あ、あの、と言います。ゲンマさんとお付き合いさせて頂いてます」

 ペコ、とは頭を下げた。

「そう。ゲンマにも大切な人が出来たのね。良かった。私はリホク。殆ど主婦業に専念してるけど、有事の際には駆り出される、一応特別上忍なの。宜しくね」

「あ、私、この先の八百屋で働いてます」

「まぁ、そうなの。普段は東商店街が殆どだから、この辺には玄庵堂にしか来ないのよね。ごめんなさい」

「いえ。あそこのパンプキンパイ、美味しいですよね。コツを教わって、自分でも作ってみるんですけど、なかなか上手く行かなくて」

「難しいわよね。結局、買いに来ちゃうのよ」

 リホクの柔らかい声が、さざ波のようにゆったりと伝わってくる。

「じゃ、早く帰らないと、息子が待ってるわ。いつかゆっくりお話ししましょ。じゃあね」

 爽やかな残り香に、は思わずその背を見送った。

 ゲンマもその先を見つめていた。

「ゲンマさん? 私達もお買い物して、帰ろ。何作る?」

「ん、あぁ・・・そうだな・・・」

 そわそわしたゲンマが、らしくないと思った。





 買い物袋を抱えて帰ってきて、食材をテーブルに置く。

 さて、とエプロンを身につけた。

「さっきのリホクさんって人、ゲンマさん先輩って呼んでたよね? どういう人なの?」

 食材を刻みながら、は尋ねた。

「あぁ・・・オレ達の代のいっこ前の、諜報部隊の副隊長だった人だ。当時オレはあの人の小隊で、任務をしてきた。結婚して子供が出来て除隊して、諜報部隊の編成替えがあって、オレが隊長になった。あの頃はずっと子供扱いされてて、見返してやる! って息巻いてたよ」

 懐かしそうに、ぽつりぽつりと語る。

 食事を作りながら、ゲンマは心此処にあらず、といった感じだった。

 食べる時も、殆ど喋らなかった。

 食後、まったりしていても、小説を開いて、ボ〜ッとしていた。

「ゲンマさん? お風呂入れたよ。先に入っていいよ」

 は、胸の内を走る焦燥感を打ち消そうとした。

「ん? あぁ・・・」

 ゲンマは我に返って小説を閉じ、ふと考え込む。

「ゲンマさん?」

「・・・悪ィ、オレ、今日は帰る」

「え・・・」

 は鼓動が早くなるのを感じた。

 ゲンマは忍服を整え、玄関に向かう。

 靴に足を通して、を振り返る。

「またな。オヤスミ」

 そ、との頬を手で包み、出て行く。

「ゲンマさ・・・ッ!」

 追い掛けて出たが、ゲンマはもういなかった。

 いつもなら、必ずキスをしてから出て行くのに。

 靄靄が、の中を渦巻いた。

 やはり、あのリホクという女性に会ったことが関係あるのだろうか・・・。

 いつもと違うゲンマに、は焦燥感で落ち着かなかった。

 黒い夜空、雲で月も隠れていた。